IBMが医療データ管理「Watson Health」事業の大半をFrancisco Partnersに売却

拍子抜けするような結末だが、IBMは米国時間1月21日、Watson Health事業部門のデータ資産をプライベートエクイティ企業のFrancisco Partners(フランシスコ・パートナーズ)に売却した。両社は買収額を明らかにしていないが、以前の報道では約10億ドル(約1137億円)とされていた。

今回の取引でFranciscoは、Health Insights、MarketScan、Clinical Development、Social Program Management、Micromedex、イメージングソフトウェア製品など、Watson Health部門のさまざまな資産を取得する。これによりFrancisco Partnersは、幅広い医療データを傘下に収めることになる。

IBMは2015年にWatson Healthを立ち上げた際、データ駆動型の戦略に基づいてユニットを構築することで、この分野を支配することを望んでいた。そのために、PhytelやExplorysをはじめとする医療データ企業の買収を開始した。

その後、Merge Healthcareに10億ドル(約1137億円)を投じ、翌年にはTruven Health Analyticsを26億ドル(約2955億円)で買収した。同社はWatson Healthが人工知能(AI)の推進に役立つと期待していたが、この事業部門は見込まれていた成果を上げることができず、2019年にGinni Rometty(ジニー・ロメッティ)氏に代わってArvind Krishna(アルビンド・クリシュナ)氏がCEOに就任した際には、クリシュナ氏の優先順位は異なっていた

Francisco Partnersはこれらの資産をもとに、独立した新会社を設立することを計画している。この部門が期待通りの成果を上げられなかったことを考えるとやや意外な動きではあるが、少なくとも今のところは、同じ経営陣を維持する予定だという。

Francisco PartnersのプリンシパルであるJustin Chen(ジャスティン・チェン)氏は、新会社がその潜在能力を発揮できるよう、さらなるサポートを提供する予定だという。「Francisco Partnersは、企業と提携して部門のカーブアウトを実行することを重視しています。我々は、優秀な従業員と経営陣をサポートし、スタンドアロン企業がその潜在能力を最大限に発揮できるよう、成長機会に焦点を当てて支援し、顧客やパートナーに高い価値を提供することを楽しみにしています」と同氏は声明で述べている。

IBMがこの売却を行うのは、ヘルスケア分野が盛り上がっている中でのことだ。2021年、Oracle(オラクル)は280億ドル(約3兆1825億円)で電子カルテ企業のCernerを買収し、Microsoft(マイクロソフト)は200億ドル(約2兆2733億円)近くと見積もられる取引でNuance Communicationsを買収した。どちらの取引も規制当局の承認を得ていないが、大手企業がいかに医療分野を重視しているかを示している。

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そのため、この動きはMoor Insights & Strategyの主席アナリストであるPatrick Moorhead(パトリック・ムーアヘッド)氏を驚かせたという。「傾向としてはより垂直なソリューションに移行しているので、非常に驚いています。それを考えると、いかに同部門の成績が悪かったかを潜在的に示しているともいえるでしょう」。

いずれにしても、今回の買収は規制当局の承認を待って行われ、第2四半期中に完了する予定だ。この取引には機密性の高い医療データが含まれていることから、さらに精査される可能性もある。

画像クレジット:Carolyn Cole / Getty Images

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(文:Ron Miller、翻訳:Dragonfly)

IBM、過熱するヘルスケアビジネスの「Watson Health」を手放すとの報道

Axiosの記事によると、IBMはそのWatson Health事業部をわずか10億ドル(約1156億円)で売却するすることを検討している可能性があるという。このところますますホットなヘルスケアの分野からIBMはなぜ逃げていくのか、しかもそんなに安い金額で。

2021年12月は、Oracleが280億ドル(約3兆2365億円)を投じて、デジタルの健康記録企業であるCernerを買収した。またMicrosoftはこの春、200億ドル(約2兆3118億円)近くを費やしてNuanceを買収した。ここは医療分野で広く利用され、ヘルスケア関連の顧客が1万社ある。これは巨額な資金であり、企業各社が医療分野への参入を目指し、そのために巨額の資金を投じていることを示唆している。

IBMは2015年4月にWatson Healthを立ち上げて、大きな話題になった。それは、IBMの人工知能プラットフォームWatsonを、ヘルスケアの目的に使用するはずだった。論旨は次のようなものだった。どんなに優秀な医師でも、世の中の文献をすべて読むことはできないが、コンピューターならすばやく読むことができ、医師の専門知識を補強し、より良い結果をもたらすための行動指針を提案することができるだろう。

そしてIBMが何かやるときのお決まりのパターンとして、同年9月にはケンブリッジに豪華な本部をオープンした。パートナーシップの発表も始めた。すべての候補をチェックして、CVSやApple、Johnson & Johnsonなどとパートナーした。

そして、企業の買収を始めた。最初の買収は、医療データの企業PhytelとExplorysだった。それも、パターンの一環だ。次は医療画像データを提供するMerge Healthcareの10億ドル(約1156億円)の買収だった。さらにその後、同社の最高額の買い物である26億ドル(約3005億円)のTruven Health Analyticsの買収があった。それは合計で40億ドル(約4624億円)の買収だったが、今のOracleやMicrosoftが払った額に比べると、慎ましい額かもしれない。しかしWatson Healthが態勢を整えようとしていた2015年から2016年の頃には、巨額だった。

これらの動きはすべて、データ中心型のアプローチをWatson Healthの機械学習モデルに注ぎ込むためだった。理由はともかくとして、それは狙い通りに動かなかったが、前CEOであるGinni Rometty(ジニー・ロメッティ)氏のクラウドとAIへの注力によって会社をモダナイズする計画の一環だった。

ロメッティ氏は、2017年のHarvard Business Reviewで楽観的に語っている。

私たちのムーンショットは、世界水準の医療を世界の隅々まで届けることです。その一部はすでに実現しています。Watsonは世界最高のがんセンターで訓練を受け、中国やインドの何百もの病院に展開されています。その中には、100人程度の患者に対して、腫瘍医が1人しかいない地域もあります。そのような地域の人々は、これまで世界レベルの医療を受けるチャンスがなかったのです。Watsonは腫瘍学のアドバイザーとして、医師の意思決定をサポートします。そして、これはまだ始まりに過ぎません。

しかしロメッティ氏は2019年に去り、彼女の後を継いだArvind Krishna(アルビンド・クリシュナ)氏は異なる目標を掲げた。彼はAxiosに、ヘルスケアの大きなビジョンは楽観的すぎるかもしれない、と述べている。Constellation ResearchのアナリストHolger Mueller(ホルガー・ミューラー)氏は、その言葉がIBMの撤退の理由を説明しているだろう、という。

「IBMはハイブリッドクラウド戦略に注力しています。その過程で、注目と資本をそらし、風評被害のリスクを抱えるすべての資産を処分しようとしています。Watson Healthは確かにこの3つに当てはまるため、IBMがこの部門を売却しても不思議ではありません」とミューラー氏はいう。

IBMは今後も全社的に他の方法でヘルスケア事業を追求すると思われるが、仮にWatson Healthを捨てることになったとしても、これだけの資金を注ぎ込みながらほとんど回収できなかったため、失敗した戦略だと考えざるを得ないだろう。もちろん、それが実現しても大きな驚きではないにせよ、これはまだ噂の範疇に入るものだ。

画像クレジット:Boston Globe/Getty Images

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(文:Ron Miller、翻訳:Hiroshi Iwatani)

AIで心を癒すあなただけのアロマを調合、コードミーが「香りのトータルコーディネート」など新展開

AI技術を駆使してパーソナライズされた香りを届ける「CODE Meee ONE」が人気だ。同サービスを提供するコードミーは2017年4月に創業。BtoC向けにフレグランス関連商品の企画・開発・販売を、BtoB向けに香りの空間デザインなどを展開している。2020年度はBtoC、BtoB合わせて、売上ベースで対前年比約400%増になったという。コードミーの太田健司代表に、事業内容や新たな展開について話を聞いた。

コードミーが扱う「香り」とは

誰でも、ある香りを嗅いだ瞬間、その香りにまつわる記憶が一瞬でよみがえるといった経験があるのではないだろうか。国内最大手の香料会社で10年間フレグランス開発などを行ってきた太田氏は「人間の五感で唯一、嗅覚は感情と記憶に直接結び付いています」と説明する。

脳には、喜怒哀楽などの感情や記憶をつかさどる器官を持つ大脳辺縁系がある。大脳辺縁系には、匂いだけがダイレクトに伝達される。このため、香りを嗅げば無意識のうちに、過去の情景が呼び起こされるといった現象が起きるのだという。

太田氏は「香りはパワフルなツールですが、まだ完全には解明されていない部分も多いものです。例えば、人が亡くなるとき、最後に残っている感覚は嗅覚だといわれています。原始的で神秘的な香りの可能性は、とても大きいと思っています」と話す。

ストレス課題の解消を狙う「CODE Meee ONE」

CODE Meee ONEは、毎月アロマが届くサービスだ。サブスク型で1カ月税込1800円。年齢や性別の他、睡眠不足・疲労・二日酔いといった自身のストレス課題、香りの好みなどをウェブ診断で答えれば、3000パターン以上の中からパーソナライズされた3つのアロマが提案される。

サービス利用中は香りの再診断もできる。「季節や自身のライフステージに合わせ、抱えるストレス課題や、香りの好み、香りに期待する機能性などは変化するという前提です。その時々の診断結果に合わせて『今のあなたに最適な香りが作られる』ことになります」と太田氏はいう。なお、お試しとして単発でも購入可能で、その場合は税込2800円となる。

CODE Meee ONEでのウェブ診断後、パーソナライズされたアロマの代表的な素材3つがユーザーに表示されるようになっているが、それぞれの配合比なども個人によって変わる。

太田氏は「CODE Meee ONEで出来上がるアロマは、その人にしかない香りになります。素材の配合比や濃度など細かく分けていけば、実質的にそのパターンは無限に近くなります」と語った。

また、パーソナライズのためにサービスをTwitterと連携することもできる。直近の投稿データ200件分をAIが解析し、現在の精神状態をグラフでビジュアル化。この結果に基づいてさらにアロマをもう1つ提案している。

太田氏は「Twitterによる分析は、IBMの人工知能『Watson』と連携しています。直近の投稿データ200件分に出てくる単語ごとに分析しています。『Twitterは本心ではなく、建前も多い』とよく言われますが、人は使う単語にクセが出ます。本人も意識していない、しっかりとしたインサイトが単語から分析できるのです」と説明する。

CODE Meee ONEはサービスローンチから2年近く経つが、新型コロナが蔓延する中、顧客の幅が一気に広がったという。「コロナ禍で『自分の心身を労わろう』という考えが広がり、家の中でより豊かな時間を感じたいと、新たに香りに着目している人が増えました」と太田氏はみる。現在、数千人がサービス利用している。

CODE Meee ONEで蓄積したユーザーデータはパーソナライズの精度を上げることはもちろんだが、BtoB事業にも活かしている。

「BtoB向けの空間デザインでは、ターゲット層に対して、香りによって『集中力を上げる』『リラックスする』などの機能を期待したいといったとき、蓄積したデータを活用しながら、香りを開発しています」と太田氏。

BtoB向けの空間デザインも基本的にはサブスク型で提供し、価格は企業や案件によりその都度カスタマイズする。コードミーは東急不動産ホールディングスなど、すでに数十カ所以上で空間デザインを行っている。

科学に裏打ちされたデータに基づく香り

コロナ禍において、コードミーはマスク専用のプレミアムアロマスプレーの販売も始めた。

太田氏は「マスクに吹きかけるアロマスプレー自体はすでに世の中にありました。ただ、それらは単にいい香りがするというものが多いです。我々は、脳波を測定し、感性科学的に『快適度の向上』『ストレス値の軽減』といった結果が出たオリジナルの調合香料を開発しました。科学に裏打ちされたアロマスプレーとして人気が集まり、売上向上にもつながりました」と説明する。

コードミーでは2017年の創業時から、バイタルデータと香りの相関性を重要視し、研究を進めてきた。バイタルデータの中でも特に着目しているのが脳波だ。2019年には電通サイエンスジャムとの連携により、脳波による感性把握技術に基づく香りで、快適な職場環境をデザインする実証実験も行った。

さらに2020年には、東京・江戸川病院と連携し、臨床研究も始めた。医療・介護施設には、疾患や薬剤などに関連する医療現場特有の匂いがある。特にがん医療の現場では、がん組織に由来する特有の腫瘍関連の匂いが日常生活に関わる問題となっていながらも、いまだに根本的な解決策は確立されていないという。

コードミーではコロナ渦の過酷な状況で働く医師、看護師、介護士らを対象に、マスク専用プレミアムアロマスプレーを提供して効果検証を行った。

太田氏は「結果として、総合的な快適度が上がり、医療施設特有の匂いに対するネガティブな感覚も改善傾向が見られたことが、定性と定量の両データで示されました。今後はデータに基づくソリューションフレグランスを、医療施設内の空間デザインへと展開し、患者様、ご家族などのQOL(生活の質)向上に対する取り組みを計画中です」と述べた。

新たな「香りのトータルコーディネート」

コードミーは新たな展開として、生活のあらゆるシーンにパーソナライズした香りで寄り添う「香りのトータルコーディネート」を展開する。2021年内にはファーストプロダクトも出す予定だという。

シャンプーや石鹸、洗剤、柔軟剤、ルームフレグランス、ハンドクリームなど、日々の暮らしの中で香りを感じる場面は多くある。これらの商材をパーソナライズして提案し、好みの香りを1日を通して楽しめるようにするのだ。

現在はウェブ診断などの質問項目や販売方法なども検討段階だ。入浴剤などはサブスク型でも良いが、香水はそれほど利用率が高くないため、プロダクトにあったカタチで販売方法を検討する必要があるとする。

太田氏は「ウェブ診断でも、例えば香水なら『どんな自分を表現したいか』といったように、設問も大きく変えていく必要があります。このサービスは、完成形に至るまで時間がかかるかもしれません。ただ、年末にはまず新しいプロダクトを、また来年以降にもいくつか出せるよう動いていきます」と語った。

その上で「香料会社で培ったスキルと経験がある私だからこそできることがしたいと考えています。パーソナライズされた香りのトータルコーディネートが実現すれば、日本初のサービスになると思います」と太田氏は自信を見せる。

カテゴリー:その他
タグ:コードミー香りパーソナライズ人工知能Watson日本

画像クレジット:コードミー