2018年12月に金沢で開催されたテクノロジー・スタートアップの祭典Infinity Ventures Summitでは数多くの興味深いセッションが開催されたが、個人的に特に印象に残っているのは「Startup Ecosystems Around the World」と題され4人の海外ゲストが登壇したセッションだ。
Slush Tokyo Co-FounderのAntti Sonninen氏がモデレーターを務めた同セッションには、StartupsHK Co-FounderのCasey Lau氏、500 Startups PartnerのMarvin Liao氏、Techsauce Co-FounderのOranuch Lerdsuwankij氏、そしてHardware Club General PartnerのJerry Yang氏が登壇。1時間にもおよんだ同セッションでは、日本にもよく訪れるという上記4名から日本のスタートアップエコシステムに関しても少しだけ言及があったので紹介しておきたい。
500 StartupsのLiao氏は日本のスタートアップシーンを「ガラパゴス現象」という言葉を用いて説明した。「この国には独自の文化やインフラに基づき、日本でのみ生存しているスタートアップが存在していている。この国で成功したとしても他の国ではなかなか難しい。それは逆も同じだ。国際的で巨大なスタートアップやプラットフォームでも日本市場参入にはとても苦労する」(Liao氏)
以前に取材したY Combinator出身のTemplarbitも文化の違いなどからなる日本市場参入の難しさを説いていた。TemplarbitのCEO、Bjoern Zinssmeister氏は競争意識が強いアメリカと比べ日本では人間関係が重要で“推薦”が必要となってくるため、それが原因で多くの米国企業がこの国で苦戦するのでは、と話していた。
一方で日本に来る際には多くのアーリーステージのスタートアップや起業家に会うようにしているというYang氏は日本人の過労気味なワークスタイルを気に掛けているようだった。
Yang氏いわく「シリコンバレーのレイトステージのスタートアップでは残業をしている人たちはさほどいない。彼らは8時か9時ころには自宅で仕事しているか休んでいる。だが日本で出会った起業家たちはハードワークや長時間労働を尊重する傾向にある」という。
「“どれくらい”やるかではなく“どのように”やるかが重要だ。そういった意味ではアメリカなど海外のスタートアップ創始者たちのほうが、この国で出会った起業家たちよりもある意味で敏腕だと言えるのでは」(Yang氏)
Yang氏の言うことも一理あるが、いわゆる「持ち帰りサービス残業」により「定時あがり」が可能となっているという指摘もある、と一言加えておこう。
そのYang氏の発言に対し日本のスタートアップの肩を持ったのはLiao氏だった。Liao氏は日本の「エコシステムがまだまだ未熟」であることが根本的な原因なのでは、と述べた。
「アメリカやヨーロッパのエコシステムは長きに渡り存在し、多くの企業が成功を成し遂げてきた。それによって、次世代を見てみると、アーリーエンプロイーたちはまだハングリー精神が絶えないうちに会社をスケールさせるノウハウを学べている」(Liao氏)
ではその状況をどのように打破していくのか。どのように日本のスタートアップエコシステムを成熟させていくのかーーStartupsHKのLau氏はネットワーキングで海外からのアドバイスに耳を傾けることも重要なのでは、と説明。そして日本ではSlush Tokyoを始めとする大きな国際的テックカンファレンスが開催されており、日本と海外を繋げる重要な架け橋となっていると話した。
「香港でも最初は(そのようなイベントが)必要不可欠だった。「誰かが手を取ってくれて、スタートアップエコシステムを生成してくれるのではない」(Lau氏)だからこそ、カンファレンスなどで多くの人とネットワーキングし情報を共有することが重要だ、と同氏は言う。また、同氏は日本のスタートアップの情報を配信し、取材で各地を巡っているThe BridgeのMasaru Ikeda氏を賞賛し、会場は拍手に包まれた。
だが一方で、Lau氏は日本人起業家の英語力など言語力や社交性に関しては懸念を抱いているようだった。「唯一の不安材料はコミュニケーションレベル。タイやインドネシアでは誰もが社交的で、かつ英会話はごく一般的だ」(Lau氏)
タイで開催されているテックカンファレンス、Techsauceにはどれくらいの日本人が参加しているのだろうか。来客者数は1万人以上と説明されているが、Techsauce Co-FounderのLerdsuwankij氏いわく日本人の来場者は50人にも満たなかったという。
だがLerdsuwankij氏は代表取締役の長谷川潤氏がタイで創業したFinTechスタートアップOmiseを話題にあげ、タイは日本の起業家にとって優れた環境だと説明した。バンコクには日本人運営のコワーキングスペースMonstar Hubなどもあり、良好な日本人コミュニティーが存在しているのだという。だが成功には「文化の理解」と「プロダクトのローカル化」の徹底が不可欠だと同氏は話していた。
もし日本人VCや起業家が登壇していたらどのような議論が交わされていたのか気になるところだが、以上がIVSセッションにおける海外からの4名のエキスパートたちによる日本のスタートアップシーンに関する言及の一部だ。