映画「Field of Dreams(フィールド・オブ・ドリームス)」ではないが「それを作れば人はやってくる」というのがスタートアップの信念だ。しかし残念ながら本当に人が来るまでの道のりには、何もかも否定しようとするシニシズム(冷笑主義)が満ちることになる。
今年だけでもテクノロジービジネスでは何百万回ものギャンブルがあった。そうした賭けの一部にはベンチャーキャピタルの投資の決断も含まれていた。また地域を選ぶ賭けもあった。サンフランシスコの未来に賭けるのがいいだろうか?それとも他のテクノロジーハブの成長に賭けるべきか?プロダクトに新機能をリリースするべきか、既存機能のブラッシュアップに時間を割くべきか?今の会社に賭けるか、新しい会社を探すか?
2020年の締めくくりとして、こうした賭けの結果について成績表を作ってみよう。このビジネス全体を通してその未来に熱狂な支持を集めることに成功したのは「メディア、特にオーディオメディア、米国のある有名大都市」の3つだけだった。
具体的にいえば、ニュースレター配信のSubstack、ソーシャルメディアのClubhouse、そして新興テクノロジーハブのマイアミだ。もちろんまだ先物買いではある。どれも夢を実現するまでにはまだまだ距離がある。Substackは、テキストベースのジャーナリズムを再建しようと試みている。Clubhouseは、対話可能な音声ベースのソーシャルプラットフォームとしてラジオを活性化するつもりだ。マイアミはこれまでスタートアップ育成の巨大なエコシステムがなかった場所にもサンフランシスコ、ニューヨーク、ボストンに匹敵するテクノロジーハブを建設できるという賭けだ。
こうしたオプティミズム(楽観主義)は脅威、失敗、障害の可能性を仔細にいい立てる人々からあらゆる否定を浴びている。
現在のテクノロジー業界を覆う否定的な空気は、パンデミックを筆頭に業界を絶え間なく襲った悪いニュースに疲れたための一時的な倦怠感に過ぎないといいいたいところだ。しかしここに底流するシニシズムは新型コロナウイルスがトレンドトピック入りするはるか以前から業界に深く浸透していた。
今までにないほど、多くのスタートアップが資金を調達している(評価額も上昇を続けている!)し、買収や上場によって「出口」を得たスタートアップの数も2020年12月初めの時点で過去数年間で最高だ。
それでも悲観的分析は根強い。そのほとんどをは、テクノロジー業界を覆うある種の不安から生じている。Substackはテクノロジーの不安とメディアの不安が重なる部分に位置するので特に目立つ。テクノロジー側からの批判は、「あんなものはただのメールサービスだ!」と要約できる。誰もがSubstackのようなサービスならこの10年、誰でも構築できたはずだ。そう思えるだけにSubstackの単純さと巨大な評価額は脅威だ。
事実、もともとのコンセプトが単純なだけにSubstack的な試みは何度もあった。しかし単純さは他の多くの成功した消費者向けスタートアップに共通するDNAだ。なるほどSubstackのテクノロジーの本質は電子メールだ。StripeにCMSエディターをプラスしたメール配信サービスともいえる。有能なエンジニアはコンセプト版でよいなら1日で書ける。ところが誰もやらなかった。そこでスタートアップの世界では疑いと不安が始まる。
メディアの観点からはどうだろう?ニュースも出版も過去数年間はひどい状態だった。当然のことながら、マスコミのシニシズムはひどく強いものとなっている(もともとジャーナリストというのは楽観的なことを口にしない人種だ)。マスコミ側の批判の大部分は「Substackは数年前からあったのにマスコミの崩壊を止めるのに少しも役立たたなかった」と要約される。
そのうちに助けになるかもしれないが、大きな影響を与えるようなサービスが出現するには時間がかかる。スタートしたばかりの企業がマスコミを完全に再構築する可能性さえあると見られるているという事実が、まさにSubstack(や類似のスタートアップ)を賭けるべき対象として魅力あるものにしているのだ。Substackは今すぐに解雇された数万人のジャーナリストに再び職を与えたり、ニュース報道や出版ビジネス内の不平等を是正したり、フェイクニュースを追放したりすることはできない。しかしこのペースで成長し機能の構築が続くとしたら、10年後にはできるかもしれない。
現在すでに完璧でないといって対象を否定するシニシズムは、2020年のスタートアップビジネスに流れる奇妙な動きの1つだ。1人か多くて数人の起業家と少数の社員のスタートアップが、創立初日に完璧なプロダクトをリリースし、欠点が表面化する以前にそれを是正しているなどと期待するのは道理に合わない。スタートアップが提供するプロダクトが過早にもてはやされ、プロダクトの真価を理解している少数が理解しない多数の渦の中に飲み込まれているという方が実際に近いだろう。
このパターンはClubhouseの場合にもはっきりしている。幸いにしてTechCrunchでは、おおむね避けるのに成功してきたシニシズムの側面があらわになっている。Clubhouseは新しいダイナミクスを備えた新しいソーシャルプラットフォームだ。もちろん数年先にどうなっているかは誰に断言はできない。投資家、ユーザーはもちろん、(彼なりのビジョンはあるだろうが)創立したPaul Davison(ポール・デイヴィソン)でさえ確たることはいえないだろう。先週、Clubhouseが主催した「Lion King(ライオン・キング)」のライブミュージカルイベントには数千人が参加した。Clubhouseがそうした存在になるとは誰ひとり予想していなかったはずだ。
SubstackにもClubhouseにも解決すべき課題は多々ある。当然だ。しかし創立後日が浅いスタートアップとしてとしては、市場の地形を探り、プラットフォームにユーザーを引き込むために決定的となる機能を発見し、最終的には成長の方程式を見つけねばならない。コンテンツがユーザー投稿であるということは特に安全性と信頼性における問題を生む。成長の過程で問題を発見しなかったスタートアップなど、これまで設立されていない。重要な質問は「このスタートアップには問題が発見されたときにそれを即座に修正することができるリーダーシップを持っているか?」だ。私の見たところ(現実のお金を投じてはいないが、これも賭けだが)答えはイエスだ。
リーダーシップについて語るならマイアミのFrancis Suarez(フランシス・スアレズ)市長を抜きにするわけにはいかない。スアレズ市長の「マイアミはスタートアップを手助けする用意がある」というツイートはシリコンバレー信者はの愛好家や根っからの悲観主義者の間に途方ないばかげた騒動を引き起こした。
Keith Rabois(キース・ラボイス)氏をはじめとする何人かのベンチャーキャピタリストや起業家はサンフランシスコから脱出してマイアミに移れというトレンドのパイオニアとなっている。地元のビジネスと連携して、それまでになかったより良いエコシステムを構築しようとしている。ここで賭けられているのは場所だ。スタートアップとテクノロジーのハブをシニシズムに覆われた既存の場所の外に明るく楽観的な場所を見つけることができるという賭けだ。
マイアミに対するシニシズムは、10年前よりもさらに正当化されにくくなっている。サンフランシスコ、ニューヨーク、ボストンとそれらの周辺はもちろん米国のハイテクスタートアップのメッカだ。しかしシアトルはもちろん、この10年でソルトレイク、ポートランド、シカゴ、オースティン、デンバー、フィラデルフィアなどの都市が着々と得点を挙げている。マイアミは550万人が暮らす大都市であり、米国最大の経済圏の1つだ。マイアミも成功するかもしれないと考えるのは的外れではない。改革のきっかけとしては、たとえばラボイス氏のようなベンチャーキャピタリストの移住が十分だったかもしれない。
シニシズムから意味あるものが生まれた例はない。「そんなことできっこない」という態度がスタートアップを作った試しはない。こういうシニシズムへの反発が人を起業家にするきっかけとなったことならあるかもしれない。
意味のあるもの作るには、時間がかかる。最初のプロダクトを手にしてから育て上げてるに時間が必要だ。スタートアップのエコシステムを構築し自立したものにするにももちろん時間がかかる。重要なことは、成功のためには個人の力では不十分だという点だ。人々のチーム、コミュニティとメンバーの並外れた努力が必要だ。未来というのは決定論的に固定されたものではない。努力によって変化する可塑性に富んだ存在だ。賭けの報酬は大きい。我々は後ろ向きにあれこれの問題や欠陥を指摘するのを止めて「どんな未来を作りたいのか?」と自問すべきだろう。私は何に賭けたいのかが一番重要なポイントだ。
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画像クレジット:John Coletti / Getty Images
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(翻訳:滑川海彦@Facebook)