ノンデスクワーカーの現場から紙をなくす「カミナシ」が約11億円を調達

「これからの5年間は、ノンデスクワーカー(ブルーカラー)向けの『デスクレスSaaS』の時代が来ると思っています」と意気込むのは、カミナシCEOの諸岡裕人氏だ。同社は2020年12月、インフィニティ・ベンチャーズ主催の「ローンチパッドSaaS」にて優勝している。

2021年3月4日、カミナシはシリーズAラウンドでALL STAR SAAS FUNDCoral Capitalなどを引受先とする第三者割当増資を実施し、総額約11億円の資金調達を行ったと発表した。

点検作業をiPadアプリで完結させる

「現場から紙をなくす」ためのプラットフォームであるカミナシは、ブルーカラー(現場で働く従業員)を対象とした業務効率化ツールだ。従来、紙やExcelで行われていた点検記録や作業記録などをiPadのアプリで完結できるようにする。

約300台の機械がある食品工場を例にしてみよう。現場の担当スタッフは、毎日すべての機械を1台ずつ点検しながら、手書きで用紙に記録していく。その後、管理者は提出された書類を1枚ずつ確認して押印する。驚くことに、スタッフが行う点検回数は1日1000回以上、管理者が承認する書類は1日100枚以上に及ぶこともあるという。

カミナシCEOの諸岡氏は「このような書類での点検作業は、非効率なだけなく、ケアレスミスや形骸化にもつながっています。年間数百万円から数千万円の膨大な費用をかけているにもかかわらず、そのデータが必ずしも信用できないというのは、あまりにもったいないと感じていました」と話す。

これを解決するのが、カミナシの役割だ。上記のような現場の「点検リスト」などをクラウド上でノーコードで作成でき、スタッフは作業中にiPadのアプリを通じて記録することが可能になる。管理サイドはリアルタイムに報告内容を確認でき、これまで数時間かけていた承認作業も数クリックで完結できる。カミナシを導入すれば、現場から「紙」は瞬く間に姿を消すというわけだ。

画像クレジット:カミナシ

エンジニアが現場に足を運ぶ

しかし、実際にブルーカラーの現場をデジタル化することは、言うほど簡単ではない。従業員のなかには高齢者や、ITリテラシーが低い人も当然いる。現場で多忙な実務をこなすスタッフにとって、ツールは本当に使いやすいものでなければならない。

「ひと言でいうと大変です」と諸岡氏。とにかく現場に足を運ばなければ話が始まらない。同社はセールスだけでなく、エンジニアやデザイナーまでもが実際にクライアントの現場まで足を運び、従業員と対話を重ね、「現場の痛みを知る」ことに重きを置いている。

そんな「現場ドリブン」を徹底するカミナシのアプローチは功を奏した。プロダクトローンチからわずか8カ月で導入社数は70社を超え、食品から航空、ホテルまで14の業界に導入されるまでに成長。現在アウトバウンドセールスは行っていないものの、ウェブ経由からの流入で月間問い合わせ件数は150を超えるという。

「負け続けた3年間」があった

ここまでの道のりは決して平坦ではなかった。 父親が経営する食品工場などで働きながら、地道に経験を積んできた諸岡氏。2016年に起業し、食品工場向けのソフトウェアを開発したものの、3年間は鳴かず飛ばずの状態が続いたという。

この苦しい期間を経て、2019年12月にピボットを決断しカミナシが誕生する。「これまで僕は、ずっと自信がなかったんです。『まだ結果が出ていないから、前に出るべきじゃない』と思っていた。でも、2019年にピボットを決意した時『もう、恥も外聞もなくやってやろう』と思ったんです」と当時の心境を語る。 これが大きな転機となった。

諸岡氏は自身のnoteにて、過去の赤裸々な失敗談を含めたカミナシの理念や、メリットを積極的に発信。すると、自然に「熱い想い」を持った仲間達がカミナシに集まったという。

悪戦苦闘した3年間も決して無駄ではなく、カミナシ誕生の糧となった。諸岡氏は「僕自身、3年間で300以上の現場を見てきた。1000人以上の話を聞いた。もう二度とごめんだ、と思えるくらいにはやってきた。その時に蓄積したデータや知見があるからこそ、当時より10倍も20倍も良いプロダクトを完成させられた」という。

2020年6月のリリース以降、ローンチパッドSaaSでの優勝、シリーズAの資金調達と、順調に階段を駆け上がってきたカミナシだが、「現場から紙をなくした」先にある将来も見据える。今回の調達資金の一部は、工場などが最先端のIoTやAIを導入するためのシステム作りに投入する予定だという。「現在人間が行っている点検作業を、IoTセンサーが自動的に行い、データをカミナシに送信。それをAIが分析して報告書を作成する」などの活用を想定する。

「ノンデスクワーカーのDX」。誰もが理屈ではわかるものの、本当の意味で現場の課題を理解し、ユーザーに寄り添ったプロダクトを作ることができる企業はそう多くないだろう。父親の会社で働く時代から、「現場」をその目に焼き付けてきた諸岡氏が率いるカミナシは、数少ないその内の1社かもしれない。

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カテゴリー:ソフトウェア
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TechCrunch Japan

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