IBM、HP、EMCなどの大企業がビジネスモデルの転換を目指して苦闘していることはわれわれもよく知っている。それらに比べると、Adobeは興味深いケースといえるだろう。つい数年前までAdobeは箱入りソフトを売る会社だった。それがごく短期間でクラウドサービスの定期課金(サブスクリプション)を主力とする会社となった。先週発表されたAdobeの財務報告を見る限り、この変身に大成功を収めている。
まずその根拠として数字をチェックしてみよう。Adobeはこの四半期に13億1000万ドル、対前年比で22%のアップという成績を収めている。同社はまた通年の売上が48億ドルという記録破りの額に達したことを発表している。もちろんこうした数字自体も大きいが、私が特に強い印象を受けたのは、継続する課金収入だった。これは今やAdobeの売上の74%を占め、メインビジネスとなっている。2015年の同社のデジタル・メディア関連の通年定期課金収入(annual recurring revenue=ARR).は30億ドルだった。
実際、Adobeはこの第4四半期だけでARRに3億5000万ドルも加えている。同社の発表によれば、この成長は主としてエンタープライズが課金モデルへの転換を積極的に採用しているためだ。この四半期に個人やチームの83万3000人がAdobe CC(Creative Cloud)に新たに登録しているという。
多くの企業が苦闘する中、Adobeは比較的短期間に急速にクラウド企業へと変身を遂げた。これは同社が事前に周到な計画を準備していたことが大きいようだ。
Adobeの創立は1986年とはるか昔に遡る。しかしAdobeが箱入りソフトを販売していたのはそう昔ではない。それが変わったのは2013年のことだ。同社はCC(Creative Cloud)にビジネスの主力を移すと発表した。そしてその言葉どおり、従来の主役だった箱入りソフトのシリーズ、CS(Creative Suite)の販売を中止した。この決断は業界を震撼させた。 TechCrunchのLardinois記者は当時驚きを次のように書いている。
Adobeはソフトウェアの将来は定期課金ベースのネットワーク配信にあると信じ、それに社運を賭けるつもりのようだ。…Maxカンファレンスの参加者の大部分はここでCS7が発表されるものと思っていたはずだ。ところが意外にもCreative Suiteのブランド名は消えていくことが判明した。…(CCの責任者)Morrisは私の取材に対して、この方針転換がかなりの冒険であることを認めた。「多くのユーザーはこういう転換が起こるとしても数年後のことだと考えていただろう。しかしそれが今日だったことはショックだったかもしれない。」
Adobeのような世界的大企業がCCの発表後、わずか2年半でにこのような思い切った決断をするというのはかなり珍しいことだ。また顧客ベースも課金モデルへの転換を強く支持ことも注目に値する。.
「牛を捕らえるには角をつかめ」
Adobeが実行したのは他の会社が恐れるような道だ。普通の会社なら確立した箱入りソフト販売モデルの横に少しずつサブスクリプション・モデルを忍び込ませるというような方法を取っただろう。しかしAdobeはいきなり箱入りソフトの販売を止め、全面的に定期課金モデルを導入した。
比較という点ではMicrosoftが参考になるかもしれない。同社は現在でも箱入りソフトのOfficeとクラウド版のOffice 365を並行して販売している。エンタープライズソフトの分野でも同様だ。
公平を期すなら、Adobeといえども古き良きマーケティング・リサーチをしなかったわけではない。AdpbeはCCを開発し、ユーザーを相手にテストを行った。その結果は思いがけないほど積極的な反応だった。前述のScott MorrisはわれわれのLardinois記者の質問に答えて2013年にこう語っている。
われわれがこの決断をしたのはCreative Cloudの登録ユーザーのほとんど全員が気に入ってくれていることを発見したからだ。AdobeのオンラインストアでCreative Cloudの満足度はPhotoshopより高い。これは前代未聞だ」とMorrisは言う。
注意すべき点は、当時Adobeは極めて高価な箱入りソフトを売っていたことだ。その価格は1200ドルから上は2500ドルまでした。つまりユーザーはそれほどの金額を支払ってもそれらのソフトが提供する機能を必要としていたわけだ。サブスクリプション・モデルに移行するにあたってこうしたクリエーティブなチームや個人のユーザーは一時に高額な支払いを必要としなくなった。毎月少額を支払えばよく、しかもAdobeは常時ソフトをアップデートして最新のものにしてくれる。Adobeとしてもときおり巨大な新バージョンを出荷するより、オンラインで少しずつアップデートを繰り返す方がはるかに開発を管理しやすい。
Adobeの新モデルはユーザーにもメーカーにもメリットの大きいものとなった。関係者全員が得をするという珍しい例だった。利用ケースによって価格は大幅に異なるものの、個人ユーザーは月額わずか9.99ドルからLighroomやPhotoshopなどの人気ソフトが利用可能であり、全アプリが使い放題となるセット契約でも月額80ドルだ。エンタープライズ向け契約では1人あたり月額70ドルの使い放題や1人1アプリ月額30ドルの契約も選べる。〔日本版:日本では月額980のフォログラフィプランから月額4900円のコンプリートプラン、さらにさまざまな法人向けプランが選択できる。詳しくはこちら。〕
Adobeという教訓
Adobeは多くの大企業がはまり込んでいる泥沼を避け、まったく異なるビジネスモデルに移ることに成功した。業界の常識とは逆に、同社は箱入りソフトの販売で得ていた以上の売上を定期課金モデルで得られることを証明した。.
とはいえ、われわれもどんな規模、種類の会社もAdobeのとおりに行動して成功できるとは考えていない。
そもそも、Oracleのような純然たるエンタープライズ向け企業と個人、エンタープライズをまたいでビジネスをしてきたAdobeのような企業を単純に比較するのは難しいのだろう。それでもなおAdobeが従来のビジネスモデルを一変させ、かつそれに大成功を収めたという事実は残る。他社はおそらくAdobeの成功の秘密を知りたがるだろう。市場は現在も急変し続けており、強い意思に基づく決断によって成功したAdobeを手本にしたい企業は多いはずだ。.
画像: sikerika/Flickr UNDER A CC BY 2.0 LICENSE
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(翻訳:滑川海彦@Facebook Google+)