量子コンピューターのための新高水準プログラミング言語Silq

量子コンピューティングのためのハードウェアは、あと数年で現実の使用事例が見られる段階にまで開発が進んでいる(Volkswagenリリース)。それにともない、当然のことながら量子コンピューターの力を最大限に活かせるプログラム方法の研究も着実に増えている。その分野の研究のひとつにSilq(シルク)がある。スイス連邦工科大学(ETH)チューリッヒ校の量子コンピューティング用高水準プログラミング言語だ。

ここで重視すべきは、「高水準プログラミング言語」であるという点だ。この言語の開発に携わる研究者たちによれば、現在、量子コンピューターのプログラマーたちは、まだ抽象度の低い低水準言語で必要以上に苦労しているという。

「このプロジェクトの歴史は、量子コンピューターの中核的な問題を解決したいというところから始まっています」とETHコンピューター科学准教授であるMartin Vechev(マーティン・ベシェフ)氏は私に話してくれた。「しかし量子コンピューティングの中核的問題を解決するためには、例えば量子プログラムの解析や推論をするには、それらの問題が記述されている言語が必要です。それは既存の言語です。私たちは量子コンピューティングのさまざまな問題を見てきましたが、基本的にはその言語を見て、問題がどのように記述されているかを確認するという作業が主体になります。しかしお察しのとおり、これは理想的とはいえず、最適な方法でありません」。

そこで彼らは、実際に使われている別の言語も調べてみることにした。Microsoft(マイクロソフト)のQ#や、IBMのQiskitなどのSDKだ。

「当初は、新しい言語を開発する必要性などまったく感じていませんでした」とベシェフ氏の博士課程大学院生であるBenjamin Bichsel(ベンジャミン・ビクセル)氏は話す。「そこをそもそものスタート地点として検討するなど、考えてもみませんでした。量子コンピューターで、もっと高度な問題を解決したいと思ったときに、よしそれじゃあ適当に言語をひとつ選んで、それでやろうというのが私たちの考え方でした。しかし気がついたのです。私たちが推論したいと関心を持つような高度なプロパティーには、既存の言語はまったく不適格でした」

今週のPLDI 2020で発表を予定しているSilqの論文
共著した1人は、あまりにも面倒なので既存の言語は一切使わなかったとさえ話している。この論文の執筆には、ビクセル氏とベシェフ氏の他、Timon Gehr(ティモン・ゲール)氏とMaximilian Baader(マクシミリアン・バーダー)氏も参加している。

では、既存の言語のどこが悪いのだろうか?「それを理解するための入口として最適なのが、従来の言語には存在しなかった量子コンピューティングならではの基本的な難題、つまり『非計算』に注目することです」とベシェフ氏は話す。実際、非計算はSilqの中核的なアプローチであり、ネイティブに組み込まれている。非計算には古典対応があるものの、だからといってその概念が直感的にわかるというものではない。

「古典的な言語で『AまたはBまたはC』を計算させようとすると、先に『AまたはB』を計算してから、『(その結果)またはC』が計算されますが、その間に計算された一時変数は忘れ去られてしまいます」とビクセル氏。「これを量子で行うと、予期せぬ副作用が発生します【略】結論として、こうなると予測されたことが、ここでは起こりません。そのためなんとかこれに対処しなければならないのです。これが意味するものは、現在あるすべての量子言語では、本質的に抽象度が大変に低いところでの作業を強いられるということです。そこでは、すべての一時変数を考慮しなければなりません。基本的にこれが、高水準な思考を妨げているのです」。

つまり、整数を可算するなど比較的些細なことをしようと思っても、量子コンピューターでは、処理の過程で発生したあらゆる一時変数を考慮して、明示的に扱わなければならないということだ。

「量子コンピューティングでは、廃棄すべき一時変数などのガーベッジに常に対処しなければならないため、常に対応が強いられます。それが、これらの言語を使う上で大変な手間になるのです」とビクセル氏。現在の量子言語はその回避を試みているが、その方法はやや難解だ。それに対してSilqは、安全な自動非計算が最初から使えるようになっている。

ベシェフ氏はまた、低水準プログラムの記述ではエラーが発生しやすく、アルゴリズムが実際に何をしているのかを理解しづらいと話している。それに対してSilqの型チェッカーには、プログラマーが犯しやすい一般的なミスを低減してくれる機能がある。また研究チームは、古典的な言語の最新の技術(オーナーシップタイプやリニアタイプのシステム)に注目し、量子コンピューシングのコンテキストに実装しているが、これもSilqが初めてだ。

ここまで知れば、Silqで書かれたプログラムは、Q#やQuipperなどと比べてずっと短く、量子プリミティブの数もずっと少なくなる(Silqリリース)ことを研究チームが発見したと聞いても、ビックリはしないだろう。

しばらくの間、Silqはまだ研究プロジェクトの段階であり、既存のいずれの量子ハードウェアプラットフォームでも走らせる予定はない。だが彼らは、独自で量子エミュレーターを作成して前提の検証を行っている。「我々の場合、大変に高水準な言語のため、コンパイルは2段階処理で行うことを考えています。まずは高水準な目的を表現する。するとそれを受けてコンパイラーが使用されるアーキテクチャーを特定し、それに対してどのように最適化するかを判断します」とビクセル氏。

Silqの詳細を深く知りたいという方は、こちらで論文が読める

画像クレジット:ALFRED PASIEKA / SCIENCE PHOTO LIBRARY / Getty Images
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(翻訳:金井哲夫)

Magic Leapがスイスを拠点とするDacudaの3D部門を買収 ― ヨーロッパ進出は同社初

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AR分野のスタートアップであるMagic Leapは、これまでに14億ドルを調達しているものの、いまだにプロダクトをリリースしていない。そんな同社は、コンピュータービジョンとディープラーニング事業の拡大とヨーロッパへの進出を狙い、同社2度目となる買収を行ったことが確認された。

Magic Leapは、チューリッヒを拠点とするコンピュータービジョン分野のスタートアップ、Dacudaの3D部門を買収したことが明らかとなった。Dacudaがこれまでに注力してきたのは、コンシューマー向けのカメラで利用する2Dおよび3Dイメージングのアルゴリズムだ(カメラだけではなく、カメラが搭載されたデバイスであればどんな物にも適用可能)。「ビデオを撮るのと同じくらい簡単に3Dコンテンツをつくる」ということだ。

DacudaはWebサイト上の短いプレスリリースで今回の買収を発表している。それによれば、Dacudaの3Dチームは全員Magic Leapに移籍し、創業者のAlexander Ilic氏はMagic Leap Switzerlandを率いることになるという。

「Dacudaは無事、当社の3D部門をMR分野のリーディング企業であるMagic Leapに売却しました。Dacudaの3Dチームは全員Magic Leapに移籍し、同社初となるヨーロッパでのプレゼンスを築いていきます。Magic Leapがチューリッヒにオフィスを持つことで、コンピュータービジョンとディープラーニング分野におけるリーダーシップをさらに強化することができます。そして、これからMagic Leap Switzerlandを指揮するのは当社の創業者、Alexander Ilicです。Peter WeigandとMichael Bornの指揮のもと、DacudaはSunrise、Crealogix、Unisys、SITAなどの顧客とともに、プロダクティビティ分野のソリューションに再度フォーカスしていきます」。

以上をご覧になると分かるように、この2社が具体的にどのように協働していくかという点は言及されていない。だが、この買収が最初に噂された先週(Dacudaのブログに3D部門の売却を示唆するポストが投稿され、LinkedInのプロフィールを「Magic Leap所属」と変更する従業員がいた)、Tom’s Hardwareは、この買収によりDacudaが開発した技術によってMagic Leapが1部屋分のスケールをもった6自由度(6DoF)トラッキングを手掛けるようになると予測した(3D環境におけるイメージキャプチャーセンサーを向上する)。

Magic Leapがヨーロッパに進出するのはこれが初めてのことだ。だが、それよりも重要なのは、同社が拠点とするスイスはコンピュータービジョン分野の研究開発において非常に評価が高い国だということである。

スイスにはAR/VR技術に取り組むスタートアップや学術機関が多く存在する。特に、コンピュータービジョンやディープラーニングの分野ではそれが顕著だ。そのため、Magic Leapがスイスでのプレゼンスを持つことで、同国のAR/VRシーンにダイレクトに入り込むことができる。

(このエコシステムに着目する大企業も多い。2015年にAppleによって買収されたモーションキャプチャーのfaceshiftも、チューリッヒ出身のスタートアップだ)。

今回の買収により、Magic Leapは良いタイミングで、人材強化とスイスのエコシステムへのコネクション作りを達成したと言える。ご存知の読者もいるかもしれないが、つい先日、Magic Leapのプロダクト情報役員の離脱、そして同社のテクノロジーとハードウェアがあまり良い状態ではないとするレポートリークするという事件があった。それにより、少なくとも短いタームでみた場合、Magic Leapは本当に45億ドルのバリュエーションに見合う価値を生み出せるのかという疑問が残ることとなった。

今回、買収金額などの詳細は明らかになっていない。Dacudaの創業は2009年で、CrunchBaseによれば、同社はこれまでに金額非公開の資金調達ラウンドを実施。それに加えて、Kickstarterを利用したクラウドファンディングによって54万2000ドルを調達している。この資金は、同社が2014年に発表した「PocketScan」と呼ばれる手持ちスキャナーの開発費用に充てられている(このプロダクトは過去にTechCrunchでもカバーしている)。

また、この買収について明らかになっていないことがもう1つある。それは、Dacudaの3D部門がこれまでに獲得したパートナーシップの行く末だ。

例えば、同社は昨年10月、スイスを拠点にAR/VRを手掛けるMindMazeとのパートナーシップを締結している。「MMI」と呼ばれる新しいプラットフォームを構築するためだ。MindMazeの説明によれば、このプラットフォームは「モバイルベースの没入型アプリケーションとソーシャルVR向けに開発された、世界初のマルチセンサリング・プラットフォーム」だという。また、同社は今後「位置トラッキングとマルチレイヤー・インタラクションの分野でGoogleのdayDream Viewがカバーしきれていない部分にアプローチするため、全世界のユーザーにテクノロジーを提供していく」としている。TechCrunchは現在、今回の件についてMagic Leapに問い合わせしている最中だ。彼らから何らかのコメントが得られれば、記事をアップデートしていく。

Magic Leapが他社を買収するのは今回で2度目となる。1度目は、同社が2016年に買収したイスラエルのサイバーセキュリティ企業、Northbitだった。

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(翻訳: 木村 拓哉 /Website /Facebook /Twitter

暗がりでも読み取れるバーコードスキャナー「Scandit」が750万ドルをAtomicoから調達

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何らかの理由で、エンタープライズ、SAAS、フィンテック、ロジスティクスの分野でスイス出身のスタートアップが評価を得ている ― その好例が、チューリッヒで数年前に創業したScanditだ。彼らのアイデアはとてもシンプルである。バーコードを高価な専用スキャナーで読み取るのではなく、スマートフォンのカメラで読み取るための豊富な種類のハードウェアとソフトウェアを提供するというものだ。2012年にTechCrunchでScanditを紹介したビデオはここにある。しかし、このビデオを観てもらうと分かるように、今のScanditはバーコード読み取りの精度が驚くほど高くなっている。

それを踏まえれば、彼らがロンドンを拠点とするVCのAtomicoからシリーズAで750万ドルを調達したことにも納得がいく。

Scanditはソフトウェア・プラットフォームと頑丈なスマートフォン用のケースを提供している。Motorola、Honeywell、Zebraなどが提供する専用のスキャナーと高価な永年サポート・パッケージにとって大きな脅威となるプロダクトだ。

Scadit CEO兼共同創業者のSamuel Muellerは、「少数の企業がシェアの4分の3を握っています」と話す。つまり、この業界をディスラプトする機は熟しているのだ。

今のところ、HomeDepot、Macy’s、GE Healthcare、Coop Group、PostNL、Shell、Verizonなどの企業がScanditを利用しており、これらの大企業がScanditのアイデアを気に入っていることがこのリストから伺える。

Scanditはとても高度なスキャニング技術を持ちあわせており、バーコードから2メートル以上離れた暗がりでもそれを読み取ることが可能だ。同じことを従来のスキャナーで試してみるといい。また、ScanditはスキャナーSDKも提供しており、サードパーティーのディベロッパーが自身のアプリにスキャン機能を組み込めるようにもなっている。さらに、Scanditの「Flow」プラットフォームにはユーザー・マネジメント機能、デバイス・マネジメント機能、アップデートのプッシュ通知機能、分析機能が備えられている。

Scanditは今後、USやヨーロッパに新しい営業拠点を構えて海外向けビジネスを強化する構えだ。

Scanditの創業は2009年で、創業メンバーはETH Zurich、MIT、IBM Researchなどでリサーチャーとしての経験を積んだ博士たちだ。

編集部注:VerizonはAOL及びその傘下にあるTechCrunchの親会社である。

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(翻訳: 木村 拓哉 /Website /Facebook /Twitter