昆虫テックのムスカが個人向け園芸肥料をMakuakeにて先行販売開始、熊本県菊池市とのアグリ実証実験も開始

ムスカは8月24日、同社のテクノロジーを使って製造した有機肥料を個人向けの園芸肥料として、クラウドファンディングサイトの「Makuake」(サイトは8月24日14時オープン)で先行発売を開始することを明らかにした。

同社の特徴は、約50年間、1200世代の選別交配を重ねたイエバエの幼虫を活用した高効率なバイオマスリサイクルシステム技術を擁する点。通常は最低でも3~4週間かかる糞尿などの肥料化を1週間で処理できるうえ、肥料化にために働いたイエバエの幼虫はそのまま乾燥させてタンパク質が豊富な飼料に転換できる。

現在国内では、年間8000万トン、東京ドーム約61個ぶんにあたる畜産糞尿が出ているほか、食べ残しや売れ残りなどのフードロスは年間640万トンもある。特に問題なのは、年間8000万トンの畜産糞尿の処理過程で発生する温室効果ガス。これは地球温暖化の一因でもある。

畜産糞尿は堆肥化させることが法律で義務付けられているが、堆肥化処理の過程でメタンガスと亜酸化窒素が発生し、それぞれCO2の25倍と300倍の温室効果があるとされている。全国地球温暖化防止活動推進センター(JCCCA)の調査では国内総放出量の11%と22%におよぶとのこと。ムスカのテクノロジーを使えば、このメタンガスと亜酸化窒素の発生を大幅に抑えられるのが特徴だ。

現在同社は、同社の技術をつぎ込んだ完全閉鎖型の第1号(PoC)プラントの建設を進めているが、コロナ禍などに影響で完成がずれ込んでいるとのこと。そこで、同社の技術の一端を認知してもらうべく、クラウドファンディングによる肥料販売を開始したというわけだ。

5月にはムスカの飼料を利用して宮崎地鶏の地頭鶏を育てている宮崎県の石坂村地鶏牧場を支援するためにオンラインストア「Sustainable Food Market」も開設している。

また同社は、リバネスが主催する熊本県菊池市のアグリ技術実証事業に採択されたことも明らかにし、生産者とムスカ肥料の利用および効果について実証試験を進めていくという。具体的には、地作りおよび減農薬栽培にこだわりを持って野菜などを栽培する生産者と組み、豚糞由来のムスカ肥料を既存の堆肥などの農業資材の代替品として使用。作物の収量、成分、土壌などの変化を分析することで、ムスカ肥料の有効性を科学的な検証を進める。

畜糞を1週間で肥料化する昆虫テックのムスカがECサイト開設、代表取締役2名の新体制に

ムスカは6月4日の「虫の日」に、持続可能な農業を推進している事業者の食品を扱うECサイト「Sustainable Food Market」を開設した。取り扱い商品の第1弾は、宮崎県南西部に位置する清武町で、石坂村地鶏牧場が生産する宮崎地鶏の「地頭鶏」。牧場では、地鶏の飼育にムスカの飼料を一部取り入れている。

同社は、約50年間1200世代の選別交配を続けて誕生したイエバエの幼虫を利用して、1週間程度で家畜から出る糞尿や家庭から出る生ゴミを肥料化、さらには肥料化に使用したイエバエの幼虫を乾燥させてタンパク質を多く含む飼料として再生できる、バイオマスリサイクルシステムの構築技術を擁する2016年12月設立のスタートアップ。現在、テストプラントの建設を進めているが、同社の飼料を使った養鶏場の商品をECサイトでいち早く販売することになった。

ECサイト開設に合わせて同社は新体制も発表した。これまで取締役COOを務めていた安藤正英氏が代表取締役に就任。これまでCEO兼代表取締役を務めていた流郷綾乃氏との2名体制となる。

ムスカ試験プラントは2020年中に稼働へ、肥料や飼料を試験導入した農家の反応は良好

ムスカは12月16日、ムスカシステムを利用して生産された肥料と飼料を使った米と野菜、地鶏の試食会を開催した。同社はTechCrunch Tokyo 2018のスタートアップバトルで最優秀賞を獲得した2016年12月設立の昆虫テック、大きく分けると農業技術系(アグテック)スタートアップだ。

ムスカで代表取締役CEOを務める流郷綾乃氏

50年1200世代の交配を重ねたイエバエの幼虫と使い、蓄糞や生ゴミなどの有機物を1週間で分解して肥料・飼料化する、100%バイオマスリサイクルシステム技術を擁する。通常のイエバエの幼虫でも2〜3週間程度かければ糞尿やゴミを分解することはできるが、交配を重ねてサラブレッド化したムスカのイエバエの幼虫に比べて処理能力は大幅に落ちる。

ムスカの創業者で取締役会長を務める串間充崇氏

ムスカでは、糞尿など栄養分として育ったイエバエの幼虫が成虫になるために有機物の中から這い出してくるハエ本来の習性を利用して幼虫のまま回収。幼虫が分解した糞尿は有機肥料に、回収した幼虫はタンパク質の飼料として利用できる。

実際には、有機肥料はペレット(小さな塊)状に、幼虫は乾燥させた状態で出荷される。これがムスカソリューションで、廃棄物である蓄糞や生ゴミを分解して肥料・飼料化、その肥料や飼料で野菜や家畜を育て、蓄糞や生ゴミを再度回収というリサイクルが実現する。

野村アグリプランニング&アドバイザリーの調査部で副主任研究員を務める石井佑基氏

試食会に先だって、野村アグリプランニング&アドバイザリーの調査部で副主任研究員を務める石井佑基氏が登壇し「食料危機の対する食の未来について」というテーマで基調講演が行われた。石井氏は、牛や豚、鶏などを育てる畜産業は、農作物の栽培に比べると大量の飼料と水を使う点では効率が悪いと説明。これまでの人口増加に対しては農地の拡大と化学肥料の活用などで収穫量を増やして乗り切ってきたが、今後の人口増加と世界各国の所得向上によって肉を食べる人口が増えると、近い将来に限界に近づくと指摘した。

こうした問題に着目して、Beyond Meat(ビヨンド・ミート)やImpossible Foods(インポッシブル・フーズ)といった植物由来の代替肉を開発するスタートアップや、昆虫を食品として使うスタートアップも出てきているが、元来雑食の人間にとって食肉は切っても切り離せない関係と語った。そして2025年〜2030年に到来すると指摘されているタンパク質危機、つまり食肉や魚介類などのタンパク質食品の需要が生産・供給量を大幅に上回ってしまい、飼料や肥料の高騰、ひいては小売価格の大幅上昇につながるという危機を乗り越えるためには、ムスカのような持続可能な取り組みが重要であることを解説した。

写真に向かって左から、祝田農園の松田宗史氏、遊土屋の宮澤大樹氏、農業研究家の白木原康則氏、一番右は串間氏

基調講演のあとのパネルディスカッションでは、実施にムスカの肥料を使っている農家が登壇。米農家の松田宗史氏によると、ほかの有機肥料も使っているがムスカの肥料を併用することで害虫が付きにくく、生育も良好だったという。イチゴ栽培事業を展開するD2Cスタートアップの遊土屋を立ち上げた宮澤大樹氏は、「まだ試験導入の段階は効果については判断できないが」と前置きしたうえで「現在数ラインでムスカの肥料だけを使って栽培している苺は農薬の散布も必要なく生育も順調」と語った。

石坂村地鶏牧場の代表を務める中村秀和氏

ビデオメッセージを寄せた養鶏農家の中村秀和氏も「ムスカの飼料は地鶏の食いつきがよく、2カ月ぐらいすると通常の飼料よりも大きく育つ」とコメントした。ちなみに、ブロイラーは1カ月半ほどで出荷されるが、地鶏は長い場合で120日ほど飼育される。なお、宮崎で主に飼育されている地鶏は「地頭鶏」(じとっこ)と呼ばれており、首都圏や関西圏などでも宮崎料理店や居酒屋などで食べられる。

実際に過去にムスカが大学との共同研究で得た結果でも、ムスカの飼料を与えた養殖した魚の個体が通常の飼料(魚粉)に比べて大きくなるなど良好な結果が出ている。

質疑応答ではムスカでCOOを務める安藤正英氏が、ムスカの試験プラントは2020年中には稼働させることを表明。プラントの建設費や運営費を考えると一般的な化学肥料などに比べて単純比較では当初は割高になることを認めたが、現在家畜や魚の養殖などの飼料として使われている魚粉の国際価格は高騰を続けている。ムスカプラントの数が増えて糞尿や生ゴミの処理能力が高まれば、将来的には一般的な飼料の同程度のコストに収まることも十分に考えられる。

そして安藤氏は、自身がムスカに入社した一番の理由が、SDGs(持続可能な開発目標)に掲げられた17項目のうちムスカが14項目を達成している点を挙げた。達成していない残り3項目は、QUALITY EDUCATION(質の高い教育をみんなに)、GENDER EQUALITY(ジェンダー平等を実現しよう)、PEACE, JUSTICE AND STRONG INSTITUTIONS(平和と公正をすべての人に)なので、ムスカの事業を照らし合わせると14項目はフル達成に近い。海外ではSDGsの達成を目標とした食品なども登場しており、今後地球規模で考えていかなければならない問題であることは確かだ。

なお試食会では、祝田農園で収穫した米を使ったおにぎり、遊士屋のイチゴ、農業研究家の白木原氏が栽培したキュウリとミニトマト、そして石坂村地鶏牧場で育てられた地鶏のグリルなどが提供された。

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【スタートアップバトルへの道】「礎築き、世界に飛び立てる事業にしたい」2018 Winner / ムスカ #2

通算9回目となる、スタートアップとテクノロジーの祭典「TechCrunch Tokyo」。今年は1114日(木)、15日(金)に東京・渋谷ヒカリエで開催が予定されている。そのTC Tokyoで毎年最大の目玉となるのは、設立3年未満のスタートアップ企業が競うピッチイベント「スタートアップバトル」だ。

関連記事:TC Tokyo 2019スタートアップバトルの受付開始!仮登録は916日、本登録は9月末まで

スタートアップバトルの応募はこちらから

連載「スタートアップバトルへの道」では、2016年、2017年のスタートアップバトル最優秀賞受賞者と昨年決勝に勝ち残ったスタートアップ、計8社に取材。バトル出場までの経緯や出場してからの変化について、登壇者に話を聞いている。

いよいよ最終回となった今回登場するのは、TC Tokyo 2018 スタートアップバトルで最優秀賞を獲得した、ムスカ代表取締役CEOの流郷綾乃氏だ。2回に分けてお送りするインタビューの後半では、登壇後の変化や今後の展望などについて話を聞く。
(応募までのいきさつや登壇時、受賞時の感想などについて聞いた、インタビュー前半はこちら〓リンク〓から)

COO入社はバトル初日のメッセがきっかけ

ムスカ設立時には広報責任者として参画し、その後暫定CEO(当時)となっていた流郷氏。「代表取締役になって初めての大きなイベントがTC Tokyoだった。今後につながる大事なイベントということで、前日は寝られなかったぐらい。創業者ではないので逆にプレッシャーを感じていた」と昨年のバトルを振り返る。

そしてバトル登壇により、その“今後へのつながり”がさっそく生まれることが起こった。イベント初日に、現・取締役COOの安藤正英氏がFacebook経由でコンタクトしてきたのだ。

ムスカ代表取締役CEOの流郷綾乃氏(右)と取締役COOの安藤正英氏(左)

安藤氏は三井物産、アナダルコ・ペトロリアム、文科省主導の官民協働プロジェクトを経て、農業SaaS事業で2018年8月に創業したばかり。TC Tokyo 2018に安藤氏は、翌年の出場を目指して視察に訪れていたという。

初日の流郷氏によるバトル登壇を見た安藤氏は「ここはこういう課題があると思うが、こうすればいい」「こういうことに関して、お手伝いができる」と支援可能な領域を伝えるメッセージを送っていた。2日目の決勝でムスカが優勝した後、「他社からも連絡がいっぱい来るだろう」と考えた安藤氏は、もう連絡が来ることもないかなと思いながら「よかったら連絡を」とコメントを残していたそうだ。

実際、バトル優勝で「知らない人から、すごく連絡が来た」と流郷氏は述べている。「プレゼンへの感想や、ジョインしたい、など、どう返事すればよいものか考えるものもある中で、彼は具体的にやれることを書いてくれていた。そこでイベントの1週間後に会うことにした」(流郷氏)

安藤氏が指摘した課題と解決方法とは、ちょうど「ムスカの社内で『こういう課題がある』『これを解決する人材がほしいね』と言っていた部分だった」と流郷氏はいう。そこで安藤氏には「手伝いだけでも」ということで、すぐに週2〜3日で参加してもらうことになった。ところが、その1週間後には「週7日入って、社外の提携酒匂穂先や出資候補先に対してムスカの事業について説明していた」と安藤氏が言うほど、ガッツリ参画していたそうだ。

安藤氏は「今後フェーズがどんどん変わって成長していく事業環境において『暫定CEO』を名乗る覚悟ができていて、『適時・適材・適所ができる会社だ』と直感した」と述べている。「共感できるミッション、面白い事業に、自分が果たせる役割がある。意気に感じてできる経営体制だと思った」(安藤氏)

また流郷氏は、現・取締役CFOの小高功嗣氏についても「バトルの審査員だったマネックスの松本会長(マネックスグループ取締役会長兼代表執行役社長CEOの松本大氏)に、後日、ファイナンスやリーガルに関する相談をしていたところ、紹介された」と打ち明ける。

「TC Tokyoをきっかけに仲間ができたことはすごく大きい。2人とも、今ではなくてはならない存在。優秀な人材というのはもちろんだが、“ハエの会社”に入ってくれるような奇特な、それぞれにムスカの事業に思いを持った人たちと出会えてよかった」(流郷氏)

これからもバトンつないでいく

スタートアップバトルでの優勝後、問い合わせや取材が増え、今でも多くの連絡を受けるというムスカ。とはいえ「面白いと思ってくれるのはありがたいけれど、着実にできることを進めなければ」と流郷氏らは考えている。

「ムスカの事業にはベータ版はない。サプライチェーンやインフラが必要で、いつかやりたいことではなく今できることをやって、事業をつくらなければならない。そのために今年4月に体制を移行した。バトル優勝でメッセージは強く伝わった。期待値が上がっている間に事業をつくっていき、期待値を下回らないように追いつかなければならない」(流郷氏)

受賞による注目を受け、丸紅伊藤忠商事新生銀行といった大手パートナーとの提携も進むムスカ。流郷氏は「今後やりたいことはたくさんあるが、まずは我々が“昆虫産業元年”と銘打っている今年を『振り返ってみてもそうだったな』と言えるような動きをしていきたい」と語る。

そのために、まずはエリートイエバエにより肥料と飼料を高速につくり出す「ムスカプラント」のパイロットプラント建設を着実に進める、という流郷氏。「プラント建設に必要な人材、パートナーといったピースはそろった。ただしピースはまだつながっていない。要素を結ぶことによって、流通や技術、財務などのリスクを低減して、今はバラバラに存在する産業を結ぶサプライチェーンができ、ものが流れて事業が進む状態をつくらなくてはいけない。環境負荷を抑えた本当の意味での循環型社会を実現するために、順番にピースをつなぎ合わせて、ゴミ問題や食糧問題の解消を目指して今できることを着実に進める」(流郷氏)

安藤氏も「我々の事業はテクノロジーでもあり、リアルな事業でもあるので、きちんとつくらなくてはステイクホルダーも乗ってこない。向こう1年は華々しくはないが、地道で着実な1年にしなければ」という。

流郷氏は「一部の方にはムスカの事業について理解していただき、評価もいただいている。しかしもう少し先では、より広く一般にも、ムスカがやろうとしていることを伝えていかなければいけないと考えている」と続ける。

「ムスカの事業は、地球の営みそのものを伝えられる事業だと私は思っている。我々がやっていることは、『地球のお掃除屋さん』であるイエバエの選別交配という技術と、1200世代を経たハエの種を保有していることにより、地球がやってきた循環を工業化できる、ということ。SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)を広く伝える上でも、すごく重要な事業になってくるだろう」(流郷氏)

6月には、経済産業省が支援するJ-Startupにも採択されたムスカ。流郷氏は「世界にも伝えていけるような礎を今、日本でしっかりとつくって、世界に飛び立てるような事業にしていきたい」と話している。

「ムスカが立ち上がる前、前身となる企業がハエを守り続け、粛々と選別交配を続けてきた。ハエ自体も命のバトンをつなぎ続けている。事業の上でも、種としてのハエもバトンをつなぎ続けて、ようやく今、時代が追いついてきた感がある。この事業に貢献したいというメンバーがたくさん集まり、事業を前に進めることで解決したい未来がある、というところに意識を向けてくれている。メンバーとともに行けるところまで、事業を増強させながら進んでいきたい」(流郷氏)

TC Tokyoは流郷氏が「代表取締役として自分が立つ意味や意義が見いだせたきっかけ」だと彼女は語る。「いろいろな人がつないできたバトンを、これからもつないでいく」(流郷氏)

 

なお現在、スタートアップバトルの応募だけでなく、TechCrunch Tokyo 2019のチケットも販売中だ。「前売りチケット」(3.2万円)をはじめ、専用の観覧エリアや専用の打ち合わせスペースを利用できる「VIPチケット」(10万円)、設立3年未満のスタートアップ企業の関係者向けの「スタートアップチケット」(1.8万円)、同じく設立3年未満のスタートアップ企業向けのブース出展の権利と入場チケット2枚ぶんがセットになった「スタートアップデモブース券」(3.5万円)など。今年は会場の許容量の関係もあり、いずれも規定数量に達した際は販売終了となる。

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【スタートアップバトルへの道】「緊張で震えが止まらなかった」2018 Winner / ムスカ #1

通算9回目となる、スタートアップとテクノロジーの祭典「TechCrunch Tokyo」。今年は1114日(木)、15日(金)に東京・渋谷ヒカリエで開催が予定されている。そのTC Tokyoで毎年最大の目玉となるのは、設立3年未満のスタートアップ企業が競うピッチイベント「スタートアップバトル」だ。

関連記事:TC Tokyo 2019スタートアップバトルの受付開始!仮登録は916日、本登録は9月末まで

スタートアップバトルの応募はこちらから

連載「スタートアップバトルへの道」では、2016年、2017年のスタートアップバトル最優秀賞受賞者と昨年決勝に勝ち残ったスタートアップ、計8社に取材。バトル出場までの経緯や出場してからの変化について、登壇者に話を聞いている。

連載のラストに登場するのは、TC Tokyo 2018 スタートアップバトルで最優秀賞を獲得した、ムスカ代表取締役CEOの流郷綾乃氏だ。2回に分けてお送りするインタビューの前半では、応募までのいきさつや登壇時、受賞時の感想などについて話を聞いた。

審査に残れるか分からないがチャレンジ

ムスカは、1200世代の交配を経て生みだされたイエバエのエリートを使って、通常よりも早い速度で有機廃棄物を分解して肥料と飼料をつくり出す、2016年12月に設立されたリアルテックのスタートアップだ。ネットサービスが中心の歴代スタートアップバトル出場者の中では異色の存在と言えるだろう。

「それまでTC Tokyoに登壇していたスタートアップには、ムスカのような会社はなかったので『応募していいのかな』と思っていた」と流郷氏は笑う。

20187月に取材を受けたので『応募するぐらいならいいんじゃないか』と思い、審査に残れるか分からないけれどもチャレンジしてみるか、と申し込んだ。まさか最優秀賞を取れるとは思わなかった」(流郷氏)

ムスカ代表取締役CEO 流郷綾乃氏

決勝登壇10分前にスライドを変更

ハエのちからで世界の食糧危機を解決しよう、というムスカの事業は「そもそも分かりにくい」と流郷氏。このためプレゼン準備では「この事業が何を解決するものかを伝え、ハエにまつわるネガティブなイメージを再定義するために、伝え方やスライドの内容、話し方を工夫した」と語っている。

初日の3分間のプレゼンでは、万全に準備をしてきた資料で臨んだ流郷氏。ところが決勝ではなんと「登壇10分前にスライドを変えた」と言う。「スライドには最初、私が普段は話さないような内容も入れていた。そこで私自身の言葉で話すことができる内容に、直前で変えることにした」(流郷氏)

その結果、最優秀賞を勝ち取ることができた流郷氏だが、直前の内容変更には大きな逡巡があった。「自分の言葉で話さないと(聴衆の)1000人に呑み込まれそうだったので、納得の行く言葉に変えた。でもスライドは自分だけではなく、メンバーが試行錯誤して作ったもの。差し替えたスライドのせいで負けたということになったら、どうしようと思っていた。串間(ムスカ創業者で現・取締役会長の串間充崇氏)も後押ししてくれたので、急遽変更することに決断した」(流郷氏)

そうして最後には「スタートアップのよくあるプレゼンの順とは違う、悔いのない言葉に変えた」流郷氏。だが、葛藤のせいもあって舞台袖では「すごく緊張して、人間ってこんなに思っていることと関係なく震えることができるんだ、と感心するぐらい、震えが止まらなかった」という。

「串間さんが舞台袖に来て、応援してくれた。大丈夫、というその一言とともに励ましてくれて、一緒に屈伸もしてくれた(笑)。それにイベントスタッフでワイヤレスのピンマイクを付けてくれる女性が緊張を解くように話しかけてくれて、とても助けられた。舞台袖は暗くて、頼るところがない気持ちの中で、最後には抱きついたほど、ありがたかった」(流郷氏)

優勝できるとは思っていなかった

審査結果が発表されていく中で、先にスポンサー賞のPR TIMES賞入賞が発表されたムスカ。設立時に広報責任者として参画し、その後暫定CEO(当時)となっていた流郷氏にとっては、「伝えることのプロとしての役割は全うできた」と、それでもう十分に満足だったようだ。

最後に最優秀賞が発表されたときには「TechCrunchで、アグリテックやバイオテックが優勝できるとは思っていなかったので、月並みな言葉だけれどすごく驚いた」と流郷氏は振り返る。同時に「自分の言葉で伝えてよかった」とホッとしたそうだ。

 

インタビュー後半では、登壇後の変化や今後の展望などについて聞く。

 

なお現在、スタートアップバトルの応募だけでなく、TechCrunch Tokyo 2019のチケットも販売中だ。「前売りチケット」(3.2万円)をはじめ、専用の観覧エリアや専用の打ち合わせスペースを利用できる「VIPチケット」(10万円)、設立3年未満のスタートアップ企業の関係者向けの「スタートアップチケット」(1.8万円)、同じく設立3年未満のスタートアップ企業向けのブース出展の権利と入場チケット2枚ぶんがセットになった「スタートアップデモブース券」(3.5万円)など。今年は会場の許容量の関係もあり、いずれも規定数量に達した際は販売終了となる。

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超抜ハエ技術のムスカが新生銀行と戦略的パートナーシップ、丸紅・伊藤忠に続き3社目

イエバエの幼虫を活用して畜糞を1週間程度で肥料化できる技術を擁するムスカは6月25日、新生銀行との戦略的パートナーシップを締結した。新生銀行のCVCである新生企業投資ではなく、本体との締結だ。つまり、新生銀行自体がムスカに出資する。出資金額は非公開。

ムスカは2016年12月設立のスタートアップ。同社は現在、約100トンの家畜排せつ物や食品残渣といった有機廃棄物を、45年1100世代の選別交配を経たイエバエの幼虫を使って1週間で肥料化し、そのイエバエの幼虫を飼料化する、100%バイオマスリサイクルシステム「ムスカプラント」の建設に向けて全力で動き出しており、今年度中に着工を予定。ちなみに畜糞を肥料化する際、通常のイエバエを利用した場合は3〜4週間、イエバエを使わずに畜糞を発酵させた場合は数カ月かかる。

新生銀行は、同行グループが制定した「グループESG経営ポリシー」のもと、持続可能な社会の形成を目指しつつ、同グループの収益成長機会の可能性を高めていくことを目標としている。中期経営戦略ではSDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)への貢献も目標の1つ。ムスカとの戦略的パートナーシップは同行のこのような経営方針と合致しており、ムスカとの協業を通じて循環型社会の実現に向けたエコシステムの創造に取り組んでいくとしている。

同行としては、強みである金融ノウハウと、同行やその顧客が有するネットワークを活用した金融ソリューションをムスカに提供し、ムスカプラントの展開や事業拡大に向けたサポートを進めていくという。

新生銀行といえば、もとは長期信用銀行(長銀)。顧客には一次産業も多い。同行はムスカのソリューションを、これらの顧客に紹介することも視野入れている。ネット(SaaS)系ビジネスとは異なり、ムスカプラントを建設して利益を生み出すには長い期間を要する。長期資金の安定供給を目的として設立された長銀の系譜を受け継ぐ新生銀行としては、原点回帰とも言える出資となる。

新生銀行からのコメントが到着次第、記事をアップデートする予定だ。

タンパク質危機の回避を目指す丸紅がイエバエ技術のムスカと組んだ狙いとは?

ムスカは3月1日に丸紅と、4月23日に伊藤忠商事とそれぞれ戦略的パートナーシップを締結した。両社ともムスカに資本参加し、畜糞処理や食料危機などの世界的問題の解決に取り込んでいく。

ムスカは、2016年設立のスタートアップ企業。45年間1100世代の交配を重ねたイエバエの幼虫を活用し、糞尿などを約1週間で肥料化、そしてその幼虫を飼料化する技術を擁する。TechCrunch Japanが主催したイベント「TechCrunch Tokyo 2018」のスタートアップバトルで100社超の応募企業の頂点、最優秀賞を獲得した企業でもある。

このようにムスカには卓越した技術があるものの、10億円超のコストがかかると試算されている1日100トンの糞尿処理能力を有するバイオマスプラントの建設はまだ始まっておらず、現時点ですぐに結果を出せない。そんなスタートアップ企業となぜ大手商社が組んだのだろうか。

TechCruchでは、それぞれの商社にその理由と狙いを個別に取材した。1回目となる今回は、丸紅の食料・アグリ・化学品グループに属する、食料本部の穀物油糧部、穀物油糧事業課の川野栄一郎氏と高田大地氏に話を聞いた。

丸紅・食料本部の穀物油糧部・穀物油糧事業課の川野栄一郎氏

丸紅の食料本部がスタートアップ投資に本格的に興味を持ち始めたのはここ1年ぐらいのこと。ムスカの存在を知ったのは、2018年6月に日本経済新聞社主催で開催されたAG/SUM(アグリテック・サミット)だったという。ムスカはこのイベントで、最高賞の1つである「みずほ賞」を獲得している。

丸紅は、その後にすぐにムスカとコンタクトを取り、同社の担当者が宮崎県児湯郡都農町にあるムスカの実験場を視察。45世代1100交配を重ねたイエバエのポテンシャルを実際に確かめたあと、2018年9月に出資を決め、2019年3月に戦略的パートナーシップを提携した。

丸紅・食料本部の穀物油糧部・穀物油糧事業課の高田大地氏

実は丸紅としては、電力・エネルギー・金属グループに属する電力本部がアクセラレータープログラムとして「丸紅アクセラレーター」を実施しているほか、2018年12月には社会産業・金融グループの建機・自動車・産機本部が米国で自動運転配送を手がけるスタートアップであるudelv社に出資している。このように丸紅全体としては、スタートアップ企業との協業や支援を進めている。このように丸紅全体としては、スタートアップ企業との協業や支援を進めているのだが、食料本部としてスタートアップ企業と組むのはここ数年では初めての事例だったという。

丸紅では、世界的な肉食が進むことで近い将来に発生するタンパク質危機を強く認識しており、川野氏によると「穀物トレードを通じて代替タンパク質の必要性を痛感していた。日本の水産養殖は天然資源である魚粉の価格高騰で苦戦しており、魚粉に代わる代替タンパクの必要性が議論されてきた。こういった現状でハエの幼虫を動物性タンパク質の飼料として生産可能なうえ、畜産の最も大きな問題である畜糞の処理を解決できるムスカの技術は画期的だった」とのこと。一方で高田氏は「環境先進国である海外の取り組みを、当社は数年前より独自に調査・コンタクトし、知見を積み上げてきた。そのような背景があったからこそ、ムスカのビジネスモデルが当社の課題認識、戦略的方向性とマッチしていることを短い時間軸で確認できた。また、経営陣のビジョンにも強く共感した」とコメント。


丸紅では今後、ムスカの技術を利用した畜糞の処理と、そこから生み出される飼料としての動物性タンパク質(ハエの幼虫)を、同社の幅広いネットワークに組み込んでいくこと予定とのこと。つまり、畜産によって排出された糞尿の処理をムスカに依頼し、そこで生産された飼料を買い取って丸紅の販売網に載せていくというわけだ。「ムスカとの事例を同社のオープンイノベーションの成功事例となるように進めていきたい」と高田氏。

将来展望としては「当チームは全ての可能性に対してオープンであり、ムスカを皮切りに今後もスタートアップを含むさまざまな企業と協業することで、より強固で持続可能なサプライチェーンを共に構築していきたい」と川野氏。今回のムスカとの協業による畜糞処理と飼料の生産だけでなく、穀物の生産や魚の養殖、運搬などの案件で他企業をタッグを組んでさまざまな問題の解決を進めていく方針だ。

超抜イエバエ技術のムスカがiCEO職を廃止、新経営体制を発表

暫定CEO(iCEO、Interim CEO)と言えば、1996年にアップルに復帰した故スティーブ・ジョブズ氏を思い浮かべる読者が多いことだろう。実は日本のスタートアップ業界にも暫定CEOとして活躍していた人物がいる。その人物が所属するムスカは4月23日、新経営体制を発表した。

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ムスカに元三井物産の安藤氏、元ゴールドマン・サックスの小高氏が加わる
ハエ技術のムスカが丸紅に続き伊藤忠と連携し10億円超調達へ

ムスカのイエバエを活用したバイオマスリサイクルシステム

同社は、45年1100交配を重ねた超抜イエバエを駆使して、通常は2〜3週間かかる生ゴミや糞尿の肥料化を約1週間で処理できる技術を擁する、2016年12月設立のスタートアップ。廃棄物を肥料化するのはイエバエの幼虫だが、その幼虫はそのまま乾燥させることで飼料にもなる。2026年に到来すると予想されている飼料としての魚粉の供給限界に向けて、このタンパク質(=幼虫)はその代替として注目されている。

ムスカはこれまで、広報部門の責任者だった流郷綾乃氏が代表取締役暫定CEOに就任していたが、新経営体制では暫定CEO職を廃止。流郷氏は新たに代表取締役CEOに就任する。これまで「できるだけ短い期間で暫定CEOの座を降りて、次のリーダーに託すのが私の目標」と話していた流郷氏だが、事業化フェーズへの移行に伴って、経営執行体制の明確化と意思決定の迅速化を図るため方針を転換したようだ。

また、代表取締役会長だった串間充崇氏はファウンダー/取締役会長ヘ、元三井物産の安藤正英氏は取締役暫定COOから取締役COOヘ、元ゴールドマン・サックスの小高功嗣氏は取締役から取締役CFOにそれぞれ就任する。串間氏は、ムスカのハエ技術を駆使した工場建設に注力。そして流郷氏、安藤氏、小高氏の執行体制により、事業を推進していくという。

この発表に併せて、これまではコワーキングスペースを間借りしていた東京オフィス(東京事業所)を西麻布に移転。海外での工場立ち上げ経験がある人材の募集も開始している。

詳しくは別記事で報じているが、伊藤忠商事と戦略的パートナーシップ締結も発表した。これは3月1日に発表された丸紅に続く大手商社との提携だ。伊藤忠商事は、ムスカのバイオマスリサイクル施設の1号プラントの参画を予定しており、十数億円をムスカに出資する見込み。今回の人材募集は、1号プラント建設後を見据えたものだと考えられる。

100社超の応募の中から20社がファイナリストとしてTechCruch Tokyo 2018のスタートアップバトル本戦に進出。投資家や経営者の審査で、その20社から最優秀賞に選ばれたのがムスカだ

2018年に11月に開催したTechCrunch Tokyoのスタートアップバトルで100社超の企業の頂点、最優秀賞を受賞したムスカ。それから5カ月あまりで経営体制を大幅強化し、大手商社と組んで事業を大きく拡大させることになる。

飼料と肥料に革命を起こすハエ技術のムスカ、丸紅に続き伊藤忠と提携し10億円超調達へ

ムスカが有する超抜イエバエは羽化する前に収穫・飼料化されるが、ムスカは遂に飛翔することになる。同社は、TechCrunch Tokyo 2018の「スタートアップバトル」で応募100社超の頂点、最優秀賞に輝いた2016年12月設立のスタートアップ。

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伊藤忠商事は4月23日、ムスカに出資し、戦略的パートナーシップを締結することを発表した。大手商社との提携は、3月1日に発表された丸紅との戦略的パートナーシップ締結に続く快挙だ。

伊藤忠商事の出資額は明らかになっていないが、建設費用10億円と言われるムスカのバイオマスリサイクル設備の第1号プラントへ参画することも併せて発表されたため、十数億規模と見られる。これにより同社はムスカの新株予約権を取得することになる。

ムスカのイエバエを活用したバイオマスリサイクルシステム

現在、世界の深刻な食糧危機により飼料としての魚粉が供給限界に達すると言われているほか、人口増加によって有機肥料市場が今後高騰することも確実。伊藤忠商事はこういった現状を打破するためにムスカとの提携を決めた。

ムスカは45世代1100交配を重ねたイエバエの繁殖技術を擁する

ムスカが擁する45年1100回以上の交配を重ねた超抜イエバエは、通常は2〜3週間かかる生ゴミや糞尿の肥料化を約1週間で処理できるのが特徴。しかも、イエバエの幼虫が出す消化酵素により分解されるため、温室効果ガスの発生量も抑えられるという。

伊藤忠商事の食料カンパニーは、食糧原料から製造加工、中間流通、小売りまで幅広いネットワークを有する

前述のように伊藤忠商事はムスカの1号プラントへ参画するが、そのほか国内外における伊藤忠グループのネットワークを駆使して、既存事業やビジネスとの相乗効果を創出し、将来の食糧危機解消の一翼を担う狙いだ。伊藤忠商事や丸紅のネットワークを活用できることで、日本国内はもちろんムスカの海外への展開も現実のものとなってきた。

蠅テックのムスカが新経営陣発表、元三井物産の安藤氏、元ゴールドマン・サックスの小高氏が加わる

ムスカは3月7日、新たに経営陣に加わった2名を発表した。取締役/暫定COOとして元三井物産の安藤正英氏が1月30日付けで就任、取締役就任候補者として元ゴールドマン・サックス証券のパートナーだった小高功嗣氏を招聘した。小高氏は、3月開催の株主総会で選任予定。両名が経営陣に加わることで、グローバル展開における事業戦略と大型資金調達を加速させるとのこと。

ムスカは超抜イエバエを利用し、超短期間で有機廃棄物の肥料化・飼料化する技術を持つ

同社は、福岡県を拠点とする2016年設立のスタートアップ(研究拠点は宮崎県児湯郡都農町)。旧ソ連の研究を買い取って引き継ぎ、45年超1100世代におよぶ選別交配を重ねたイエバエを使って、生ゴミや糞尿などの有機廃棄物を約1週間で肥料・飼料化するテクノロジーを有する。2018年11月にTechCrunch Japanが開催したTechCrunch Tokyo 2018の「スタートアップバトル」で、エントリーした100社超の頂点である最優秀賞に輝いた企業でもある。

取締役/暫定COOの安藤正英氏

取締役/暫定COOの安藤氏は、三井物産で事業会社経営、事業戦略、プロジェクトマネージメントなどに関わり、ファイナンス、M&A、営業、人事総務などの実務にも従事した経験のある人物。その後、アナダルコペトロ リアム社でモザンビーク天然ガス開発プロジェクトのファイナンス部門統括マネージング・ ディレクターに就任。文科省主導の官民協働プロジェクトを経て、2018年11月29日にムスカに入社した。マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院にて経営学修士(MBA)を取得している。

取締役に就任予定の小高功嗣氏

小高氏は、1987年に弁護士となり佐藤・津田法律事務所に入所。1990年8月、ゴールドマン・サッ クス証券会社に入社し、1998年11月にマネージング・ディレクターに就任。そして、2006年11月にパートナーに。2009年11月に西村あさひ法律事務所に入所した後、2011年に小高功嗣法律事務所を開業した。現在、LINE社外取締役、Apollo Management Japan代表、ケネディクス社外取締役、FiNC Technologies社外取締役、FUNDBOOK社外取締役を兼任している。シカゴ大学ロー・スクール修士を取得。

ムスカ代表取締役会長の串間充崇氏

3月1日に丸紅との提携を発表したばかりのムスカだが、今後も国内外の企業との戦略的パートナーシップの提携を進めていくという。今回、海外事業や大型の資金調達を手がけた経験のある人材が経営陣に加わることで、ムスカの世界戦略に向けたスピードが加速するのは間違いないだろう。なお同社は、2019年中にPoC(Proof of Concept、概念検証実験)ラボ、そしてパイロットプラントの建設を予定している。

超抜イエバエで世界のタンパク質危機を解決するムスカ、創業者が秘める熱い想い

ムスカは、2018年11月にTechCrunch Japanが開催したTechCrunch Tokyo 2018の「スタートアップバトル」で最優秀賞に輝いたスタートアップだ。スタートアップバトルは同イベントの目玉の1つで、設立3年未満、ローンチ1年未満の製品やサービスを持つスタートアップが競うピッチイベント。昨年も100社超がエントリーし、書類選考でファイナリスト20社を選出。そして、TechCrunch Tokyo 2018の初日のファーストラウンドで6社に絞り込まれ、2日のファイナルラウンドで最優秀賞が決まった。

TC Tokyoの最優秀賞に輝いたあともムスカは、2019年1月にデロイト トーマツ ベンチャーサポートと野村證券が開催した「Morning Pitch Special Edition 2019」でオーディエンス賞を獲得。そして、2月にICCパートナーズが開催した「ICCサミット FUKUOKA 2019 」の「REALTECH CATAPULT」で優勝した。そのほか各種メディアに何度も掲載されたので、知っている読者も多いことだろう。

怒濤の勢いで成長している感のあるムスカ。同社の現在、過去、未来について会長の串間充崇氏に話を聞いた。

ムスカ代表取締役会長の串間充崇氏

イエバエを使った肥料・飼料の生産システム

TechCrunch読者にはもうおなじみかもしれないが、まずはムスカという会社を紹介しておこう。同社は、イエバエを利用した肥料・飼料の生産プラントを手がける、2016年12月に設立されたスタートアップ。ネットサービスが全盛のスタートアップ業界では珍しい存在で、歴代スタートアップバトルの最優秀賞企業の中でもかなり異色だ。ムスカ(MUSCA)という社名は、イエバエの学名である「Musca domestica」が由来。

同社は会社設立後に事業計画の作成や各種研究調査などを経て、2018年7月から本格的な資金調達を開始。2019年には第1号となるテストプラントを建設する予定となっている。TechCrunch Tokyoなどの各種ピッチイベントには、会社設立時に広報責任者としてムスカに参画し、のちに暫定CEOとなった流郷綾乃氏の登壇が多いが、ムスカ設立前からイエバエを使った飼料・肥料の拡販システムを考案・研究してきたのが串間氏だ。

ムスカ暫定CEOの流郷綾乃氏

具体的には、ソ連が45年の歳月をかけて研究してきた1100世代以上の交配を続けたイエバエを使った肥料・飼料の生産システムを開発。通常は早くても1カ月以上はかかるとされる生ゴミや糞尿の肥料化を、サラブレッド化したイエバエの幼虫を使うことで1週間で処理できるのが特徴だ。さらに羽化する前に捕獲・乾燥させることで、幼虫が動物性タンパク質の飼料に変わるという。

爆発的な人口増加によって2025〜30年ごろに訪れる肉や魚などの動物性タンパク質の枯渇、いわゆるタンパク質危機を、ムスカは独自のイエバエ循環システムによって解決しようとしているのだ。

サラブレッド化したイエバエによって、生ゴミや糞尿を約1週間で肥料化できる

設計技師から商社に転身

なぜ串間氏はイエバエの事業を始めたのだろうか。それは20年ほど前に遡る。串間氏は20代前半のころ、電力会社で設計技師をしていた。すでに家庭もあったのだが、たまたまテレビで見たニュース番組で知ったロシアの科学、宇宙、軍事の技術の技術に強い関心を持ったという。この技術を利用した事業を広めたいという想いから、夫婦ともども電力会社を退職して串間氏の故郷でもある宮崎県に戻ることになる。

そしてその宮崎県で、ロシアの技術を買い取って企業に紹介するという事業を営んでいたフィールドという商社に転職。この会社の社長だった小林一年氏は、ソ連崩壊後のロシアに出向き、研究開発費も給料も出ない状態の研究機関などから有望な技術を買い取って国内の企業に紹介するという事業を手がけていた。科学者の口コミから小林氏の存在がロシアに広まり、さまざまな技術の売買が始まったという。実際に1000件ぐらいの技術を扱ったそうだ。

串間氏は「最も尊敬している起業家は?」という問いに対して、真っ先に「小林氏」の名を挙げ、「彼に衝撃を受けて人生の道筋が決まりました」と答えてくれた。ちなみに最も影響を受けた書籍という問いにも、小林氏が執筆した、イエバエがフィールド社にやってきたときの歴史秘話「寒い国(ロシア)から授かった知恵―ジオ・サイクル・ファーム」(ごま書房刊)を挙げてくれた。

ポテンシャルの高さを実感し、イエバエ事業を分離独立

その後、串間氏は先代社長が会社を畳む際に人脈やノウハウなどを継承して2006年にアビオスという法人を設立。そして、フィールド、アビオスが取得、培ってきたイエバエの技術だけを2016年に事業として分離独立したのが現在のムスカとなる。

串間氏によると「先代社長は完全循環型の町作りを目指していて、その枠組みの中でイエバエの技術に注目していました」とのこと。当時は、自分が使うものとして繁殖させるのみで、現在のムスカが計画している拡販などは想定していなかったそうだ。のちにイエバエのポテンシャルの高さを実感し、大学との共同研究で安全性の確認などを進めていったという。

串間氏によると「イエバエの生命力は強いため、実験プラントのある温暖な宮崎県だけでなく、北海道などの寒冷地などでもプラントを建設できる」とのこと。現在では、日本国内だけでなく米国やEUでも販売できるレベルに達しているそうだ。

狙うはナスダック上場

2018年7月ごろから資金調達を始めたムスカ。会社の規模は現在、経営陣、研究員、インターンを合わせて15名ほど。人手はまったく足りていないないそうで、最重要ポイントを「ムスカのビジョンに共感してもらえる人」としてを人材を募集している。

2019年中に着工を予定しているというパイロットプラントにかかる費用は10億円程度だそうだが、現在のところ調達は順調に進んでいるという。またその前に、パイロットプラント建設に向けた概念検証実験(Proof of Concept)としてPoCラボを建設することも決まっている。同社の主な調達先は、個人投資家とムスカとの協業によって事業の幅が広がる企業が中心のこと。現時点では国内での上場ではなく、ナスダック(NASDAQ)への上場を考えているため、ほかのスタートアップとは資金調達の方法が異なる。

自分にとってイエバエは「人類を救うテクノロジー」だという。昆虫の力はまだまだ積極的に使われていないが、必ず人類の役に立てると確信している。人類の救う手段だと思っている」と串間氏。そしてムスカとしては、「とりあえず私たちのプラントを世界中に普及させること、そしてそれで世界の食糧危機を解消すること、それに向かって突き進んでいく」と力強く語ってくれた。

TechCrunch Tokyo 2018スタートアップバトル、グループB出場企業を発表

11月15日、16日の2日間で開催されるスタートアップとテクノロジーの祭典「TechCrunch Tokyo 2018」。昨日、創業3年未満のスタートアップによるピッチバトル「スタートアップバトル」のグループAに出場する5社を発表したが、それに引き続きグループBの出場企業を発表する。

グループBに出場するのは、ムスカ、GVA TECH、NearMe、エアロネクスト、RESTARの5社だ。

ムスカ

ムスカの強みはずばり、旧ソビエトの時代から約45年の歳月をかけて選別交配を重ねたイエバエだ。通常は飼料と肥料の生成には数ヶ月の期間を要するが、ムスカのイエバエを活用すれば有機廃棄物を1週間で堆肥化することが可能だ。ムスカはこのテクノロジーにより、タンパク質の需要に供給が追いつかなくなる「タンパク質危機」の解決を目指す。こちらの過去記事も参考にしてほしい。

GVA TECH

GVA TECHは、AIによる契約書レビューツールの「AI-CON レビュー」や契約書作成支援サービス「AI-CON ドラフト」などを提供するリーガルテックスタートアップだ。契約書の条文ごとに、それが自分にとって有利なのか不利なのかを5段階のリスク度で自動判定する機能などが特徴だ。本格的な法律業務をテクノロジーで効率化し、ビジネスにおける「法務格差」の解消を目指すという。詳しい機能などは、こちらの過去記事も参考にしてほしい。

NearMe

NearMeは、“タクシーの相乗り”で日本の交通インフラの改善を目指すスタートアップ。タクシーという日本の既存資産を活用し、ライドシェアとは違うやり方で問題解決を目指す。同社はこれまでにニッセイ・キャピタルなどから5000万円を調達している。最終的には、相乗りだけではく、さまざまな分野で「瞬間マッチングプラットフォーム」を展開し地域活性化に貢献することを目指すという。過去記事はこちらだ。

エアロネクスト

エアロネクストは、UAV(無人航空機)やマルチコプターの機体フレームのあるべき姿を追求するドローンスタートアップ。機体の軸をずらさずに飛行させる重心制御技術「4D Gravity」を武器に、来たるドローン社会に求められる機体の開発を行う。2018年秋に開催されたB Dash Campピッチアリーナでは見事優勝を飾った。B Dash CampとTechCrunch Tokyoのスタートアップイベント2冠となるか、注目だ。

RESTAR

不動産事業者や金融機関向けに、投資用不動産の分析・評価ツール「REMETIS」を開発するのがRESTARだ。物件周辺の空室率や家賃状況など、これまでは複数の資料を参照する必要があったアナログな業務をテクノロジーで効率化しようとしている。三菱UFJフィナンシャルグループが主催する「MUFG DIGITALアクセラレータ」の第3期採択企業。

明日11月7日にはグループCの出場企業を発表する予定だ。チケット購入をうっかり忘れていたという人は、下のリンクから購入できるから安心してほしい。当日、スタートアップバトルの会場は緊張、興奮、感動、喜び、悲しみなどが複雑に入り混じった独特な雰囲気で包まれる。その雰囲気をぜひ体で感じてみてはいかがだろうか。

チケット購入はこちらから

宇宙開発時代のソビエトから買った“ハエ”で世界を救う、農業スタートアップMUSCA

ハエのちからで世界の食糧危機を解決しようと取り組む、ちょっと変わったスタートアップがある。福岡県に拠点をおくムスカだ。彼らの武器は、45年の歳月をかけて1100世代の交配をくりかえしたイエバエだ。ムスカはこのハエのエリートたちを使って、家畜糞や食料廃棄物などから通常よりも早い速度で肥料と飼料を作りだす。

イエバエの幼虫は家畜糞を食べて成長し、家畜糞はイエバエの体液によって酵素分解されて肥料になる。幼虫は堆肥化の最中にお腹がいっぱいになると、自分から家畜糞から出て行くという習性をもつ。ムスカはその幼虫を魚の餌である飼料としても販売するため、1回の堆肥化プロセスで肥料と飼料の両方を生成できるのが、イエバエを利用した“ムスカシステム”の強みだ。

通常、微生物を使って家畜糞を堆肥化するのには2〜3ヶ月かかるが、交配を重ねたムスカのイエバエを利用すると1週間という短期間で堆肥化を終了することができるという。

国連の試算によれば、2050年までに世界の人口は90億人に達する見込みで、FAO(国際連合食糧農業機関)はその年までに食料生産を60%増加させる必要があると発表している。ムスカはイエバエを利用した短期間での肥料・飼料の生産システムを確立することで、その課題を解決しようとしているのだ。

ところで、スタートアップを紹介するTechCrunch Japanでは「45年の歳月をかけ」なんて言葉を使うことは滅多にない。ムスカがそのエリート・イエバエを手に入れた経緯を説明しておこう。

ムスカが保有するイエバエの交配は、冷戦時代のソビエトが宇宙開発に没頭していた時代に始まった。当時ソビエトが掲げた目標は有人火星探査だ。往復4年間にもおよぶミッションにおいて、限られたスペースしかない宇宙船に4年分すべての食料を積み込むことは不可能であり、宇宙船内で食料を自給する必要があった。そこで、宇宙船内における完全なバイオマス・リサイクルを目指し、ソビエトの科学者があらゆる動植物の中から目を付けたのがイエバエだった。有機廃棄物から短期間で貴重な動物性タンパクを生み出せるうえ、副産物である幼虫排泄物もまた、肥料として極めて効能が高く、まさにバイオマス・リサイクルに最適だったのだという。

その後、ソ連が崩壊し、お金に困った研究者がこのイエバエと関連技術を売りに出していたところ、ムスカ代表取締役の串間充崇氏が勤めていたフィールドがそれを購入し、同社の宮崎ラボで研究を継続することとなった。

フィールドは安全性や効果を立証するために宮崎大学や愛媛大学との共同実験を行い、2007年には国から肥料・飼料の販売許可も取得。その後、フィールドの保有するイエバエ及び関連技術・権利は、串間氏が設立したロシアの科学技術商社であるアビオス(2006年設立)に全て継承された。そして、2016年12月、アビオスからイエバエ事業だけスピンオフして生まれたのがムスカ(イエバエの学名、ムスカ・ドメスティカから社名が名付けられた)というわけだ。

イエバエをソビエトから購入してから約20年が経過した現在、同社はムスカシステムを使った量産体制を整えるための準備をしている最中だ。ムスカは現在、数十億円規模の資金調達ラウンドを実施中で、早ければ今年度中に第一号生産施設の着工を始めるという。

ムスカ代表取締役の串間充崇氏