米アリゾナ州がApple Walletに運転免許証と州IDを登録できる最初の州に

米国時間3月23日、Apple(アップル)はアリゾナ州が、運転免許証や州IDをApple Walletアプリにデジタル保存できる機能を住民に提供する米国初の州となることを発表した。同社はすでに2021年秋に、この新機能を最初に提供する州を確定したと発表していた。今回のサービス開始により、Appleデバイスの所有者は、フェニックス・スカイハーバー国際空港の一部のTSAセキュリティチェックポイントから、iPhoneまたはApple WatchをタップしてIDを提示できるようになる。

Appleの説明によると、この機能を使い始めるには、アリゾナ州在住の人は、iPhoneのWalletアプリの画面上部にあるプラス「+」ボタンをタップし「運転免許証または州ID」を選択し、画面の指示に従ってセットアップと認証プロセスを開始する。本人はカメラで自撮りした後、既存の運転免許証または州IDの裏と表の両方をスキャンすることで認証を受ける(つまり、これはそもそも陸運局でIDや免許を取得することの代替にはならないということだ)。

また、セットアップの過程で、顔や頭の一連の動作を行うようユーザーに求める不正防止ステップも追加されている。このアプリでは、ユーザーがカメラに写真をかざすなどして不正を行っていないことを確認する手段として、頭を横に向ける必要があるカメラ映像が表示される。

これらのスキャン画像とユーザーの写真は、発行州に安全に提供され、確認される。さらにAppleは、IDを提示した人がそのIDの所有者であることを確認するための数値コードも送信する。なお、認証の際に要求された、提示者が頭を動かしている映像は送信されない。

承認プロセスは通常数分で完了し、クレジットカードを追加するときと同様に、IDがWalletで利用可能になるとユーザーに通知される。

画像クレジット:Apple

IDや免許証がWalletに追加されると、ユーザーは対応するTSAチェックポイントでIDや免許証にアクセスすることができるようになる。ユーザーは、どのような情報が要求されているかを確認し、Face IDまたはTouch IDで情報を提供することに同意することができる。これはApple Payと同様の仕組みで、ユーザーはこの機能を使うためにiPhoneのロックを解除する必要もない。そして、同意を得た情報は暗号化された通信でIDリーダーに送信されることになる。

情報はデジタルで共有されるため、ユーザーは物理的なIDカードを渡す必要はなく、デバイスを渡す必要もないとAppleは述べている。TSAのリーダーは、さらなる確認のために旅行者の写真も撮影する(これは、TSAの職員が免許証を見てから、顔を見てその人物が本人かどうかを判断するのと同じことだ)。

画像クレジット:Apple

Appleによると、まもなくコロラド州、ハワイ州、ミシシッピ州、オハイオ州、プエルトリコの領土などでもこの機能が提供されるようになるという。そしてアリゾナ州に加え、コネチカット州、ジョージア州、アイオワ州、ケンタッキー州、メリーランド州、オクラホマ州、ユタ州の7州が搭載予定であることを以前から発表していた。

Appleは2021年の開発者会議で、Apple Walletで運転免許証やIDをサポートする計画を初めて紹介していた。しかし、11月にiOS 15のウェブサイトで公開されたアップデートで、Appleはこの機能が2022初頭まで延期されることを静かに明かしている。同社はもちろん、ユーザーのIDを確認しなければならないことを考えると、州政府の意向もこのような機能の実現に影響する。

画像クレジット:Apple

この機能を利用するには、ユーザーはApple Walletの利用規約と、州が要求する可能性のある追加の利用規約に同意する必要がある。ただし、それらの条件が何であるかは、州レベルで決定される。

スマートフォンにIDを保存することを警戒する人もいるかもしれないが、AppleはIDデータを検証のためにアリゾナ州に送る際に暗号化し、Appleのサーバーに一時的にでも保存することはないと顧客に保証している。IDがデバイスに追加されると、そこでも暗号化されている。

つまり、デバイスのSecure Enclaveプロセッサに関連付けられたハードウェアキーによって暗号化され、保護されているのだ。Face IDやTouch IDを使っている顧客、またはその顧客のパスコードを持ってWalletにアクセスできる人だけが、IDの詳細を見ることができる。

また、セキュアエレメントにはハードウェアキーが関連付けられており、ユーザーがAppleデバイスを介してTSAにIDを提示する際に使用される。そして、デバイスが運転免許証やIDのデータに署名し、依拠当事者(TSA)はデバイスの署名だけでなく州の署名も調べることで、これが有効な州のIDであることを暗号的に検証することができる。これは、もし誰かがユーザーのデバイスからID情報を取得できたとしても、デバイスのハードウェアと結びついているため、提示できないことを意味している。

この新機能は、iOS 15.4を搭載したiPhone 8以降のデバイスと、watchOS 8.4以降を搭載したApple Watch Series 4以降でサポートされている。当面は、フェニックス空港を皮切りに、一部のTSAチェックポイントのみがこの機能をサポートし、順次追加していく予定だ。Appleは、法執行機関との提携を含め、将来的には他のユースケースにも取り組んでいくとしている。

画像クレジット:Apple

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(文:Sarah Perez、翻訳:Akihito Mizukoshi)

身元確認、マネーロンダリング、詐欺の検知ツールを開発する英ThirdFortが22.7億円調達

英国では最近、マネーロンダリング(資金洗浄)が話題だ。同国は圧力に直面している。国内の一等地の不動産のような、巨額の資産に費やされた資金の出所を追跡するために規則を厳格にするだけでなく、ここ数週間のロシアへの制裁を受け、そうした規則を実際に適用すべきだという圧力だ。この国の首都は一部で「ロンドンの洗濯屋」と呼ばれている。

ロンドンのスタートアップThirdfort(サードフォート)が現地時間3月7日、1500万ポンド(約22億7000万円)の資金調達を発表した。同社は、プロフェッショナルサービス企業がより徹底したデューデリジェンスを行い、不審な点があれば警告できるようなプラットフォームを開発している。

今回の資金調達はシリーズAでBreegaがリードし、B2Bフィンテックに特化したElement Venturesの他、ComplyAdvantage、Tessian、Fenergo、R3、Funding Circle、Fidelの創業者らも出資した。

社長のOlly Thornton-Berry(オリー・ソーントン・ベリー)氏によると、同氏とJack Bidgood(ジャック・ビッドグッド)氏がThirdfortのアイデアを思いついたのは、友人がロンドンでアパートを購入する際にフィッシング攻撃を受けて2万5000ポンド(約380万円)を失ったことがきっかけだった。詐欺師が取引に関するデータを入手し、友人が購入手続きに使っていた法律事務所と似たようなドメインを作成し、友人の弁護士になりすまし、リンクを介して金額を送金するよう求めるメールを送ってきた。数週間後、その友人は同じ金額を、今度は本物の弁護士から要求されたため、皆は不正を疑い始めた。その友人がお金を取り戻すことはなかった。

ソーントン・ベリー氏は、この事件が、顧客が取引に入る前に専門サービス企業が要求する情報がいかに少なく、より巧妙な詐欺の試みに対して顧客がいかに保護されていないかを浮き彫りにしたと話す。

これがThirdfortという姿で結実した。同社は、LexisNexis、ComplyAdvantage、Companies Houseなど複数のリソースのビッグデータツールキットを提供する。ツールキットによって、複数のリソースを比べ(顧客が選び)、個人とその資金源に関するさまざまなデータポイントを提供できる。同社は、法律と不動産市場の企業のニーズに対応するツールをまず開発した。

現在の製品は2つの部分がある。まず、法人顧客向けに開発された「リスクエンジン」があり、これはKYC(know your customer)チェックだけでなく、企業がマネーロンダリング防止規制に準拠するためにも使用することができる。法律事務所のDAC Beachcroft、Penningtons Manches Cooper、Mishcon de Reya、不動産業のKnight Frank、Strutt & Parker、Winkworthなど、すでに約700社がこのプラットフォームを利用している。

第2に、そうした企業の消費者顧客向けに作られたアプリがある。このアプリは、オープンバンキングのインフラを利用して作られており、銀行自身の銀行アプリを経由して、企業と顧客の銀行を接続し、安全な方法で取引の決済を行うことができる。このアプリは、これまで約50万回ダウンロードされた。

米国のAlloy(この会社とThirdfortのどちらかが、もう片方の市場に参入すると、AlloyはThirdfortの競争相手となる)と同様、Thirdfortの売り文句はこうだ。しっかりやろうとすれば、本人確認や資金源調査にはもっと時間がかかり、多くは手作業になり、金もかかるというものだ。というのも、残念なことに、企業にとっては多くの場合、できるだけ早く取引を成立させることだけが利益となるからだ。そのため、資金が実際に届いたかどうかを確認する以上の徹底したデリジェンスを実行する意欲が失われてしまう。これが、決められたプロセスをきちんと実行させるための規制が重要となる理由の1つだ。

英国では長年にわたり規制強化が検討され、何度も押し戻されてきたが、世界情勢や世間の監視の目が厳しくなり、時代は変化しつつあるようだ。つまり、企業はより多くの業務をこなさなければならなくなり、Thirdfortのような企業にはチャンスとなる。

以前は、身元(ID)チェックは、大規模なIDデータベースのうちの1つを選択し、そのデータと一致することを確認していたが、ごまかすことは可能だった。また、銀行取引明細書が必要な場合、専門サービス会社にはファックスやPDFで送れば済んだが、偽物はオンラインで簡単に入手することができる(ここにサイトのリンクを貼ることはしない)。

「今、求められているのは、もっと多くのことです」とソーントン・ベリー氏は話す。「銀行から入手した明細で入出金の動きを見たり、顧客に具体的な質問をしたり、贈与された金額が明記されている場合には、それを精査をしたりと、徹底したデューデリジェンスを行う必要があるのです。AML(マネーロンダリング対策)の要求水準が高くなり、まったく新しい種類のワークフローが誕生しつつあります」。

Thirdfortは現在、主に詐欺の発見に焦点を当てているが(顧客の関わる約12件の疑わしい取引を止めることができたとソーントン・バリー氏はいう)、それはまた、AMLディリジェンスとコンプライアンス規制のために開発されたものでもある。もっと広く利用されれば、特に国際的な資金が絡む大きな取引で本領発揮する可能性がある。

「消費者とプロフェッショナルサービス双方にとって、詐欺のリスクとコンプライアンスの必要性は大きな負担となっています」とBreegaのプリンシパルであるMaxence Drummond(マクセンス・ドラモンド)氏はいう。「消費者は取引のたびに認証を受ける必要があり、規制を順守するプロフェッショナルらは顧客の確認とコンプライアンスに貴重な時間を費やしすぎているからです」。

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(文:Ingrid Lunden、翻訳:Nariko Mizoguchi

凸版印刷、アバターの真正性を証明する管理基盤AVATECTを開発、メタバースでのアバター不正利用やなりすまし抑止

凸版印刷、アバターの真正性を証明する管理基盤AVATECTを開発、メタバースでのアバター不正利用やなりすまし抑止

凸版印刷は2月18日、メタバースへの社会的な関心の高まりを受け、自分の分身として生成されたアバターに対し、唯一性を証明するアバター生成管理基盤「AVATECT」(アバテクト)を開発したと発表した。2月より試験提供を開始する。

凸版印刷は、写真1枚で3Dアバターを自動生成できる同社サービス「MetaCloneアバター」や、構築したメタバースの中で様々なビジネスを行う事業者などに向けて、AVATECTの試験提供を実施。複数のメタバース事業者間における同一アバターの行動分析や、それに伴うプライバシー保護の有用性の検証を経て、2022年9月までにアバター管理事業を開始し、2025年度までにメタバース関連事業として100億円の売り上げを目指す。

昨今、メタバース市場への関心が高まる一方、本人の許可や確認のない映像などによりアバターが生成されてしまう危険性や、アバターのなりすまし・不正利用がメタバース普及の大きな課題になっているという。また凸版印刷は、メタバース上でアバターの行動に対する倫理規定が進んでおらずディープフェイクのようなリスクが生じる危険性があると指摘。

凸版印刷は、メタバース普及に伴うそれらセキュリティリスクを低減させるため、アバターの出自や所有者情報を管理すると同時に、NFTや電子透かしによってアバターの唯一性・真正性を証明できるアバター生成管理基盤として、AVATECTを開発した。

アバターに関するメタ情報を管理

アバターを生成した際に「モデル情報」(氏名・身体的特徴・元となる顔写真など)、「モデルが当該アバター生成に対して許諾しているか(オプトイン)の情報」「アバター生成者(もしくは生成ソフトウェア、サービス)情報」「アバター生成日時情報」「現在のアバター利用権情報」などを、メタ情報として記録。「アバター生成管理基盤」に、アバター本体とメタ情報を紐づけて保管する。

NFT化と電子透かしで唯一性と真正性を証明

生成したアバターをNFT化することで、アバターに唯一性を示す情報を付与する。一方、NFT化だけではアバターの不正コピーや二次加工は防止できないため、AVATECTでは、目視では判別できない情報「電子透かし」を埋め込むことで、オリジナルかコピーされたものかを判別できるようにし、アバターの真正性を証明する。凸版印刷、アバターの真正性を証明する管理基盤AVATECTを開発、メタバースでのアバター不正利用やなりすまし抑止

アバターの本人認証(2022年度実装予定)

凸版印刷が提供する「本人確認アプリ」との連携により、アバターの登録やメタバースへのアバターのアップロードロード権限を、本人確認された利用者のみに限定することを実現する。またこの本人確認アプリでは、地方公共団体情報システム機構(J-LIS)が提供する公的個人認証システムと連携し、マイナンバーカードを使って本人確認を行う。

将来的には、メタバース内で提供される会員入会申込みやオンライン決済のような本人確認が必要なサービスにおいて、アバターと本人確認された利用者を紐づけることで、サービス事業者が本人確認書類の確認プロセスを経ずにサービス提供を行えるようにする。

動画を利用する本人確認サービスのVeriffがシリーズCラウンドで約115億円を調達

本人確認サービスを提供するVeriff(ベリフ)は、Tiger Global(タイガー・グローバル)とAlkeon(アルケオン)が共同主導する1億ドル(約115億円)のシリーズCラウンドを実施した。既存投資家のIVPとAccel(アクセル)もこれに参加し、Veriffがこれまでに調達した資金総額は2億ドル(約230億円)に達した。今回の資金調達により、同社の企業評価額は15億ドル(約1724億円)となっている。この新たな資金は、従業員の増強、研究開発、販売およびマーケティングに使われる予定だ。

エストニアを拠点とするこのスタートアップ企業の「特別なソース」は、AIによる動画を使って本人確認を行うことだ。これまで、この分野にはOnFido( オンフィド)やJumio(ジュミオ)などの大手スタートアップがサービスを提供してきたが、これらの企業は動画ではなく依然として静止画に依存している。

Veriffは、この動画を用いるアプローチによって、オンライン本人確認を、物理的な対面認証よりも「より正確」にし、より多くの詐欺を防ぐことができると主張している。

同社によると、2021年の確認実績は8倍以上、米国では20倍、金融サービス事業は10倍に成長し、顧客数は150%増加したという。

VeriffのCEO兼創業者であるKaarel Kotkas(カーレル・コトカス)氏は、次のように述べている。「組織や消費者は、2021年にはこれまで以上にオンラインでの本人確認を必要としていました。リモートによる従業員の研修や、メタバースのゲームで安全な空間を構築するため、そして完全にオンラインで行う事業運営においても、デジタルにおける信頼性と透明性の確立は、非常に重要になっています」。

Tiger GlobalのパートナーであるJohn Curtius(ジョン・カーティウス)氏は次のように述べている。「現代のデジタルビジネスと消費者のための信頼性の高い本人確認ソリューションは、過去2年の間に事業運営におけるすべての業務がオンラインに移行したことで、深刻化しています。Veriffは、オンラインで信頼と安全を確保するために、業界をリードする製品を開発してきました。我々の調査と顧客から声によると、Veriffの製品性能は他社を大きく引き離しており、世の中の企業にもっと広く利用されるべきです」。

筆者はコトカス氏にインタビューし、Veriffのプラットフォームの精度を高めるためには、他にどのようなことが行われているのかを訊いてみた。「ユーザーの行動を要素として計算に入れています。3枚の写真だけで本人確認の判断をするのではなく、当社では1000以上の異なるデータポイントを分析しています。これによって、自動化の利点が得られると同時に、本人確認に対する非常に正確な判断ができるようになります」と、同氏は答えた。

また、本人確認の将来性については、金融サービス企業だけでなく、今やオンライン上のほぼすべてのサービスに本人確認が必須となっていることが後押しすると考えていると、同氏は語る。例えば、新型コロナウイルス感染拡大の影響から、今では大学の遠隔試験で本人確認が必要になることもある。

「現在、50億人の人々がオンラインで生活していますが、その全員が本人確認を始めると、年間で500億件の確認作業が発生することになります。私たちは、オンラインにおける信頼性と拡張性を高める必要がある世界に向けて動いているのです」と、コトカス氏は語った。

画像クレジット:Ian Waldie / Staff / Getty Images

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(文:Mike Butcher、翻訳:Hirokazu Kusakabe)

【コラム】ソーシャルメディアとマッチングアプリが抱える深刻な身元確認問題

ソーシャルメディアとマッチングアプリはそろそろ、自分たちが蒔いてきた種を刈り取り、各プラットフォームから詐欺、偽装、デマ情報を一掃すべきだ。

その誕生当初、ソーシャルメディアやマッチングアプリは、インターネットの世界の小さな一角を占めるにすぎず、ユーザーはわずかひと握りだった。それが今では、Facebook(フェイスブック)やTwitter(ツイッター)が、選挙に影響を及ぼしたり、ワクチン接種の促進を後押しまたは阻害したり、市場を動かしたりするほどに巨大な存在になっている。

また、何百万もの人々が「生涯の」伴侶と出会うためにTinder(ティンダー)やBumble(バンブル)などのマッチングアプリを利用しており、そのユーザー数はFacebookやTwitterに迫る勢いだ。

しかし、お祭り騒ぎはここまでだ。信用や安全よりも利益が優先されてきた結果、なりすまし犯罪やオンライン詐欺が入り込む隙が作り出されてしまった。

今や、BumbleやTinderで友達が「キャットフィッシング(なりすましロマンス詐欺)」に遭ったという話も、家族の誰かがTwitterやFacebookでオンライン詐欺の被害を受けたという話も、日常茶飯事である。悪意のあるネット犯罪者が個人情報を盗んで、あるいはなりすましの個人情報を新たに作って、詐欺を行ったり、政治的または商業的な利益のために偽情報を拡散したり、ヘイトスピーチを広めたりした、というニュースは毎日、耳に入ってくる。

ほとんどの業界では、ユーザーによるなりすまし詐欺の実害を被るのは当事者である企業だけで済む。しかし、マッチングアプリやソーシャルメディアのプラットフォームで信用が崩壊すると、その被害はユーザーと社会全体に及ぶ。そして、個人に及ぶ金銭的、心理的、時には身体的な被害は「リアルな」ものだ。

このような詐欺事件の増加を食い止める、あるいは撲滅する責任を果たしてきたのは誰だろうか。何らかの措置を講じてきたと主張するプラットフォームもあるが、各プラットフォームがその責任を果たしてこなかったことは明白だ。

Facebookは、2020年10月から12月の期間に、13億件の偽アカウントを摘発したが、これは十分というには程遠い数だ。実際のところ、ソーシャルメディアやマッチングアプリは現在、最低限の詐欺防止策しか講じていない。簡単なAIと人間のモデレーターは確かに有用だが、膨大な数のユーザーには到底追い付かない。

Facebookによると、3万5000人のモデレーターが同プラットフォームのコンテンツをチェックしているという。確かに大勢だ。しかし、概算すると1人のモデレーターが8万2000件のアカウントを担当していることになる。さらに、ディープフェイクの使用や合成ID詐欺犯罪の手法の巧妙化など、悪意のあるネット犯罪者は手口を日ごとに進化させているだけではなく、その規模も広げつづけている。経験豊富なユーザーでさえもそのような詐欺行為に引っかかってしまうほどだ。

ソーシャルメディアやマッチングアプリのプラットフォームは、この問題と闘う点で腰が思いと批判されてきた。しかし、実際のところどのように闘えるのだろうか。

なりすましロマンス詐欺の被害は深刻

次のような場面を想像するのは難しくない。マッチングアプリで誰かと出会って連絡を取り始める。その相手がいう内容や質問してくる内容に、怪しさは感じられない。その関係が「リアル」だと感じ始め、親しみを覚え始める。その感情は気づかないうちにエスカレートして、警戒心は完全に解け、危険信号に対して鈍感になり、やがて恋愛感情に発展する。

このようにして新たに出会った特別な人とあなたは、ついに直接会う計画を立てる。するとその相手は、会うために旅行するお金がないという。そこであなたはその人を信じて、愛情を込めて送金するのだが、間もなくその人からの連絡が一切途絶えてしまう。

なりすましロマンス詐欺事件の中には、被害が最小限にとどまり自然に解決するものもあるが、上記のように金銭の搾取や犯罪行為につながる事例もある。米国連邦取引委員会によると、ロマンス詐欺の被害額は2020年に過去最高の3億400万ドル(約348億8000万円)を記録したという。

しかし、これは過少に報告されている結果の数字であり、実際の被害額はこれよりはるかに大きい可能性が高く「グレーゾーン」やネット物乞いを含めるとさらに膨れ上がるだろう。それなのに、ほとんどのマッチングアプリは身元を確認する術を提供していない。Tinderなど一部の人気マッチングアプリは、身元確認機能をオプションとして提供しているが、他のマッチングアプリはその類いのものを一切提供していない。ユーザー獲得の妨げになるようなことはしたくないのだろう。

しかし、オプションとして身元確認機能を追加しても、単に上っ面をなでるような効果しかない。マッチングアプリ各社は、匿名IDや偽IDを使ったユーザーの加入を防ぐために、もっと対策を講じる必要がある。また、そのようなユーザーが社会と他ユーザーに及ぼす被害の重大さを考えると、マッチングアプリ各社が防止策を講じることを、私たちが社会として要求すべきだ。

身元確認はソーシャルメディアにおいて両刃の剣

ロマンス詐欺はなにもマッチングアプリに限ったことではない。実際のところ、ロマンス詐欺の3分の1はソーシャルメディアから始まる。しかし、ソーシャルネットワークサービスにおいて身元確認を行うべき理由は他にもたくさんある。ユーザーは、自分が本物のOprah Winfrey(オプラ・ウィンフリー)やAriana Grande(アリアナ・グランデ)のアカウントを見ているのか、それともパロディアカウントを見ているのかを知りたいと思うかもしれない。オプラ・ウィンフリーやアリアナ・グランデ本人たちも、本物のアカウントとパロディアカウントとの違いがはっきり分かるようにして欲しいと思うだろう。

別の重要な点は、ソーシャルネットワーク各社は身元確認を行うことによってネット荒らしの加害者を抑制すべきだという世論が高まっていることだ。英国では、同国のリアリティー番組人気タレントKatie Price(ケイティー・プライス)が主導して始まった「#TrackaTroll(#トロール行為を取り締まる)」運動が勢いを増している。プライスがHarvey’s Law(ハーヴェイ法)の制定を求めて英国議会に提出した嘆願書には、およそ70万人が署名した。ハーヴェイとは、匿名の加害者からひどいネット荒らしの被害を受けてきた、彼女の息子の名前だ。

しかし、ソーシャルネットワークを利用する際の身元確認を義務化することについては、強く反対する意見も多い。身元確認を行うと、家庭内暴力から逃げている人や、政治的な反対勢力を見つけ出して危害を加えようとする抑圧的な政権下の国にいる反体制派の身を危険にさらすことになる、というのが主な反対理由だ。さらに、政治やワクチンに関する偽情報を拡散しようとする多くの人々は、自身の存在を顕示して、自分の意見に耳を傾ける人を集め、自分が何者なのかを世の中に認知させたいと考えているため、身元確認を行っても彼らを抑止することはできないだろう。

現在、FacebookとTwitterは、正規アカウントに青い認証済みバッジを表示させる制度に「認証申請」プロセスを導入しているが、確実な措置というには程遠い。Twitterは最近、「認証申請」プログラムを一時的に停止させた。いくつもの偽アカウントを正規アカウントとして誤認証してしまったためだ

Facebookはもっと進んだ措置を講じてきた。かなり前から、特定の場合、例えばユーザーが自分のアカウントからロックアウトされたときなどに、身元確認を行ってきた。また、投稿されたコンテンツの性質、言葉遣い、画像に応じて、投稿者のブロック、認証の一時停止、人間のモデレーターによるレビューを行っている。

身元確認とプライバシー保護を両立させることの難しさ

悪意のあるネット犯罪者がマッチングアプリやソーシャルメディアで偽のIDを作って詐欺行為を働いたり、他の人に危害を加えたりすると、それらのプラットフォームに対する社会の信頼は損なわれ、プラットフォームの収益にも悪影響が及ぶ。ソーシャルメディアのプラットフォーム各社は今、ユーザー数を最大限まで伸ばすことと、ユーザーのプライバシーを保護することを両立させるために、あるいは、より厳しくなる規制とユーザーからの信頼失墜に直面して、日々格闘している。

盗難やハッキングによる個人情報の悪用を防ぐことは非常に重要である。もしTwitterやFacebookで誰かが自分になりすましてヘイトスピーチを拡散させたらどうなるだろう。自分はまったく関与していないのに、職を失うかもしれないし、もっと深刻な被害を受ける可能性もある。

ソーシャルメディアプラットフォーム各社は、ユーザーと自社のブランドを守るためにどのような選択をするのだろうか。これまで、プラットフォーム各社の決断は、テクノロジーよりも、ポリシーや利益の保護を中心として下されてきた。プライバシーに関する懸念に向き合って信頼を築くための対策と、利益確保の必要性とのバランスを取ることは、彼らが解決すべき戦略上の大きなジレンマだ。いずれにしても、ユーザーにとって安全な場所を作り出す義務はプラットフォーム各社にある。

ソーシャルメディアやマッチングアプリのプラットフォームは、ユーザーを詐欺や悪意のあるネット犯罪者から守るために、もっと大きな責任を担うべきだ。

編集部注:本稿の執筆者Rick Song(リック・ソング)氏はPersonaの共同設立者兼CEO。

画像クレジット:Andriy Onufriyenko / Getty Images

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(文:Rick Song、翻訳:Dragonfly)