Wildtypeは115億円の資金で細胞培養の「寿司用」サーモンを世に送り出せるか

サンフランシスコを拠点とし、創業6年になるWildtype(ワイルドタイプ)は、動物以外の細胞から培養したサーモンを開発している。その製品を一流レストランから食料品店まで広く普及させるため、シリーズBで1億ドル(約115億円)を調達した。

この計画が成功するかどうかはわからないが、L Catterton、Cargill、Leonardo DiCaprio(レオナルド・ディカプリオ)氏、Bezos Expeditions、Temasek、Robert Downey Jr.(ロバート・ダウニー・ジュニア)氏のFootPrint Coalitionといった新しい出資者が、何に期待を膨らませているのかは容易に察しがつく。

細胞培養シーフードの一般的な主張は、野生種の保護と乱獲対策になるというものだ。表向きは、天然魚や養殖魚に含まれていることがある水銀やマイクロプラスチックなどの汚染物質がないのに、天然魚と同じ栄養を摂取できるということになっている。

利点はまだある、とWildtypeの共同創業者であるJustin Kolbeck(ジャスティン・コルベック)氏とAryé Elfenbein(アーイエ・エルフェンバイン)氏は語る。同社は、ビール工場にあるような鉄製タンクでサケの細胞を培養し、植物由来の成分でできた足場と呼ばれる構造体に細胞を入れ、細胞が魚の切り身を形成するように誘導することで「寿司グレード」のサーモンを作る方法を見出した(同社はヒレや頭を育てているわけではなく、寿司屋で目にするようなサーモンの切り身を育てているだけだと創業者らはいう)。

それぞれビジネスコンサルタントと心臓専門医だった2人は、このサーモンの仕上がりに自信を持っている。2021年、タンクのすぐそばに試食室をオープンし、シェフらがサーモンを試食し、その生産について詳しく知ることができるようにした。

計画通りに進めば、試食したシェフは、やがてWildtypeのサーモンを他のメニューと一緒に扱うようになるだろう。食料品店も同様だ。

それは目前に迫っている。Wildtypeは2021年12月、全国1230の食料品店で寿司屋を経営するSnowfox(スノーフォックス)、65軒のファストカジュアルレストランを経営するPokéworks(ポケワークス)との販売契約を発表した。この契約は「同社の製造能力が必要な規模に達した時点で、消費者がWildtypeの養殖サーモンを体験する道を開く」と発表した。

同社はA地点からB地点へ移動しようとしているが、これが今のところ難しい。

まず、Wildtypeのサーモンを従来の寿司用サーモンと同じ価格、あるいはそれ以下の価格にする試みは依然進行中だとコルベック氏とエルフェンバイン氏はいう。

また、消費者が植物性の肉と同じような熱意をもって細胞培養のシーフードを受け入れるかどうかも未知数だ。赤身の肉を食べるとがんのリスクが高まることは広く知られているが、一方で、摂取した餌が原因で一部のサケにPCB(ポリ塩化ビフェニル)やダイオキシン、水銀が含まれていることを知る人は少ない。さらに、飼料に含まれる汚染物質に関する厳しいルールが設けられたため、魚の汚染物質濃度は下がっており、米連邦政府の基準では食べても安全な水準になっている。

おそらく最も注目すべきは、同社が2019年にFDA(米食品医薬品局)との協議プロセスに入った後、現在も承認を待っているということだ。承認が下りるまでは提携予定のレストランを通じて販売することができない(賠償責任保険については、肉や魚介類の生産者の間で一般的なものに加入しているという)。

それでも、同社が興味深い理由の1つは、最大の脅威となりうるImpossible Foods(インポッシブル・フーズ)が、細胞から育てたものではなく、植物由来のシーフードに取り組んでいるとしたものの、まだ何も発表していないことだ。

一方、同じ業界のより小規模なベンチャー企業は、他のシーフードに注力しているようだ。例えば、BlueNalu(ブルーナル)は、最初の培養シーフードアイテムとして培養マヒマヒを作ろうとしている。Gathered Foods(ギャザード・フーズ)は、植物由来のマグロを、シングルサーブですぐに食べられるレトルトパウチにしようと取り組んでいる。

Wildtypeの製品も迅速かつ効率的に使えると証明できるかもしれない。サーモンの可食部のみを培養するからだ(理論的には、従来シェフが魚をさばくのにかかっていた時間や無駄を省くことができる)。

さらに、同社のもう1つの主張はトレーサビリティだ。「あるものを注文したら、別のものが送られてくるということがよくあるシーフードの世界では、特に重要なことです」とエルフェンバイン氏はいう。

確かに、従業員35人のこの会社が規模を拡大し、同社のサーモンを適正価格で販売できるようになれば、その存在意義を理解するのはたやすい。

時が経てばわかる。同社は、規模を拡大するためにサーモンの成長を早めることはできないとしている。しかし、新しい拠点を開拓し、完全な自動生産システムを開発することは可能だ。

一方、細胞に与える栄養について、エルフェンバイン氏は「高級ゲータレード(スポーツドリンク)のようなもの」と表現し「食品製造用にカスタマイズされていないため、現在は高価」だと話す。同社は「細胞が生きるために必要な基本栄養素を供給するためだけに多額の投資を行っている」という。

将来それが安価になるかはわからないが、チームはいずれにしても、この挑戦に臆する様子はない。

「最終的には」とコルベック氏はいう。「とても手頃な価格で手に入れられる製品になります。最も栄養価の高い食品が最も高価であるという現状を覆したいのです」。最終目標は「鶏のもも肉よりも安い」寿司用サーモンで、それは「可能性という領域の中にある」と考えていると、同氏は付け加えた。

Wildtypeが最後に資金調達を行ったのは2019年末で、CRV、Maven Ventures、Spark Capital、Root Venturesから1250万ドル(約14億円)を調達するシリーズAラウンドを完了した。今回の資金調達により、累計調達額は1億2000万ドル(138億円)強に達した。

画像クレジット:Wildtype

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(文:Connie Loizos、翻訳:Nariko Mizoguchi

ヨーロッパ初の培養サケ、マス、コイの供給業者を目指すBluu Biosciences

ヨーロッパで誕生したあるスタートアップが、培養魚肉分野での最初の大規模供給業者を目指すレースに加わった。

Bluu Biosciences(ブルー・バイオサイエンセズ)は、資金調達ラウンドで700万ユーロ(約9億円)を調達した。このラウンドには、Manta Ray Ventures、Norrsken VC、Be8、CPT Capital、Lever VCが参加し、BluNalu(ブルーナル)、Wild Type(ワイルド・タイプ)、 Shiok Meats(シオク・ミーツ)といったスタートアップと培養代替魚肉の市場を巡って競合することとなった。

持続可能な魚肉の市場は巨大であり、ますます成長を続けている。魚の需要が高まるにつれて、乱獲や水産養殖による影響への懸念がすでに山積している。その問題は、他の動物由来のタンパク質が抱えているものと同じだ。数十億もの地球人口からの上質なタンパク源の需要に、今ある資源では持続可能な対応はできない。

そのため、細胞培養で食肉を作る企業の多くが、ビーフやポークやチキンなどの肉ではなく、魚に注目している。

「ヨーロッパには優れた才能を持つ人間が大勢いますが、その分野で設立される企業が少なすぎます。哺乳類分野と比較すれば、企業数はさらに少なくなります」と、Bluu Biosciencesの共同創設者にして業務執行取締役Simon Fabich(ジーモン・ファビシュ)氏は話す。

ベルリンを拠点とするBluuはサケ、マス、中国で人気の高いコイに焦点を当てている。他社はマグロやサケやエビと格闘しているが、Bluuは世界でも最大級の人口を抱える国で愛されているコイを、特に魅力的なターゲットと考えている。

創設者立ちは、Bluuが優位な点に、共同創設者Sebastian Rakers(ゼバスチアン・ラーカー)氏の魚の細胞培養というワイルドな世界での深い経験があると主張する。

ヨーロッパで最も有名な研究所の1つ、ミュンヘンのフラウンホーファー研究所に数年間勤務していた海洋学者であり細胞生物学者であるラーカー氏は、製薬業界が有効に使える構成成分としての魚の細胞の可能性を見極める研究を指揮した後、細胞培養肉の商業的な可能性を見据えた特別部隊を率いていた。

Bluu Biotechnologiesの共同創設者ゼバスチアン・ラーカー氏(画像クレジット:Bluu Biosciences

その研究でラーカー氏は、20種類以上もの魚の80種類の細胞の培養を行った。しかも、それらの細胞株を不死化することに成功した。

世界を圧倒するような無限に増殖し続ける魚の細胞の大量生産という夢を語る前に、ここで不死の細胞株とは何かを説明しておくべきだろう。実際、永遠に大量に自己増殖が可能な魚の細胞株の実現は、もう目の前に来ている。

通常、細胞株は、決まった回数増殖を繰り返すと死んでしまう。そのため、大量に肉を培養したい場合は、複数の細胞株を同時に培養するために、同じ動物の生体検査を何度も行わなければならない。Bluuではそのプロセスを排除できた、とラーカー氏は話す。すでに「不死」のサケ、マス、コイの細胞品種を開発しているからだ。

「これは実に大きな競争力になります」とファビシュ氏。「不死化していない通常の細胞の場合、細胞分裂は20回から25回ほどしか行えず、また新しい生検からやり直さなければなりません。不死化した細胞なら最大10万回の細胞分裂が可能で、しかも私たちは毎日2倍にできます」。

このテクノロジーを手に入れたラーカー氏は、これを使って自身のキャリアにどんな道が開かれるかを考えていたとき、インパクト投資家でありPurple Orange Venturesの創設者Gary Lin(ゲイリー・リン)氏に会うことにしたと話す。

リン氏は、ラーカー氏とファビシュ氏を引き合わせた。そして2人は、ラーカー氏の研究を、Bluu Biosciencesの名の下に商品化することを決めた。この市場にはすでにスタートを切っている(そして資金調達を行っている)企業がいくつもあったが、遅れて参入することには特別な利点があったとラーカー氏はいう。

「5年前は、メディア開発を検討する企業はほとんどなく、また非常に大きな規模でバイオリアクター技術に焦点を絞る企業もほとんどなく、細胞培養肉のための培養基材の代替品を探る企業は皆無でした」と彼は話す。だが今は存在する。

それらの技術を提供する企業が市場に参入してくれたおかげで、同社は急加速ができ、2022年末までにはプロトタイプ製品が発表できる見通しが立った。

ファビシュ氏とラーカー氏が商品化に向けて最後に残った障壁という規制当局への働きかけも、彼らは強めている。基本的に同社は、アジア市場を強く意識している。持続可能性において「それが大きな違いをもたらします」とファビシュ氏はいう。「当地の生産挙動を変えられたなら、私たちは非常に大きな影響力を持てるようになります」。

Bluu Biosciencesの共同創設者ゼバスチアン・ラーカー氏とジーモン・ファビシュ氏(画像クレジット:Bluu Biosciences)

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カテゴリー:バイオテック
タグ:Bluu Biosciences培養魚肉細胞培養水産業

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(文:Jonathan Shieber、翻訳:金井哲夫)