4000年かかるヒト遺伝子の網羅的探索を富岳と「発見するAI」利用し1日で完了、肺がん治療薬と耐性の因果メカニズム抽出

富岳と「発見するAI」利用し4000年かかるヒトの遺伝子の網羅的探索を1日で完了、肺がん治療薬と耐性の因果メカニズムを抽出

東京医科歯科大学富士通の研究グループは3月7日、スーパーコンピューター「富岳」と、富士通が開発した「発見するAI」を用いて、肺がん治療薬の耐性の原因と思われる遺伝子の、新たな因果メカニズムの抽出に成功したと発表した。これは、2万変数ものデータを1日以内で超高速計算し、1000兆通りの可能性から未知の因果を発見できる技術の開発によるもの。

がんの原因となる分子だけに作用する「分子標的薬」は、投与を続けると、それに対する耐性を持つがん細胞が増殖し再発するという課題があり、そのメカニズムを解明するには、精緻なデータと解析技術が不可欠となる。また、薬の臨床治験では、効果が期待できる患者を選ぶ必要があるが、個人の遺伝子やその発現量により薬剤効果が異なり、遺伝子の発現量の組み合わせパターンは1000兆通りを超える。がんに関係することが判明している主な50個の遺伝子の組み合わせに限定し、各遺伝子の発現量を2分類(遺伝子の発現の「高い」「低い」など)とした場合でも、条件数は2の50乗となり、1000兆通り以上となるそうだ。

そのため、効率的な探索技術が求められており、その有力な候補となるのが富士通が開発した「発見するAI」だ。これは、判断根拠を説明でき、知識発見が可能なAI技術「ワイドラーニング」(Wide Learning)を用いて、特徴的な因果関係を持つ条件を網羅的に抽出する技術なのだが、2万個あるとされるヒトの全遺伝子を網羅的に探索しようとすると、通常の計算機では4000年以上かってしまう。

そこで研究グループは、富岳に条件探索と因果探索を行うアルゴリズムを並列化して実装し、計算能力を最大限に引き出した。そこに「発見するAI」を活用したところ、ヒトの全遺伝子に対する条件と因果関係の網羅的探索が1日以内で実現した。そして、肺がんの治療薬に耐性を持つ原因となる遺伝子の特定に成功した。

研究グループは、今後、薬効メカニズムやがんの起源の解明といった重要課題に取り組むとしている。また東京医科歯科大学は、この技術を用いてがんや難病の攻略法の研究を推進する。富士通は、マーケティングやシステム運用などで複雑に交錯する因子を発見し、意志決定を支援する取り組みを進めるとのことだ。

フェーズドアレイ気象レーダーの複数展開で線状降水帯の予測精度を大きく改善できることを富岳のシミュレーションで確認

理研、フェーズドアレイ気象レーダーを使うことで線状降水帯の予測精度を大きく改善できると富岳によるシミュレーションで確認

仮想的なフェーズドアレイ気象レーダーネットワーク。赤点はフェーズドアレイ気象レーダーが設置された17の地点(九州の地方気象台と特別地域気象観測所)。オレンジ色部分はレーダーの観測範囲を示す

理化学研究所(理研)は、もし九州全土に最新鋭のフェーズドアレイ気象レーダーを配置した場合、2020年7月の線状降水帯による豪雨の予測に役立ったかを調べるため、スーパーコンピューター「富岳」を使ってシミュレーションを実施。その結果、予測精度が大幅に上がることが示されたと3月7日に発表した。

年々脅威を増す線状降水帯による豪雨に備えるには、観測強化や観測データを高度に活用する予測技術を開発し、シミュレーションによる気象予測(数値天気予報)の精度を高めることが重要となる。その候補となる技術の有用性を事前に評価できれば、効果的な観測予測システムの設計に役立つ。理研計算科学研究センターデータ同化研究チーム(三好建正氏、前島康光氏)は、これまでにゲリラ豪雨の予測方法をスーパーコンピューター「京」で開発し、その手法に基づき、埼玉県のマルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダー(MP-PAWR)による30秒ごとの雨雲の観測データとスーパーコンピューター「Oakforest-PACS」による首都圏の超高速降水予測のリアルタイム実験を行うなど、研究を重ねてきた。

そして今回、三好氏を中心とする理研の研究グループは、これまでに培ってきたフェーズドアレイ気象レーダーの観測ビッグデータを活かして、線状降水帯の予測精度の向上に取り組んだ。まずは、九州の地方気象台と特別地域気象観測所の計17カ所にフェーズドアレイ気象レーダーを設置したと仮定し、観測データのシミュレーションを行った。ここでは2020年7月に熊本県に豪雨被害をもたらした線状降水帯の観測データを使い、九州を中心とする600km四方のシミュレーションを「富岳」で行い、その結果を「正解データ」とした。

次に、線状降水帯をうまく再現しないシミュレーション実験(NO-DA)を行い、さらにフェーズドアレイ気象レーダーを使った30秒ごとのデータを用いた実験(30SEC)と、通常のレーダーで5分ごとデータを用いた実験(5MIN)を行った。その結果、NO-DAと5MINは線状降水帯は大きく南にずれてしまったのに対して、30SECは大きく改善し、正解データに近づいた。

2020年7月4日午前4時(日本時間)を初期時刻とした1時間先の雨粒量の水平分布。(a)線状降水帯をうまく再現しないシミュレーション結果(NO-DA)。(b)通常の気象レーダーによる、5分ごとの観測データを用いた実験(5MIN)。予測は改善されなかった。(c)フェーズドアレイ気象レーダーによる、30秒ごとの観測データを用いた実験(30SEC)。予測が改善された。(d)今回の研究における正解データ。赤・紫になるほど強い雨を表す

2020年7月4日午前4時(日本時間)を初期時刻とした1時間先の雨粒量の水平分布。(a)線状降水帯をうまく再現しないシミュレーション結果(NO-DA)。(b)通常の気象レーダーによる、5分ごとの観測データを用いた実験(5MIN)。予測は改善されなかった。(c)フェーズドアレイ気象レーダーによる、30秒ごとの観測データを用いた実験(30SEC)。予測が改善された。(d)今回の研究における正解データ。赤・紫になるほど強い雨を表す

このことから、そもそも狭い領域で発生するゲリラ豪雨の予測を目的としたフェーズドアレイ気象レーダーだが、複数の積乱雲からなる線状降水帯の大規模な現象にも対応できることが示された。これは「地球規模の温暖化により脅威を増す線状降水帯の予測精度の向上や被害の軽減に向けた新しい予測技術や観測システムの提案」につながると研究グループは話している。

筑波大学と神戸大学、世界で初めて1万個以上の原子を含むナノ物質の超高速光応答シミュレーションを「富岳」とOSSで実現

筑波大学と神戸大学、世界で初めて1万個以上の原子を含むナノ物質の超高速光応答シミュレーションを「富岳」とOSSで実現

光と物質の相互作用のイメージ。多数の原子からなる物質(SiO2)の表面に、パルス光が入射し、光のエネルギーが表面の電子やイオンに移行する様子を表している

筑波大学と神戸大学は、スーパーコンピューター「富岳」とオープンソースソフトウェア(OSS)「SALMON」(サーモン)を用い、1万3632個の原子を含むナノ物質の光応答、つまり光と物質の相互作用の第1原理計算に成功したと発表した。1万個を超える原子を含む物質では、世界で初めてとなる。

これは、筑波大学計算科学研究センター神戸大学大学院工学研究科電気電子工学専攻からなる研究グループによる、物質に光を照射したときの光科学現象を解明するための研究だ。物質に光をあてると、振動する光の電磁場により、物質中の電子とイオンが揺すぶられる。この電子とイオンの運動が光の伝搬に影響し、光の屈折や反射を生む。このときの、光の電磁場、電子、イオンの運動は、物質科学の第1原理計算法という、物質に含まれる原子の数や種類から量子力学に基づいて電子の状態や物質の構造を調べる方法によって正確に知ることができるのだが、それにはスーパーコンピューターの力が必要となる。

また光と物質の相互作用では、様々な物理法則が関わっているため、光の伝搬、電子とイオンの運動は、それぞれ異なる方程式を用いて計算しなければならない。そこで研究グループは、同グループが開発した、これらの方程式を同時に解き進めることができるSALMONを使用した。富岳では全体の1/6にあたる2万7648ノードを使用したが、この計算のために高度なチューニングを施した。

このシミュレーションでは、厚さ6nm(ナノメートル)のアモルファス状のガラス(SiO2)に、非常に強くて短いパルス光を垂直に照射した。すると、ガラスは不透明になり、光の吸収が起きたことが認められた。また反射波や透過波では、入射光の振動数の数倍から数十倍の振動数を持つ高次高調波の発生も確認された。このことから、パルス光で起きる超高速、非線形現象を計算科学によって「実験の状況そのままにシミュレーション可能」であることが確かめられたという。

ここで使われたSALMONは、光科学実験を「丸ごと計算機の中でシミュレーションする数値実験室の役割」を果たすという。実際の実験では測定が難しいミクロな空間での電子やイオンの運動がもたらす現象の解明に役立つとのことだ。今後は、SALMONが世界標準のソフトウェアとして広く利用されることを目指すと研究グループは話している。

 

理研とHPCクラウドのRescale、「富岳」をクラウドプラットフォームとして利便性を拡大する研究で基本合意

理研とRescale、「富岳」をクラウドプラットフォームとして利便性を拡大する研究で基本合意

理化学研究所(理研)は12月27日、ハイブリッドHPC(高性能計算)クラウドプラットフォームを手がける「Rescale」(リスケール)と、スーパーコンピュータ−「富岳」のクラウド的な利用に向けた研究プロジェクト「Rescale ScaleX on Supercomputer Fugaku」の実施について基本合意を行ったことを発表した。

理研と富士通により共同開発され、2021年3月から共用を開始したスーパーコンピューター「富岳」は、「さらなる利用分野の拡大による成果創出の最大化」を目指しており、利用拡大・利便性の向上のためのクラウド的な利用サービス「富岳クラウドプラットフォーム」はそのひとつ。その「圧倒的な計算パワー」をより簡単に、より使いやすい形で利用できるようになるという。

理研では、「富岳クラウドプラットフォーム」の開発と運用を2020年度から試行的に実施しており、2021年1月には同プロジェクトの実施が決定。技術的連携の実現性を検討していたが、今回の合意により、本格運用に向けた有効性の検証に移行する。スーパーコンピューティングの運用ノウハウを擁する理研と、HPCクラウドのサービス技術を擁するRescaleが連携することで、「富岳」の新たな利用スタイルの提供を目指すとしている。

スーパーコンピューター「富岳」がTOP500・HPCG・HPL-AI・Graph500で4期連続の世界第1位を獲得

スーパーコンピューター「富岳」がTOP500・HPCG・HPL-AI・Graph500で4期連続の世界第1位を獲得富士通は11月16日、理化学研究所と共同開発したスーパーコンピューター「富岳」が、世界のスーパーコンピューターを順位付けした4つのランキングすべてで第1位を獲得したことを発表した。これで第1位は4期連続となった。

富岳が1位になった4つのランキングは、世界のスーパーコンピューターの性能ランキング「TOP500」、共役勾配法の処理速度の国際的なランキング「HPCG(High Performance Conjugate Gradient)」、人工知能の深層学習で用いられる単精度や半精度演算処理に関する性能ベンチマーク「HPL-AI」、大規模グラフ解析に関するスーパーコンピュータの国際的な性能ランキング「Graph500」となっている。

これは、富岳の総合的な性能の高さを示すものと富士通では話している。また、「超スマート社会の実現を目指すSociety 5.0において、シミュレーションによる社会的課題の解決やAI開発および情報の流通・処理に関する技術開発を加速するための情報基盤技術」として、富岳が十分に対応可能であるとも述べている。

富岳は2021年3月9日に本格稼働(共用)を開始した。文部科学省の成果創出加速プログラムでの本格利用、一般公募で採択された課題での利用、有償利用を含めた臨時利用の募集、国の重要課題である「政策的必要性」に基づく利用などが行われている。

スーパーコンピューター「富岳」がTOP500・HPCG・HPL-AI・Graph500で4期連続の世界第1位を獲得

世界のスーパーコンピューターの性能ランキング「TOP500

スーパーコンピューター「富岳」がTOP500・HPCG・HPL-AI・Graph500で4期連続の世界第1位を獲得

共役勾配法の処理速度の国際的なランキング「HPCG(High Performance Conjugate Gradient)」

スーパーコンピューター「富岳」がTOP500・HPCG・HPL-AI・Graph500で4期連続の世界第1位を獲得

人工知能の深層学習で用いられる単精度や半精度演算処理に関する性能ベンチマーク「HPL-AI

スーパーコンピューター「富岳」がTOP500・HPCG・HPL-AI・Graph500で4期連続の世界第1位を獲得

大規模グラフ解析に関するスーパーコンピュータの国際的な性能ランキング「Graph500

筑波大学が「富岳」全システムを使い宇宙ニュートリノの数値シミュレーションに成功、ゴードン・ベル賞の最終候補に選出

筑波⼤学計算科学研究センターは10月28日、宇宙大規模構造におけるニュートリノの運動に関する大規模数値シミュレーションを、ブラソフシミュレーションというまったく新しい手法を用いて、理化学研究所のスーパーコンピューター「富岳」上で成功させたことを発表し、その動画も公開した。この研究論文は、米国計算機学会(ACM。Association for Computing Machinery)のゴードン・ベル賞の最終候補(ファイナリスト)に選出されている。

これは、筑波大学、京都大学、東京大学、理化学研究所の共同による研究。宇宙の銀河の分布を示す宇宙大規模構造は、何も存在しない「ボイド」と、銀河が多く集まる領域が泡の集まりのような形で構成されている。この数値シミュレーションでは、その宇宙大規模構造の中のニュートリノとダークマターの運動が計算された。数十年も前から、N体シミュレーションに代表される粒子シミュレーションと呼ばれる手法での計算は試されてきたが、人工的な数値ノイズが入るなどの問題が解決できずにいた。そこで研究グループは、数値シミュレーションコードを開発し、数値ノイズの影響を受けない、「多数の粒子の集団的振る舞いを記述するブラソフ方程式を直接数値的に解く手法」であるブラソフシミュレーションを採用した。

ダークマターの空間分布。1 h-1 Mpcは約466万光年。

ニュートリノの空間分布。

ただし、この手法は計算量や必要なメモリーの量が膨大になるため、なかなか実現できなかったのだが、⽂部科学省の「富岳」全系規模⼤規模計算実施公募に採択されたことで、「富岳」の全システムが使えることとなった(通常、利用者には「富岳」の性能の一部が割り当てられる)。研究グループは、「ブラソフ方程式の数値解法としては、これまでになく高精度で、かつ演算量の少ないアルゴリズム」を開発し、「富岳」のプロセッサーに合わせてプログラムの実装を全面的に見直すことで、理論ピーク性能の15%という実行性能を達成。さらに「計算ノード間のネットワーク構成に合わせた並列化」により最大96%という高い並列化効率を達成した。その結果、「富岳」の全システムの93%にあたる14万7456ノードを用い、最大で約400兆個のメッシュを使ったシミュレーションに成功した。中国のスーパーコンピューター「天河⼆号」(Tianhe-2)で行われた過去最大の数値シミュレーションと同等の数値シミュレーションが、約1/10の時間で実行できたことになる。

この研究により、ブラソフシミュレーションの大規模な数値シミュレーションが、スーパーコンピューターによって高い並列化効率で実行できることが示された。このことから、核融合プラズマや宇宙の磁気プラズマの振る舞いの研究にも、この手法が適用できるとのことだ。

スーパーコンピューター「富岳」超高解像度計算により太陽の自転を正確に再現、長年の謎だった「対流の難問」が解決

  1. スーパーコンピューター「富岳」超高解像度計算により太陽の自転を正確に再現、長年の謎だった「対流の難問」が解決

    「富岳」で再現された太陽内部熱対流の様子。熱対流を表現するのに適したエントロピーという量を示しています。橙、青の部分はそれぞれ暖かい・冷たい領域に対応

千葉大学大学院理学研究院の堀田英之准教授と名古屋大学宇宙地球環境研究所所長の草野完也教授は9月14日、スーパーコンピューター「富岳」を使った超高解像度計算により、太陽内部の熱対流と磁場の再現に成功したと発表した。これにより、太陽の基本自転構造が再現でき、長年の謎だった「対流の難問」が解決された。

太陽は、地球と異なり赤道付近のほうが極地方よりも速く自転するという「差動回転」をしていることが、1630年ごろから知られている。これまでにも、スーパーコンピューター「京」を使った数値シミュレーションなどが行われたものの、極地方が赤道よりも速く回転するという、実際とは逆の結果が出てしまっていた。これは計算可能な解像度(京の場合は約1億点)の制限により、太陽内部の「乱流的な熱対流」を正確に計算できないためだとされている。こうした、熱対流の数値シミュレーションの結果が観測や理論モデルの結果と違ってしまう現象は、「熱対流の難問」として長年の謎とされてきた。

今回の研究では、「富岳」を使って世界最高の解像度である54億点で計算を行ったところ、実際と同じく、赤道が極地域よりも速く回転する結果が得られた。「太陽と同じ状況をコンピューター上に再現」できたとのことで、「熱対流の難問」が解決されたことになる。

太陽の差動回転の各速度を色で表した図。紫は遅く黄色は速い。

これまでは、太陽内部の磁場エネルギーは乱流のエネルギーよりも小さいと考えられてきたが、今回の計算では、磁場エネルギーは乱流エネルギーの最大で2倍あることがわかり、太陽の常識が覆った。

太陽の差動回転を理解することは、太陽物理学最大の謎である「太陽活動11年周期」(太陽黒点数が約11年の周期で変動する現象)の解明にもつながるという。今回は「富岳のすべての力を使ったわけではない」という。そのパワーをさらに引き出し高解像度計算を行うことで、この謎の解明にも挑戦したいと、堀田英之准教授らは話している。

この研究の論文は、『Nature Astronomy』に掲載された。論文タイトルは「Solar differential rotation reproduced with high-resolution simulation

なお同研究は、文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「宇宙の構造形成と進化から惑星表層環境変動までの統一的描像の構築」および計算基礎科学連携拠点(JICFuS)の一環として実施されたもの。また、理化学研究所のスーパーコンピューター「富岳」、名古屋大学のスーパーコンピューター「不老」、国立天文台天文シミュレーションプロジェクトのスーパーコンピューター「アテルイII」の計算資源の提供を受け、実施した。加えて、日本学術振興会の科学研究費の支援を受けている。

画像クレジット:千葉大学