例年11月に実施される、スタートアップとテクノロジーの祭典「TechCrunch Tokyo」。通算9回目となる今年も11月14日(木)、15日(金)に東京・渋谷ヒカリエでの開催が決定している。そのTC Tokyoで毎年最大の目玉となる催しは、設立3年未満のスタートアップ企業が競うピッチイベント「スタートアップバトル」だ。
連載「スタートアップバトルへの道」では、2016年、2017年のスタートアップバトル最優秀賞受賞者と昨年の決勝に勝ち残ったスタートアップ計8社に取材。バトル出場までの道のりや出場してからの変化について、登壇者に話を聞いている。
連載のトップバッターはTC Tokyo 2016 スタートアップバトルで最優秀賞を獲得したKids Public(キッズパブリック)代表の橋本直也氏。2回に分けてお送りするインタビューの後半では、Kids Publicが見据える医療サービスの近未来と同社の今後の展望、そしてこれからスタートアップバトル出場を目指す起業家たちへのメッセージをお伝えする。
(出場までの経緯や準備、出場後の社内外の変化について橋本氏が語ったインタビュー前半はこちらから)
これからの医療でスマホは重要な接点になる
TC Tokyo 2016のスタートアップバトルに出場、小児科に特化した遠隔医療相談サービス「小児科オンライン」で優勝を果たした後、Kids Publicでは小児科オンラインに続くプロダクトとして、「産婦人科オンライン」を2018年11月に立ち上げた。
小児科医でもある橋本氏は「子育て期の悩みは、妊娠期から兆候が現れることがよくある」と述べている。「妊産婦死亡の原因の中で、妊娠中から産後にかけての自殺が今、最も多くなっている。妊娠中から産後、子育て期にかけて、オンラインで切れ目なく妊産婦さんと子どもに関われる仕組みを用意すべきだと考えた」(橋本氏)。
切れ目のないケアの必要性を感じていた一方、小児科医だけでは実現が困難であった。そんな中、現在産婦人科オンラインのサービス代表を務める産婦人科医の重見大介氏と出会う。「同じ考え、想いを持った彼との出会いは最高の幸運だった」と橋本氏は語る。
産婦人科オンラインは、企業の福利厚生の一環として従業員向けに導入されたり、住民サービスの一環として自治体により導入されたりしてきたが、今年6月には学校を通じて、高校生・大学生向けにも展開されるようになった。
「欧米では、産婦人科のかかりつけ医を持つことが一般的で、母親が自分のかかりつけ医に娘を思春期のうちに紹介することもよくある。日本では妊娠や出産についての情報が、海外に比べて早めに伝えることができていない。妊娠・出産に関する知識を持つことは大切なこと。避妊など、大事なことなのに伝えることがタブー視されているが、知識を持つなら早い方がいい。健康について主体的に考え始める学生の時期から、情報を伝えられるようにしたい。学生の場合はLINEが接点になるということもあって、オンライン相談サービスは親和性が高いと考えている」(橋本氏)。
TechCrunch Tokyo 2016のスタートアップバトルでも語られたことだが、橋本氏は「患者が来るのをクリニックで待っているだけでは解決できない課題、届かない孤立や不安がある。小児科医がいる場所に子どもたちが来るのではなく、子どもたちがいる場所に小児科医がいる、それがこれからの小児医療において重」との考えを持っている。そのとき、毎度医師が出向くというわけではなく「接点になるのはスマホだ」と橋本氏はいう。
日本の小児科を取り巻く環境でいえば「基本的に子どもたちの身体の健康は良好な状態だ」と橋本氏は述べる。昔に比べれば栄養状態もよく、衛生管理や予防接種の普及などにより、致命的な感染症などはほとんど見られなくなっている。一方で「より生活に根付く問題、例えば発達が気になるとか、不登校やアレルギー、それに親の育児不安や虐待などの割合は大きくなってきている」と橋本氏。「そうした新しい課題に対して、従来の医療のアプローチでは限界がある。それには違ったアプローチが必要だ。患者の生活、日常の中にヒントがあり、医師がそこにリーチしなければ、問題は解決しない」と語る。
「日本は平均寿命も高く、世界的にも健康と見られている国だが、一方で今の疾患構造に合ったアプローチが必要になってきた。そのためには接点を増やすべきだが、その接点として、一つの解決策になり得るのは、やはりスマートフォンになるだろう」(橋本氏)。
オンライン医療相談は生産性の向上にもつながる
橋本氏は今後Kids Publicの目指すところを、次のように語っている。「日本では年間91万人の子どもが生まれ、同じだけ妊婦さんがいる。その数に対して医師や助産師はリソースが限られているが、提供できる知識やスキルを最大限に広く届けたい」。
現在の小児科オンライン、産婦人科オンラインのサービスは、医師や助産師と相談者が1対1で対応するようになっており、そのことが好評を得ている。だが「いつかは1対1対応では、対応する医療者が不足するようになる」として、「今のクオリティを落とさずにサービスを届けることを、実現したい」という。
そのために利用できると橋本氏が考えているのが、現在の各サービスでの回答データだ。相談に対する回答データの蓄積は着実に進んでいるとのことで、「それを生かして次のステップへ行きたい」と話している。
またKids Publicでは「小児科オンラインジャーナル」「産婦人科オンラインジャーナル」といった、医師・助産師が執筆し、監修にも別の医師・助産師がついた、プロによる医療メディアも展開している。これらも子育て世代や妊産婦へ情報を届けるためのアプローチのひとつ、と橋本氏は述べる。ジャーナルでは、相談サービスでよく寄せられる相談をピックアップして記事化も行っているという。妊婦では特に近年、インターネットが情報源になっている部分が大きいが、必ずしも正しい情報を得られていないことから、「正しい情報を提供していく」ことはジャーナルでも強く意識されている。
サービス、メディア展開の目的について「一番は不安の解消」と橋本氏は説明する。「学生さんには、婦人科の悩みで『こんなことをお医者さんに聞いてもいいんだろうか』と考えてなかなか受診せず、症状が悪くなっていく人も多い。『これはクリニックに行って聞いていいことなんだよ』という啓発をしていく。逆に子どもが生まれると今度は、不安に駆られて外来へすぐに訪れてしまうという人が多い。だから『こういう状況なら、明日の朝まで様子を見ても大丈夫ですよ、安心していいんですよ』という情報を伝えたい。これは、小児科外来の医師の負担の解消にもつながる」(橋本氏)。
小児科オンライン、産婦人科オンラインに共通しているのは「LINEだから言えた」という相談者が多いことだと橋本氏はいう。「対面では相談しにくいことも、オンラインだと聞きやすいという人は多い。医療者との間に新しいコミュニケーションを引き出すきっかけにもなっている」(橋本氏)。
ビジネス面では「顧客企業の社員からも評判はよく、企業から従業員への健康や子育てに対する応援メッセージとして受け止められている」ということだ。育児休暇明けの不安の解消、自信につながるというほかに、子どもの看病で「夜中に病院に行かずに済んだ」「会社を休まなくて済んだ」といった声もあるそうで、「導入企業の生産性の向上にもつながっている」と橋本氏は話している。
自治体においても、同様に住民への自治体のメッセージとして受け止められているとのこと。「無医村でなくとも、専門医はいない、という地域はあり、いても距離が離れている、という地域もあって、そうした地方ではオンラインで相談が受けられるという点が評価されている。また都市部には都市部で『人のつながりが希薄で相談ができない』といった悩みがあり、それを解消できると思う」(橋本氏)。
バトル出場を目指す起業家へのメッセージ
今後スタートアップバトル出場を目指すスタートアップには、橋本氏から「出場は、社会にサービスを知ってもらうにはいい機会だ。起業家には社会を変えたいという人が多いと思うが、まずは知ってもらわないと始まらない」とメッセージを寄せてもらった。
「どんな人に事業のアイデアが響いて、共感が生まれるかどうかは、訴えて見てもらわなければ分からない。審査員やオーディエンスの評価が分かるので、バトルはスタートアップの登竜門として、知ってもらうきっかけとして試すにはいい舞台ではないかと思う」(橋本氏)。
TC Tokyo 2019 スタートアップバトルの詳細はこちら。2019年9月30日までエントリーを受け付けているので、我こそはというスタートアップからの応募を心よりお待ちしている。