11月16日〜17日にかけて渋谷ヒカリエで開催されたスタートアップの祭典「TechCrunch Tokyo 2016」。1日目の午前、「駆け抜けたネット黎明期、さくらの創業物語」と題したセッションには、さくらインターネット創業者で代表取締役社長の田中邦裕氏が登壇した。
さくらインターネットは1996年に事業をスタートし、1998年に法人化している。レンタルサーバーを中心とするデータセンター事業を手がけ、まさにインターネット黎明期からインフラ支えてきた企業だ。また最近では、通信環境とデータの保存や処理システムを一体型で提供するIoTのプラットフォーム「さくらのIoT Platform β」などIoT領域での取り組みも積極的に行い注目されている。
そんな同社のはじまりは、学生ベンチャー。「学内回線を使用して、サーバーを立ち上げていたが、学校に知られてしまい、サーバーを撤去しないといけないことになったことがきっかけ」だと田中氏は語る。当時はまだ「データセンター」というものは無く、地元のプロバイダーに労働力を提供し、場所を借りるというバーター契約ではじまったそうだ。創業当初は月額1000円という価格設定をするも、単価が安いためになかなか売上げに繋がらず、地元プロバイダーから施してもうらうお金だけで事業を続けているという状況が半年ほど続いたという。
田中氏は「起業は2種類あると思う」と続ける。起業したいと考えて実行する人と、手段としてせざるを得ないという人。田中氏の場合は後者で、サーバーの運用を続けるために、サービスを立ち上げたという経緯だ。京都府舞鶴市で事業を営んできたが、1998年に大阪に移転。多くの投資家に出会ったことが転機となり、株式会社化に至った。
その後2005年にマザーズ上場に至るまで、サービスや組織が拡大するに伴って、さまざまな問題が起こったという。当時の状況について田中氏は「技術やお客様に喜んでもらえるサービスを生み出そうというよりも、上場することが目的となり、社風が変わってしまった」と振り返る。最終的に田中氏は一度社長の座を退いている。さくらインターネットからの退社までを考えたが、ネットバブルの崩壊の影響もあって経営危機に面することになり、エンジニアとして会社に関わり続けた。スタートアップ企業の従業員数が増えることで会社に変化が起こる「成長痛」はよく聞く話だが、同社も例外ではなかった。
ネット黎明期からインフラを提供する老舗企業だったさくらインターネットだが、インターネットの盛り上がりとともに、競合となるサービスも現れてきた。レンタルサーバーの価格競争は、誰もが感じられるスピードで加速してきた。「うちが2000円でやっていたものを月額数百円で提供するというものも出ていた。また一方で『Web 2.0』の波が来ていて、専用サーバの需要が増えていた」と話す。
つまり、個人ユーザーをロングテールで獲得しようとすると価格を下げることになるが、価格を下げても大きく市場が広がる確信を持てなかったのだそう。価格破壊が起こる中で、同社は法人向けに専用サーバーに注力していた。「最近のレンタルサーバーの平均単価は500円程度で、また破壊的イノベーションが起きるのではと危機感は持っている。市場開拓をするか、ARPPUを上げるかのどちらかを迫られていて、折り返し地点にきているなと感じる」と、今日の状況について話した。
また今日の動きでいうと、2011年に稼働を開始した石狩データセンターがある。投資額としてはかなり大きいものだが、FS(フィジビリティスタディ:事業の実現性を調査すること)を行ったところ、明らかに東京よりもいい環境だったという。
大きな投資を行ったが、IR資料を見ると売上は上昇傾向にある。サービス別ではクラウド事業が大きい。田中氏は、「クラウドの時代が来る」と目論んでいたわけではないという。ここで先行投資について、「やったらいいと思うんですよ。失敗しても死ぬことはないくらいの感覚をつかむのは。実際失敗するのは怖いですし、時間がかかりましたが。重要なのはその業界が成長しているかどうか。『クラウドが来る』とは読めなくとも、コンピューターは今の1億倍、1兆倍になることは多くの人が感じているはず」と田中氏は話した。
また田中氏は、スタートアップでも大企業でも何かと話題の多い働き方の話題についても言及した。「考えが変わったんですけど、あまり仕事だけで人生を楽しめないのは勿体ないなと思うんですよね。適度に働いて、やり甲斐を探す方が健全な気がする」(田中氏)。同社ではここ数年で多くの人材を採用したこともあり、有給休暇や定時に縛られないような制度を導入。兼業も認めるなど、新たな取り組みを進めているそうだ。
これまでの起業、経営を振り返り、田中氏は「15〜20年前は、良いサービスを作っていたら売れる、なぜこのサービスを知らない人がいるのかくらいに思っていたが、違うなと。謙虚にいきたい」と言い、またさくらインターネットの経営は大前提だとした上で「起業には何度でも挑戦したい」と話した。