突然だが「社食」と聞いてどんな空間、シーンを想像するだろうか?
もしかしたら社食に対しては「社員のお腹を満たすため、健康をサポートするための食事を提供してくれる場所」というイメージが強いかしれない。もちろんそれは今でも変わらない重要な機能ではあるが、現代の社食は必ずしもそれだけに止まらないようだ。
「特に近年はGoogleを始め社食のクオリティが上がってきていることに加え、そういった事例が共有されていることもあり、企業が社食に期待することも変わり始めている。具体的には単純な福利厚生としてだけではなく、社員のコミュニケーションを活発にし、そこから新しいアイデアや関係性が生まれる空間として捉えられている」
そう話すのは社食領域を軸に事業を展開するフードテック企業「ノンピ」の取締役副社長・上形秀一郎氏だ。
同社ではまさにこれから「社員食堂の遊休資産」を用いたランチケータリングサービスを本格展開する計画。自社では社員食堂を有していない企業でも会議室などのスペースを活用し、質の高い社食環境を導入できる仕組みを広げていこうとしている。
そのための資金としてノンピでは本日11月27日、池森ベンチャーサポート(ファンケル創業者の池森賢二氏が立ち上げたベンチャー支援企業)などを引受先とする第三者割当増資により総額で2億円を調達したことを明らかにした。
ケータリングを通じて良質な社食環境をサービスとして提供
ノンピは普段TechCrunchで紹介するテック系のスタートアップとは若干毛色が異なるタイプの企業だ。2003年の創業当時の主力事業は外食。西麻布に飲食店を開いたのが始まりだった。
そこからは店舗を広げつつも徐々にケータリングや社食/社内カフェの運営受託、キャラクターフードなど事業の幅を拡大。これまで川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアムカフェにおけるメニューの企画販売や三菱地所の大手町新社屋内キャフェテリアの運営のほか、LINEの「LINE FRIENDS cafe&store」内サラダバーランチの運営なども担ってきた。
ノンピの役員陣。左から取締役副社長の上形秀一郎氏、創業者で代表取締役社長の柿沼寛之氏、取締役の中矢誠一氏
当初はエクイティファイナンスをするような企業形態ではなかったが、トーマツ出身でフードスタートアップのfavyで副社長を勤めていた経験もある上形氏や複数社の経営に携わってきた中矢誠一氏らが経営に参画。
以前Google JAPANのフードチームで総料理長を担当していた飯野直樹氏が総料理長として、同チームのリーダーでGoogleの社食作りに関わってきた荒井茂太氏が取締役として加わるなど、事業の変遷とともにチームのアップデートも行ってきた。
そういった背景もあり2018年5月には飲食店事業から完全に撤退。現在は社食の企画運営とケータリングECを軸に事業を展開している。
このケータリングEC「munchies」はユーザーから見れば比較的シンプルなプロダクトで、シーンに合わせて様々な料理をオンライン上で気軽に注文できるというもの。既存の飲食店を束ねたケータリングプラットフォームやデリバリーサービスとは異なり、ノンピ自ら開発したこだわりのメニューのみを提供しているのが特徴だ。
季節ごとに変わるオリジナルピンチョスに加え、寒いシーズンには嬉しいおでんセットなども扱うほかオプションとして有名シェフとコラボしたオリジナル商品も手がける(たとえば人気焼肉店とタッグを組んで特製のハンバーガーを作ったり)。
上形氏によると商品開発力が1つの強み。これまでは社内パーティーを中心に夜の時間帯に単発の注文をベースにしていたが、中には年間20〜30回注文するような会社も複数あり、一度購入に至ると何度もリピートに繋がるケースが多く手応えをつかめていたそう。そこで今後は要望も多かったランチケータリングにも本格的に参入していくという。
ランチについては定期契約(1食あたりの料金+社員数に応じた月額利用料)のモデルを基本としつつ単発の注文にも応じる。⾷事の配送から配膳、⽚付けまでを全てノンピ専属スタッフが担当するので社内の負担なく「会議室などのスペースをレストランのような空間に変える」ことができるのがウリだ。保湿器なども用意して「温かい⾷事は温かく、野菜などは⽔々しいまま」提供することにもこだわる。
今風の言い方だと良質な社食環境をサービス化した「社食 as a Service」型のプロダクトと捉えられるかもしれない。
遊休資産となっている社員食堂をシェアエコ的に有効活用
先ほどノンピのケータリングサービスは「ユーザーから見れば比較的シンプルなプロダクト」と紹介したが、実は表には見えない裏側の部分でユニークな仕組みを取り入れている。
その仕組みとは同社が受託運営している社員食堂の空き時間を活用し、その設備を用いてケータリング用のメニューを調理していること。大量の食事を作るには充実した設備を持つキッチンが不可欠だが、遊休スペースとなっている社員食堂をシェアリングエコノミー的な形で活用しているのだ。
上形氏の話では、既存の社員食堂はランチだけでは採算が取れず企業側が社食運営事業者に「運営補填金」を支払うことが多い状況なのだそう。その運営補填金がネックとなって運営事業者が見つからず、閉鎖状態のままになっている社員食堂も少なくない。
そこでノンピでは遊休資産となっている社員食堂を運営補填金なしで運営受託。ランチタイムには通常通りその場所で社食を提供し、それ以外の時間を使ってケータリング用のメニューを作って周辺企業に届ける。
ポイントは「通常のランチ営業は赤字でもいい」(上形氏)こと。実際に現在ノンピでは2箇所の社員食堂をこのモデルで運営しているが、ケータリングと合わせることで通常のランチ売上の約5倍〜10倍の売上を作り黒字化に成功しているという。
社食コミュニケーションには「美味しい」が不可欠
上述した仕組みによってノンピでは完全内製のケータリングメニューをスピーディーに調理しているわけだけれど、当然ユーザーからは他のサービスと比較されることもある。特にノンピの場合は1食あたりの価格を見ると比較的高価な部類に入り、もっと手軽に頼めるサービスも存在する。
ランチの本格展開はこれからだが、すでに外資スタートアップや国内メガベンチャーなど直近スタート予定の企業も含めて十数社で導入。様々な選択肢の中からユーザーはなぜノンピを選ぶのか。上形氏いわく「最終的には料理の味」が決め手になることが多いそうだ。
「比較検討されるパターンで多いのは2つ。1つは自社で社員食堂を作るか悩んでいる企業。社員に豪華な食事を提供したいが、社内に作るには数億円単位の投資が必要になるため別の手段を考えた結果ノンピに問い合わせ頂く。もう1つが既存のケータリングサービスに飽きてしまったケースだ。廉価なものを導入したものの(味や種類などがネックで)社員にあまり活用されず、もっと良いものを求めてノンピを選んで頂くこともある」(上形氏)
ある会社のランチケータリングの実例。各社ごとで異なるが、ケータリングと言えどかなり本格的な食事が楽しめるのがノンピの特徴だ
背景には、冒頭でも触れた通り「社食の位置付けやそれに対する期待感」が変化していることもありそうだ。
ノンピのサービスを検討するような企業は社食を「社員同士がコミュニケーションをとり関係性を深める場」としても考えている場合が多いようで、そもそも社員がその場所に集まってこなければ十分に機能しているとは言えない。そのためには「味が良いことは大前提」なのだ。
特に直近ではフリーデスクの会社などからのオーダーが多いそう。フリーデスクに加え、働き方改革の文脈でテレワークや在宅勤務などを取り入れた結果、メンバーが一同に集まってコミュニケーションを取る機会が限られるような会社では、社食コミュニケーションを重要視する傾向があるという。
「ケータリングで質の高い料理を常に提供するというのは意外とハードルが高い。作ってから数時間たっても美味しい状態を保つにはどういった工夫が必要かなど、調理には独特のノウハウが必要だ」(上形氏)
飲食店をネットワーク化したマーケットプレイス型の場合、どうしても料理の質の部分は飲食店ごとにバラツキがでる。そこは内製型のノンピの強みが活かされる部分ではあるが、一方で事業の立ち上がりスピードはマーケットプレイスの方が加速させやすく、内製だとスケールさせるのに時間がかかるという課題もある。
上形氏もその辺りが今後事業を拡大させていく上でのポイントになるというが「中長期的にグローバルにも出ていくことを考えていて、それを見据えると自分たちのブランドをしっかりと確立させていった方が最終的には結果が出る」ため、これからも軸はブラさずに事業を作っていく方針だ。
Googleの社員食堂で7年間総料理⻑を勤めていた飯野直樹氏。現在はノンピ総料理⻑としてメニュー、商品開発を統括している
Googleレベルの社食をもっと多くの企業へ
必ずしも社食に限定した話ではないけれど「ケータリング」は国内外でポテンシャルがあると考えられている領域。実際にアメリカなどでもDropbox・Adobeなどを顧客に抱える「Cater 2.me」、これまで二桁億円規模の調達を実施している「ZeroCater」や「EAT Club」など注目を集めるスタートアップがいくつも登場している。
「海外ではケータリング市場がマーケットとしてしっかりと認知されていて市場調査データなどを見ても1ジャンルとして確立されている状況」(上形氏)であり、ノンピでも日本からこの市場にアプローチしていく計画だ。
今後は調達した資金を用いて組織体制を強化していくほか、テクノロジーに対する投資も行っていく予定。たとえばスマホからメニューを簡単にオーダーできるシステムや料理の質に影響を与える温度管理システムなどを考えているほか、将来的には調理をサポートするロボットアームなどの導入も検討していきたいという。
「もともと日本企業からイノベーションがどんどん生まれるために何ができるかを考えた結果、自分たちが直接やるというよりは、食事を届けた企業からイノベーションが生まれれば良いよねという考えが根本にある。それこそGoogleの社食のように、今までは一部の企業でしか実現が難しかったような質の高い社食をもっと多くの企業に届けていくようなチャレンジをしていきたい」(上形氏)