11月17日から18日にかけて渋谷ヒカリエで開催されたTechCrunch Tokyo 2016。初日の夕方に、「変化するスタートアップ投資、その最新動向」と題し、村田祐介氏(インキュベイトファンド 代表パートナー) 、有安伸宏氏(コーチ・ユナイテッド ファウンダー) 、中西武士氏(KSK Angel Fund パートナー)のパネルディスカッションが行われた。モデレーターは、TechCrunch編集部の岩本有平が務めた。
村田氏は、”First Round, Lead Position” を投資哲学とし、スタートアップへの投資を行うインキュベイトファンドの代表パートナーを務めながら、JVCA(一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会)の企画部長も務め、ベンチャーキャピタル業界の調査や業界地位向上に関わっている。
有安氏は、プライベートコーチサービス「cyta.jp」を運営するコーチ・ユナイテッドのファウンダーで、同社をクックパッドに売却する以前から、個人でエンジェル投資を行っている。また、IPOやM&A等でイグジットした起業家が8名から成る「TOKYO FOUNDERS FUND(TFF)」のメンバーでもある。
中西氏はプロサッカー選手の本田圭佑氏が設立したKSK Angel Fundのパートナーを務める。日本ではまだ馴染みのない、セレブによる投資ファンドに注目が集まっている。彼らは「貧困をなくす」という思いのもと投資活動を行なっているという。2016年6月に正式にファンドを設立し、すでに中高生向けのプログラミング教育事業を展開するライフイズテックを始め、6〜7社に対し、500万円〜1億円程度の投資を実施している。
スタートアップ投資にそれぞれ異なる角度から関わる3人を迎え、スタートアップの動向を見ようというのが本パネルディスカッションの趣旨だ。JVCAを通してスタートアップの投資関連レポートを発表している村田氏のスライドに沿ってディスカッションを行った。
そもそもスタートアップに投資するお金、つまりベンチャーキャピタルファンドに流れるお金はどのように推移しているのか。最近ではスタートアップの大型調達のリリースを耳にする機会も増えているので、ベンチャーキャピタルの資金も増えているはずだ。1年間のベンチャーキャピタルファンドの組成額は、ここ数年2000億円付近を推移している。ピークと言われる2006年は3500億円に達していたが、その後2008年のリーマンショックから続く金融危機の影響を受け、2009年、2010年は250〜300億円と10分の1まで落ち込んだ。
そのような時期を経て、やっと回復してきているという。村田氏の調べによると、2016年上半期の組成額はすでに2500〜2600億円程で、今年度は3500億円に達するのではと予想する。一方、アメリカの組成額はおよそ2兆円と、やはり大きく規模が異なる。日本とアメリカの差は絶対値で見ても、GDP対比で見ても大きい。
スタートアップに目を向けると、起業という選択肢が身近になったと肌感覚で感じている人も多いと思う。大企業出身者が起業したり、東大の学生が進路としてスタートアップを選んだりする方向に変わってきていると村田氏は言う。「ベンチャーキャピタルファンドは、基本的に8年で運用する。その期間の半分の4年で組入れを完了しなければならないというルールがあるので、直近の組成額から7000億円程度は数年以内にスタートアップへ投資される」と村田氏は言う。
注目すべきは、調達額は増えているが、社数は減っている点だ。今年100億円以上の大型ファンドがすでに10本以上も発表されており、ポートフォリオ管理の観点から少額の投資はできず、1社に対しての投資額が増えていると村田氏は説明する。つまり、創業期の会社よりも、より後のステージの会社に投資が集中しやすいということだ。
調達額のグラフを見ると、10億円を超える超大型調達が一昨年は20社、昨年は25社だった。メルカリの84億円調達も記憶に新しいが、今年上半期に超大型調達を実施したスタートアップは30社を超えているという。
投資家の属性は5つに分けられるが、これは日本特有のことだという。日本では金融機関の1つの機能としてのエクイティ投資が発達してきた背景があるが、アメリカでは金融系という分類は一般的ではない。日本における金融系VCの存在は変わらず大きいが、リーマンショック後から変化を見せている。様々なバックグランドの投資家が設立した独立系、そして事業会社が自社の既存事業とのシナジー投資などを行うCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)が台頭し、昨年には金融系、独立系、CVCのファンドレイズ額が均衡するまでになっていると村田氏は話す。
それらに加え、エンジェル投資も増えてきている。パネルディスカッションに登壇した有安氏をはじめ、数は少ないが、起業家として成功した人たちが投資を行うという流れもある。また学内の技術や研究成果の事業化を目指し、旧四帝大(東京大学、京都大学、東北大学、大阪大学)などの大学系・政府系VCも広がってきている。このように数年で大きな変化を遂げた業界だが、2016年の変化としては「金融系VCが大型のファンド組成を行ったことだ」と村田氏は言う。
独立系VCも引き続き勢い付いている。このスライドにある独立系VCの3分の2以上は、ベンチャー投資の谷であったリーマンショック以降に設立された。金融系VCやCVCで力をつけたキャピタリストが独立し、ジェネラルパートナーとなって設立している独立系VCが多いそうだ。
2000年前後、大企業のCVCが50〜100億円ファンドの組成が活発で、その後、上場したインターネット系の事業会社がCVCを組成する流れがあったと村田氏は言う。一時期低迷していた大企業系CVCだったが、近年勢いを取り戻しているという。「少し前のガラケー時代は自社サービスとうまく紐付けられず、大企業がスタートアップと手を組み、オープンイノベーションを目指すということに消極的だった。だが、今ではスマホが普及したことによりIoT分野との相性がよくなってきている」と村田氏は説明する。
産業革新機構などは独立系VCなどに多くの金額を出資しているが、大学・政府系VCの中にはスタートアップに直接投資する人もいるという。また前にも触れたように、エンジェル投資家の盛り上がりも著しい。個人としてスタートアップに投資する場合にも、5000万円〜1億円という規模感で投資したり、ベンチャーキャピタルにLPとして出資したりしているエンジェル投資家もいる。
「エンジェル投資家のコミュニティがあり、協調投資をするケースも多い」と有安氏は言う。有安氏は、自身の経験からコンシューマー向けのウェブマーケティングでサービスを伸ばせる会社に関わることが多く、投資額は250〜2000万円と幅広いそうだ。投資先との関わり方は、株主のメンバーや投資額により様々だという。
エンジェル投資の日本とアメリカの環境の違いについて、有安氏はスピード感をあげた。「アメリカは洗練されていて早い。優先株、法務面のチェックなど日本では非常に時間がかかるが、アメリカではフォーマットが決まっていて、乗る/乗らないの選択のみでシステマチック」と言う。エンジェル投資に関する話は、昨年のTechCrunch Tokyo 2015でコロプラ元取締役副社長の千葉功太郎氏と有安氏の対談記事もあるので、気になる方は是非見てほしい。
エンジェル投資において、日本とアメリカの違いを挙げるとすれば、存在感と注目度の大きいセレブ投資の存在もある。俳優のアシュトン・カッチャーはAirbnbなど名だたるスタートアップに投資していることでも有名だ。アメリカのセレブ投資について中西氏は「SNSの存在が大きい。セレブは自分たちでモノを売ることができるようになった。セレブには2つのタイプがあり、1つはアシュトン・カッチャーのように、スタートアップと他の企業を繋ぐなど、BizDevも担うタイプ。もう1つはセレブをフォローしている人向けに商品を訴求するタイプ」と言う。
アメリカには芸能人、スポーツ選手などで投資を行う人がいるが、日本にはごくわずかだという。共同での投資実績もある村田氏は本田氏について「投資家が使うような言葉も使うし、会社の価値判断基準もほぼ同じ。スポーツ選手としてバリューアップしやすそうな会社だけでなく、VRやAIなども面白いと言っていた」と話す。中西氏いわく、本田氏は関心分野があるとすぐに大学教授などにもコンタクトを取ったり、関心分野に関する本を何冊も読んだりして投資先について勉強するそうだ。
日本においてセレブリティ投資がまだ未熟な点について中西氏は、セレブがスタートアップに投資するための情報が足りていないという。「アメリカでは各分野にセレブ投資を行う人がいるというのが広まった。日本でも時間の問題だと思う」と話した。