【編集部注】Vitaly M. Golombは、HPのベンチャー投資部門HP Tech Venturesで、世界各地の企業に対して投資を行っている。以下は、企業を成長させる上での彼のアドバイスをまとめた本『Accelerated Startup』から、Golombが大好きなピッチに関する箇所を抜粋したもの。
私がイベントで話す姿を見たことがある人は、恐らく私のピッチに対する興奮や情熱についてご存知だろう。素晴らしいピッチはビジネスのさまざまな場面で役立つと私は信じていて、それこそが私のピッチに対する熱い思いの理由なのだ。企業のCEOであるあなたは、日夜ピッチし続けることになる。90秒間の短いエレベーターピッチ。デモデイやコンテストでの3〜6分間のピッチ。さらには至高の目標である、VCのオフィスで30〜60分間に渡って自分たちが関わってくるであろう未来について説明するためのピッチ。素晴らしいプレゼンターになるためには、それなりの鍛錬が必要になってくるし、私もピッチの練習には十分な時間をかけるよう勧めている。だからといって、練習不足が完全なる失敗に終わったピッチの言い訳になるわけではない。
まず、ピッチとは何なのかについて考えてみよう。個人的には、ピッチとは人に具体的なアクションを起こさせるための話だと私は考えている。聞き手から何かを引き出したいからピッチをするのだ。求めているものはアドバイスかもしれないし、相手のビジネスかもしれないし、(私たちがこの章でフォーカスすることになる)投資かもしれない。今後何を求めてピッチをするかに関わらず、CEOのあなたは既にたくさんのピッチをしているということを知っておいてほしい。恐らく起業しようとしたときには、スタートアップと呼ばれる狂気の沙汰のようなものを始めるのが意味あることだと、友人や家族、パートナーを説得したことだろう。当時働いていた会社の上司にも、パートタームで働く許可をとるためや、退職の意を伝えるために、それと似たようなことをしたはずだ。
「アクションを起こさせる」というのが極めて重要なポイントだ。もしも、相手にアクションを起こさせる助けにならないような事項がピッチの内容に含まれていれば、そんなものは取り去ってしまった方が良い。例えば90秒間のエレベーターピッチと、28章で触れた紹介の目的は全く同じで、ミーティングを設定するということだ。早口で膨大な量の情報を読み上げたところで、ミーティングのチャンスは与えられない。ピッチの目的はビジネスの全てを説明することではなく、相手の興味をひいて、相手がもっと知りたいと感じるのに十分なくらいの情報を共有することだ。
また、ほとんどのピッチはステージのようなものの上で行われる。物理的なステージがない場合もあるが、それでも概念的なステージの上に立っているということには変わりない。そしてステージ上で行われる他のことのように、あなたのピッチはパフォーマンスなのだ。もしもあなたのビジネスがその日ステージに立った企業の中で1番だったとしても、プレゼンターのあなたが自分の靴ばかり見て、ボソボソと話し、ただスライドの内容を読み上げているような具合では、投資家があなたの会社に興味を持つことはない。
会社が成長するにつれて、アクセラレーターのデモデイやスタートアップコンテストなどで、3分程度のピッチを行う機会も増えてくるだろう。ここでのゴールも相変わらず、ミーティングを設定することだ。しかしこの段階では、それ以外の目標もいくつか浮上してくる。もしもあなたの会社が大手のよく知られたアクセラレータープログラムに参加しているとすれば、恐らくあなたの会社は優秀なのだが、ここにはあるひとつの問題がある。それは、あなたの会社以外に、数百とはいわずとも数十社のスタートアップが同じステージでピッチを行うということだ。彼らは全員しっかりと準備を行い、資金調達する気満々だ。するとここでは、何百というピッチがステージ上で行われる中、自分たちの企業のことを聞き手に覚えてもらえるくらい目立たせる、ということが新たなゴールなってくる。デモデイの終わりには、投資家のノートがさまざまな企業の情報でいっぱいになる。その中で、あなたの企業の名前に丸印とドルマークが付くようにしなければいけないのだ。
全てのピッチはコンテストだと思い、競争に勝ち抜いて優勝賞品を獲得するんだという気持ちで毎回取り組んでほしい。つまり、ピッチ前にはリハーサルを行い、完璧に準備して、戦いに備えてしっかり休むようにしなければいけない。ところで、ここでの優勝賞品とは何を指しているのかというと、これこそさっきから繰り返し触れている投資家とのミーティングだ。賞品として巨大なホットドッグが贈られるホットドッグ早食いコンテストのような感じもするが、やるだけの価値は間違いなくあるので安心してほしい。ミーティングでは、恐らく20分程度でまたピッチをすることになるが、もしも投資家が内容を気に入り、活発に質疑応答が行われれば、1時間近くまで時間が長引くこともある。
それでは、次はピッチの内容についてだ。まずピッチでは、聞き手の注目を集めなければいけない。あなたが話をしているときも、彼らは手に持った携帯電話で、恐らくTwitterをチェックしたりメールを読んだりしていることだろう。もしも途中で耳にしたことに彼らが興味を持って、そこから注意を払いだしても、それまでの内容は全く伝わっていなかったことになる。これは残念ながらよくあることだ。そのため、聞き手の注目を集めるような内容からプレゼンをスタートしなければいけない。プレゼンの中で最も重要なポイント、それはトラクションだ。会社の調子はどうか?ユーザー数はどのくらいか?会社の成長率は?売上は?といった質問に対して目を見張る数字を持って答えることができれば、投資家はサービス内容自体に即座に興味は持たなくても、少なくともあなたのピッチに注意を払うようになる。もしも継続的に毎週50%成長している企業があれば、私はノートに手を伸ばし、後ほどミーティングで詳しく説明してもらおうと思う。そのくらいシンプルなことなのだ。
その次の内容は、あなたのスタートアップがやろうとしていることについてだ。顧客は誰なのか?どんな問題を解決しようとしているのか?このふたつの質問に答えられないような事業は、投資家側も評価のしようがないので気をつけてほしい。20章で伝えた通り、はじめは小規模なグループをターゲットにした方がやりやすい。その人たちがプロダクトを手放せなくなるくらいになってから、顧客を増やしていけばいいのだ。つまり、現在サンフランシスコ市民の3分の1があなたのプロダクトを使っていて、今後世界中に展開していく予定だという方が、現在世界中で20万人の人が使っていますというよりもずっと投資家の注意をひきやすい。ユーザー数という意味ではこのふたつは同じだが、そこから予想できることやプロダクトのストーリーは全く異なる。ターゲット層を一部の地域やもっと狭いグループの人たちに絞ること自体は全く恥ずかしいことではないが、きちんとプレゼンの中でそれを説明するように。
これでトラクションと市場がカバーでき、ユーザーにとってなぜ自分たちの取り組んでいる問題が重要かという説明もできた。次は、現在その問題に対してどのような解決策が存在するのかについて考えたい。というのも、あなたが全く新しい市場を発掘する可能性は極めて低い。Uberは新しい交通手段を発明したわけではなく、当時のタクシー業界を見て「ひどい状況だな。これなら俺たちがやったほうがうまくできそうだ」と考えたのだ。そこで現状の解決策について説明することで、あなたの会社が取り組んでいる問題が解決に値するものなのかというのを示すことができる。もしもあなたが解決しようとしている問題で困っている人がいないとしたら、残念ながらそれはビジネスにはならない。実は競合に関しても同じことが言える。競合企業が1社もないということは、そこには解決すべき問題が存在せず、市場もないため、ビジネスが成り立たないのだ。
ここまでの内容がうまくまとめられていれば、聴衆は椅子から身を乗り出してあなたの話を聞いていることだろう。市場について理解し、ターゲット層が抱える問題にも共感できた彼らは、あなたが問題をどう解決しようとしているのか知りたくてしょうがなくなっている。そこで、提起された問題と提供しようとしている解決策が、どれだけピッタリ合っているのかについて説明するようにしよう。私が気に入っている痛み止めとビタミン剤の比較をもとにこの意味を説明したい。もしもあなたの解決策が顧客にとって「あればいいな」というくらいで、ストックが切れてもわざわざ買い足さないようなものであるとすれば、あなたのビジネスには問題がある。逆に、私はAdvil(アメリカで販売されている痛み止め)のボトルが半分くらい空いただけでも、会社帰りに薬局に寄ることが多い。つまり、ビタミン剤ではなくAdvilのような解決策を目指し、聞いている人にもそれが伝わるように説明しなければならないということだ。
信じられないかもしれないが、私がここまでに説明したことは全て90秒のピッチの中に詰め込むことができる。エレベーターピッチよりも長く時間がとれる場合は、解決策の部分に時間をかけて聞いている人に強い印象を与えるようにしたい。もしも20分もの時間が与えられていれば、ライブデモも含めるようにしよう。ライブデモをやるには時間が足りないとしても、スクリーンショットを2、3枚挿入しておくだけでかなり効果がある。いずれにしろ、投資家が知りたいのは、あなたが具体的にどう問題を解決しようとしているかということなのだ。
VCが投資したいと思えるような内容にするために、次のパートは全て市場規模の説明にあてられる。市場規模は大きくなければならない。さもなければVCはあなたの会社に投資しようとは思わない。市場がどのくらい大きいか、そしてどのくらいの速度で成長しているかをここでは説明しよう。実際のところ、その時点での市場規模よりも、どのくらいのスピードで市場が拡大しているかのほうが重要だ。というのも、既に成長が止まった巨大市場に参入する場合、サイズの大きな競合企業から顧客を奪いとらなければいけないため、多大なお金や信頼性が必要になってくる。その一方、毎年100%の成長を続けている市場でトップの座につけば、自分たちの仕事をきっちりこなすだけで、会社も同じようなスピードで成長できることになる。
その次がビジネスモデルだ。どのように新規顧客を獲得し、どのように収益を生み出そうとしているのか?どうやって顧客候補を見つけ出し、どのくらいの時間とコストをかければ、実際にその人たちを顧客にできるのか?新規顧客を獲得してから損益分岐点に達するまでにどのくらいかかるのか?顧客生涯価値(LTV)はどのくらいか?といった問いへの答えを中心に説明していく。ここまでで市場規模とビジネスモデルについて説明したので、3年でどのくらいの売上規模になる予測なのか?その頃にはどのくらいの社員数が必要なのか?といった内容をまとめた資金計画もここに含めておこう。
この時点で投資家が間違いなくもっと知りたがっているのが、マネジメント層についてだ。まとまった金額を投資しようとしている彼らが、会社を率いている人たちにその適正・能力があるか知りたがるのももっともだと言える。もしもあなた自身やあなたのチームが、以前スタートアップをエグジットまで導いたことがあれば、大げさなくらいそれを打ち出した方が良い。さらに、以前Budweiserに勤めていて、ビールの売上増加に繋がるプロダクトをローンチしようとしているなら、前職との関係性を明確にすべきだ。また、何かの分野で世界でもトップクラスの専門性をもっており、博士号など具体的な事実でそれを証明できるならば、それも大々的に宣伝するようにしよう。時間の限られているピッチでは、このパートにあまり時間をかけないほうが良いかもしれないが、少しでも時間に余裕があればぜひ含めるようにしてほしい。投資家は、あなたの会社の成功の可能性を、トラクションとチームをもとに推測しているということを忘れないように。アイディアだけでは足りず、それを実行できるかどうかに全てがかかっている。チームに関するこのパートでは、それまでに説明したアイディアを実行する上で最適な人員が揃っているかどうかということを、聞き手に伝えることが目的なのだ。もしも最適な人が揃っているかに関して少しでも疑いがあるようであれば、ピッチは一旦ストップしてもう一度採用を行った方が良いだろう。
以上が、あるひとつのことを除いた、ピッチに関するアドバイスの全てだ。そして最後に残されているとても重要なパートが、クロージングだ。ピッチの終わりに、なぜ自分がそこにいるのかについてもう一度説明するようにしよう。「私たちには、生鮮食料品の購入の仕方を変えるすばらしいテクノロジーがあるだけでなく、業界での豊かな経験を持ったこのビジネスに最適な人材が揃っています。目標調達金額は200万ドルです。連絡先はスクリーンに表示していますので、詳細について知りたい方は私までメールでご連絡ください」というクロージングであれば、簡潔かつ必要なことが全て伝えられていて完璧だ。
ピッチ時の話し方に関連し、ボディランゲージについても少し触れておきたい。私は個人的に、1対1での指導を行っているプレゼンのコーチを雇うことを強く勧めている。アクセラレータープログラムに参加していれば、ピッチ指導もその内容に含まれていることが多いが、(まだ)そのようなプログラムに参加していなくても、あなたのピッチを間近で見て、指導してくれるような人を探した方が良い。自信をにじみ出させ、堂々とした姿勢で、ハキハキと話しながら聞き手とアイコンタクトをとるというのは、ピッチでは極めて重要であると同時にマスターするのはそこまで難しくない。練習あるのみだ。
投資家の中には、困ったことに事前に資料を送ってほしいと依頼してくる人もいる。今までに素晴らしいプレゼンテーションを見たことがある人であれば、スライドはあくまでペースを守る手助けをしたり、プレゼンターが言っていることを視覚的に補助したりするだけで、資料の中にプレゼンの全ての内容が含まれているわけではないことにお気づきだろう。もしもあなたが資料を事前に送ったとしても、投資家は恐らく内容を完全にはつかめないため、通常私はミーティングで顔を合わせるまでスライドは送らないように勧めている。この問題への対策のひとつが(もしも投資家が遠く離れた場所に住んでいるときのことを考えると、対策を立てておくにこしたことはない)、2種類のスライドを準備しておくということだ。ひとつは実際にピッチを行うときのためのもの、そしてもうひとつは、エグゼクティブ・サマリー(事業計画の概要)として、ピッチの雰囲気が読んで伝わるようなものとして準備しておくと良い。
ピッチの準備をするときには、アルバート・アインシュタインがかつて言った、「簡潔に説明できないのは、十分に理解していないからだ」という言葉を心に留めておいてほしい。あなたの事業領域に関する専門知識を持ち合わせていないかもしれない、部屋いっぱいに集まった投資家に対して、会社のことをうまく説明できないようであれば、いちからやり直しだ。
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(翻訳:Atsushi Yukutake/ Twitter)