無料で文字やロゴの商標を検索できる「Toreru商標検索」公開、“弁理士兼エンジニア”の起業家が開発

スタートアップやベンチャー企業にとって「商標」とは少々やっかいな存在だ。

たとえばサービスの新しいロゴを思いついた時。自分で特許庁の「特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)」を使いこなして商標を調査するのは難易度が高く手間もかかる。かといって専門家である弁理士に頼むと数万円単位の費用がかかるため、気軽に頼めるものでもない。

その結果ほとんどの人が何もせず、そのまま放置してしまうのが現状のようだ。近年国内では商標登録の出願件数が年に約19万件と増加傾向にありニーズが高まっている一方で、2017年に商標登録出願をしたことがある中小企業は全体のわずか0.82%にとどまる。

冒頭で商標が“やっかい”という表現をしたのは、Webサービスにおけるドメインのようにそもそも取得しなくては何も始まらない類のものではなく、登録しなくても事業をスタートできてしまうから。そしてそれが後に問題になった場合、金銭的な負担だけではなくブランド価値の毀損など大惨事に繋がる恐れがあるからだ。

そんな商標登録の現状に課題を感じ、自ら新しい選択肢となるツールを開発したのがスタートアップのToreru。同社は本日6月25日、誰でも使える無料の商標検索エンジン「Toreru商標検索」を正式にリリースした。

手軽に文字やロゴ商標の調査ができる無料の検索エンジン

Toreru商標検索はスタートアップの経営者や中小企業の担当者など、必ずしも商標に関する専門知識を持っていないユーザーでもサクッと文字やロゴ商標の調査ができる検索エンジンだ。

構造や使い方は非常にシンプルで、文字を検索したい場合は検索ボックスに該当するテキストを入力。ロゴを検索したい場合は画像をアップロードするだけで同一の商標、または類似する商標をリサーチできる。

たとえば「TechCrunch」でテキスト検索をしてみると、同一の商標に加えて関連の可能性のある商標が以下のように表示された。各商標をクリックすると登録日や権利者、指定商品・指定役務、存続期間といった詳細を確認することもできる。

そして文字以上に効果があるのがロゴの検索だ。文字もロゴも冒頭で紹介した特許情報プラットフォームで調べることはできるのだけど、特にロゴについては「ウィーン分類」という専門的な検索コードを使いこなす必要がある上に(“星”であれば1.1.1のように図形の種類ごとにコードが割り振られている)、検索結果が似ている順に表示されないなど、より使いやすくできる余地があった。

Toreru商標検索ではそこにAIを活用している。ユーザーがアップロードした画像に似ている商標をデータベースから探し、似ている順に表示。その中から特に近しい画像を選択すると「絞り込み機能」によって、さらに似ている商標だけを検索できる仕組みを構築した(同機能は特許出願中とのこと)。

ちなみにTechCrunchのロゴで検索してみると、画質が荒いものだったこともあったせいか、最初の段階ではある程度似ているものも表示されれば正直あまり似ていないものも表示された。

ただ比較的似ている商標にチェックを入れれば絞り込み検索ができるので、より近しいものをソートしていくことはできる。もちろん精度のブラッシュアップは必要だろうけれども、ちょっとした空き時間でサクサク進められる点は使いやすい。

テクノロジーの活用で従来の業務を1/10まで削減

もともとToreruではグループの特許業務法人Toreruを通じて、クラウド上でスピーディーかつ手頃な料金で商標登録出願ができるサービス「Toreru」を展開してきた。

代表取締役を務める宮崎超史氏やCOOの土野史隆氏は現役の弁理士だ。宮崎氏はトヨタで生産管理の業務に携わった後、父親が経営する国際特許事務所にジョイン。弁理士として働く傍ら、習得したプログラミングスキルを使って自らToreruを開発した。

現在は弁理士でありながらエンジニアとしてコードを書き、ディープラーニングの勉強会なども開催するというなかなか珍しいキャリアの持ち主だ。

Toreruを作ったきっかけは自身の業務をより効率化することで、ユーザーが従来よりもはるかに安い価格で商標を登録できる仕組みを作れると考えたこと。

表向きは所定のフォームに入力するだけで簡単に商標の調査や出願依頼ができるシンプルなサービスに見えるが、実は裏側で弁理士が使っているシステムを徹底的に磨き込んでいるという。

「いかに専門家が楽になるかを追求している。基本的には自動化と効率化。ユーザーが入力した情報をベースに願書などの提出書類が自動作成される機能や、毎回専門家がやっていた事務作業などをテンプレ化することで効率化する。これを各プロセスで積み重ね、徹底的に無駄を無くした」(宮崎氏)

これによって調査から報告作成までの業務時間をだいたい10分の1ほどに削減できたそう。「実力がある人でも1つの商標を調査して報告書をあげるのに3〜4時間はかかるが、自分たちは早ければ10〜20分ほどでクオリティを落とさず業務ができる」という。

ロゴの調査だけでも特許事務所に依頼すると1件につき数万円必要だったのは、結局のところ弁理士がかなりの時間を業務に費やしていたため、その人件費がかかっていたから。ロゴの調査をする場合は弁理士が依頼者に変わって特許庁のサイトなどを使い、膨大な画像の中から「同じものや似ているものがないか」を1つ1つ地道に調べるしかなかった。

今回リリースするToreru商標検索を開発した理由の1つも「自分自身、弁理士としてこの作業が大変だと感じていたから」(宮崎氏)。調査に限らず各工程に存在する単純作業や弁理士にとってもペインとなっている業務の効率化が進めば、ユーザーがより安い価格で利用できるだけでなく、弁理士自身も本来時間をかけるべき仕事に集中できるようになる。

結果としてToreruでは1区分あたり印紙代なども含めて4万8000円から商標登録ができる環境を実現。「一般的な料金のだいたい1/3くらい」だというが、それでもきちんと収益をあげられる体制を作った。

このシンプルさとリーブズナブルな価格が受けて、累計で6000以上の企業や団体が活用。2018年は特許業務法人Toreruとして年間で1900件以上の商標を出願し、商標登録代理件数は全国約4000事務所の中で2位になるほどの成長を遂げている。

9割以上の人が何もせず放置してしまっているのが現状

Toreruを通じてクラウド上から簡単に商標登録ができる仕組みを開発してきたが、それでも「現時点では多くの人にとって商標調査や登録のハードルが高い」というのが宮崎氏の見解だ。

「一般の人にとっては難しく、個人的な体感としては『放置する』『専門家に依頼する』『自分で調べる』という3つの選択肢があった中で、9割以上の人が放置してしまっている状況。放置していた結果、先に取られてしまったという相談も受けていて、そこに大きな課題を感じている」(宮崎氏)

実際に土屋氏は以前勤めていた特許事務所で見積もりを出すと、料金がネックとなり「それなら調査はけっこうです」と言われてしまうことも多かったそう。

Toreru商標検索はそういったユーザーが「ドメイン検索サイトで気になるドメインが取得できるかどうかを調べるような感覚」で、ネーミングやロゴの商標調査をできる場所という位置付けだ。

「基本的には最終的な判断は専門家に任せるべきという考え方なので、Toreruでもその思想を基に開発をしてきた。Toreru商標検索についても完璧ではないので、最終的には専門家がチェックする必要があるが、ちょっとしたタイミングで『調べてみたいな』と思った時に気軽に使えるツールがあるだけでも状況は変わるのではないか」(宮崎氏)

Toreruのメンバー。前列中央が代表取締役を務める宮崎超史氏、前列右がCOOの土野史隆氏

商標という領域については、同社に出資している個人投資家の有安伸宏氏も同じような課題感や可能性を感じているという。

「経営者がちょっと商標を調べたいと思った時に専門家に依頼したり、特許庁のサイトで調べるかというとそうはならない。でもドメインの場合は違って、会議中に良いドメイン案が出ればその場で『ムームードメイン』などを使ってすぐに調べる。『会議中にやれるか』は重要なポイントで、Toreruであれば会議中に使える。本来はそのくらいの感覚で、もっと商標についても真剣に議論されるべき」(有安氏)

有安氏自身、コーチユナイテッドで「サイタ」を作っていた時に、専門家に頼むと高いという理由から、自社で苦労しながら商標登録を進めた経験があるそう。情報の非対称性が大きく「何をどうすればいいのかがわからない」領域だが、当時はWebで簡単に調査したり相談できる仕組みもなく選択肢が限られていた。

「手つかずのユーザーペインも多く、やれる打ち手も豊富で伸び代がある領域。Toreruがこれからのデファクトになっていけるチャンスもある」(有安氏)

領域の良さに加えて、宮崎氏自身がこの業界に思い入れと情熱があり、なおかつ弁理士でありながらエンジニアとしてものを作れる力も持っている点に魅力を感じ、Toreruを法人化した2017年から同社を支援している。

ちなみに有安氏が投資先に提供している特典プログラムや、同じく株主であるOpen Network Labの投資向けパッケージにもToreruが含まれているが、スタートアップからは非常に好評だという。

今後は海外や特許への対応も検討

今後は海外対応(海外で文字やロゴの商標が登録できるかを調査できる仕組み)や、特許など別の権利に対応したプロダクトの開発も進めていくそう。商標に関しても期限が切れそうになったらアラートを飛ばしてくる機能など、「管理・更新」を自動化する仕組みを入れてアップデートしていく計画だ。

Toreruを筆頭に、以前紹介した「Cotobox」や「IP Samurai」なども含めて国内でも知財周りの業務や手続きをテクノロジーで変えていくプレイヤーが少しずつ登場し、業界も変わり始めている。

「まずはそもそも商標や知財に関して正しい認知を広げるための啓蒙活動も必要」と宮崎氏は話すが、これらのプロダクトが1つのきっかけとなり、スタートアップや中小企業と商標や知財の距離も縮まっていくのかもしれない。

アップル対クアルコム、4月の10億ドル訴訟に先立って別の特許裁判がスタート

Apple(アップル)がQualcomm(クアルコム)を訴えた。と思ったらQualcommがAppleを訴えた。するとAppleがQualcommを反訴。QualcommもAppleを反訴。

この2年、AppleとQualcommの関係はだいたいこういう具合に推移してきた。こうした特許訴訟は一部の市場でAppleにかなりの不便をもたらしている。2017年1月、AppleはQualcommのビジネスの核心的をなすIP(知的所有権)のライセンス料金を不当とする訴訟を起こした。その結果Appleは自社デバイスの製造にあたってQualcommのIPを避けることとなった。

このドラマは次第に興奮の度合いを強めており、いよいよ数週間後にクライマックスに突入する。つまりAppleの10億ドルの訴訟の審理が始まる。これに比べるとやや地味だがAppleがモデムでQualcommの特許を侵害していたかどうかを判断する裁判がサンディエゴ連邦地裁で開始される。

2017年半ばから2018年後半にかけて販売されたiPhoneの消費電力と起動時間の改善に関するこの事件を審理するのはDana Sabraw連邦判事だ。Reuters(ロイター)の記事によれば、Qualcommはこの期間に販売されたiPhoneの特許権侵害によって1台あたり最大1.41ドルの損害を受けたと主張しており、これが認められればQualcommは総額で数千万ドルを得る可能性がある。

Qualcommは、Appleに対してすでに小さな勝利を収めている。同社は、iPhoneの一部の機種についてドイツと中国で販売差し止めを勝ち取った。しかし中国での販売差し止めはまだ実行されておらず、Appleはドイツでは判決に従ってiPhoneに若干の修正を加えた。

原文へ

(翻訳:滑川海彦@Facebook Google+

韓国検察、サムスンの折り曲げディスプレー技術を中国企業に流出させたグループを起訴

韓国の検察は、サムスンのフレキシブルOLEDディスプレーに関する情報を中国企業に売り渡したとして、韓国企業Toptecの最高責任者と社員8人を起訴した。情報提供によりToptecは1380万ドル超を受け取ったとBloombergは報じている。

ディスプレイ関連の装置を製造するサムスンのサプライヤーであるToptecは声明で容疑を否認した。「我々の会社は決してサムスンディスプレーのテクノロジーまたは企業秘密を中国のクライアントに提供していない。法廷で真実を証明するために、あらゆる法的手続きをとる」。Toptecの株価はこの記事執筆時点で20%下落している。

サムスンのフレキシブルディスプレーと聞くと、今月初めに披露されたばかりのサムスンのまだ発売されていない奇妙な折りたたみスマホをおそらく思い浮かべるだろう。その折りたたみ角度が、かなり前の端末Galaxy S6 Edgeほど鋭角でなくても、サムスンはここしばらくフレキシブルディスプレーの開発に注力してきた。

かなりの中国企業がフレキシブルディスプレースマホの開発に取り組んでいるが、今回の起訴には中国企業は含まれていない。

韓国の国家的関心はサムスンの商取引と深く絡み合っていて、知的財産の中国への流出という脅威を、韓国は深刻に受け止めているようだ。我々はサムスンにコメントを求めている。

イメージクレジット: Justin Sullivan

[原文へ]

(翻訳:Mizoguchi)

「ごっこ遊び」のその先へーーオープンイノベーションのための“知財”活用

(編集部注:本稿は、経済産業省特許庁の企画調査課で企画班長を務める、松本要氏によって執筆された寄稿記事だ。なお、本稿における意見に関する箇所は、経済産業省・特許庁を代表するものではなく、松本氏個人の見解によるものである)

「オープンイノベーション」と聞いて何を思い浮かべるだろうか。技術や特許を誰でも使えるように開放する、スタートアップと組んで自前主義を脱却する、オープンソース、産学連携、はたまた、多様な属性の人材が集まり、デザイン思考的に潜在的ニーズを掘り起こして顧客体験を創造したり社会課題を解決したりするなど、さまざまなイメージが思い浮かぶことだろう。

昔ながらの知的財産に関わってきた人たちは、自社のコア・コンピタンス以外の部分を開放し、市場を創出しつつ利益を享受するという、いわゆる“オープン・クローズ戦略”との関係を強調するかもしれない。

オープンイノベーションという言葉自体は少なくとも2003年には生まれていたが、ここ数年でこの言葉がバズワード化しているように思う。このブームに乗り遅れまいと、さまざまな企業や団体がオープンイノベーションに取り組み始めているが、その様子を「オープンイノベーションごっこ」と揶揄される時もある。さらには、経るべき過程としての「ごっこ」の是非まで論じられるようになってきている。

オープンイノベーションという言葉に対する概念は、上で述べたように論者によって様々であり、それこそがオープンイノベーションに取り組もうとしている人々の議論がかみ合わない要因のようにも思えてくる。

オープンイノベーションに取り組もうとしている人たちは、その活動自体を「達成すべきもの」として自己目的化してしまってはいないか自分自身に問うてほしい。重要なのは、オープンイノベーションを目的ではなく、「単なる手法」として認識することだ。そして、その手法により何を得ようとするかの目的を明確にする。そこからがスタートである。

オープンイノベーションの本質は「知識の共有・創造・社会実装」

目的を明確に、という話はよく聞く話だ。では、目的さえ明確にすれば、すべてが上手くいくのかといえば、そんな簡単な話ではない。さまざまな定義を持ちうるオープンイノベーションにおいて、唯一共通かつ本質的なポイントは、複数の企業・大学や個人によって”知識の共有”が行われ、そこから新たな“知識が創造”され、さらには“知識が社会実装”されていくことである。つまり、知識をどのように共有し、どのように活かしていくか、ここが最も重要なカギになるのではないだろうか。

特許庁では、2018年4月、オープンイノベーションのための知的財産ベストプラクティス集 である「IP Open Innovation」と、企業間連携を行う際に必須となる、知的財産デューデリジェンスの標準手順書の「SKIPDD」をとりまとめ、同時に新規開設したスタートアップ向けサイトに掲載した。

なぜ特許庁がこのタイミングでこれを行ったか。それは、オープンイノベーションというバズワードが一人歩きし始めているなか、その本質たる「知識」を取り扱うための効果的なツールとして、「知的財産(必ずしも知的財産「権」のみに限らない)」を活用できるという気づきを広めたい、という思いからである。

ベストプラクティス集 「IP Open Innovation」

IP Open Innovationでは、目的が不明確で、ただ集まるだけといった「オープンイノベーションごっこ」は取り扱わない。「新規事業の創出」または「既存事業の高度化」のいずれかを目的とし、主にスタートアップとの連携によりその目的を達成しようとする企業の事例を対象としている。この2つの目的に応じた手法としてのオープンイノベーションを類型化した上で、知的財産の取り扱いや知財部門を含む組織体制のモデルなどをベストプラクティスとしてまとめている。本稿では、「新規事業の創出」を目指すケースについて、概要を紹介したい。

(1)「パートナーシップ型」からのスタート
当然ながら、新規事業には明確な技術的課題は存在し得ない。つまり、ニーズとシーズのマッチングという手法が通用しないのだ。そこで、まずアクセラレーションプログラムを開催したり、CVCによるマイノリティ出資を行ったりすることで、連携相手との緩やかな関係(パートナーシップ)を構築し、潜在的な顧客ニーズや社会課題、そして、それに対する回答を共に見いだせるスタートアップを発掘・評価することから始めることが考えられる。

発掘ステージでは、スタートアップの売り込みを待つだけでなく、積極的にみずから発掘していくことで成功の可能性を高めることができる。その手段として、技術・アイデアが集約された膨大なビッグデータである特許情報の活用は一考に値しよう。

知財部門には、主に先行技術調査を目的とした特許情報分析のノウハウが既にある。また、最近の特許情報分析ツールは急激に高機能化している。特許以外の情報、たとえば企業のIR情報などと組み合わせた分析も不可能ではないだろう。これらを活用しない手はない。

アクセラレーションプログラムなど「パートナーシップ型」の連携で生まれる知的財産は、連携先であるスタートアップに帰属させることが望ましいと考える。また、できるだけ早い段階から知財部門が事業部門やオープンイノベーション担当部門と密に関わり、簡易な秘密保持契約(NDA)やマイルストーンごとの契約見直しなど、進捗に伴うコミュニケーションを重視した条項の設定をサポートすることも重要だ。プロダクト開発だけでなく、契約においてもアジャイルな進め方によりスピード感を持って対応することが求められる。

(2)「共生型」または「コミット型」の選択
パートナーシップ型での連携によって新規事業が創出される可能性が高まってきたら、次のステージが待っている。事業化に向けて、増資や共同研究開発の拡大、人材交流の強化などを進めるとともに、連携先のデューデリジェンスを行うフェーズだ。この段階で、新規事業の展開にあたって、将来にわたって対等な関係で相互依存関係を深めていくのか(共生型)、もしくは、知的財産だけでなく人材をも取り込むためにM&Aなどによって連携先の経営に責任を持って関与していくのか(コミット型)を選択することになる。

ここでも、新規事業に関わる知的財産の取り扱いがポイントとなる。共生型とコミット型のいずれにおいても、少なくとも、下請け的に連携先を扱い、知的財産を全て自社側に帰属するようなやり方は通用しないだろう。共同保有とすることも妥協点としてあり得るが、利益配分やライセンス先の選定などにおいて調整が必要となり、双方とも自由度や迅速性が低下してしまう欠点がある。

そこで、原則として、アクセラレーションプログラムの時と同様、連携先のスタートアップに帰属することとし、共生型においては、自社が将来的に実施する可能性のある事業領域や進出先地域に関わる場合に限り独占的ライセンスを受けるなどの手法を検討してはどうだろうか。一方、コミット型を選択した場合、M&A後は基本的にすべての知的財産が自社のものとなることから、連携先への帰属についてはより容易に判断できるだろう。

(3)知財リスクテイクとサポート
本格的な連携に移行する前に実施するさまざまなデューデリジェンスの1つが「知財デューデリジェンス」だ。これは、価値評価およびリスク評価をハイブリッドした観点で実施される。ここで、特にシード・アーリー期のスタートアップは、知的財産の管理や戦略の策定と実行に十分な資金的・人的リソースを割けていない可能性がある。この点について、過度にリスクとして評価することなく、将来的なリターンを期待して一定程度リスクを取ることを検討する必要があろう。

情報の非対称性を悪用して強い立場から交渉を進めたり、スタートアップに過度の要求をしたりすることは、スタートアップが集まるベンチャー・コミュニティでの悪評につながる可能性もある。大企業やCVCが「選ばれる側」になりつつあるということを考えれば、それは大きな損失に繋がりかねない。

そして、その知財面のリスクを低減するために、自社がこれまで培ってきた知的財産に関する知見を活かし、スタートアップに対して冒頭で述べた知的財産のオープン・クローズ戦略や知的財産の管理体制などについて積極的に助言・支援することが有益である。スタートアップが第三者から侵害訴訟を提起された場合には、カウンターとして自社知財ポートフォリオを提供することなどもあり得るだろう。

オープンイノベーションでは、ベースとなる知財だけでなく、協業により創出される知財が非常に重要となってくることを考えれば、スタートアップの「これから」に期待したサポートの充実が、後にみずからの利益にもつながるのだ。

知財デューデリジェンスの標準手順書”SKIPDD”

SKIPDD(Standard Knowledge for Intellectual Property Due Diligence)は、その知財デューデリジェンスの具体的な進め方を説明した手順書だ。

オープンイノベーションの過程では、スタートアップへの出資や事業提携、M&Aを行う際、法務・財務・税務・ビジネスなどの観点から、対象会社の事業継続に関するリスクや投資額に見合う将来価値をもつか否かを判断するデューデリジェンスが行われる。知的財産に関しては、法務やビジネスに関するデューデリジェンスの一部として扱われることがあるが、オープンイノベーションの本質が「知識の共有・創造・社会実装」であるとすれば、知的財産の観点からの対象会社のリスク評価及び価値評価に正面から取り組む知財デューデリジェンスの必要性が理解されよう。

しかし、知財デューデリジェンスは他のデューデリジェンスと同様、その実施自体にコストや時間を費やす必要があることから、費用対効果を踏まえて調査範囲を絞り込むことが必要となる。そこで、知財デューデリジェンスの一般的なプロセスを理解し、調査すべき事項や相手方に開示を求めるべき資料などを精査して、知財デューデリジェンスを効率的に実施するための助けになることを目的として作成したものがSKIPDDなのである。

このSKIPDDは、利用者として知財デューデリジェンスを行う側だけを想定したものではなく、将来、知財デューデリジェンスを受ける可能性のあるスタートアップなどにも幅広く手にとってもらいたいと考えている。そもそも知財デューデリジェンスとは何か、どのように進められるものかについて概要を把握するとともに、調査される可能性のあるポイントについて評価を高めるための準備を行い、みずからの企業価値をPRする根拠として活用できるはずだ。

より洗練されたオープンイノベーションに向けて

本稿で紹介したIP Open InnovationとSKIPDDは、決して机上の空論から作られたものではない。さまざまな関連情報を収集するとともに、国内外企業の実務家や有識者、知財や法律などの専門家に対する幅広いヒアリングを行うことで生まれた極めて実用的なツールである。さらに、SKIPDDについては、オープン検証のプラットフォームであるGitHubを活用するなど、できるだけ実態に基づいた内容となるように作成した。

しかし、これらのツールは新規事業の創出や既存事業の高度化に向けたオープンイノベーション、そして知財デューデリジェンスについて、すべてのケースを網羅して確実に成功するモデルを提示するものではない。これら2つのツールをきっかけとしながらも、大企業やスタートアップ、知財専門家、投資家など、エコシステムを構成する当事者らがみずからのケースに合わせて独自の手法を編み出し、ひいてはオープンイノベーションの手法が洗練されていくことに期待したい。

著作権管理ブロックチェーンのBindedが、朝日新聞などから95万ドルを資金調達

Bindedは、ブロックチェーンを使う公開データベース上に著作権の恒久的な記録を作ることによって、写真家が自分の知財を容易に保護できるようにする。

それまでBlockaiという名前だった同社は、今日からBindedになる。テクノロジーっぽい名前から、ユーザーが得る利益、すなわち法的拘束力(binding)のある記録を作ること、を前面に打ち出した名前に変えたのだ。これなら、ビットコインやブロックチェーンを知らない人たちにもアピールするだろう。

ついでに同社は今日、新たな95万ドルの資金調達を発表した。その投資家は、Mistletoe, Asahi Shimbun, Vectr Ventures, M&Y Growth Partners, Tokyo Founders Fund, そしてSocial Startだ。Mistletoeを率いるTaizo Sonはゲーム企業GungHoの創業者で、SoftBankのMasayoshi Sonの弟、Asahi Shimbunは日本の新聞「朝日新聞」だ。これでBindedの資金総額は150万ドルになる。

BindedのCEO Nathan Landsは、日本の投資家が顔を揃えたことで、同社が著作権管理のグローバルスタンダードになる道が拓(ひら)けた、と示唆している。

なぜそんなスタンダードが必要なのか? さよう、たとえばアメリカの場合なら、作品は作られたときから著作権を有するが、それが法的効力を持つためには特許庁に権利を登録しなければならない。Landsが主張するBindedのメリットは、それが権利発生と法的有効化との中間に位置する点だ。登録に比べると時間もお金もかからないが、それでも第三者による記録として法的価値を持ちうる。

“著作権というものを簡易化し大衆化したいんだ”、と彼は述べる。

その主張に即してLandsは、Bindedのコアプロダクトを“つねに無料”、としている。そして今後加えていくさまざまなサービス…登録代行など…を有料化して、収益源にするつもりだ。

[原文へ]
(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))