スマホ上の指の動きで性格診断―、HR TechのIGSがシリーズAで2.5億円を追加調達

あなたは外交的ですか? と聞かれてイエス・ノーと答える性格診断って意味が分からないよね。それが「コミュニケーション能力」を求める企業への就職活動の一環なら、答えはイエス以外にないし、実際就活生の8割は「外交的」と答えるそうだ。けれど、これをスマホでやると、一瞬の迷いとか指の軌跡からまた違った診断が可能なのだそうだ。

そんなテクノロジーを使ったスタートアップ企業のIGS(Instution for a Global Society)が今日、慶応イノベーション・イニシアティブ(KII)とみやこキャピタル(京大ファンドの認定運営事業者)からシリーズAラウンドとして合計2.5億円の資金調達を実施したことを発表した。これまでIGSは2016年9月に東京理科大インベストメント、東京大学エッジキャピタルから3.5億円を調達していて、累計6億円の資金調達額となる。IGSは2010年の創業で、元々は自己資本で教育コンサルをしていた。

IGSは主に2つの事業を展開している。

スマホによる診断では指の動きも見ているそう

1つは2016年にスタートした採用支援の「GROW」で、もう1つは2014年スタートのオンライン英語システム「e-Spire」。いずれも人工知能活用をうたう。

GROWは、周囲の人々に能力や適性を評価してもらう「コンピテンシー360度評価システム」や潜在性格診断をもとに、新卒採用スクリーニング、組織分析のサービスを提供。現在、大手企業を中心に50社以上の導入実績があるという。冒頭に書いたようにスマホ上で指の動きをみるのが特徴だ。

例えば「Big 5」と言われる心理学で良く用いられる性格診断テストでも、自分を偽れる。ただ、実際に回答しているときの身体反応をみると嫌悪感は隠せない。かすかに反応が遅れるとか、ちょっと左に動くとか、そうしたことが起こる。完全なポーカーフェイスというのは無理なのだそうだ。といっても嘘を見抜くのが目的というわけではない。内向的でも活躍できる職場・職種はあるわけで、そうしたマッチングをするのが目的だ。適合率をみて企業に推薦するといったサービスを開始しているという。ちなみに「気質」自体は生まれつきのものであっても、社会的コンピテンシーというのは本人の自覚や努力で獲得できる。これが「成長」だというのがIGSが考えるところだとか。

組織の360度評価では、各自個人で30個のパラメーターを確定する。このとき、GoogleのPageRankように評価者の実績も反映するなどして評価者の評価を補正するようなデータ分析をしているのがIGSの強みという。こうしたパラメーターを見た上で、たとえば「メンター・メンティー」の組み合わせとして「論理的思考の強い人は、メンターに論理的思考の強い人を組み合わせたほうが良い」などという人材最適配置ができるそうだ。

オンライン英語システムのe-Spireは、TOEFLの問題形式を意識した学習コンテンツと教員向けモニタリングツールを提供している。2017年6月からは人工知能による英語エッセイの児童採点機能を搭載していて、スーパーグローバルハイスクールや国際バカロレア認定校を中心に13校に導入されているそうだ。

「エンゲージメント」をキーワードに日本のHR Tech事情を考える——TechCrunch School #10 HR Tech最前線(2)

HR Techをテーマとしたイベント第2弾として7月21日夜に開催された「TechCrunch School #10:HR Tech最前線(2) presented by エン・ジャパン」。二部構成のうち、キーノートセッションで海外のHR Tech動向を概観した後は、日本のHR Tech事情を、サービス提供側と働くエンジニアの側の双方の視点で読み解くパネルディスカッションが行われた。

登壇したのは次の3人。1人目はエン・ジャパン執行役員の寺田輝之氏。無料で採用ホームページや求人情報が作成できるクラウドサービス「engage(エンゲージ)」を提供するエン・ジャパンでは、採用のミスマッチを防ぐために「RJP(Realistic Jpb Preview)理論」、すなわち“ポジティブなこともネガティブなことも、すべての情報をゆがめることなく求職者に伝える採用のあり方”を提唱している。「伝統的なリクルーティングと違って、RJP理論に基づくリクルーティングでは、会社や仕事について良いこともネガティブなこともきちんと伝えることで、期待とのギャップが少なくなり、不満が生まれにくい」(寺田氏)

エン・ジャパン執行役員の寺田輝之氏

また寺田氏は、求職者が転職する際、コーポレートサイト、企業HP内の採用ページの他に、口コミサイトや口コミ検索で企業を調べることが多いと言う。「RJPを意識したら、企業の採用情報発信はどうあるべきか。求人サイトなどでは他社と横並びで比較されるため、情報発信は魅力的に行うべき。一方で求職者が口コミも見に行くことを考慮すると、企業口コミサイトには、日ごろから社員に本音を書いておいてもらうのがおすすめだ。そうした場として、エン・ジャパンでは口コミサイトの『カイシャの評判』を運営している。そして自社ホームページの採用情報には、会社や仕事のリアルな情報を掲載しておくとよいだろう」(寺田氏)

2人目の登壇者は、SCOUTER共同創業者兼代表取締役の中嶋汰朗氏。HR Techのスタートアップとして、2016年4月からCtoBの人材紹介サービス「SCOUTER」を運営する中嶋氏は「リファラル(社員紹介)採用の延長としてのソーシャルリクルーティングを、サービスとして提供している」と説明する。

SCOUTER共同創業者兼代表取締役の中嶋汰朗氏

「人材紹介市場の規模は6年連続で成長している。しかし“どんな企業でも欲しい人材”にとっては、面談の手間やエージェントを選べないことなどから、人材紹介サービスに登録するメリットがデメリットを上回る構造になっている。このため、良い人材ほど転職潜在層にいることが多い状況だ。SCOUTERは、身近な転職者を企業に紹介して報酬を得られる、副業型エージェントのサービスで、こうした潜在層を企業と結び付けている」(中嶋氏)

人材紹介会社やヘッドハンターが紹介の報酬を得るためには、厚生労働省が許認可する有料職業紹介免許が必要だが、SCOUTERでは紹介者であるスカウター(ヘッドハンター)と雇用契約を結んで、副業であっても、SCOUTERの従業員として紹介を行っている。詳しくは以前の記事でも紹介したが、採用が決まれば紹介者のスカウターには報酬が支払われ、企業は手数料をSCOUTERに支払う、というビジネスモデル。現在、登録企業が約700社、掲載求人数が約2400件、スカウター数は約2500名まで増えているそうだ。

そして働く側の視点も持つパネリストとして登壇したのは、プロダクト・エンジニアリングアドバイザー(フリーランスコンサルタント)の及川卓也氏。及川氏はMicrosoftでWindowsの開発、GoogleではWeb検索などのプロダクトマネジメントとChrome開発に携わった後、プログラマ向け技術情報共有サービス「Qiita」を運営するIncrementsへ転職。その後、今年6月に独立して、企業やNPOなどへの支援を行っている。

プロダクト・エンジニアリングアドバイザー(フリーランスコンサルタント)の及川卓也氏

「プロダクトマネジメントとエンジニアリングを両方経験したことを生かして、現在は、エンジニアの採用や採用後の育成、評価制度の導入、エンゲージメント確立といった『エンジニアの組織作り』、『プロダクトマネジメント』、そして『技術アドバイザー』の3本柱で、企業や団体の支援を行っています」(及川氏)

職務経歴書を書くのが苦手な日本人

TechCrunch Japan編集長の西村賢がモデレーターを務めたこのパネルディスカッションでは、HR Techを考える軸として「採用→教育→評価」の3つのフェーズを取り上げた。3つに共通して重要なのが「エンゲージメント」だ。

寺田氏は「採用も教育も評価もエンゲージメントを高めるためのやり方」だと話す。「(採用フェーズで)スキルマッチができていること、カルチャーフィットができる教育、エンゲージメントをキープするための評価のそれぞれが大切」とした上で、寺田氏はエン・ジャパンの「入社後活躍研究所」の調査結果を引用して「入口として重要なのは採用だ」と言う。

「日本の場合は“ミスマッチのない採用”が採用した人材が早期に活躍する、つまりエンゲージメントを高めるためには最も大切だと考える人が多い」(寺田氏)

一方で採用時のミスマッチをなくすために、採用される側にも求められる“表現力”の方はどうだろうか。

MicrosoftとGoogleにそれぞれ9年間在籍した経験を元に及川氏は、グローバル企業における日本人メンバーの特徴として「メンタリティ的にあまりアピールしない」点を挙げる。「グローバル企業は、世界のどのオフィスも同じシステムを使い、同じカルチャーを目指す企業が多い。そういう企業の場合は、日本法人にも、日本人以外や典型的な日本人じゃない人が多いこともあって、グローバルで採用されているHR系のツールもきちんと利用できていることがほとんど。だが、日本人の自己評価シートや360度評価でのアピールはどうしても控えめになってしまうこともあり、アメリカ人などと比較されると弱い。そのため『やったことは全部書く』ことを強く意識する必要がある。日本人的な謙虚さという美徳は通じない。さらに、メジャラブル(測定可能)なゴール設定・評価をやらないと埋没してしまうので、そこも気をつける必要がある」(及川氏)

「SCOUTERでは今、5000人の人材データが集められている」という中嶋氏は「優秀な人に限って、SNSでのアピールをしていない」と明かす。ではSNSを使った人材流動性が高まっていないのかと言えば、「『Wantedly』のプロフィールはちゃんと埋めている人が多い」のだと中嶋氏は言う。

及川氏は「日本人には転職に対してネガティブなイメージがある」と指摘する。「デザイナーなら、作品をまとめたポートフォリオを用意して、常にアップデートしているが、他の職種でも同じようにポートフォリオを持って、常にアップデートすることが大事だ。ただ、そういうことをしたり、LinkedInをアップデートしたりしていると、日本では『転職活動している』と思われがち(笑)。LinkedInは以前は英語ばかりだったこともあって、外資企業に行きたい人しか使わなかったし、日本にいる怪しい外資専門ヘッドハンターによるネガティブなイメージもあって避けられるようになったかも」(及川氏)

寺田氏も「日本では、レジュメ(職務経歴書)やジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を書くのが苦手なケースが多い」と言う。「管理部門やセールス部門などでは特に、スキルを一般化できない人が多い」(寺田氏)

日本企業での雇用のスタイルが、必要な職務に合わせて人材を確保するジョブ型ではなくメンバーシップ型で、人柄を重視する採用が行われることも、レジュメをデザインしようという発想を失わせる原因かもしれない。

採用側も成果が明確じゃない——日本の課題とHR Tech

では、海外のHR Techサービスはそのまま日本に持ち込めるのだろうか。それとも文化や雇用慣行の違いで、うまく当てはまらないのだろうか。

中嶋氏は、「そもそも日本の企業は、採用した後、その人がその会社にいる間に、何をやっているか、何を成し遂げているかを言語化できる仕事を与えているか、という考え方をしなければならない」と語った。「採用した人がいつまでいるのか、いつまでいるべきなのか、その期間を果たして採用する側が把握しているのか。その間に、何を(会社が)提供するのかをコミットメントしないと、(転職するにしても)外にも出づらくなる。採用側が『どこまで約束できるか』と意識を変えないとまずい」(中嶋氏)

Googleが使っていたHRツールは自社開発しているものも多く、外販さえ可能な使いやすいものも多かった、という及川氏は「日本企業に多いメンバーシップ型雇用の主な目的は安定雇用であるため、ジョブ型雇用を採用する企業向けの評価ツールを使うメリットはあまりない。ジョブ型の評価システムを採用している企業であるならば使うメリットはある」と言う。評価システムについて「外資はやはり厳しい評価制度を持つところも多いが、それはその企業とのミスマッチを見つけるためのもの。ミスマッチ、すなわちその企業内において評価が悪いということはそれが『エンジニアとしての能力が絶対的に低い』とは限らない。その会社が合わなければ出て、その後、他の企業で活躍できれば、それは本人はもちろん、その人が出た企業にとっても、入った企業にとっても、さらには業界にとっても、その人が開発したプロダクトなどを使えるお客さんにとってもいいこと。そういう意味では、本人も含めて活躍できる場と出会うための評価システムとも言える。ただ日本では、そのような評価システム、さらにはそのベースとなるジョブ型雇用が定着していないので、そのままではツールは使いこなすのは難しいだろう」(及川氏)

及川氏は「本来は、採用基準イコール評価基準であるべき。評価システムがまわっていない企業に採用はできない」とも付け加えた。

現在10カ国以上のメンバーをかかえるエン・ジャパンの寺田氏は、そうした日本の状況について「採用側も成果が明確じゃない、ということではないか。結果的にジョブ・ディスクリプションが書けない人が増えていき、人柄の話になっていくのではないか」と指摘する。

中嶋氏も「本質的なスキルと面接で評価されているところが、かけ離れている。求めているものがあいまいで、具体化されていないからだろう」と話す。

税務や会計など、テクノロジーを導入してしまうことで、仕事の進め方が変わる、というようにツールが企業に変化を促すケースもあるが、人材の分野でもこうしたことはあり得るのだろうか。

寺田氏は「よくあるのは、人事部が会社全体にひとつのツールを入れようとするパターン。そうではなく、エンジニア、セールスなど、それぞれの部門に合ったツールを入れていくやり方になっていけば、ツールは普及するのではないか」と言う。

日本で開発されているHR Techツールについて、中嶋氏は「小さなサービスはますます増えて、不足している機能の隙間は埋まっていくと思う。小さなところの方がプロダクトの立ち上げ方が早いですし」と話す。SCOUTERでのプロダクトの作り方については「海外の(ソーシャルリクルーティングの)モデルを、日本向けにかなりカスタマイズした」と中嶋氏。「中国のサービスは『登録すればカネになる』『紹介すればカネになる』と金銭重視だし、アメリカでは採用側が『こういう人をヘッドハンティングしてくれ』と求人が先に出てくるものが多い。だから日本では『人ありき』でプロダクトを作った」と言う。「日本でも、データを多く集められたところからプロダクトが大きくなっている。我々もプロダクト(の対応分野)を広げようとはしている。機能の穴はたくさんあるので、まだまだやれるところはあると考えている」(中嶋氏)

まだまだ発展途上、日本のHR Techは今後どうなるか

“日本らしい”HR Techとして、今後伸びそうなジャンルはどういったものになるのだろうか。

及川氏は「評価制度、評価システムだ」と言う。「いくつかの会社が評価制度導入を支援しているが、今あるもののは多くはスタートアップには重厚長大すぎる傾向がある。また評価制度の基礎となるのは、その会社のビジョンやミッション、そしてコアバリューなのだが、特にコアバリューはどの会社も似たようなものに成りがちである。このコアバリューもトップダウン的に創業者や経営陣が理想を掲げるというアプローチだけではなく、ボトムアップ型、リバースエンジニアリング的なアプローチがあってもよい。たとえば、エンジニアなら、スタックランキング(社員の格付け)を作ってもらうのも手だ。なぜかというと、スタックランキングとともに、なぜあるエンジニアの評価を高くしたかを説明してもらったときに、『あの人はコーディングが早い』『この人はコーディングが遅い』というように“コーディングの速さ”が頻繁に共通するキーワードとして出てくるなら、それはその企業のコアバリューの1つとしてプロダクティビティがあると考えられる。このようにいくつかの共通キーワードを抽出していくことでコアバリューを作り上げ、それを評価制度に取り入れればよい」(及川氏)

寺田氏は「関係性を作れるサービス」が伸びそうだと考える。そのわけを寺田氏は「今後労働人口が減っていく中で、関係性の維持は重要だ。転職した人の数は平成25年で484万人いて、そのうちの約30%は広告経由での転職だが、実は縁故も(約25%と)多い。だから効率化でなく、関係性を築くサービスにも注目している」と話している。

「社内でも社外でも、関係性を作れるということで言えば、SCOUTERも、キーノートで登壇した鈴木さんのところのアルムナイリレーションも面白い。関係性を作れるサービスには、コミュニケーションツールも含まれる。『CYDAS』の社員同士のエンパワーメントができて、お互いを知り、己を知るツールも伸びていくんじゃないだろうか」(寺田氏)

「エンゲージメントは、日本語にすれば“絆”と言ってもいい。愛社精神、というと前時代的でちょっとイヤな感じもするが(笑)、絆があることで、居場所を自分たちで作る意識が強くなっていくと思う」(寺田氏)

スタートアップ企業にも、HR Techは必要だろうか。この問いに及川氏は「絶対必要だ。採用では特に」と言い切る。「個人情報が絡むので、ちゃんとしたツールを入れるべき。スプレッドシートなんかでやると、アクセス権を設定するのが大変になる。また、多段階の採用面接などでは、バイアスがかかるので、前に面接した人は評価した内容を次に面接する人に伝えるべきではない。こういうときにATS(採用管理システム)なら、はじめから適切なアクセス権設定が行える」(及川氏)

中嶋氏も「最初にツールを入れておかないと後で大変になる」と、スタートアップである自身の経験から述べる。「ツールを入れていた部分もあるが、社員数が4倍になって、入れていなかった部分で大変になっている。ツールは成長のスピードに合わせて変えていくべきだ。『導入したけど使ってない』といった問題もよく見るが、ルールを設けなければ続かないもの。ツールは最初に入れる、運用は最初は(経営者が)細かく見る、習慣化されるまで続ける、ということが必要」(中嶋氏)

寺田氏は「起業しても小さいままでいいならツールは入れなくてもよいが」としながらも、やはり「スタートアップから発展させて成長したいなら、絶対に入れた方がいい」と言う。「スタートアップでは、投資できる期間や金額が限られている。どういうサービスになり、どうあるべき姿になりたいのかを考えて、今やれることを逆算して、適切なものを順番に入れていくことが大事だ」(寺田氏)

最後に日本のHR Techについて、中嶋氏は「日本のサービスはまだまだ発展途上だと考えている。一方、企業の方でも、今の組織の課題が本当にどこにあるのか、共通認識を企業として持たなければ、ツールが使いこなせない。人事権の持ち方、経営者の問題認識などは、会社によってさまざま。それを明確にすることが大切だ」とした。

また、寺田氏からは「どんなツールを使うかの前に、企業としてどうなりたいかが大事。採用は目的ではなく、その手段」とのコメント。「エンゲージメントを高める必要があるなら、様々なツールを駆使して必要なことをとことん、いろいろやっていくべきだ」(寺田氏)

海外人材コンサルのプロが語った海外HR Techトレンド、9つのポイント——TechCrunch School #10 HR Tech最前線(2)

3月の「TechCrunch School #9:HR Tech最前線」に続き、HR Techをテーマとしたイベント第2弾として7月21日に開催された「TechCrunch School #10:HR Tech最前線(2) presented by エン・ジャパン」。イベントは海外のHR Tech市場のトレンドを探るキーノート講演と、日本の現状やこれからのHR Tech動向を読み解くパネルディスカッションの二部構成で行われた。

海外HR Techの最前線を概観するキーノート講演では、ハッカズーク・グループ代表の鈴木仁志氏が登壇。北米のサービスを中心に、日本には入ってきていないサービスも含め、海外のHR Tech事情とトレンドを紹介した。

ハッカズーク・グループ代表の鈴木仁志氏

鈴木氏は人事・採用のコンサルティング・アウトソーシングのレジェンダ・グループのシンガポール法人で、最近まで代表取締役社長を務めていた。海外のHR Tech動向に明るく、TechCrunch Japanでも以前、HR Tech Conferenceのレポートを寄稿してくれたことがある。

レジェンダ時代には、顧客の採用・人事制度のコンサルティングを業務として行うほか、経営者として人事を見る経験もあり、候補者リレーションや従業員との人事エンゲージメントも手がけていたそうだ。2017年7月レジェンダを退職してハッカズークを設立し、「社員が辞めた後も含めた、会社と社員の絆を永続化させたい」との思いから、会社とアルムナイ(会社のOB/OG)をつなぐプロダクト「Official-Alumni.com」を開発中で、現在事前登録を受付ながらアルムナイに特化したメディア「アルムナビ」を運用している。自身がアルムナイとなったレジェンダには、フェローという立場で関わり続けている。

講演では、鈴木氏が海外HR Techのトレンドから9つのポイントをピックアップ。人事イベントの時系列を横軸に、企業規模を縦軸に取った「HR Tech『ゆりかごから墓場』マップ」を見ながら、それぞれのトレンドを解説した。

ポイント
1. Engagement is KINGだ。 エンゲージメント・ツールが来る
2. HR Techは「プロセス・ツール」から「エクスペリエンス/エンゲージメント」に
3 .「ヘルスケア」「Well-being」関連が来る

鈴木氏によると、海外HR Techで最もホットなキーワードは「エンゲージメント」だとのこと。「全てのHR Techはエンゲージメントに通じる。社員のエンゲージメント管理がツールとしては一般的だが、採用候補者のエンゲージメント、アルムナイのエンゲージメントを高めることも重要になっている」(鈴木氏)

「社員を対象としたエンゲージメント・ツールには、エンゲージメント向上とエンゲージメント測定を目的としたものがある」と鈴木氏。オーバーラップする部分もあるが、マップ上では「Recognition(レコグニション:社員の承認・表彰サービス)」「福利厚生」「Well-being(ヘルスケア/健康管理)」のエリアに配置されているツール群がエンゲージメント向上ツール、その下の「カルチャー・エンゲージメント測定/ワークフォース分析」のエリアに配置されているのが測定ツールに当たる。

エンゲージメント向上ツールとエンゲージメント測定ツール

「ソーシャルレコグニション・ツールには、ピア・ツー・ピアで『ありがとう』を伝えるもの(「Achievers」など)や、360度評価の中でボーナスポイントを相手に付けられるもの(「Bonusly」など)といったものがある。福利厚生サービスでは、「AnyPerk」(2017年4月に社名をFONDに変更)のカフェテリアプランはよく知られているだろう。ヘルスケア/Well-being関連の「Virgin Pulse」はVirginグループ傘下のサービスだ。ウェアラブル端末とアプリのセットというのが王道で、B2Cの個人向けで主流なFitbitなども、一時は株価低迷で苦戦していたが、市場でBtoBサービスに脚光が当たる中で、エンゲージメントを高める施策を提供していることが再評価されている。Well-being分野が盛り上がっている背景には、企業のヘルスケア部分のコストが下がる効果もあるが、社員のエンゲージメント向上がより注目されていることも理由となっている」(鈴木氏)

こうしてエンゲージメント向上に寄与するツールが多く導入されるようになったことで、「向上したかどうか、当然測定もしなければ、ということで、測定ツールの導入も増えている」と鈴木氏は説明する。

ポイント
4. 細分化されたスタンドアローンサービスが増える一方で、システムの統合が起きる

「日本のスタートアップで言えば、『freee』が会計だけでなく、給与計算から労務管理まで幅を広げてきたようなプラットフォーム統合が、海外のHR Techでも盛んに起きている」と鈴木氏は言う。「小規模でも大規模でも起こっているのが、これまでになかった機能の隙間を埋める新しい機能が提供されて、機能の細分化が起きた後に、それらが統合される動きだ」(鈴木氏)

再び「ゆりかごから墓場」マップを眺めてみよう。「実線は買収の動きで、例えば(マップ右上の)ORACLEは2004年に評価・育成システムのPeopleSoftを買収、そして2012年には採用管理システムの『Taleo』を買収して、採用から評価・育成まで対応する統合型人事管理システムを提供するようになっている。このような買収は、持っていなかった機能を追加して領域を拡大する場合だけでなく、すでにある機能をリプレイスして改善することもある。」(鈴木氏)

また買収に加えて、freeeのようにサービスを広げていくことで、システム統合を図る傾向もあると、鈴木氏は話す。「マップの破線は提供する機能を増やして領域を拡大したサービスのほんの一例。福利厚生サービスから始まったAnyPerkが現在は社名をFONDに変え、レコグニションサービスの「FOND」やカルチャー・エンゲージメント測定サービスの{EngagementIQ」も提供するようになった。これはある種、当たり前とも言える動きで、エンゲージメントを高めるサービスを提供する会社は、エンゲージメントを測定する機能も提供しよう、ということになるし、逆にエンゲージメント測定サービスの提供側は、エンゲージメント向上機能も提供するようになる、ということで、このような領域拡大はここでは表しきれないくらい頻繁に起きている」(鈴木氏)

「(ERPクラウドの)『Workday』も、2014年までは採用管理システムは扱っていなかったが、今ではリファラル採用(社員などによる紹介採用)まで扱うようになっている。リファラル採用やビデオ面接などスタンドアローンプレイヤーが多く存在する分野については、採用管理システムの『Jobvite』も対応を広げているほか、フリーランスなどの管理プラットフォームを提供するフランスの『PIXID』が今年、ソーシャル・リファラル採用ツールの『ZAO』を買収する動きもあった」(鈴木氏)

採用管理ツールについてはこのイベントが行われる数日前の18日に、Googleが新サービス「Hire」を公開したことも話題に上った。「GoogleがHireで採用管理システムの領域に進出したが、過去にもCRMやオフィスツールを提供している『Zoho』が採用管理システムに進出したように、人事系システムを提供していない会社が採用管理システムに進出することはあったとにかく、HR Tech分野では、歴史的にスタンドアローンサービスが機能の隙間を埋めるように生まれては、統合を繰り返している」(鈴木氏)

ポイント
5. Data-Drivenだ、 Big Dataだ、 Bigger Dataだ、 Real-time Dataだ、 Reliable Dataだ
6. ディスラプティブな評価ツールが来る

続いては、データドリブンへの潮流と、評価ツールについて。人事管理でも、クラウドツールを使うのは当たり前となった今となっては、ビッグデータ分析から、さらにリアルタイム性のあるデータが求められている、と鈴木氏は話し、評価ツールを一例にあげた。「パルスサーベイ(短いスパンで簡単な質問を繰り返し社員に行う意識調査)を実施することで、常にリアルタイムに把握し、評価・教育にタイムリーにつなげることが大切になっている」(鈴木氏)

一方、Reliable Data(信頼性の高いデータ)を収集することは、人事ではなかなか難しい、とも鈴木氏は言う。「社員が人事に提出する自己申告データはバイアスがかかりやすい。例えば『もう転職しよう』と思っている社員が『会社にどの程度不満がありますか?』と質問されたら、『すごく不満がある』という選択肢は選ばずに『まあまあ』ぐらいを選ぶ可能性が高いでしょう? 意図がバレればバイアスがかかる。単に頻度を高めてもバイアスがかかっては意味が無いので、どうするか。複数のデータを合わせることで信頼性を高められる。プライバシー問題もあるので簡単ではないが、評価データや自己申告データに加えて、ウェアラブルツールによる脈拍のデータとか、会話分析による感情分析とか、ビッグデータを増やしていく方法です」(鈴木氏)

鈴木氏は「できる人事は昔から情報通だった」と言う。「事業部門で厳しかったマネジャーが、人事部門に配属されたとたんに冗談を言うようになって、会社のあちこちに頻繁に顔を出して、無駄話をしていくようになった、なんていうことはよくあること。これは社員に警戒させないように接することで、社員の本音や人間関係などのデータがたくさん入ってきやすいようにしているわけです」(鈴木氏)

ポイント
7. 採用管理システムの大量乗り換えが来た
8. AIだ、 RPAだ

次のトピックは、採用管理システム分野の動向、およびAIやRPA(Robotic process automation:ロボットによる定型業務の自動化)と採用業務との関係について。

「リファラル採用もそうだが、採用手法が変化したことによって、採用管理システムのワークフローが変わり、リプレイスにつながっている。これは、候補者のエンゲージメントを高めるために、UI/UXを追求することが必要になってくるためで、その時その時に主流の採用方法に合わせて作ったツールの方が実際のプロセスとの相性が良いからだ」(鈴木氏)

例えば、TaleoやJobvite、「iCIMS」といった採用管理システムはいまだに大きなシェアを持ってはいるが、最新の採用手法に合わせるために新機能を常に追加している状況だと鈴木氏は言う。「プロセス中心だったシステムに新機能を追加していきながら、UXも高めるというのは難しいことだ」(鈴木氏)

そうした中、後発として現れた「Greenhouse」や「Lever」は、「Airbnb」や「Evernote」、「Shopify」といったジャイアントスタートアップと一緒に成長できたと鈴木氏は話す。「Taleoなどを使っているユーザー企業はデータが多く、マイグレーションが大変だった部分もあってリプレイスはなかなか進んでいなかったが、こうした新しいサービスへの乗り換えが始まってきている」のだという。

企業規模と、候補者集めや採用のためのツールとの関係については、鈴木氏はこう述べる。「コードベース採用は1名からでも使える手法だ。クラウドソーシングも企業規模と関係なく利用できる。だが、タレントアグリゲーション(候補者のリストアップサービス)はどうか。リクルーター業務がRPA的に自動化されていて、候補者からエンゲージメント高く返事をもらうにはよい仕組みだと思う。ただ、小さい会社が、タレントアグリゲーションサービスを使う必要はないかもしれない。とはいえ、タレントアグリゲーションなど大手向けのサービスについて、『どういう仕組みでこれをやっているのか』をひもといていって、例えば(SNSからの人材ピックアップなどRPAがやっていることを)手動でやるとか、分解していくと小さい企業にとっても参考になるだろう。こういった自動化されているサービスは、ベストプラクティスやプロリクルーターのナレッジの集積だ。」(鈴木氏)

ポイント
9. Contingent Workforceだ、 Agile Workforceだ、 Gig Economyだ

最後に取り上げられたのは、オンデマンド雇用や副業、クラウドソーシングも含んだ柔軟な雇用「Gigエコノミー」についてと、採用とアルムナイリレーションとの関係について。“採用活動における候補者リレーションに始まり、社員リレーションを経てできたつながりが、辞めたらなくなるのはもったいない”ということで、会社OB/OGとの関係を考えるのがアルムナイリレーションだが、このアルムナイリレーションは、採用とも関連するのだと鈴木氏は言う。

「『出戻り』とも言われる再雇用や採用候補者をOB/OGに紹介してもらうなど、アルムナイと採用が直接関係するケースも、もちろん増えている。さらに(正採用だけでなく)Gigエコノミーの中でもアルムナイとのつながりは大切だ」(鈴木氏)

「アメリカではフリーランスの割合が40%だが、日本では10%。Gigエコノミーの中心になっているのは、就業時間外に副業で業務を行う『ムーンライター(moon lighter)』だ。PIXIDなどは、そうしたムーンライターやフリーランスの管理ツールも作っていて、それが採用につながっている」(鈴木氏)

また鈴木氏は、クラウドソーシングやフリーランス活用により、人事のくくりが変化している、とも指摘する。「フリーランス支援ツールの『Bonsai』などを見ていると、人事の仕事が採用というよりも、購買やプロジェクトマネージメントと重なってきている。そういう動きの中でも、アルムナイとのつながりは重要になってくると考えている」(鈴木氏)

最後に、鈴木氏の講演資料をまとめ他Slideshareを紹介する。また後半のパネルディスカッションについては後日レポートする予定だ。

「SmartHR」利用企業が1年半で5000社を突破、8000人規模の企業での採用も

SmartHR(旧社名:KUFU)は6月19日、労務管理クラウド「SmartHR」の利用企業が、6月12日に5000社を突破したと発表した。また同時に、7月4日より、社会保険の「算定基礎届」の電子申請機能を公開することも明らかにした。

SmartHRは労務関連の書類自動作成、オンラインでの役所への申請、人事情報、マイナンバーの収集・管理やWeb給与明細などの機能を備えたクラウド型の労務管理ソフトウェア。2015年11月の正式版リリースから約1年半で、利用社数が5000社を突破したことになる。

SmartHRでは、従業員5名以下の小規模企業を対象とした「¥0プラン」を2016年9月に提供開始することで、利用の裾野を広げる一方、従業員1000人以上の企業による導入も増えているそうだ。複数店舗が多い業態の飲食チェーン、アパレル業、宿泊業のほか、農園、寺院、新聞社など、IT以外の業種での採用もあるという。

特にアパレル、飲食チェーン、宿泊業など、複数店舗が多い企業での導入が進んでいることについて、SmartHRでは「本社にバックオフィスを集約していること、各店舗の店長には労務知識がないが、本部とスタッフとのやりとりには店長をはさむことが共通している。スタッフも店長も本部も多忙で、(人事労務情報のやり取りのための)印刷代、郵送代などのコミュニケーションコストが高くついている。そうした中、SmartHRでは情報収集機能や、人事マスター機能、閲覧や操作の権限管理機能を強化していて、そこがニーズに合致したのではないか」と分析している。

5月には、飲食チェーン「てけてけ」や「the 3rd Burger」など57店舗を展開し、従業員約1700人を抱えるユナイテッド&コレクティブでの導入が発表されたほか、8000人規模の企業による採用も決定しており、その他、数千人〜1万人を超える従業員数の企業からの導入決定や検討も進められているそうだ。

また7月4日には、SmartHRに「算定基礎届」の電子申請機能が追加される。これにより、7月10日が申告期限となる「年度更新」「算定基礎届」の2つの手続きで電子申請に対応、ペーパーレス化を実現する。「年度更新」については申告と合わせて労働保険料の納付が必要だが、通常、労働基準監督署や金融機関の窓口で行う支払を、SmartHRからネットバンキングで行うことができる。さらに今回の「算定基礎届」の電子申請対応により、手続きをパソコンだけで完了させることが可能となる。

SmartHRでは、こうした機能追加・改善による各種手続きの利便性向上や、人事マスタ機能の強化に加え、今後、周辺クラウドサービスとのAPI連携強化や、業務提携による新製品開発も視野にいれている、ということだ。

HR Technology Conferenceに見る人材領域イノベーションと日米温度差

編集部注:この原稿は鈴木仁志氏による寄稿である。鈴木氏は人事・採用のコンサルティング・アウトソーシングのレジェンダ・グループのシンガポール法人の代表取締役社長を務めていて、シンガポールを拠点にクラウド採用管理システム「ACCUUM」(アキューム)をシンガポールと日本向けに提供している。

世界最大級のHR Techイベントである『http://www.hrtechconference.com/』が10月にラスベガスで開催された。イベントのレポートと合わせて、日本と欧米におけるHR Techの比較をしていきたい。

読者のみなさんはHR Techと聞いて何を思い浮かべるだろうか? SAPやOracleのような大企業向けの人事管理システム、もしくはリクナビのような求人サイトだろうか。AdTechやFinTechと比べるとぼんやりとしたイメージを持っている人が多いかもしれない。HR Techが日本より高い認知度を得ているアメリカと比べると、日本での認知度はこれからだろう。このレポートでは、今回のイベントを通じて見られた、HR領域でもますます高まっているデータサイエンティストのニーズや、HR Techで社員エンゲージメントを高めていこうとする試みなど、人事担当者だけでなくスタートアップの経営者なども注目すべきトレンドについて紹介したい。

今年で18回目を数える一大イベント

このHR Technology Conferenceも、1998年から始まって、今年で18回目を数えた。2015年10月18日〜21日の4日間にわたって開催されたが、プレイベントデーとして開催される初日と、午前中のみの開催となる最終日を考慮すると、実質的には2.5日間のイベントとなっている。フルカンファレンスパスが20万円以上、展示会のみの入場でも5万円必要であるにも関わらず、今年も5000名以上がラスベガスに集結し、60以上のセミナーと300以上のブースが展開されていた。

言語や入場料の違いや、来場者の大半が飛行機で来るラスベガスと、オフィスから1時間以内で行ける東京会場という開催地の違いなどがあるため単純な数字の比較はできないが、アメリカではHR Technology Conferenceは非常に大きなイベントだ。ラスベガス開催の翌週10月27日〜28日にはフランスのパリで4000名近くが来場した『http://www.hrtechcongress.com/』という別のイベントが開催され、そのどちらかへの参加を選択した来場者や出展企業が多くいたであろうことを考えればなおさらだ。

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*1,3: 主催者発表。
*2: HR Expoは、セキュリティや防災など他5つのExpoと同時開催されており、HR Expo単体での来場者数は発表されていないため、HR Expo出展企業数を全体数で割った19%という比率をもとに、主催者発表の来場数から算出。

今年の HR Technology Conference を通じて、筆者が感じたトレンドをいくつか挙げてみたい。

高まるHRデータサイエンティストの必要性

セミナーでは、人事管理、採用、教育・人材開発、福利厚生など人事に関する様々な領域における事例紹介やトレンドの分析などが発表されるが、今年のセミナーや出展ベンダーとの会話や打ち出し方から感じられたのは、今後高まっていくであろうHRデータサイエンティストの必要性だ。以前書いた通り、人事・採用においてデータドリブンなアプローチは日本よりアメリカの方が進んでいるといってよいが、そのうえでなおも進化を続けるアメリカにおいて、今、”Real-time data”と”Reliable data”という2つのキーワードが飛び交っている。

一つ目の”Real-time data”とは、文字通りHRデータにもっと即時性を求める課題意識だ。人事における社員・候補者分析をベースにして回すPDCAサイクルは、例えばマーケティングにおける顧客分析などと比べてリアルタイム性に欠ける、というわけである。これには、テクノロジーの問題だけでなく、社内における優先順位が相対的に低くなっていたために、人的リソースが十分に割かれていなかった問題もあると指摘されている。例えば採用において採用単価やチャネル分析が完了する頃にはそのポジションの採用が終わっていたり、業績評価結果が人事から部門に渡るのは数ヶ月後なんてこともあったりする。リーディング企業はこのPDCAサイクルを回すためのHRシステムアナリスト やHRデータサイエンティストなどを人事部門においており、このトレンドは今後も加速していくと見られている。

二つ目の”Reliable data”(Good dataかBad dataと表現されることもある)は、データに対する信頼性を問う論点だ。つまり、どれだけ信頼できるデータなのか?分析に足るデータなのか?という議論である。例えば、給与などの定量的な情報は、データとしての信頼性が高いのに対して、評価などの定性的な情報はデータとしての信頼性が低くなる傾向がある。この、従来当然のこととして片づけられていた事実に光が当てられようとしているわけだが、それこそ、人事業域でのデータ分析においてデータドリブンなアプローチを模索してきたアメリカを中心とした先駆者たちだからこそ辿り着いた課題感だといえる。具体的に定性データの信頼性を高めていく手法についてはまだ明確なテクノロジーがあるというわけではないようだが、心理学や社会学の見地からいかにデータの仮説・検証を進めるか、社員からの自己申告などでいかに定性データを効果的に取得するか、などといったテーマが研究されており、ここでもHRデータサイエンティストの活躍が期待されている。

エンゲージメント向上への挑戦

もうひとつのトレンドとして、”エンゲージメント”を挙げておきたい。社員エンゲージメントというのは、人事にとって特に新しい概念ではないが、今年はセッションでもこのエンゲージメントがこれからの人事の課題としてあらためて注目されており、エンゲージメント領域でのHR Techも盛り上がってきている。社員エンゲージメントとは、「帰属意識」や「会社愛」などの意味で使われることもあるが、本質的には『組織や仲間と目的を共有することによるコミットメント』という方が近い。Gallupの調査によると、エンゲージメントの高い社員は、比例してパフォーマンスが高くなると証明されているにも関わらず、アメリカ全体でエンゲージメントが高い社員は全体の三分の一以下に留まっているという。ちなみに日本はどうかというと、2013年のGallupの調査では7%とアメリカを大幅に下回る数字が出ている。調査会社により数字の違いはあるものの、Aon Hewittの調査でもダントツで世界最低水準となっている。

この社員エンゲージメントを図る指標の一つが社員エクスペリエンスだ。ここでいう社員エクスペリエンスとは、人事・採用システムのUI/UX改善により、エンドユーザーである社員の人事・採用システムに対する満足度を上げる、といった表面的な話ではなく、HR Techを活用して会社が社員に対して価値を提供することにより、社員の会社での幅広い体験と満足度をいかに高めていけるか、といった論点を意味している。

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*この図は人事的視点に合わせて作成しており、マズローの5段階欲求の一般的な解釈と異なる場合があります。

マズローの法則で低階層の“生存欲求”や“安全欲求”(図の下から1つ目・2つ目)は、人事制度においては基本給、社会保障、基本的な福利厚生と言われている。後述するヘルスケアや福利厚生でこうした低階層を強化しながらも、併せて中高階層の“所属欲求”や“承認欲求”(図の下から3つ目・4つ目)を満たしていくことが、社員エンゲージメントを高める上で重要となってくる。

HR Techによってエンゲージメントを高める施策は入社前から始まる。例えば、WantedlyのOpen API提供開始も、「なぜその仕事をやるのか」、「どんな価値観を持った人達と働くのか」といった価値観によるマッチングという中高層寄りのコンセプトをHR Techを通じて普及させていくだろう。採用プロセスを経て、内定から入社までの間には、新人社員研修などを意味する”Onboarding”というプロダクト、もしくは機能を使って内定者のエンゲージメントを入社前から高めることもできる。Onboardingというと、先日開催されたTechCrunch Tokyo 2015のスタートアップバトルで優勝したSmartHRのように、内定者と人事のどちらにとっても煩わしい労務関連の手続きを自動化する機能も含まれるが、ここで意味するのは、内定者に対して入社前からチームメンバーやプロダクトの情報を閲覧できる環境を提供することを通じて、所属欲求(図の下から3つ目)を高めることでエンゲージメントを向上させ、入社前の内定辞退率を下げたり、入社後により早く会社に馴染み戦力化したりすることを狙うような機能の話だ。人事ソフトウェア・人事アウトソーシング大手のADPは昨年2014年のHR Technology Conferenceのデモで、アップグレードしたOnboarding機能により内定者エンゲージメントをより高めることを強く訴えていたのだが、そのADPやZenefitsを追いかける立場にあり、今年6月にシリーズCで$45M(約55億円)を調達し、給与・労務システムで勢いのあるNamelyが自社ブースでのデモにおいてもエンゲージメントを強調するなど、差別化要因として機能強化している。

デモセッションでエンゲージメントの重要性を強調したHR Cloudは、Onboardingと合わせて、入社後の施策として”Employee Recognition”機能をアピールした。これは「社員同士の感謝の気持ちを伝え合う」ことを通じて組織の目的意識や価値観を明確に共有してエンゲージメントを高めるアプリで、承認欲求(図の下から4つ目)を満たす。大規模HRシステムには組み込まれていることが多い機能だが、HR Cloudのように規模的に1レイヤー下のHRシステムが機能強化していることや、KudosAchieversなどがスタンドアローンのアプリとして数億〜数十億円の調達をしていることも、この領域が注目されている証左であるといえる。

エンゲージメントを語る際に外せないのがヘルスケアだ。もちろん、ヘルスケアは人事にとっては常に重要な領域だが、社員の健康はエンゲージメントを高めるとGallupも指摘する通り、ここ数年は単純に”社員に健康でいてもらいたい”という会社の想いだけでなく、このエンゲージメントという視点から、今まで以上に注目されている。日本でも最近CHO(チーフ・ヘルスケア・オフィサー)やCWO(チーフ・ウェルネス・オフィサー)をおく会社が見られるようになった。今回のHR Technology Conferenceでは、スマートウォッチ・リストバンドのFitbitが、定価1万円以上するスマートリストバンド端末Fitbit Flexを、来場者である人事関係者に対して1500個も無料配布しており、会社の所在地をもとに来場者を4つのエリアに分類し歩数を競う『HR Tech Fitbit Challenge』を開催してみせながら、社内でこのような活動を行うことにより社員の健康を促進していくことの重要性を訴えていた。

エンゲージメントから話は逸れるが、ヘルスケアはコスト面においても大きな意味を持つ。社員が病気をすることによって会社が負う年間コストは、アメリカの労働人口全体で約73兆円 (5889億ドル)というIBIの調査*もある。このレポートでは、33%にあたる約24兆円(1995億ドル)が生産性の低下による費用とされている。この調査がアメリカの労働人口としている約1億3300万人で計算すると、一人当たり22万円(1800ドル)となり、テクノロジーで改善できる余地の大きな領域と考えられている。
*Integrated Benefits Institute FCE reports参照

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日系企業の存在感から学ぶこと

視点を変え、この世界最大規模のHR Tech イベントにおける日系企業の存在感はどうだったかを振り返ってみたい。注目すべきはリクルートグループとワークスアプリケーションズだろう。

リクルートグループは、リクルートやRGFという名前でスポンサーや出店をしていたわけではないため、会場でロゴなどを目にすることはなかったが、買収したIndeed以外にもコードチャレンジ/エンジニア採用ツールのHackerrankやビデオ面接のWePowなどへの出資を通じて知られていた。そのためか、参加者と話していると“Recruit”という名前は知っているものの、投資会社と思っている人も多かったようだ。実は人事・人材やマーケティングの領域で1.5兆円の事業会社なのだと教えると、一様に驚いていたのが印象的だった。

日系企業で唯一スポンサーとなり大きなブースを出展していたのはワークスアプリケーションズだ。ERPシステム『HUE』の海外版『AI Works』の発表をこのHR Tech Conference開催の10月20日に合わせてくるなど、気合いの入った展開だった。売上高365億円のワークスアプリケーションズは、日本では総合的なERPプロバイダー大手としてSAPなどと競合するが、アメリカ市場では同2兆円超の独SAPの競合というよりは、2005年に創業され人事・経理システムで約975億円(7億8790万ドル)を売り上げるWorkdayなどと比較されている印象だ。デモルームでのプレゼンでは分散型処理によるレスポンス時間などがアピールされていたが、これに対する参加者の反応は残念ながら期待通りではなかったようだ。より高い付加価値の提供により社員の総合的な体験を向上させるという前述の社員エンゲージメントの論点よりも、ソフトウェアのユーザビリティアピールに聞こえてしまっていたからかもしれない。これは、『AI Works』(もしくはHUE)の機能やコンセプトが悪いというわけではなく、今後アメリカ市場の特徴やトレンドに合わせたアピール方法やローカライゼーション(もしくはアップグレード)が必要となってくるということなのだろう。

これらのケースからもわかるように、HR Tech領域、特にアメリカ市場においては、欧米企業が日系企業に先行している印象が否めない。しかし、過去を振り返ると一概にそうとも言えない 。Monster.com(当時Monster Board)がローンチしたのは1994年と、リクナビ(当時Recruit Book on the Net)がローンチした1996年より2年早いだけだった。人事管理システムの領域では、Workdayの2005年創業に対して、ワークスアプリケーションズは1996年と9年も早くに人事システムの提供を開始している。しかしながら、近年Job AggregationやPeople Aggregationのサービスに目を向けると、Indeedのローンチが2005年に対してビズリーチのスタンバイは2015年であったり、EnteloTalentBinのローンチが2011年に対してアトラエのTalentBaseが2015年であったりと遅れが目立ち始めている。国の文化や慣習も、サービスのコンセプトや機能も異なるため、単純な比較をすべきではないかもしれないが、例えば管理システムとしての人事システムを志向してきた日本と、データ分析・改善に価値を置いてきたアメリカとの違いがこの差を生んだ可能性はある。一方、逆に日本のビジネスモデルや機能が海外で受け入れられるケースもあり、例えば(日系企業という呼び方は相応しくないかもしれないが)福山太郎氏によるAnyPerkは、日本型ベネフィット・サービスモデルを逆にアメリカで普及させているビジネスモデルの輸出型といえるし、私たちが提供する採用管理システムACCUUMも、候補者ソーシング機能などでは数十億円を調達しているアメリカなどのプレイヤーに遅れをとるが、よりユーザー目線での管理機能などでオリジナリティを出すことにより、日本だけでなくシンガポールのユーザーにも評価されている。前述のOnboarding機能も、日本では内定者マイページとして日本の新卒採用では一般的であり、当社が提供する人事システムEHRにも米国大手ベンダーよりも先に搭載されていた機能とコンセプトは近い。マーケットの特性や成熟度を見極めていければ、日本発で海外に通用するHR Techは間違いなく存在する。

HR Techでチャンスをどうつかむか?

会場の一部ではスタートアップのブースが並ぶ一角もあった。Y Combinator 2015年夏卒業生で、実際の業務で想定されるシチュエーションをバーチャルに作り出し、シミュレーションにより採用判断をサポートするInterviewedを含む30社が出展していた。ユーザーとして利用を検討するもよし、パートナーとしてシステム連携を検討するもよし、これらの萌芽を研究して、アイデアを自社のプロダクトに生かすのもありだろう。

少しネガティブな表現もしたが、既述した通り、先日開催されたTechCrunch Tokyo 2015のスタートアップバトルでは、労務手続きを自動化するSmartHRが優勝するなど、日本のHR Techも盛り上がりを見せている。HR Techユーザー側となる企業人事も、提供側のHR Techベンダーも学ぶことが多いHR Tech Conference。来年は、ここにより多くの日系企業の出展と日本人参加者が見られることを期待したい。