AWSが量子コンピューティング・サービス「Braket」を発表

ここ数カ月、Google、Microsoft、 IBM他の有力ライバルがこぞって量子コンピューティングにおける進歩を宣伝する中、 AmazonのAWSは沈黙を守ってきた。またAWSには量子コンピュータ研究の部署がなかった。しかし米国時間12月2日、AWSはラスベガスで開幕したデベロッパー・カンファレンスのre:Invent 2019で、独自の量子コンピューティングサービスとしてBraket(ブラケット)を発表した。

現在利用できるのはプレビュー版で、量子力学計算でよく用いられるディラックが発明したブラケット記法が名称の由来だ。ただしこの量子コンピューティングはAWSが独自に開発したものではない。D-Wave、IonQ、Rigettiと提携し、これらのシステムをクラウドで利用可能とした。同時にAWSは量子コンピューティングの専門組織を整備し、 Center for Quantum Computing(量子コンピューティングセンター)とAWS Quantum Solutions Lab(量子ソリューションラボ)を開設した。

Braketではデベロッパーは独自の量子コンピューティング・アルゴリズムを開発してAWSで実行をシミュレーションできる。同時にAWSを通じて提携パートナーの量子コンピュータハードウェアを用いて実際にテストすることが可能だ。これはAWSとして巧妙なリスクヘッジ戦略だろう。

AWSとしては量子コンピュータを独自に開発するための膨大なリソースを必要とせずに量子コンピューティングをサービスにとり入れることができる。提携先パートナーは自社の量子コンピューティングのマーケティングやディストリビューションにAWSの巨大なユーザーベースが利用できる。デベロッパーや研究者はAWSのシンプルで一貫したインターフェイスを利用して量子コンピューティングを研究、開発することができる。従来、個別の量子コンピューティングにアクセスするのは手間のかかる作業であり、いくつもモデルを比較してニーズに適合した量子コンピューティングを選ぶのは非常に困難だった。

Rigetti Computingの創業者でCEOのチャド・リゲッティ(Chad Rigetti)氏は「AWSとの提携により、我々のテクノロジーを広い範囲に提供することが可能になった。これは量子コンピューティングというマーケットの拡大を大きく加速するだろう」と述べた。D-Waveの最高プロダクト責任者、R&D担当エグゼクティブ・バイスプレジデントのアラン・バラツ(Alan Baratz)氏も同じ趣旨のことを述べている。

【略】

AWSが自社のデータセンターに直接量子コンピュータを導入したわけではないのが重要なポイントだ。簡単にいえばAWSは複数の量子コンピューティングに対して多くのユーザーになじみがある一貫したインターフェイスを提供する。個々の提携先企業はすでに量子コンピューティングを自社のラボやデータセンター内で稼働させていたが、それぞれインターフェイスが異なるため外部のユーザーがアクセスするのが難しかった。

これに対してBraketはAWSの標準的インターフェイスを通じて他のクラウドサービスと同様のマネージドコンピューティングを提供する。またデベロッパーはオープンソースのJupyter notebook 環境を通じてアルゴリズムをテストできる。Bracketにはこれ以外にも多数のデベロッパーツールがプリインストールされているという。また標準的量子コンピューティングやハイブリッドコンピューティングを開発するためのチュートリアル、サンプルも多数用意される。

また新たに開設されたAWSの専門組織は、研究者が量子コンピューティングのパートナーと協力、提携することを助ける。「我々の量子ソリューション・ラボはユーザーが量子コンピュータを開発している各社と提携することを助ける共同研究プロジェクトだ。これにより世界のトップクラスの専門家と提携し、ハイパフォーマンス・コンピューティングを推進できる」とAWSでは説明してる。

研究センター、ラボの開設はAWSにとって長期的な量子コンピューティング戦略の基礎となるものだろう。AWSの過去の動向から考えると、これはテクノロジーそのものの開発というよりむしろサードパーティが開発したテクノロジーに広い範囲のユーザーがアクセスできるプラットフォームを提供するところに力点が置かれるものとなりそうだ。

AWSのユーティリティ・サービス担当のシニア・バイスプレジデント、チャーリー・ベル(Charlie Bell)氏は次のように述べた。「量子コンピューティングは本質的にクラウド・テクノロジーであり、ユーザーは量子コンピュータにクラウドを通じてアクセスするのが自然だ。Braketサービスと量子ソリューション・ラボはAWSのユーザーがわれわれのパートナーの量子コンピュータにアクセスする。これにより新しいテクノロジーにどのようなメリットがあるのかは実際に体験できる。また量子コンピューティング・センターは大学を始め広く研究機関と協力し量子コンピューティングの可能性を広げていく」。

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(翻訳:滑川海彦@Facebook

量子コンピューティングの初の一般商用化をねらうRigetti Computingが$2.5Mのシード資金を獲得

これまで研究室やSFの話題だった量子コンピューティングがついに、その可能性を追究する技術から、商用のハードウェアの上で実際に仕事をする技術へと脱皮する。

Y Combinatorの今のバッチの一員であるRigetti Computingは、量子コンピューティングを軸とするコミュニティの育成をリードする企業の一つになることを、志願している。創業者でCEOのChad RigettはIBMやイェール大学の上級研究員だった人で、同社は、シミュレーションによる(量子コンピューティング用プロセッサの)プロトタイピングを反復することにより、この分野に継続的な性能の向上をもたらそうとしている。

Rigettの説明によると、同社が今後数年間の挑戦課題としているいくつかの問題解決が達成されれば、量子コンピューティングの性能の事前予測とコスト削減が可能になる。それらの問題の多くはハードウェアの量子的側面とは無関係なので、各回の反復で新たな回路を作ることなく、シミュレーションソフトウェアAnsysを使って、変更部分の迅速なテストができる。

4月にRigettiは、同社のシミュレーションを使用するテストの成果を投資家たちから評価され、AME Cloud VenturesやMorado Ventures、Susa Ventures、Tim Draperなどから250万ドルのシード資金を獲得した。その資金で同社は、バークリーの小さなオフィスから、もっと仕事のしやすいコンピューティングラボに移り、この分野の優秀な研究者たちをスカウトしたいと考えている。Rigettiは曰く、チーム編成には細心の注意をもって臨み、この技術分野における上位1〜2%の最高のPhDたちをつかまえたい、と。実際に今探りを入れている研究所や企業などの名前を挙げられないのは、同社の今後の研究の内容や方向性を外部に悟られないためだ。

今後数年間の(シミュレーションによる)プロトタイピングにより、Rigetti Computingは量子コンピューティングのための信頼性の高い、スケーラブルな、そして他社に比べて低コストなプロセッサを作れるようになり、それにより商業的なビジネス展開を図る予定だ。量子コンピュータが従来のプロセッサよりも桁違いに速いと言われている分野は、新薬や新素材開発のための化学反応シミュレーションや、今よりもずっと高度な人工知能、それに暗号技術などだ。

今すでに量子プロセッサを使っていると称するマシンがあることはあるが、それらはまだ、従来型のコンピュータを舞い上がる砂塵の中に遠く置き去りにするほどの、目覚ましい高速性を実現していない。Rigettiによると、二つの理由により、それももうすぐ変わるだろう、という。ひとつは、小型中型の量子コンピュータのための新しいアプリケーションの開発が急速に進んでいること。もうひとつは、量子マシンの計算力とシステムのサイズが飛躍的に成長していることだ。

Rigetti Computingの将来性は、同社がこの二つの波にうまく乗れるか否かにかかっている。量子コンピュータのためのソフトウェアの構築は、アプリケーションをPCからスマートフォンに移植するためにAPIに変更を加えるといった、簡単な話ではない。まず、自分が開発した最良最速と自負するハードウェアを、見込み客たちの胸元に押し付けることから、仕事が始まる。ユーザの手中にハードが実際にある、という状態の実現が早ければ早いほど、量子コンピューティングの違いを見せつけるソフトウェアの開発動機を、多くのソフトウェアデベロッパが持てるようになる。ハードの普及とソフトウェアの開発という両輪が順調に回転するようになれば、その後の成長にはほとんど限界がない。量子コンピュータは(理論的には)、1+1=2倍ではなく、1+1=2乗倍と言われる、文字通り指数関数的なスケーラビリティの世界だから。

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(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))