編集部:この記事はBoxの共同ファウンダー、CEOのAaron Levieの寄稿。Twitter:@levie.
スティーブ・バルマーがMicrosoftのCEOを退任すると発表したことはテクノロジー企業の歴史でも10年に一度の出来事だ。ビル・ゲイツが基礎を築き、続いてゲイツとバルマーが、やがてバルマーが単独で拡大した帝国のひとつの章が終わったことを象徴している。
バルマーのMicrosoftについては対照的な2つの見方が存在する。マスコミにお馴染みのより広く知られた見方は否定的なものだ。いわく、バルマーのMicrosoftはGoogle AppsやAmazon Web Servicesのようなクラウド化の波に対応が遅れた。AppleとGoogleが開始したモバイル化への対応にも失敗し、Microsoftの独占的地位を大きく弱めた。Zune、Windows Vistaその他でも大失敗した…。
もうひとつの見方はそれほど広く知られていない。実はMicrosoftはバルマーの下で売上を220億ドルから780億ドルへと3倍以上に伸ばしている。
Office 365とAzureというクラウド・プラットフォームを開発し、成功させたのもバルマーの時代だった。またSkypeやYammerといったキー・テクノロジーを持つ企業の買収にも成功している。 またYahooとFacebookの検索エンジンとなるなどの巧妙な戦略によってMicrosoftの検索シェアをゼロ同然から30%に成長させた。またMicrosoftは創成期のFacebookに巨額の投資をして有力株主となった。Microsoftがオープンソースやサードパーティーのプラットフォームを採用するようになったのもバルマーの時代だ。
しかし白でなければ黒と決めつけずにはおかないテクノロジー市場にあっては、こうした数々の成功にもかかわらずMicrosoftは「敗者」とみなされている。
Microsoftは世界が以前に比べてはるかに多様化し、ユーザーの選好がはるかに重要になっていることを認識する必要がある
そういうことになったのはなぜだろうか? 答えは市場のあり方が劇的に変わったことを認めようとしない旧態依然たる戦略にある。今や司法省反トラスト局はMicrosoftに対して国務省がカナダに対するほどの注意も向けていない。Appleはより優れたデバイスを作っているし、Googleはより優れた検索サービス、クラウド・サービスを提供している。Microsoftは世界が以前に比べてはるかに多様化し、ユーザーの選好がはるかに重要になっていることを認識すると同時に、それに対応した戦略を採用しなければならない。
最近バルマーが実施した改革は組織の再編成という社内向けのものだった。それはそれで重要だが、社外の現実への対応はさらに重要だ。現在のソフトウェア産業もハードウェア産業もゼロサムゲームではない。こうした新たな現実を踏まえてバルマーの後継者が何をなすべきか、いくつかヒントを上げてみよう。
アプリのアンバンドル MicrosoftはOSの圧倒的成功によってアプリケーション産業を支配した。Lotus、Word Perfect、Netscape、Real Networks等々、競争相手はOSと密着したMicrosoftのアプリケーションによって踏み潰されていった。しかし現在では事情は変わった。今や「尻尾が犬を振る」時代だ。ユーザーは好みのアプリを使うために必要ならMicrosoftのOSから離れていく。
今やインターネットに接続しているデバイスのOSは圧倒的に非Windowsだ。だからMicrosoftはアプリケーションをWindowsという母艦から切り離なければならない。ところが依然としてMicrosoft Officeなどの主要アプリケーションはAppleやAndroidデバイスでは利用できないか、機能が限定されているかしている。数年後にはタブレットの出荷台数がパソコンを上回ることが確実な時代だ。Microsoftはぜひともアプリケーションを自立させ、それ自身で競争に耐えるものにしなければならない。
オープン化 クラウド化の最大のメリットの一つは、異なるベンダーのアプリケーションでもシームレスに協調動作できるようになったことだ。 以前のように、単一のベンダーからすべてのアプリケーションを買うのでなければ統合環境が整備できないなどということはない。APIを利用した連携によって、ユーザーは好みのアプリケーションを自由に組み合わせて使うことができる。NetsuiteやWorkdayのERP〔企業資源計画〕システムはZendeskの顧客サポートシステムと連携できる。ZendeskはJiveのソーシャル・ストリームと連携可能だ。クラウド・アプリケーションを相互に連携動作させるクラウド・スタックはソフトウェアのオープン化を強力に推進し、ユーザーのメリットを増大させる。しかし、現在Microsoftはこうしたクラウド・スタックで利用できるような新しいアプリケーションをまったく持っていない。
たとえばウェブ版Officeをサードパーティーのアプリ(たとえばBoxとか)と連携させようとしても、議会に法律を変えてもらえば別だが、APIをいじるだけではどうにもならない。こうしたクローズドなアプリケーションはOS独占が成立していた時代ならユーザーに選択肢がない以上合理的だったかもしれないが、IT資源が過剰なまでに溢れている現在では意味を失っている。Microsoftの新しい経営陣は、かつて「敵」とみなしていた企業のソフトウェアとオープンに協調動作していくことが決定的に重要だということを認識する必要がある。
プロダクト! プロダクト! プロダクト! (それにデベロッパーも) 全体としてみると、Microsoftのソフトウェア・プロダクトは過去の栄光にあぐらをかいていると言わざるを得ない。 ライバルがここ何年かで開発してきたiPhone、Android、Chrome、iPad、自動走行車、GoogleGlassといったプロダクトに比べると、Microsoftの成功しているプロダクトはすべてパソコン全盛時代にそのルーツがあるものばかりだ。
なんとかしてMicrosoftはサードパティーが次世代のスーパー・アプリ、スーパー・サービスを生み出せるようなプラットフォームを創設する方法を考えださねばならない
Microsoftが復活するためには、(再び)プラットフォーム企業となることが必要だ。Googleは検索をベースとした巨大なトラフィック、Chromeというブラウザの新たな標準、Androidによるアプリ市場などを提供することでいわば「善意の独占者」となっている。AppleもiOSによって巨大なアプリ市場を創設し、すでに多数の10億ドル級スタートアップを生み出している(Uber、Instagram、Angry Birds、Super Cell、Spotify等々)。なんとかしてMicrosoftはサードパティーが次世代のスーパー・アプリ、スーパー・サービスを生み出せるようなプラットフォームを創設する方法を考え出す必要がある。今回は成功したスタートアップをライバル視して片端から踏み潰すようなことをせず、エコシステムの育成に務めねばならない。
ビジョン 最近Microsoftが公にしている自社の定義は「Microsoftはデバイスとサービスの企業だ」というものだ。これはまるでディズニーが「われわれはテーマパークと映画の企業だ」と言うようなもので意味がない。「すべての家、すべてのデスクにパソコンを」というMicrosoftの創成期のビジョンは、当時としては「月に人間を送る」くらいの壮大なスケールの使命だった。株主やアナリスト向けの戦略を立案するだけでは十分ではない。消費者一般が理解し、共感できるようなユニークなビジョンを掲げることがぜひとも必要だ。
いくつか希望をもたせる兆候も現れている。Satya Nadella、 Qi Lu、Tony Batesらの新しい幹部は従来とははっきり違うオープンなスタイルをMicrosoftにもたらしている。たとえば、今年のBuildデベロッパー・カンファレンスでデモ機にMacが使われた。10年前なら神聖冒涜行為と考えられただろうが、今ではMicrosoftも新しい現実を理解するようになってきた。ウェブやプラットフォーム・プロダクトについても従来よりアップデートnペースが早まり、四半期に数回もアップデートされることが珍しくない。数年前までの「アップデートは3年に1度」という体制から比べれば大きな進歩だ。
誰がレッドモンドの巨大タンカーの指揮を取ることになるのか分からないが、Microsoftを新しい現実に適応させるよう適切に舵取りができる人物であることを祈りたい。
[原文へ]
(翻訳:滑川海彦 Facebook Google+)