コネクテッドコンピューティングのパラドックスは、わずか数回のクリックやタップだけでいかに多くの情報が利用可能になるかということだ。しかし同時に、利用可能なデータの海に圧倒され、その情報量の多さに探したい情報が見つからないということもしばしある。
知識労働の世界において、ウェブブラウザがいかにすばらしいものであるかということは否定しようがない。しかし、複数のブラウザタブやウィンドウをまたいでの作業は、面倒でイライラする最悪の状況のように感じることもある。
これがSidekick BrowserがChromiumの上に生産性重視のレイヤーを追加することで解決しようとしている問題だ。同社はこれを「仕事用OS」と呼んでいる。
複数のタブが不快なら、複数のウィンドウやタブにまたがるのではなく、ブラウザ内にあるアプリ内から作業できるようにしようというのがSidekickの答えである。
SlackやSkype、WhatsAppのようなアプリは、サイドバーにピン留めして縦に並べることができ、簡単に探したり切り替えたりできる。また、複数のログイン、きめ細かな通知コントロールに対応する他、これらのサードパーティ製アプリをブラウザーから直接検索することも可能である(現在は「数百種類」提供されているが「ブックマークのように機能する」カスタム追加が可能だ)。
そして、インターネット閲覧時に毎回開くタブには、簡単に整理できるようにまとめて保存できる「セッション」機能が用意されており、後にクリックするだけで再訪問することもできる。
ビルトイン検索はこれらのセッションにも適用されるので、ブラウザの検索履歴をいちいち手動でスクロールして、以前に偶然目にした関連情報をどこで見たのかを探し出す必要がなくなるというわけだ。
「すべてのアプリ、タブ、ワークスペースを数秒で検索」というのがSidekickの解決策だ。
技術面でも生産性向上に取り組んでおり、ブラウザベースのラグを念頭に「AIベースのタブ停止」機能を設けている。この機能は、ユーザーが使用しないタブを予測してメモリから削除することで、GoogleのChromeブラウザがRAMを消費するメカニズムを改善するように設計されている。
「Sidekickは、仕事用に作られた最速のブラウザです」というのが同社の売り文句である。
コラボレーションにも力を入れており、知識労働チームの生産性を高めるための機能も備えている。プロジェクトやクライアント向けにさまざまなセッションやアプリのサイドバー、タブ設定をサポートするためのカスタムワークスペースや、チームロールの設定機能などが含まれる。
また、デバイスのセキュリティ用のリモート設定ツールも完備。パスワードを共有する必要のあるチームの利便性を高める内蔵型パスワードマネージャーの他、ブラウザベースのワークスペースでチームチャットを行うことができる内蔵型ビデオチャットプラットフォームも用意されている。
Sidekickには独自の広告ブロッカーとフィンガープリント防止技術が搭載されており、プライバシー保護だけでなく、処理速度の向上(ページ読み込み時間の改善)も図られている。
またプライバシーに関しても、同スタートアップは「ユーザーのデータを決して販売しない」と公言している(これには「検索、閲覧履歴、その他の個人情報」も含まれると明記されている)。
ビジネスモデルは今のところSaaSとB2Cだが、SidekickはB2Bにも力を入れており、将来的にはビジネスに適した機能も展開する予定だという。
また、当然のことながら、Chromeの拡張機能もサポートされている。
Sidekickは、KPCBが主導し、Remote First Capitalや他のエンジェル投資家が参加したシードラウンドで200万ドル(約2億1800万円)を調達したことを発表した。
創設者のDmitry Pushkarev(ドミトリー・プシュカレフ)氏は、これまでいくつかの分野でスタートアップゲームに参加し、勝利を収めてきた。2011年にDNAシークエンシング会社Moleculoを設立後、まもなくIlluminaに買収されている。
その後、2013年に別の事業としてClusterKを立ち上げ、複数のクラウドプロバイダーにまたがるクラウドコンピューティングリソースの最適化に注力していた。これは2016年にAmazonに買収され、プシュカレフ氏は数年間そこにとどまった後、再び創業者としての地位を確立している。
Kleiner Perkinsで客員起業家(EIR)として将来の仕事を模索していたときに、Sidekickのアイデアの萌芽が生まれた。
このツールは数カ月前、Product Huntで注目を集めている。Chris Messina(クリス・メッシーナ) 氏もそのときからのファンの一人で「現代の知識労働者として生産性を高めるのに不可欠な、極めて多くの要素」を組み合わせ、ブラウザの世界を揺るがしたとしてチームを称賛している。
プシュカレフ氏はメッシーナ氏の言葉に対し、Chrome自体(あるいは他のインターネットブラウザ)に対抗するためのフル装備のブラウザを開発しているわけではないと慎重に説明している。
「私たちはブラウザと競合するつもりはなく、ブラウジングのための選択肢として考えています。弊社の目標は、仕事や生産性のためにブラウジング体験を向上させることです。これは残念ながらブラウザにはできないことなのです」と同氏はいう。
サンフランシスコを拠点とする同スタートアップによると、同社のサービスは現在Microsoft、Dropbox、Slack、Lyftなどのチームに利用されているという。プシュカレフ氏によると、2020年11月のローンチから数カ月後の現時点で約3万人のユーザーを有しており、チームはこの初期段階では主に製品(「アクティベーション、リテンション、バイラリティ」)に注力しているという。
「一般的なユーザーは知識労働者で、プロダクトマネージャー、エンジニア、マーケター、そしてかなりの数の学生が利用しています。基本的に、単にオンラインを閲覧するだけでなく、生産的な仕事をし、コミュニケーションツールを利用するプロシューマーです」と同氏はTechCrunchに語っている。
「KPCBでのEIRの間、私たちは仕事の将来について多くのことを考えていました。その中で印象的だったのは、今日の知識労働者はほとんどの時間をブラウザ、つまりブラウジング用に設計されたツールで仕事をしているということでした」とSidekickのアイデアの発端を振り返る。
「ブラウジングの場合と仕事の場合には、特に重要な違いがあります。知識労働者はウェブアプリケーションでの作業、ドキュメントの使用、コミュニケーションツールの使用、複数のアカウントへのアクセス、膨大な数のドキュメントやプロジェクトの操作などに多くの時間を費やしています。ほとんどが検索ベースの情報消費であるブラウジングとは大きく異なります」。
「これらは明らかに異なるユースケースですが、今日ブラウザを作っている企業は、そのビジネスモデル上、ブラウザを仕事に適したものにするために投資することができません。彼らは検索に対してGoogleやMicrosoftから支払いを受けていますし、UXが複雑化すれば、何百万人ものユーザーがよりシンプルなブラウザを使うようになり、検索収益を失うことになります」。
「2億人のプロフェッショナルが専門的なツールを利用できないという前例のない状況にあり、また業界はそのようなツールを作ることに極めて消極的なため、我々がその流れを変え、新しいカテゴリーのソフトウェアとしてBrowser for Workを開発することを決意しました。社内ではこれをWork OS(仕事用のOS)と呼んでいます」。
では、Sidekickはどのような種類の仕事 / 労働者のために作られているのだろうか。「オンライン作業では、ウェブアプリケーション、多数のドキュメント、通信アプリケーション、複数のアカウント、さまざまなワークストリームを扱うことができます。プロシューマー向けの設計であり、単にブラウジングするためだけなら、最適な選択肢ではありません。他のブラウザの方が適しています」と同氏。
仕事と生産性に焦点を当てているものの、Sidekickのユーザーはソフトウェア内に複数の環境を作ることができるため、仕事以外の時間にも使えるような、オフタイムに合わせたスペースを作ることも可能である。
ブラウザにもショートカットや利便性を高めるためのさまざまな機能があるが、プシュカレフ氏によると、一般的なブラウザのビジネスモデルは検索広告(Google Chromeの場合)に重点を置きすぎているため、あるいは単にウェブブラウジングのための総合的なツールである必要があるため、Sidekickのように優れた作業環境を実現することはできないという。プシュカレフ氏の見解では、Sidekickは既存のブラウザでも実現可能な単なる強化機能とは違い「スタンドアロンのビジネス」を実現しているという。
「残念ながら、他のブラウザを拡張することは、今のところ現実的な道ではありません。包括的なソリューションを構築するには、Chromeのコードベースの奥深くに入り込み、パフォーマンス、メモリ最適化、セキュリティ、複数アカウントのサポート、プライバシーについて再考する必要があります」と同氏は指摘する。
同社のサービスで、おそらくブラウザにはできない、またはしないことの例の1つとして「何百もの」サードパーティーアプリのために構築されたサポートが挙げられる。「このサポートを構築した理由は、バッジや通知の表示と制御、検索との統合、複数アカウントのサポート、便利な拡張機能の追加など、より優れた統合を実現するためです」と同氏は説明している。
プシュカレフ氏はまた「New Tab Page」(この記事の上部にある画像を参照)についても言及している。これは2021年3月末までにすべてのユーザーに公開される予定で「タイプ別に分類された、判読しやすいタイトル付きで、瞬時に検索できるすべてのドキュメント」が表示されるという。
「こういったアプリとの深い統合がなければ、この体験を提供することはできておらず、ほとんど使えないブラウザ履歴しか表示できなかったことでしょう」と同氏は述べている。
プシュカレフ氏は、ビジネスモデルの面ではSaaSがうまくいくと確信しており、Sidekickは他のブラウザのように収益化する(つまり「データと検索を通じて」)必要はないと主張している。「私たちは潜在的に何百万人もの知識労働者の時間を節約できるツールを作っているのですから」。
「もう1つ重要視しているのは、先ほどお伝えした、当社が現在構築中のB2Bビジネスです。まだ初期ベータ段階ですが、B2Bでは製品のブラウザは会社が用意したリモートワークステーションのようなものになり、役割に応じてリモートで設定したりセキュリティを確保したりできます」と同氏は付け加えている。
「現時点では収益の大部分はここから来ていますが、3月にはサブスクリプションを提供することで、B2Cの収益化を初めて試みます」。
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画像クレジット:Sidekick Browser
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(文:Natasha Lomas、翻訳:Dragonfly)