拡張現実と仮想現実(AR/VR)の未来は明るい可能性があるが、それは現状から脱出できた場合のことだ。2018年は、2つの変化の年の前触れの年だったと言える。2019年には淘汰が起こり、2020年後半には転換期が訪れる。まずは、現状の確認から始めよう。そして、私たちはどのような未来へ向かうのか、そこへ到達するためには、何を変えなければいけないかを考えていこう(注意:AR/VRにはもっと前の世代もあるが、ここでは2014年後の市場に着目している)。
AR/VR普及台数(モバイルARを含む)
青のAIRKit、緑のARCore(Google)、赤のARCore(中国)が多く、Apple、Oculus Quest、Samsung、HTC Vive Focus、Sony PSVR、Magic Leap、Microsoft HoloLensなどと続く
(Digi-Capital AR/VR分析プラットフォームより)
AR/VR 1.0は今どうなっているか?
AR/VR 1.0は、FacebookがOculusを真剣に考えるようになった2014年にキックオフとなった。それには、起業家、企業、VCの特定の世代が大きく反応し、初期のAR/VRの開発が進められ、技術的に大きな進歩があったものの、まだ大衆市場は形成できないと、業界内部の人間すら認める状態だった。
モバイルARは、30億ドル(約3250億円)という、私たちが出した2018年の収益予測を2パーセント上回る結果となったが、その牽引役となったのは、アプリストアの売り上げ(おもに『Pokémon GO』)、広告費(メッセージアプルへのモバイルAR機能の導入など)、そして電子商取引での収益だ(たとえばHouzzはネット販売が11倍に伸びた)。モバイルARのインストールドベース(デバイスに組み込まれた形での普及数)も、期待を上回ってゆっくり伸びを見せ、世界で8億5000万件に到達している。ただ不安が的中し、2018年にはスタンドアローン型モバイルARの大ヒットアプリは現れなかった。モバイルARの何が売れて何が売れないのかを知ろうと、開発者たちは今でも頭を捻っている。
スマートグラスの2018年はいろいろだった。MicrosoftのHoloLensは、アメリカ陸軍との4億8000万ドル(約520億円)の契約を勝ち取った。Magic Leapは、一般向けの製品よりも開発用キットのほうがよく売れた。その他のスマートグラスの先駆者たちからは、資産を売却したり社員を一時解雇したという話が伝わってきている。スマートグラスの収益(おもにハードウエア、企業向けソリューションやサービス)は億単位にのぼるが、モバイルARを加えると、AR市場全体の収益は予想よりも3パーセント低かった。そのため、これまでの3年間のARの収益は、投資会社Digi-Capitalの予測にほぼ沿う形となった。
VRでは、携帯電話とヘッドセットの予約とのセット販売を電話会社が大幅に縮小するとは、昨年初めの時点では予想できず(これがモバイルVRの売り上げと普及数に悪い影響を与えた)、Oculus Questの2018年クリスマスシーズンの発売は延期されてしまった(昨年末の発表では2019年の春とのこと)。Oculus Goが昨年中期に発売されたことと、ソニーPSVRの売り上げが予測どおりになったことはよかったが、減少率を含めて考えると、2018年のVR市場の収益は前年比で少なくとも30億ドル(約3250億円)落ち込んだ(我々は適度な成長を予測していたが)。
AR/VR 2.0で私たちはどこへ行くのか?
モバイルARとスマートグラスを含むARは、2023年までには、25億台普及し、売り上げは700億から750億ドル(約8兆1300万円)に達する可能性がある。モバイル、スタンドアローン、ゲーム機、PCを含めたVRは、同じ時期までに300億台が普及し、100億から150億ドル(約1兆6300億円)の売り上げが得られる可能性がある。この開きはかなり大きい。なぜそうなるのか、少し掘り下げて考えてみよう。
AR/AVプラットフォームの収益
青はモバイルAR、緑はスマートグラス、赤は高級/スタンドアローンVR製品、紫はモバイル/スタンドアローンVR (Digi-Capital AR/VR分析プラットフォームより)
モバイルAR
モバイルARの収益は昨年をわずかに上回ったものの、プラットフォームのレベルでの根本的なデータを見ると、長期的なモバイルARの普及台数は見積もりを下方修正する必要がありそうだ。AppleとFacebookはそれぞれプラットフォーム(ARKitとSpark AR)を保有しているが、Googleにはそれがない。昨年、ARCoreを組み込んだデバイスを1億台から2億5000万台に増やすには、Android端末のメーカーとの協力に頼らざるを得なかった。
それでも大きな数字だが、私たちのAR/VR分析プラットフォームの予測では、ARCoreの普及台数の成長曲線は、2021年までAppleやFacebookの跡を追うことになっている。ARKitとSpark ARの成長曲線が、これまでの予測のまま維持されたとしても、ARCoreが伸び悩めば、モバイルAR市場全体の普及台数は、2023年までに25億台をわずかに超える程度にとどまる。
ARモバイル・ビジネスモデルの収益
緑はアプリストア、赤は電子商取引、紫は広告費、オレンジは事業向け
(Digi-Capital AR/VR分析プラットフォームより)
自動車、衣料からオモチャまで、大きな10のカテゴリーをカバーする電子商取引は、モバイルARの最大の収入源になることは確実と思われている。それに、小売から消費者向けパッケージ製品、旅行にいたる11の主要広告主カテゴリーが加わると、それはモバイルARの長期的な収益の4分の3を占めるようになる。
AR電子商取引の売り上げ
青のその他、緑の衣料、赤の一般消費者向け電子製品、紫の自動車、オレンジの家具、深緑の医療/介護、ピンクのオモチャ/ホビーなどと続く
(Digi-Capital AR/VR分析プラットフォームより)
モバイルARのアプリストアでの収益(アプリ内購入と単独購入を含む)は、現在のところ『Pokémon GO』を筆頭とするゲームに独占されているが、将来的にモバイルARが組み込まれたデバイスが増加すれば、ゲーム以外の主要アプリによるモバイルARの売り上げは、2023年までに総収益の半分を超えるだろう。モバイル市場全体を見渡せば、スタンドアローンのモバイルARアプリがアプリストアのトップに登りつめるまでには、まだまだ苦戦を覚悟しなければならない。モバイルARには、独立した新しいアプリとしてよりも、一般に浸透しているアプリの中のひとつの機能としてのほうが、大きく成長できたはずだ。
アプリストアでのモバイルARカテゴリーの収益
青のゲーム、緑のソーシャル、赤の写真/動画、紫の娯楽などと続く
(Digi-Capital AR/VR分析プラットフォームより)
スマートグラス
スマートグラスが大衆市場の一般的なデバイスになるためには、5つの大きな課題を解決しなければならない。それは、(1)ヒーロー・デバイスになること(たとえばApple社製のクオリティー。そこではAppleが作ったのかどうかが問われる)、(2)1日使えるバッテリー寿命、(3)ネットへの接続性、(4)アプリのエコシステム、そして(5)価格だ。一筋縄ではいかない課題だが、これらが解決すれば、2020年の中期以降も企業の注目を集めることができる。今年は、スマートグラスの販売台数は、全世界で数千万台を維持できるだろう。
スマートグラスのビジネスモデルの収益
青がハードウエア、緑がアプリストア、赤が電子商取引、紫が広告費、オレンジが事業向け、ピンクが位置情報 (Digi-Capital AR/VR分析プラットフォームより)
2016年に私たちが予測したとおり、もしAppleが2020年後半にiPhoneに接続して使うスマートグラスを販売したなら、AR/VR市場はついに転換点を迎えることになる。とは言え、2023年はまだ、スマートグラスの長期的収益は、ハードウエアとハードウエア以外の事業向けの収益がほとんどを占める状態が続くだろう。一般消費者向けスマートグラスの大衆市場は、Appleが参入したとしても、まだまだ先の話だ。
スマートグラスの事業収益
青の製造/資源、緑の技術/メディア/通信、赤の政府(軍を含む)、紫の小売りなどと続く
(Digi-Capital AR/VR分析プラットフォームより)
これまで、スマートグラスの事業者向け試驗プロジェクトと本格的な展開が初期段階の技術プラットフォームの兆候とされてきたが、現実には、HoloLensやScope ARを使うことで衛星製造作業を50パーセント以上減らすことができたロッキード・マーティンなどの企業からの需要に生産が支えられている。スマートフォンに接続して使うスマートグラスがシステムのコストを削減し、応用の幅を広げてくれるなら、製造/資源、技術/メディア/通信、政府(軍を含む)、小売り、建設/不動産、医療、教育、運輸、金融サービス、公共施設などの産業は2021年に転換期を迎え、事業者向けスマートグラスの収益は跳ね上がるだろう。
VR
VRは、今年、ハードウエアとゲームによる収入を引き続き柱として、適度な成長を取り戻す可能性がある。第二世代のスタンドアローンの高級VRヘッドセット(今年発売されるものではない)は、2020年から2021年の間、促進剤として活躍するだろう。そのためには、高い性能と、充実したコンテンツと、低価格が欠かせない。幸いなことに、そのころにはVRプラットフォームを運営する業者は、散乱した現在のプラットフォームを整理して製品の範囲を絞り込んでいることだろう(これはスティーブ・ジョブズの1997年のシナリオからの受け売り)。
VRビジネスモデルの収益
青はハードウエア、緑はアプリストア、オレンジは事業、深緑は動画、赤は位置情報
(Digi-Capital AR/VR分析プラットフォームより)
VRの収益は、おもに娯楽によるものだ。そしてそれは、普及率とユニットエコノミクスの関係で、スタンドアローンのモバイルVR製品よりも、高級な、またはスタンドアローン型VR製品によるところが大きい。長期的収益の大部分はゲームが占め、続いてハードウエア、事業向け(ハードウエアを除く)、動画、位置情報を使った娯楽となっている。VRプラットフォームの運用者はゲームに焦点を当てているため、ゲーム機でのゲーム以外の収入源を多様化しようと思うと、ソニーやMicrosoftが戦ってきたのと同じ困難に遭遇することとなる(結果はまちまちだ)。
AR/VRの国ごとの収益
青は広告、緑はアプリストア、赤は電子商取引、紫は娯楽、オレンジはハードウエア、深緑は位置情報、ピンクは動画
(Digi-Capital AR/VR分析プラットフォームより)
これからの5年間は、アジアがAR/VRを支配することになり、2023年には、北アメリカとヨーロッパを合わせたよりも多くの収益を得る。この市場への中国の関与は群を抜く。長期的にそこは、単独でもっとも大きなAR/VR市場となるだろう。
では、AR/VR 1.0からAR/VR 2.0に移行するには何が必要か?
AR/VR 1.0からAR/VR 2.0に移行するには、数多くのものが必要となる。
大きな摩擦を小さくする:AR/VR 1.0には、その大部分において、インストール、ユーザー・エクスペリエンス、ユーザー・インターフェイスの面で、いまだに大きな摩擦がある。いろいろな意味で、今のこの市場は、スティーブ・ジョブズがiPodを発売する以前のMP3プレヤーの市場によく似ている(アナログの感覚を捨てきれずにいたときだ)。AR/VR 2.0の摩擦を小さくする努力はまだ道半ばだが、今必要なのはAppleのスマートグラスだ(名前はiGlassesとなるかどうかは別として)。第二世代の高級なスタンドアローンのVR製品(Oculus QuestやHTC Viveの次の世代)とモバイルARの開発者は、NianticやHouzzなどの教訓を学び、それを超えるためのイノベーションに取り組んでいる。
エクスペリエンスからユースケースへ:AR/VR 1.0ではいろいろな「エクスペリエンス」があった。なかには、見た目は強烈だが有意義なユーザー・エクスペリエンスを提供してくれないアプリもあった。AR/VRのドラゴンやポータルには最初はびっくりするが、すぐに飽きてしまう。AR/VRの次の段階は、一日中、しかも毎日使う重要なアプリの機能として、決定的なユースケースに対応することだ。
スタンドアローンから機能へ:今日まで業界は、スタンドアローンのアプリに大きく集中してきたが、私たちが使っているアプリの主要な機能は、もっと利用度が高く、より大きな商業的な成功をもたらしてくれる。ナビゲーション(Google Map)、電子商取引(Amazon、Walmart、Alibaba)、メッセージ(Facebook Spark AR、Snapchat Lens Studio)などは、そのほんの一例だ。
高価から安価へ:初期のAR/VR製品の価格は、3000ドル(約30万円)のHoloLensから200ドル(約2万円)やOculus Goから無料のモバイルARまでさまざまだった。しかし、モバイルのように、すでにユーザーがデバイスを所有している場合は、特定のユースケースを除けば、競争の激しいプラットフォームは価格以上のものを提供している。AR/VR 2.0では、価格は問題とならないため、高い価値を提供しなければならない。
点のソリューションからエコシステムへ:初期のAR/VRアプリの娯楽用(ゲームや動画)または、特定の問題を解決するためのひとつのソリューションを提供するものが大半だった。上で述べたように、AR/VRは、その規模を拡大するためには独自のリアリティー・エコシステムが必要だ。
低い投資利益率を高く:消費者にとってこれは、単に「わぁ!」とびっくりする以上のものが得られるアプリを意味し、企業にとっては、投資した以上の実益をもたらすアプリのことを意味する。これは、ロッキード・マーティンやBellといった企業の活動で実現し始めている。
試験から生産へ:企業向けAR/VR 1.0では、数多くの試験プロジェクトが行われてきたが、製品化されて本格生産に移ったものは少ない。これが変化しつつある。Walmart(STRIVR)などは、本格生産に入ろうとしている。
内輪ネタからブランドへ:AR/VR業界は、いまだにAR、VR、MR、XR、あるいは空間コンピューティングという言葉で自分たちを言い表すことのメリットについて論議し続け、それらをパイプでつなぐ内部的な作業に多くの時間を費やしている。しかし、初期の支持者ではない一般の消費者や企業にとっては、どうでもいいことだ。彼らは、決定的なユースケースに対応してくれるブランドを買うだけだ。それには、ユーザーに明確な焦点を当てることが必要であり、彼らにどのようにマーケティングするかが成功の鍵となる。
細分化から支配へ:AR/VR 1.0は、まだ初期段階であり、ユーザー基盤も比較的小さいのにも関わらずハードウエアとソフトウエアにまたがって細分化したままの状態にある。しかし現在、この業界は、重要な少数のプラットフォームに絞り込む腹を決めたようだ。市場の中のカテゴリーごとに、プラットフォームが自然淘汰され、少数の支配的なものが残ることになるだろう。
夢想からデータ駆動型へ:AR/VR 1.0の企業は、初期の市場の独立した情報源提供者が参入してこなかったこともあり、その多くが実際の数字の公表を怠ってきた。しかし、Digi-CapitalのAR/VR分析プラットフォームが開発され、ロードマップ、国際展開、投資額、評価額などに関する細かい疑問に答える確かなデータや分析結果が得られるようになると、もう隠してはいられなくなった。
VC投資からゴキブリ(資金調達)へ:昨年は、豊富な資金を持ついくつもの先駆者的企業の市場から撤退が始まった。2019年には、収支の合わない企業の大淘汰が行われる可能性がある。アメリカのAR/VR投資市場は、2018年の第四四半期の下落から回復し始めている(中国の投資も加速している)が、AR/VR 2.0では、VC投資を求めるよりも、金儲けをして、「ゴキブリ」のように無節操にバーンレートにこだわることが重要だ。
その他からAppleへ:2020年後半にAppleがスマートフォンと使うスマートグラスを発売したならば、AR/VR 2.0に「iPod現象」が起きる。つまり、新しい標準となるフォームファクターが生まれ、長期的な大衆市場が始まるのだ。ただしこれは、かならずしも業界においての「iPhone現象」ではないことを覚悟しておくべきだろう。こうした促進剤が登場しても、大衆市場が確立されるまでには5年以上かかるからだ。
否定から受容へ:2019年は「AR/VRの年」ではない。また、マーク・ザッカーバーグが言う「10億人がVRへ」も実現しないだろう。マークもそれを認めている。なので、市場の次の段階では、慎重な楽観主義が広がることに期待しよう。
AR/VR 3.0はどうなのか?
2023年までにAR/VR市場は、800億ドルから900億ドル(約9兆7600億円)規模に成長する潜在力があると私たちは見ているが、そこでAR/VR 2.0が完結するわるわけではない。それには、価格が同じでiPhoneに取って代わる軽量なスタンドアローン型スマートグラスなどの誕生が必要だ。そうしたAR/VR 3.0のビジョンを実現させるには、技術的にもコンテンツ的にも骨の折れる仕事を経なければならないわけだが、その前に、AR/VR 2.0を正しく導くことが重要だ。
これからエキサイティングな時代になる。次に何が現れるか、とても楽しみだ。
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(翻訳:金井哲夫)