女性特有の健康ニーズは大手テック企業に長い間顧みられていなかった。そんな中、2016年、タンポンの代替製品を開発したFLEX(フレックス)の売上は400万ドル(約4億3000万円)、避妊薬配送ウェブプラットフォームであるNurx(ナークス)の売上は530万ドル(約5億7000万円)を記録した。なおNurxはその後、9340万ドル(約100億円)を達成している。
この2つの企業は、その年に開催されたY Combinatorのデモデーに参加した100社を超す企業の中で、最も多くの資金を調達したトップ10企業にランクインした。2014年から2017年3月までにフェムテック企業は11億ドル(約1200億円)を調達し、その成長は今も続いている。
CEOや創設者であるKindbody(カインドボディ)のGina Bartasi(ジーナ・バルテージ)氏、Gennev(ジェネヴ)のJill Angelo(ジル・アンジェロ)氏、Milk Stork(ミルクストーク)のKate Torgersen(ケイト・トルゲルセン)氏、Cora(コーラ)のMolly Hayward(モリー・ヘイワード)氏、Lioness(ライオネス)のLiz Klinger(リズ・クリンガー)氏に、彼女らの企業が最初にこの分野に参入して以来、どのように進化してきたのか話を聞いた。まったくの未開拓であったこの分野も今や、女性による女性のためのコミュニティとしての基盤が出来上がっているようだ。
ニューヨークに拠点を置くテクノロジーベースの不妊治療企業、KindbodyのCEO兼創設者のバルテージ氏は言い放つ。「投資家たちが『勢いを妨げる原因となるものは何か、事業の障害となるものは何か』などの質問を投げかけてくるとします。そんな場合私は『女性が昔ながらの方法で受胎し、大学院や医学部、ビジネススクールへも行かず20歳台前半で子供を生んだとしたら、その時こそ、この不妊治療分野は終わりを迎えると思います』と答えるでしょう。そんな可能性は極めて低いでしょうけれど」。
Kindbodyはバルテージ氏が立ち上げた3社目の不妊治療スタートアップ企業だ。彼女自身が不妊治療を経験した後、これらのスタートアップ企業を起業した。当時生後8カ月になる双子兄弟を授乳していたトルゲルセン氏。4日間の出張があった際、約8リットルの母乳を搾ってスーツケースに入れて持ち帰るはめになった。それがきっかけとなって業界初の母乳配送サービスを開始したのだ。こういった選択肢は以前はなかった。需要はあったにしても、それは十分認識されてこなかったのだ。
生理と膀胱ケアのCoraを創設したヘイワード氏は、「過去4〜5年の間に、不妊治療から授乳や性的健康、性的充足にいたるまで、女性の生活のさまざまな分野が、商取引、ビジネス、ビジネスソリューションなどを通して注目されるようになってきたのは、本当に素晴らしいことです」と語った。
フェムテックは女性に限定されたものではない
ただし、フェムテックには一部グレーな分野がある。例えば、不妊治療は常にこの分野の主流であった。Kindbodyはバルテージ氏の3社目のスタートアップ企業であるが、不妊治療はなにも女性の健康に限定された分野ではない。
「不妊問題の50%は男性に関連しているのです」と彼女は言う。「男性にも直接的に影響があるのにもかかわらず、男性はそれについて語らない。語るのは女性だけです」彼女によると、同性カップルが養子を迎えるのではなく、Kindbodyを利用することが増えてきているとのことである。
女性の性的健康とウェルネスに関連する企業は時にフェムテックから(主に外部の企業から)排除され、また含まれている場合には非難されることもある。例えば、多くの投資家に活用されている市場戦略情報企業であるCB Insightsは、定期的にフェムテックについて独自のアイディアに関するデータを発信している。
業界初のスマートバイブレータブランド、LionessのCEO兼共同創設者のクリンガー氏は「ほとんどの場合、Lionessや性的充足に関連するあらゆる企業はCB Insightsの視野に入っていません」と言う。
我々はCB Insightsにコンタクトを取り、最新のフェムテックマップを入手した。しかし、女性の健康に関連するスタートアップ企業の最新のデータマップの中に、性的充足を中核とする(または性的充足に関連する)女性の健康関連スタートアップ企業は、ただの1社も見つけることができなかった。評論(Punditry)ではなくて確率(Probability)についてのインサイトを発信することで、「最も優秀な企業群から支持されている」と自らを喧伝する市場戦略情報企業が、そのマップに300億ドル規模のセックステクノロジー産業を含めていないのは興味深い。我々が女性の性的充足に関連するブランドを見つけた唯一の場所は、2020年の「バレンタインデー」テクノロジーの市場マップであった。
クリンガー氏は、元社員や現在の社員と話す中で、この排除の原因かもしれないと思われる噂を聞いた。
「市場戦略情報企業の大手クライアントがFortune 500企業であることと個人的なものが相まって、性的充足に関連するスタートアップ企業を後退させる動きがあると聞きました」市場戦略情報企業は、性的充足に関連するスタートアップ企業が、これらのクラアントの関心の対象だとは思っていないのだ。
これらの課題は、女性の性的充足に焦点を当てた企業にとってつきものであるように見える。そのためクリンガー氏は、資金調達における最もうれしい驚きは、誰が投資するのか、しないのかが非常にはっきりしていたことだと述べた。
バルテージ氏は彼女が立ち上げた最初の企業、Fertility Authority(ファーティリティオーソリティ)がこの分野に参入した2008年以降、マクロ経済のトレンドが確かに勃興しており、これにより従来に比べて資金調達がスムーズに行えるようになったことを指摘した。新型コロナウイルス(COVID-19)蔓延前の評価額が約20億ドルだった彼女の2番目の会社Progyny(プロジニー)もその1社だ。
「異性同士のカップルは子供を持つことを控え、結婚もすぐにはしないようになっていますが、同性のカップルが子供を持つことが増えています。これは比較的新しい傾向です。5年から10年前の同性カップルの場合養子を取ることはあったのですが、現在は彼女らが人工授精を利用する傾向が急激に高まっています」とバルテージ氏は語った。
さらに彼女は、結婚してから子供を持つという従来の流れに逆らい、卵子の凍結保存をする独身女性の数の多さについても言及した。
閉経期の女性のための初のオンラインクリニック、GennevのCEO兼創設者のアンジェロ氏も、女性を取り巻く主要メディアや会話が全体的に変化しつつあると述べた。
「50歳を超えたジェニファー・ロペスがスーパーボウルのハーフタイムショーに起用されています。ローラ・ダーンやレネー・ゼルウィガーも50歳を超えていますが、キャリアの中で最高となるオスカー賞を獲得しましたね。グウィネス・パルトローがGoopで閉経について語る時代になりました」。
教育がフェムテックの成長を支える
この分野の企業が資金調達に関する様々な課題を抱えているなか、各社のCEOは女性のヘルスケアに関して投資家を教育することがいかに重要かを語っている。
「人々がこの分野のことを知らなかったため、私はセールストークの中で、売り込みよりも教育に力をいれていたように感じます」とアンジェロ氏はGennev立ち上げの際に資金調達を開始した2015年当時のことを思い返す。
これは、健康と生殖に関する教育システムに明白なギャップがあることを浮き彫りにしている。
バルテージ氏は「みなさんの受けた教育はどう妊娠を避けるかであって、どう妊娠するかではありません」と指摘した。「そして、これは本当に誰も知らないことですが、最も生殖力の高い女性と男性が、女性の排卵期にタイミングを見計らってセックスをしても、毎月の自然受胎の可能性はわずか20%にすぎません。50%や60%ではないのです」。
ヘイワード氏が創設したCoraは、生理用品を入手できない女性や少女にオーガニック製品を提供することにより社会的な影響力を及ぼす企業として事業を開始した。生理用品を利用できないことが原因で少女たちは学校へ行けなくなり、男子から遅れを取る結果となる。
ヘイワード氏は「起業家として、そうした経験や、それがどんなにひどいものか、またそれを変えるチャンスがある理由を説明するために、もっと多くのことに取り組む必要があります」と語った。
同様にクリンガー氏は、最も性的充足を認識していないと思われる人こそ最も興味を持っていることに気付いた。
「当社の投資家は、性的玩具が違法であるタイや、テキサスといった伝統的に保守的な土地の方たちです。人々が性的充足と教育を求めていることに気がついた後は、誰を対象に話せばよいかずっと簡単にわかるようになりました」。
活動の中心にあるのは教育であるため、この大変な仕事には少なくともささやかな達成感が伴う。
「私が母乳育児について説明し人々が耳を傾けてくれると、投資に結びつくかはさておき、母乳育児についての人々の認識が高まり、普及に繋がっているという手応えを感じられます」とトルゲルセン氏は述べた。3児の母である彼女は、より多くの人が母乳育児について学ぶことで、他の母親の生活がずっと楽になることを期待している。
2020年は女性が米国の労働力の多数派に
労働力の半数近くが女性となり、管理職の半数以上を女性が占めるようになった。このため、従業員の保持を目指す企業は、従来取り組んだことのない方法で女性の健康ニーズに対応する必要がある。フェムテックは、ソリューションのみならず、他では入手できない(あるいは確立すらされていない)データや情報を提供する最前線に立っている。
これこそ、Milk Storkが創設後またたく間に大きく成長した理由だ。「当社の最初のプレスリリースはFortune誌に取り上げられ、10日もたたないうちに世界でも有数のコンサルティング会社の1社から連絡を受けました。その会社は北米の従業員向けの福利厚生の一環として当社を利用することを望んでいました」とトルゲルセン氏。
彼女は母親たちと女性が圧倒的に多い人事部を称賛する。「私が本当に素晴らしいと感じるのは、母乳育児への認識を高めているのが母親たちであることです。彼女らはもともと購買者としてMilk Storkを利用していましたが、会社側にMilk Storkにかかった費用の払い戻しを求めたり、社内の同僚女性のための福利厚生の一環として会社がサービスを提供することを求めたのです」。
1カ月を経ずして、トルゲルセン氏のチームはMilk Storkを福利厚生の一環として提供する企業向けのソリューションをまとめ上げた。これは創設時には十分確立されていなかったサービスであった。「フェムテックの女性達が改善しようとしている事は、長いこと人の目にふれることがないものだったのです」。
バルテージ氏は、患者が投薬、処方、結果の傾向をより適切に理解できるよう、医師が患者への実践で得た知見をどう共有するかについて論じた。Kindbodyは患者に対し、これらの知見をこれまでに以上に公開し、利用できるようにしている。
「当社には、患者さんが確認できる予測アルゴリズムがあります。これは完全な透明性を持つものです。患者さんは年齢、妊娠歴、卵巣予備能(当社の血液検査によって確認)を入力し、予測アルゴリズムが妊娠の可能性をはじき出します。予測される卵子数も示されます。完全な透明性を可能にするデータがあるため、患者さんと医師の間の自信や信頼関係が高まります」。
クリンガー氏のLionessは、オーガズム関し、これまでにないデータ追跡をすることに重点を置いている。彼女は、性的充足について単に学ぶだけでは価値を見出せない人のために、バイブレーターの使用に関する情報の医学的用途を指摘した。
「一部の人のために、特定の投薬治療や健康状態が彼らの性的充足にどのように影響しているのか、またその逆も追跡しています」女性の性的パフォーマンスについての不安はほとんど議論されないため、これは極めて有益だ。
一方Gennevは、閉経期について初となるアセスメントを公開した。これは誰にでも利用可能だ。「誰もが頼りにできるような、閉経期に関する情報が無いのです」とアンジェロ氏。
Gennevは、アンケートから収集したデータを用いて、閉経期の情報を提供している。「当社はロードマップを作りテクノロジーを用いて予測を行い、患者さんが閉経期を経験するにあたり、これからどうなるのか、現在どの地点にいるのかを理解できるよう支援を行います」。
新型コロナウイルスのパンデミックにより自宅待機という新しい基準がもたらされたが、Gennevはこの生活環境に対する解決策にも取り組んでいる。今月初めに同社は、以前から提供している遠隔医療サービスに加え、医師へのリモートアクセスを提供するHealthFixサービスを開始した。
「当社はHealthFixメンバーシップを拡充し、閉経期の問題を管理するために健康指導者と連携して会員の生活上の行動変化を促すだけではなく、産婦人科医も巻き込んでいます。
チームは25人で編成されています。つまり会員は医療チーム、コーチ、医師が1つにまとまったチームを手頃な価格のベーシックなメンバーシップで利用できるということです。当社はただごく少数のトップ1%の女性のための企業ではなく、全ての女性に向けた企業なのです」とアンジェロ氏は語った。
現在、様々な事柄について将来に向けた動きが停止しているように感じられるが、新基準に関する議論が始まった現在でも、長らく顧みられてこなかったフェムテックの持続的成長は確実だ。
アンジェロ氏は、「人々がなんの知識も持っていない分野では競争は好ましいことです。全員の知名度が上がるからです」と述べたが、これは我々が話しを聞いた各CEOから寄せられた感情を代表するものだ。
競争ついてバルテージ氏は「この分野の仲間意識やお互いの高め合いは素晴らしいものです。競争はこの女性グループの全員が機会を共有し、助け合っている証拠です」と語った。
証拠は数字に表れている。2019年にフェムテックは7億5000万ドル(約810億円)近くを調達した。フェムテックは希望するヘルスケアサービスを見つけられなかった女性たちによって設立されている。女性が抱える問題は少なくない。そのため、歴史的に女性が少数派に過ぎなかった分野に彼女らが進出し続ける現在、多様なソリューションの余地と需要が存在するのである。
Rae Witte 寄稿者プロフィール
Rae Witteはニューヨークをベースに活動するフリーランスジャーナリストである。音楽、スタイル、スニーカー、アート、デート、そして、これらとテクノロジーがどのような関わりを持っているのかをテーマとしている。彼女の記事は、i-D、The Wall Street Journal、Esquire、Forbesなどで読むことができる。
画像クレジット: Sai Pee/EyeEm / Getty Images
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(翻訳: Dragonfly)