オリィ研究所所長吉藤オリィ氏
OriHime は病気や子育て、単身赴任などで行きたいところに行けない人が使う「分身ロボット」だ。最近では、カフェでの接客・運搬や展示会の案内に適したOriHime Porterがモスバーガーの実証実験で導入され、接客用OriHime Dを活用した実験カフェ「分身カフェDAWN version β」がアップデートを重ね、初めて常設店としてオープンしている。OriHimeのパイロット(操作者)には自室から出ることが難しいALS患者などがおり、障がい者雇用の観点からも注目されている。ロボットを使ったテレワークは働き方をどう変えるのか。どんな可能性が生まれるのか。OriHimeを開発、運用するオリィ研究所 所長 吉藤オリィ氏に話を聞いた。
オリィ研究所は「ロボットの会社」なのか?
OriHimeはオリィ研究所が開発した分身ロボットだ。リモートワークに適したOriHime Biz、カフェでの接客、展示会の説明、受付 / 誘導に適したOriHime PorterやOriHime Dなどがある。
OriHime Biz
OriHimeの操作者はパイロットと呼ばれる。パイロットは自宅などの遠隔地からiPad / iPhoneを通して職場にあるOriHimeを操作する。OriHimeにはカメラがついており、パイロットは職場の状況を見ながら、職場で働く同僚とマイクを使って話すことができる。
「遠隔で話す」というと、最近ではオンライン会議システムをイメージする人も多いだろうが、OriHimeはオンライン会議システムと違い、パイロット側の顔や動作を見ることはできない。その代わり、パイロットはOriHimeを操作してOriHimeの顔や手を動かし、ボディランゲージを伝える。
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ここまで読んで「オリィ研究所はロボットの会社だ」と思う人もいるかもしれない。しかし、吉藤氏は「当社はロボット会社ではありません。孤独を解消するためのツールを提供し、研究する会社です」と断言する。
吉藤氏は自身が小・中学校で不登校を経験し、子どもの頃には入院も経験した。「孤独」を感じることが多く「孤独」は「人生の問い」のようなものだったという。
「不登校や入院の状態にある時、多くの人は『自分の居場所がない』と感じます。自分の居場所がないと、誰かとコミュニケーションをとったり、誰かの役に立つこともありません。人の役に立てなければ自己肯定感も湧きませんわきません。人は孤独になると死にたくなることだってあります。でも孤独な人はコミュニケーションが苦手だったり、何らかの理由でコミュニケーション自体が難しいわけです。目が悪い人には眼鏡があります。足の悪い人には車椅子があります。コミュニケーションが難しい人にはどんなツールが必要でしょうか?この問いから、私はOriHimeを開発しました」と吉藤氏は語る。
吉藤氏は「OriHimeは着ぐるみのようなもの。だからこそパイロットはコミュニケーションに前向きになれる」ともいう。
OriHimeのパイロットにはALS(筋萎縮性側索硬化症)、筋ジストロフィー、SMA(脊髄性筋萎縮症)、脊髄損傷などの重度障害を持つ寝たきりの人もいる。そうした人が初対面の初めて会う人と対面で話したり、逆に寝たきりの人に慣れていない人が寝たきりの人と対面でコミュニケーションをとると、お互いに構えてしまうところがある。しかし、OriHimeを通すと、パイロットは自分の姿を直接見られない。「自分がどう見えているのか」を気にせずコミュニケーションをとることができる。パイロットではない方は、パイロットのバックグラウンドを気にせず、パイロットとのコミュニケーションの内容そのものに集中できる。
「いつも真面目に怖い顔をしている人でも、かわいいキャラクターの着ぐるみに入ってしまえば、やたらとかわいい仕草ができたりしますよね。それと同じで、OriHimeを通すと自分のいろいろなブレーキを外してコミュニケーションがとれるんです」と吉藤氏は説明する。
ここまで読んでわかるように、OriHimeはあくまで「外側」「分身の体」だ。OriHimeの中身は人間、つまりパイロットでなければいけない。これは最近のデータ活用やAI活用といった「情報を活用してコンテンツを作り、ビジネスを行う」流れとは異なるように見える。
吉藤氏は「OriHimeはコミュニケーションを補助し、人と繋がり、孤独を解消するためのロボットです。確かに、AI技術がものすごく進化すればAIと友達になって孤独を解消できるかもしれません。あるいは、AIを介して人間と友達になれるかもしれない。でも、それは現段階ではできないことです。今AIに褒められてもうれしくないし、自己肯定感には繋がりません。だからOriHimeの中身は人間でなければいけないのです」と人間の重要性を強調した。
遠隔で働くのに「体」は必要なのか?
「遠隔で働く」だけなら、オンライン会議システム、チャット、メール、電話など、さまざまな方法がある。OriHimeのような「物理的な分身」「アバター」を職場に置く必要はない。分身が職場にあると何が変わるのだろうか。
吉藤氏は「『体が同じ空間にある』ということは『一緒に何かをする』という感覚と密接に結びついています」という。
OriHime D
例えばある人が1人でショッピングに行って、その間ずっとショッピングの状況をスマホで撮影しながら実況し、家で寝ている病気の家族と話ことができる。しかし、その人がOriHimeと一緒にショッピングに行って、病気の家族がパイロットとして同行したらどうだろう。おそらくこちらの方が「一緒にショッピングをしている」感覚が強くなる。
実は、物理的な分身にはもう1つの側面もある。就業のハードルを下げることだ。
障がい者、特にOriHimeのパイロットに多い寝たきりの人は、移動が難しい。「それならテレワークをすればいい」と考える人もいるだろう。しかしテレワークは基本的にデスクワークだ。多くのデスクワークには一定の学校教育のバックグラウンドとコミュニケーション能力が必要だ。
しかし、寝たきりの人にはそもそも教育へのアクセスに限りがある。小学校、中学校、高校、大学など「学校に通う」「教室を移動する」ことが難しい。さらに、コロナ禍の今でこそオンライン教育は珍しくなくなったが、それまでは選択肢が限られていた。つまり、寝たきりの人は、教育にアクセスするハードルが高いため、デスクワークに必要な教育を受けてこられなかった人もいるのだ。
OriHime Porter
また、学校や部活動、アルバイト、職場で得られるコミュニケーション経験も得ることが難しい。教育やコミュニケーション経験が少ない人はデスクワークの就業が難しく、したがってテレワークで働くことが非常に難しいのだ。
「当社で秘書として働いていた番田という者がいるのですが、彼がまさにそういう状況でした。デスクワークをしたいが、それに必要な教育やコミュニケーションの場にアクセスできなかったんです。そこで番田と考えたところ、肉体労働であれば就業のハードルが低いのではないかという結論に至りました。『テレワークで肉体労働ができないか?』その問いから、接客や食べ物・飲み物を運ぶ仕事をOriHime PorterやOriHime Dなど、大型のOriHimeでテレワーク化することに繋げました」と吉藤氏は振り返る。
「人助け」ではなく「一緒にミッションを背負う」
吉藤氏は「OriHimeプロジェクトは障がい者とのとの共創で進んできた」と語る。OriHimeの開発、改善のプロセスで障がい者のある友人とコミュニケーションをとり、彼らが困っていることの解決に努めたからだ。
「OriHimeのビジネスは『人助け』に見えるかもしれませんが、そうではありません。まず最初に、OriHimeは私自身の孤独の問題に対する1つの答えです。孤独に苦しんだ自分が、かつて苦しんだ自分を救うために作ったものです。そして私はOriHimeという選択肢を次世代に残したいのです」と吉藤氏は強調する。
さらに、OriHimeは「障がい者を助けるためのプロジェクト」でもないという。
吉藤氏は「寝たきりの人たちは、人と繋がるための最初のステップのサポートを必要としているかもしれません。ですが、それは『いつまでもずっと助けて欲しい』という意味ではありません。多くの障害のある人たちは自立したいのです。それはOriHimeの開発過程でも同じでした。OriHimeの開発に関わった障害のある友人たちは、次の世代の自分と似た境遇にいる人々を助けるために私と一緒に研究をしてくれました。ALS患者の友人は『こういう体に生まれてきたからこそ残せるものがあるなら、私の人生に意味がある』と言っていました。私は『OriHimeで障がい者を助けている』のではなく、『OriHimeという共通のミッションを障がいのある友人たちと背負っている』のです」と話す。
脱「機能」、脱「効率」で経済的自立へ
オリィ研究所は6月から日本橋に「分身カフェDAWN version β」(以下、分身カフェ)を常設で開いている。これはALSなどの難病や障害で外出困難な人々がパイロットとしてOriHime、OriHime-Dを遠隔操作し、スタッフとして働く実験カフェだ。元々は期間限定の実験としてスタートし、これまで4回開催されてきた。今回は常設店として初の開店となる。
分身カフェDAWN version β
その他にも、群馬県庁にあるカフェ「YAMATOYA COFFEE32」でOriHimeが、モスバーガー大崎店ではOriHime Porterが期間限定であるが活用されている。
外出が難しい人々の就業の機会創出の手段としてOriHimeが活用されているわけだが、パイロットはこうしたカフェで経済的に自立できるのだろうか。
吉藤氏は「パイロットの経済的自立は重要なテーマです。オリィ研究所が直接マネジメントする分身ロボットカフェでは東京都の最低時給以上を出せています。ただ、これまでは3週間程度のイベントでこの水準を保ってきました。次の課題は常設カフェとして同じ結果を出せるかどうかです」と力を込める。
分身ロボットカフェでの利益追求には戦略が重要になる。遠隔操作のOriHimeを使う時点で「安さ」「速さ」での戦いは不可能だからだ。
「分身ロボットカフェでは、効率と機能を追求しているわけではありません。食べ物・飲み物を速く安く提供するのであれば、自動販売機やファストフードと競合しないといけません。ですが、私たちが目指すのは『パイロットと話す体験』というエンターテインメントです」と吉藤氏は説明する。
実は、分身カフェには思わぬ効果もあった。接客に当たっていたパイロットが客として来ていた有名企業の人事担当者にヘッドハンティングされたのだ。
「障がい者雇用促進法は、企業に障がい者を雇用することを義務付けていますが、法定雇用率に達していない企業も数多くあります。このような企業にとって、分身カフェは障害を持つOriHimeのパイロットと出会う接点になり得ることがわかりました」と吉藤氏は振り返る。
また、島根県に住むあるパイロットは、障害が重く、部屋から出られない。しかし、大阪のチーズケーキ店でOriHimeパイロットとして販売に従事。さらに東京の分身カフェでもOriHimeを使って働いている。ある日、このパイロットと仲良くなった東京の顧客が大阪のチーズケーキ店を訪れ、そこでチーズケーキを買ったという。
「店員が客のいる店に来て働くのではなく、客が店員のいる店に行くというおもしろい流れが生まれました」と吉藤氏。
障害者雇用の可能性を各方面で広めているOriHimeだが、吉藤氏は今後どんな展開を目指しているのか。
「これまで部屋を出られなかった人たちは『オンラインで勉強すればいい』『遠隔で働けばいい』と言われてきました。ですが、今、コロナを経験し、『その場にいること』『その人と一緒にいること』の大切さがわかった人も増えたと思います。部屋を出られない寝たきりの人たちは、ある意味でニューノーマルの大先輩だったわけです。部屋から一歩も出られなくなった時、『OriHimeを使って外で働きたい』と思ってもらえるようにすること。分身ロボットカフェを常設にして長期運用し、パイロットが継続的に働けるようにすることが直近の目標です。コロナが終わったら、OriHimeを使ったスナックも挑戦したいです。部屋の中から、ベッドの上で、目や指を使ってパイロットがOriHimeを通して接客することを、もっと身近にしたいですね」。
吉藤氏はそう語り、インタビューを後にした。
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