デジタルアイデンティティサービスは、オンライン上の本人確認を行う組織と、そのサービスにログインする個人との間をつなぐ重要な役割を担っており、この1年間で急速に普及してきた。この度、デジタルアイデンティティサービスを提供する1つの企業が大規模な資金調達を発表し、市場規模の大きさを強調した上、この分野での中心的なプレイヤーとなることを目指していることが明らかになった。
生体認証、機械学習、コンピュータビジョン、ビッグデータなどを利用したID文書やログインのチェック、不審な金融活動や個人情報の盗難の防止など、さまざまなデジタルアイデンティティツールや技術を提供するプラットフォームを構築してきたJumioは、1億5000万ドル(約166億1000万円)のラウンド資金調達を完了した。パロアルトに本社を置く同社は、今回の資金調達により、同社のプラットフォーム上にさらに多くのツールを構築し、2021年の大きな成功を受けて、顧客の拡大にさらに力を注いでいきたいとしている。
現在、Jumioの主な事業はB2Bで、HSBCのような企業顧客にデジタルID認証を管理するためのツールを提供している。今後は、AI機能を拡張してマネーロンダリング対策を強化したり、保有するデータやツール、顧客のネットワークを活用して、個人がオンラインでより優れたID管理ができるようにするB2C製品の構築を検討したりするなど、さまざまな分野に投資していく予定だ。
インタビューに答えたCEOのRobert Prigge(ロバート・プリッジ)氏は「インターネットの基盤は、匿名性ではなくアイデンティティであるということが大きなポイントだと思います」と述べ、デジタルトランスフォーメーションの流れがその変化に拍車をかけているという。「ここ2、3年で大きな変化がありました。人々は元々、匿名性によって身を隠したかったのですが、今ではアイデンティティが重要な鍵となっています。オンラインバンキングにしても、ソーシャルネットワークにしても、リモートで信頼を確立できなくてはなりません」。
もちろん、匿名性は消えたのではなく、形を変えて存在する。データ保護規制は、現在主流となっているツールを利用する際に、必要に応じて個人情報を保護することを目的としている。英国などの国では、デジタルIDを使用または管理するサービスが共通のフレームワークで運用されていることを確実にし、ユーザー自身が適切な監視を行うことを目的とした規制をさらに強化している。これは、Jumioのような企業にとっての課題であり、チャンスでもある。つまりプライバシー保護を念頭に置きながら、アイデンティティの推進をどのように誘導していくかが課題となってくるということだ。
今回の資金調達は、Great Hill Partners(グレート・ヒル・パートナーズ)という単一の投資元によるもので、同社はCentana(センタナ)とMillennium(ミレニアム)に加えてJumioの株主となる。評価額は公表されていないが、プリッジ氏は、Jumioの現在のポジションを示すと思われるいくつかの詳細について言及している。
同氏は、Jumioが2020年1億ドル(約110億7000万円)の収益を上げたこと、2016年に1600万ドル(約17億7100万円)という控えめな額の資金を調達した後、今回は約5年ぶりの資金調達であること、そして今回の資金調達は、デジタルアイデンティティ企業にとって過去最大の単一ラウンドとなりそうであることを明らかにしている。
しかし、市場環境や技術の進歩に伴い、この分野にはかなりの勢いがあり、他にもデジタルアイデンティティやマネーロンダリング対策(AML)を目的としたベンチャー企業が続々と立ち上がり、成長し、資金を調達している。2020年だけでも、ForgeRock(9600万ドル[約106億2700万円]のラウンド)、Onfido(1億ドル[約110億7200万円])、Payfone(1億ドル(約110億7200万円])、ComplyAdvantage(5000万ドル[約55億3500万円))、Ripjar(3680万ドル[約40億7300万円))Truework(3000万ドル[約33億2100万円))、Zeotap(1800万ドル[約19億9200万円))、Persona(1750万ドル[約19億3700万円))などがあり、結局Jumioの資金調達が突出していないという事態になっても不思議ではない。
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一方、2021年初めのEquifaxによるKountの買収や、OktaによるAuth0の65億ドル(約7198億8800万円)での買収は、信用格付け機関や企業向けログインサービスを提供する企業など、市場の他の分野からの競争が激化していることを示しており、また、統合の傾向も大きくなってきている。
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新型コロナの流行の影響で、これまで対面で利用していたサービスの多くがウェブやアプリで利用できるようになったが、一方でその環境を悪用したサイバー犯罪も増加しており、これら双方の理由からID認証ツールの需要が高まっている。
Jumioは、こうしたサービスを提供している企業の中でも、大規模かつ歴史のある企業として注目されている。プリッジ氏によると、Jumioは現在、銀行グループのHSBCやユナイテッド航空、通信事業者のSingtelなどの超大手企業を含む約1000社の顧客を持ち、200カ国で事業を展開しているという。
また、さまざまな種類のツールを提供するプラットフォームアプローチを開発したことも特徴的だ。これは、他の多くの企業が、新規参入ということもあってより特殊な技術に焦点を当てたり、かなり複雑な問題の狭い側面に対処しているのとは対照的だ。とはいえ、同社の初期の仕事は、今でも主力となっているようだ。ユーザー認証プロセスを開始するために「読み取る」ことができる文書の数は、現在約3500に上る。そのおかげで、Jumioのプラットフォーム上で行われた認証は3億件を超えている。
「ほとんどのベンダーは、ユーザーが誰であるかを確認しますが、それが本当にユーザー自身であるかどうかは確認しません。だからこそ、生体認証が重要なのです。私たちは、これを総合的な開始プロセスだと捉えています。私たちは、AMLとKYC(Know Your Customer)を提供する数少ない企業の1つです」とプリッジ氏はいう。同社のAMLツールは、2020年のBeam Solutionsの買収によって得たものだ。
とはいえ、今回の資金調達は、浮き沈みの激しかった同社にとって大きなステップアップとなる。
誤解のないように付け加えておくと、プリッジ氏は、自分が経営しているJumioは同社の前身とは何の関係もないと、はっきりと述べている。
Jumioは10年ほど前に誕生し、携帯電話のカメラを使ってクレジットカードやIDをスキャンして決済を可能にする技術を駆使し、モバイル決済の初期プレイヤーとしてAndreessen Horowitz(アンドリーセン・ホロウィッツ)氏やEduardo Saverin(エドゥアルド・サベリン)氏などの投資家から4000万ドル(約44億3100万円)近くの資金を調達した。事業は決算結果の虚偽記載や、おそらくその他の関連事項でも苦境に陥り、最終的には2016年3月に破産申請した。サベリン氏は(他の買い手が出てくることを促すためだったが)の事業を買いたがった。そして最終的にセンタナが85万ドル(約9400万円)というバーゲン価格で買い取ったのだ。
その結果、一部の事業(主にブランド戦略、事業コンセプト、一部の従業員)は破産を免れたが、旧Jumioの破産手続きは、ほぼ5年経った今でも続いている。初代創業者が、この混乱を最終的に終結させるために必要な書類を破棄したとして告発されていることもその理由の1つとなっている。
ここで注目すべきは、Great Hill Partnersが投資を行っていることだ。Great Hill Partnersは、ハイテク企業への投資を増やしているPEファームであり、レイターステージのスタートアップのラウンドに参加するPEファームが増えているという大きなトレンドの一部でもある。同社の関心は、ライバルの多い分野でリーダーとして台頭してきた一方でデジタル・アイデンティティという大きな機会を狙っている会社を支援することにあり、その価値は2019年の60億ドル(約6640億3200万円)から2024年には128億ドル(約1兆4166億100万円)になると予測されている。
Great Hill PartnersのパートナーであるNick Cayer(ニック・カイヤー)氏は、メールによるインタビューで、以下のように語った。「Jumioは、専門知識の豊富な経営陣、しっかりした製品ロードマップ、グローバルな展開など、すばらしい基盤を持っており、オンラインでの取引ややり取りの量、それにともなう不正行為が記録的な量に達している中で、同社は大きな成長を遂げようとしています。特に私たちは、同社のAIを活用した本人確認ソリューションであるJumio GoとKYCオーケストレーションプラットフォームに大きな信頼を寄せています。Jumioは、オンラインでの本人確認サービスに対する驚異的な需要に対応すると同時に、当然ながら、この分野における新たな進化を遂げた競合他社を凌駕しなければなりません。私たちは、Jumioがこの分野でのリーダーシップを維持するための適切な経営陣、革新的な製品ロードマップ、支援する投資家グループを有していると確信しています」。
画像クレジット:DKosig / Getty Images
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(文:Ingrid Lunden、翻訳:Dragonfly)