量子科学技術研究開発機構(QST)は3月22日、生きた細胞内の60億塩基対のDNA鎖上にある、たった1つの損傷を見つけ出して、直接観察できる技術を世界で初めて確立したと発表した。DNAの損傷を可視化し個別に観察することが可能になったことから、損傷が自然に修復される様子や修復されにくいタイプの損傷の構造が明らかになり、DNA損傷の修復エラーが原因とされるがんや細胞老化のメカニズムの解明、効率的ながん治療に貢献すると期待されている。
量子科学技術研究開発機構量子生命・医学部門量子生命科学研究所DNA損傷化学研究グループの中野敏彰氏、赤松憲氏、鹿園直哉氏らと、広島大学の井出博名誉教授からなる共同研究グループは、長いDNA鎖から損傷部分を取り出し、原子間力顕微鏡(AFM。Atomic Force Microscope)で直接観察することに成功した。細胞内のDNAは、放射線など様々な要因で傷つくが、その傷には細胞の働きで自然に修復されるものと、されないものとがある。その修復されない損傷が、細胞死やがんにつながるとされている。老化やがんのメカニズムを解明し、効果的な治療方法を確立するためには、DNA損傷を1つずつ詳しく観察する必要がある。ところが、従来用いられていた蛍光顕微鏡のマイクロメートルレベルの解像度では、その可視化は原理的に不可能だった。
そこで研究グループは、ナノメートルレベルの解像度を持つ原子間力顕微鏡を使った観察を目指した。まずは長いDNAを観察可能なサイズに切り分け、膨大な量のDNAの断片から、損傷を含むものだけを集める手法を開発。損傷部分のみを探し当てて直接観察できるようにした。実験では、放射線を照射したヒトリンパ芽球細胞からDNAを取り出し、塩基に生じた損傷を特殊な酵素で切り出した。そして、その切り出した部分の塩基欠損部位に特異的に化学結合する薬剤で標識を付けた。これを原子間力顕微鏡で観察可能な長さに切断すると、損傷を含むDNA断片と含まないDNA断片が作られるので、標識に結合する磁性粒子で損傷のあるDNA断片だけを集めた。
個々の損傷が可視化できたことから、DNA損傷を、周辺に損傷のない「孤立塩基損傷」や複数の損傷が集中して起きる「クラスター損傷」などと種類分けができるようになった。また、それぞれの修復の速度も解析できるようになった。たとえば、重粒子線を当てた細胞では、損傷が6時間で8割修復された。エックス線の場合は1時間で約半数、6時間で約8割が修復された。しかし、二本鎖切断と呼ばれる損傷はなかなか修復されないことがわかった。
こうして修復されにくい損傷の形態がわかり、重粒子線による損傷と修復されにくさを解析できるようになったことが、がんの放射線治療の効果向上に役立つと期待される。またこの技術を発展させることで、発がんメカニズム、老化の原因の解明なども可能になるという。今後は、DNA損傷の特徴に合わせて、どのような修復メカニズムが働きやすいか、または働きにくいかを明らかにしてゆくとのことだ。