スタートアップといえばWebサービス、という時代はもう過去のものになりつつあるかもしれない。ハードウェアを開発したり、金融のようなお固い業界で新しいサービスを作り出したりと、その幅は大きく広がっている。
2016年11月17日に「TechCrunch Tokyo 2016」の中で行われたイベント「CTO Night powered by AWS」では、スタートアップ企業のCTO、10名が登壇し、それぞれのビジョン実現に向け、テクノロジーの観点から成長にどのように寄与してきたのかを語った。限られた時間でのプレゼンテーションながら、技術面からの掘り下げあり、チームマネジメントや組織作りの工夫ありといった具合に、多様なチャレンジが紹介された。
以下ピッチ内容と審査の結果選出されたCTO・オブ・ザ・イヤーを紹介するが、イベント全編の様子は、こちらの動画でもご覧いただける。
人やチームを動かすのは「ユニークな仕事と生きるのに必要なお金」ーープレイド 柴山CTO
すでに1300社以上に導入されているというWeb接客プラットフォーム「KARTE」は、自社のサイトにどんなユーザーが来ているか把握できるよう支援するサービスだ。年間の解析流通金額は3000億円に達しているというが、これを数兆規模にまで伸ばしていくことが目的という。
その実現に向けて奮闘している柴山直樹氏は、元々は「人」というものを研究するため工学部に進学し、神経科学やロボティクス、機械学習などを研究してきた経歴の持ち主だ。「人を作りたい」と考えてきた同氏が見るところ、「結局のところ人間やチームをドライブするのは、ユニークな仕事と生きていくために必要なお金に尽きると思っているし、CTOの仕事もそれに尽きると思っている」という。
KARTEでは「今来ているユーザーはどんなユーザーか」を知ることができるインターネット横断型のミドルウェアを作り、すべてのインターネットサービスに入れていくこと」をミッションにしている。柴山氏のCTOとしての役割は、この目的、つまり「やりたいこと」とやれること、稼げることの中間地点をビジョンとして設定していくことだ。「CTOの仕事の80%はビジョンを作ること。面白いビジョンやプロダクトと、力強い事業を作りお金にしていくことにフォーカスすることが、熱狂的な組織を作る」と同氏は述べた。
逆に「組織やフロー、文化についてはなあなあで進めていくほうが、他を縛ったりしないのでいいのではないかというポリシーでやっている」そうだ。「いろんな考え方の人がいるので、一番良いものを探すのが難しい。課題があったら毎回その場で考えるのがいいかなと考えている」という。
3人体制のころからスクラムを導入し、進捗を共有ーークフ 佐藤大資CTO
クラウド労務アプリケーション「SmartHR」を提供しているクフは、ちょうどCTO Nightの翌日、11月18日に1周年を迎えるという。年末調整機能をはじめ次々に機能追加、強化を行っているが、それを支えるのはデザイナーも含め7名体制のチームだ。同社CTOの佐藤大資氏は、この少人数で次々開発を可能にした秘訣を紹介した。
最初はカンバン方式で、Trelloを用いてタスクを管理していたが、「おのおのが黙々と開発を行っていて、互いの進捗が分からない」という課題に直面した。「機能ごとにタスク管理を行っているが、工期が伸びてしまうことがあったし、ディレクターはヒアリングのため外回りが多く、進捗が分かりにくかった。営業にも機能追加の時期を伝えにくくなっていた」。そこで見積り精度を高め、進捗状況を共有するために採用したのが「スクラム開発」だった。
スクラム開発を導入した当初、開発チームはわずか3名。その規模でもはじめはスケジュール調整やタスク粒度調整に手間取り、3回目くらいからようやくスクラムが回り始めたという。結果として「綿密な工数出しで工期が正確になり、朝会でタスクごとの進捗や問題点が共有できるようになった。機能追加時期の精度も高くなった。何より最大のメリットとして、経営も週一単位のスプリントで見直しと改善ができるようになった」と述べた。
もう1つ課題となったのは、いかに価値観を共有するかだ。メンバーが増えるにつれて「やるべきこと」と「やらないこと」の区別や機能の優先度がバラバラになってしまう問題が生じた。そこで、30秒程度の短い時間でサービスの全体像を明確に言語化する「エレベーターピッチ」と、機能を段階的に整理する「ホールプロダクト」を取り入れることで優先順位のずれをなくし、会議でも率直な意見が出せる環境にしていった。
「一番大切なことは、サービスについてチームでよく話し合い、サービスの価値観をしっかり共有すること。そしてその場を会社が提供すること。そうすることで、エンジニアも含めすべての職種がサービスに向き合い、自律して行動できるようになる」(佐藤氏)
コミュニティの力を借り、公開できる成果は公開するーーRepro 橋立CTO
フリーランスのエンジニアとして活動した後Reproにジョインし、2016年7月にCTOに就任したばかりという橋立友宏氏は「何をやっていたらCTOになってしまったのか」というタイトルでプレゼンテーションを行った。
Reproはモバイルアプリケーションに特化したアナリティクス/オートメーションツールを提供している。サービスは急速に成長しており、「入社当初は1日の生ログが100MBくらいだったのが、今は1日15GB程度へと、150倍になっている。単純に同じようなやりかたをしていては、とっくに破綻しているだろう。ビジネスの成長に合わせて技術者とアーキテクチャも一緒に成長していくことが求められる」(橋立氏)
破綻を避けるため、CTOやエンジニアには「ビジネスが重大な課題に直面しても、継続して環境を維持し、成長を妨げないこと。そのために技術者は常に適切なアーキテクチャを選定し、それを実際に形にしていく能力が必要だ。コトが起こってからでは遅いので、先を読んで調査し、それを実際に形にしていく開発力を持っていなければならない」という。実際に同氏は、「fluentd」を活用したスケーラブルなバッチ基盤の構築と高速化、「Embulk」を用いたデータ処理効率化、アプリケーションのコンテナ化といった取り組みを進めてきた。
しかし橋立氏は自らを「僕自身は凡百のプログラマーだと思っている」という。「なぜこのような活動ができたかというと、オープンソースソフトウェアのコミュニティをはじめとするエコシステムの力を借りることに慣れていたから」と述べ、限られたリソースの中でスピード感を持ってサービスを形にしていくには「先達の知識」を借りる必要があると語った。
Rubyコミュニティなどで「Joker1007」として知られる同氏は、ただ先人の力を借りただけではない。バッチ処理改善の過程で、fluentdのプラグイン「BigQuery」のメンテナーになるなど、公開できるものは公開し、コミュニティに還元できるものは還元してきた。
「オープンにできるもの、公開できるものは積極的に公開してコミュニティに還元する。それがエンジニアの世界をよくすることにつながる。そしてエンジニアの世界がよくなれば、世の中全体をよくしていく力になるはず」(同氏)。言うはやすし、行うは難しのこの言葉を、仕事の中で当たり前に実行し、続くエンジニアに背中で見せるのが「僕のCTOの仕事として大事なこと」だという。
ユーザー参加型のテストを採用し、激しい変化に対応ーーOne Tap BUY 山田氏
「投資をもっと身近に」というビジョンのもと、スマホ証券サービスを提供しているOne Tap BUY。さまざまな規制への遵守が求められる金融システムと連携したサービスである以上、いわゆる「Webサービス」とは異なる苦労があったという。
同社システム部 執行役員 システム部長の山田晋爾氏は、「スマホアプリの開発以外に、証券システムも開発する必要があるが、証券業務を回すために必要な注文処理、約定処理、入出金処理、出庫処理、法定帳簿や権利処理など、いろいろと作らなければならないシステムがあった」と振り返った。
スマホアプリのデザインについても試行錯誤してブラッシュアップしていったが、「スマホ側のデザインが変われば、証券システムのサーバ側の処理も変えなければいけない。お客様が入力する情報が変われば、証券業務をどう回していけばいいかも変わっていく」(同氏)。しかし、激しく変更が加わるスマホアプリに応じて対応に当たる開発担当者は当時2名しかいなかった。
「いろいろ悩んだ挙げ句、ユーザー参加型のテストを採用して開発を進めた。通常ならば、システム部でテストを行って保証したものをユーザー側に渡すが、今回はトライアルアンドエラーで、ユーザー部門にデバッグ、テストまでやってもらう形を取った」(山田氏)。全社を取り込んだテストを行うことで品質もかなりの程度高めることができ、おかげでシステムリリース以降、顧客に迷惑をかけるようなクリティカルな障害は出ていないという。
成功体験にとらわれず、「逆説」で課題を乗り越えるーーフロムスクラッチ 井戸端氏
フロムスクラッチのCTOである井戸端洋彰氏は、あらゆるデータソースから企業のマーケティングに必要なデータを取得し、メールやCMS、アナリティクス、MAといったあらゆるマーケティング施策に活用できるプラットフォーム「B→Dash」のアーキテクチャ設計や開発に携わってきた。その中で直面した課題には、常識とされている事柄への「逆説」で解決してきたという。
1つ目の逆説は「多機能開発」。たいていはキャパシティやリソースが限られている中で「選択と集中」を考えるところだが、「自分たちは必要な機能、お客様の要望は全部やります、というスタイルでやってきた」(井戸端氏)。TDDやマイクロサービスを採用し、インターフェイスにもこだわりつつ、「ペルソナを作りながら、どういうユーザーがどういうふうに使っていくか、開発メンバーも社内もしっかり認識を合わせながら開発に取り組んできた結果、順調に伸びている」という。
2つ目は、ウォーターフォールベースで開発しながら、短いときは2週間でリリースするというスタイルだ。「Web系はアジャイルでやっているところが多く、『ウォーターフォールって時代遅れじゃないの』と言われるけれど、逆に業務システムにはアジャイルを適用するのはまだ難しい部分がある。そこでわれわれは適材適所で、ところどころアジャイルの手法を取り込みながら開発をガンガン進めてきた」(井戸端氏)。しっかり要件定義を行いながら、実現時期もコミットし、タイムリーに機能を届ける体制を実現したという。
「マーケティングプラットフォーム市場にはグローバルなビッグ企業が競合として存在し、かなりレッドオーシャンな市場。後発かつベンチャー、フルスクラッチで開発する会社が戦っていくためには、こうせざるを得なかったと思う」(井戸端氏)
最後の逆説は、外部の業務委託エンジニアの比率が高く、一時期は8割を占める体制で開発を行ったことだ。外部エンジニアが増えすぎると、コントロールや効率、モチベーションの面で困難が生じると言われがちだ。しかし「テクノロジーやビジネスが急激に変化している中で、開発組織が柔軟な体制を維持しなければ、圧倒的な開発効率は得られなかった。リスク志向でできない理由を並べるのは簡単だが、たくさんのエンジニアの方とお会いして、会社として実現したい世界観を腹を割って惜しまず話すことで、プロパー、外部エンジニア関係なく仲間としてやる雰囲気作りにこだわってきた」(同氏)という。
「エンジニア、人は、どうしても過去の成功体験にとらわれてしまい、非常識と言われていることに対して『無理だよね』と考えがち。でも、われわれには実現したいものが明確にある。不可能や非常識を常識に変えながら、世界を変えるプロダクトを日本発信で作っていきたい」(井戸端氏)
時にはシビアな意思決定も下しつつ、企業文化を育てるーーカラフル・ボード 武部CTO
カラフル・ボードでは、当初ターゲットにしていたファッションをはじめ、映画や音楽などさまざまな領域で個々人の好みを理解したパーソナルAI「SENSY」を作り、プラットフォーム化して提供している。2016年10月には単月黒字化に成功し、イベントと相前後してチャット型パーソナルAIの「SENSY Bot」や、クローゼットアプリケーション「SENSY Closet」をリリースした他、AI技術をAPI化して「SENSY AI API」としてクローズド公開した。
しかし「戦犯としてのCTO」と題してプレゼンテーションを行った取締役CTO、武部雄一氏によると、道のりは平坦ではなかった。特に武部氏の場合は「カラフル・ボードに参画早々、大きな意思決定を求められる場面があった。当時、コンセプトアプリの域を出ていなかったSENSYにもう一度大きなリバイズをかけるか、それとも別の選択肢を選ぶのか。しかもこの時点で赤字経営となっており、体力の限界が見える中、どこで事業収益を上げ、経営基盤を安定させるという課題もあった」という。
結局武部氏は、「将来性のある新しいサービスに着手する」という判断を下した。新しいサービスで収益を上げ、経営基盤を安定させた上で、パーソナルAIとプラットフォーム化というビジョンに最短経路で結びつける狙いがあった。「入社してすぐ、せっかくみんなががんばって作ってきたアプリに、これから先はそんなに注力しないと宣言した。タイトルに『戦犯』という言葉を使ったとおり、恨まれても仕方がないけれど、そういうシビアな判断をした」。
その実現に向け、マイクロサービス化や開発プロセス、ツールの見直しなど、さまざまな工夫を凝らしたという。「ただ、発明はしてない。当たり前のことを当たり前にやってきた」と同氏は振り返る。チームビルディングについても同様だ。「企業文化やチーム文化を育てて守ることを何より大事にしようと決めた。そのためチームが大切にしたいことを言語化し、『クレド』として明文化した」(武部氏)
最後に武部氏は、次世代のCTOに向けて「リスクテイクしてほしい。それまでのキャリアを捨てて新しいスタートアップに飛び込んでみたり、事業戦略ならば思い切って全然違う方向を選択してみたり、技術ならばこれまでの既存技術の延長線上にないものを選択してみる。そうでなければ大きな成果は望めない」と述べた。さらに「自分は、生き甲斐と仕事がマージできているか、いつも振り返っている。ここが乖離してdiffがある状態だと、あとでconflictしてつらいこともある。コードと違って、自分の人生のpull request権限は自分にしかない」とも述べている。
多様なバックグランドを持つ専門家をまとめるのは「共感」ーーBONX 楢崎CTO/COO
今回のCTO Nightで目立ったのは、ソフトウェア以外領域で成長しているスタートアップだ。その1つ、ウェアラブルトランシーバー「BONX」の開発を行っているBONXの共同創業者でCTO/COOの楢崎雄太氏は、「よく『ハードウェアスタートアップって大変?』と尋ねられるので、今日はその現実を伝えられれば」と、自らの経験を紹介した。
ハードウェアの開発には、ソフトウェアとは桁違いの時間がかかる。BONXの表面仕上げを決めるだけで、デザイン作成と構造設計、素材の選定、仮金型に基づく確認、本金型の作成と調整……、という具合で、約4カ月の時間を要したという。
「ハードウェアの開発って、全然終わらないんです。ものの開発が終われば部材を調達し、倉庫を手配し、どんな物流網で届けるかなど、とにかくやることがいっぱい出てくる。経験がないと分からない分野も多く、専門性が高い。これら全てをやらなくてはならないのが、ハードウェアスタートアップの現実」(楢崎氏)。もちろん、並行してサービスやアプリの開発も必要だ。
これらを形にするために同社では「物語を全ての起点とした製品開発とモノ作りを意識している。『物語』とは、プロダクトビジョンやユーザー体験、カスタマージャーニーといった事柄とおそらく同じことで、要は、モノを通じてどんな価値観を伝えるかが一番大切だと考えている」(同氏)。目指すべき姿が明確になり、一致すれば、エンジニアのモチベーションが沸き、自律的に「次はあれを作るべき」「これはいらないよね」と動くようになり、技術的なチャレンジにも取り組んでくれるという。
もう1つ、組織作りの上では「共感」が大事だと感じているそうだ。「ハードウェアスタートアップは、多様なバックグラウンドのある専門的な人が集まらないとなかなか実現できない。共感してもらうことによって、どんどんいろんな人がきてくれる」(同氏)。
事実BONXには、アプリやサーバだけでなく、音声処理やハードウェア、構造設計や工場管理など、さまざまな専門性を持った人材が集まっている。ただ「その人たちが集まれば自動的にBONXができるかと言うとそうではなく、CEO、CTOのようなゼネラリストの立場の人間が横串をしっかり通し、ストーリーを伝えていくことによってはじめてものができる」(楢崎氏)。ちなみに同氏が、専門性の高いメンバーと話すときに心がけているのは「100%理解しにいかないこと。でも70%は絶対に理解すること。自分はコードは書けないし、CADも書けないけれど、誰とでも同じレベルで議論できていうる自負はある」そうだ。
全てが分かるCTOがいないなら、皆で役割分担すればいいーーチカク 桑田氏
続けて、同じくハードウェアスタートアップであるチカクの共同創業者でまごチャンネル事業部の桑田健太氏がステージに立った。チカクは、スマホとテレビを遠隔で連携させ、孫の写真を遠くにいる祖父・祖母が簡単に見られるようにするコミュニケーションIoT「まごチャンネル」を開発している。
やはりハードウェアスタートアップには独自の苦労があるようだ。「ソフトウェアスタートアップならば結構ノウハウがたまってきており、システム構成や開発プロセスがぱっと思い浮かぶと思うが、ハードウェアスタートアップとなるとなかなかそうはいかない。しかもハードウェアは一度出荷すると、後からの機能アップデートはハードウェア的には行えないため、スペック決めやスケジュールなど、考えることがたくさんある」と同氏。ソフトウェア開発に求められる技術の選択だけでなく、ハードウェアの開発、製造、出荷管理、法律関連の知識に組み込みソフトウェアなど、求められる事柄は倍以上になるという。
「そんなことができる完璧超人は、世の中にはそんなにいない。でもいないからといってハードウェアスタートアップをあきらめるわけにはいかない。そこで、いいことを思いついた。一人でできないなら、皆で役割分担すればいいじゃないかと」(桑田氏)
チカクでは現在、ハードウェアや製造の担当とソフトウェア担当、サーバサイドと出荷管理という分担で3人で技術選択を担う「Chikaku Triad Development」体制を取っている。「一人で全てについてレベルの高い専門知識を持つのは難しいんですが、3人寄ると、それぞれ詳細に突っ込めるので、深めな技術的視点からの指摘ができる。3人いると人的冗長性もできるし、話し合うことで専門分野以外のことにも詳しくなれる」(同氏)。
チカクでは、ビジネスが成長する中で長期的にこの体制を続けるわけではないとしながらも、「CTOがいないからといってやめるのではなく、何とか手持ちのコマで頑張って、みんなでCTO的機能を実現していくのもありじゃないかな」という。
品質とスピードのバランスを重視ーーフューチャースタンダード 鈴木CTO
フューチャースタンダードでは、「気楽にカメラ映像を活用したい」という声に応えるべく、映像解析IoTサービス「SCORER」を提供している。カメラによる映像の取り込みから映像解析、BIツールへのつなぎこみまで、映像解析に必要なものを、クラウドサービスも含めて提供するものだ。
同社のCTO、鈴木秀明氏は「光学系センサーは使うのにいろいろノウハウが必要だが、SCORERの特徴の1つはさまざまなカメラを活用し、多様なシチュエーションに対応できること。また、映像解析アルゴリズムの開発は、自分でやろうとすると莫大な費用がかかるが、弊社が代理で一括して利用権を取得することで、高度なアルゴリズムをリーズナブルに、簡単に利用できる」と説明した。
「IoTの目になる」というビジョンを掲げる同社。かつてNECで15年ほど製品開発・保守を行ってきた経験を持つ鈴木氏が、CTOとして重視してきたのが「品質とスピードのバランス」だったという。「品質というものは、結局は使い方で決まる。そのため、プロトタイプと製品とをしっかり分けることで、どちらも満足させる方法をとってきた」(同氏)。特に製品バージョンの設計は、将来のスピードを殺さないと言う意味で重要だととらえ、時間をかけて検討したそうだ。その経験から「技術的負債の返済は、多少時間をかけてもあとで必ずもとが取れる」という。
金融機関なのに、半数以上がエンジニアーーウェルスナビ 井上CTO
資産運用を自動化する「ロボアドバイザー」によって資産管理を支援するサービス「WealthNavi」を提供しているウェルスナビ。同社は「次世代の金融インフラを構築し、働く人が豊かさを実感できる社会を作る」ことをミッションに掲げてサービスを開発しているが、やはり、証券会社ならではの課題に直面したという。取締役CTOでプロダクト開発ディレクターも務める井上正樹氏は「スタートアップが証券会社って作れるの? と思うかもしれませんが、大変です」と率直に述べた。
例えば、画面上の項目を1つ減らしたいだけなのに、金融証券取引法、日証協、税法などさまざまな法令や取り決めを確認したり、時には弁護士と相談したりで簡単にはいかず、あっというまに1週間やそこらの時間がかかってしまう。オペレーションにしても、障害管理にしても数百ページにわたる安全基準が定められており、遵守が求められる。万一、顧客に影響があるような障害が発生すれば大ごとで、金融庁に報告にいかなくてはならない、という具合だ。
さらにコスト削減を図りつつ、証券や銀行、勘定系といった「固い」システムとの連携が求められたりと、さまざまな難しさがある中で、「既存の金融サービスをいかにネットのサービスにしていくかが私たちのミッション」だと井上氏は述べ、そんな中でもほぼ毎月新機能をリリースするという、普通の金融機関ではあまり考えられないペースで開発サイクルを回しているという。
中でもこだわっているのは、社員の半数以上がエンジニアという金融機関として、システムを内製していることだ。「フィンテックの最終形が何かが分からないうちに、システム作りの外注は難しいと思っている。そこで、フィンテックをちゃんと作れる開発チームを作ろうということをテーマにしている」(同氏)。それも、誰かが作った仕様通りに実装のではなく、現場のエンジニアも企画に入り、効果があるのかどうかを考えながら作れる組織にしようとしているそうだ。
既存のプレイヤーに正面から喧嘩を売るつもりもなく、「きちんと金融機関とコミュニケーションし、既存のものを生かしつつ、次世代のフィンテックインフラを一緒に作っていきたい。そこにもエンジニアが活躍できる場があると思う」(同氏)。
エンジニアが開発プロセスの中で自然となじんでいる論理設計やモジュール化といった考え方は、情報整理や組織設計といったプロジェクトマネジメントにも大いに発揮できるだろうと井上氏。その意味からも「これからのCTOは、テクノロジーを駆使するのはもちろんですが、プロダクトを作って、かつ事業まで入ることが大事」と呼び掛けた。
CTO of the year 2016はReproの橋立氏に
こうして、時に時間的負債を蓄積しつつ行われた10人のCTOのプレゼンテーション。審査委員による審査の結果、今回の「CTO of the year」にはReproの橋立氏が輝いた。
審査員を代表してコメントした藤本真樹氏(グリー 取締役 執行役員常務 CTO)は、「事業もそうだし、CTOとしてのタイプもそうだが、今年は幅が広がっていると感じた。スタートアップやCTOの世界が成熟していることは間違いないと思う」と述べ、互いに交流を深め、学び、より早く成長して競争し、業界が盛り上がれば、と期待を述べた。