公共スペースを自律的に監視するFluSenseシステムが病気の動向を追跡

総人口に対する有病率を正確に推定する際の障害の1つは、データのほとんどが病院からのもので、99.9%を占める病院以外の世界からのものではないことだ。FluSense(フルーセンス)は、公共スペースにおける人間の数や咳の回数を数えて保健当局に情報を提供するシステムだ。プライバシーを尊重し、自律的に動作する特徴を持つ。

もちろん、風邪やインフルエンザの季節は毎年やってくる。だが今年は深刻だ。例年のインフルエンザの季節と変わらないのは、患者数推定が病院やクリニックからの統計数値の分析に頼っている点だ。「インフルエンザ様疾患」や特定の症状を有する患者の統計については一元的に集計、分析される。一方で、多くの人が自宅にとどまったり、病気にもかかわらず通勤したりしている。そうした人々は捕捉されているのか。

こうした状況では「何がわかっていないのか」がわからないため、病気の動向に関する推定値の信頼性が低くなる。推定値はワクチンの生産や病院のスタッフ数の判断などに利用される。それだけでなく、推定値がバ​​イアスを含んでしまう可能性もある。病院に行く可能性が低く、病気でも仕事をせざるを得ない可能性が高いのはどんな人たちか。それは低所得で医療の恩恵を受けられない人々だ。

マサチューセッツ大学アマースト校の研究者らは、FluSenseと呼ぶ自律的システムでデータの問題を軽減しようと試みている。このシステムは公共スペースを監視し、人間を数え、咳に耳をすます。公共スペースにこのシステムをいくつか戦略的に配置すれば、広く蔓延するインフルエンザのような病気に関して多くの貴重なデータと洞察が得られる可能性がある。

Tauhidur Ra​​hman(トーヒジュール・ラーマン)氏とForsad Al Hossain(フォーサッド・アル・ホサイン)氏は、ACMジャーナルに掲載された最近の論文でこのシステムについて説明している。FluSenseの基本構成はサーモカメラ、マイク、人間と咳の音を検出するよう訓練された機械学習モデルを搭載したコンパクトなコンピューティングシステムだ。

まず明確にしておきたい点は、これは1人ひとりの顔を記録、認識するシステムではないということだ。焦点を合わせる目的で顔を検出するカメラのように、このシステムは顔と体が存在することだけを確認し、視野に入った人数情報を作成する。一方、検出された咳の数は人数、くしゃみ、発話の長さなどの数値と比較され、一種の「病気指数」すなわち1人1分あたりの咳の数の計算に利用される。

配置例(上)、FluSenseのプロトタイプのハードウェア(中)、サーモカメラからのサンプルアウトプットで、人間がアウトライン化された上でカウントされる(下)

これは確かに比較的簡単に計算できる値だが、病人が集まるクリニックの待合室のような場所でさえ、現状このような数値は手に入らない。病院のスタッフは、毎日咳の数を集計、報告するようなことはしない。このシステムはどんな種類の咳か識別するだけでなく、人がどれだけ密集しているかなどの視覚的なマーカーや、場所別の病気指数などの位置情報を提供することができる。

「FluSenseの健康監視ツールは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)やSARSなどのウイルス性呼吸器疾患や、季節性インフルエンザの感染拡大予測に用途を拡張できると考えている」とラーマン氏はTechCrunchに語った。「さまざまな場所での症状の動態を理解することで、新しい感染症の重症度を把握し、社会的距離の確保(social distancing)やワクチン接種などのターゲットを絞った公衆衛生上の介入実行につなげられる」

こうしたシステムにおいて、考慮すべき明らかな重要事項としてプライバシーがある。ラーマン氏は「独自のハードウェアを開発すると決めた理由の1つはプライバシーの問題だ」と説明した。「一部の人は既に理解しているかもしれないが、我々のシステムは既存のカメラシステムに統合することができる。これは決して小さくない利点だ」。

「研究者らは現場の医療従事者と大学の倫理審査委員会から意見を聴取し、センサープラットフォームが許容可能であること、患者保護の視点とも十分整合していることを確認した」とラーマン氏は語った。「すべての関係者がためらいがあると語ったのは、患者がいる空間で高解像度視覚画像を収集することだった」。

同様に音声分類器も、人間が発した音声そのものを超えるデータを保持しないように特別に開発された。そもそも機密データを収集しなければ漏洩することもない。

当面の計画は、マサチューセッツ大学アマースト校のキャンパスの「複数の大きな公共スペース」にFluSenseを設置してデータを多様化することだ。「我々は複数の都市にまたがる試験実施のための資金も求めている」とラーマン氏は述べた。

こうした病気指数はいずれ、インフルエンザの予測に使用される他の直接的または間接的な指標と統合される可能性がある。新型コロナウイルスの管理には少し間に合わないかもしれないが、保健当局が次のインフルエンザシーズンへ向けた計画改善に非常に役立つ可能性はある。

画像クレジット:Irina_Strelnikova / iStock / Getty

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(翻訳:Mizoguchi

新型コロナウイルス患者の免疫反応に関する新たな研究が治療のヒントに

科学雑誌Nature Medicineに掲載された新しい研究(Bloombergも報道)は、中国の武漢で新型コロナウイルスに感染し、オーストラリアのメルボルンで発症した患者の事例を検証している。それによりなぜ特定の人たちが他の人たちよりもウイルスに強く反応してしまうのか、その原因と状況をより包括的に知ることが可能となりそうだ。

この患者は「軽症から中等度」の症例とされ、入院中は脱水症状を抑えるために点滴のみで治療された。他の薬剤は投与されず、人工呼吸器を装着する必要もなかった。したがって彼女の症状は入院を必要とするほど重いものではなく、科学者にとっては新型コロナウイルスに対する彼女の身体の良好な免疫反応を詳細に観察する機会が得られることになった。

Peter Doherty Institute for Infection and Immunity(ピーター・ドハティ感染および免疫研究所)の研究者は、他の何人かの被験者とともにその患者からも研究への参加の同意を取り付け、免疫反応がどのように機能しいつ活性化したかの手がかりとなる血液サンプルを採取することができた。その結果、患者の症状が完全に消失する前に血液中に抗体が発生し始め、感染症が消失してから少なくとも7日間は、抗体が存在し続けることがわかった。

このケースだけでは確定的な情報を得ることはできず、さらなる研究や他の患者についての調査も必要となる。それでもどの患者はより重篤な症状に至るか、またどの患者の症状は軽くて済むかということを、COVID-19患者の治療に携わる医療従事者が早い段階で見極めることにつながる重要なステップとなる。また、新たな医学的治療介入の開発の手がかりを与え、最終的に患者の重症度を軽減したり最大限の効果を発揮するワクチンの開発にも役立つはずだ。

この研究は、COVID-19に対して、病後に免疫がどのように機能するのかを、よりよく理解するのにも役立つ。風邪やインフルエンザのように、一般的なコロナウイルスでは予防接種の効果は一時的なものとなっている。そのため、シーズンが来るたびごとに注射しなければならない。回復したCOVID-19患者に対して、免疫がどのように機能しているのかについて、まだ詳細はわかっていない。この研究により、その点についてもより多くの洞察を得ることができそうだ。

画像クレジット:dowell/Getty Images

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(翻訳:Fumihiko Shibata)