告知通り、TechCrunch Japanは大阪市と共催で先週末の2日間、大阪でハッカソンを開催した。ハッカソン初日冒頭にはウェアラブルなスマート・トイ「Moff」代表取締役 高萩昭範氏が参加者向けに20分ほどのトークを行った。高萩氏の話は「ハッカソンからスタートアップ企業として起業するまで」の1つの体験談として起業家志望の予備軍にとって示唆に富むものだったと思うのでお伝えしたい(Moff自体については、こちらの記事をどうぞ)
高萩氏は京都大学法学部を卒業後、経営コンサル企業のA.T.カーニーと、メルセデス・ベンツ商品企画部のプロダクトマネージャーを経て、2013年にハッカソンで知り合った仲間とともにMoffを起業している。元々自分でWebサービスを作ったりするなど起業に関心があったというが、本当に起業する最初のキッカケとなったのはハッカソンだったという。
2013年1月に大阪市が主催した「ものアプリハッカソン」で、たまたま主催者側が役割(企画、エンジニア、デザイナー)に応じて決めたチームの仲間が、実はいまMoffチームのコアにいるメンバーなのだという。
ハッカソンでプロトタイプを作ってから、実際のハードウェア製品を作るようになるまでの道のりはどんなものなのか? 「ハッカソン後に待ち受けていること」として高萩氏は次のように語った。
「ハードウェア・スタートアップというのはモバイルアプリなんかと違ってお金がかかるんですね。しかもプロトタイプと製品とでは全然違う。どうやって工場を見つけるの? どうやって仕様を決めるの? 各種認証ってどうするの? 生産過程でロスが出たらどう改善していくの? 在庫管理どうすんの? 会社潰れたらどうなるの? ユーザーが怪我したらどうする? アメリカで裁判起こされたらどうなんの?」。多くのことを考えてクリアしていく必要がある。ただ、多くの関門があるものの、こうしたことは「事業として成り立つという確信があれば、なんとかなる」とも言う。
では、事業として成り立つ確信はどこから来るのか?
「最初、Moffは基板むき出しのプロトタイプを学童保育に持っていったんですね。無茶苦茶完成度が低かった。子どもってめっちゃ厳しいじゃないですか。だから、どんな反応するのかなってビビってたんですよ。ところが、いざデバイスを出して遊ばせてみた瞬間に、もうバカ騒ぎですよ。みんなが取り合うように遊んだんです。遊び終わった後に、これ、ほしいんですけど売ってくださいというんです。パパに買ってもらうと。4000円なら買うという親も出てきた。そのときに、あ、これはイケるなと思った」
ハッカソンでできたチームとして高萩氏らは最初から腕に巻き付けるスマート・トイのMoffを作っていたわけではない。最初はカエルの人形をスマフォに繋いだコミュニケーション系のプロダクトを作っていた。このカエルのプロダクトにしてもMoffにしても、そこには共通する問題意識があった。「画面ばかり見つめるUIじゃない、もっと優しいインターフェースがあっていいのではないか、家族のコミュニケーションの問題を解決したい」という思いがあったという。
ただ、カエルには市場性がなかった。
「それなりに課題だけど、苦痛があるほどの課題じゃないということだったんです。カエルを買いますかっていうと、買わない。だから、ぼくらはカエルを捨てたんです」
「結局、苦痛を感じているほどの課題があるのかどうか、ということです。解決策にお金を払うかどうか。そもそもその課題って本当にあるんだっけ、という話で、課題があるかどうかです。困ってるんだよねー、という程度では全然だめ。課題を発見できるかどうかが重要だと思ってます」
カエルからMoffへ、というのはいわゆるピボットだが、それは容易なことではなかったと高萩氏は言う。新プロダクトを思い付くよりも先にカエルを捨てることを決めたというが、悶々と悩む時期が1カ月ほどあったという。たまたまハッカソンで出会ったメンバーが集まった「即席チーム」という側面があったからだ。2013年1月末のハッカソンの後、3月に海外のピッチコンテストに出ることを決めてからはチームが一丸となれたが、一旦そのプロダクトを失えば求心力やモーメンタムを失いかねないと思ったからだ。
「ピボットすりゃいいじゃんって言うけど、そんなに簡単じゃない。何のためにチームが集まってるのか? 何を作るのか? という話です」。作るべきものを失ったとき、各メンバーの向かいたい方向性が違えばチームがバラバラになる。Moffはそうならなかった。「そもそも、なぜぼくらがチームとなったのかというと、それは画面インターフェースって人間に優しくないよねという問題意識を共有してたから。それから家族をテーマにという課題意識。画面インターフェースの常識を変えたいという課題意識は一致してたのでチームが続いたんです」
Moffのアイデアを得て、その市場性を検証するために40家族ほどにインタビューをしたという。そうした中から子ども部屋に関する「苦痛を感じるほどの課題」を見つけた。
それは例えば「子どもが、ずっとタブレット画面ばかり見ていてヘドが出る」という母親の声だったり、「部屋にオモチャが溢れかえっている。子どもは直ぐに飽きるのに捨てられない」という父親の声だった。
インタビューを繰り返していくうちに見出したのは「子どもはオモチャに直ぐ飽きるが、捨てるのはエコじゃない」「顔を合わせるコミュニケーション、フィジカルな遊びを実現したい」という(親が持つ)子ども部屋に関する2つの課題だったという。そして調べてみると、世界的にオモチャ市場は変革期にあることも分かった。米国2.2兆円市場、日本6700億円という大きな市場で、創造を楽しむオモチャというジャンルは今後も30%の成長性があるということなどから、Moffのアイデアに至ったという。そして投資家などと話をしていく中で分かってきたのは、ハードウェア単体ではダメで、ソフトウェアで儲ける仕組みというのがあるということだった。そしてKickstarterでキャンペーンを開始し、2万ドルの目標に対して48時間で7万8871ドル、1157人の支援者を集めた。「これなら市場やニーズがあると思い、製造する決心をした」。Moffは2014年7月に出荷予定だ。
これは高萩氏自身も認めていることだが、Moffは順調な滑り出しとはいえ、まだハードウェアスタートアップとして「成功」といえる段階にはない。しかし、会社員がハッカソンに参加したことをキッカケにして、ハードウェアでスタートアップを起業し、最初の登竜門ともいえるKickstarterでキャンペーンが成功して一般発売へ近づいているというのは、起業家志望の人にとって参考になる話ではないかと思う。
そうそう、Moff自体はスマート・トイということでオモチャだが、高萩氏の問題意識は「画面UIではないものを提供したい」というもの。ただ、課題ありきでなければ普及もビジネス化もないという認識からMoffに取り組んでるという。Moffが一定数以上に普及して多くの家に転がっている状態になれば、そのユーザーベースを起点にして身振りによるインターフェースを使ったオモチャ以外の応用を提供したい、と話している。