Facebookがメッセンジャーのダウンロードを強制させるという賭けに成功した。その反動にかかわらず、20ヶ月の間にメッセンジャーはユーザー数を倍にし、開始から5年でユーザー数は10億人に到達した。メッセンジャーはFacebookや、Facebookが買収したWhatsApp、GoogleのYoutubeなどで構成される10億ユーザークラブに参加した。
メッセンジャーアプリは他にも印象的な記録を残してきた。毎月170億枚の写真が送信され、ユーザーと企業の間で10億メッセージのやりとりがなされている。また、毎日3億8000万のスタンプと2200万のGIFが送信されている。そしてVoIP電話全体の内10%はメッセンジャー経由とのことだ。メッセンジャーが新しく開設したチャットボットのプラットフォームには現在1万8000チャットボットが存在し、2万3000のデベロッパーがFacebookのWit.ai ボットエンジンに登録してきた。
ユーザー数10億人という節目となる記録はFacebookが企業、デベロッパーのメッセンジャーのプラットフォームへの関心を引くことを容易にする。メッセンジャーの普及が進むことは次のようなことを意味する。新たにメッセンジャーを利用し始めた他のユーザーの存在が、未だにSMSやメッセンジャーの競合サービスを使っている人にメッセンジャーをより便利なアプリだと思わせるのだ。
Facebookのようなネットワーク効果を持っている企業は他に類を見ない。
メッセンジャーは元Googleの社員が起ち上げたチャットアプリBelugaを元に名前だけ変えて始めたものだ。FacebookはBelugaを2011年の3月に買収している。「10億人ものユーザーを獲得するなんて想像もできませんでした。しかし、それを実現したいとは思っていました。それが私たちのビジョンでした。世界中の人々をそのようにつなげたかったのです」Beluga共同創業者のLucy Zhang氏はそう語る。
「みんなが飛び上がってこのことを祝うと思っていますよね」Facebookの現在のメッセンジャーの責任者David Marcus氏はそう語る。「しかし、サービスをユーザーに提供すること、正しいものを作ること、問題なく運用すること、人々の日々の生活を支援することなど一層の責任が発生します」。
すべての人がメッセンジャーのユーザー数10億人突破のお祝いに参加できるようにしている。風船の絵文字をFacebook上で送ると画面上でユーザー数10億人突破を祝うライトアップを見ることができる。
ユーザー数10億人への道のり
Zhang氏とMarcus氏は、派手な機能、利用のしやすさ、地味だがパフォーマンスの向上につながることまでの全てに継続的なイテレーション(分析、設計、開発、テストのサイクルを回すこと)を行ったことがメッセンジャーの発展につながったと語る。以下に時系列でメッセンジャーのこれまでの変遷を紹介する。
Beluga
2010年、グループチャットが人気を獲得し始めていたが、SMSはひどい有様だった。同年に開催されたTechCrunch Disruptのハッカソンで生まれたGroupMeは勢い良く成長した。しかし、GroupMeはネイティブアプリではなくコストの高いSMSに依拠していた。
2010年の7月、Belugaはデータ通信のチャットに焦点を当てて設立され12月までに大きく成長した。「友達のそばにいたいという私たち自身の希望、要望から生まれました」とZhang氏は語る。その時、Facebookチャットはどちらかというと非同期のメッセージサービスで、Facebookアプリの中に埋もれていたために快適さに欠けていた。Facebookはメッセージに特化したアプリをリリースする機会を得るためにBelugaを2011年の3月に買収した。
メッセンジャーのファースト・バージョン
「メッセンジャーのファースト・バージョンをリリースするのに3、4ヶ月を費やしました」とZhang氏は回想する。その当時、メッセンジャーのチームメンバーはZhang氏、共同創業者のJonathan Perlow氏(現Facebook社員)、Ben Davenport氏、そしてエンジニア1名、プロダクトマネージャー1名、デザイナー1名だった。
メッセンジャーは2011年の8月にサービスの提供を開始した。デスクトップ、モバイルなどの異なるプラットフォームでメッセージを送受信することができるものだった。写真と位置情報の共有以外の今でもメッセンジャーにあるいくつかの機能を備えていた。その1年後には既読機能を実装し、まるで顔を合わせて話しをしているかのようなチャットへと変化した。
Facebook本体のアプリから分離した初めてのアプリとして、メッセンジャーアプリは1つの重要な機能に特化したシンプルなモバイルプロダクトの価値を証明した。
使いやすくなったメッセンジャー
Facebookはメッセンジャー普及のために戦略を練ってきた。ユーザーがやりたいコミュニケーションができるようにフレキシブルさを追加してきた。2012年から2013年までの間に、メッセンジャーを利用するのにFacebookアカウントを必要とする条件を撤廃し始めた。Facebook友達でない場合、電話番号を利用してSMS経由で連絡を取ることができるようにした。VoIP電話をコミュニケーションツールとして当たり前のものとするための賭けに打って出た。メッセンジャーのデザインは本元のFacebookとは異なり、操作スピード、シンプルさを追求するためより洗練されたものとなった。
アプリダウンロードの強制
メッセンジャーのサービス提供開始から3年間の成長は停滞していた。しかし2014年4月、Facebookがユーザー数2億人到達を発表する少し前、同社の高圧的な告知によりコミュニティーがざわついた。その告知とはFacebookアプリからチャット機能をなくし、代わりに強制的にメッセンジャーをダウンロードさせるというものだった。この強制の言い分としてはメッセンジャーアプリによって、ユーザー間でのやり取りがより早くなり、メッセージを見逃すことも少なくなるということだった。
ユーザーは腹を立てている。Facebookがスマホのホームスクリーンを占有しようとしているとしてFacebookを責めた。ユーザーは1つのアプリでも十分快適だったのに、なぜFacebookのアプリを2つも利用しなければならないのだろうか?メッセンジャーの平均的なレビューは星1つとなったがAppストアでダウンロード数がトップにもなった。
Facebookは膨らみすぎたアプリからメッセンジャーを解放することで、新たにメッセンジャーにたくさんの機能を追加することができるようになった。そして結果的に、ユーザーもついてきたのだ。ユーザーはメッセンジャーを頻繁に使うようになった。もしメッセンジャーがFacebookアプリに埋め込まれたままだったとしたら、メッセンジャーを開く手間にストレスを感じるほどにだ。2014年の11月までにユーザー数は5億人に到達した。
スピードの必要性
さほど関心を集めなかったが、2014年の末にFacebookはメッセンジャーの大幅な技術的改良を実施した。数十億のメッセージがやりとりされる規模においては、ミリ秒の短縮はメッセージの送受信に大きな差を生み出す。私がここで説明する言葉より表現豊かに、メッセンジャーチームはユーザー間の送受信における遅延を減らすためのパフォーマンス、安定性に対して多くの時間を費やしたとMarcus氏は語った。Marcus氏はPayPalの会長を務めた人物で、Paypalを退任後に初めて取り組んだのがメッセンジャーのプロジェクトだった。
ユーザーが送信したメッセージがどのような状況にあるのか分かりやすくするため、メッセンジャーはメッセージの横に小さなサークル(円のマーク)を設置した。サークルが空白の表示は送信中であること、空白にチェックマークが表示されれば送信完了、サークルに色とチェックマークが付けば相手に届いたこと、サークルにプロフィール写真が表示されると相手がメッセージを読んだことを示す。繰り返すが、これは小さなことかもしれないが、これによりSMSで発生していたようなコミュニケーションにおける曖昧さを排除することができた。それは2014年初めにFacebookがWhatsAppを買収した後からMessengerにとって問題となっていたことだった。
アプリとビデオ
2015年はメッセンジャーが単なるチャット以上の存在になった年だ。SMSを時代遅れなものとし、現代風のメッセンジャーを通してユーザーの生活を支えるように改良がなされた。ビデオがいたるところで盛り上がりを見せ始めていたが、ビデオチャットはFaceTime、GoogleHangoutsのような限られたプラットフォームのみだったところで、メッセンジャーはビデオチャットを開始した。Marcus氏はビデオチャットを実装したことがメッセンジャーが電話に代わる多機能なコミュニケーションツールになるきっかけになったとしている。
FacebookはVenmo風の個人間で送金ができる機能をメッセンジャーに追加した。そしてF8デベロッパー・カンファレンスにおいてメッセンジャー・プラットフォームについて明らかにした。そのプラットフォームでは、Giphyのようなコンテンツを共有することを始め、最終的にUberの車を呼んだり航空会社のカスタマーサービスを受けることができるようになった。2016年内には、チャットボットのデベロッパーやニュースメディアもメッセンジャーに参加するだろう。また、Facebookはたらい回しにされ苛々させられる電話のカスタマーサービスの代わりにメッセンジャーを使うことを法人に提案している。
有用であることが先、おもちゃではない
ユーザーがチャットボットに慣れ始めているところだが、世界中のユーザーがメッセンジャーを利用できるようにすることに再び焦点を当てている。「全ての人が電話を持っているように思いがちですが、世界のすべての国には当てはまらないのです」とMarcus氏は語る。
Marcus氏は、最近のメッセンジャーの成長の理由についてアカウントの切り替え機能を実装し始めたことを挙げる。一家で1台の電話を共有しているような発展途上国の家族全員が自分のアカウントでメッセンジャーを使うことができる。
メッセンジャーは電話番号の代わりとなるため、メッセージリクエストを実装した。これはユーザーが誰にでもメッセージを送ることを可能にし、知らない人からのメッセージはフィルタリングして別の受信箱へと選り分ける門番のようなものだ。新しくなったメッセンジャーではユーザ名、短縮URL、QRコードでよりシンプルにユーザー同士がお互いに見つけることができるようになった。
メッセンジャーのこれらの特徴は、誰かと連絡するために任意の連絡先情報を必要とすることから、幅広く使われている名前だけでコミュニケーションができる世界への抜本的な転換を示す。良くも悪くも電話番号を聞くというような気まずい質問をする必要がなくなる一方、受信者は話したくない人をブロックすることも容易になる。
失速するSMSをついに葬り去ることに期待して、先日FacebookはAndroidユーザーがメッセンジャー上でSMSの送受信をできるようにした。今月7月にはFacebookはさらに高度なセキュリティが必要な送受信のためにエンドツーエンドの暗号化機能「秘密の会話」を実装した。
メッセンジャーの未来
これらの着実な発展で、Facebookメッセンジャーは競合である他のモバイルメッセージアプリよりも一歩抜きん出ている。KakaoTalkは5000万人ユーザー、Kikは1億7500万人ユーザー、LINEは2億1800万人ユーザーだ。今のところ、メッセンジャーの最大の競合は、メッセンジャーが営業できない中国拠点の7億6000万人ユーザーを持つWeChatだ。そしてメッセージを送るためというよりは話題を共有したり、写真を送ることで人気のあるアプリ1日1億5000万人の利用ユーザーを持つSnapchatだ。
WhatsAppがいる中国を除く地域では、Facebookのメッセンジャーはチャット市場の覇権争いで優位に立つだろう(打たれ強いSMSを除く)。Marcus氏は以下の様に結論付ける。もともとのテキストメッセージのスタンダードを打ち壊すには、メッセンジャーを徹底的に普及させなければならない。ユーザーの友達が1人でもメッセンジャーを利用していないだけで、ユーザーをiMessageやAndroidのメールに引き戻してしまうからだ。
「1つのプラットフォームに話したい人がほとんどいる場合、電話番号は必要なくなります。名前で彼らを見つけることができるし、さらに多くのものを送ることができて、ビデオ電話も可能です」。Marcus氏は自信を持って、「メッセンジャーはこの世界にとって重要なコミュニケーションツールになりつつあると信じています」と言う。
現在、メッセンジャーが必要としていることに関して、Marcus氏は「一番必要なのは時間です。メッセンジャーに対して多くの人が持つイメージを変えなければならないのです。多くの人は、電話番号を持っていないFacebookの友達にメッセージを送る手段と考えています。10億人を超えるユーザーの考え方を変えるために多くのことをしなければならないのです。しかし徐々にですが、その方向に進みつつあります」と語った。
これまでの人類の歴史で、無料でここまで活発に多くの人がつながったことはない。10億人が名前とインターネットアクセスのほか何も必要なく、簡単にコミュニケーションを取ることができるのだ。歴史的に「恐怖」というのは分離や未知から発生する副産物であった。しかしメッセンジャーによって私たちはより簡単にお互いを知ることができるようになるのだ。
[原文]
(翻訳:Shinya Morimoto)