年を追うごとに、医療の世界では正確な診断の標準的レベルをAIが押し上げるようになってきている。皮膚ガンや肺ガンの発見においては、それが顕著だ。
そして今、イスラエルのスタートアップEmbryonics(エンブリオニクス)は、同社のAIなら、体外授精で健康な胎芽が着床する確率を高めることができると主張する。彼らが開発したのは、基本的には、胎芽の着床の可能性を予測するアルゴリズムだ。それは、体外受精の際の胎芽の発育をコマ撮りした画像でトレーニングされている。
ハッキリいって、これはやっと始まったばかりの技術だ。現在のところ、20歳から40歳の女性11人を対象にしたテストが行われているが、そのうち6人は妊娠に成功し、残る5人は結果待ちの状態だとEmbryonicsは話している。
それでもEmbryonicsは、経済的不安から出産をためらっているミレニアル世代の女性のように、外的要因のために何十年も進歩がないまま拡大を続けている巨大市場を活気づける可能性があるという点で興味深い。
体外受精市場は2019年のおよそ183億ドル(約1兆9000億円)規模から、今後5年で2倍に拡大すると一部では見られている。しかし、毎年体外受精を試みている多くの女性たちは、1回に1万ドル(約103万円)から1万5000ドル(約155万円)という費用を長期にわたり負担している(少なくとも米国の場合)。しかも、年齢が増すごとに成功率は下がってゆく。
そんな体外受精の実施回数を減らし費用を軽減させることが、まさにEmbryonicsの原動力だ。同社は3年前に、CEOでありヘブライ大学で一般外科を学び、後にある体外受精研究所の研究員となり受胎の科学に変わらぬ興味を抱いた医学博士Yael Gold-Zamir(ヤエル・ゴールド-ザミール)氏によって創設された。
後に彼女は偶然にも、興味と専門知識を相補的に併せ持つ2人の人物を紹介される。1人はDavid Silver(デイビッド・シルバー)氏。テクニオン・イスラエル工科大学で生物情報学を学び、2020年にEmbryonicsに加わる以前は、Apple(アップル)の機械学習エンジニアとして3年、Intel(インテル)のアルゴリズムエンジニアとして3年働いている。
ゴールド-ザミール氏が紹介された2人目は、 Alex Bronstein(アレックス・ブロンスタイン)氏だ。いくつもの企業を立ち上げてきた起業家であり、Intelの主幹エンジニアとして長年勤務してきた。現在はテクニオン・イスラエル工科大学の知的システムセンターの主任を務めている。さらに、Embryonicsや資本市場のアルゴリズムトレーディングに特化したスタートアップSibylla(シビラ)などで、深層学習AIを含む複数の研究に携わっている。
Embryonicsの規模はまだ小さいが、この3人と彼らの元に集まった13人のフルタイムの従業員は、明らかに進歩を遂げている。
Shustermann Family Investment OfficeとIsraeli Innovation Authority(イスラエル・イノベーション局)が主導したシード投資ラウンド400万ドル(約4億1400万円)を助力とするEmbryonicsは、現在、欧州でのソフトウェア販売を可能にする認可を待っているという。それは、人間よりもはるかに高い精度で小さな細胞クラスターのパターンを検出するというもので、ヨーロッパ大陸全域の不妊治療クリニックが利用できると同社は話している。
世界中に点在し、あらゆる人種、地域性、年齢層を含む数百万件の匿名化された患者データベースを利用することで、同社はすでに次のステップにも目を向けているとゴールド-ザミール氏はいう。
中でも注目すべきは、胎芽分析ソフトウェアをひっさげて米国アメリカ進出を果たす他に、ホルモン刺激と呼ばれる治療法の改善を不妊治療クリニックと協力して進めるという計画だ。ブロンスタイン氏が指摘するとおり、体外受精療法や妊孕性温存療法を受けるすべての女性は、卵巣ができるだけ多く成熟した卵子を作り出せるようにする処置を受けることになる。これには8〜14日間にわたるホルモン注射も含まれる。しかし現在、一般的なプロトコルは3種類しかなく、「適切なものを確立するために数多くの試行錯誤」が続けられている状態だと彼は話す。そこで深層学習を利用すれば、その人ごとの適切なホルモンの配合と、適正な投与時期がわかってくるとEmbryonicsは考えている。
すべてが計画どおりに進むと、彼らの仕事はさらに増える。「Embryonicsの目標は、治療のあらゆる側面をカバーする総合的なソリューションをもたらすことです」とゴールドザミール氏はいう。彼女は会社を経営しながら、4人の子どもを育てている。
この生まれたばかりの企業が成功できるか否かを判断するのは、まだ早い。しかし、数日間シャーレに載せておいた胎芽を顕微鏡で観察し、細胞の増殖の様子や形状からその健康状態を判断するという、40年前から変わらない世界中の体外受精クリニックのやり方を一気に変革するテクノロジーを先導しているようには思える。
2019年春、ニューヨーク市のワイルコーネル医科大学院の研究者が、AIは人間の目よりも正確に胎芽の形態を評価できるとの研究結果を発表した。これは、受精後正確に110時間経過した人間の胎芽の写真1万2000点を使ってアルゴリズムをトレーニングし、胎芽の質の良し悪しを選別した結果だ。
この調査を行った研究者たちは、まず胎生学者が、個々の胎芽の外観をさまざまな側面から観察して、等級づけを行ったと説明している。次に統計的分析によって胎芽の等級と、うまく妊娠する確率との関係を導き出した。妊娠の成功率が35%以上なら胎芽は高品質、35%未満なら低品質と見なされる。
トレーニングと検証を終えたアルゴリズムは、新しい画像を使った胎芽の選別を97%の精度で判定することに成功した。
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画像クレジット:Tammy Bar-Shay
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(翻訳:金井哲夫)