スタートアップ企業にとって、長寿とは、現代版の錬金術を探求するかのようにバイオテクノロジーやAIなどの技術を実験的に応用する、途方もなく壮大な野望の世界である。究極の目的は、何らかの方法で生態を「ハック」して人間の寿命を大幅に伸ばすこと、そしてできれば死さえも取り除くことだ。
この点でもっと地に足のついた取り組みをしているのが、スペインのスタートアップ企業、Hearts Radiant(ハーツ・ラディアント)だ。「長寿テクノロジー」ビジネスを展開する同社は、老化に立ち向かうため、壮大な野望よりもはるかに強力な根拠に基づく、実用的なアプローチを取っているという。要するに同社は、人々が長生きするための秘訣を突き止めたと考えているのだ。
この記事では、同社が考える、「健康的に」長生きする方法を紹介する。
ハーツ・ラディアントの挑戦は、聖書時代のように150歳まで生きられるようにする、あるいはそれより少し短い120歳まで生きられるようにする、というものではない。同社が目指すのは、(できれば)自立性と活力を維持しながら、高齢者が95歳くらいで「天寿を全うする」まで元気に生きられるよう、テクノロジーを応用してサポートすることだ。このテクノロジーを活用すれば、生きがいを感じられる整った生活習慣を確立でき、高齢化に伴うフレイル(身体的機能や認知機能の低下が見られる状態)や社会的孤立などの問題に対処する助けとなる。
段階的にアプローチする
ハーツ・ラディアントは本日、これまでの沈黙を破り、プレシード資金調達の第1トランシェ(融資区分)を開示した。同社はまた、TechCrunchの取材に応じ、アクティブで充実かつ自立した生活を送れるよう高齢者をサポートするという夢について語ってくれた。
JME.vc(JMEベンチャーキャピタル)がリードし、Kfund(Kファンド)、Seedcamp(シードキャンプ)、NextVentures(ネクストベンチャーズ)が参加した45万ユーロ(約5600万円)のプレシードラウンドは、Rosita Longevity(ロジータ・ロンジェビティ)デジタルコーチングアプリ向けの研究と継続的な開発のために使用される見込みだ。このアプリは、1月から限定された形でベータテストが行われている。高齢者は家族のお下がりのスマートフォンを使っていることが多いため、現在はAndroid(アンドロイド)デバイスのみが対象だ(ただし、iOSも開発計画に入っている)。同アプリは60歳以上をターゲットに、有酸素運動ができるフラメンコや年齢に合ったヨガなどのレッスン動画を、ライブストリーミングとオンデマンドで提供している。
Rosita Longevityを開発するハーツ・ラディアントは、夫婦である最高経営責任者(CEO)のJuan Cartagena(フアン・カルタヘナ)氏と最高顧客責任者(CCO)のClaraFernández(クララ・フェルナンデス)氏が、最高技術責任者(CTO)のDavid Gil(デービッド・ギル)氏と共同で創業した企業だ。高齢者が本当に必要としているのは、できるだけ長く活動的であり続けるための手引きと動機付けであり、パーソナライズされた「健康的な習慣」を形成するという療法を多くの高齢者に利用してもらうにはデジタルプラットフォームが最適な方法である、というのが彼らの基本理念だ。
カルタヘナ氏は「当社が、習慣の形成を促す存在になるべきだと考えています」と述べ、彼らが目指す姿を示すもう1つのキーワードとして「健康寿命」を挙げた。
ハーツ・ラディアントの経営には、バレンシアを拠点とする家族経営の事業Balneario de Cofrentes(バルネアリオ・デ・コフレンテス)のCEOを長年務めるフェルナンデス氏の経験が直接生かされている。同氏はこの事業のことを「長寿の学校」または「高齢者向けのキャンプ」と表現しており、バルネアリオのウェブサイトでは、スパ・ホテル、理学療法・リハビリテーション施設、そして教育センターが統合されたものだと紹介されている。同氏はこの施設で、高齢者向けのアクティビティや教育プログラムの監督を担当し、指導者付きのエクササイズや、病気の予防、良好な栄養状態を保つ方法などについてアドバイスを提供してきた。
フェルナンデス氏はこう説明する。「私たちはこの10年の間に、高齢者の方々が健康寿命を延ばすための教育方法や習慣作りの方法について、非常に包括的な戦略を立ててきました。私たちには具体的な方法論があります。高齢者の方々に現在の健康状態を管理する方法を教えることから始め、生活習慣や主な病気の予防、さらには科学分野における最新の発見についての教育を段階的に進めていく予定です」。
続けて、プログラムをデジタルコーチングアプリへとパッケージ化したことについてはこう述べた。「この手法を拡大するには、オンラインにするのがいいと考えました。そうすればもっと多くの高齢者の方々に活用してもらえるからです」。
生活習慣はRosita Longevityアプリが提案する手法の重要な要素である。しかし同社は「長寿テクノロジー」という表現を好む。
カルタヘナ氏はこう語る。「さまざまな理由から、私たちはフィットネス分野で勝負しようとはしていません。フィットネスには限界があり、私たちはその限界を超えようとしています。フィットネスは身体を強化し、最終的に病気につながるような健康問題に対処するための出発点にすぎません」。
定期的かつ適度な運動が、フレイルにつながる筋肉量の減少や骨密度の低下(転倒や股関節の骨折につながり、突然、要介護の状態になる可能性がある問題)など、加齢に伴うさまざまな状態に対抗するための手段として有効であること、さらに、精神と脳の健康維持にも有効であることは(壮大な野望ではなく)科学によってすでに実証されており、それが、Rosita Longevityアプリ開発の基盤になっている。
とはいえ、AIやチャットボットのような、おなじみだがまだ時々ぎこちないテクノロジーによってパーソナライズされ、デジタル配信で提供される生活習慣コーチングのプログラムに高齢者がリモートで参加した場合に、(何よりもまず)フレイルを、人間の理学療法士の手を借りずに克服できるのだろうか。これは、Rosita Longevityアプリがこれから実証すべき点である。
Rosita Longevityアプリのスクリーンショット(画像クレジット:Hearts Radiant/Rosita Longevity)
そのため、調達資金の一部は、バルネアリオで実施されている「長寿の学校」プログラムをデジタルプラットフォームに変換する方法に関する研究に充てられる予定だ。具体的には、60歳以上の高齢者向けにパーソナライズされたデジタルコーチングによって、対面でのグループエクササイズと同じように、フレイルを克服できるか(またそれによってアクティブに過ごせるか)どうかを調査する(純粋なデジタル体験によって得る人との社会的つながりと、対面でのグループ療法とで、効果に違いがあるかどうかという点は、綿密な研究を行うべき点の1つだ)。
確かに、世界中のどんなスマートフォンも、普通のバスルームをバルネアリオにある高級スパのような設備に変えることはできない。しかし、バルネアリオのプログラムのそれ以外の部分は、デジタル化と体系化によって対面と同様の効果をもたらすことができる、というのがRosita Longevityアプリの考え方だ。
彼らがこのアプリのために開発しているデジタル活動プログラムは、高齢者が楽しく使えることだけでなく、フレイルのレベルに合わせて調節できるように設計されている。現在提供されているクラスの例としては、動きを抑えたダンス、バーピーをしない「クロスフィット」、変形性関節症でも安全にできる空手などがある。
ユーザーの身体状況に適した活動レベルのコンテンツを提供するために、アプリの使用開始時には、フレイルのレベルを判断するための評価が行われる。
長い道のり
カルタヘナ氏は、長寿研究の分野で有名なバレンシア大学教授のDr. José Viña(ホセ・ヴィーニャ博士)の協力を得ていると述べる。「ヴィーニャ博士は、いくつかの生活習慣に加えて、運動療法により特定の筋肉に特定の方法で働きかけることによって、フレイルを初期段階で克服できることをすでに証明しています。まだ証明されていないのは、それを自分1人で行うリモート環境に適用できるかどうか、という点であり、それこそが今、私たちが取り組んでいることです。今回のプレシードラウンドの目的は、証明されていないこの点について調査するために、数千人のユーザーにこのアプリを使ってもらい、12か月後に[ユーザーのフレイルレベルが]改善するかどうかを確認することです」と同氏は付け加えた。
バルネアリオの施設は、新型コロナウイルスによる健康被害のせいで現在閉鎖されているが、2021年3月には再開する予定だ。その後はRosita Longevityアプリの受講者を毎年受け入れて、健康をサポートする習慣へユーザーを導くことができているかどうかについての継続的なフィードバックを集める。
カルタヘナ氏は次のように説明する。「お客様についてしっかり理解するということが何よりも大切で、それが当社の強みです。年間1万5000人の高齢者がバルネアリオのクラスに参加されます。それにより、お客様の習慣や、お客様が普段していること、していないことをよく把握できます。毎年参加される方には、去年は何をしていたかをお聞きすることもできます」。
「これはつまり、大きなフォーカスグループを活用できるということです。例えば、アプリを10日間使用しているフォーカスグループをデータ上で観察できるとします。しかし、そのような解析データを見るだけでなく、アプリを使用している人を目の前で実際に観察することにより、アプリの修正をはるかに迅速に行えるようになります。 私たちのリゾートを利用されるお客様は1日100人、ときには500人に達します。これが、お客様に本当に必要とされ、愛用してもらえる製品を作り上げるための基本的なやり方になると思います」。
Rosita Longevityアプリの現行バージョンには、パーソナライズされたAI搭載のコーチングはまだ含まれていない。 しかし、ここにもプレシードの資金が投入される。「教育と、フレイル克服プランの最初のコーチングプログラムは(iOS用アプリと同時に)3週間で準備が整うはずです。これにより、ユーザーが抱えている差し迫った問題が解決されます」とカルタヘナ氏は言う。
「パーソナライズされたコーチング(病理学、フォローアップ、コンテキスト、エクササイズの細分化など)は数多くの論理に基づいており、これをきちんとテストするには長い時間がかかります。 コーチングプログラムは段階的に展開する予定で、クリスマスの頃には『自信を持っておすすめできる』アプリになっていると思います。 それが私たちの『Habits Engine(習慣エンジン)』となるでしょう。このテストとジェロサイエンス(老年科学)研究計画にも、今回調達した資金を活用する予定です」。
Rosita Longevityアプリのもう1つの重要な目的は慢性的な痛みの解消だが、対処できない痛みもあることを、カルタヘナ氏は認めている。 このアプリは従来の医療に取って代わるものではなく、補完することを目的としている、と創設者たちは付け加えた。アプリはユーザーがより前向きになれるように設計されており、加齢による問題の予防こそが、健康で長生きするための戦略だと彼らは語る。
フェルナンデス氏は次のように説明する。「遠隔医療の目的はどちらかというと病気を管理することです。しかし、私たちの目的は病気を予防することです。高齢者が、自分の体に何が起こっているのか、この先10年間で何が起こるのかを理解し、自然な老化プロセスの進行を最小限に抑えられるような習慣を、ゆっくりと身につけることができるようにする。私たちはそれを着実に実行できるようにするための指標やツールを見つけだすことに重点を置いています」。
カルタヘナ氏によれば、フレイルを予測する能力を強化するために、アプリと連動できるセンサーハードウェアの開発についても研究者と協力して進めているそうだ。これにより、ユーザーカテゴリーの幅を広げて細分化できるようになるという(アプリの最初のバージョンには3つのカテゴリーがあるが、それを9つに増やしたいそうだ)。
スマートフォンとセンサーハードウェア、それにAI技術のおかげで、何年か前から、新世代のガイド付き理学療法アプリが登場し始めている。これらのアプリは、慢性的な痛みに対して、薬剤を使う治療に代わるものを提供しようとしている。Kaia Health(カイア・ヘルス)とHinge Health(ヒンジ・ヘルス)がその例だ。そしてもちろん、マインドフルネスやガイド付き瞑想は巨大なアプリビジネスになっている。一方、「デジタルヘルス」という広い概念から、いつでも気軽に利用できるCBT(認知行動療法)という治療プログラムがここ5年ほどで増えてきている。したがって、高齢者向けの健康長寿コーチングサービスという考え方は、そもそも奇妙なものでも、物珍しいものでもない。
とはいえ、意図された通りのユーザー体験を実現することが最大の課題になるかもしれない。 カルタヘナ氏は、バーチャルコーチと実際に良い関係を築き、利用を継続してもらうには、アプリのトーンが重要だと言う。「横柄」な印象を与えたり、アプリが「宿題」を与えているように感じさせたりしないトーンにしたいということだ。
フェルナンデス氏も、目標は良い習慣を維持することだと強調している。それには、全力で走る短距離走ではなく、ゆっくり走るマラソンの方が向いている。
高齢者が不快に思ったり、退屈、混乱を感じたりしない、安全で魅力的な体験を設計することができれば、生活の質を向上させるセラピーや活動、情報へのアクセスを拡大できる可能性は非常に大きくなる。フレイルはRosita Longevityアプリチームが取り組む最初の課題にすぎない。製品を開発し、利用率を上げていく中で、例えば認知症などの神経変性疾患の予防に役立つ健康習慣をユーザーが身につけられるようなサポートも提供していきたいそうだ。孤独感や社会的孤立に対処することも目標の1つだ。そのため、同アプリでは多種多様な健康プランを提供していきたいと考えている。
フェルナンデス氏は次のように語る。「現在の取り組みは、特にフレイルに焦点を当てており、その上でパーソナライズされたAIコーチを開発しています。そしてこれからは、長寿コーチングとは別に、さまざま健康プランを作り、追加していくことを考えています。栄養学、認知刺激、リラクゼーション、呼吸法、さまざまな予防戦略など、健康長寿を目指すためのさまざまなクラスを導入していく予定です」。
「私たちがクリニックで試してきたことの中で非常に重要なものの1つに、ユーザーへの助言があります。 その日何をすべきかということだけでなく、その人の老化プロセスがどうなっているのか、代謝がどうなっているのか、筋骨格系がどうなっているのかについても話します。 自分の体がどんな風に、なぜ老化するかを知らなければ、日常のちょっとした決定を下すことはできません。 助言を通じて力づけることにより、ユーザーは、その助言が長期的に役に立つ理由を理解し、共感できるようになります」。
「私たちは、現在進行形で体に生じている長寿化という現象と、長寿について科学が現在理解していることに基づいてコーチングプログラムを開発しました。これは大きな成功を収めてきた戦略の1つです。加えて、老化の症状を最小限に抑える方法も突き止めました。そして、これらを完全に[アプリ]の形に落とし込んでいることも、この戦略が成功している理由です」と同氏は付け加えた。
カルタヘナ氏はまた、新型コロナウイルス感染症「第4波」での死亡リスクについても指摘している。ロックダウン措置や感染リスクへの懸念から高齢者の活動がさらに制限され、その結果、体を動かさないためにフレイルが進行し、死亡リスクが高まる可能性があるという。
言い換えれば、自宅のソファに座っていれば高齢者のウイルス感染を防げるかもしれないが、急に動かなくなり、活力が低下すると、それもまた健康寿命を縮める原因になり得るということだ。そのため、高齢者のアクティブな生活を維持するためのツールは、これまで以上に重要になっているように思える。 こうした状況に鑑みて、Rosita Longevityアプリはパンデミックが終息するまで無料で提供する予定であり、その期間は2022年まで伸びる可能性がある、とカルタヘナ氏は言う。
Rosita LongevityアプリのビジネスモデルはB2Cであり、ユーザーとセラピストを直接つないで進捗状況をチャットで共有する機能などの有料コンテンツに力を入れているようだ。その一方で、デジタル版「モチベーションエンジン」であるこのアプリを市場に出すために、VCから支援を受けている。
現在、アプリには5000人が事前登録していて、1000人の高齢者が積極的に体験利用に参加している(場所はスペインで、ユーザーはいずれも60歳~80歳)。最近、アプリの更新プログラムがリリースされた。ソフトウェアは「早期アクセス」の段階を終え、「長寿のための個別AIコーチ」サービスの提供に向けて準備中だ。
Rosita Longevityアプリのコーチングが対応している言語は現在スペイン語のみだが、チームはこれまでにさまざまなレベルや慢性疾患に対応した「何百本」もの動画を作成しており、英国市場から始めて欧州全体に(そしておそらく欧州外にも)規模を拡大していくことを目指している。 そのため、次は英語のコンテンツを開発することになるだろう。
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(翻訳:Dragonfly)