NFTやDeFiにとっても逆風?米国のステーブルコイン規制の最新情勢と論点整理

NFTやDeFiにとっても逆風?米国のステーブルコイン規制の最新情勢と論点整理

編集部注:この原稿は千野剛司氏による寄稿である。千野氏は、暗号資産交換業者(取引所)Kraken(クラーケン)の日本法人クラーケン・ジャパン(関東財務局長第00022号)の代表を務めている。Krakenは、米国において2011年に設立された老舗にあたり、Bitcoin(ビットコイン)を対象とした信用取引(レバレッジ取引)を提供した最初の取引所のひとつとしても知られる。

今や220兆円を超える市場に成長した暗号資産ですが、2022年、業界全体を揺るがしかねない問題として注目されているのが、ステーブルコインに関する規制です。ステーブルコインに対して厳しい規制がかけられれば、最近ブームとなっているNFT(ノン・ファンジブル・トークン)やDeFi(分散型金融)にとっても逆風になるという見方もあります。

本稿では、クラーケンの本社がある米国におけるステーブルコイン規制の最新情勢と論点の整理を行います。

そもそもステーブルコインとは?

ステーブルコインは、暗号資産エコシステムにおける潤滑油的な存在です。ビットコイン(Bitcoin)のような資産性はありませんが、機関投資家が暗号資産取引を行うときに入れる担保であったり、NFTやDeFiといった新たなサービスにおける決済や担保手段として使われています。

代表的なステーブルコインは、米ドルと連動するUSDT(テザー)とUSDC(USDコイン)です。ブロックチェーンデータ企業CoinMetricsによりますと、ステーブルコイン市場は1400億ドル(約21兆円)。そのうちUSDTとUSDCは90%近いシェアを持っています。

NFTやDeFiにとっても逆風?米国のステーブルコイン規制の最新情勢と論点整理

ステーブルコインの市場規模

「銀行並み」の規制

2021年から米国ではステーブルコインに対する規制の必要性を訴える声が多く聞かれるようになりました。例えば、米証券取引委員会(SEC)のゲンスラー委員長は、2021年9月、ステーブルコインについて「ポーカーのチップのようなもの」と独特の表現でリスクに警鐘を鳴らしました

そして2021年11月、大統領直下の金融市場ワーキンググループ(PWG)がステーブルコインに関するレポートを公開してから、規制をめぐって雲行きが怪しくなりました。PWGのレポートは、米議会議員に対してステーブルコインの発行体を「銀行のような機関」として規制する法律を通すように提案しました。その中で特に注目されているのが、保険加入金融機関(IDI)のみにステーブルコインの発行を許可するという部分です。

2022年2月、PWGレポートの主な執筆者である財務省の幹部が、上院の公聴会で、ステーブルコイン発行体に対する銀行並みの規制案に関して、柔軟に対応すべきであると発言し、これまでのスタンスから軟化したといわれていますが、詳細は明らかになっていません。

暗号資産業界の反応

2021年11月のPWGレポート公開後、米国の暗号資産関連の業界団体ブロックチェーン協会(Blockchain Association)は、すぐにPWGレポートの分析レポートを公表しました。同協会は、ステーブルコインの流動性の向上や担保となる資産の証明といった観点から規制を歓迎する一方、ステーブルコイン発行体を保険加入金融機関として規制することには明確に反対しました。理由として、数多くのステーブルコインがある中で特定のステーブルコインを規制面で優遇することになること、大手銀行などが競争上の優位性を持ってしまうことを挙げています。

「そのような規制はイノベーションを窒息させて、新しいステーブルコインプロジェクトが米国に来なくなり、現在のフィンテック企業に対する規制の流れと逆行することになるだろう」

この他、PWCによる規制案は「ステーブルコイン発行体に必要不可欠な活動をするすべてのエンティティ」も規制の対象としていますが、同協会は、この定義はあいまいであり、「マイナーやソフトウェア開発者」も含まれてしまうのではないかと懸念しています。

クラーケンは、ステーブルコイン規制の動向を注視しています。グローバル市場でUSDT、USDC、DAI、PAXGという4つの主要ステーブルコインを取り扱っており、ステーブルコインの暗号資産市場における役割の大切さを実感しています。ブロックチェーン協会同様に、「古いルール」を新しい市場に無理矢理導入するといったような拙速な対応はするべきではなく、まずはステーブルコインついて正しく理解することが先決と考えています。

また、米国以外で英国やEUでもステーブルコインの規制が検討されていますが、国ごとに異なるルールと基準が設けられる「つぎはぎの規制」を避けるため、国際的な協調関係の強化が重要になるとクラーケンは考えています。

2021年末から日本でもステーブルコインの発行体に対する規制について議論があり、2022年の通常国会に資金決済法改正案の提出を目指すと報じられ、2022年3月に入り実際に提出されました。ただ、米国をはじめ世界各国では規制当局と業界側の対話が続いている状態であり、日本でもステーブルコインの発行体や暗号資産交換業を含む様々なステークホルダーの意見を取り入れて議論を続ける必要があると考えています。

画像クレジット:Tezos on Unsplash
CoinMetrics

【コラム】創業者として成功に「大学なんて関係ない」というのはシリコンバレーの幻想だ

シリコンバレーは「ドロップアウト(中退)」を礼賛するのが大好きだ。伝統的な教育では、関連性のないことを教えられ、なかなか進歩できず、そして情報が簡単に手に入る世界では、もはやかつてのように学習リソースを提供できないため、自分には向いていないと判断した起業家が、着想を得ると考えられているからだ。

ドロップアウト礼賛の伝説的な支持者は、Thiel Fellows(ティール・フェローズ)プログラムで1年間大学を休学する学生に資金を提供するPeter Thiel(ピーター・ティール)氏から、Mark Zuckerberg(マーク・ザッカーバーグ)氏やBill Gates(ビル・ゲイツ)氏といった非公式のマスコットまで、大学は卒業しなかったが実際には高度な教育を精力的に擁護する人々である。

私の大学入試に対する考え方は、世界最高峰の大学への入学を目指す何千人もの野心的な学生を国際的に支援し、彼らのキャリアが次にどうなるかを見てきたことから得られたものだ。

相当な資産を持ち、恵まれたコネクションのある家庭に生まれたのでなければ(ドロップアウト礼賛の擁護者の多くはそのような立場だ)、一流大学の学位は、既存の社会経済的環境における機会で、最も強力な武器になる。

シリコンバレーを代表するスタートアップアクセラレーターといえば、言わずと知れたY Combinator(Yコンビネーター)だ。Coinbase(コインベース)、Brex(ブレックス)、DoorDash(ドアダッシュ)、Airbnb(エアビーアンドビー)など、さまざまな分野で数多くのユニコーン企業を輩出することに成功している。若くて野心に溢れた起業家は、新たなユニコーンを生み出すための支援として、シード資金、メンターシップ、ネットワーキングの機会を得たいと望み、Y Combinatorに応募する。

ドロップアウト礼賛を理解するために、私はY Combinatorで実際に成功している人たちを調べてみた。その結果、私はイスから転げ落ちそうになった。私はすでに学位取得の大推薦者だったのだが。

まず、人口統計を見てみよう。ユニコーン企業を生み出したY Combinator出身の創業者は、平均年齢28.1歳で会社を起ち上げた。しかし、消費者向けテクノロジーのユニコーン企業の場合、平均年齢は22.5歳(つまり大学を卒業したばかり)だった。このような企業の創業者は非常に若く、多くの場合未経験者である。となると「なぜ、Y Combinatorはこのような優秀な若者に自信をもって賭けることができるのか?」と疑問に思わざるを得ない。彼らの能力を見分けるシグナルは何なのだろうか?

画像クレジット:Jamie Beaton

その答えは、学位に依るところが大きい。このような共同創業者たちの中で、大学に進学していない人はわずか7.1%。中退者はわずか3.9%で、しかも全員がハーバード、スタンフォード、MITなどの有名校を中退している。つまり、入学資格を得たというだけで、学力の高さを示す強力なシグナルを発しているわけだ。これらの中退者たちは、普通の脱落者ではない。彼らは、世界で最も有名な大学への入学資格を獲得し、高校生活を極めて真剣に過ごしていたのだ。

では、大多数は?ご想像のとおり。創業者の35%がハーバード、スタンフォード、イェール、プリンストン、MIT、カリフォルニア大学バークレー校に進学し、共同創業者の45%がアイビーリーグ、オックスブリッジ、MIT、スタンフォード、カーネギーメロン、USCに進学している。25歳以前に起業した共同創業者のうち、3分の2以上がアイビーリーグ、オックスブリッジ、MIT、スタンフォード、CMU、USCのいずれかに進学している。共同創業者の出身大学はMITが最も多く、次いでスタンフォード、カリフォルニア大学バークレー校となっている。

他の人たちはどこへ進学したのか?インドのユニコーン創業者の大多数は、インドのアイビーリーグであるインド工科大学に進学している。創業者たちは学部卒に留まらない。共同創業者の35.7%が何らかの大学院を修了している。

私はこの現象を説明するために、著書の中で「シグナリング」という言葉を提唱している。これは、ノーベル経済学賞を受賞したGary Becker(ゲイリー・ベッカー)が作った造語だ。本質的に、労働力市場は競争が激しいので、すべての人に実際にどの程度の才能があるのかを把握するにはコストがかかりすぎる。そのため、ベンチャーキャピタルは誰に賭けるべきかを判断するために、簡潔な経験則を用いる必要がある。

エリート大学の学位は、若者が長期間にわたって学業、課外活動、リーダーシップの追求に何千時間も費やし、入学審査委員会から一定の水準にあると見做されたことを意味する。これは、Y Combinatorのようなアクセラレーターにとって、候補者がどれだけ有望であるかを迅速に選別するために必要なシグナルとして機能する。

スタンフォード大学の学部生なら全員がY Combinatorに受かるわけではないが、スタンフォード、MIT、ハーバード出身者の合格率は、一般的な大学やこのレベルの教育を受けずに応募した人たちを圧倒する。

私は、世界トップクラスの投資家から成長資金を調達する際、投資家たちが、ある創業者には「投資できる」、ある創業者には「投資できない」と言っているのをよく耳にした。この定義について調べてみると、創業者の学歴がどれだけ説得力があるかということに関わっていることが多いのだ。この人物は投資対象になりそうか?ファンドの機関投資家は首をかしげるだろうか、それとも支援してくれるだろうか?

ピーター・ティール氏は、おそらく中退ヒステリーの最も声が大きな擁護者の1人だ。だが、彼自身、スタンフォード大学で学士号と法学博士号を取得している。私の調査では、大学中退の道を支持する人の中で、自分自身がエリート教育機関のバッファを持っていない人を見つけることは難しい。

ピーター・ティール氏の個人的なベンチャーファンドであるFounders Fund(ファウンダーズ・ファンド)は、エリート大学教育を受けずに投資家を志す人のためのものであるかのように聞こえる。だが、よく見てみると、その逆であることがわかる。Founders Fundで働く18人の中には、スタンフォード大学学部卒6人、ハーバード大学法学博士1人、スタンフォード大学MBA2人、スタンフォード大学法学博士1人、コーネル大学学部卒、イェール大学学部卒、MIT学部卒、デューク大学学部卒など、18人のエリート学歴者がいるのだ。ある投資家はそれに近い。彼らは「最も中退しそうな学生」という賞を受賞したが、それでもちゃんとMBAを取得した。

最高のアドバイスは、それを与える人がそうやってきたということだ。もし、あなたがユニコーンの創業者になって起業家精神で世界を揺るがしたいと望むなら、最も有効な発射台は一流大学の学位である。

編集部注:本稿の執筆者Jamie Beaton(ジェイミー・ビートン)は「Accepted! Secrets to Gaining Admission to the World’s Topic Universities(合格!世界で話題の大学に入学許可を得るための秘密)」の著者であり、大学入試コンサルティング会社であるCrimson Education(クリムゾン・エデュケーション)のCEO。

画像クレジット:SEAN GLADWELL / Getty Images

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(文:Jamie Beaton、翻訳:Hirokazu Kusakabe)

「ソフトウェア技術×スタートアップ」を軸に7つのキーワードでまとめた「MIRAISE TREND 2022」レポート

「ソフトウェア技術×スタートアップ」を軸に7つのキーワードでまとめた「MIRAISE TREND 2022」レポート

編集部注:この原稿はMIRAISEパートナーの布田氏による寄稿である。MIRAISEは、ソフトウェアエンジニアが起業した会社に対して投資する日本で唯一のベンチャーキャピタル。日本、米国、エストニアなどに拠点を置く企業に投資しており、ソフトウェアスタートアップ36社に出資を実施している(2021年12月時点)。普段より国内外のソフトウェアスタートアップを調査し、テック企業の方と交流し情報交換を行っているという。同社からスタートアップに関わる方に向け今年2022年のトレンドを発表しており、同社サイトでは「【MIRAISE TREND 2022】フルバージョン」を公開している。

背景

世界各地で加熱するスタートアップのビジネスや、急速に進歩していく技術のトレンドを把握することは決して簡単なことではありません。

「MIRAISE TREND 2022」はビジネストレンドとは違いテクノロジーを起点としたトレンドレポートとなっています。

MIRAISEはソフトウェアエンジニアが起業した会社へ投資する日本で唯一のベンチャーキャピタルです。そんな私たちが、年間200件以上のエンジニア起業家と情報交換を通じて見えてきた次世代のトレンドを「ソフトウェア技術×スタートアップ」という軸をもとに7つのキーワードでまとめました。本レポートが、スタートアップに関わる多くの方の目にとまり、エンジニア起業家やソフトウェアテクノロジーへ興味を持っていただけるとうれしいです。

MIRAISE TRENDにおける7つのキーワード

  1. クリエイティブ制作のクラウドへのシフトが加速
  2. ウェブの3D技術がついに日の目を浴びる
  3. オープンソースソフトウェアのマネタイズ手法が多様化
  4. ユニコーン企業のプラットフォーム化が進む
  5. パーソナルサーバー2.0
  6. VRアプリが急増
  7. クラウドサービスの多層化

1 クリエイティブ制作のクラウドへのシフトが加速 ― Creative production shift to Cloud

これまで、プログラミングやデザイン、動画編集などコンピューターのマシンパワーを必要とする作業は、WindowsやMacのデスクトップアプリケーションとして提供されてきました。

単独での作業では不都合はないですが、チームでのコラボレーションでは各人が作業したものをサーバーにアップロードし、他の人がダウンロードして編集して再度アップロードする手間が必要になります。

Google DriveのDocumentやPresentationなど軽量なデータのやり取りはブラウザー上で同時にアクセスして共同で編集することが可能になっていますが、クリエイターが使うツールはこれまでほとんどありませんでした。

しかしここへきて、ブラウザー周辺の技術進歩やリモートワークの普及により、クリエイターが使うツールをブラウザーで動くようにするソフトウェアを開発するスタートアップが増えてきています。

累計9000万ドル(約98億9000万円)以上を調達している動画制作のコラボレーションツールを開発しているFrame.ioは、Adobeに12億7500万ドル(約1400億円)で買収され、エンジニア向けのオンラインコラボレーションツールのRepl.itは2021年2月に2000万ドル(約22億8000万円)、同年12月に8000万ドル(約91億3600万円)を調達しています。

「ソフトウェア技術×スタートアップ」を軸に7つのキーワードでまとめた「MIRAISE TREND 2022」

出典:Frame.io。Adobeが買収したFrame.ioは高度な動画編集をコラボレーションしながら作成することができる

背景の1つに「個の職人化」もあるでしょう。PC性能の向上や、インターネットの普及に伴いプロの技術やノウハウが広く共有されることで、それまで趣味程度だった個人のクリエイティビティがお互いに刺激を与え合い、爆発的にクオリティが高まっています。クリエイターの裾野が拡大する中、柔軟なコラボレーションを支えらえる方向へツールが向かっていくのは自然な流れです。

歴史的にみると、シンクライアント(Thin Client)とファットクライアント(Fat Client)の中間に位置するリッチクライアント(Rich Client)の隆盛といっていい状況です。ウェブ技術の進化と、クラウド側の計算力向上(計算のためのコスト低下)が大きく進化したことが大きな要因です。

2 ウェブの3D技術がついに日の目を浴びる ― Web 3D technology finally sees the light of day

2000年、Epic Gamesのゲーム「フォートナイト」内でのバーチャルライブにおいて、ラッパーのTravis Scott(トラビス・スコット)が2700万人を動員し20億円以上の売上げを記録。Epic Gamesは、2021年4月にはメタバースのために10億ドル(約1090億円)の資金調達を実施しています。またFacebookが社名をMetaに変更したことで一気にメタバースという単語が浸透しました。

注目すべきは、今までおもちゃのような扱いを受けてきたウェブ上の3D技術が、急速に意味のあるものへと価値を高めていることです。2Dのウェブサイトにおける3Dの技術は用途が限定されていましたが、メタバースの世界ではユーザーは2Dと3Dを行き来しやすくなり、ウェブの3D技術に取り組む企業が重要になると予想します。今ほとんどのウェブコンテンツは2Dのままであり、そのコンテンツと3Dの接点がウェブの3D技術になっています。

3D eコマースのVNTANAはECサイト上で製品を3Dに見せる技術を持っており、2021年11月にシリーズAで1250万ドル(約14億2200万円)を調達し、投資家の中にはOculus前CEOのBrendan Iribe氏も参加しています。「ソフトウェア技術×スタートアップ」を軸に7つのキーワードでまとめた「MIRAISE TREND 2022」レポート

3 オープンソースソフトウェアのマネタイズ手法が多様化 ― Monetization of OSS diverse

オープンソースソフトウェア(OSS)のマネタイズ手法は、古くはサポートに始まり、現在はホスティングが主流になってきています。たとえばデータ解析ツールのRedashは、OSS版を自前でサーバーへホスティングする場合は無償で提供し、Redashのホスティングを行う場合は月額の料金がかかるというビジネスモデルです。

多くのOSSがサーバーへのホスティングをマネタイズ手法にしている中、新しい手法も増えてきました。ワークフローマネジメントツールのOSSを開発しているPrefectは、ホスティングではなく正常に動いているかのモニタリングサービスでマネタイズしています。また日本のフレームダブルオー(FRAME00)は、ブロックチェーン技術を応用したDi-Fiを使用し、OSSプロジェクトへユーザーが暗号資産Devトークンを預けること(ステーキング)で発生するリターンをOSS開発者と支援者双方に還元するような仕組みを提供。これまで1600件以上のOSSプロジェクトに3億円以上が預けられています。

「ソフトウェア技術×スタートアップ」を軸に7つのキーワードでまとめた「MIRAISE TREND 2022」

出典:Dev Airdrop。DevプロトコルのStakes.socialのAPYは50%近い

OSS開発はコミュニティがベースとなっているので、同じくコミュニティによる運営がなされているトークンとの親和性は非常に高いです。このようにOSSプロジェクトや、OSSでプロダクトを提供している運営会社はトークンによる資金調達やマネタイズが進んでいくと、法定通貨の時価総額だけではその事業体の価値が測れなくなってきます。

特に事業投資を行うベンチャーキャピタルなどは、投資対象の事業体を目利き(評価)する際には、これまでの法定通貨による帳簿、財務諸表だけでなく、より実態を見極めることが大事になります。米VC、Andreessen Horowitz(a16z)がOSSへの投資を拡大していることからもわかる通り、今まで「ボランティア」「儲からない」と考えられていたOSSが投資の観点からも目が離せなくなってきました。

4 ユニコーン企業のプラットフォーム化が進む ― Opportunity by platforming unicorn companies

ユニコーン企業は今や800社以上あり(2021年9月時点)、2021年は1営業日に2~3社ユニコーンが誕生している計算になります。特筆すべきはユニコーン企業が提供するデータ(API。Application Programming Interface)を使ったプロダクトを開発する企業群が次のユニコーンになりつつあることです。

デザインデータを自動でコード化するツールを手がけるAnimaは、デザイン作成ツールを提供しているユニコーン企業FigmaのAPIを使用しサービスを提供しており、2021年9月に1000万ドル(約10億9900万円)を調達しています。

国内でも、ラクスル傘下のペライチが、ノート・ワークスペースサービスを提供するNotionのAPIを使って簡単にウェブページを作成できるWraptas(旧Anotion)を買収しています。

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出典:Unicorn Board Leaps To Just Under 1,000 Companies, Reaches $3.4T In Value。2021年に入りユニコーン入りする企業が加速

古今東西、あらゆるプロダクトは普及が進むと、意図的にあるいは強制的にプラットフォーム化していく運命をたどります。ソフトウェアが席巻する今、その傾向はより顕著です。

これまでは歴史と権威のある企業のみが信頼できるインフラを提供しているイメージでしたが、ソフトウェア時代になり、テックを牽引しているスタートアップの持続性と信頼性が増てインフラ化し、その上にさらに新たなサービスが生まれています。ユニコーン企業が次のユニコーン企業量産のためのプラットフォームになっているのです。

APIとエコシステムの考え方

この文脈で最も重要なのは、上記でも触れているAPIとエコシステムの考え方です。囲い込みの時代にはとうの昔に幕が降ろされ、今や「API連携なくして成功なし」と言い切れる状況です。API自体は新しいものではなく、以前から存在していました。何が変わってきたのでしょうか。

過去APIを提供していたのは主にWindowsやMacなどのOSでした。サードパーティはOSのAPIを使って、そのOS上で動作するアプリケーション(画像編集ソフトやブラウザーなど)を開発していました。つまりエコシステムがOSごとに存在していたのです。

それがウェブアプリケーション全盛時代になると、多数のユーザーを持つウェブアプリケーションがAPIを公開するようになります。それによりアプリケーション同士が「横に」つながり合い、機能が拡張されたり用途が広がるのです。

つまり、他社とのAPI連携によって、自社だけでは実現できないレベルでユーザーの利便性が大きく向上するということです。自社サービスは、その循環の一部として存在することで、自社のサービスの利用頻度やユーザー数がさらに増えるというわけです。

5 パーソナルサーバー2.0 ― Personal Server 2.0

今現在、自宅にサーバーがあると聞いてどのような印象を持つでしょうか。きっとマニアックなハッカーやエンジニアなど一部の限られた人種の所業に違いないと思われるでしょう。しかし、10年後には自宅にサーバーがあることが当たり前になっている可能性があります。

プライバシーの観点から、ビッグテックなどプラットフォームへの信用度が落ちる中、データを自分でコントロールしたいユーザーは増えているものの、残念ながらそれに見合ったサービスは出てきていません。ただ、水面下でその問題に取り組むスタートアップは増えています。

Functionlandは、Google PhotosやApple Photosと同様の機能を自宅サーバーでホスティング可能なオープンソースのソフトウェアPhotosを提供。またUmbrelは、ビットコインのライトニングネットワークを自宅で運用できるハードウェアを販売しています。そのハードウェア内にはストアがあり、メールサーバーやチャットサーバーなどをコードを書かずにApp Storeのようにインストールできます。

近い将来、誰もがWi-FiルーターやAppleTVと同じように自宅にサーバーを置く時代が来ることが予想されます。

「ソフトウェア技術×スタートアップ」を軸に7つのキーワードでまとめた「MIRAISE TREND 2022」

出典:Umbrel raises $3M in seed round to get a server in every home。2020年に発行されたライトニングネットワークのノードの90%をUmbrelが動かしている

これはクラウドのディスラプションでもあります。データのプライバシー強度に応じて、その保管場所がクラウドまたはパーソナルサーバーに自動的に振り分けられるようになるかもしれません。

一方、パーソナルサーバーにデータを保管した場合の懸念は、バックアップを自分で取る必要があることです。IPFSなどの分散ストレージを活用することでデータを冗長化する方法も考えられます。さらに自身もパーソナルサーバーのストレージ提供することで暗号資産Filecoinを対価として得るといったクラウドビジネスの個人化が起きるかもしれません。

もう1つの観点は、個人開発者が気軽にオンラインサービスの提供者になりえることです。自分で作ったサービスをホスティングなしで手軽に公開できるようになるし、何より面白いのは、それをApp Storeで販売することも可能になる点です。

クラウド提供事業者にとっては、ビジネスが競合するためにイノベーションのジレンマが生じます。どのタイミングでどのようにパーソナルサーバーとの差別化をクラウド側に盛り込んでいくのか、舵取りを迫られるかもしれません。

6 VRアプリが急増 ― VR apps surge

VR業界の主なマネタイズ手法は、開発したアプリをSteamやOculus Storeで売り切りで提供することでした。ただこの方法では、たとえば有名なゲームの開発などできれば一時的に収入は上がる一方で、安定して収入を得ることは難しいです。

Metaは2021年、Oculus Questプラットフォームの開発者向けにサブスクリプションでの課金の仕組みを公開しました。また、VR内への広告サービスを開始することも発表しています。

VRアプリのマネタイズ方法が増えることで開発者も増えることが予想されます。

「ソフトウェア技術×スタートアップ」を軸に7つのキーワードでまとめた「MIRAISE TREND 2022」

出典:2020 AUGMENTED AND VIRTUAL REALITY SURVEY REPORT。2020年まではマネタイズ手法が確立されていない状況が伺える

VRアプリが増えることはとても楽しみですが、そうなった場合モバイルアプリにおけるApp StoreやGoogle PlayのようにVRプラットフォームが手数料を取るようになっていくのは間違いないでしょう。

各陣営でプラットフォーム競争が起こり、さらにはキラーアプリがすべてのプラットフォームで使えるようになることでEpic Gamesのようにアプリ側が強くなるという、モバイルアプリと同じ流れがVRアプリにも起きることが予想されます。

7 クラウドサービスの多層化 ― Overlay cloud service

クラウドサーバーが一般的になった現在、物理サーバーを触る人はほとんどいなくなってきました。今のクラウドサーバーはMicrosoft Azure、Google Cloud Platform(GCP)、Amazon Web Services(AWS)の3強体制が続いておりm大企業から個人開発者までこの3社のクラウドを直接契約しています。

しかし、それも少しずつ変化してきており、3強のクラウドよりも特化し、より使いやすいUIを備えたクラウドを提供するスタートアップも増えています。

フロントエンドのホスティングに強いVercelは、2021年6月にシリーズCラウンドで1億200万ドル(約113億円)、11月にシリーズDで1億5000万ドル(約171億円)の大型調達を立て続けに実施しており、静的サイトのホスティングに強いNetlifyもシリーズDで1億500万ドル(約119億8000万円)を調達しています。

開発者はこれらのサービスを使うことでMicrosoftやGoogle、Amazonと契約しない時代に差し掛かっています。

「ソフトウェア技術×スタートアップ」を軸に7つのキーワードでまとめた「MIRAISE TREND 2022」

出典:Global Cloud services Market Q1 2021。グローバルのシェアではAWS、Microsoft、Googleがトップ3の位置にいる

現在多くの開発者は、使いたいツールの制約によってクラウドを使い分けています。例えばベースはAWSだが、バックエンドにFirebaseを使いたいので部分的にGCPにしているようなケースです。

クラウドサービスの多層化とは、AWS、GCP、Azureといったベースクラウド層を隠蔽またはオーバレイする(自動振り分けする)レイヤーを意味します。そもそもツール(アプリ)の要請を受けて低レベルのクラウドを合わせるというのは技術的にはおかしな話です。

現在のプログラマーがメモリー管理を気にせずコーディングできるようになっているのと同様、レイヤーをまたぐような心配事が取り除かれていくことでアプリケーション開発に集中できるようになります。組み込み用途などを除きポインターを知るプログラマーが希少種になっているように、近い将来AWSを知らないウェブ開発者が増えていくかもしれません。

いずれにせよ、ウェブアプリケーション開発が複雑化するにつれて、クラウドオーバレイの要望は高まっていくでしょう。巨大なアプリケーションになると、自前でクラウドを持つ流れも起きています。DropboxもAWSから自前のクラウドへ移行したことで売上原価が大幅に改善しIPOに至った事例が代表的です。


画像クレジット:Vlad Deep ON Unsplash

ビットコイン「先物」ETFと何が違うのか?SEC、ビットコイン「現物」ETFは拒否

ビットコイン「先物」ETFと何が違うのか?SEC、ビットコイン「現物」ETFは拒否

編集部注:この原稿は千野剛司氏による寄稿である。千野氏は、暗号資産交換業者(取引所)Kraken(クラーケン)の日本法人クラーケン・ジャパン(関東財務局長第00022号)の代表を務めている。Krakenは、米国において2011年に設立された老舗にあたり、Bitcoin(ビットコイン)を対象とした信用取引(レバレッジ取引)を提供した最初の取引所のひとつとしても知られる。

ビットコイン先物ETFがニューヨーク証券取引所に上場してから約2カ月。米資産運用会社プロシェーアズが手がける米国初のビットコイン先物ETFの人気は衰えることはなく、取引量がすべてのETF取引量の2%に到達したとも報じられました。株式投資家にとって親しみのあるETFを通じたビットコイン投資が米国で解禁になったことについて暗号資産業界は大いに盛り上がりました。しかし、もう1つの悲願であったビットコイン現物のETF承認に関しては当局から「待った」がかかりました。11月14日、米証券取引委員会(SEC)が、米資産運用会社ヴァンエックが申請していたビットコイン現物のETFを拒否しました。

「先物」が良くて「現物」がダメな理由には何があるのでしょうか?ETFの基本的な概念を押さえつつ、解説します。

ETFとは?

ETF(上場投資信託)は、現在の株式投資家にとって親しみのある投資商品です。初めて登場したのは1990年ごろで、カナダはトロント証券取引所に上場された、TIPS35という株価指数に連動するETFと言われています。

1990年以前から、金融の世界では、投資家が直接投資を行うことなく、プロ(運用会社など)が代わりに株式や債券などに投資を行ったうえで、その投資損益を投資家が得る「投資信託」が一般的に行われていました。また、個別株や債券への投資ではある程度まとまった金額が必要になりますが、投資信託は少額でも購入可能な場合が多いため、投資信託は一般投資家の投資対象の拡大と利便性の向上に大きく貢献しました。

一方で投資信託は、信託報酬などの手数料が割高であったり、自由に購入・解約ができないこともあったり、市場での流通が限定されているので時価がわかりにくかったりと、いくつかの難点もありました。

こうした難点を投資信託を証券取引所に上場させることで解決したのが、「上場投資信託=Exchange Traded Funds」です。上場商品であるが故の比較的割安な手数料、高い流動性、価格の透明性などが確保されました。

ビットコインETFが証券取引所に上場されれば、証券市場に参加する投資家にとって暗号資産がトヨターやソニー株と大差ないものになり、暗号資産の普及が加速するとみています。ビットコインETFの誕生とは、既存の金融である証券と未来の金融である暗号資産が融合する歴史的な瞬間であるといえます。

ビットコイン先物ETFが承認された理由

2021年10月19日に上場したプロシェアーズのビットコイン先物ETF(BITO)は、シカゴマーカンタイル取引所(CME)に上場するビットコイン先物と連動しています。先物取引とは、将来の取引価格について現時点で約束をする取引です。実は、「CMEに上場するビットコイン先物」という点が非常に重要で、先物と現物の明暗を分けることになりました。

CMEのビットコイン先物は、SECと同様に資本市場の規制機関である米商品先物取引委員会(CFTC)によってすでに規制されており、2017年12月以降でしっかり取引が行われてきたという実績があります。しかも、現在のSECのゲーリー・ゲンスラー委員長は、CFTCの委員長を務めた経歴があります。

また、ゲンスラー委員長はマサチューセッツ工科大学(MIT)で暗号資産に関する講義を担当したこともあり、暗号資産に対する理解度が高いと業界から期待されています。2020年にSECの委員長に就任したばかりのゲンスラー氏は、実際、ビットコイン先物ETFに関して10月の承認前から好意的な発言をしていました。暗号資産という新たな投資商品であっても、自身が詳しい金融領域において秩序だって規制できるものに関しては規制を開始していくという、ゲンスラー委員長のスタンスの表れかもしれません。

ビットコイン先物の課題

しかし、ビットコイン先物ETFさえあれば事足りるという現状ではなさそうです。ビットコイン先物ETF投資に慎重な機関投資家も少なくないと聞きます。大きな理由の1つが、「コンタンゴ」(contango)です。

コンタンゴは、期日が遠い先物価格の方が期日が近い先物価格よりも価格が高くなる現象を指します。例えば原油や大豆などコモディティには在庫管理が必要であり、長く保管すればするほど倉庫代が高くなることから、期先の先物価格が期近の先物価格より高くなることは想像できます。問題は、在庫管理が必要でないはずのビットコインの先物市場においても、基本的にはコンタンゴが発生してしまっている点です。

先物市場では、取引できる期限の月(限月)が決まっています。ただ、先物型のETFに「期限切れ」というのはありえませんから、運用者は期近の先物を売って期先の先物を買うロールオーバーという行為を繰り返します。ここで、先程のコンタンゴが問題になります。期先の先物価格は割高ですから、先物型のETFの運用は「安く買って高く売る」という運用になってしまい、そのコストが投資家に跳ね返る仕組みになってしまっています。

ビットコイン支持派として知られるアーク・インベストメントのキャシー・ウッド氏も、コンタンゴを理由にビットコイン先物ETFには慎重な姿勢を示しています。

ビットコイン現物ETFが拒否された理由

現物のビットコインには、先物市場に特有のコンタンゴのような問題はありません。そういった意味でもビットコイン現物ETFを待ち望む声も多いのですが、そう簡単にはいかない事情があります。

ビットコイン先物市場とは対照的にビットコインの現物市場は、現在どのキャピタルマーケットの規制も受けていません。このため、規制当局から見れば、究極的にはビットコインという同じ資産が裏付けになっていますが、実質的にはビットコイン先物ETFとビットコイン現物ETFはかなり異なる商品となっているのです。

そして、SECがビットコイン現物のETFに難色を示している理由も、まさに規制されていないマーケットであるという点です。

これまでビットコイン現物のETFは、2017年以降、何度もSECに対して申請されましたが、その度、拒否されてきました。過去にSECがビットコインETFを拒否した際に挙げた主な理由は、1934年証券取引所法のとりわけ6条(b)項5が規定する「証券取引所は詐欺や価格操作を妨げるように作られなければならない」という部分と「投資家と公共の利益を保護する」という部分です。

そして、今回も同じ理由でSECはヴァンエックのビットコイン現物のETFを拒否しました

「委員会は、(ヴァンエックのビットコインETFが)取引所法および取引委員会規則が要求する国の証券取引所は『詐欺や価格操作』を防止し「投資家と公共の利益を保護」しなければならなりという義務を果たせないと結論づけた」

ビットコイン現物のETFを申請する米国資産運用会社はフィデリティを含めてまだ数多くあります。また、世界最大の暗号資産投資会社グレイスケールが、10月、同社のビットコイン投資信託(GBTC)をビットコイン現物のETFに変更するという届けをSECに出しました。

しかし、規制の観点から見たビットコイン現物取引に関する見解が短期間では変わるとは考えられないことから、年末年始にかけて、米国でビットコイン現物ETFが誕生するのは難しいかもしれません。

今後の展望

クラーケンの子会社であるCFベンチマークスは、ビットコイン先物取引を上場しているCMEが参照する指数(BRR)を提供しています。また、現在ウィズダム・ツリー・ビットコイン・トラストなどがSECに申請しているビットコイン現物のETFも、CFベンチマークスの指数を参照しています。

私は、CFベンチマークスのスイ・チャンCEOと密に連絡を取っていますが、ビットコイン先物ETF承認に関して「ビットコイン現物の承認に対して、あまり大きな影響を与えない」と慎重な見方を示していました。このため、先週ヴァンエックのビットコイン現物のETFが拒否されたことはサプライズではありませんでした。

2021年は、カナダやブラジルで初めてビットコイン現物の取引が開始した歴史的な年でした。そして、米国にとって初となるビットコイン先物ETF開始。暗号資産業界にとって大きな分水嶺になる出来事だったとみています。ただ、SECが現物のETF承認を真剣に検討するまでには多くの課題があるのが現状であり、チャンCEOも言うように「ビットコイン先物ETFは、ほんの最初の1歩」と考えています。

画像クレジット:Executium on Unsplash

「日本のスタートアップも積極検討」暗号資産取引所クラーケンCVCが狙う投資領域

編集部注:この原稿は千野剛司氏による寄稿である。千野氏は、暗号資産交換業者(取引所)Kraken(クラーケン)の日本法人クラーケン・ジャパン(関東財務局長第00022号)の代表を務めている。Krakenは、米国において2011年に設立された老舗にあたり、Bitcoin(ビットコイン)を対象とした信用取引(レバレッジ取引)を提供した最初の取引所のひとつとしても知られる。

9月22日、ソフトバンクのビジョン・ファンド2が主導する資金調達ラウンドで、ブロックチェーンのインフラ企業ブロックデーモン(Blockdaemon)が1億5500万ドル(約170億円)の資金調達を行いました。ブロックデーモンは、暗号資産の新たな運用方法であるステーキングなどに必要なインフラを機関投資家向けに整備する企業です。出資者は、ソフトバンクの他、ゴールドマンサックスやボールドスタート・ベンチャーズなどの大手金融やハイテク企業が名を連ねており、暗号資産業界からは取引所のクラーケンが入っています。

本稿では、なぜ暗号資産取引所のクラーケンが、クラーケン・ベンチャーズというCVCを擁しているのか?どんな分野を投資先として注目しているのか?クラーケン・ベンチャーズ代表であるブランドン・ガスのコメントとともに解説します。

クラーケン・ベンチャーズ

クラーケン・ベンチャーズは、暗号資産とフィンテック領域におけるスタートアップ企業やプロトコルを対象にした独立した投資ファンドです。投資先には、フィンテックや暗号資産企業・プロトコル、分散型金融(DeFi)、AIや機械学習・ディープラーニング、レグテック(RegTech。Regulation+Technology)、サイバーセキュリティーが含まれます。

テキサス州のオースティンやベルリン、香港、ロンドン、ニューヨーク、サンフランシスコに拠点を構え、暗号資産業界における次のイノベーションを支えるために開発者などに対して必要なリソースや専門知識の提供を行います。

投資額は、25万ドル~300万ドル(約2750万円~約3億3000万円)の範囲です。加えて、暗号資産とフィンテック業界での数十年にわたる経験を持つクラーケンのチームによってコンサルティングとリソース提供を行なっています。この中には、企業がプロジェクトに代わり宣伝広告を行ったり顧客や投資家を紹介したりすることも含まれます。また、クラーケンの既存サービスとコラボすることもあります。例えば、後述するロケット・ダラーの顧客は、クラーケンの口座を使って暗号資産を購入し、ロケット・ダラーの年金口座で資産形成が行えます。

ブランドン・ガスは、今後の投資テーマとして、「フィンテックと暗号資産の領域が融合し始めている」という見解を示し、以下のように述べました。

「人々は暗号資産業界におけるエンジニアリングとプロダクトイノベーションの凄さを過小評価しています。そして、それがすべての金融サービス分野に波及することを十分理解していません」

これまでの投資先

クラーケン・ベンチャーズのこれまでの投資先は、ブロックチェーン分析企業のメサーリ、退職後の資金積み立てプラットフォームを手がけるロケット・ダラー、そしてブロックデーモンです。

メサーリ(Messari)

8月5日、メサーリは、ポイント72ベンチャーズが率いたシリーズAの資金調達ラウンドで2100万ドル(約23億円)を調達したと発表しました。ポイント72ベンチャーズは、著名投資家スティーブ・コーエン氏率いるヘッジファンド運営会社ポイント72アセット・マネジメントのベンチャーキャピタル部門です。メサーリは、調達した資金をプロダクトのグローバル展開や人員拡大に充てる予定です。

メサーリは、暗号資産市場に関するデータ分析やコラム執筆で有名な企業です。また創業者のライアン・セルキス氏は、ブロックチェーン関連投資で有名なデジタル・カレンシー・グループの創業メンバーであり、米国仮想通貨メディア「コインデスク」が手がけるカンファレンス「コンセンサス」を立ち上げた人物です。最近では米国の規制強化方針に反発し、2024年の米議会上院の選挙に出馬して政治家として暗号資産業界の規制方針に対抗する構えをみせるなど、精力的に動いています。

メサーリは、暗号資産の分野に特化した企業です。このため、クラーケンの他、コインベースやFTX、ジェミナイなど、クラーケン・ベンチャーズ同様の暗号資産取引所系CVCの名前が目立ちます。ブランドン・ガスは、出資を決めた理由として「メサーリのチームを長年知っていたこと」に加えて、DeFi(分散型金融)関連のデータ分析ツールやリサーチに「感心した」ことを挙げています。

ロケット・ダラー(Rocket Dollar)

9月9日、ロケット・ダラーは、パーク・ウエスト・アセット・マネジメントが率いる資金調達ラウンドで800万ドル(約8億8000万円)を調達したと発表しました。ロケット・ダラーは、メサーリと異なり金融系の新興企業です。個人退職勘定(IRA)や個人向けの確定拠出年金(ソロ401K)といった年金制度において、暗号資産など、株や債券など伝統的な資産以外のオールターナティブ・インベストメントを支援するサービスを手がけています。

ブランドン・ガスは、ロケット・ダラーについて以下のようにコメントしています。

「伝統的な年金、とりわけ雇用主が設定する年金口座は、投資オプションが限定的で掛金が低いのが一般的です。しかしミレニアル世代やZ世代は、暗号資産や不動産、未上場企業など幅広い資産への投資に高い関心を持っています。さまざま資産クラスに投資してベストなリターンを獲得する機会を提供するロケットダラーは、個人の自由と選ぶ権利に貢献しているという点で魅力的です」

ブロックデーモン(Blockdaemon)

9月22日、ブロックデーモンは、ソフトバンクグループのビジョン・ファンド2が主導したシリーズBの資金調達ラウンドで1億5500万ドル(約170億円)を集め、企業価値が10億ドルを超えるユニコーン企業と評価されました。

ブロックデーモンは先述の通り、仮想通貨のインフラ企業です。次世代イーサリアム(イーサリアム2.0)やビットコイン、ソラナ、テラ、カルダノ、ポルカドット、ライトニング・ネットワークを含む40余りのブロックチェーン(分散型デジタル台帳)ネットワークをサポートしています。

日本のスタートアップも出資対象

クラーケン・ベンチャーズは、北米、アジア、ヨーロッパのスタートアップ企業を投資対象にしており、日本のスタートアップにも大きな期待を寄せています。ブランドン・ガスは「日本から素晴らしい企業がたくさん出てきているのを知っている」とし、「日本企業への出資も積極的に検討する」と述べました。

ブランドン・ガスによると、投資先の選定基準として「プロダクトに関する知識と経験」「技術的な優位性」「そしてスケール可能性が高いビジネスモデル」を挙げています。本質的に重要なのは、結局のところ「3つのP(People、Product、Potential)」であるという見方です。

クラーケン・ベンチャーズによる出資に興味がある企業やプロジェクトは、以下の連絡先からお問い合わせください。

https://www.krakenventures.com/contact-us


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暗号資産と中国:なぜ中国はデジタル人民元を推進しているのか

暗号資産と中国:なぜ中国はデジタル人民元を推進しているのか

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編集部注:この原稿は、Chainalysis Japanのシニア・ソリューション・アーキテクトを務める重川隼飛(シゲカワ・ハヤト)氏による寄稿である。同氏は、2020年にブロックチェーン分析専門会社であるチェイナリシス(本社:米国)に入社。日本・アジアでの事業拡大に向けた営業活動や顧客サポートの提供とともに、講演やトレーニングを実施するなど、ブロックチェーン分析の知識・ノウハウの普及に従事している。

2020年4月、中国はデジタル人民元の実験を開始し、初めて中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行した政府の1つになりました。デジタル人民元のようなCBDCは、政府が発行するブロックチェーンベース版の国家通貨です。従来の暗号資産の多くと同様、通貨のブロックチェーンがあらゆる取引において永久で不変的な台帳として機能するため、CBDCは、市民の全体的な消費傾向について、より高い透明性を提供します。

中国は国有銀行やWeChat Pay、Alipayといったデジタル決済アプリを通じてデジタル人民元を展開していますが、これらのアプリは中国国内においては、欧米のものよりもはるかに広く利用されています。

現在、デジタル人民元の実証実験が進行中ですが、2022年の北京冬季オリンピックでは、訪中選手にデジタル人民元を発行することが予定されており、政府が新しいCBDCを世界に向けて発表する機会になると、多くの人が指摘しています。2021年7月の時点で、実証実験のユーザーは2000万件以上のデジタル人民元ウォレットを作成し、新しいCBDCで50億ドル(約5554億円)以上の取引を行っています。

特に、米国の経済的なライバルであり権威主義体制をとる現在の中国がCBDCを導入した場合には、国内政策と外交政策の両方に広範な影響を及ぼします。当社は、暗号資産投資会社Primitive Venturesの創業者でアジアの暗号資産市場の専門家でもあるDovey Wan(ドビー・ワン)氏に話を聞き、中国共産党がデジタル人民元で達成したいと考えていることについて尋ねました。Wan氏は重要な目標について説明しました。

その1つは、経済をより細かくコントロールするという、比較的穏やかなものです。現在すべての国で採用されている部分準備銀行制度の下では、中央銀行は金利の改定など、間接的にしか経済に影響を与えることができません。通貨供給がすべてCBDCの形で存在し、すべての取引が1つの中央台帳に記録されている場合、中央銀行は資金の流れをより細かくコントロールできます。「金融政策がプログラム可能になるのです」とWan氏は言います。

「たとえば、政府が株式市場の過熱を抑えたいと考える場合、数行のプログラムを書けば株式市場への資金の流入を阻止することができます」。

さらにWan氏は、現在一般的なモバイル決済アプリよりも、デジタル人民元は高齢者が使いやすいようになっていることを指摘し、CBDCがサードパーティーによる決済の必要性をなくすことで、小売業者にとって取引価格がより安くなる可能性があると述べました。

しかし中国共産党の手にかかれば、政府が所有する集約的な国民の取引台帳が、金融監視のツールになることは容易に想像がつきます。現在の銀行システムの下では、中国国民は金融面でのプライバシーを確保できていませんが、デジタル人民元が導入されれば、政府はいかなる違反行為に対しても、個人や企業を金融システムから排除することができるようになります。中国共産党がこの能力を使うかどうか、あるいはどの程度使うかはわかりませんが、デジタル人民元制度の下では「金融の死刑判決」が下される可能性があるでしょう。

また、デジタル人民元を研究し、2021年1月にこのプロジェクトに関する報告書を発表した、新アメリカ安全保障センター(CNAS)の非常勤シニアフェローであるYaya Fanusie(ヤヤ・ファヌシー)氏にも話を聞きました。Fanusie氏は、デジタル人民元が権威主義の道具になり得ることにはおおむね同意しましたが、中国共産党が持つ、国民のデータをできるだけ多く収集したいという広い願望のなかで、デジタル人民元が果たす役割をより強調しています。「政府がすべての国民の取引記録にアクセスできる集中型データベースは、これまで存在しませんでした」とFanusie氏は言います。

「確かに、中国はモバイル決済アプリにそのデータを要求することができますが、それには時間がかかりますし、時には反発されることもあります」。

またFanusie氏は、デジタル人民元によって生成される金融データを、中国の社会信用システムに組み込まれている他の種類のデータと組み合わせる方法についても説明しました。

「中国共産党は最近、国の制度に基づいた学校に子どもを通わせないモンゴルの家庭をブラックリストに載せるという通達を出しました。デジタル人民元があれば、政府は金融データとそのようなリストを組み合わせることができるのです」。

Fanusie氏は、中国共産党がすでにデジタル人民元を使って政府の腐敗を監視する意向を表明していることに触れました。妥当な目標ではありますが、こうした金融監視機能が一般市民に向けられる可能性があることは容易に想像できます。

デジタル人民元は米ドルの脅威となるか?

中国が米ドルとSWIFT取引システムへの依存度を下げるために、デジタル人民元の国際的な利用を促進するつもりではないかと多くの人が推測しています。実際、国有企業である中国グローバルテレビジョンネットワークが公開したビデオでは、制裁措置を回避し、世界貿易に対する米国の影響力を低下させる方法として、デジタル人民元を推進するという内容のものでした。

暗号資産と中国:なぜ中国はデジタル人民元を推進しているのか

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Yaya Fanusie氏に、デジタル人民元を米ドルに対する脅威と見なすかどうかを尋ねました。彼は、中国共産党が中国国外でのデジタル人民元の利用を促進するまでにはしばらく時間がかかると考えており、短期的にはその可能性は低いと述べています。しかし長期的には、デジタル人民元や他の国が将来導入するCBDCが、世界の金融システムにおけるドルの地位を低下させる可能性があると考えています。

「中国は、他の国ともCBDC同士の交換を可能にするような取り決めをするのではないでしょうか。CBDCのアトミックスワップと考えてください」。

このような取り決めの下では、中国の誰かがマレーシアの誰かにデジタル人民元を送ると、その間に自動的に通貨交換が行われ、マレーシアのユーザーは自国の通貨に触れることなく、デジタルマレーシアリンギットを受け取ることができます。このような取引は、SWIFTシステムに依存しません。それが当たり前になれば、米国以外の国の人が米ドルを持つ必要はなくなるでしょう。「これは2022年のリスクではなく、おそらく2032年以降のリスクだと思われます」とFanusie氏は言います。

また長期的には、デジタル人民元は、米国が遅れをとる恐れのある大規模なデータ運用戦争の一環となると、Fanusie氏は見ています。

「これまでのところ、フィンテックに関しては、米国よりも中国の方が革新的であると言われています。ブロックチェーン技術でも同じことが起きた場合、米国経済はデータ駆動型の次のイノベーションの波に乗り遅れるリスクがあります」。

今日、これらのイノベーションが具体的にどのようなものになるかの想像することは難しいですが、CBDCが生成する大量のデータや、政府がそのデータを使って経済をより効率的に管理することを考えると、それらのイノベーションは非常に重要なものになるでしょう。

しかしFanusie氏は、このリスクを軽減するために、米国の政策立案者が単に独自のCBDCを作るべきとは考えていません。また、CBDCプロジェクトを排除すべきではないものの、米国はデジタルドルの先を考え、ブロックチェーン、フィンテック、金融政策のイノベーションを全面的に推進する必要があると考えています。

「米国の連邦準備制度は革新的です。他国の中央銀行とは異なり、米国には100年以上にわたって中央銀行に抵抗してきた特質と歴史的経験があるからです」とFanusie氏は述べています。つまり、イノベーションは他国の事例を参考にするのではなく有機的に展開する必要があると考えているのです。

Fanusie氏は、そのようなイノベーションを促進する方法として、米国が大学と提携して、ブロックチェーンプロジェクトを開発するためのサンドボックスを作ることを提案しています。

「そうやって米国はインターネットの発展をリードしてきたのです。大学に対して、軍が使用できるコンピュータネットワークシステムを作るようにという指示がありました。このインフラは、その後より広範に民間で活用され、ビジネス革新をもたらしました」。

1つはっきりしているのは、中国はデジタル人民元を開発して、当面は国内で使用し、将来的には国際的に使用しようと意図していることです。このプロジェクトの短期的な目標は、金融政策の改善と中国国民の金融監視ですが、長期的には他のCBDCとともにデジタル人民元を普及させることであり、それは世界の準備通貨である米ドルの地位を危うくする可能性があります。このプロジェクトや類似のデジタルドルの立ち上げに対する米国のいかなる対応においても、金融データの問題を考慮し、国民のプライバシーを尊重しつつ、より強い経済を構築し、経済競争における国の地位を維持するために、どのようにデータを利用できるかを検討する必要があります。

  • 中国は暗号資産の最大市場の1つであり続ける
    ・2021年1月以降、中国のユーザーが管理していると推定されるアドレスには、米国に次ぐ1億5000万ドル(約167億円)以上の暗号資産が送られています
  • 暗号資産を使用した犯罪における中国の役割(下記に米英の比較表を添付)
    ・2019年4月から2021年6月の間に、中国のアドレスは、詐欺やダークネットマーケット操作などの不正行為に関連するアドレスに22億ドル(約2444億円)以上の暗号資産を送信し、20億ドル(約2223億円)以上を受信しました
    ・しかし、不正なアドレスとの取引額は、金額面でも他国との比較でも、調査期間中に大幅に減少しました

中国における暗号資産業界とユーザーベースは、世界で最も活発なマーケットの1つです。2021年1月以降、中国のユーザーが管理していると推定されるアドレスには、米国に次ぐ1億5000万ドル(約167億円)以上の暗号資産が送られています。

暗号資産と中国:なぜ中国はデジタル人民元を推進しているのか

画像クレジット: Chainalysis

また、中国はこれまでも暗号資産のマイニングを支配してきました。中国を拠点とするマイニング事業者が、ビットコイン(Bitcoin)の全世界のハッシュレート(ビットコインのマイニングに使われるコンピューティングパワーの大きさを示す指標)の65%を支配していたこともあり、中国やアジア全体にサービスを展開する暗号資産サービスの流動性が高まる一方で、中国共産党がこの支配力を利用してビットコインネットワークに悪影響を及ぼすことも懸念されています。また、過去の取引データによると、中国の一部の暗号資産事業者、特にOTCブローカーが、暗号資産を使った犯罪に関与している人々のマネーロンダリングを促進する上で、大きな役割を果たしていることが示唆されています。

暗号資産を使用した犯罪における中国の役割

暗号資産エコシステム全体にとって重要な部分であったのと同様、中国はこれまでも暗号資産に関連する犯罪において大きな役割を担っていました。2019年4月から2021年6月の間に、中国のアドレスは、詐欺やダークネットマーケット操作などの不正行為に関連するアドレスに22億ドル(約2444億円)以上の暗号資産を送信し、20億ドル(約2223億円)以上を受信しました。

暗号資産と中国:なぜ中国はデジタル人民元を推進しているのか

画像クレジット: Chainalysis

注目すべきは、中国の不正アドレスとの取引額が、金額面でも他国との比較でも、調査期間中に大幅に減少していることです。その減少の原因の多くは、2019年に発生したプラストークン詐欺のような大規模な投資詐欺がなかったことにあります。この詐欺は主にアジア全域のユーザーを対象としており、収益の大部分が中国のサービスを通じてロンダリングされていました。中国は依然として不正取引額で上位の国の1つですが、かつては他の国に大差をつけていたことから、同国における暗号資産関連の犯罪は減少していると考えられます。

中国における不正な資金移動の大半は、暗号資産詐欺に関連しています。取引額の点で、暗号資産関連の犯罪のなかで圧倒的に多いのが詐欺であることを考えると当然ですが、ダークネットマーケットや盗まれた資金の移動も役割を担っています。

企業はバグバウンティを導入すべき!「最も安全な暗号資産取引所」を目指すクラーケンがハッカーに協力を要請するワケ

企業はバグバウンティを導入すべき!「最も安全な暗号資産取引所」を目指すクラーケンがハッカーに協力を要請するワケ

編集部注:この原稿は千野剛司氏による寄稿である。千野氏は、暗号資産交換業者(取引所)Kraken(クラーケン)の日本法人クラーケン・ジャパン(関東財務局長第00022号)の代表を務めている。Krakenは、米国において2011年に設立された老舗にあたり、Bitcoin(ビットコイン)を対象とした信用取引(レバレッジ取引)を提供した最初の取引所のひとつとしても知られる。

暗号資産取引所クラーケンは、取引所によるセキュリティ対策の一環としてバグバウンティ・プログラム(bug-bounty program)を実施しています。バグバウンティとは、報奨金制度の一種です。企業が自社の製品・サービスに対する調査を公開で依頼し、世界中のホワイトハッカーから製品やサービスの脆弱性(バグ)の発見・報告を受け、ハッカーに対して報奨金を支払う仕組みを指します。本稿では、なぜクラーケンがバグバウンティを採用しているか、そして、企業だけでなくコミュニティ全体でセキュリティ対策をすることが重要である理由について、解説します。

暗号資産業界全体への貢献も目指す、社内特別チーム「セキュリティ・ラボ」を構築

クラーケンにとってセキュリティは最も重要な事項です。社内には世界最高クラスのセキュリティ専門家やエンジニアが多数在籍しており、常に我々のプロダクト・サービスが正常に機能しているか監視しています。

我々は、セキュリティの専門家集団が在籍する特別チームを「セキュリティ・ラボ」と呼んでいます。

セキュリティ・ラボは、クラーケンのセキュリティがいくら強化されても、暗号資産業界全体のセキュリティ向上がなければ意味がないと考えています。このため、クラーケンの顧客を含めて業界で広く使われている第三者企業開発のプロダクト・サービスをテストし、脆弱性を公開したりセキュリティに対する知識を深めるための教育コンテンツを展開したりしています。

セキュリティコミュニティの力を借りる「バグバウンティ・プログラム」

このようにクラーケンは、自社のセキュリティ・ラボの活動を中心に業界全体でシステム上の欠陥をなくす活動を行う一方で、バグバウンティ・プログラムとして業界全体もしくはセキュリティコミュニティのサポートを得ることで、クラーケンのセキュリティを改善するための取り組みも実施しているのです。

具体的には、顧客や第三者の企業、ホワイトハッカーなどにバグを発見してもらった場合、その対価として謝礼をお支払いするとともに、ウェブサイトの「ウォール・オブ・フェーム」に氏名を記載させていただいています。

企業はバグバウンティを導入すべき!「最も安全な暗号資産取引所」を目指すクラーケンがハッカーに協力を要請するワケ

クラーケンの「ウォール・オブ・フェイム」(抜粋)

謝礼に関しては、クラーケンでは、バグを報告いただいた方に対して、最低500ドル(約5万5000円)相当のビットコインを差し上げています。特に深刻なバグの場合は、報告いただいたバグの重要度に応じて、500ドル以上の謝礼をお支払いしています。

なお、バグ報告は、bugbounty@kraken.com宛てにお送りいただいています。

脆弱性のレベル

クラーケンでは、脆弱性のレベルを「重大」「高い」「中程度」「低い」に分類しています。

「重大」は、クラーケンやクラーケンの顧客の多くに直接的かつ即時的にリスクがあるケースです。例えば、クラーケンのサインインやパスワード、2FA(2要素認証)を迂回するケースや顧客情報、内部のプロダクションシステムへのアクセスが該当します。

「高い」は、アクセス権限がない機密情報を読み込んだり修正したりする攻撃です。コンテンツセキュリティポリシー(CSP)を迂回するクロスサイトスクリプティング(XSS)や、公開情報から重要な顧客データを発見されることなどが含まれます。

「中程度」は、限定的ではあるものの、アクセス権限がない情報を読み込んだり修正したりする攻撃です。リスクの低い行為に対するクロスサイトリクエストフォージェリ(CSRF)や、アクセス権限がないにもかかわらず、内部のプロダクションシステムの機密ではない情報を公開することなどが含まれます。

「低い」は、機密情報などへの入手にはつながらない、かなり限定的な範囲でのデータへのアクセスを想定しています。

実は費用対効果が抜群、バグバウンティ・プログラムのススメ

クラーケンは、暗号資産関連企業を含むすべての企業がバグバウンティ・プログラムを導入すべきだと考えます。

なぜなら、バグバウンティ・プログラムの費用対効果は「抜群」といえるからです。

実は、データ流出による被害コストが1件あたり400万ドル(約4億4000万円)であることを考えると、バグバウンティ・プログラムの導入費用はかなりお手頃です。もちろんバグバウンティ・プログラム導入前には多く事項を検討しなくてはなりませんが、外見的には「研究者が脆弱性を報告するためのメールアドレスの設定」、「ふるい分けをするため専門知識のある社員を配属」、そして「報酬体系の確立」を行うだけでプログラムの体制は整います。

ハッカーや優秀なセキュリティ研究者と協力し、コミュニティとしてセキュリティを高めることの重要性

クラーケンは、取引所だけがセキュリティ対策を万全にすれば良いと考えておらず、コミュニティ全体の協力の下でセキュリティレベルの底上げを図ることが重要だと考えます。クラーケンの最高セキュリティ責任者(CSO)のニック・ペルコッコは、クラーケンの強固なセキュリティに自信と信頼を持っているものの、「1つの企業だけで常に100%の安全性を保てる企業は存在しない」と細心の注意を払っています。

では、コミュニティのどんな人々が協力をしてくれるのでしょうか?バグバウンティ・プログラムに関してよく耳にするのは「ハッカー」です。

日本においては、「ハッカー」と聞くと不正にアクセスして重要な情報や資金を盗む集団というネガティブな印象を持つ人が少なくないかもしれません。しかし、ニック・ペルコッコは「我々も含む多くのホワイトハッカーは、より安全な世界を見たいと思っているのが本音だ」と指摘し、次のように述べています。

「我々は、セキュリティのコミュニティがシステムやプロダクトの脆弱性を発見することで企業やプロジェクトに多大な恩恵をもたらすと信じているし、我々はそのことを会社をあげて大いに歓迎したい」

バグバウンティ・プログラムとは、こうした善意あるハッカーが脆弱性を報告し、報酬を得るための安全なプラットフォームといえます。

コミュニティから協力を募り、脆弱性に関してある意味で「オープン」な姿勢を持つクラーケンは、セキュリティの脆弱性に関する情報を隠したり曖昧にしたりする企業と対照的です。クラーケンは「透明性こそセキュリティと暗号資産の核心的な要素」であり、「(オープンな姿勢こそ)我々を強くし、我々の競争力を高める」(ニック・ペルコッコ)と考えます。

実際、クラーケンはバグバウンティに参加する世界屈指の優秀なセキュリティ研究者によっていくつかのアプリのテストを実施してもらいました。彼らの一部は小さな脆弱性を発見し、クラーケンは本物の攻撃者が悪事を働く前にその脆弱性への対応に成功しました。

2020年は、クラーケンで報酬の支払い対象となったバグ・バウンティは29件あり、平均の報酬額は775ドル(約8万5000円)でした。

クラーケンは、1つの取引所としてのセキュリティ対策に加えて、コミュニティ全体からのサポートによって、外部評価機関から安全面で一流の取引所であるという評価を得られたのです。

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カテゴリー:寄稿
タグ:暗号資産 / 仮想通貨(用語)クラーケン / Kraken(企業・サービス)ハッカー / ハッキング(用語)バグ / 脆弱性(用語)バグバウンティ / バグ報奨金制度(用語)ブロックチェーン(用語)

画像クレジット:Ewan Kennedy on Unsplash

【寄稿】自動運転関連技術のCOOが教える「契約策定と交渉のベストプラクティス」

2014年に設立されたStradVision, Inc.は、高度な運転支援システム(ADAS)向けの画像処理AI技術のパイオニア。現代自動車やLGエレクトロニクス、IDG Capital、アイシングループなどからの出資を受け、ソウル、サンノゼ、東京、ミュンヘンに拠点を構え、データアルゴリズムのエンジニアをはじめとする170名以上のチームによって、完全自律走行車両の実現を促進すべく事業を展開している。

自動車に関する技術は進歩を続けています。すでに一般の車両にはレーンキープアシストや、衝突軽減ブレーキといった機能が搭載されるようになりました。自動運転技術は特に日々ニュースでキーワードを耳にします。

このように自動車には非常に多くの要素、テクノロジーが詰まっています。本稿はそれらを提供する企業と企業で構成される経済圏、ビジネス展開についてお伝えしたいと思います。

自動車産業の経済圏は自動車産業を支えてきたいわゆる大手メーカーから、先端技術を研究・開発する私たちのようなスタートアップ、ベンチャー企業が参画し、拡大しています。

さまざまな立場で多くのプレイヤーが存在するとはいえ、私たちは自動車という1つの製品を作るため、ひいては安心で安全なモビリティサービスを消費者ならびに社会へ提供するため、友好的なパートナーシップに基づくビジネス関係の構築が求められます。

以下では、多くの経験から、パートナーシップを締結する際、立場の異なる2社が双方にとって中長期的で包括的な成功を収められる交渉のポイントをお伝えしたいと思います。

    1. 目標を知る
      どのような契約でも、それぞれに達成したいことがあるはずです。ビジネスにおいて、どのフェーズにいるのかを認識し、契約に臨む目的と具体的な内容について、交渉前に詳細の考えを詰め、見通しを立てておきましょう。プロジェクトが完了するまでの期間内に達成すべきこと、そしてもちろん関連する金額などの問題は、パートナーシップを進める前にパートナー候補と解決しておく必要があります。
      双方にとって適切な目標を持つためには、交渉の前に適切なリサーチを行い、どこにシナジーがあるのか、お互いがパートナーシップに貢献できることは何かを知る必要があります。
    2. 妥協できるポイントを把握しておく
      理想の目標を念頭に置いて交渉に臨むべきですが、妥協が必要な場合もあることを理解し、交渉を始める前にどの程度の柔軟性を受け入れることができるかを決めておきましょう。また交渉中に、許容範囲に影響を与えるような新しい情報が明らかになることもあります。
      状況の変化に注意を向けつつ、常に現段階のベストはどこかを探っていきましょう。
    3. 柔軟性を持つ
      柔軟に、契約内容や提供するサービスなどを変更できることも重要です。ビジネスを成功させるためには、RFQ(見積もり依頼書)に記載されたクライアントの要件を満たす機能と性能に焦点を当てる必要があります。
      クライアントのさまざまな要求に応えるために、ソフトウェアのカスタマイズや最適化を提案し、期待を上回るパフォーマンスを提供することに細心の注意を払いましょう。
    4. 成功を示し、データを提供する
      OEMやTier1サプライヤーなどの大手企業との交渉では、自社のビジネスのユニークな点や競合他社との違いを示すことが重要です。自分の専門分野で何が優れているのかをアピールしましょう。公開された特許の数や、特許発行までの時間の短さなど、パートナー候補との信頼関係を築くために重要な成功事例などが挙げられますが、このように過去に達成した成果と経験が、新しいパートナーシップの成功にどのようにつながるのかを、具体的にデータで示しましょう。
      1でも触れましたが、それらがどのようにシナジーを生むのかも整理して伝えることが重要です。
    5. 相手のニーズ、情報に耳を傾ける
      基本的なことかもしれませんが、交渉時には不可欠な要素です。相手の話に耳を傾けることは、自社の情報を相手に伝えることと同じくらい重要です。よくよく話を聞いてみると、予想していなかった形で交渉の流れが変わるかもしれません。
    6. リスクを軽減する
      交渉中に対処すべき重要事項のチェックリストを作成し、重要なトピックを忘れないようにしましょう。
      また、交渉中に契約内容が変更された場合は、何かあったときのためにすべてのバージョンを記録しておきましょう。たとえ暗黙の了解だと思っていても、重要な点を契約書から外してはいけません。複雑な問題を引き起こすだけです。法的な根拠を網羅し、機密性を確保します。
      このような細かい配慮は、双方が同じ見解を持ち、将来的に誤解が生じないようにするために不可欠です。
    7. 契約テンプレートと確立された言語
      契約書やパートナーシップの作成や承認が遅れる要因の1つに、技術的な言葉や詳細、プライバシーや機密性を確保するために盛り込まなければならない法的な言葉に囚われてしまう状況があります。
      このような遅延を避けるためには、使う言葉を標準化し、契約ごとに書き直す必要がないようにするのが重要です。技術的・法的な文言を都度考えずに済む分、パートナー候補との信頼関係の構築に集中できる時間が増えます。
    8. ワークフロープロセスの確立
      契約書のレビューや承認の遅れは、契約に関するワークフローが確立されていないことにも起因します。法務担当者や経営陣など、各パートナー企業で契約書を確認する必要がある人は、承認の順番や、フィードバックを受けてからの変更方法など、確立された手順が必要です。
      特にスタートアップ、ベンチャーにおいてはワークフロープロセスが確立されていないことが多いものです。特に優先度の高い契約前においては、早めに社内で調整を行いましょう。プロセスが確立されておらず、契約締結が遅れる危険性があります。
      ただ、すべての契約において同じフローをとる必要はないでしょう。リスクが少ない案件では、契約のワークフローを簡略化したり、半自動化してスムーズに進めることもできます。
    9. 既存の契約を更新または拡大する
      新規のクライアントを獲得するだけでなく、契約のライフサイクル管理の重要性も認識しておきましょう。既存の契約の状況を認識し、既存のパートナーとの強固な関係を維持し、将来の機会に基づいてパートナーシップを拡大できるかどうかを検討することが重要です。
      契約期間の終了前から数カ月前には遅くともパートナーシップの見直しを行い、プロジェクトの契約継続や終了について話し合いを行いましょう。パートナーシップの定期的な見直しが、関係性の安定につながります。

機密性が高く、かつ企業ごとに個別のシーンが想定できるため、具体的すぎるアドバイスは書ききれませんが、基本的に上記9つに気を遣いながら交渉を進められれば、少なくとも、両社にとって、大きなダメージを与えるような契約を交わしてしまうことはないでしょう。ぜひ参考に交渉を進めてみてください。

著者Sunny Leeについて:
 ペンシルベニア大学ウォートンスクールを卒業し、MBAを取得。先進運転支援システム(ADAS)向けのAIベースのカメラ認識ソフトウェアのパイオニアである韓国のテクノロジー企業StradVisionのCOOを務めている。現在Sunnyは韓国、米国、中国、インド、ドイツ、および日本での事業開発とグローバルオペレーションを担当しています。
 以前は、 NaverLabsのモビリティ製品のオーナーだった。彼女の以前の役割には、シカゴを拠点とする経営コンサルティングリーダーであるATカーニーのシニアビジネスアナリスト、およびエンタープライズソリューション部門のLGエレクトロニクスのサンディエゴオフィスのシニアマネージャーも含まれる。また彼女はFlex-KPMG AutomotiveSummitAutotechCouncilなど、数多くの自動車および技術イベントで講演および発表を行ってきた 。

 

カテゴリー:寄稿
タグ:StradVision自動運転先進運転支援システム

曖昧だから良い? 米国の暗号資産規制がイノベーションを取りこぼさないワケ

曖昧だから良い? 米国の暗号資産規制がイノベーションを取りこぼさないワケ

Photo by Jon Sailer on Unsplash

編集部注:この原稿は千野剛司氏による寄稿である。千野氏は、暗号資産交換業者(取引所)Kraken(クラーケン)の日本法人クラーケン・ジャパン(関東財務局長第00022号)の代表を務めている。Krakenは、米国において2011年に設立された老舗にあたり、Bitcoin(ビットコイン)を対象とした信用取引(レバレッジ取引)を提供した最初の取引所のひとつとしても知られる。

暗号資産取引所に上場するコインの数は日本の数倍。機関投資家や上場企業による積極的なBitcoin(ビットコイン)投資で今年の強気相場を牽引する。「コンテンツ大国」であるはずの日本よりも先に、アーティストやミュージシャン、スポーツ選手、セレブがデジタルアート販売やバーチャルリアリティ(仮想現実)のインフラ整備を目的としてNFT(ノン・ファンジブル・トークン)のブームを作る。そして、著名電気自動車メーカーCEOが有名なテレビ番組に出演して柴犬がトレードマークの「Dogecoin」(ドージコイン)について語る……。

上記は、2021年に入って米国の暗号資産業界が成し遂げたアチーブメント(実績)の一部です。5月はBitcoinをはじめ暗号資産マーケットは大幅に調整しましたが、米国市場に悲観ムードはあまり見られない印象です。「投機」や「ハッキング」といったネガティブなイメージから脱却できない日本とは雲泥の差で、暗号資産に対する温度差は激しいのは明らかだと思います。

一体なぜなのでしょうか?

もちろん様々な理由が考えられますが、その1つには、暗号資産を含めて新たなイノベーションに対する規制について、日米間で考え方に大きな違いがあるからと考えています。

日本は暗号資産大国だった

驚くことに実は、数年前まで日本は暗号資産のメッカでした。

Bitcoin創設者(または創設グループ)の名前がSatoshi Nakamoto(サトシ・ナカモト)であることに関係しているかどうかは定かではありませんが、Bitcoinの開発者や熱狂的なサポーターが国内外から東京に集まっていました。ニューヨーク・タイムズの記者であるナサニエル・ポッパー氏が2009年~2014年にかけて世界中のBitcoin関係者に直接取材して書いたルポタージュ「デジタル・ゴールド──ビットコイン、その知られざる物語」(ISBN:978-4-532-17601-3)では、東京が重要な舞台として登場します。ハッキング事件が起きるまで世界一のBitcoin取引高を誇った取引所Mt.Gox(マウントゴックス)は、東京に拠点を持っていました。実際、2018年頃までは、円建てのBitcoin取引高が全体の50%以上を占めていました。

何を隠そうクラーケンCEOであるJesse Powell(ジェシー・パウエル)も日本に魅了された1人です。当時、ハッキングを受けたMt.Goxを支援するために、たびたび東京を訪れました。

しかし、現在、東京は暗号資産のメッカとはとてもいえなくなってしましました。シェアの半分以上を占めていた円建てのBitcoin取引高は、7%未満まで落ち込みました。Bitcoin投資だけではありません。DeFi(分散型金融)やNFTブーム、ステーブルコインの台頭といった暗号資産の技術が基盤となるイノベーションについていけず、米国から大きく出遅れてしまっています。

イノベーションを定義できるのか? 日米規制の違い

突然ですが、読者の皆さんは、暗号資産やブロックチェーンの領域にかかわらず、今後、どのようなイノベーションが出現して世の中を変えていくのか完璧に予想することができますか?

どんな著名な起業家や経済学者、歴史学者であっても、答えは「NO」だと思います。また、最先端の研究に携わっている人でも、自分の分野以外のイノベーションを予測することは不可能でしょう。

それにもかかわらず、法律でイノベーションの形を厳格に定義して、基本的には、「その定義に合うイノベーションだけを認める」「定義に合わないものは認めない」といった杓子定規な運用をしている国があります。日本です。

消費者保護・マネロン対策の面では評価されている日本の規制

暗号資産の分野に関していえば、日本では、2017年の4月に資金決済法が改正され、暗号資産が法的に定義され、暗号資産を取り扱う事業者は仮想通貨交換業(現在は暗号資産交換業)としての登録が義務付けられました。この暗号資産規制は、日本が世界に先駆けて導入したものであり、導入当初は、事業者に金融機関並みの投資家保護やマネーロンダリング(マネロン)対策(AML)、テロ資金供与対策(CFT)などを求めたことが暗号資産市場に制度的な安定性を与えるものだと、おおむね好意的に評価されていました。

ただし、2014年のMt.Gox事件以降も、日本では2018年のコインチェック事件をはじめとして、巨額暗号資産の流出事件が相次ぎました。そしてこうした事件が起こる度に当局は事業者に対する規制を強化しており、現行の規制水準は、セキュリティに関するものを中心に一部金融機関の水準を上回っているのではないかと思います。

日本の法律と規制は、イノベーションを進めるという観点からは難点が多い

一方で、現状の規制では、暗号資産の商品性や技術的特殊性がほとんど考慮されていないなど課題が多いのも事実です。具体的には、日本では資金決済法で暗号資産の定義がきっちりと決められているため、定義に当てはまらない場合は、たとえイノベーションとして世界を変えるほどのプロダクトであっても、いくら海外で暗号資産として流通していても、日本国内ではそれが認められません。「やって良いこと」を毎回事前に決めてしまう日本の法律と規制は、イノベーションを進めるという観点からは難点が多いのではないかと感じています。

米国では、必要最低限の事項をリトマス試験紙のように判定し、最初から法令でがちがちに縛ることはしない

対照的に米国では、法律は「原則(プリンシプル)ベース」です。新しいイノベーションに基づくサービスが出てきた時、「すでに存在するサービスに該当しないか?」「犯罪に使われないか?」「詐欺ではないか?」「マネーロンダリングに使われないか?」など、必要最低限の事項をリトマス試験紙のように判定し、最初から法令でがちがちに縛ることはしない、というのが基本スタンスです。

例えば、2013年に米連邦捜査局(FBI)はBitcoinを使った決済を導入していたインターネット上の闇サイト「Silk Road」(シルクロード)の創業者を麻薬取引や詐欺、マネロンなどの罪で逮捕・起訴しました。また2019年、ニューヨーク州南部地方検察局は、北朝鮮で開催されたカンファレンスに参加して暗号資産に関する知識を提供したとしてEthereum Foundation(イーサリアム財団)の関係者を逮捕しました。

米国では、上記のように要所要所で取り締まるべきところは厳格に取り締まっていますが、基本的に、個別具体的なプロダクトやサービスレベルでは原理原則を守る限りは見守る方針があるようです。逆に言えば、企業やスタートアップは原理原則を守りながら新たなイノベーションにチャレンジすることが可能となっていると思います。

さらに米国では国レベルでも規制当局の数が多いこともあり、暗号資産の定義はバラバラです。米証券取引委員会(SEC)は「証券」、米商品先物取引委員会(CFTC)は「コモディティ」、米内国歳入庁(IRS)は「財産」と独自に定義づけをしています。現在の暗号資産はいまだ黎明期にあり、暗号資産というイノベーションが今後どのように進化していくのか、その全貌が把握できない中では、この曖昧さや統一感のなさが逆に柔軟性につながっているのではないかと感じています。

イノベーションを取り込む議論を!

暗号資産のイノベーションは、日進月歩ならぬ「秒進分歩」で進んでいます。日本国外では、DeFi(分散型金融)やステーブルコインといった既存金融サービスをブロックチェーン上で実装する動きが活発化しています。

DeFiの例としては、暗号資産の貸借取引(暗号資産を貸出して報酬を得る取引)のプラットフォームがあります。ここでは、暗号資産を貸出して報酬を得たい人と暗号資産を借入れたい人のマッチングばかりか、貸出・借入と報酬の授受も自動化されています。伝統的な金融では、証券会社、短資会社、証券金融会社、証券取引所といったプレイヤーが複雑に絡み合って成立している貸借取引の世界をプログラム上で実現し、さらに仕組みの改善を恒常的に行っている点は、私のような証券業界に長くいた人間からすると驚きに値します。

ステーブルコインは、法定通貨などを裏付けとして、ブロックチェーン上で発行されるもので、日本円や米ドルといった既存の法定通貨にペッグするように設計されています。こうしたステーブルコインの代表例には、テザー(USDT)やUSDC(USDコイン)があり、暗号資産市場で国際取引を行う際に、銀行を用いた国際送金の代替として活発に利用されています。銀行の国際送金は、資金の到着まで数日必要であり、手数料も高額ですが、ステーブルコインはこうした課題をブロックチェーン上で解決しています。

日本の暗号資産に関する法令が立法当時にどこまでイノベーションを意識していたか定かではありませんが、DeFiやステーブルコインの例を出すまでもなく、暗号資産におけるイノベーションは今後も加速度的に進化していくでしょう。

イノベーション、技術革新には不可逆性があります。つまり、一度誕生したら、過去にさかのぼって消すことはできず、それとうまく付き合っていくほかないのです。この点を念頭におくと、日本の暗号資産に関する法令・規制がイノベーションを取り込むという観点において、投資家の利益になっているか、国際競争上不利な状況になっていないか、法的により柔軟な対応は可能かどうかなどなど、議論を進めていく必要があるのではないかと感じています。

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NFTアート:何が価値の源泉なのか? 新たな投資スタイルへの道を歩むNFT

NFTアート:何が価値の源泉なのか? 新たな投資スタイルへの道を歩むNFT

編集部注:この原稿は千野剛司氏による寄稿である。千野氏は、暗号資産交換業者(取引所)Kraken(クラーケン)の日本法人クラーケン・ジャパン(関東財務局長第00022号)の代表を務めている。Krakenは、米国において2011年に設立された老舗にあたり、ビットコインを対象とした信用取引(レバレッジ取引)を提供した最初の取引所のひとつとしても知られる。

現在、NFT(ノン・ファンジブル・トークン)がここまで注目される理由のひとつは、投資手段としてのアートの可能性を拡大させたことにあるでしょう。ネアンデルタール人によって6万5000年以上前に描かれた洞窟壁画が世界最古のアートといわれていますが、その後、歴史の中で様々な手法、技術そして媒体が生み出されてきました。アートをコンピューターファイルとして簡単にシェアできるデジタルアートは、最新の媒体のひとつです。

歴史的にアートは、鑑賞目的だけではなく投資家から代替的な価値保存手段として人気を集めてきました。インターネットが登場し、アートの形がデジタルに変わってもすぐにはフィジカルなアートと同様に投資対象とみなされませんでした。なぜならインターネットにはコピペ文化という問題が存在したからです。このデジタルアートの問題をデジタル領域における所有権の確立によって解消したのがNFTでした。

本稿では、NFTの意義をデジタル領域における所有権の確立という観点から解説し、投資対象としてのNFTを考察します。

クラーケンとNFTの関係は?

その前にまず、クラーケンとNFTの関係について少しお話をしたいと思います。NFTは2021年2月ころから一大ブームを巻き起こしていますが、実はクラーケンはブームの前からNFT関連事業を拡大してきました。

例えば、2020年12月23日、Ethereum(イーサリアム)基盤の3D仮想空間プラットフォーム「Decentraland」(ディセントラランド)で著名DJの3LAU(ブラウ)を招いてクリスマスパーティーを開催。参加者に限定盤のNFTウェアラブル(アバターが着る服など)を配りました。また、2021年1月には、NFTブームの中でもNo.1ヒットといえる「NBA Top Shot」(NBAトップショット)が基盤にするブロックチェーン「Flow」(フロー)を世界の取引所に先駆けて上場させました。

また創業者のJesse Powell(ジェシー・パウエル)は、創業前の2008年にカリフォルニア州のサクラメントでVergeという美術館を設立し、新進気鋭のアーティストをサポートしていました。ブロックチェーン技術の結晶であるNFTとデジタルアートは相性抜群です。こうした事情もあり、クラーケンではNFTの未来について高い関心を持ち日夜研究を続けています。

デジタル領域における所有権

NFTとは、暗号資産と同じように仲介業者を使わずにインターネット上で売買・交換が可能な暗号技術を基盤にしたトークンを指します。他の暗号資産と同じように偽造不可能で取引履歴の追跡が容易であるなどブロックチェーンならではの特徴がある一方、固有の価値を持つ点が異なります。NFTの場合、世の中に同じ価値をもたらすものはふたつとありません。

インターネットが誕生してもデジタルアートが普及しなかった背景にあるのは、いわゆる「コピペ」文化の存在です。

30年前にインターネットが誕生して以来、アーティストやコンテンツ制作者は、画廊やレコード会社を経由することなく、作品を直接公共の場で共有できるようになりました。2009年の暗号資産誕生前から、SNSや動画投稿サイトなどを使って仲介業者なしでアートを共有することは可能だったのです。

しかし、インターネットは諸刃の剣でもありました。インターネットを使える人なら誰でも簡単にアート作品のファイルをダウンロードしてコピーし拡散することが可能だったからです。所有権の帰属先は曖昧になり、最も成功するアーティストでさえ収益化に苦戦するのが現状でした。解決策は、仲介業者を元に戻し、サブスクリプションなどの仕組みを導入することでしたが、結局、仲介業者に多くの手数料を取られる構造は変えられませんでした。

この状況を変えたのがNFTです。NFTの登場後も、インターネット時代と同じように、誰でもアートをオンラインで見ることができ、自分のスクリーンセイバーに使うこともできます。しかし、インターネット時代と異なり、NFTによって、アートが希少なものとしてブロックチェーン上に記録され、それを「所有」できる人は限られた人になりました。

例えばモナリザの絵のコピーを家の壁に掛けても、それはモナリザの絵を持っているということになりません。多くの人はモナリザの絵のコピーを家やネットで見るだけで満足するかもしれませんが、一部の人は数億円払ってでも保有することに価値を感じます。私たちはモナリザのような有名な絵はだいたい知っていますし、オンラインで画像をいくらでも見ることができます。しかし、「本物」は確かに存在し、所有者は公式の文書で公式のライセンスを持っている人だけになります。NFTは、ブロックチェーン技術を使って限られた所有権のライセンスをデジタル上で確立したものなのです。

そして、NFTがデジタル所有権を確立したからこそ、これまでフィジカルのアートだけが対象だった投資の世界にデジタルも加わることになりました。誰もが参加できるブロックチェーン技術によって、アート作品の所有権が証明可能なものになったからこそ、「本物」と偽る詐欺の可能性がなくなり、投資対象としてデジタルアートが価値を持つようになりました。

数字で振り返るNFTの熱狂

NFTの売り買いを行うマーケットプレースにおける取引高は、2月26日に過去最高の2600万ドル(約28億円)に到達した後も勢いを持続し、3月11日には3400万ドル(約37億円)と過去最高記録を塗り替えました。その後、熱狂度合いがやや落ち着き、2021年第1四半期は結局1300万ドル(約14億円)で終えました。

NFTマーケットプレイスの取引高

出典:Kraken Intelligence「NFTマーケットプレイスの取引高」

主なNFT作品の販売実績としては、デジタルアーティストBeepleの「The First 5000 Days」が米老舗オークションハウスのクリスティーズで6900万ドル(約76億円)で落札された他、米国出身バンドのKings of Leon(キングス・オブ・レオン)が初めてNFTとしてアルバムをリリース、ツイッター創業者Jack Dorsey(ジャック・ドーシー)の最初のツイートが50万ドル(約5500万円)で落札、NFTスターRob Gronkowski(ロブ・グロンコウスキー)が自身のプレイシーンをNFTで販売するなど、音楽界とスポーツ界を中心に複数あります。

これらNFT作品の購入者は、初期投資以上に作品の価値が上昇すると見込んでいるから投資をしたわけです。NBAトップショットでは、LeBron James(レブロン・ジェームズ)のハイライトシーンを20万8000ドル(約2300万円)で購入したバスケットボールファンもいました。このファンは、将来的にさらに値上がりすると見込んでいるから投資をしたのかもしれません。

NFTアート:何が価値の源泉になるのか?

前述のように、NFTによってアートへの新たな投資手法が生み出されたということは確かでしょう。所有権の売買だけではなく、例えばblueboxのように、NFT投資家が音楽のストリーミングストアから印税を毎月得られる仕組みも構築されています。

ただ、NFTは誰にでも作りやすく、投機の対象になる可能性があることにも注意が必要です。

重要なのは「何が価値の源泉なのか?」という点です。例えば作品を作るのに費やした労働コストなど普遍の物差しがあるわけではなく、「投資家が価値があると思うから価値がある」というのがNFT作品の価値を決める軸になっています。「個人的にアーティストが好きだから」という一点でアートの購入を決める富裕層もいます。NFTのアート作品に「本源的な価値」(Intrinsic Value)があるのか、疑問視されています。

実はBitcoin(ビットコイン)も「本源的な価値がない」と批判されます。Bitcoinは一時6万ドル(約653万円)まで上昇しましたが、「その根拠は何か」「適正価格はどうやって出すのか」という視点です。

ただ「自分が価値があると思うから価値がある」という主観価値説が間違っていないという立場を取ることもできます。そうなると、物事の価値というのはマーケットにおいて需給の結果決まるという立場につながります。

フィジカル版アートへの投資が歴史的に成立してきたように、NFTによって可能となったデジタル版のアートへの投資も存続し続けるでしょう。ただ、「現在のNFTがバブルなのか?」という問いに関しては慎重に答える必要がありそうです。自分が価値があると思うものに価値が生まれるといっても、先述のBeepleが指摘するように「とんでもない価格をガラクタに付けてしまうこと」もあり得るかもしれません。

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マッキンゼーやBCGも注目、自律分散型の「アジャイル組織」とは

著者紹介:本稿は加藤章太朗氏(Twitternote)による寄稿記事。同氏は慶應義塾大学卒業後、2009年にRELATIONSを共同創業。また、2021年にはコードシティを創業し、建設にかかるコストの劇的な削減を目指し、建設3Dプリンターの開発を行う。

ーーー

本稿では、自律分散型の組織の1つの形態である「アジャイル組織」について説明する。アジャイル組織は、SpotifyなどのIT企業やINGグループの巨大金融企業も取り入れていると言われ、マッキンゼー・アンド・カンパニーやボストン・コンサルティング・グループなども研究を進めている組織構造だ。

アジャイル組織とは

アジャイル組織とは、ソフトウェア開発で取り入られているアジャイル開発の概念を、開発組織だけではなく組織全体に適応する考え方である。従来、ソフトウェア開発の世界では「ウォーターフォール開発」という考え方が主流だった。これは、最初にすべての機能を設計・計画し、計画に従って実装をし、テストをするという開発手法だ。

しかし、ウォーターフォール開発では完璧な設計や計画が求められ、リリースまでに長い期間がかかる。例えば、1ヶ月間で要件定義し、3ヶ月間で設計をし、6ヶ月間実装し、2ヶ月間テストをし、12ヶ月後にリリースするというようなイメージだ。

確実性の高い開発手法ではあるものの、変化が激しい世の中では、1年前に考えていたことが陳腐化しており「リリースしてはみたものの全く顧客に受け入れられない」という可能性もある。

これに対し、アジャイル開発とは、小さな単位で設計・実装・テスト・リリースを繰り返す開発手法である。これは例えば、ある特定のコア機能に絞って、2週間単位でリリースをしていくというような開発手法だ。アジャイル開発では単純計算で年間に26回のリリースが行われることになる。

アジャイルとは「素早い」、「機敏な」という意味だが、小さくても良いので素早く顧客に価値を届け、そこから顧客のニーズを学習することを重視する。アジャイル組織は、このアジャイル開発の考え方や働き方を開発チームだけでなく組織全体にスケールさせたものだこれを「Agile at scale(アジャイル・アット・スケール」と呼ぶ。

この組織構造を取り入れることで、組織のすべての領域で顧客に対し素早く価値を届け、学習を繰り返すようになる。

なぜアジャイル組織が求められているか

マッキンゼー・アンド・カンパニーが行っている「McKinsey Global Survey(ビジネスリーダー2500人へのアンケート)」によると、回答者の75%が「組織のアジャイル化」を優先事項のトップ3に挙げている。アジャイル組織への移行が求められるようになったのは、変化が激しい競争環境になったことが最も大きな理由だ。

1900年代初頭から広がった中央集権型の組織は、Frederick Taylor(フレデリック・テイラー)氏が提唱した「科学的管理法」が起源と言われているが、これは現代より100年以上前の「変化が少ない世の中」を前提に設計されたものだ。

テイラー氏が提唱した組織管理の手法は、中央集権型の素晴らしい組織形態ではあるが、当時から100年が経ったいま、企業を取り巻く競争環境が大きく変わっている。破壊的テクノロジーの出現により、ある業界の競争のルールが一気に変わるといったことも起きている。Uberが自動車業界に現れ、モビリティの概念が変わるというのもその一例だ。

実際、世界の時価総額の上位は短い期間で大きく入れ替わるようになった。2008年と2018年の世界の時価総額トップ10の比較が以下だ。

このような世の中では、変化に適応できない企業は生き残ることが難しく、組織の柔軟性や変化への適応力が求められるようになっているのだ。

中央集権型組織とはまったく異なる、スクアッド単位の組織形態

アジャイル組織は中央集権型組織のピラミッド構造とは全く異なる組織形態を取る。下の図で表しているのが、アジャイル組織の例としてよく取り上げられるSpotifyやINGグループの組織形態だ(参照URL時点)。ちなみに、INGグループはオランダ発祥の金融機関で、従業員5万人を抱える大規模組織だ。

この組織では、スクアッド(分隊)というチームを基本単位として運営が行われます。スクアッドの特徴として挙げられるのは以下の通りだ。

  • 9人以下のスタートアップのような雰囲気のチーム
  • 後述のトライブの優先順位を鑑みて、目的、権限、責務が設定される
  • 単独で顧客に価値を提供できる「End-to-Endの単位」で区切る
  • プロダクトオーナーが設置され、仕事の優先順位付け、プロジェクトマネジメントを行う

スクアッドは、自分たちだけでアイデアを考え顧客に価値を届けるため、エンジニア、デザイナー、マーケター、営業、など様々な能力を持ったメンバーがアサインされる。機能別の縦割りのチームではないというのがポイントだ。下の例では、スクアッドごとにスマートフォンとPCに領域を分けていいる。自分達で単独で意思決定できる範囲で分割することがポイントだ。

そして、そのスクアッドがいくつも集まり、トライブ(部隊)となる。トライブの特徴は以下の通りだ。

  • スクアッドの集合がトライブ(部隊)となる
  • 最大で150人の規模
  • チャプター、トライブリード、アジャイルコーチという役割を設置し、アジャイル型のワークスタイルが成り立つよう支援する

トライブの規模の目安は150人だ。これは「ダンバー数」という人間が安定的な関係を維持できる数を元に決められている。トライブリードは、トライブ内の優先順位を決めたり、予算をスクアッドに分配する役割がある。また、他のトライブとの情報共有も行う。

トライブリードのほかにも、アジャイルコーチという、スクアッドが高いパフォーマンスを上げることを手助けする役割も存在する。

また、トライブやスクアッドの他に、チャプターというスクアッドを横断した職種ごとのグループがあり、ナレッジの共有を行う。チャプターリードは、各メンバーのコーチングやパフォーマンス・マネジメントを行う。

アジャイル組織に移行するための5つのポイント

アジャイル組織に移行する上で重要なポイントは様々だが、特に重要なポイントは以下の通りだ。

  1. 変化に強い組織への移行の意思決定
  2. 素早い学習サイクル
  3. End to Endの単位での組織設計
  4. パーパス(目的)ドリブン
  5. ピープルマネジメント

1.組織形態の変更の意思決定

アジャイル組織は、変化への適応を前提として設計される組織であり、中央集権型の組織と組織形態や運営哲学が異なる。中央集権型の組織形態のまま、権限を分散したり、アジャイル型の仕事の進め方を一部取り入れてもうまくいかないことが多い。中央集権型の組織から、組織形態を変更するトップの意思決定が必要だ。

2.素早い学習サイクル

アジャイル組織では、変化に適応するために学習を重視する。そのため、壮大で完璧な計画をするのではなく、コアの価値を素早く顧客に届け学習する「俊敏性の高いアジャイル型の仕事」が求められる。開発の領域だけでなく、バックオフィスなど組織のすべてに、学習を重視するアジャイル型の仕事を浸透させる努力が必要だ。

なお、バックオフィスなど従業員にサービスを提供するチームの場合は、「顧客=従業員」と捉える考え方が有効だ。

3.End-to-Endの単位での組織設計

「End-to-End」とは「アイデアを考え顧客に価値を届けるまでの最初から最後まで」という意味を持つ言葉だ。組織として、素早い学習サイクルを担保するためには、アイデアから価値提供までを自律的に判断し、許可を取らずに迅速に実行できることが重要だ。そのため、スクアッドなど組織構造を設計する際にはEnd-to-Endを意識しなければならない。そして、各スクアッドには目的、権限、責務が設定される。

End-to-Endでチームを分割するので、そこにはエンジニア、デザイナー、マーケター、営業、など価値を届けるために必要なさまざまなメンバーがアサインされる。

4.パーパス(目的)ドリブン

End-to-Endで分割されたチームが自律的に動くためには、パーパス(目的)を明確にし、パーパスドリブンで動くことが非常に重要だ。組織全体の目的から、各トライブの目的が設定され、それを元にスクアッドの目的が設定される。目的が曖昧だと、各スクアッドが自律的に動けなくなってしまいます。

そのため、ミッションやビジョンが神棚に置かれている状態を脱却し、会社のメンバーが熱意を持って前進できるような魂のこもったミッションやビジョンが策定・運用されることが求められる。

5.ピープルマネジメント

アジャイル組織は、従来の中央集権型の組織のように上司がマネジメントをするという組織ではない。その代わりに、チャプターリードがコーチングやパフォーマンス・マネジメントを行う。これはメンバーの成功にコミットし、立て直しをする「ピープルマネジメント」と言えるだろう。人が自律的に動くためには、必ず立て直しをする役割が必要なのだ。

アジャイル組織への移行プロセス

アジャイル組織に移行する上では、パイロットチームでの施行後に組織にスケールさせることを繰り返していくことが一般的だ。

私が共同創業したRELATIONS株式会社が自律分散型の組織に移行する際も、上記プロセスを意識し、少しずつ組織に広げていった。

参考ソース:
Spotify Rhythm – Agila Sverige.pptx
ING’s agile transformation

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カテゴリー:寄稿
タグ:コラム

なぜスタートアップは自らを太らせるのか

【著者紹介】本稿は冨田憲二氏による寄稿記事だ。冨田氏は、ランナー向けSNS「runtrip」などを提供するラントリップの取締役。前職ではSmartNews(スマートニュース)のマーケティング、人事を務め、同組織を200名体制まで成長させた。同氏のnoteではスタートアップに関するさまざなコラムを展開している。

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私が尊敬してやまない経営者の1人にPatagonia(パタゴニア)の創業者であるYvon Chouinard(イヴォン・シュイナード)氏がいる。彼には自らの有名な著書「Let My People Go Surfing(社員をサーフィンに行かせよう)」などがあり、彼を起点としたパタゴニアのユニークな経営哲学に直に触れることができる。その他にも、それほど多くないイヴォンの思想に触れるリソースとして、何度も聴き返すお気に入りのポッドキャストがある。

NPRの「How I Built This」がいかにすばらしいかはここでは割愛するが、約30分のインタビューでイヴォンがつぶやく、シンプルで削ぎ落とされた経営哲学が何度も心に刺さる。そして、聴く度に今、自らが事業で直面している課題に関する、学びがある。

先日久々に聴き返し、改めて学びのあった一節をご紹介しよう。

彼は「成長」には2種類あると前置きした上で以下のように主張している。

One where you grow stronger, and one where you grow fat. You have to look out for growing fat.(一方は力強い成長、もう一方は「肥満」だ。会社が肥満体型にならないよう十分に注意が必要だ)

パタゴニアは公開企業ではなく、100%イヴォンのプライベートな会社として経営されている。急激な成長を目指さず、社会全体・地球環境全体の利益に根ざした意思決定をし、結果として力強い成長を続けている。

先ほどの一節は、彼自身が急激な成長を追い求め、突然のリセッションに家族経営スタイルの社員を解雇した苦しさを猛省した結果の学びとして語られているが、はてと周りを見渡すと「人を増やすことが正義」「組織成長イコール事業成長」という偏った志向やバイアスに踊らされて痛い目を見るスタートアップが多いように思う(自戒の念も込めて)。

もちろん、新たな人的リソースを投入し続けないと組織が成長し続けることはできない。結果、事業も会社も成長できないというのは理解できる考えで、実際正しい部分も多いとは思う。ただ問題なのは、その視点一辺倒だと致命的な組織・会社がつまづきかねないということだ。そんなバイアスを正しい視点に強制するリトマス試験紙として、「Growing fat(太る)」という言い回しが、今回妙にしっくりきたのだ。

太らせずに身体を大きく成長させる

経営や組織は、ときに「筋肉質」などと身体のように例えられることが多々ある。

このような言い回しにおいては「太らせずに健康的に身体を成長させること」が重要だという志向性がある。これは組織を身体として考えれば、異を唱える人は誰もいないだろう。

しかし、一旦猛烈なスタートアップレースに駆り出されると、なぜか定量的に「より多い」ことが正義であるような錯覚に陥ってしまう。売上やユーザー数は当然大いにこしたことはないが、ここでも事業のコアと直結しておらず、リテンションしない一時的な売上増は中長期では無意味だ(キャッシュポジション的に生き残るためのラーメン代稼ぎは別だが)。

また、調達額も組織の頭数も、なぜか多い方が「すげぇ」となってしまう。しかし、当然これは資本政策におけるダイリューションや、人員余剰のリスクを大いに孕んでいる。

にも関わらず、スタートアップレースではこのアクセルをベタ踏みし続ける「定量拡大」のマジックに陥ってしまうのだ。さて、スタートアップのブレーキはどこに行ったのだろうか。

特にエクイティをレバレッジに会社を伸ばそうとすると、ステークホルダーの時間軸で短距離高速レースを強いられるのは避けられない。むしろエクイティを選んだ時点で創業者が自らそのレースへの参加を意思決定したわけなので、言い訳できる隙もないだろう。

ただ、個別の市場環境や内部要因を鑑みて「一辺通りの成長スキーム」をどのスタートアップも適用するべきではないのは明白だ。かつ、オンリーワンのその会社・組織に合わせた、文字通り「太らせない」成長メソッドがあるはずであり、その本質を忘れないように、そして最後は「自らの身体に耳を傾ける」ということを忘れないように、短距離高速レースを勝ち抜いていきたいものだ。当然、自らそのルールに乗ったのであれば、そのルールの元で何としても勝ち抜く気概が何よりも重要だが。

脱メタボなハイカロリー組織へ

基本的にエクイティでレバレッジをかけるスタートアップの航海は、前提として船底に穴が空いているようなものだ。そして、半定期的な(業界では「シリーズ」と称する)外部補給で修理をしながら船を大きくし、船員を増やしながら目的地へ向けて一目散に邁進し続けている。

そんな「スタートアップ航海」において「不健康な増量」がいかにボトルネックなのかということは、言葉を尽くさずとも想像に難くないだろう。時に新型コロナのような致命的な社会経済的後退をともなう大波に襲われれば、船底の浸水速度、つまり船の沈没へのカウントダウンは劇的に加速する。

ただ、こういった「外部環境」の大変化は稀であり、それは当然航海の運命を左右する一撃必殺な危機ではあるものの、「不健康な増量」がリスキーである理由は目に見えない「内部環境」に起因する。

内部環境、つまり組織内部は、基本的に外から見えないほど複雑な生態系であり、人が増えることによるコミュニケーションラインの増大は計り知れない。感覚的には、その複雑さは組織のヘッドカウントの2乗にも3乗にも膨れ上がり、時には組織の負債として積み上がってしまう。

しかし、身体の不調と同じで、暴飲暴食のつけが不具合・病として表面化するにはタイムラグがある。これが本当に厄介だ。

そして、メタボな身体(組織)は「何をやるにもハイカロリー」という問題もある。メタボな身体は、何をやるにも腰が重い。情報共有と意思決定のための会議やコミュニケーションも多い。クイックな意思決定とスピードが命のスタートアップにおいて足枷となってしまうのだ。

そして「重い・遅い」だけならまだ良く、目に見えない進行性の「ガン」が見つかったり、重要な部分が複雑骨折してしまうこともある。その途端、スタートアップの航海は完全にストップし、船底からただ水が溢れかえる事態になりかねないのがスタートアップの常なのだ。

つまり、不健康に太った組織というのは「図体が重い」「機敏に動けない」「スタートアップの強みを活かせない」の三重苦となってしまう。

ゆえに「採用」の重要さが際立つわけだが、これは当然「人員計画通りヘッドカウントを増やし続ける」というオントラックが重要な訳ではない。「そのポジションは本当に必要なのか?」「その人が本当に今必要なのか?」「船員として今背負っていくに値する人材なのか?」。こういったスタートアップの慣性に反する問いを、拡大本能に一瞬だけ蓋をして、自らの身体に問いかけなければならない。

「誰を採用するか」より「誰を採用しないか」のほうが、はるかに大事なのだ。

もっと手前のレイヤーでいえば、トップダウンの人員計画に対してフェアに戦うことができる強い人事やミドルマネジメントも必要だ。さもなくば、「アクセル」だと思っていた採用戦略が「ブレーキ」になりかねない。自らの身体(組織)に耳を傾けて健全な新陳代謝・増量が実現できれば、「ブレーキ」だと思っていたものが実は「アクセル」だったということに気づくだろう。

自戒の意味も込めてここまで述べてきたが、このアクセルコントロールに細心の注意を払いながら、時に大胆に、目線を上げ続けて壮大なる航海を爆進したいものだ。

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タグ:コラム

「ごっこ遊び」のその先へーーオープンイノベーションのための“知財”活用

(編集部注:本稿は、経済産業省特許庁の企画調査課で企画班長を務める、松本要氏によって執筆された寄稿記事だ。なお、本稿における意見に関する箇所は、経済産業省・特許庁を代表するものではなく、松本氏個人の見解によるものである)

「オープンイノベーション」と聞いて何を思い浮かべるだろうか。技術や特許を誰でも使えるように開放する、スタートアップと組んで自前主義を脱却する、オープンソース、産学連携、はたまた、多様な属性の人材が集まり、デザイン思考的に潜在的ニーズを掘り起こして顧客体験を創造したり社会課題を解決したりするなど、さまざまなイメージが思い浮かぶことだろう。

昔ながらの知的財産に関わってきた人たちは、自社のコア・コンピタンス以外の部分を開放し、市場を創出しつつ利益を享受するという、いわゆる“オープン・クローズ戦略”との関係を強調するかもしれない。

オープンイノベーションという言葉自体は少なくとも2003年には生まれていたが、ここ数年でこの言葉がバズワード化しているように思う。このブームに乗り遅れまいと、さまざまな企業や団体がオープンイノベーションに取り組み始めているが、その様子を「オープンイノベーションごっこ」と揶揄される時もある。さらには、経るべき過程としての「ごっこ」の是非まで論じられるようになってきている。

オープンイノベーションという言葉に対する概念は、上で述べたように論者によって様々であり、それこそがオープンイノベーションに取り組もうとしている人々の議論がかみ合わない要因のようにも思えてくる。

オープンイノベーションに取り組もうとしている人たちは、その活動自体を「達成すべきもの」として自己目的化してしまってはいないか自分自身に問うてほしい。重要なのは、オープンイノベーションを目的ではなく、「単なる手法」として認識することだ。そして、その手法により何を得ようとするかの目的を明確にする。そこからがスタートである。

オープンイノベーションの本質は「知識の共有・創造・社会実装」

目的を明確に、という話はよく聞く話だ。では、目的さえ明確にすれば、すべてが上手くいくのかといえば、そんな簡単な話ではない。さまざまな定義を持ちうるオープンイノベーションにおいて、唯一共通かつ本質的なポイントは、複数の企業・大学や個人によって”知識の共有”が行われ、そこから新たな“知識が創造”され、さらには“知識が社会実装”されていくことである。つまり、知識をどのように共有し、どのように活かしていくか、ここが最も重要なカギになるのではないだろうか。

特許庁では、2018年4月、オープンイノベーションのための知的財産ベストプラクティス集 である「IP Open Innovation」と、企業間連携を行う際に必須となる、知的財産デューデリジェンスの標準手順書の「SKIPDD」をとりまとめ、同時に新規開設したスタートアップ向けサイトに掲載した。

なぜ特許庁がこのタイミングでこれを行ったか。それは、オープンイノベーションというバズワードが一人歩きし始めているなか、その本質たる「知識」を取り扱うための効果的なツールとして、「知的財産(必ずしも知的財産「権」のみに限らない)」を活用できるという気づきを広めたい、という思いからである。

ベストプラクティス集 「IP Open Innovation」

IP Open Innovationでは、目的が不明確で、ただ集まるだけといった「オープンイノベーションごっこ」は取り扱わない。「新規事業の創出」または「既存事業の高度化」のいずれかを目的とし、主にスタートアップとの連携によりその目的を達成しようとする企業の事例を対象としている。この2つの目的に応じた手法としてのオープンイノベーションを類型化した上で、知的財産の取り扱いや知財部門を含む組織体制のモデルなどをベストプラクティスとしてまとめている。本稿では、「新規事業の創出」を目指すケースについて、概要を紹介したい。

(1)「パートナーシップ型」からのスタート
当然ながら、新規事業には明確な技術的課題は存在し得ない。つまり、ニーズとシーズのマッチングという手法が通用しないのだ。そこで、まずアクセラレーションプログラムを開催したり、CVCによるマイノリティ出資を行ったりすることで、連携相手との緩やかな関係(パートナーシップ)を構築し、潜在的な顧客ニーズや社会課題、そして、それに対する回答を共に見いだせるスタートアップを発掘・評価することから始めることが考えられる。

発掘ステージでは、スタートアップの売り込みを待つだけでなく、積極的にみずから発掘していくことで成功の可能性を高めることができる。その手段として、技術・アイデアが集約された膨大なビッグデータである特許情報の活用は一考に値しよう。

知財部門には、主に先行技術調査を目的とした特許情報分析のノウハウが既にある。また、最近の特許情報分析ツールは急激に高機能化している。特許以外の情報、たとえば企業のIR情報などと組み合わせた分析も不可能ではないだろう。これらを活用しない手はない。

アクセラレーションプログラムなど「パートナーシップ型」の連携で生まれる知的財産は、連携先であるスタートアップに帰属させることが望ましいと考える。また、できるだけ早い段階から知財部門が事業部門やオープンイノベーション担当部門と密に関わり、簡易な秘密保持契約(NDA)やマイルストーンごとの契約見直しなど、進捗に伴うコミュニケーションを重視した条項の設定をサポートすることも重要だ。プロダクト開発だけでなく、契約においてもアジャイルな進め方によりスピード感を持って対応することが求められる。

(2)「共生型」または「コミット型」の選択
パートナーシップ型での連携によって新規事業が創出される可能性が高まってきたら、次のステージが待っている。事業化に向けて、増資や共同研究開発の拡大、人材交流の強化などを進めるとともに、連携先のデューデリジェンスを行うフェーズだ。この段階で、新規事業の展開にあたって、将来にわたって対等な関係で相互依存関係を深めていくのか(共生型)、もしくは、知的財産だけでなく人材をも取り込むためにM&Aなどによって連携先の経営に責任を持って関与していくのか(コミット型)を選択することになる。

ここでも、新規事業に関わる知的財産の取り扱いがポイントとなる。共生型とコミット型のいずれにおいても、少なくとも、下請け的に連携先を扱い、知的財産を全て自社側に帰属するようなやり方は通用しないだろう。共同保有とすることも妥協点としてあり得るが、利益配分やライセンス先の選定などにおいて調整が必要となり、双方とも自由度や迅速性が低下してしまう欠点がある。

そこで、原則として、アクセラレーションプログラムの時と同様、連携先のスタートアップに帰属することとし、共生型においては、自社が将来的に実施する可能性のある事業領域や進出先地域に関わる場合に限り独占的ライセンスを受けるなどの手法を検討してはどうだろうか。一方、コミット型を選択した場合、M&A後は基本的にすべての知的財産が自社のものとなることから、連携先への帰属についてはより容易に判断できるだろう。

(3)知財リスクテイクとサポート
本格的な連携に移行する前に実施するさまざまなデューデリジェンスの1つが「知財デューデリジェンス」だ。これは、価値評価およびリスク評価をハイブリッドした観点で実施される。ここで、特にシード・アーリー期のスタートアップは、知的財産の管理や戦略の策定と実行に十分な資金的・人的リソースを割けていない可能性がある。この点について、過度にリスクとして評価することなく、将来的なリターンを期待して一定程度リスクを取ることを検討する必要があろう。

情報の非対称性を悪用して強い立場から交渉を進めたり、スタートアップに過度の要求をしたりすることは、スタートアップが集まるベンチャー・コミュニティでの悪評につながる可能性もある。大企業やCVCが「選ばれる側」になりつつあるということを考えれば、それは大きな損失に繋がりかねない。

そして、その知財面のリスクを低減するために、自社がこれまで培ってきた知的財産に関する知見を活かし、スタートアップに対して冒頭で述べた知的財産のオープン・クローズ戦略や知的財産の管理体制などについて積極的に助言・支援することが有益である。スタートアップが第三者から侵害訴訟を提起された場合には、カウンターとして自社知財ポートフォリオを提供することなどもあり得るだろう。

オープンイノベーションでは、ベースとなる知財だけでなく、協業により創出される知財が非常に重要となってくることを考えれば、スタートアップの「これから」に期待したサポートの充実が、後にみずからの利益にもつながるのだ。

知財デューデリジェンスの標準手順書”SKIPDD”

SKIPDD(Standard Knowledge for Intellectual Property Due Diligence)は、その知財デューデリジェンスの具体的な進め方を説明した手順書だ。

オープンイノベーションの過程では、スタートアップへの出資や事業提携、M&Aを行う際、法務・財務・税務・ビジネスなどの観点から、対象会社の事業継続に関するリスクや投資額に見合う将来価値をもつか否かを判断するデューデリジェンスが行われる。知的財産に関しては、法務やビジネスに関するデューデリジェンスの一部として扱われることがあるが、オープンイノベーションの本質が「知識の共有・創造・社会実装」であるとすれば、知的財産の観点からの対象会社のリスク評価及び価値評価に正面から取り組む知財デューデリジェンスの必要性が理解されよう。

しかし、知財デューデリジェンスは他のデューデリジェンスと同様、その実施自体にコストや時間を費やす必要があることから、費用対効果を踏まえて調査範囲を絞り込むことが必要となる。そこで、知財デューデリジェンスの一般的なプロセスを理解し、調査すべき事項や相手方に開示を求めるべき資料などを精査して、知財デューデリジェンスを効率的に実施するための助けになることを目的として作成したものがSKIPDDなのである。

このSKIPDDは、利用者として知財デューデリジェンスを行う側だけを想定したものではなく、将来、知財デューデリジェンスを受ける可能性のあるスタートアップなどにも幅広く手にとってもらいたいと考えている。そもそも知財デューデリジェンスとは何か、どのように進められるものかについて概要を把握するとともに、調査される可能性のあるポイントについて評価を高めるための準備を行い、みずからの企業価値をPRする根拠として活用できるはずだ。

より洗練されたオープンイノベーションに向けて

本稿で紹介したIP Open InnovationとSKIPDDは、決して机上の空論から作られたものではない。さまざまな関連情報を収集するとともに、国内外企業の実務家や有識者、知財や法律などの専門家に対する幅広いヒアリングを行うことで生まれた極めて実用的なツールである。さらに、SKIPDDについては、オープン検証のプラットフォームであるGitHubを活用するなど、できるだけ実態に基づいた内容となるように作成した。

しかし、これらのツールは新規事業の創出や既存事業の高度化に向けたオープンイノベーション、そして知財デューデリジェンスについて、すべてのケースを網羅して確実に成功するモデルを提示するものではない。これら2つのツールをきっかけとしながらも、大企業やスタートアップ、知財専門家、投資家など、エコシステムを構成する当事者らがみずからのケースに合わせて独自の手法を編み出し、ひいてはオープンイノベーションの手法が洗練されていくことに期待したい。