D-Waveが5000量子ビット超の量子コンピュータAdvantageシステムを発表

D-Waveは米国時間9月29日、新しい量子コンピュータ「Advantage」を発表した。この新システムは、5000量子ビット(Qubit、キュービット)以上と15ウェイ量子接続の能力を備え、同社のクラウドコンピューティングプラットフォーム「Leap」で利用できるようになる。これは、6ウェイ接続を特徴とする従来のシステムの約2000量子ビットから大幅に増加している。従来のCPUとGPUと同社の量子システムを組み合わせたLeapのハイブリッドソルバーを使用することで、量子ビット数と接続数の増加により、ユーザーはより複雑な問題を短時間で解けるようになる。

D-WaveでCEOを務めるAlan Baratz(アラン・バラッツ)氏は「量子ビット数が2倍以上、接続数が2倍以上、超電導チップ上のデバイス数が5倍以上になっても、同じ時間でプログラムし、同じ時間で読み出し、同じ温度で実行することができます。」と説明する。同氏は自社のシステムを競合他社と比較することを恐れず「これは非常に重要なポイントです。というのも、長年にわたってD-Waveテクノロジーはスケールしないだろうと言ってきた、さまざまな専門家がいたからです。にもかかわらず、私たちはスケールした唯一の量子コンピューティング技術を持っています」と続けた。

D-Waveの競合他社の中には、時間をかけてシステムをスケールアップしてきた企業もあるが、D-Waveの量子アニーリングのアプローチは、競合他社が使っているものとはかなり異なる。

バラッツ氏が説明したように、この新プロセッサは新製造スタックを使用してゼロから設計された。来月にD-Waveは、ソルバーである離散二次ソルバー(Discrete Quadratic Solver)のメジャーアップデートも公開する。

「これまで我々のハイブリッドソルバーは、変数が2進変数である2進2次問題に取り組んできました。物理学者であれば、0か1、プラスとマイナス1の話です」とバラッツ氏。

変数を追加してスケールアップすることもできますが、限界があります。
今回の新しいシステムでは、開発者は最大100万個の変数を持つ離散変数を使えます。D-Waveは「開発者がシステムで取り組める一連の問題を拡大する」と主張している。例えば、スケジューリングはD-Waveのシステムにとってスイートスポットであり、今では企業が非常に大きな問題を解決できる領域の点だ。

同氏はまた「タンパク質のフォールディング(折り畳み)は、ユーザーが現実世界のより大きな問題の解決を検討できるもう1つの分野だ」と指摘した。

Menten AIは、現在タンパク質の設計にD-Waveを利用している企業の1つだ。

同社の共同創業者兼CEOのHans Melo(ハンス・メロ)氏は「我々は現在、タンパク質の設計に量子コンピュータを使用しています。ハイブリッド量子アプリケーションを使用することで、天文学的なタンパク質設計問題を解決し、新しいタンパク質構造の創出に貢献しています」と語る。「ハイブリッド量子法は、競合する古典的なソルバーよりも優れた解を発見が多く、非常に心強い結果が得られています。これは、より優れたタンパク質を生み出し、最終的には新薬の発見を可能にすることを意味しています」と続けた。

実際の使用例としては、例えばVW(フォルクスワーゲン)は、塗装工場のスケジューリングアプリケーションを実行するためにD-Waveのハイブリッドソルバーを使っている。カナダのSave-On-Foodsは、プロセスの一部を最適化し、計算を高速化するために試験的に使用している。

もう1つの新製品はD-Wave Launchで、企業が量子コンピューティングを使い始めるのを支援する新しいサービスだ。D-Waveは、企業と特定の分野の専門家、そしてAccenture(アクセンチュア)のようなパートナーとのペアリングを行い、これらのユーザーが量子コンピューティングの導入に成功するよう導く。

「これまで量子コンピューティングの開発者や顧客の多くは、同社の研究部門であり、システムを使って研究や実験をしたりすることを望んでいました。しかし、実際のビジネスアプリケーションを構築したいと考えている部門こそが、私たちが現在求めているものです」とバラッツ氏は締めくくった。

画像クレジット:D-Wave Systems

原文へ

(翻訳:TechCrunch Japan)

量子コンピューターのための新高水準プログラミング言語Silq

量子コンピューティングのためのハードウェアは、あと数年で現実の使用事例が見られる段階にまで開発が進んでいる(Volkswagenリリース)。それにともない、当然のことながら量子コンピューターの力を最大限に活かせるプログラム方法の研究も着実に増えている。その分野の研究のひとつにSilq(シルク)がある。スイス連邦工科大学(ETH)チューリッヒ校の量子コンピューティング用高水準プログラミング言語だ。

ここで重視すべきは、「高水準プログラミング言語」であるという点だ。この言語の開発に携わる研究者たちによれば、現在、量子コンピューターのプログラマーたちは、まだ抽象度の低い低水準言語で必要以上に苦労しているという。

「このプロジェクトの歴史は、量子コンピューターの中核的な問題を解決したいというところから始まっています」とETHコンピューター科学准教授であるMartin Vechev(マーティン・ベシェフ)氏は私に話してくれた。「しかし量子コンピューティングの中核的問題を解決するためには、例えば量子プログラムの解析や推論をするには、それらの問題が記述されている言語が必要です。それは既存の言語です。私たちは量子コンピューティングのさまざまな問題を見てきましたが、基本的にはその言語を見て、問題がどのように記述されているかを確認するという作業が主体になります。しかしお察しのとおり、これは理想的とはいえず、最適な方法でありません」。

そこで彼らは、実際に使われている別の言語も調べてみることにした。Microsoft(マイクロソフト)のQ#や、IBMのQiskitなどのSDKだ。

「当初は、新しい言語を開発する必要性などまったく感じていませんでした」とベシェフ氏の博士課程大学院生であるBenjamin Bichsel(ベンジャミン・ビクセル)氏は話す。「そこをそもそものスタート地点として検討するなど、考えてもみませんでした。量子コンピューターで、もっと高度な問題を解決したいと思ったときに、よしそれじゃあ適当に言語をひとつ選んで、それでやろうというのが私たちの考え方でした。しかし気がついたのです。私たちが推論したいと関心を持つような高度なプロパティーには、既存の言語はまったく不適格でした」

今週のPLDI 2020で発表を予定しているSilqの論文
共著した1人は、あまりにも面倒なので既存の言語は一切使わなかったとさえ話している。この論文の執筆には、ビクセル氏とベシェフ氏の他、Timon Gehr(ティモン・ゲール)氏とMaximilian Baader(マクシミリアン・バーダー)氏も参加している。

では、既存の言語のどこが悪いのだろうか?「それを理解するための入口として最適なのが、従来の言語には存在しなかった量子コンピューティングならではの基本的な難題、つまり『非計算』に注目することです」とベシェフ氏は話す。実際、非計算はSilqの中核的なアプローチであり、ネイティブに組み込まれている。非計算には古典対応があるものの、だからといってその概念が直感的にわかるというものではない。

「古典的な言語で『AまたはBまたはC』を計算させようとすると、先に『AまたはB』を計算してから、『(その結果)またはC』が計算されますが、その間に計算された一時変数は忘れ去られてしまいます」とビクセル氏。「これを量子で行うと、予期せぬ副作用が発生します【略】結論として、こうなると予測されたことが、ここでは起こりません。そのためなんとかこれに対処しなければならないのです。これが意味するものは、現在あるすべての量子言語では、本質的に抽象度が大変に低いところでの作業を強いられるということです。そこでは、すべての一時変数を考慮しなければなりません。基本的にこれが、高水準な思考を妨げているのです」。

つまり、整数を可算するなど比較的些細なことをしようと思っても、量子コンピューターでは、処理の過程で発生したあらゆる一時変数を考慮して、明示的に扱わなければならないということだ。

「量子コンピューティングでは、廃棄すべき一時変数などのガーベッジに常に対処しなければならないため、常に対応が強いられます。それが、これらの言語を使う上で大変な手間になるのです」とビクセル氏。現在の量子言語はその回避を試みているが、その方法はやや難解だ。それに対してSilqは、安全な自動非計算が最初から使えるようになっている。

ベシェフ氏はまた、低水準プログラムの記述ではエラーが発生しやすく、アルゴリズムが実際に何をしているのかを理解しづらいと話している。それに対してSilqの型チェッカーには、プログラマーが犯しやすい一般的なミスを低減してくれる機能がある。また研究チームは、古典的な言語の最新の技術(オーナーシップタイプやリニアタイプのシステム)に注目し、量子コンピューシングのコンテキストに実装しているが、これもSilqが初めてだ。

ここまで知れば、Silqで書かれたプログラムは、Q#やQuipperなどと比べてずっと短く、量子プリミティブの数もずっと少なくなる(Silqリリース)ことを研究チームが発見したと聞いても、ビックリはしないだろう。

しばらくの間、Silqはまだ研究プロジェクトの段階であり、既存のいずれの量子ハードウェアプラットフォームでも走らせる予定はない。だが彼らは、独自で量子エミュレーターを作成して前提の検証を行っている。「我々の場合、大変に高水準な言語のため、コンパイルは2段階処理で行うことを考えています。まずは高水準な目的を表現する。するとそれを受けてコンパイラーが使用されるアーキテクチャーを特定し、それに対してどのように最適化するかを判断します」とビクセル氏。

Silqの詳細を深く知りたいという方は、こちらで論文が読める

画像クレジット:ALFRED PASIEKA / SCIENCE PHOTO LIBRARY / Getty Images
[原文へ]
(翻訳:金井哲夫)

日本の量子コンピュータ系スタートアップQunaSysが2.8億円調達、量子化学計算を軸に研究開発加速へ

量子コンピュータ向けのアルゴリズムとアプリケーションを開発するQunaSysは11月25日、グローバル・ブレイン、新生企業投資、ANRIを引受先とした第三者割当増資により総額2.8億円を調達したことを明らかにした。

同社にとっては2018年4月にANRIから数千万円を調達して以来の資金調達。今後はエンジニアを中心に人材採用を強化しながらアルゴリズム・ツールの開発を加速させるほか、量子情報・量子化学の研究者コミュニティの活性化など、量子コンピュータ技術の社会実装に向けたエコシステム作りも行っていく計画だ。

QunaSysは東京大学で機械学習分野の研究をしていた現CEOの楊天任氏や大阪大学で量子アルゴリズムの研究に携わっていた御手洗光祐氏らを中心として、2018年2月に設立されたスタートアップ。近年GoogleやIBM、Microsoftを始めとした世界的なIT企業が量子コンピュータのハードウェア開発に力を入れているが、QunaSysではそのパワーを存分に引き出すためのソフトウェアやアルゴリズム開発に取り組む。

量子コンピュータは量子力学の「重ね合わせ」の特徴を上手く活用することで特定の問題を解くのに必要な計算量を減らし、計算のスピードを高速化させるマシンとして将来的に様々な分野での応用が期待されている。応用先は機械学習や最適化計算、暗号解読など幅広いが、中でも実用化が近いと言われる領域の1つが量子化学計算だ。

たとえば化学メーカーが新しい材料を開発する場合、どんな素材をどのように組み合わせることで目的にかなった物質をなるべく低コストで生成できるのか。その緻密なシミュレーションには膨大な計算パワーが必要になり、そこに量子コンピューターを活用できないかという研究が進んでいる。

「化学メーカーの研究者からよく聞くのは、今まで実験を通じて材料開発に取り組んできたもののその方法でやれる範囲には限りがあり、ある程度やり尽くしたということ。今後新たな材料を開発していく上で、今までとは違った『計算パワーを拡張する』ようなアプローチとして期待されている」(楊氏)

最近ではデータと機械学習などのテクノロジーを組み合わせて材料開発を効率化するマテリアルズ・インフォマティクス(MI)なども注目を集めているが、MIとは異なるアプローチとして量子コンピュータへの期待も高まっているようだ。

QunaSysでもまずはこの分野に注力して事業を展開。すでに昨年のシードラウンド以降、JSRやJXTGホールディングス、三菱ケミカルといった大手の化学メーカーと共同研究契約を締結し、量子コンピュータの活用についての研究を始めている。

並行して基礎的なアルゴリズムや、主に化学メーカーの研究担当者が使うことを想定した量子化学計算ライブラリも開発中だ。これらは共同研究で用いるだけでなく、有償のツールとしてそれ以外の企業に提供していくことも計画しているという。

Google「量子超越」の意義

ここ数年、グローバル規模で量子コンピュータ領域の研究開発が急速に進み関連するニュースに触れる機会が増えたように思う。特に直近では10月にGoogleがNature誌において「量子超越」を発表したことで大きな話題を呼んだ。

量子超越(Quantum Supremacy)とは簡単に言うと、従来のコンピュータでは膨大な時間を要する計算を量子コンピュータであれば高速に計算できることを指す。楊氏によると「量子超越を示せるのであれば実生活では何の役にも立たない問題設定でもよいことがポイント」だ。

先日のGoogleの発表では「量子コンピュータを用いて量子コンピュータの動作をシミュレーション」した上で、従来のコンピュータであれば1万年かかる計算をGoogleの53量子ビットの量子コンピュータでは約10億倍速い200秒で解けることを示した(技術的な詳細はQunaSysのメディアで詳しく紹介されているので興味がある方はそちらをチェックしてみてほしい)

「(量子超越性が示されたからといって)現時点で産業上何かの役に立つわけではないが、この業界にとっては確実に大きなブレークスルーになる。これはいろいろな所でも言われているが、今回の成果はライト兄弟の有人飛行実験が初めて成功した時と同じようなもの。最初の段階では空中に浮遊している時間はほんの数秒だったかもしれないが、浮かないことには何も始まらない。そこから飛行機が大きな進化を遂げたように、今後量子コンピュータの社会実装を進めていく上でも重要な出来事になった」(楊氏)

各国が量子技術へ積極的に投資していることもあり、今後量子コンピュータ領域への関心はさらに高まっていくのではないだろうか

楊氏によると、次の大きなマイルストーンになるのは実際に量子コンピュータが産業上の役に立つ「量子加速(Quantum Advantage)」が達成されるタイミングだ。

これから数年で実現されると考えられている「NISQデバイス」と呼ばれる量子コンピュータは、サイズが数百量子ビット程度と中規模で誤り訂正機能を持たない。2022年ごろにNISQの最初の活用事例が生まれると予想されていて、まさに上述した量子化学計算は期待値が高い分野だ。

QunaSysとしても、当然それを見据えながら事業を拡大していく計画。調達した資金を用いてエンジニアを中心にチームを強化するほか、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラムへの参画なども通じてコアとなる技術の研究開発を加速させる。

今後は世界初の量子コンピュータ実用例(量子加速)の確立を目指すことに加え、量子情報・量子化学の研究者コミュニティの活性化や、素材業界における計算科学活用の支援等を通じて、量子コンピュータ業界全体としての開発力の底上げも図っていくという。

QunaSysではアルゴリズムやソフトウェアの開発・共同研究などに加えてメディアを通じた量子技術の開発や、量子コンピュータの勉強教材の提供などにも取り組んでいる

ビットコイン急落の原因はFacebookか?Googleか?

 画像クレジット:Blablo101/Shutterstock(画像の一部を改変)

Bitcoin(ビットコイン)と他の暗号通貨の価格は、米国時間10月23日に暴落した。ここ数カ月、Bitcoinの価値は徐々に下落しており、年初には1万ドルを超えていたものが、昨日までに2000ドル以上も下げていた。

投資家は今回の急落の原因について依然として推測を巡らせているが、昨日までは当面の底値は8000ドルくらいだろうと楽観的に考える強気の投資家もいた。

早くもその期待は覆された。今日になってBitcoinの価格は、早朝にほぼ8000ドルだったものが一気に7448.75ドルまで下落した。

今回の暴落の原因がどこにあるのか、投資家はいまだ確信が持てていない状態だ。しかしBitcoinに詳しい識者は、疑わしい2つの要因を指摘している。

1つは、Facebookの最高経営責任者であるMark Zuckerberg(マーク・ザッカーバーグ)氏の議会での証言がぱっとしなかったからというもの。これは、同社が推し進めようとしている暗号通貨Libra(リブラ)に関するものだった。

しかし、ザッカーバーグ氏の弱気な態度や、Libra自体の命運については、暗号通貨の純粋主義者はもとから冷笑していた。おそらく世界中のBitcoinに関わる人にとって、Google(グーグル)の量子コンピュータの研究室で起こったことに比べれば、大した問題ではなかったろう。

今朝Googleは、スーパーコンピュータで解くのに何年もかかる問題を量子コンピュータを使って解くことができたことを示し、量子コンピュータにおける優位を宣言した。これは理論物理学者や量子コンピュータの熱烈な支持者にとっては、確かに素晴らしいニュースだった。しかし、コンピュータの能力では解読できないのを前提として価値を保っている記録システムを信奉し、そこに何十億ドルもつぎ込んできた投資家にとってはいいニュースとは言えないものだった。

Googleの研究成果に関するニュースがFinancial Timesによるレポートなどによって、9月下旬から少しずつ漏れ伝わってきたとき、Bitcoinの専門家はそれが暗号通貨に対して問題を引き起こすという考えを否定していた。

「量子コンピュータを実用レベルにまで引き上げられるかどうか、まだわかっていません。量子ビットを追加していくには、天文学的なコストがかかるのは、まず間違いないでしょう」と、初期のBitcoinの開発者Peter Todd(ピーター・トッド)氏はTwitterに投稿した。

CoinTelegraphが取り上げたコメントによれば、Bitcoinの暗号を解読するための経済的なコストは、Alphabet(Googleの親会社アルファベット)の数十億ドルという潤沢な予算さえも、はるかに超えるものと思われる。

それはともかく、年初までは、ほぼ一年を通して着実に上昇し続けてきた暗号通貨にとって、この数カ月は暗い期間だった。もちろん、Bitcoinや近年IT業界に出回っているような暗号によって保護された他のトランザクション方式が、生き永らえられるかどうかは、そうしたオープンアーキテクチャを利用して誰もが実現可能な製品を作ることができるかどうかにかかっている。

線香花火的な流行を別とすれば、今後何が起こるのか、予断を許さない状況が続いている。

このような不確実性が影響を及ぼすのはBitcoinだけではない。実際、Coindeskの価格表が示すように、他の市場も同様に下落している。

原文へ

(翻訳:Fumihiko Shibata)

マイクロソフトは量子コンピュータ用開発ツールをオープンソース化

Microsoft(マイクロソフト)の量子コンピュータは、まだ量子ビットが実際に動作するところまではできていないかもしれない。それでも同社は、将来の量子コンピュータをプログラムするためのツールの開発に熱心に取り組んできた。ここ数年の間に、量子コードを書くためのプログラミング言語Q#、その言語のためのコンパイラ、そして量子シミュレータなどを発表してきた。そして米国時間の5月6日、Microsoftはこれらの成果を今後数カ月のうちにオープンソース化すると発表した

Microsoftによれば、この動きは「量子コンピューティングとアルゴリズムの開発を容易にし、デベロッパーにとって透明なものにする」ことを意図したものだという。さらに、オープンソース化によって、学術機関がこれらのツールを利用するのも容易になるはず。そして、もちろんデベロッパーは、自分たちのコードやアイディアを貢献できるようになるだろう。

当然のことながら、これらのコードはMicrosoftのGitHubページに掲載されることになる。実はMicrosoftのチームは、すでにいくつかのツールや使用例、さらには量子化学計算のサンプルのライブラリをオープンソース化していた。しかし、このプラットフォームのコア部分をオープンソース化するのは初めてのことだ。

「この業界の困難な問題を解決するための当社のアプローチには、新しいタイプのスケーラブルなソフトウェアツールが必要です。Quantum Development Kitが、まさにそれです。私たちの開発プロセスのすべてのステップをサポートしてくれるはずです」と、1QBitの共同創立者兼CEOのAndrew Fursman氏は、今回の発表の中で述べた。「私たちは、先進材料および量子化学の研究を加速する2つの重要なコードサンプルを提供することにワクワクしています。1つはVQE(Variational-Quantum Eigensolver)に関するもの、もう1つはDMET、つまり密度行列埋め込み理論を実証するもので、私たちのQEMISTというプラットフォーム上で動作しています」。

とはいえ、量子コンピュータに関するコードをオープンソース化するのはMicrosoftが最初というわけではない。例えばIBMは、量子コンピュータのプログラムを開発するためのオープンソースフレームワークQiskitを公開している。これにはAerというシミュレータも含まれている。またRigetti Computingも、同社のツールの多くをオープンソース化している。

ちょうど1カ月ほど前、MicrosoftはQuantum Development Kitが10万回以上ダウンロードされたと発表していた。その際には、Jupyter NotebookにQ#プログラミング言語のサポートも提供した。

このようなソフトウェアについての取り組みは、どれも賞賛に値するものながら、Microsoftの量子コンピュータのハードウェアに関する努力はまだ実を結んでいない。同社は量子コンピューティングに関して斬新なアプローチを取っている。それは長期的に見れば、競合他社に対して優位をもたらすかもしれない。しかし短期的には、すでに競合の何社かは、制限があるとは言え、現実の、物理的な量子コンピュータをデベロッパーに提供し始めている。

原文へ

(翻訳:Fumihiko Shibata)

量子コンピュータは速いだけじゃない

古典的なコンピュータのパラダイムは、常にスピードで語られてきた。少なくとも一般的なイメージでは。もちろん実際には、古典的なコンピュータの目標は、もっとずっと複雑なものになってきている。たとえば、より大きな、より多くの、あるいはより微妙なデータから、意味のある洞察を取り出せるような能力の向上、といったものだ。しかし、われわれがスマートフォン、タブレット、ラップトップを評価する際に気にするのはスピードだ。つまりどれだけ速いかということ。それによって、どれが「最高」なのかが決まる。

というわけで、この妄信的なものさしが、量子コンピュータの議論に持ち込まれるのも不思議ではない。量子コンピュータに関する一般的な記事を読むと、ほとんどスピード、スピード、スピードという語で埋まっている。スピードしか気にしていない。そのように考えている限り、量子コンピュータがわれわれに何をもたらしてくれるのか、理解することはできないだろう。

なによりも、古典的なコンピュータのスピードへの関心は、現在では時代遅れで潜在的に有害であるとみなされている。というのも、スピードの追求は、現在最も火急の研究開発課題とされているエネルギー効率から目をそむけさせるからだ。

このような固定観念によって量子コンピュータを見ることは、本質を突いたものではなく、古典的なコンピュータと量子コンピュータの性質の違いを描き出すものではない。

古典的な計算機の限界と、それを量子コンピュータによってどのように克服できるのか、ということが多くの人の関心を集めている。しかしスピード、トランザクションのスピードに、あまりにも興味が集中してしまう。私は実際に、量子コンピュータを使えば取引業務がどれくらい速くなるのか、と聞かれたことさえある。データセンターにある標準的なラックマウント型コンピュータと量子コンピュータの速度を比較できるチャートを見せてほしい、と言われたこともあるが、それはまだマシなほうだ。

もちろん、それは、この驚異的な新技術を評価するために取るべき手段ではない。むしろ、われわれは、これまでに考えたこともなかったようなやり方で、問題を解決する方法を検討すべきなのだ。量子コンピュータは、そのためにある。これらのマシンは、現在も解決できている問題を、単により迅速に解決するために設計されたのではなく、想像したことさえなかったような問題を解決するためのもの。まったく新しい能力を備えた、まったく新しいカテゴリのマシンなのだ。

古典的な「巡回セールスマン問題」を考えてみよう。訪ねるべき町のリストと、それぞれの間の距離が示されたとき、すべての町を巡って元の場所に戻ってくる最も短い経路を求める、というものだ。

われわれは、自身の想像力を使って、量子コンピュータによって可能になることを想像してみる必要がある。

あるいは、「ケーニヒスベルクの7つの橋」について検討してみよう。このかつてのプロイセンの都市は、プレゲル川の両岸にまたがっていた。その川の中には2つの島があり、それらが互いに合計7つの橋でつながれていた。それらの橋を必ず1度だけ通って、街を渡り歩く方法を見つけ出すことができるだろうか?Leonhard Euler(レオンハルト・オイラー)氏は、1736年に、それが不可能であることを証明した。この難問に挑むには、数学的な分析の技法を使わなければならなかった。そして、この不可であるという発見が、今日「グラフ理論の最初の定理」として広く知られている定理の創出に、そしてネットワーク理論の最初の証明に、Euler氏を導いた。

この答えがない奇妙な問題が、数学的なブレークスルーをもたらしたのだ。もしオイラー氏が量子コンピュータを持っていたら、どうだっただろう? 役に立っただろうか?それは私には分からないが、これだけは言える。われわれは、自身の想像力を使って、量子コンピュータによって可能になることを想像してみる必要がある、ということ。スピードに固執した古典的なコンピュータの世界とは決別すべきだ。そこには何の類似性もない。

量子コンピュータは、その設計において、古典的なコンピュータとはまったく異なっていて、私たちが夢見たこともないようなことを実行する能力を持っている。

量子コンピュータは古典的なコンピュータを置き換えるものではない。これからも両方が使われ続けるだろう。それらは異なった用途のために設計されているからだ。

古典的なコンピュータは、0か1かで表されるビットを使う。そろばんを使うのと基本的に同じ方法で計算を実行するわけだ。そのため、古典的なコンピュータで解くことのできる問題の種類は、事実上われわれが手で解くのと同じ。つまり、古典的なコンピュータが得意とする問題の種類は、演算にかかる時間が入力のサイズに応じて急激に大きくならないようなものに限られることになる。言い換えれば、もし入力に応じて評価時間が指数関数的に増加するような場合、古典的なコンピュータが解答を導き出す頃には(もし答えが出ればの話だが)、あなたはすでに死んでいる、ということも考えられる。

量子コンピュータは、キュービット、つまり量子ビット使用する。1つのキュービットは、その古典的なコンピュータとまったく同じように、0または1の値を取ることができる。ただし、それら2つの状態を重ね合わせた状態になることも可能だ。それは、以下のように書くことができる。

a|0⟩ + b|1⟩

ここで、aとbは複素数の値を表す。キュービットを計測すると、|a^2|の確率で0となり、|b^2|の確率で1となる。量子コンピュータは、キュービットの状態にユニタリ変換を適用して計算を実行する。そうして、これら2つの要素を組み合わせることにより、手計算でも、古典的なコンピュータでも不可能な計算の可能性が生まれる。これには、より優れた因数分解、検索、および量子力学のシミュレーションなどが含まれる。これらすべてが、計算機にとってまったく新しい時代の到来を意味している。それは、今後10年間で、これまでの計算機のすべての歴史よりも大きな変化をもたらすと、私は信じている。

速度に固執するのではなく、どのような種類の計算上の課題が量子コンピュータのスイートスポットとなるのかを想像してみる必要がある。もし、量子コンピュータが昔からある計算のために生まれたのでないとすれば、過去の問題を解決するために適したものでもない、ということになる。量子コンピュータは、まだだれも夢にさえ見ていなかったような、まったく新しい問題を解決するためのものなのだ。

画像クレジット:Syaheir AzizanShutterstock

原文へ

(翻訳:Fumihiko Shibata)

大学発、量子コンピュータ用ソフト開発のJijがANRIから資金調達

従来型のコンピュータに対して、より効率よく計算ができる量子コンピュータは、カナダのD-Wave が実機を開発し、2013年にNASAとGoogleが共同で導入を決めたことで、広く注目されるようになった。機械学習や物流、金融など、さまざまな分野で「実際に使えるもの」として認識が進んだのだ。

しかし、D-Waveの量子コンピュータを使って実社会にある課題を解くためには、これまでのコンピュータのプログラミングとは異なる形で課題を定式化して、アプリケーションやアルゴリズムを用意しなければならない。

そうした実業務向けに、量子コンピュータのためのアプリケーションやアルゴリズムを開発する大学発スタートアップが、Jij(ジェイアイジェイ)だ。Jijは2月1日、ベンチャーキャピタルのANRIから数千万円規模の資金調達を実施したと明らかにした。

D-Waveマシン実現で可能性が開けた「量子アニーリング」

そもそも、量子コンピュータは従来のコンピュータと何が違うのだろうか。

「0」か「1」のいずれかの状態を取る「ビット」を使って計算を行う従来型のコンピュータに比べて、量子コンピュータでは0と1の状態を同時に取る「重ね合わせ」状態が取れる「量子ビット」を使うため、効率よく計算ができる。

例えば30枚のコインを地面に投げる場合。1枚のコインは「表」と「裏」の2つの状態を取る。2枚では「表・表」「表・裏」「裏・表」「裏・裏」の4つ、3枚では8つと状態が増えていき、30枚では約10億にもなる。ここで量子ビットが30個あり、それぞれが「表」と「裏」の重ね合わせ状態にあるとしたら、約10億の状態を同時に表せる。「表」「裏」どちらの可能性も持つ重ね合わせ状態から計算をスタートすることで、状態を1つずつ計算して確認していくより、効率よく、高速で計算が行えるという仕組みだ。

量子コンピュータには、従来のコンピュータの論理回路(論理ゲート)の代わりに「量子ゲート」を使う量子ゲート方式と、自然現象を借用したアルゴリズムのひとつ「量子アニーリング」を使う量子アニーリング方式とがある。D-Waveが採用しているのは、この量子アニーリング方式だ。

D-Waveの量子コンピュータ「D-Wave 2000Q system」

量子ゲート方式の量子コンピュータはあらゆる目的で使えるという意味で「汎用型」と言われるが、量子ビットの重ね合わせ状態が壊れやすく、安定して動作させることが難しい。一方、量子アニーリング方式では、汎用性はないが、特定の問題なら高速に解くことができる。また、量子ゲート方式よりもシステムを安定して動作させることが可能だ。

量子アニーリングが得意とする「特定の問題」とは、組み合わせ最適化問題やサンプリングだ。組み合わせ最適化問題の例としては、巡回セールスマン問題が有名だ。

巡回セールスマン問題は、宅配便のドライバーやセールスマンが、複数の訪問地をどのようなルートで回れば距離が一番短くなるか、コストが最も低くなるか、というもの。訪問数が増えれば増えるほどルートの組み合わせが指数的に膨大になっていく。訪問数が5カ所の時にはルートの組み合わせが120だったものが、訪問数30カ所の場合ではすべての組み合わせは2.7×10の32乗になり、従来型のコンピュータですべての可能性をしらみつぶしに調べようとすると、高性能なスーパーコンピュータでも計算に何億年もの時間がかかる。つまり事実上、計算が終わらない。

『量子コンピュータが人工知能を加速する』(日経BP社刊、西森秀稔・大関真之共著)より

こうした計算を、量子アニーリングマシンではより現実的な時間で行うことができる、とされている。「ほかにもスケジュール調整や、ディープラーニングで必要となるサンプリングなど、量子アニーリングマシンを使った計算で解決できる課題にはさまざまなものがある」とJij代表取締役CEOの山城悠氏は説明する。

Jij最高技術顧問で東北大学 兼 東京工業大学量子コンピューティング研究ユニット准教授の大関真之氏も「人口縮小や人員削減にともなう生産性向上や、即時即応のサービスが求められていることを背景に、組み合わせ最適化問題の解決は社会の問題解決につながる」と語る。

「例えばUBERで、ドライバーがユーザーからの経路リクエストに瞬時に応えられ、また『ついでに買い物がしたい』といった思いつきのニーズにも対応できれば、サービスの密度が上がる。こうした問題にも量子アニーリングは使えると考えている」(大関氏)

量子アニーリングのためのアプリ開発

さて、組み合わせ最適化問題を量子アニーリングの手法で解くためには、問題を物理学でよく知られている「イジングモデル」という数学的モデルに書き換え、マッピングすることになる。Jijが行っているのは、このイジングモデルを使ったマッピングによる、アプリケーション開発だ。

Jijホームページより

イジングモデルは、磁石(強磁性体)の磁力が表れる様子を模した数学的モデル(模型)だ。格子上の点の上に「電子スピン」が配置され、スピン(自転)の右回り・左回りがそれぞれ「0」「1」に対応する。スピンが同じ方向にそろうと、強い磁力が生み出される。

『量子コンピュータが人工知能を加速する』(日経BP社刊、西森秀稔・大関真之共著)より

それぞれの格子のスピンの向きには、ほかのスピンとの相互作用がある。ペアになったスピンが同じ方向になった場合と、反対の方向になった場合とでどちらが安定する(エネルギーが低い、低コスト)かが、相互作用の値によって決まる。

各格子のスピンの最適な組み合わせを見つけるに当たり、量子力学の重ね合わせ状態を初期状態として使うのが、量子アニーリングだ。

D-Waveの量子アニーリングマシンは、計算手法として考案された量子アニーリングを、超伝導回路で実際のチップに実装したものだ。

D-Waveのマシンに組み込まれた格子状のチップ

Jijでは、クラウド契約でD-Waveの量子アニーリングマシンを利用している。実際の課題をイジングモデルに落とし込んでマッピングし、量子アニーリングマシンに送り込む。これが普通のコンピュータではプログラミングに相当する作業となる。マシンでは量子アニーリングを実際の物理現象として実行し、解を得ることができる。

山城氏によれば、「現実で起きている問題をイジングモデルに当てはめるのが難しい」とのことで、そこがJijのもつ技術力であり、優位性だということだ。

「量子アニーリングの手法には、リバースアニーリングや不均一量子アニーリングなど、いくつかの亜種があり、問題によって処理がより速くなる方法が研究されている。この量子アニーリングマシンの性能をフルで引き出すための調整が難しいところだ」(山城氏)

Jijでは、組み合わせ最適化問題の抽出、イジングモデルへのマッピング、シミュレーションと実機での実証実験、そして結果をもとにした性能評価を行っていくという。

アニーリングマシンのためのシミュレータをOSSで開発

D-Waveの量子アニーリングマシンは、NASAやGoogleに導入されたほかにも応用研究が行われており、日本の企業もリクルートが広告掲載順の最適化、デンソーが工場内の無人機の交通最適化などで、共同研究や実証実験に取り組んでいる。

また海外では、1QbitQC Wareといったスタートアップが、量子コンピュータのためのソフトウェアやアルゴリズムを開発。日本でも2018年設立のスタートアップQunaSysが量子ゲート方式のマシンのためのソフトウェア開発を行っており、同年4月に、Jijと同様にANRIから数千万円を資金調達している。

このように量子コンピュータ周辺の事業が盛り上がりを見せる中、これまでは計算が難しかった大規模な課題に、量子コンピューティングで取り組みたいという事業者は増えている。Jijでも他の事業会社と連携し、共同研究開発やコンサルティングによるソフトウェア開発を行っていくそうだ。

また、量子アニーリングマシンのD-Wave登場に触発されて、デジタル処理により、従来のコンピュータで用いられるアルゴリズム「シミュレーテッドアニーリング」に特化したハードウェアも誕生。より現実的に使えるアニーリングマシンとして、日本でも、富士通のデジタルアニーラや日立製作所のCMOSアニーリングマシンといった技術が開発されている。

量子アニーリングマシンでも、シミュレーテッドアニーリングマシンでも、組み合わせ最適化問題を今までのコンピュータより高速に解けることが期待されている。組み合わせ最適化問題の抽出とイジングモデルへのマッピングが利用のカギとなることにも変わりはない。

そこでJijでは、量子アニーリングマシンに限らず、シミュレーテッドアニーリングマシンも含めて、アニーリングを包括的に使えるシミュレータとして「OpenJij」を準備している。これはアニーリングマシン向けの開発を行う際に、異なるマシンでも、同じインターフェイスで同じベンチマーク機能が扱えるというもの。

OpenJijは、オープンソースソフトウェア(OSS)としてGitHub上にプロジェクトが公開されており、世界中の開発者からの貢献を得ながら、アニーリングマシンを使った開発に使用してもらうことを想定している。山城氏は「プロジェクトを進め、問題解決に最適なマシンが選定できるようにする予定だ」と話す。

世界的に注目される量子アニーリングにスピード感を持って取り組む

量子アニーリングは、組み合わせ最適化問題を解くための量子力学を使った計算手法のひとつ。金属やガラスを高温に熱してからゆっくり冷やすことで、内部のひずみが除去できて構造が安定する、という自然現象「焼きなまし(アニーリング)」をシミュレートすることで解を得ようというものだ。この計算手法は1998年、東京工業大学の西森秀稔教授と当時大学院生だった門脇正史氏によって提案された。

Jijは、西森研究室で学んだ大関氏を代表研究者として、2017年度、科学技術振興機構(START)の大学発新産業創出プログラムに採択されたプロジェクトの成果として設立された。2018年11月のことだ。

大関氏によれば、プロジェクト採択に当たってのヒアリングでは「量子アニーリングが世界的に注目されているタイミング。スピード感を持って取り組んでもらえるか」と問われ、支援期間が原則3年間のところを1年半で結果を出すよう求められたとのこと。「結局、それをさらに短縮して、1年強で成果を出すことができた」という。

このプロジェクトに参加していた代表取締役の山城氏は、現在も西森研で修士課程に在学中。同じく西森研に在学中の西村光嗣氏が研究・開発を担当し、東京工業大学、東北大学からのメンバーが中心となってチームに参加する。

今回のANRIからの調達資金により、Jijでは開発と人材強化に投資すると山城氏は述べる。「量子アニーリングは専門性の高い分野だ。その高い専門性の中でも技術力の高い人たちとやっていきたい」(山城氏)

大関氏は、量子力学を使った組み合わせ最適化問題の探索法と、シミュレータを使った探索法との違いについて「シミュレータを使った探索法では、スピンの配置(0か1か)はランダムでスタートして、移動しながら解を探索する。このため試し打ちが必要で無駄が出る方法だ。量子力学を使った探索法では、重ね合わせ状態からスタートして(スピーディーに)解を1つに絞ることができる」と説明する。

『量子コンピュータが人工知能を加速する』(日経BP社刊、西森秀稔・大関真之共著)より

現状ではシミュレータを使った計算のほうが安価で効率がよいケースも多いことは事実だが、大関氏は「今後のハードウェア、ソフトウェアの開発が進むことにより、こうしたコスト面の問題はいずれ解消できる」と考えている。このため「注力したいのは量子アニーリングのための開発」として、量子アニーリングに焦点を当てつつ、ほかのアニーリングマシンでも使えるソフトウェアを開発していくと述べている。

AIではなく、量子コンピュータが我々の将来を決める

「量子(quantum)」という言葉は、20世紀後半になって、他の一般的な形容詞では表せない、何かとても重要なものを識別するための表現手段となった。例えば、「Quantum Leap(量子の跳躍)」は劇的な進歩のことを意味する(Scott Bakula主演の’90年代初頭のテレビシリーズのタイトルでもあるが)。

もっとも、それは面白いとしても、不正確な定義だ。しかし、「量子」を「コンピューティング」について使うとき、我々がまさに劇的な進歩の時代に入ったことを表す。

量子コンピューティングは、原子と亜原子レベルで、エネルギーと物質の性質を説明する量子論の原理に基づいた技術だ。重ね合わせや量子もつれといった理解するのが難しい量子力学的な現象の存在によって成立する。

アーウィン・シュレディンガーの有名な1930年代の思考実験は、同時に死んでいて、かつ生きているという一匹の猫を題材にしたもので、それによって「重ね合わせ」というものの明らかな不条理を浮き彫りにすることを意図していた。重ね合わせとは、量子系は、観察、あるいは計測されるまで、同時に複数の異なる状態で存在できる、という原理だ。今日の量子コンピュータは、数十キュービット(量子ビット)を備えていて、まさにその原理を利用している。各キュービットは、計測されるまでは0と1の間の重ね合わせの中に存在している(つまり、0または1になる可能性がいずれもゼロではない)。キュービットの開発は、膨大な量のデータを処理し、以前には不可能だったレベルの計算効率を達成することを意味している。それこそが、量子コンピューティングに渇望されている潜在能力なのだ。

シュレディンガーはゾンビの猫について考えていたが、アルバート・アインシュタインは、彼が「離れた場所の奇妙な相互作用」と表現した、光速よりも速く通信しているように見える粒子を観察していた。彼が見ていたのは、もつれ合った電子の作用だった。量子もつれとは、同じ量子系に属する複数の粒子の状態は、互いに独立して描写することができない、という観測結果のことだ。かなり遠く離れていても、それらはやはり同じ系に属している。もし1つのパーティクルを計測すると、他のパーティクルの状態も直ちに判明するように見える。もつれ合った粒子の観測距離の現時点での最長記録は、1200キロメートル(745.6マイル)となっている。量子もつれは、量子システム全体が、その部分の合計よりも大きいことを意味する。

ここまでの話で、そうした現象がなんとなくしっくりこないというのであれば、シュレディンガーの言葉が、その居心地の悪さを和らげてくれるかもしれない。彼は量子理論を創出した後で「私はそれが好きではありませんが、申し訳ないことに私にはどうすることもできないのです」と言ったと伝えられている。

様々なグループが、それぞれ異なる方法で量子コンピューティングに取り組んでいる。従って、その仕組みについて1種類の説明で済ますのは現実的でないだろう。しかし、読者が従来のコンピューティングと量子コンピューティングの違いを把握するのに役立つかもしれない1つの原理がある。それは、従来のコンピュータは2進数を扱う、ということ。つまり、各ビットは0または1の2つのうちのどちらかの状態しか取れない、という事実の上に成り立っている。シュレディンガーの猫は、亜原子の粒子が同時に無数の状態を示すことができることを説明した。1つの球体を想像してみよう。その2進数的な状態は、北極では0、南極では1になると仮定する。キュービットの世界では、その球全体で無数の他の状態を保持することができる。そして、複数のキュービット間の状態を関連付けることで、ある種の相互関係が生まれる。それによって、量子コンピューティングは、従来のコンピューティングでは達成できない、さまざまな分野のタスクに適応することができるのだ。こうしたキュービットを生成し、量子コンピューティングのタスクを遂行するために十分な時間だけ存在させておくことが、現在の課題となっている。

Jon Simon/Feature Photo Service for IBM

IBM研究者で、同社のTJワトソン研究所の量子コンピューティング研究室に所属するJerry Chow

量子コンピューティングを文明化する

こうしたことは、量子力学の奇妙な世界の入り口に過ぎない。個人的には、私は量子コンピューティングに心を奪われている。技術的な奥義から人類に利益をもたらす潜在的なアプリケーションに至るまで、さまざまなレベルで私を魅了しているのだ。しかし、今のところ、量子コンピューティングの仕組みに関しては、うまく説明しようとすればするほど混乱を招くのが実情だ。そこで、より良い世界を作るために、それがどのように役立つのかを考えてみることにしよう。

量子コンピューティングの目的は、従来のコンピューティングの能力を補助し、拡張することにある。量子コンピュータは、ある種のタスクを、従来のコンピュータよりもはるかに効率的に実行する。それによって、特定の分野で我々に新しいツールを提供してくれる。量子コンピュータは、従来のコンピューターを置き換えるものではないのだ。実際、量子コンピュータが得意分野で能力を発揮するためには、たとえばシステムの最適化などについては、これまでのコンピュータの手助けを必要とする。

量子コンピュータは、エネルギー、金融、ヘルスケア、航空宇宙など、多くの異なった分野での課題の解決を促進するのに有効だ。その能力は、病気を治し、世界の金融市場を活性化し、交通をスムーズにし、気候変動に対処したりするための手助けとなる。たとえば、量子コンピューティングは、医薬品に関する発見と開発をスピードアップさせ、気候変動とその悪影響を追跡して説明するための大気モデルの精度を向上させるための潜在能力を備えている。

私をこれを、量子コンピューティングの「文明化」と呼ぶ。そのような強力な新技術は、人類に利益をもたらすために使うべきだからだ。そうでなければ、我々は船に乗り遅れてしまうだろう。

intel-quantum-17-qubit-2

Intelの量子コンピューティング用17キュービットの超伝導テストチップは、接続性を向上させ、電気的および熱力学的な特性を向上させるためのユニークな特徴を備えている。(クレジット:Intel Corporation)

投資、特許、スタートアップなどの上昇傾向

これは、私の内なるエヴァンジェリストの主張だ。しかし事実を見ても、投資と特許出願に関する最新の検証可能な世界規模の数字は、両分野における上昇傾向を反映している。そしてそのトレンドは今後も継続するものと思われる。エコノミスト誌によれば、2015年には、機密扱いされていない各国の量子コンピューティングへの投資の世界的な総計は、約17.5億ドルに達している。欧州連合が6億2300万ドルで全体をリードしている。国別では米国がトップで4億2100万ドル、中国がそれに続く2億5700万ドル、次がドイツの1億4000万ドル、英国の1億2300万ドル、カナダの1億1700万ドルの順だ。20の国が、少なくとも1000万ドルを量子コンピューティングの研究に投資している。

Thomson Innovation社が提供する特許検索機能によれば、同時期の量子コンピューティング関連の特許出願件数では、米国がトップで295件、次いでカナダが79件、日本が78件、英国が36件、中国が29件となっている。量子コンピューティングに関連する特許の件数は、2017年末までに430%増加すると予想された。

結局のところ、国、巨大テクノロジー企業、大学、スタートアップが、こぞって量子コンピューティングと、その潜在的な応用範囲を模索しているというわけだ。安全保障と競争上の理由で、量子コンピューティングを探求している国家、および共同体もある。量子コンピュータは現在使われている暗号化方式を破り、ブロックチェーンを殺し、他の暗黒面の目的にも有効だと言われてきた。

私はその独占的で凶暴なアプローチを否定する。オープンソースの協調的な研究開発のアプローチをとれば、量子コンピューティングには、より広範囲の善良な用途があることは明らかだ、と私には思える。この技術へのより広いアクセスが得られるようになれば、それも十分可能だろうと私は信じている。私は、クラウドソーシングによる量子コンピューティングの応用が、より大きな善のために勝利を得ることを確信している。

もし関わりを持ちたいのであれば、IBMやGoogleなどのように一般家庭にも浸透しているコンピューティングの巨人が用意している無料のツールを探してみるといい。また、大企業やスタートアップによるオープンソースの提供もある。量子コンピュータはすでに現在進行形のものであり、アクセスの機会は拡大の一途をたどっている。

独占的なソリューションは、オープンソース、協調的な研究開発、普遍的な量子コンピューティングの価値の提案に屈服するだろうという私の見立てに沿って、北米だけですでに数十社ものスタートアップが、政府や研究機関と並んで、量子コンピューティングのエコシステムに飛び込んだことを指摘させていただこう。たとえば、Rigetti Computing、D-Wave Systems、1Qbit Information Technologies、Quantum Circuits、QC Ware、Zapata Computingといった名前は、もう広く知られているかもしれないし、すでに大企業に買収されているかもしれない。このような発生期にはなんでもアリなのだ。

ibm_quantum

量子コンピューティング標準の策定

関わりを持つもう1つの方法は、量子コンピューティング関連の標準を策定する活動に参加することだ。技術的な標準は、結局は技術の開発を促進し、経済的なスケールメリットをもたらし、市場を成長させる。量子コンピュータのハードウェアとソフトウェアの開発は、共通の用語からも、結果を評価するための合意された測定基準からも、恩恵を受けるはずだ。

現在、IEEE Standards Association Quantum Computing Working Group(IEEE規格協会の量子コンピューティング作業部会)は2つの標準を策定中だ。1つは量子コンピューティングに関する定義と用語であり、それによってみんなが同じ言語で話すことができる。もう1つは、従来のコンピュータに対する量子コンピュータの性能を評価し、両者を比較するためのパフォーマンスの測定法とベンチマーキングに関するものとなっている。

さらに標準を追加する必要があれば、おいおい明らかになるはずだ。

画像のクレジット:VICTOR HABBICK VISIONS

[原文へ]

(翻訳:Fumihiko Shibata)

日本発の量子コンピュータ系スタートアップQunaSysが数千万円を調達、第一線の研究を実用化へ

従来のコンピュータと比べて、圧倒的な速度で計算ができるようになるかもしれない——そんな期待から、日本でも新聞やニュースメディアで取り上げられることが増えた「量子コンピュータ」。最近はスーパーコンピュータと比較して紹介されることも多い。

海外ではGoogleやIBM、Microsoftなど大手企業がこぞって開発に力を入れているほか、Rigetti Computing(以下Rigetti)など関連するスタートアップも数十社存在。ここ数年で研究開発も一気に進み、化学や製薬、金融、物流、機械学習などさまざまな分野での応用が期待されている。

ただ日本で量子コンピュータ関連の事業に取り組むスタートアップはまだほとんどないのが現状だ。今回紹介するQunaSys(キュナシス)は、数少ないそのうちの1社。同社は4月25日、ベンチャーキャピタルのANRIから数千万円を調達したことを明らかにした。

量子化学コンピュータと量子機械学習の領域にフォーカスし、アプリケーションの開発を進めていく方針だという。

第一線の研究者がタッグ、社会への応用目指す

QunaSysのメンバー。前列中央がCEOの楊天任氏、前列右がCTOの御手洗光祐氏

QunaSysは量子コンピュータのソフトウェア(アプリケーション)を開発するスタートアップだ。

東京大学で機械学習を研究するCEOの楊天任氏と、大阪大学で量子アルゴリズムを研究するCTOの御手洗光祐氏が中心メンバー。そこに京都大学の藤井啓祐特任准教授、大阪大学の北川勝浩教授、根来誠助教授といったこの分野の専門家を顧問に迎え、2018年2月にスタートした。研究者が集まったチームだが、楊氏はクラウド会計のfreeeや自動運転システムを開発するZMPなどスタートアップでのインターン経験もある。

QunaSysが取り組む量子コンピュータとは、量子力学のルールを用いて計算するコンピュータのことだ。コンピュータでは「0」と「1」というデジタル信号を用いて処理を行う。一般的なコンピュータではこの「0」か「 1」どちらか一方の状態をとるビットを使っているのだけど、量子コンピュータで使う量子ビット(qubit)では「0」と「1」を重ね合わせた状態で計算できる。

この性質により、たとえば10個の量子ビットがあれば2の10乗、1024通りの重ね合わせ状態を保持することができるようになるという。つまり何か問題を解く際に、たくさんの可能性を重ね合わせた中からもっともらしい答えを高確率で、かつ高速で求められる可能性を秘めているのだ。

「(理論上では)300量子ビット規模のコンピュータを準備できれば、2の300乗と宇宙上の全ての原子の数より多い場合の可能性を一気にテストできることになる。量子コンピュータが注目されているのは、量子ビットのサイズが増大すれば計算能力も指数的に増大するからだ。ゆくゆくは現在の暗号・認証を破るほどの計算パワーを持つ可能性もある」(楊氏)

近年は原子のサイズに制約があるため、いわゆる「ムーアの法則」が限界に近づき、現在のコンピュータの性能向上が頭打ちになるとも言われている。量子コンピュータはその制約を受けずに発展できうるため、期待値も高い。

製薬や材料開発、機械学習分野で量子コンピュータを活用

QunaSysでは現時点で具体的なプロダクトを提供しているわけではないが、すでに述べた通り「量子化学シミュレーション」と「量子機械学習」にフォーカスをしてアプリケーションを開発していくという。

量子化学シミュレーションは「製薬や材料開発」などの分野において量子コンピュータを活用するというもの。たとえば創薬の現場では量子コンピュータによる化学反応のシミュレーションで、薬の候補となるサンプルを絞り込むことができる。これにより実験するサンプル自体を減らせるため、創薬のスピードが速くなるだけでなく、大幅なコストの削減にも繋がる。

もうひとつの量子機械学習は機械学習における量子コンピュータの応用だ。この分野では大量のデータをどのように処理していくのかがひとつの課題。扱うデータが増えるほど、そこにはコストや時間も必要になる。この対応策として量子コンピュータが期待されているわけだ。

これについてはCTOの御手洗氏らが、量子コンピュータと従来のコンピュータを組み合せた理論を考案。この研究などを元に量子機械学習の可能性を探索していくという。

ただ機械学習の分野においては、既存のGPUなどの性能も高く「量子コンピュータがアドバンテージを持つのは少なくとも数年先の話になるのではないか」(楊氏)という話もあった。そのため実用化という点では量子化学シミュレーションが先になりそうだ。

海外ではGoogleやRigettiらが量子化学計算を量子コンピュータ上で行うライブラリ「OpenFermion」の提供も始めている。このような流れもある中で、量子コンピュータをどのように企業の課題解決に活用していくのか。QunaSysでは主に製薬や化学系の大企業向けにサービスを提供していく予定だ。

「これから数年後には従来のコンピュータでは解けなかったような問題を解決できるようになるかもしれない。そのタイミングで大企業が量子コンピュータを活用できるように、下準備を進めていく。企業にとってアドバンテージとなるようなツールの提供や、活用サポートを行っていく」(楊氏)

また並行して、量子情報分野に精通した人材の育成にも力を入れる。たとえば今後より多くの人材が必要とされるAIの領域では「Aidemy」のような特化型の学習サービスが登場。東京大学の松尾教授がオンライン上でコンテンツを無償提供しているような事例などもでてきている。

「実用的な量子コンピュータが完成すれば、AI領域以上に人材が不足することが考えられる」(楊氏)ため、QunaSysでは10名程度の勉強会からスタートし、ゆくゆくは誰でも受講できるオンラインコースも整備していく方針。量子関連の情報を発信するメディア「Qmedia」もすでに立ち上げている。

進歩が著しい業界、海外では関連スタートアップも増加

TechCrunch読者の中にはカナダのスタートアップD-Wave Systemsをきっかけに量子コンピュータに関心を持った人もいるかもしれない。NASAやGoogleらが同社のハードウェアを導入するなど、さまざまなメディアで取り上げられてきた。海外企業のみならずリクルート(広告配信)デンソー(交通)野村ホールディングス(資産運用)といった日本企業との共同研究や実証実験にも取り組んでいる。

量子コンピュータは量子アニーリング方式と、量子ゲート方式に分かれるとされ、D-Waveが開発するのは量子アニーリング方式のマシン。それぞれ特徴は異なるが、アニーリング方式は特定の用途で力を発揮するものとして登場した一方、ゲート方式はあらゆる目的で使えるという意味で「汎用量子コンピュータ」とも言われる。

汎用量子コンピュータの領域ではGoogleが72量子ビットのプロセッサーを発表。そのほかIBMが16量子ビットのデバイスを誰でも使えるようにクラウドで公開しているほか、Y Combinatorの卒業生でAndreessen Horowitzなども出資するRigettiは19量子ビットのマシンで機械学習のデモンストレーションを行っている。

ハードウェアだけでなくソフトウェアを開発するスタートアップも増えてきている状況で、富士通とも協業する1QBitやNASAなどとパートナーシップを組むQC Wareなどがその一例。QynaSysもこの汎用量子コンピュータに特化したソフトウェア開発企業という位置付けだ。

近年進歩が著しい業界ではあるが、社会に大きなインパクトをもたらすのはこれからだろう。実用化に向けてはクリアすべき課題もある。たとえば「量子誤り訂正技術」の実現もそのひとつ。楊氏によると、現在各社が開発を進める量子コンピュータには誤り訂正という機能がなく「エラーが発生するノイジーなデバイス」なのだそうだ。

QunaSysでは顧問の藤井教授が誤り訂正の理論を複数発表していることもあり、その実用化や性能評価、アドバイザリー等も行っていく方針だ。第一線の研究者が複数人メンバーにいるのがQunasysの特徴。「今後はハードウェアを作る会社との提携をしながら、実用的なアプリケーションを作っていく」(楊氏)という。