インターセクショナルなフレームワークを適応してAIを開発しよう

著者紹介:Kendra Gaunt(ケンドラ・ゴーント)氏は、LGBTQの若者の自殺防止と危機介入に取り組む世界最大の団体The Trevor Project(トレバー・プロジェクト)のデータ・AIプロダクト担当者。2019年のGoogle AI Impact Challengeで助成対象団体に選ばれたトレバー・プロジェクトは現在、サポートの提供範囲を広げてさらに多くの若者の命を救うために、新しいAIアプリケーションの導入を進めている。

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今や、テック業界で働く人の大部分は、我々の中に存在する潜在的な偏見がAIアプリケーションにも反映されてしまうことを理解している。AIアプリケーションは現在、日常生活を本質的に変えることができるだけでなく、人間の意思決定に影響を及ぼすことさえも可能なほどに高度な機能を有するようになっている。

AIシステムの普及と高性能化が進めば進むほど、テック業界は「不公平な偏見を示すAIモデルや機械学習(ML)モデルの使用を回避するには何をすべきか」という問題への取り組みを急がなければならない。

AIから受ける影響やAIとの関わり合い方は、個人が持つ複合的なアイデンティティーに左右されるため、各人各様である。このことを踏まえたうえで、インターセクショナルな枠組みを適用して万人に役立つAIを開発するには、どうすればよいのだろうか。

インターセクショナリティの意味と重要性

この難題に取り組むには、まず立ち止まって「インターセクショナリティ」の意味を定義することが重要だ。インターセクショナリティとは、Kimberlé Crenshaw(キンバリー・クレンショー)によって定義された用語で、人間は特有のアイデンティティーを複数持っており、それが組み合わさることによってどのような経験が生み出されるのか、また、その人に対する世間の見方がどのように形成されるのかを、深く理解するための枠組みである。

これには、個人特有のアイデンティティーに関連して発生する差別や特権も含まれる。多くの人は複数の周縁的アイデンティティーを有しており、それらが組み合わさることによって複合的な効果が生まれることを、我々はよく知っている。

The Trevor Project(トレバー・プロジェクト)は、LGBTQの若者の自殺防止と危機介入に取り組む世界最大の団体である。当団体は、助けを必要とするLGBTQの若者ひとりひとりをサポートすることを目指しており、トランスジェンダーやノンバイナリ―であることに加えて黒人、少数部族、有色人種などのアイデンティティーを持つ人々が、特有のストレスや問題に晒されている実情を目にしている。

そのため、当団体の技術チームが、この多様性に富むコミュニティでの使用を目的としたAI(具体的には、自殺リスクの判定精度を高めて常に効果的なサポートを提供するためのAI)の開発に着手する際、我々は、文化的な特性への理解が欠如しているせいでメンタルヘルス面でのサポートが受けにくくなるという現状をさらに悪化させたり、提出された連絡先情報だけでジェンダーを判別するという不公平な偏見をさらに助長したりすることのないよう、十分に注意する必要があった。

当団体がサポートを提供しているコミュニティは特に多様性に富んでいるとはいえ、潜在的な偏見というのはどんなコンテキストにおいても存在し、どの特性に属する人でも傷つける場合がある。だからこそ、どの技術チームも、公平でインターセクショナルなAIモデルを開発できるはずであり、そうすべきである。なぜなら、インターセクショナリティこそ、多様性を尊重するコミュニティを育て、どんな背景を持つ人にも対応できるツールを開発するための鍵だからだ。

そのためにはまず、開発するモデルを使用する人が持つ特性をできるだけ多く特定することが必要だ。加えて、それらの特性の交差部分に属するグループを判別する必要がある。誰がどんな理由でそのモデルを使用するのかを明確に定義することが第1段階である。誰がどんな問題で困っているのかが理解できれば、解決策を特定できるからだ。次に、各ユーザーがそのモデルを使用する状況を、最初から最後まで具体的にシミュレートしてみることだ。そうすれば、どの団体、スタートアップ、企業も、トレーニングからフィードバックまで、AI開発の各段階にインターセクショナリティを組み込むためにどんな戦略を実践すべきかが見えてくるだろう。

データセットとトレーニング

AIモデルの質は、トレーニングに使われるデータによって決まる。しかし、収集されたデータの内容、測定、アノテーション(タグ付け)はどれも、本質的に人間による意思決定に基づいているため、トレーニング用のデータセットに潜在的な偏見が含まれてしまう場合がある。例えば、2019年に行われた研究では、患者のニーズを判断するためのデータセットに欠陥があり、そのデータセットでトレーニングされた医療リスクの予測アルゴリズムが人種偏見を示したため、本来は治療対象となるはずの黒人患者のリスク度が白人患者よりも低いと判断され、その黒人患者が高リスク患者向けの治療を要する患者であると判定される確率が低くなってしまった例が報告されている。

公平なシステムを構築するには、そのモデルを使う人たちの特性を反映したデータセットを使ってトレーニングを行う必要がある。言い換えれば、データに十分反映されていない可能性があるのはどんな人たちなのかを見きわめるということだ。しかし、ここでさらに「周縁的な特性を持つ人に関するデータが全体的に不足している」という、もっと全般的な問題についても論じなければならない。これはシステム上の問題として対処すべきものである。なぜなら、データが希薄だと、システムが公平であるかどうかという点も、被差別グループのニーズが満たされているかどうかという点も、判断が難しくなるためだ。

自分の組織や会社で使用するトレーニングデータの質を分析するにはまず、データの量とソースについて検討して、どんな偏見、偏向、誤りが含まれているのかを特定し、データの質を改善する方法を見つける必要がある。

データセットに偏見が含まれている場合、その組織が「インターセクショナル」として定義する特定のデータを増幅させたり増加させたりすることによって、問題を解決できる場合もある。早い段階でこの措置を講じておけば、モデルのトレーニング関数に反映させることができ、システムの客観性を最大限に確保するのに役立つ。さもなければ、知らないうちにトレーニング関数が関連性の低い結果を算出するよう最適化されていた、というような事態になりかねない。

トレバー・プロジェクトの場合、他の層に比べてメンタルヘルスサービスを利用するのが困難な層や、他のグループよりもデータサンプルが少ない層から発せられるシグナルを増幅させる必要があるかもしれない。非常に重要なこの措置を講じなければ、当団体が開発するAIシステムのユーザーにとってはあまり役に立たない結果が算出されてしまうだろう。

評価

AIモデルの評価は継続的なプロセスであり、変化し続ける環境に組織が対応していくのを助けるものだ。公平性の評価はかつて、人種だけ、ジェンダーだけ、民族性だけ、というように、どれか1つの特性に関する公平性を調べるものだった。しかし、これからのテック業界は、複数の特性の組み合わせに基づいて分けたグループをどのように比較すれば、すべての特性に対する公平性を評価できるのか、その方法を考案しなければならない。

公平性を測定するにはまず、不利な立場に置かれる可能性のあるインターセクショナル集団と、有利な立場を得る可能性のあるインターセクショナル集団とを定義し、次いで、特定のメトリクス(例えば偽陰性率など)が両者の間で異なるかどうかを調べる。そして、そのメトリクスが両者の間で異なることが何を意味するのか、どのグループがシステムの中で差別されているのかをさらに調査する別の方法はないか、そのグループが差別されている理由は何か、といった点を開発段階で検討する必要がある。

公平性を確保し、不公平や偏見を軽減させるには、初めからそのモデルのユーザー層に基づいて開発し、モニタリングするのが最善の方法である。モデルの評価結果が出たら、次はそれに基づいて、統計上の被差別グループを意図的に優遇し、不公平な偏見が最少化されるようにモデルをトレーニングしてみることだ。アルゴリズムの公平性は社会的な状況の変化によって低下する可能性があるため、公平性を確保する設計を開発初期から組み込むことが、あらゆる層の人を公平に扱うモデルの構築につながる。

フィードバックとコラボレーション

AI製品の開発とレビューを行う際には、多様性に富む人々、つまりアイデンティティーだけでなく、所持スキル、製品の使用頻度、経験年数などの点でも異なる背景を持つ人々に参加してもらう必要がある。また、ステークホルダーと、問題や偏見を特定するシステムによって影響を受ける人たちの意見も聞く必要がある。

解決策のブレインストーミングにはエンジニアの力を借りよう。トレバー・プロジェクトでは、インターセクショナル集団を定義する際、当団体の危機介入プログラムに直接関与しているチームと、そのチームの成果を活用している人たち(研究チーム、危機サービスチーム、技術チームなど)と協力した。その後、システムの利用開始と同時に、ステークホルダーと、システムと実際にやり取りするユーザーからフィードバックを集めた。

結局のところ、インターセクショナルなAIを開発するために「これさえやっておけばいい」という画一的なアプローチ方法は存在しない。トレバー・プロジェクトでは、当団体の業務、現時点での知識、サポートを提供する特定のコミュニティを念頭に置いて開発方法を考案した。当団体は、モデルを一度作ったらそれで終わり、というアプローチではなく、知識の増加にともなって進化を続けていくアプローチを取っている。他の企業や組織は別のアプローチでインターセクショナルなAIを構築するかもしれないが、当団体には、より公平なAIシステムを構築すべき道義的責任がある。なぜなら、当団体が開発するAIは、社会に存在する不公平な偏見を強調する(最悪の場合は増幅させる)力を持っているからだ。

AIシステムが使用される事例やコミュニティにもよるが、特定の偏見が増幅されると、すでに差別的な扱いを受けている人々にさらなる悪影響が及ぶ可能性がある。同時に、インターセクショナルな枠組みに従って開発されたAIは、あらゆる人の生活の質を向上させる力を持つ。トレバー・プロジェクトは、テック業界の技術チーム、各分野の専門家、意思決定者が、業界全体の変化を促す指針を策定することについて真剣に考え、サポート対象のコミュニティの特性を確実に反映したAIモデルの開発を目指すことを強く願っている。

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カテゴリー:人工知能・Ai
タグ:コラム

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(翻訳:Dragonfly)

プライバシーが新たな競争の戦場に

著者紹介:アレックス・アンドレードワルツ氏は、自己主権型アイデンティティーのマーケットリーダーであるEvernym(エバーニム)のマーケティングディレクターだ。

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11月にカリフォルニア州で、ビジネスのデータ収集に新たな規制を課す投票法案である住民投票事項24が可決された。CPRA(California Privacy Rights Act:カリフォルニア州プライバシー権法)の一環として、個人は自分の個人情報の共有と販売に関するオプトアウトの権利を有することになり、企業は「道理にかなった」範囲でデータ収集を最小限に抑え、ユーザーのプライバシーを保護しなければならない。

カリフォルニア州に本社があるApple(アップル)、Facebook(フェイスブック)、Uber(ウーバー)、Google(グーグル)などの企業にとって、この新たな要件は既存のデータ収集能力に対する制限のように見えるかもしれない。

しかし、さらに詳しく見ると、話は違ってくる。この新たな法規の要求を満たすだけでなく、それを上回る範囲のプライバシー保護を提供する企業には、データプライバシーを消費者の管理下に置く新たなテクノロジーによって、自社を競合他社から差別化し、最終的な収益を押し上げるチャンスがある。

たとえば、世界で最も企業価値の高いテック企業、アップルについて考えてみよう。アップルの最大の競合相手であるグーグルとフェイスブックがユーザーのデータを不正に利用しているとして非難されていたときに、CEOのTim Cook(ティム・クック)氏は、プライバシーを競争上の強みに変える機会を見て取った。

このテックジャイアントは、プライバシーを最大限に保護するための一連の新機能を公開した。これには「アップルでサインイン」という新しい機能が含まれており、この機能を使うと、ユーザーは個人情報をアプリの開発元と共有することなく安全にアプリにログインできる。さらに最近、アップルはプライバシーに関する情報を掲載したページを更新し、主力のアプリがプライバシーを念頭に置いてどのように設計されているかを紹介している。

このプライバシー強化戦略は、アップルのマーケティングキャンペーンでも中心的な位置を占めた。「プライバシーの問題」を世界中で、テレビのゴールデンタイムのスポット広告や1万以上の広告板の主要メッセージにしたのだ。

そしてもちろんアップルは、データに飢えた競合他社を牽制するチャンスを逃さなかった。

「実際のところ、顧客を製品のように扱い、顧客データをお金に変えることができるとしたら、アップルは莫大な利益を上げることができるでしょう。しかし、アップルはそうしないことに決めました」とMSNBCのインタビューでクック氏は述べた。

プライバシーを重視したアップルの戦略は、新たなCPRAの法規に準拠するアップルの立場を強化するのに役立つだけではない。これは、顧客データを利用して利益を得てきた業界への強力なメッセージであると同時に、個人データの尊重について消費者に強く注意喚起するメッセージになる。

プライバシーに対する要求が強まる

消費者の増大する懸念への対応を迫られるなか、消費者のデータプライバシーを重視する傾向が生まれている。近年、そうした懸念は絶えずニュースの見出しになってきた。Cambridge Analytica(ケンブリッジ・アナリティカ)のデータプライバシースキャンダルや、Equifax(エクイファクス)などの企業における大規模な情報漏えいといった、人々の注目を集めたニュース記事のために、消費者は誰を信頼できるのか、どうすれば自分自身を守れるのか、考えさせられてきた。調査によると、この点で消費者が企業や政府にもっと多くを求めていることは疑う余地がない。

  • 企業を信頼できると感じている消費者はわずか52パーセント、自国の政府を信頼できると感じている人々は世界のわずか41パーセントである(Edelman(エデルマン))。
  • 消費者の85パーセントは、企業はより多くの対策を取ってデータを積極的に保護すべきだと考えている(IBM)。
  • 消費者の61パーセントは、過去2年の間に個人データが侵害される恐れが強まったと述べている(Salesforce(セールスフォース))。

こうした信頼の欠如によって世界経済にどのような影響があるかを述べることは困難だが、#DeleteFacebook(フェイスブックを削除)の動きや、信頼してデータを任せられない企業からは商品を買わないと言う消費者が75パーセントもいるという驚くべき数字など、大規模な排斥運動がすでにいくつか見られる。

ビッグテック企業に限ったことではない。ロイヤルティプログラムから在庫計画、スマートシティ、選挙広告に至るまで、データを使用してプロセスを最適化したり、行動の変化を促進したりすることへの需要、そしてその効果は、非常に大きい。

今後10年も、データが大いに重視されることだろう。しかし、ビッグデータをめぐるこの激しい競争の代価に私たちは気づき始めている。消費者は民間企業に対しても行政機関に対しても信頼を失っている、ということだ。

プライバシーを重視したアップルの戦略といった民間企業の取り組みや、CPRAなどの公共政策の法律は、消費者の信頼を取り戻すだけでなく、プライバシー保護以外の益をもたらす可能性がある。自己主権型アイデンティティーなどの新たなテクノロジーのおかげで、企業はデータプライバシーポリシーを変革する一方、コストの節約や不正行為の削減を実現し、カスタマーエクスペリエンスを向上させることができる。

SSIの価値

自己主権型アイデンティティー(SSI)では分散型台帳技術と非常に進んだ暗号技術を利用しており、企業はプライバシーを危険にさらすことなく顧客の身元を証明できる。

簡単に説明すると、消費者はSSIによって自分の個人情報に対する制御を強化できる。消費者は、デジタル処理によって個人情報を検証可能な資格情報の形で保管および管理することが可能だ。その情報は、決して改変や粉飾、外部操作されない方法で、信頼できる機関(政府や銀行、大学など)によって発行および署名される。消費者はその後、身元を証明する手段として、必要に応じていつでも、どこでも、誰とでもこの情報を共有できる。

デジタル記録をオンラインで共有することは何も新しいことではないが、SSIは2つの根本的な点で非常に画期的である。

  1. 組織は、必要なデータを収集する際に、不要なデータまで取得してしまうことがない。運転免許証や保険証など、財布に入れて持ち運ぶ物理的な資格情報とは異なり、検証可能なデジタル資格情報は、個々の属性に分割し、各属性を別々に共有できる。

わかりやすい例として、バーに入って、法定年齢に達していることを証明するために運転免許証を見せることが挙げられる。免許証には必要なデータが記載されているが、名前や住所など、提示する必要のない情報も含まれている。検証可能なデジタル資格情報を使うと、不要な情報は一切開示することなく、年齢を証明する情報を共有できる。

より高い機密性が求められる場合、自己主権型アイデンティティーでは、暗号技術を使って、実際のデータを明らかにすることなく自分自身に関する何かの情報を証明することもできる。先ほどの例の場合、生年月日を明らかにすることなく、法定年齢に達しているかどうかについて、「はい・いいえ」の答えを示すことができる。

最小限のデータを開示することは、個人にとってはプライバシー保護の強化、企業にとっては過剰な個人情報の保管および保護よって生じる、膨大な負担を回避できることをそれぞれ意味する。

2. データの相互関連付けが非常に困難である。プライバシーは虚構であり、データはすべて、相互に関連付けることが可能である、と言う人がいるが、自己主権型アイデンティティーでは、ほかのデジタルIDソリューションに関連した主要な懸念事項の多くから保護される。

たとえば、シングルサインオンなど、ある程度のデータ可搬性を提供してくれるほかのツールを見ると、私たちのオンラインでの操作を仲介サービスが追跡できるという懸念が常にある。フェイスブックの広告はこれに関係しており、私たちを不安にさせる。フェイスブックは、私たちがフェイスブックの資格情報を使ってサインインしたあらゆるサイトやアプリを把握しているのである。

SSIでは、仲介サービスや、中央の登録台帳は不要である。検証者(本人確認を要求する者)は、暗号技術を使って真正性を検証できる。つまり、検証者は、資格情報の元の発行者に連絡する必要はなく、資格情報の発行者は、資格情報がいつ、どこで、誰に共有されたかを知るすべはない。相互に関連付けが可能な署名は共有されず、デジタルIDは完全にユーザーの制御下にあり、ユーザーだけが見ることができる。

その結果、消費者はプライバシーとセキュリティーの強化の恩恵を受け、企業には以下の利点がある。

  • アカウント作成時により効果的かつ正確にデータを検証し、不正行為を削減できる。
  • サインアッププロセスを大幅にスピードアップし、摩擦を低減できる。
  • 時間を節約し、KYC準拠(大手銀行の場合は通常、毎年5億ドル(約520億円)以上のコストがかかる)を合理化することによって、コストを削減できる。
  • 他社データ検証時の相互のやり取りを減らし、効率を向上させることができる。
  • データを収集せずに、カスタマーエクスペリエンスをカスタマイズしてオムニチャネル化し、その品質を向上させることができる。

これはサイエンスフィクションではない。すでにいくつかの主要な政府、企業、NGOが自己主権型のソリューションを立ち上げている。これには、UNIFY(ユニファイ)、Desert Financial(デザート・ファイナンシャル)、TruWest(トゥルーウェスト)などの金融機関Providence Health(プロビデンス・ヘルス)やNHS(National Health Service:国民医療サービス)などの医療機関、LGなどの通信業界や国際航空運送協会などの旅行業界の大手企業や組織が含まれている。

このテクノロジーがどれだけ早く普及するかははっきりしないが、プライバシーが次の競争の戦場として急速に浮上していることは明らかである。CPRAなどの新しく可決された法規によって、企業が準拠する必要のある基準が成文化されている。しかし、企業自体が長期的に変化していくには、消費者からの要求が必要なのである。

時代を先取りする企業には、大幅なコスト節約と成長が見込めるだろう。何と言っても、消費者のロイヤルティは、プライバシーを尊重して保護する企業に向かい始めているのだ。この点で出遅れている企業にとって、自分のデータを取り戻すことに対する消費者の要求は大きな警鐘となるだろう。

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カテゴリー:セキュリティ
タグ:プライバシー コラム

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(翻訳:Dragonfly)

メディアとスタートアップにおける「黄金の釜」論

週が改まれば、また新しいニュースレターが届く。今週は、近年Politico(ポリティコ)から独立したJake Sherman(ジェイク・シャーマン)氏、Anna Palmer(アンア・パーマー)氏、John Bresnahan(ジョン・ブレスナハン)氏らが執筆する政治問題を中心としたニュースレターPunchbowl(パンチボウル)の話題だ。この件に関しては、Ben Smith(ベン・スミス)氏も記事(NTYimes記事)を書き、さらにThe Daily Beast(デイリー・ビースト)のMaxwell Tani (マックスウェル・タニ)氏もたっぷりと詳細な記事(The Daily Beast記事)を書いている。

なぜ私たちは、Politico Playbook(ポリティコ・プレイブック)、Axios(アクシオス)、The Daily 202(ザ・デイ202)など、ベルトウェイ(訳注:ワシントンD.C.の別称)の政治を分析するニュースレターがすでに数多く存在する中で、さらに新たなニュースレターが必要なのか。実際、なぜ私たちは、スタートアップ企業を紹介するテック系ニュースレターの情報をこれほど大量に必要とするのか(私が数えた限りでは、この業界を対象としたニュースレターは少なくとも数千はある)。なぜメディアの世界では、かつてはもっぱらロングテールのことを伝えるものとされていたニューメディア系スタートアップが、おしなべて同一のニッチ市場ばかりを繰り返し報道するようになったのか。

そこにあるのが黄金の釜だ。メディアは、他の数あるスタートアップ市場とは少し違っている。多様な製品のための永遠の需要があるように見えるが、大きな金が動く需要はほんのひと握りだ。

メディアには、ワシントンD.C.の政治スクープや投資銀行、M&A、ベンチャーキャピタルに関するニュースによって勝者が大量の読者を勝ち取り、おまけにサブスクリプションや広告による大量の収益も獲得できるという、古風で小さなスタートアップの世界がある。ニッチ市場は他にも山ほどあるのだがリーダーシップ、ユーザー、収入源が限られているために疲弊している。

いい換えればそこは、勝者総取りのトーナメント方式の市場であり、高い勝率でそこそこの収益を得るよりも、一攫千金を狙いたくなる場所なのだ。医療の世界では「全員」がガンの治療を目指す。熱帯病の治療はほとんど見向きもされない(治療できれば無数の人たちが恩恵を受けるに違いないのだが)。結局、ノーベル賞が授与されるのは、単に優れた科学ではなく、一定の注目度のある当代で最大の進歩だ。スタートアップ企業の創設者は、最大のビジネスと最大の顧客市場を目指す。市場を席巻することもない、ちょっとした便利なアプリではない。

ユニコーン企業は小さな市場からは生まれない。

もちろんこのモデルは、多くの市場に大きな負の外部性をもたらす。米国会議事堂周辺で、またはサンドヒルロード(訳注:ベンチャー投資会社が建ち並ぶシリコンバレーの道路)沿いで「最初に読まれるニュースレター」となるための競争がもたらすのは、幅広いさまざまな意見からなる選択肢ではなく、まったく同じ問題のまったく同じ分析の過剰な押しつけだ。新しいマーケティングテクノロジーや州議会などの報道は、もっとたくさんあってしかるべきだ。

スタートアップにおいて、たとえばフィンテックの極めて重要なレイヤーへの参入口は無数にある。資産管理のスタートアップや投資信託の自動投資(いわゆるロボアドバイザー)に特化した製品ですでに使われているものは、少なくとも50、いや100はある。それでも中には大儲けできるレイヤーもあるため、分別ある企業創設者は大抵口を揃えてこういう。「この道の先で報酬を手に入れる」と。

自由市場とは、そうしたニッチな分野でうまく回っていくものと思いたい。ワシントンD.C.のメディア界で注目を集めるための、または資産管理業界でユーザーを獲得するための競争においては、極限までコストを下げ、市場のパイをうんと小さく切り分けて、新規参入者には魅力が薄く、他のニッチ市場のほうがもっと大きな勝算があるように見せさえすればよい。

パイがどんどん分割されるようになれば、それが実現する。だがこの10年間の経験から私が思うに、そうなる可能性は低い。ワシントンD.C.の政治は、政治報道にとって黄金の釜だからだ。スクープを勝ち取るのは、3つのニュースレターの中の1つと決まっている。ウォールストリートのM&A情報は、ビジネスジャーナリズムの黄金の釜だ。最も重要な情報源を集中管理するひと握りの記者が、スクープを独占している。ベンチャー投資に関する報道は、スタートアップメディアの黄金の釜だ。TechCrunchと仲良しの競合他社数社が毎日懸命に記事を書いているのはそのためだ。

いつでも新しい市場が生まれ、古い市場は拡大し縮小していく。どこからともなく突然現れて、その独創性とまったく新しい分野を生み出してはまばゆく輝くスタートアップは必ず存在する。しかし、そのようにして誕生したユニコーン企業もみな、既存の大きな市場の中から生まれた他の10社ほどと、勝者だけに贈られる大きな報酬を競い合っている。

投資家が、1つの分野で15のスタートアップに投資したいと考えても何ら悪いことはない。報酬が得られるのだから、少なくとも報酬があると信じる場所であるからそれは道理だ。変革すべきは、他のニッチに、イノベーションのための同様の動機をもたらす方法だ。もっと多くの市場が黄金の釜を提供できるようにするには、どうすればよいのか。そもそも、そんなことが可能なのか。それとも私たちは、McConnell(マコーネル)、Schumer(シューマー)両上院議員の策謀を伝える100本のニュースレターをマコーネル氏の広告つきで読み続ける運命にあるのだろうか。

カテゴリー:VC / エンジェル
タグ:コラム

画像クレジット:LEONELLO CALVETTI

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(翻訳:金井哲夫)

新型コロナで悪化するテクノロジー依存:脱するために今できること

著者紹介:Stuart Wall(スチュアート・ウォール)氏は、スモールビジネスの拡張を手助けするクラウドベースのカスタマーコミュニケーション・プラットフォームSignpost(サインポスト)を創設したテクノロジーエグゼクティブであり起業家。

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新型コロナのパンデミック(世界的流行)により、アメリカにおけるテクノロジー依存が加速した。依存によって多くの人が悲しみや不安にかられたり、やる気を失っている

Facebook(フェイスブック)やTikTok(ティックトック)、 Snapchat(スナップチャット)などの企業では、我々が彼らの製品を頻繁に使用すればするほど、より多くの広告収益を得ている。こうした企業はプッシュ通知やパーソナライズされたフィードを使用して我々消費者を惹きつけ、感情を操り行動に影響を与えている。

こういった企業の商売は実に順調だ。今アメリカ人は、デバイスを毎日5時間以上使用している

だから何なのか?Netflix(ネットフリックス)の「The Social Dilemma(監視資本主義 デジタル社会がもたらす光と影)」で語られるように、テック企業は引き続き自社の利益の動機に従って、我々を惹きつけることだろう。政府が、砂糖や違法薬物の消費よりも不健康なテクノロジーの消費のコントロールに関与する可能性は低いだろう。我々自身がコントロールする必要があるのだ。

私の見解はテック企業の元CEO、そしてテクノロジー依存者としてのものだ。私が創業したマーケティングプラットフォームは1億ドル(約104億円)以上集め、350名の従業員を持つ会社に成長し、去年プライベートエクイティ会社に売却した。私はその中で、酷いテクノロジーの習慣をいくつか身に着けてしまった。メールは常にチェックし、対面でのやり取りもプッシュ通知があれば中断していた。

昨年家族を訪ねたときには、私のテクノロジー依存は落ちる所まで落ちていた。そこで私はスマホを置き、重度のパーキンソン病を患う母と一緒にガーデニングに励むことにし、意図的にゆっくりと行動した。

禁断症状に苦しむ中毒者のような気分だった。スマホはまるで磁石のように、未読の仕事メールやニュース速報を確認するように私を引き寄せていたのだ。テクノロジーの使い過ぎにより、脳の配線回路が変わり、生活意識の質は下がり、疎外されているような感覚に陥っていた。

私は今年の初めにCEOを辞め、空いた時間を利用してマインドフルネス、神経の可塑性、テクノロジー依存症について学んだ。また最も重要なことだが、テクノロジーの使用を管理する戦略を作った。これにより気分は優れ、より生産的になった。

私が学んだことをお伝えしたい。

テック企業は我々の脳につけ込んで、注意を引こうとしている

一部のテック企業は我々の注意を引くために、UCLAの精神医学者Daniel Siegel(ダニエル・シーゲル)氏が「一階脳」と呼ぶ、脳の最も古い部分をターゲットにしている。一階脳には、脳幹と辺縁域があり、本能と衝動(闘争・逃走)や強い感情(怒りや恐怖)をコントロールする。反対に二階脳には大脳皮質があり、思考、想像、計画といった複雑な精神機能をコントロールする

一階脳は反応性で、緊急事態から我々を守るように設計されている。素早い判断ができ、意識をハイジャックして、強い感情を通じて行動を促すことができる。この一階脳が、 注意を引きたい製品のターゲットとなる。怒りを覚えるようなヘッドラインや、素早く反応したくなるTikTokの通知は、我々の一階脳に訴えかけてくるのだ。

反応的な状態の時間が長いと、脳の回路が変わってしまう

脳は訓練によって変わるものだ。研究では、我々の脳は神経細胞の発火パターンで再プログラミングされることが分かっている。神経系は、神経可塑性と呼ばれるプロセスで反復的な集中や行動を通じて再配線したり、変換したりすることができるのだ。

繰り返しデバイスを使用することは、神経可塑性の最適な例だろう。プッシュ通知に反応したり、無限スクロールで動画を視聴したり、SNSで社会的評価を求めたりなどにより多くの時間を費やすことで、脳の回路は再配線され、同じことをさらにやりたくなってしまうのだ。

企業による注意を引きつける力が増すと我々の依存はどんどん進む

多くのテック企業は、自社製品の過剰使用がもたらす問題について把握しているが、このアテンションプロフィットプールの分け前を減らすために必要な抜本改革をする企業はない。もしそんな企業があれば、別の企業がその後釜に座るだけだ。

こうした企業は、甘いドリンクを販売しているのだ。その味は飛躍的に改善された、今までにない最高に甘いドリンクだ。飲めば飲むほど、やめられないのだ。我々は消費と習慣をコントロールしなければならない。テクノロジーダイエットをする必要があるのだ。さもなければ、病的肥満に相当する精神病に悩まされることになる。

習慣を変えることで、より生産的で幸せになるように脳を再配線できる

テクノロジーの消費を食品の消費のように考えると、テクノロジー製品は、情報の質と配信方法に基づき、4つの食品グループに分けられる。コンテンツの質は重要だ。コンテンツには価値があるもの(MITのオンラインコースウェアなど)や重要なもの(仕事用のメールなど)があるが、その一方でほとんどは、役に立たない(TikTokなど)。

また配信方法も重要だ。健全なプラットフォームでは、ユーザーに主体性が与えられ、必要なときに役立つコンテンツが引き出されるようになっている。一方で有害なプラットフォームはプッシュ通知に頼ることが多く、何か別のことをしているときに、あまり役に立たない情報を送ってくるのだ。私の経験から、テクノロジーダイエットを実施するためにできる3つのステップを紹介したいと思う。

1. 一階脳を強化する製品を排除する(プッシュ通知される品質の低いコンテンツ)

自制には限度がある。甘いドリンクが要らないなら、家の中には置かないことだ。我々は、今までに開発された中でも最も注意散漫になるアプリを、常に手に届くところに置いている。こうしたアプリが一階脳を食い物にし、より有意義な思考をハイジャックし、ほとんどの人にネガティブな価値を植え付ける。最も効果的な防衛策はこれらを生活から排除することだ。こうしたアプリはそもそも使用すべきではない。

助言:私はiPhoneとMacBookにApple(アップル)のコンテンツ制限を使用している。TikTok、Instagram、Facebook、Snapchatといった明らかな元凶と、個人的に害となっているZillow(ジロー)、StreetEasy(ストリートイージー)、NYPost(NYポスト)も追加した。上書きコードは妻が持っている。必要に応じて解除できるが、生活意識に入ることがない程度に、困難なプロセスとなっている。

2. 二階脳を強化する製品をより多く消費する(必要に応じて利用できる質の高いコンテンツ)

優良なコンテンツは知識やスキルを広げてくれ、思いやり、想像力、マインドフルネスに繋がる方法で二階脳の再配線に貢献する可能性がある。

優良コンテンツの消費は実りのあるものだが、努力が必要になる。途切れることのない集中力が求められる。無意識に消費してしまう甘いドリンクと違い、生野菜は意図的に消費する必要がある

助言:お気に入りの「生野菜」のリストを作ろう。私の生野菜リストは、Kindle(キンドル)、Feedly(フィードリー)、テック系の定期刊行物、お気に入りのキュレーションプラットフォームのHackerNews(ハッカーニュース)、Product Hunt(プロダクトハント)だ。人気急上昇中のマインドフルネスアプリの1つCalm(カーム)も入っている。ホームスクリーンに入れているアプリはこれだけだ。おかげでもっと頻繁に使うようになっている。食べ物のダイエットのように、「良い」消費を達成するための目標を設定し、進捗状況をモニターしている。

定期的にテクノロジー断ちをすることもお勧めする。私は息子と散歩するときや、友達とディナーに行くときはスマホを家に置くようにしている。また二階脳の再配線を促す、ハイキングや楽器を習うなどのテクノロジーを使用しないアクティビティもお勧めだ。

3. 生産性ツールの消費パターンを再設計する

Eメールはほとんどの人にとって必要なものだろう。生産的になれる可能性もある。だが平均的なメッセージの質は低く、常にオンで、頻度が高く、デフォルトでプッシュ通知になっているデザインにより、我々の生産性はベストな状態ではなくなっている

助言:私は緊急を要したり、タイムリーなメッセージではないものすべての通知をオフにしている。テキストメッセージやLyft(リフト)、Tovala(トバラ)オーブンなどがその例だ。Boomerang(ブーメラン)のChrome(クローム)拡張機能では、1時間ごとにすべてのEメールを配信するように設定できる。 Eメールを1時間ごとにバッチ処理することで、中断を大幅に減らすことができる。応答に影響することはない。

我々は、食品、製品、セキュリティなど、近代の祖先も嫉妬するような相対的に豊かな世界で生活しているが、豊かさは我々を幸せにはしていない。記録によると、我々世代は最も幸せではないらしい。大の大人が強い感情、情動、衝動ばかりに気をとられて、ひっきりなしにかんしゃくを起こしている、一階脳の感情を集めた中で生きているように思われる。

だがまだ希望はある。

個人的には、たった数ヶ月でもテクノロジーダイエットは効果があったと思う。衝動的になることが減ったし、より気を配れるようになった。従業員ならば、アテンションエコノミーから利益を得る企業で働くことを辞めることができる。マネージャーならば、夜はデバイスをオフにし、Slack(スラック)の通知をオフにして本当のバケーションを取るように、チームに強く主張できる。親ならば、子供が健康的な消費パターンを築けるように助けることができる。

集団行動と脳の回路の再配線によって、政治の方向性を変えたり、21世紀において最も重要な課題を協力して解決できるかもしれない。

アメリカのイノベーションにより、アテンションエコノミーは圧倒的な勢いをつけてきたが、今度はそのイノベーションでテクノロジーの使い方を正す時がきたのではないだろうか。

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(翻訳:Dragonfly)

AIの普及に必要な次の一手はジーニアスチップの開発

Marshall Choy(マーシャル・チョイ)氏はSambaNova(サンバノヴァ)の製品開発リーダー。数十年にわたり、Oracle(オラクル)やSun(サン)など、業界をけん引する企業と共にエンタープライズ向けのハードウェアおよびソフトウェアエクスペリエンスを実現してきた。

もし携帯電話を使うための電力を確保できる地域が世界の10%しかなかったら、果たしてモバイル機器が今のように世界を変えていただろうか。

「未来はすでにここにある。ただ、世界中に均等に分布していないだけだ」という言葉をよく聞く。この言葉は、とりわけ人工知能(AI)と機械学習(ML)の世界に当てはまる。世界には多くの高性能なAI/MLアプリケーションがすでに存在しているが、その多くは、既存の大手企業または国家レベルでしか用意できないスケールの膨大な演算能力を必要とする。このようなCPU負荷の高いテクノロジーは別の障害にも直面している。ムーアの法則が頭打ちになり、従来型チップアーキテクチャの処理能力が物理特性の限界に達しようとしているのだ。

シリコンアーキテクチャの処理効率のブレークスルーが起こらなければ、AIによる未来は不均等に分布されることになり、膨大な数の人たちが、AIによって利便性が向上する生活を経験できずに終わってしまうだろう。

テクノロジーに次の革新的な段階が訪れるかどうかは、シリコンアーキテクチャを現在のソフトウェアと同様に柔軟で効率的なものにし、かつ最終的にはプログラミング可能にするような大変革が完遂されるかどうかにかかっている。MLを簡単に利用できるような大きな進歩を実現できなければ、数社の企業が重要なテクノロジーをすべて専有する状態になり、利用者は、イノベーションがもたらす 計り知れない恩恵を受けられないことになるだろう。 何を変える必要があるのか。変化はどのくらいの速度で進んでいるのだろうか。そしてそれはテクノロジーの未来にとって何を意味するのだろうか。

AIの民主化は不可避、スタートアップと中小企業にとっては朗報

テック業界に限らず、業界大手企業の社員にとって、筆者がこの記事で提示する現在のAI/MLコンピューティング能力が抱える問題の多くは、自分には関係のないことだと思えるだろう。

これからは、規模や財政状況とは関係なく、あらゆる組織がAIとMLを使ったパワフルなソフトウェアに同じようにアクセスできる時代がやってくるはずだ。もしあなたが、財政的にも能力的にもリソースが不足している企業で働いているなら、そんな新しい時代の到来を予言するものとして、以下をお読みいただきたい。携帯電話がインターネットアクセスの民主化を実現したように、業界では今、AIをより多くの人に行き渡らせようとする動きが起こっている。

もちろん、このような民主化は、実際により多くの人がAIを利用できるようにする重大な技術的進歩がなければ起こらない。Intel(インテル)やGoogle(グーグル)などの企業が素晴らしい仕事をしていることは認めるが、民主化を起こそうという意欲だけでは足りない。そのような民主化を可能にする未来の技術的な変化をいくつか見てみよう。

普通のチップからスマートチップを経て「ジーニアス」チップへ

長い間、CPUの重要度を測る目安は素の性能だった。CPUの設計も素の性能を高めることを目指して改善されてきた。しかし、ソフトウェアがあらゆる場所で使われるようになると、プロセッサもスマートになることが求められるようになった。処理効率の高いコモディティとしてのプロセッサだ。そんな中で登場したのが、GPUのような専用プロセッサだ。「スマート」チップと呼んでもよいだろう。

このようなグラフィック専用プロセッサは、ディープラーニングの関数処理においてCPUよりも優れていることが運良く明らかになり、最新のAIとMLではGPUが重要な役割を果たすようになった。こうした経緯を見れば、次に進むべき方向は明らかだ。グラフィックアプリケーション専用のハードウェアを作ることができるなら、ディープラーニング用、AI用、ML用の専用ハードウェアを作らない手はない。

今後数年は、さまざまな要因が重なって、チップの製造とテック業界全般にとって極めて重要な時期になると思われる。第一と第二の要因は、ムーアの法則(集積回路のトランジスタの数は2年ごとに2倍になるという予測)が頭打ちになっていることと、デナード則(ワットあたりのパフォーマンスはほぼ同じ割合で2倍になるという法則)が終焉を迎えていることだ。この2つの法則を合わせると、新世代のテクノロジーが登場するたびに、チップの集積密度と処理能力は2倍になり、消費電力は変わらないということになる。しかし、現在、線幅はナノメートルのレベル、すなわち物理的な限界に達している。

第三に、さまざまな物理的な課題が重なって、次世代のAI/MLのアプリケーションで求められる演算能力は、我々の想像を超えたものになる。たとえば、ニューラルネットワークをトレーニングして人の画像認識能力の数分の1のレベルを実現するだけでも、驚くほど困難で、膨大な演算能力が必要となる。最もCPU負荷の高い機械学習アプリケーションとしては、自然言語処理(NLP)、数十億あるいは数兆の可能性を処理するレコメンデーションシステム、医療や天文学の分野で使用される超高解像度のコンピュータビジョンなどがある。

つまり我々は、言葉を話したり、深宇宙の物体を特定したりする方法を学習するには、脳の働きを模倣したアルゴリズムを作成してトレーニングする必要があることは予測できていたとしても、本当に役に立つ「インテリジェント」なモデルにするためにどの程度のトレーニング(つまりは処理能力)が必要になるのかという点については想像できなかった、ということだ。

もちろん、多くの組織がこうした複雑なMLアプリケーションを実行している。しかし、そうした企業の多くは通常、ビジネス分野または科学分野のリーダーであり、膨大なコンピューティング能力とそれを理解して導入する豊富な人材を活用できる。このような大手企業を除くすべての企業は、トップレベルのMLおよびAIアプリケーション開発の世界から締め出されてしまっている。

次世代のスマートチップ(「ジーニアス」チップと呼んでもよい)が効率性と専門性を実現することを求められるのも、こうした理由からだ。チップアーキテクチャは、その上で動作するソフトウェアに合わせて最適化され、ソフトウェアの実行効率を向上させるものに変わっていくだろう。とてつもない演算能力を必要とするAIがサーバーファーム全体を専有するといったことがなくなり、業界の多くの企業が平等に利用できるようになれば、広範なディスラプション(創造的破壊)とイノベーションのための理想的な条件が整うだろう。チップアーキテクチャとソフトウェア中心型ハードウェア設計の分野でこのような進歩が間もなく達成されれば、高価でリソース集約的なAIの民主化が進むだろう。

将来を見据えたイノベーションにあらためて注目する

AIはその性質上、ハードウェアの開発者とユーザーに特殊な課題を突きつける。変化の程度も極めて大きい。我々は、人間が書くコードからソフトウェア2.0へと飛躍する大変革の時代を生きている。つまり、エンジニアが機械学習プログラムをトレーニングして、最終的にはプログラム自身が自分で動くようになる時代がやってくる。さらに、変化のスピードも前例がないほど速い。MLモデルは数ヶ月、いや数週間で古くなる場合がある。また、トレーニングを行う方法自体も日進月歩で進化している。

しかし、新しいAIハードウェア製品を開発するには未だに、設計、プロトタイピング、キャリブレーション、トラブルシューティング、生産、配布というステップを踏む必要がある。概念の段階から実際に製品化されるまで2年かかることもある。もちろん、ソフトウェアのほうがハードウェアよりも開発期間が短いのは普通のことだが、今や、この開発スピードの差は妥協し難いものになっている。我々は、ますます予測不能になる未来に向けて、自分たちが作るハードウェアについてもっと賢くなる必要がある。

実際、テクノロジーの進歩を世代として捉える考え方は崩壊しつつある。MLとAIに関していえば、「現在分かっていることの大半は完成品が出来上がるまでには古くなっている」という予測に基づいてハードウェアを構築する必要がある。柔軟性とカスタマイズは、AI時代に成功するハードウェアの主要な特性となるだろう。そしてそれは、市場全体がさらなる成功を収める道でもある。

こうしたテクノロジーを活用しようと考えている企業は、最新モデルや専用のアルゴリズムにリソースを大量に消費する代わりに、MLやAIのモデルに対する需要の進化と変化に柔軟に対応できる処理スタックを選択できるようになるだろう。

これにより、AIに精通したあらゆる規模とレベルの企業が、長期的に創造性と競争力を維持できるようになり、ソフトウェアがハードウェアによって制限されている状況で発生するスタグネーションを回避できるようになる。その結果、より興味深く予想もしなかったAIアプリケーションが、より多くの組織に行き渡るようになるだろう。

本物のAI/MLテクノロジーの広範な普及

公言するのは筆者が初めてだろうが、テック業界は目新しいものに飛びつく傾向がある。ビッグデータであらゆるものが解決できると言い、IoTが世界の救世主となると豪語したときもあった。そしてAIは今、テック業界がこれまでに間違いなく何度も経験してきたのと同じハイプサイクルを経験している。現在、AIをまったく活用していないと言うテック企業を見つけるのは難しいが、そうした企業はどちらかというと高度な分析に似た極めて基本的なことを実行している可能性が高い。

筆者は、これまでに我々が大きな期待を寄せていたAI革命はまだ起こっていないと確信している。しかし、AIの真の力を活用するハードウェアが今後2~3年でより多くの企業に行き渡るようになれば、今度こそAI革命が実現するだろう。強力なトップクラスのMLおよびAIテクノロジーが広範に普及した場合に起こる変化とディスラプションを自信を持って予測する方法はほとんどないが、まさにそこが重要な点だ。

携帯電話はごく普通の人たちに驚くほどのパワーをもたらし、大半の人は技術的、金銭的な障害に直面することなく携帯電話を使えるようになった。柔軟性が高く、カスタマイズ可能で、将来性のあるソフトウェア定義のハードウェアについても同じことが起こるだろう。可能性は無限だ。そして、それはテクノロジーの大転換点となるだろう。AIの民主化とコモディティ化の波及効果はテック企業だけにとどまらない。最新の高性能AIに誰でも手が届くようになれば、これまで以上に多くの分野で前途が開けるだろう。

AIがもたらすと考えられているあらゆるディスラプションや、AIが起爆剤となって飛躍を遂げることが期待されている分野など、AIに対する熱狂的な期待の多くが今後数年で今度こそ本当に現実化していくだろう。こうしている間にもAIを進化させるテクノロジーは登場しており、すぐにもさまざまな業界の多くの人に利用されるようになる。そして、そうした人たちが、新たに手にした開発環境を土台に、驚くような進歩を実現してくれることだろう。この未来の一員になれると考えると本当にワクワクする。この未来に実現されるあらゆる進化が楽しみだ。

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カテゴリー:人工知能・AI

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(翻訳:Dragonfly)

アドテックは衰退し信用経済の時代が到来する

著者紹介:Richard Jones(リチャード・ジョーンズ)氏は、クロスチャネルでのカスタマーエンゲージメントソリューションを提供するCheetah Digital(チーター・デジタル)のCMO。ゼロパーティデータの専門家として、消費者の注目、エンゲージメント、およびロイヤルティの獲得と引き換えに、ライフサイクル全体で消費者と価値交換ができるようにブランドを支援している。

ーーー

2020年は、多くの人が待ち望んでいた社会運動が実行に移された年となった。6月、活動家たちは「Stop Hate for Profit(利益のためのヘイトをやめろ)」キャンペーンを開始し、Facebookのようなソーシャルメディア企業に、自社のプラットフォーム上で発生しているヘイト行為の責任を取るように要請した。

その狙いは、対象のソーシャルプラットフォームでの広告を停止することによって、ソーシャルメディア企業の目を覚まさせることだった。The North Face(ザ・ノース・フェイス)、Patagonia(パタゴニア)、Verizon(ベライゾン)といったブランドを含む1200以上の企業や非営利団体がこの運動に参加した。私は自社のチーターデジタルを率いて、Starbucks(スターバックス)やVF Corp(VFコーポレーション)などのクライアントとともに、この運動に参加した。

Stop Hate for Profitは、ソーシャルメディアが転機を迎えていることを浮き彫りにした。Twitter(ツイッター)とSnapchat(スナップチャット)はヘイトスピーチに異を唱えることを選び、政治的広告を禁止し、偽情報に対して警告を発することを決めた。しかし、残念ながらFacebookはまだそれほど積極的ではなく、その場しのぎの対応を取るのがせいぜいだ。

多くの人が、この運動はすぐに廃れると考えていたが、実際には始まったばかりである。米国は今、ほぼ間違いなく、両陣営の対立が史上最も激しい選挙を行っている。この状況を考えると、ソーシャルメディア上のヘイトをめぐる問題がすぐに解消されることはないだろう。マーケティング担当者にとって、Stop Hate for Profitは単なる社会運動ではない。この運動はアドテック全体に関わる問題を浮き彫りにするものだ。

ソーシャルメディアのボイコットやデータ保護により、私たちが知るアドテックは今、衰退への道をたどっている。

ソーシャルメディアの苦境

Forrester(フォレスター)は5月、「It’s OK to Break Up with Social Media(ソーシャルメディアと決別してもいい)」と題したレポートを発表した。このレポートには、消費者がソーシャルメディアに飽き飽きしていることを示す統計が含まれている。回答者の70%が、ソーシャルメディアプラットフォームとそのデータを信用していないと答えているのだ。ソーシャルメディアで読む情報が信頼できると信じている消費者は14%にすぎない。米国でインターネットを使用している成人の37%が、ソーシャルメディアは有益というよりも有害だと考えている。

マーケティング担当者は、「ソーシャルメディアは、消費者にマーケティング目的でリーチするために作られたものではない」という事実に立ち返らなければならない。ソーシャルメディアが流行し始めた頃、ブランドは急いでそれを導入し、消費者との対話に利用し始めた。多くのブランドが気付いたことは、これらのチャネルがポジティブなブランド認知を築くためではなく、顧客からの苦情に対応するためのプラットフォームになった、ということである。さらに、マーケティング担当者がよく利用するソーシャルプラットフォームは、顧客にリーチするマーケティング担当者に課金するようになった。

残念なことに、表示されるコンテンツを定義するアルゴリズムにより、ユーザーは自分の意見と異なる意見を目にする機会が減り、なによりも社会のさらなる分断化が助長されている。例えば、Qアノンのコンテンツを見始めるとすぐに、アルゴリズムによって、Qアノンに関するコンテンツばかりがフィードされるようになる。ユーザーは、ソーシャルプラットフォームに多くの時間を費やし、広告収入を増加させるのと同時に、現実を把握する力を失っているかもしれないのだ。マーケティング担当者は、ソーシャルメディアの状況が度を越していること、そして次の段階に進むのが正しいということを認めなければならない。

プライバシー問題

さてここで、自分が簡単な手術を必要としている患者であると想像してほしい。おそらく、Uberに乗って専門家のところに相談に行くだろう。次に、手術を受けに行き、手術は成功する。そして、すぐに回復して自宅に戻る。すべてが順調だ。しかし、Facebookを開いてスクロールし始めた途端、状況は一変する。突然、医療ミス専門の弁護士の広告がポップアップ表示される。しかし、あなたは手術のことを誰にも話していないし、もちろん手術についてソーシャルメディアに何かを投稿したこともない。

自宅で休養し回復したいだけなのに、広告攻めにされるのだ。それでは、このような広告はどのようにして、あなたの目に触れるようになったのだろう。デジタルフットプリントを残した結果、そのデータが誰かに売られて、押しつけがましい広告を見せられているのである。この話は、私たちを取り巻く世界でアドテックが助長してきたデータ乱用の現実を如実に表していると思う。プライバシーは完全に侵害されており、消費者はそれに気付いていないのだ。

ここ数年、データプライバシーはマーケティング担当者にとって注目のトピックとなってきた。今年に入って、米国ではカリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)が施行され、法的強制力を持つようになった。この法律は、データの管理権限を消費者に戻すものである。6月にApple(アップル)は、アプリやパブリッシャーが位置データを追跡し、広告ターゲティングに利用するのを困難にするアップデートを発表した。8月初めには、Meredith(メレディス)とKroger(クローガー)が 、クッキーの廃止を目指して、広告活動のためにファーストパーティ販売データを提供するパートナーシップを発表した。データ保護のブームが今後もしばらく続くことは間違いない。

マーケティングが向かう先

私は、マーケティングの未来は信用経済にあると確信している。Stop Hate for Profitキャンペーン、プライバシーの侵害、消費者の態度や行動の変化は、マーケティング担当者が第三者のデータに依存する時代が終わったことを示している。現在、経済に対する影響力が最も強いのはデータではなく信用である。今年初めにeConsultancy(イーコンサルタンシー)と共同で調査を行ったところ、米国の消費者の39%がクッキーデータに基づいて表示される個人広告を好まないことがわかった。人々は、ウェブをクリックしているうちに追跡されたり、ターゲットにされたりしたくないと考えている。アドテックの屋台骨は崩壊しつつあり、マーケティング担当者はそれに適応しなければならない。

従来のマーケティング方法では、信用経済の時代を生き残ることはできない。今は、新しいチャネルに目を向け、古いチャネルを再考すべきときだ。表示されるコンテンツを自分でコントロールできるチャネルに立ち返らなければならない。ソーシャルプラットフォームの広告活動は、オウンドチャネルに消費者を誘導し、そこで消費者の許可に基づいてデータを獲得して、消費者と直接つながれるようにすることにフォーカスすべきだ。注目すべきチャネルとして、メールについて考えてみよう。

心配は無用だ。メールはなかなか使えるチャネルである。前述のイーコンサルタンシーのレポートによると、4人のうち3人近くの消費者が、過去12か月の間にブランドや小売業者から配信されたメールがきっかけで買い物をしており、販売を促進するという点においては、メールのほうがソーシャルメディア広告より格段に優れていることが判明している。同様に、2020年にロイヤルティプログラムへの参加を増やしたいと考えている米国消費者の数は、参加を減らしたいと考えている消費者の数の9倍にのぼる。私たちは自分のデータを確実に所有し、ロイヤルティプログラムが自分の消費者データの宝庫になるようにしなければならない。フォレスターのEmily Collins(エミリー・コリンズ)氏は、そのことを、単なる報酬プログラムではなく、真のロイヤルティ戦略によって実現できる理由をわかりやすく説明している

マーケティング担当者は、消費者と直接的なつながりを構築することを目標とすべきだ。信頼を築くということは、データとエンゲージメントに応じて価値を交換することであり、第三者からデータとエンゲージメントを購入することではない。フォレスターの主席アナリストであるFatemah Khatibloo(ファテマ・カティブルー)氏は次のように述べている。「ゼロパーティデータとは、顧客が意図的かつ積極的にブランドと共有するデータのことだ。データには、購入意思、個人的背景、個人がブランドにどのように自分の存在を認めてもらいたいか、といった情報が含まれている」。このゼロパーティデータは信用経済の基盤となるものである。プライバシーとパーソナライゼーションの舵取りにゼロパーティデータがどのように役立つかについては、ファテマ・カティブルー氏のアドバイスをチェックするとよいだろう

責任ある行動を

信用経済とは、実のところ、マーケティング担当者として自分が何を売り込みたいのかを自問することである。消費者との関係をどのように考えているだろうか。消費者の気持ちに配慮しているだろうか。どのような関係を望んでいるだろうか。プライバシーは、消費者との関係を構築するための要素だ。最も重要なのは説明責任である。広告費を投入する対象について、説明責任を果たす必要があるのだ。今こそ、ヘイトを支持すること、最悪な状態の社会を擁護すること、分裂をあおることを止めるときだ。責任を持ち、社会問題に関心を持ち、信頼に基づいて顧客との有意義な関係を築いていこう。

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(翻訳:Dragonfly)

人工知能はゾウを救えるか

著者紹介:Adam Benzion(アダム・ベンジオン)氏は連続起業家、著述家、テック投資家。Hackster.ioの共同創業者で、Edge ImpulseのCXOも務める。

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アフリカを象徴する光景といえば、ゾウの群れが大平原を歩き回るようすがすぐに思い浮かぶだろう。しかし今、ゾウの未来が脅かされている。現在、15分に1頭のゾウが密猟者によって殺されている。そして、ゾウを愛でて楽しむ人間が、実はゾウに対してすでに宣戦布告しているのである。もちろん、ほとんどの人は密猟者ではないし、象牙を収集したり、野生動物を意図的に傷つけたりはしていない。しかし、目の前にある危機に対して沈黙したり無関心であったりすることは、密猟などと同じくらい、ゾウの命を奪うことにつながっている。

この記事を読み、少しの間ゾウたちを哀れに思い、その後は次のメールチェックに進んで一日を始めることもできる。

しかし、この記事を読んだ後に少し時間を割いて、野生動物、特にゾウを救う機会が目の前に開かれており、その機会が日増しに大きくなっていることについて考えることもできる。そして、このような機会は、機械学習(ML)と、我々が親しみをこめてAIと呼ぶ魔法のような応用技術に基づいている。

画像クレジット:Jes Lefcourt

 

オープンソース開発者がAIでゾウを救う

今から6か月前、コロナ禍の中で、Avnet(アヴネット)の大型オープンソースコミュニティHackster.io(ハックスター)と、オランダの野生動物保護団体Smart Parks(スマート・パークス)は、他に類をみない最新鋭のゾウ追跡用首輪10台を研究開発し、製造、輸送するプロジェクトへの出資を大手テック企業に打診した。このときに打診を受けた企業には、Microsoft(マイクロソフト)、u-blox(ユーブロックス)、Taoglas(タオグラス)、Nordic Semiconductors(ノルディック・セミコンダクター)、Western Digital(ウエスタン・デジタル)、Edge Impulse(エッジ・インパルス)などが含まれる。

この最新型の追跡用首輪は、高度な機械学習(ML)アルゴリズムを実装し、同様の機器の中では史上最高レベルのバッテリー寿命と通信範囲を備えるように設計されている。さらに大胆な取り組みとして、この計画は完全にオープンソースとし、研究開発の成果はOpenCollar.io(オープンカラー)。環境・野生動物のモニタリングに使う追跡用首輪ハードウェア・ソフトウェアのオープンソース開発を推進する環境保護団体)を通じて全面的に公開されることが発表された。

この追跡用首輪はElephantEdge(エレファントエッジ)と呼ばれ、特殊エンジニアリング企業のIrnas(イルナス)が製造を担当する。ハックスターのコミュニティは、新たに製造されるハードウェアでスムーズに動作するようにエッジ・インパルスのMLモデルとアヴネットのテレメトリダッシュボードを実装用に整える作業を担当する。これは、前代未聞の野心的なプロジェクトであり、これほどまでに緊密な協力関係を必要とする革新的なプロジェクトを本当に完遂できるのだろうか、と疑う人も多かった。

世界最高レベルのゾウ追跡用首輪を作る

しかし、彼らはそれをやってのけた。本当に素晴らしいことだ。新たに開発されたこのElephantEdgeは、野生動物の追跡装置としては最先端の性能を有する。バッテリー寿命は8年、LoRaWAN通信の中継範囲は数百マイルに及び、TinyMLモデルの実行によって、ゾウが発する音、ゾウの動きや現在地、環境の異変などに関するより詳細な情報を自然保護官に提供できる。さらに、ElephantEdgeは、LoRaWAN技術によって自然保護官のスマホやパソコンに接続された数々のセンサーと通信することも可能だ。

ElephantEdgeにより、自然保護官は今まで使っていたシステムよりも正確にゾウの状況や現在地を把握して追跡できる。これまでのシステムは、すべての野生動物の写真を撮影して送信するタイプだったため、追跡装置のバッテリー消耗が激しかった。ElephantEdgeで採用されている高性能MLソフトウェアはゾウのみを追跡対象とするように設計されている。また、このソフトウェアは、ハックスターのコミュニティが開催した公開設計コンテストを通じて開発された。

スマート・パークスの共同創業者Tim van Dam(ティム・ヴァン・ダム)氏はこう語る。「ゾウは生態系を整える庭師のような存在だ。ゾウが歩き回ることで、他の動物が繁殖するための環境が整う。我々のElephantEdgeプロジェクトは、世界中の人々と協力して、心優しい巨人とも言えるゾウが生き残っていくのを助ける重要なテクノロジーを最善の形で提供するものだ。ゾウは毎日、生息地の環境破壊と密猟の脅威にさらされている。この革新的な追跡装置とパートナーシップにより、ゾウの生態に関する理解を深め、より適切な方法で保護することが可能になる」。

画像クレジット:Jes Lefcourt

 

コミュニティによるオープンソース開発が実現した動物保護用AIシステム

ハックスターのコミュニティは、イルナスとスマート・パークスが開発したハードウェアを動かすためのアルゴリズム開発に懸命に取り組んだ。その一環として、英国のソフトウェア開発者Swapnil Verma(スワップニル・ヴェルマ)氏と日本のデータサイエンティストMausam Jain(マウサム・ジェイン)氏が共同で開発したのがElephant AIだ。両氏は、Edge Impuseを使用して、ElephantEdgeに搭載されているセンサーのデータに基づいて重要な情報を自然保護官に送信する2つのMLモデルを開発した。

1つ目は、立ち入りが禁止されている区域に人間がいることをオーディオサンプリングによって検知して、密猟リスクを自然保護官に通知する「人間検知」モデルだ。このアルゴリズムは、オーディオセンサーを使って音と周囲の状況を記録し、それをLoRaWAN通信で自然保護官のスマホに直接送信して直ちに警告を発する。

2つ目は、ElephantEdgeに搭載された加速度計から時系列データを取得して、ゾウが走っているのか、眠っているのか、エサを食べているのかを判断し、ゾウの活動を全般的に検知する「ゾウの行動監視」モデルだ。これにより、保護専門家は、ゾウを保護するために把握すべき重要な情報を入手できる。

別の天才的なひらめきは、アフリカからはるか遠い北の果てからもたらされた。スウェーデンのソフトウェアエンジニアで自然を愛するSara Olsson(サラ・オルソン)氏が、自然保護官の活動をサポートするTinyMLベースのIoTモニタリングダッシュボードを開発したのである。

リソースやサポートが限られる中、オルソン氏は、機械学習アルゴリズムを組み込んだ完全テレメトリダッシュボードをほぼ自力で開発した。これにより、カメラトラップや水飲み場をモニタリングできるばかりでなく、ElephantEdge本体でデータを処理することで通信トラフィックを削減し、バッテリー使用量を大幅に節約することが可能になった。オルソン氏は、自分の仮説を裏付けるために、1155のデータモデルを使い、311回もテストを実行したという。

サラ・オルソン氏のTinyMLベースのIoTモニタリングダッシュボード画像クレジット:Sara Olsson

 

オルソン氏はEdge Impulseスタジオでモデルを開発し、OpenMVカメラを使ってAfricamからストリーミングされるカメラトラップを利用し、自宅にいながらにしてモデルのテストを実行することに成功した。

画像クレジット:Sara Olsson

優れたテクノロジーがあっても人間が変わらなければ意味がない

ElephantEdgeプロジェクトは、企業と個人が同じ目的のために団結すれば、野生動物保護を推進する持続可能な取り組みを協力して実現できることを示す例だ。ElephantEdgeは非常に重要なデータを生成でき、自然保護官が担当地域における緊急救助活動の優先順位を定めるのに役立つデータを提供できる。この新しい追跡用首輪は、World Wildlife Fund(世界自然保護基金)とVulcan(バルカン)が運営するEarthRanger(アースレンジャー)からの支援の下、2021年末までにアフリカ各地の自然公園にいる10頭のゾウに装着される予定だ。これにより、保護、学習、防衛に関する新たな波が生まれるだろう。

ElephantEdgeというテクノロジーが開発され、かつてないほど優れた方法でゾウを保護できるようになった。当然のことながら、これは素晴らしい成果だ。しかし、実のところ、問題の根源はもっとずっと深いところにある。ゾウの生息地を正常に保ち、個体数を増加させるには、自然界に対する人間の態度を変える必要がある。

「ゾウはかつてないほど大きな脅威に直面している」と、有名な古人類学者で自然保護学者でもあるRichard Leaky(リチャード・リーキー)氏は語る。趣味で野生動物を狩るトロフィーハンティングや象牙採取を目的とした狩猟を正当化する理由としてよく使われるのが、「(そのような狩猟は)保護活動に使える資金を生み出し、地元経済に金を落とす」というものである。しかし、最近のレポートによると、アフリカの狩猟収益のうち、狩猟区の地元コミュニティに還元されている割合はわずか3%にすぎない。動物たちが自分の生息地を守るために死ななければならないなんて、本末転倒だ。

類まれなる動物であるゾウを本当の意味で救うには、優れたテクノロジー、協力関係、そして固い決意をもって、狩猟文化に関する根本的な考え方とゾウの最大の死因である象牙貿易の問題に取り組むことが必要だ。

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(翻訳:Dragonfly)

マイクロモビリティで脱・自動車を目指す欧州4都市

新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、欧州全域で都市の変革を促す触媒の役割を果たしている。市当局が、市民の健康を危険にさらすことなく、あるいは過剰な交通量により渋滞を招くことなく、いかにして都市の機動性を管理するかに力を注いでいるためだ。

いくつかのケースで都市再生のための短期的および長期的な解決策になると見られているのが、マイクロモビリティとローカルコマース(地元経済)だ。この記事では、歩道や自転車専用レーンについて、さまざまなペースで見直しや再生に取り組む4つの大都市(パリ、バルセロナ、ロンドン、ミラノ)の政策を紹介する。

パリの「15分シティ」構想

パリでは毎年、大気汚染のために約2500人が天寿をまっとうすることなく亡くなっている。ヨーロッパのほとんどの都市と同様に、公害の最大の原因は自動車の交通量にある。

過去20年間にわたり一貫した政策が施行された結果、大気汚染は徐々に軽減されてきた。これは長くて険しい道のりであり、その一歩一歩がまた新たな課題を生んでいる。

この20年間にパリ市長を務めたのは、Bertrand Delanoë(ベルトラン・ドラノエ)氏Anne Hidalgo(アンヌ・イダルゴ)氏の2人のみだ。つまり、その長い任期によってもたらされたいくつかの変革と長期的な構想が論議を呼んでいる。

パリ市当局と自動車との間には、長い対立の歴史がある。20年近く前、バス専用レーンの設置は他の車のスペースを減らすとして、大きな議論を呼んだ。今日では、そのレーンの撤去を求める者はいない。

そのため、同じことが何度も繰り返されているのは、少し皮肉な話だ。例えば、パリのアンヌ・イダルゴ市長は2016年にセーヌ川右岸からの車の通行を禁止した。この決定には、多くの政敵や自動車愛好家から批判の声が上がった。今年の初めの市政選挙では、候補者の誰一人としてセーヌ川右岸について言及しなかった。もはや論点にすらならなかったのである。

しかし、パリ市の政策は自動車の禁止だけに焦点を当てているわけではない。官民を問わず多くの取り組みが行われているパリは、欧州各都市にとってモビリティ実験場のような存在となっている。パリでの取り組みが上手くいけば、その取り組みは他の都市でも再現される可能性があるからだ。

パリがモビリティの実験に適している理由は2つある。1つ目は、人口密度が世界で29番目の大都市であることだ。19世紀後半にGeorges-Eugène Haussmann(ジョルジュ=ウジェーヌ・オスマン)氏が始めたいくつかの急進的な都市化計画は、ほとんどが環状道路に並ぶ7階建ての建物という、同市の近代的な都市計画の基礎を築いた。

パリ市の境界は、100年が経過しても変わっていないため、他の大都市に比べると、比較的小さい方だ。例えば、サンフランシスコは米国の基準では小さな都市だが、面積ではパリよりも大きい。

2つ目の理由は、パリは(何事もなければ)多くの観光客を惹きつけることだ。2019年には、3800万人の観光客がパリを訪れた。これらの観光客は、普通にツーリストらしい行動をとることが多い。つまり一日中、街のあちこちを移動するのだ。

モビリティ改革の原動力「ヴェリブ」

パリ市長アンヌ・イダルゴ氏とヴェリブの自転車(画像クレジット:Loïc Venance / AFP / Getty Images)

 

地下鉄、地方鉄道、バス、路面電車などの公共交通網が発達していることに加え、他の交通手段も登場している。2005年、リヨン市は、市内に点在する駅のサービス網をベースに、公費の助成により自転車をシェアするサービスVélo’v(ヴィロヴ)を導入した。

その2年後には、パリ市がVélib’(ヴェリブ)と呼ばれる同様のサービスを導入した。ヴェリブが交通機関に与えた影響は計り知れない。サービス開始からわずか数年後、加入者は数十万人に達し、利用回数は1日あたり10万回を超えた。

欧州や米国の他の都市も後を追い、独自のバイクシェアリングサービスを導入している。しかし、ヴェリブほどの成功には至っていない。成長の過程で多少の苦悩はあったものの、ヴェリブは現在40万人以上の加入者を抱えている。2020年9月4日の時点で、同サービスの利用回数は1日あたり20万9000回にのぼる。使用されている自転車は約1万5000台だ。つまり、1日1台あたり14回近く利用されていることになる。

ヴェリブがニューヨークのCiti Bike(シティ・バイク)やロンドンのSantander Cycles(サンタンデール・サイクルズ)よりも成功している理由は、ヴェリブがはるかに安いからだ。乗り放題付きの標準的なヴェリブの会員費は月3.70ドル(約390円)だが、これに対して、ロンドンのサンタンデール・サイクルズの会員費は年間90ポンド(約1万2600円)なので、月約10ドル(約1050円)の計算になるし、ニューヨークのシティバイクは月15ドル(約1560円)だ。ヴェリブの会員費が安いことは明白である。

そして、これはすべて政治的な意図によるものである。ヴェリブは政府から助成を受けているサービスだ。しかし、ヴェリブが財政に与える影響はそう単純な話ではない。走る車が減ることは、道路の維持費を削減する。さらに、公害の低減や自転車で身体を動かすことは、市民の健康促進と、公共医療体制への負担の軽減につながる。

自転車シェアリングサービスでは、サービス網の密度を高めて利用率を高めることが重要であり、それは公的資金がなければ上手くいかない。一定規模のサービス網を整備できれば、サービス網の拡大と新規利用者の獲得という好循環を続けていくことができる。

マイクロモビリティの激戦市場

画像クレジット:Romain Dillet / TechCrunch

 

多くのスタートアップが、独自のドックなし方式自転車シェアリングサービスで、収益性の高いこの市場に参入してきた。Gobee.bike(ゴービー・バイク)、oBike(オーバイク)、Ofo(オッフォ)、Mobike(モバイク)、そして最近ではBolt(ボルト)が、パリの路上に何千台もの自転車を配備していた。しかしその後、それらはすべて閉鎖されてしまった。現在でも残っているのはLime(ライム)の子会社となったJump(ジャンプ)のみだ。

しかし、自転車は、フランスで「ソフトモビリティ」と呼ばれる交通手段の一つに過ぎない。フリーフローティング(何処にでも停められる)方式の原動機付きのスクーターサービスを運営するCityscoot(シティスクート)もフランスのスタートアップで、同社のサービスも1日に数万回利用されている。

さらに、スクーター(電動キックボード)がある。一時期、あまりにも多くのスクーターのスタートアップがあった。Bird(バード)、ボルト、Bolt Mobility(ボルトモビリティ、ウサインボルトが起業)、Circ(サーク)、Dott(ドット)、Hive(ハイブ)、ジャンプ、ライム、Tier(ティア)、Voi(ヴォイ)、Ufo(ユーエフオー)、そしてWind(ウィンド)。彼らは皆、面白い響きの名前を持っていたし、同じ名前(ボルト)を持つ2つの別会社もあった。それに、いくつかの会社を忘れているかもしれない。

画像クレジット:Romain Dillet / TechCrunch

 

このことも、パリがマイクロモビリティのスタートアップにとってやはり魅力的な都市であることを示している。観光客も多く、ある場所から別の場所への移動も簡単だ。

スクーターが都市空間を占拠していたため、パリ市行政はマーケットを規制しなければならなかった。現在パリでは、ドット、ライム、ティアの3社がシェアリング電動スクーターの運営許可を得ている。それぞれ5000台のスクーターを運営しており、現在は専用のドックが用意されている。

15分シティ構想

続いて、パリ市長アンヌ・イダルゴ氏は、変革を加速させるいくつかの意欲的な計画を表明した。同氏は、今年初めの再選に向けたキャンペーンで、キーコンセプトとなる「15分シティ」という明確な複数年計画を打ち出した。

「15分シティは、分散型都市の可能性を示す構想だ。その中心にあるのは、都市の社会的機能を融合して、活気に満ちた周辺地域を作るというコンセプトである」と、パリ第一大学教授のCarlos Moreno(カルロス・モレノ)氏はBloomberg(ブルームバーグ)に語った

モレノ氏は、居住地域、ビジネス街、商業地域は原則として別の区域に分けるべきではないと考えている。それぞれの居住区は、職場、店舗、映画館、保健所、学校、パン屋などがある小さな街であるべきだ、というのが同氏の考えだ。

この「15分シティ」というコンセプトは、二酸化炭素排出量の削減だけでなく、近隣地域の活性化にもつながる可能性を秘めている。社会機能を優先すれば、道路をどう整備すべきかという点はすぐに明らかになるだろう。

15分シティは、多くの事が集約されたコンセプトである。突然、次の10年の都市計画のための強力なブランド力を持つ明確な政治的アジェンダが登場した、ということだ。

新自由主義的に言い換えれば、多くの政策が15分シティ構想から派生していく。パリでは車の所有率は比較的低く、60%を超える世帯が車を持っていない。さらに驚くべきことに、通勤者が車を使うことは極めて稀であり、9.5%に過ぎない

ここから2つの結論が導き出される。1つ目は、自動車はもはや優先事項ではないということだ。2024年には、パリでディーゼル車を運転できなくなる。2030年にはガソリン自動車も禁止される。

いくつかの幹線道路では「ソフトモビリティ」に主眼が置かれるようになった。コロナウイルスの大流行に起因するロックダウンを機に、パリ市は新しい自転車レーンを設置したり、道路の用途を変更したりして、モビリティの課題解決を加速させた。これは、Naomi Klein(ナオミ・クライン)氏が自身の著書で説明した、新自由主義的なショック・ドクトリン(惨事便乗型資本主義)を模倣しているように感じる。しかし同時に、行政はグリーンイニシアチブに力を入れているのだから、”逆”ショック・ドクトリンのようにも感じられる。

例えば、リヴォリ通りはかつて、シャンゼリゼとバスティーユを結ぶ幹線道路だった。現在では、道路の3分の1がバス専用、3分の2が自転車やeスクーターの専用レーンとなっている。

リヴォリ通り(画像クレジット:Romain Dillet / TechCrunch)

 

2つ目は、パリ市がスペースを再生利用しようとしているということだ。パリにある自動車は、時間にして95%が駐車されたままだ。そのため、パリ市は駐車場の50%を撤去し、代わりに、いくつかの通りを庭園に変えたいと考えている。市庁舎前や、エッフェル塔とトロカデロ広場の間に新しい公園を造るという、さらに大規模な計画もある。

何十年にもわたる漸進的な変化は、すべてが劇的な変遷の下地となっている。パリでは、変革は少しずつ進み、そして突然、その目的を達成する。

画像クレジット:Romain Dillet / TechCrunch

 

バルセロナの「スーパーブロック」計画

スペイン第2の都市であるカタルーニャ州都バルセロナは、2013年、ひどい状態の街路空間を歩行者に優しいものに変え、自家用車の優先順位を下げることを目的とした新しい都市モビリティ計画を承認した。バルセロナは欧州で最も車両密度が高く、それが大きな問題となっている。

バルセロナ市当局の報告によると、車両密度は1平方キロ当たり約6000台で、大気の質や公衆衛生に悪影響を及ぼすことが明らかになっている。公式統計によると、交通公害は年間3500人の早死に原因となっており、1800人が心肺疾患で入院している。また、成人では5100人、子供では3万1100人が気管支炎を発症し、子供と成人合せて5万4000人が喘息発作を起こしている。

この公衆衛生上の危機に対するバルセロナ市の解決策は、近年の意欲的な歩行者専用道路化計画であり、「super islands(スーパーアイランド)」や「superblocks(スーパーブロック)」としても知られる「superilles(スーペリアレス、カタルーニャ語)」を作ることに重点を置いている。これは、いくつかの道路の機能を、車を運ぶことから近隣住民の生活を第一に考えることへの転換を意味する。

バルセロナ、ポブレノウ地区の初期のスーパーブロックの1つ(画像クレジット:Toni Hermoso Pulido / Flickr under a CC BY-SA 2.0 license

 

ここ何年かで、数か所にスーパーブロックが設置された。グラシア区にあるようなスーパーブロックはすっかり馴染みの風景の一部となっているため、その効果に気付きにくいが、立ち止まって意識すれば、多くの歩行者が出歩いていること、車はその後ろを忍び寄るように徐行していること、また、歩道の端が段差もなく道路に溶け込んでいることに気付くだろう。

しかし、バルセロナは現在、Ada Colau(アダ・コラウ)市長が提唱するこの政策を、さらに広範囲に拡大することを計画している。今後10年間で、密集した中心部のアシャンプラ地区にスーパーブロックを整備し、より多くの緑豊かな(そして低速の)都市空間を創出しようとするものだ。そしてこれは、同市の中心部に位置し、以前のものと比較して規模が大きいことを考慮して、バルセロナ・スーパーブロックと名付けられた。

当然ながら、スーパーブロック構想はマイクロモビリティと相性が良く、自転車レーンのネットワークを市内に構築することは、都市モビリティ計画の重要な部分となっている。

バルセロナでは2007年から、赤い自転車が目印の、Bicing(ビシング)と呼ばれるドックあり方式自転車レンタルスキームを導入している。最近になって、普通の自転車に加えて電動自転車も導入され、パリの利用回数には及ばないとはいえ、地元住民の間では非常に人気がある(ちなみに、ビシングに加入するには地元で発行された身分証明書が必要であるため、観光客は利用できない)。

公式データによると、ビシングは2020年9月の時点で12万7000人を超える加入者を獲得しており、1か月あたりの利用回数は約130万回にのぼったという。

近年はeスクーターの所有者も急増しており、公道での個人利用を禁止する法律は特にないが、レンタル会社は規制に直面している。しかし、バードからボルト、ウィンドまで、スクーターのスタートアップ各社はあきらめていない。何とかして同市に参入しようと、規制を回避する方法を模索している。

既に歩行者と自転車が車よりも優先されているバルセロナ、グラシア地区の通りに停められた1対のWind社eスクーター(画像クレジット:Natasha Lomas / TechCrunch)

 

スーパーブロック計画は、自転車やマイクロモビリティの促進のみならず、街路を、「自動車のための」通路という用途から、人々が出会い、集まり、商売することを奨励する、緑豊かで快適な空間へと転換し、地元経済を活性化させることも目的としている。

バルセロナは、別の交通規制政策として、今年に入ってから排出ガス量に基づく車両の規制を開始し、古いガソリン車やディーゼル車のピーク時間帯の進入を禁止した(この規制は、来年から配送用車両にも適用される)。また、規制対象車両の所有者には、公共交通機関を3年間無料で使えるカードと引き換えに車を手放すように奨励している(つまり、既存の地下鉄、電車、バスのネットワークを利用するように人々を誘導している)。

歴史上の過ちを正す

スーパーブロックへの変換に伴い、バルセロナの都市計画担当者が解決を目指している、建築に関する歴史上の課題がある。

1856年にカタルーニャ人の土木技術者Ildefons Cerdà(イルデフォンソ・セルダ)氏によって考案されたアシャンプラ地区中心部のグリッド構造は、成長する都市の健全な拡張を目的とし、すべての住宅ブロック内に緑地を確保できるようにしていた。

しかしこの計画は、不十分な規制の下で推進され、地価と住宅価格の上昇の煽りを受けたこともあり、時間の経過とともに開発業者や投機家が緑地用地を別の目的で使うことを許してしまった。そのため、開放された公共スペースとして用意されていたブロックの隙間が食い尽くされ、その結果、セルダ氏が計画していたよりもはるかに密集した街になってしまった。そして(ガソリン車やディーゼル車が密集している限り)、散策するには騒がしく、汚染されていて不快な場所となっている。

バルセロナのスーパーブロックは、市行政の都市計画の遂行におけるこのような歴史的過ちを正そうとする試みである。あるいは「19世紀後半のバルセロナを近代化し、公衆衛生のためにより良い状態を造り上げること」と、市当局は語る。

これはまた、都市計画が公共の利益のため確実に機能するように、私的な経済的利害による不当な外圧を抑え、住民の健康、生活の質、地元経済を守るために、計画に応じた適切な規制が必要であることの教訓にもなっている。

バルセロナのスーパーブロック計画では、2030年までにアシャンプラ区にある61の道路の約3分の1が、歩行者専用道路の「緑の軸」に転換される予定だ。また、21か所の対角交差点に新しい公共広場が作られることになっている。

市当局は、この転換には時間がかかると見ており、住民の協力を得ることが必要だと考えている。しかし、市当局には、この計画を支持するデータがある。例えば、ポブレノウ地区をはじめとするスーパーブロック成功例がいくつかあり、転換後の交差点の1つで二酸化窒素の汚染が3分の1に減少した事例や、街路レベルでの商業活動が同様に増加した事例もある。

新しい街路モデルの詳細はまだ決定されておらず、来年、同市はモデルを選ぶためのデザインコンテストを開催する予定だが、夏季には街路の80%を樹木や植生で日陰にすることや、路面の少なくとも20%を舗装ではなく透水性のあるものにするなど、重要なパラメータが設定されている。

バルセロナのスーパーブロック都市構想が描く街路の進化(画像クレジット:Barcelona City Council)

「出歩きたくなるような空間、子供の自発的な遊びや快適な生活を促すような空間を創り出す必要があります。また、フェア、コンサート、その他のイベントなど様々な臨時の用途に対応できる柔軟なスペースを設計することが求められます。女性に優しく、子どもや高齢者を優先する視点を持って、サービスや地域商業を促進します」とプレスリリース[カタルーニャ語から翻訳]には書かれている。

市当局はその目的について、「住民のことを考えて設計された、健康的で、より持続可能な公共空間のモデルにより、社会的な関係を促進して地元の商業活動を活性化させ、子供や高齢者のニーズに焦点を当てること」、と説明している。

当局はまた、スーパーブロック全体で公共交通機関を利用しやすくすることも計画している。

最初の4つの道路(コンセル・デ・セント通り、ジローナ通り、ロカフォート通り、コンテ・ボレル通り)の転換作業は、2022年の第1四半期に開始される予定である。市当局は、この転換作業のために3780万ユーロ(約47億円)を支出することをすでに決めている。しかし、完全な転換を実現するには、さらに多くの公的資金が必要なことは明らかだ。

新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、規模は小さいが歩行者に焦点を当てた都市改造を加速させる機会となってきた。例えば、バルセロナ市当局は、ロックダウンのせいで街が比較的静かな間に、市内の自転車レーンのネットワークを拡大し、新型コロナウイルス感染症対策として緊急歩行者ゾーンを設置して屋外のスペースを拡大した。

また、バルセロナ市内の路上駐車場の一部は、市の要請によりパンデミックの間、カフェやバーの屋外テラススペースとして代用されている。

しかし、自動車交通が独占している不健康な都市インフラをリセットする必要性は、バルセロナ市が何十年にもわたって取り組んできた問題である。これまでも、地域イベントの開催時や週末に一時的に道路を閉鎖することを許可するなど、さまざまな政策で少しずつこの問題に対処してきた。

そのため、バルセロナの多くの住民にとって、健康的で商業的に活発な都市空間を作ることは、自動車が歩行者に道路を明け渡すことであると言っても過言ではない。そして2030年の「バルセロナ・スーパーブロック」は、全体のバランスを良い方向へと変えていくように見える

とはいえ、市の中心部を横断するいくつかの高速道路に対して何の措置も講じていないため、このプロジェクトは十分に急進的ではないという批判もある。バルセロナの自動車からの脱却はまだ、パリで計画されているものほど急進的とは言えないようだ。

バルセロナ、ポブレノウ地区の自転車専用レーンとバードのeスクーター (画像クレジット:Natasha Lomas / TechCrunch London’s Low-Traffic Neighbourhoods)

ロンドンの「低交通量区域(LTN)」規制

英国の首都ロンドンは2003年以来、市の中心部で渋滞料金の徴収を行っており、最も混雑する時間帯の道路利用を減らすために、その地域に進入する自動車の運転手から料金を徴収している。この政策により、ロンドンは欧州において、都市部における車両通行規制の先駆者となった。

しかし、この問題に関する国民的、および政治的なコンセンサスの欠如により、長期にわたって政策の展開が制限され、2010年末には、当時のロンドン市長Boris Johnson(ボリス・ジョンソン)氏が西部拡張地域として知られるゾーンの一部を廃止したことで、政策の後退にさえつながった。

ロンドンの巨大な人口と無秩序に拡大した規模は、商業ゾーンがクラスター化している傾向があり、大規模な住宅地(所得によって分けられている場合が多い)から離れた場所に集中しているため、移動手段の問題は、人々や企業にとって意見が分かれる問題となるだろう。そのため、ロンドンが「自動車ゼロの街」になれないことは明らかだ。

しかし同時に、ロンドンは公共交通機関(バス、地下鉄、路面電車、市内鉄道)が非常に充実しており、車を使わなくても移動には事欠かない。自家用車を持つ必要もない。また、ここ数十年の間に、市内の自転車専用レーンのネットワークの拡充にも投資してきた。また、2010年からは、利用時払いのドックあり方式自転車の有料レンタルサービスが運営されており、2017年の時点で合計のべ1000万回利用されている。

しかしまた、車で埋め尽くされた道路と欧州北部の気候が、自転車で風雨に立ち向かおうとする人々の意欲をくじく可能性がある。

ロンドンのドックあり方式自転車レンタルサービス(画像クレジット:Elliott Brown / Flickr under a CC BY-SA 2.0 license

 

さらに、英国の既存の規制も、eスクーターのような現代的な代替手段の採用を妨げてきた。しかし現在、この種のマイクロモビリティに街路を開放しようとする動きがあり、同市の交通規制当局は、スクーターのレンタル会社を対象とした試験運用の準備をしている。

車の使用を抑制するための断固とした政策の欠如は、間違いなく、数十年にわたってロンドンの空気を酷く汚染し、ひいては市民の健康に深刻な影響をもたらしてきた(2015年のある研究では、汚染に長期間さらされたことによる死亡者数は年間9500人にも上る可能性があることが示唆されている)。その一方、都市交通に関連した健康リスクに対する意識の高まりは、市当局が課徴金の適用により、有害物質を多く排出する車両が渋滞区域を通過することを抑止する政策の推進につながり、汚染レベルを低減させる効果として現れてきている

ロンドンの「超低排出ゾーン(ULEZ)」は来年、市内のより広い範囲をカバーするように拡大される予定だ。このように、都市部での車の利用をよりクリーンで無害なものにしていこうという取り組みは、一貫性が欠けてはいたものの、政府主導で多少なりとも持続的に行われてきた。

しかし、最近では、新型コロナウイルス感染症のショックが、住宅地の通り抜けを行政区や地域レベルで禁止しようとする草の根キャンペーンを誘発するという、より劇的な変化が起きている。

このような取り組みは、いわゆる低交通量区域(LTN)を適用することによって行われる。LTNの適用には、効果的に配置されたプランターや車止めポール、抜け道としての使用を防止するための時間的な通行制限など、交通量を低減するためのさまざまな措置が含まれる。

交通によって発生する騒音や汚染と隣り合わせの生活にうんざりしているロンドンのいくつかの行政区の住民たちは、新型コロナウイルス感染症に関連した移動制限を利用して、自宅近くの道路が抜け道として利用されることを抑制するチャンスをつかんだ。

Bloomberg(ブルームバーグ)によると、7月下旬の時点で、ロンドンでは114のLTNの計画が進行中である。

ここでも意見の対立はあり、LTNを適用しても、抜け道を使う車が他の道路に移動するだけではないかという苦情を含め、反対意見も上がっている。

また、相対的に裕福な地域が不釣り合いに恩恵を受け、より貧しい地域を犠牲にしているという、社会経済的に重要な批判もある。

このような反対意見は、LTNがパンデミック後、比較的迅速に実施されたことが一因で発生している可能性もある。より参加型のプロセス、および多方面にわたるモニタリングと協議を行えば、このような反対意見は回避できるかもしれない。

しかし、LTNに住んでいる幸運な人々にとっては、その恩恵を無視することは難しい。ブルームバーグは、あるLTNで見られた街路環境の変化について、「今では、スピードを出して走る車の代わりに、通りには、車から降りて近所を探索するように呼びかけるストリートチョークや壁画、花、子どものイラスト入りの看板などがある」と報じている。

新型コロナウイルス感染症緊急対策の一環として、住民のためにより多くの街路スペースを作れるよう歩行者専用化されたダリッジ地区の交差点(画像クレジット:Richard Baker / In Pictures / Getty Images)

 

5月、ロンドンのSadiq Khan(サディク・カーン)市長は、来年再選された場合、2030年までにロンドンをカーボンニュートラルにすることを公約した。また「ストリートスペース」計画を発表し「ロンドンの街路を急速に変容させて自転車の10倍の増加と 徒歩の5倍の増加に対応する」ことを目的としたさまざまな政策を推進している。

この計画では、ロンドンでの市内移動で優先される方法として、徒歩や自転車と並んでスクーターの使用が明示的に奨励されている

ロックダウン規制の緩和後も依然として新型コロナウイルス感染症のリスクが残る現在、市民がロンドンの公共交通機関から離れ、車の利用に戻ってしまうことを避けることも、この政策を推進する動機の一部となっている。

カーン市長のストリートスペース計画はまた、LTNの支援を表明している。しかし、最終的には、ロンドンの交通を制限する権限は地方自治体(または中央政府)にある。市長の権限でできるのは、ロンドン市民が「よりクリーンで持続可能な交通手段」に切り替えるよう、市民を促す措置への取り組みを政府または自治区議会に「要請する」ことだ。

LTN関連政策にロンドンの中央当局が関わっていないことは、これらの「通り抜けできない地域」がロンドンで普及する範囲と速さを制限する可能性がある。

それでもなお、この取り組みは、ロンドン市民が住宅地の街路を安らげる場所として取り戻したいと考えていることを示す、興味深い動きである。

ロンドン市長のストリートスペース計画の一環として、プランターを置いて通り抜けを防止している(画像クレジット:Photo by Richard Baker / In Pictures / Getty Images. Milan’s Open Streets)

 

ミラノの「オープンストリート」計画

イタリアの北部工業地帯は、新型コロナウイルス感染症パンデミックの第一波の間、ヨーロッパで最も被害の大きかった地域の一つだった。ロックダウンの延長により、ミラノのような都市では、企業が閉鎖されて住民が屋内に閉じこもり、数か月の間、自動車が通りから一掃された。そして、その結果、汚染されていることで悪名高い地域の大気の質が顕著に改善された。

ミラノ当局は以来、、これを、スモッグで満ちた「いつもの生活」と強制的な決別する機会と考え、Strade Aperte(ストレイド・アペルテ、オープン・ストリートの意味)と呼ばれるモビリティ計画の下で、実験的に自転車専用レーンと歩行者専用ゾーンの市全体への拡大を推進している。これは、ロックダウンが解かれて都市生活が元に戻ったときに、ソーシャルディスタンスを確保できるようにインフラを適応させることを目的としている。

オープンストリート計画には、道路標識や速度制御のための構造的要素を取り入れることにより、ミラノの多くの道路で制限速度を50km/hから30km/hに引き下げること、また、年内に既存の自転車ネットワークを35km延ばすことなどが含まれている。

ミラノ市は、2008年にドックあり方式の自転車レンタルサービス、BikeMI(バイクミー)を開始した。

ミラノは、自転車レーンのネットワークを拡大することで、ロックダウン後の自転車利用を促進しようとしている(画像クレジット:Emanuele Cremaschi / Getty Images)

 

ミラノ市当局はこの計画について、「ミラノ2020適応戦略が予見しているように、現在の健康危機は、より持続可能で汚染のない移動手段を増やし、物理的な距離要件を尊重しながら、商業、レクリエーション、文化、スポーツのために道路や公共スペースを再定義することで、人々により多くのスペースを提供し、市の環境条件を改善することを決定する機会となり得る」と、同計画に関するある覚書に書いている

推進される政策を包括的に見ると、その方向性は、パリのビジョンと同じ目標、つまり「地域のサイズ」という概念と同じだ。つまり、すべての市民が、徒歩15分以内に、ほぼすべてのサービスに確実にアクセスできる街を作る、ということだ。

住民がウイルスと共に生きることを余儀なくされている今、これは戦略的な目標である。同時に、対策のいくつかは「一時的な」ものとして策定されている。

しかし、パンデミックが今のように急速な変化を促す触媒または大義として機能する前から、市当局は都市インフラを再利用して市民に健康面での利益、および環境面での利益をもたらし、人々を車から降ろして近所を自転車や徒歩で移動させることで地域の商業 を後押しする方法を探していた。

そのため、より騒がしく、汚染を悪化させ、遊び心のない道路に逆戻りすることを望む声が上がるとは考えにくい。

ミラノでも同じことが言える。都市交通の方向性は、車が庶民を支配し道路を他の場所へのデフォルトハイウェイとすることを許すのではなく、人々と地元密着型のマイクロモビリティのために開かれた公共空間として道路の在り方を再考することにある。Addio macchina(自動車よ、さらば)。

ミランの街をスクーターで走る(画像クレジット:Mairo Cinquetti / NurPhoto / Getty Images)

 

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カテゴリー:モビリティ
タグ:自動車 コラム

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(翻訳:Dragonfly)

テレヘルス企業が医療をギグエコノミーのように扱う理由

著者紹介:Oliver Kharraz(オリバー・カラズ)博士は、対面またはバーチャルケアのためのデジタルヘルスケアマーケットプレイス、Zocdoc(ゾックドック)のCEO兼創設者である。

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テレヘルス(遠隔医療)が本格的に始動した。

パンデミックによって拍車がかかり、アメリカの多くの医師がオンラインによる診察を行うようになり、患者もまたインターネット上で医療に関するアドバイスを受けることに慣れ親しむようになった。テレヘルスのメリットがあまりにも明らかなため、専門家らはテレヘルスの定着化を確信している。Center for Medicare and Medicaid Servicesの管理者であるSeema Verma(シーマ・ベルマ)氏は、「コロナによる危機が我々を新たな領域に踏み込ませたのは確かですが、もうここから後戻りすることはないでしょう」と言う。

それではこれから、テレヘルスはどこへ向かうのか?パンデミックの中、非常に重要な役割を果たしてきたテレヘルスには今後も十分な伸び代があるが、まだ発展途中の初期段階にあるにすぎない。テレヘルスが持つ可能性を実際に実現するためには、まずテレヘルスの今日の提供方法に深刻な欠陥があるという事実を直視しなければならない。患者自身を危険にさらす可能性のある欠陥だ。

Teladoc(テラドック)のような従来の遠隔医療サービスは、遠隔医療がまだ珍しいものだった時代に構築されたもので、主にひどい風邪や厄介な発疹のような急性のニーズをサポートするために使用されていた。彼らが主に提供するのはランダムなトリアージケアのようなものだ。患者はオンラインにアクセスして順番を待ち、たまたま手のあいた最初の医師に診てもらう仕組みである。こういったサービスを提供する企業はバーチャル往診と称して売り出しているが、患者にとってはベルトコンベアの上で立ち往生しているように感じるかもしれない。患者はただシステムに身を任せる以外に選択肢がないということがあまりにも多い。

保険会社にとっては運営コストが安く済むため非常に好都合なビジネスモデルであるが、患者はコストを負担することになる。医師にとっては流れ作業のようなシステムだ。患者の生活環境を訊いたり関係を築いたりする貴重な時間に支払いが生じるわけではなく、次の患者に移らない限りより多くの報酬は得ることができず、医師は質の良いケアの提供によってではなく、患者の数をこなすことによって対価を得る仕組みである。

これは医療システムの理想的なあり方と相反するものであり、このモデルを強化していくというのは、遠隔医療の未来を築く上で大きな間違いと言えるだろう。医療は長い間、地域の医療提供者との継続的な関係を大切にすべきという考えを前提としてきた。個人の健康を全体的かつ長期的に見ることができ、時に困難でデリケートな医療問題を解決に導いてくれる信頼できる医療提供者が必要という考えである。

ランダムなトリアージモデルはこういった尊い絆を断ち切り、まるでUberの運転手とのような、礼儀正しくはあるものの、手短で取引的かつ非人間的な関係性に置き換えてしまう。しかし医療は決して、ギグエコノミーのようにして扱われるべきでない。

医師である私は、このモデルが拡大され続けるとどうなってしまうのかという懸念に悩まされている。1人の患者が医師から医師へと引き渡されるたびに、重要な情報が失われる可能性がある。このモデルでは、患者の基本的な体調、家庭状況、生活環境など、情報に基づいた治療を行うために重要な「無形のもの」を把握することができない。長期的データの欠如により、誤った診断につながってしまうこともある。これが、医療システムが長い間、患者の引き渡しを最小限に抑えるようにデザインされてきた理由であり、この誤りを増加させるような遠隔医療インフラを選択することが間違いである理由である。

それではどんなアプローチが正解なのか。

私たちは今、この国の医療システムと遠隔医療の統合時代の幕開けを迎えようとしているところであり、私は完全な答えを知っていると主張するつもりはない。しかし患者はランダムな医師たちよりも、自分自身の健康に関してはるかに優れた管理者であることは確かである。効果的な遠隔医療は、患者は決定権を与えてくれる。私たちが患者に選択肢を与えそれに耳を傾けるとき、患者は何を好むかを私たちに教えてくれるからである。

私の会社が収集したデータによると、かなりの割合の人々が自身で決定権を持ちたいと考えていることが明らかになっている。遠隔医療患者の10人中9人が、インターネット上で待機させられた後にランダムに指定された医師に会うのではなく、自分が選んだ医師と予約を取れるようにしたいと考えている。

こういった選択が患者に与えられた場合、ほとんどの患者(10人中7人)はバーチャル診察を予約する際に最寄りの医師に予約を入れている。患者は本能的に、いずれは医師と物理的に同じ部屋にいる必要があることを知っているからだ。そのため地元の医師を選ぶことで、前回のオンライン診断での会話を、次回の対面診断で引き続き継続することが可能になると患者自身分かっている。遠隔医療か、信頼できる医師との継続的な関係かの選択を迫られたくないと患者は感じている。もっともである。そんな選択は迫られるべきではない。

従来型の遠隔医療企業で、この必要性に焦点をあて取り組んでいる企業はいない。むしろこのパンデミック禍の中、トリアージモデルがまだ実行可能なうちに規模拡大を急いでいるのが現状だ。短期的に見れば、適切な時期に適切なサービスを提供してくれているという理由から、このモデルが市場から評価されるかもしれない。ただし長期的な価値は、患者の要望に耳を傾け、対応し、それを繰り返していくことからのみ得られるのである。

患者は、医療に関する選択肢を最も多く自分に持たせてくれるサービスを高く評価すると言われている。私もそこに賭けている。

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カテゴリー:ヘルステック
タグ:遠隔医療 コラム

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(翻訳:Dragonfly)

eスポーツが大学を救う

著者紹介:Brandon Byrne(ブランドン・バーン)氏はコンテンツクリエイター、チーム、スポンサーをプログラム上で結び、拡張するテクノロジープラットフォーム、Opera Event(オペラ・イベント)のCEO兼共同設立者である。Team Liquid(チーム・リキッド)のCFOと、Curse(カース)の財務担当VPを歴任している。

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数か月前、私はあるパネルディスカッションに参加し、eスポーツとオリンピックについての記事を書いた。そのパネルディスカッションでは、新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、eスポーツが国際オリンピック委員会と連携する機会を得たかどうかを議論した。慎重に検討し調査した結果、私は基本的に「オリンピックは、eスポーツがオリンピックを必要とする以上に、eスポーツを必要とする」という結論に達した。

オリンピックについて調べる過程で明らかになったいくつかのデータには驚いた。特に、国際的なスポーツ、プロスポーツ、大学スポーツの観客についてのデータだ。eスポーツのモデルは従来のスポーツほど成熟していないが、実際には従来のスポーツと同程度の視聴者数を集めており、その数は天文学的に増加している。私は、この現象から最も恩恵を受けるであろう機関投資家がこの現象をいつまで認識しないでいるのだろう、と考えずにはいられなかった。

大学によるeスポーツへの関りについて触れると、現在、NCAA Division I(全米大学体育協会1部)には170を超える大学代表チームのゲーミングプログラムがあり、クラブの数はさらに多い。そのため、機関投資家がeスポーツへ投資する場合に、大学のeスポーツ分野における価値(さらには収益)を促進する可能性について、誤解したり見落としたりする側面がまだ数多くある。

21世紀の大学

現在の大学生活は50年前とは大きく異なっている。大学外での変化のペースはますます加速しており、多くの場合、大学はそのペースについていくのに苦労している。テクノロジー、学生の関心、経済や職場の進化、文化規範の変化などにより、大学は過去のどの時点よりもつながりが弱い場所に置き去りにされている。

同じことは大学スポーツにも当てはまる。大学の誇り、文化力、求人、同窓生との関わりだけでなく、場合によっては収益の源泉として他の追随を許さなかった大学スポーツは、外部からの力によって侵食されている。

私は、世界最大のNCAAイベントである、 Football Bowl Subdivision Bowl Championship(フットボールサブディビジョンのボールチャンピオンシップ)とNCAA Men’s Division I Basketball Tournament(NCAAの男子バスケットボールトーナメント)の観客について、少し調べてみた。

画像クレジット:Brandon Byrne

画像クレジット:Brandon Byrne

2015年にチャンピオンシップシステムが施行される前と後の、ビッグ・ボウル・ゲームの平均視聴者数を見てみよう。上の図は、各ボウル・ゲームの視聴者数の傾向線とその平均を示している。確かに時おり急増することはあるものの、視聴者数に大きな変化はないことが見て取れる。両方の傾向線を分けると、結果は次のようになる。

画像クレジット:Brandon Byrne

全体的に見ると、視聴者数はおおむね下降傾向にあるようだ。

NCAA Final Four(NCAAファイナルフォー)と呼ばれる、準決勝の1戦目、準決勝の2戦目、決勝戦の視聴者数の傾向も見てみよう。

画像クレジット:Brandon Byrne

傾向はかなり似ているようだ。大学スポーツにはまだ多くのファンがいるが、問題が2つある。1つ目は観客がまったく増えていないことだ。実際にはわずかに減少しているらしい。2つ目は観客が高齢化しており、大学スポーツと若者との関わりが弱くなっていることだ。年配の観客は同窓生の寄付や付随的収入の貴重な源泉であることに変わりないが、他の主要なターゲット層(潜在的な大学生)の代わりにはならない。

それにもかかわらず、エリート学科を持つ学校は「フルーティ効果」という現象の恩恵を受けていることを示すデータがある。「フルーティ効果」は、ボストンカレッジのクォーターバックだった Doug Flutie(ダグ・フルーティ)の名前にちなんでいる。彼のアメリカンフットボールでのエキサイティングなパフォーマンスがボストンカレッジへの入学志願者数を増やしたというエピソードから取られた呼び名だ。この現象に関するHBSの調査結果を分析したフォーブス誌の記事を読めば、ここで説明するよりもさらに詳しい理解を得られる。

確かに、データの多くは、大学スポーツの重要性が今より高かったであろう数年前のものだが、要点は大体同じである。つまり、学生が楽しむアクティビティでエリートプログラムを実施することが、出資によって大学スポーツを促進する機関投資家の利益になる、ということだ。しかし学生の間でそのようなアクティビティに対する熱意が薄れている場合、学生が現在興味を示しているものへの参画を検討するのも1つの選択肢だ。

FBSフットボール(最大視聴者数3500万人)およびNCAAファイナルフォー(最大視聴者数2800万人)と比較すると、Riot Games(ライアット・ゲームズ)が開催するLeague of Legends(リーグ・オブ・レジェンド)のMid-Season Invitational(ミッドシーズン・インビテーショナル)イベントは合計6000万人の視聴者を集めた。2番目に多い視聴者を集めたのは、Katowice(カトヴィツェ)で開催されたIntel Extreme Masters tournament(インテル・エクストリーム・マスターズ・トーナメント)であり、視聴者数は4600万人だった。正確な人工統計学的データはすぐには入手できないが、後者の2つのイベントは前者の2つのイベントに比べて若い世代が多いのは明白だ。

これらは正確には同じ条件での比較ではないため、留意すべき点がいくつかある。これらのeスポーツイベントは数日に分けて開催され、かなりの数の試合が行われる。その数はおそらくMarch Madness(マーチ・マッドネス)に匹敵するほどだ。さらに、そのコンテンツはさまざまな方法で消費される。NCAAのコンテンツの多くはテレビで放映され、その一部は有料のプレミアムチャンネルで放映される。一方、eスポーツのイベントはTwitchとYouTubeで無料でストリーム配信される。

しかし、理解しておかなければならないのは、eスポーツの観客は前年比15~16%の割合で増加しており、世界中の観客を獲得しているということ、つまり獲得可能な最大市場規模(TAM)がかなり大きいということだ。NCAAのイベントが北米以外で熱狂的な観客を集める可能性は低い。

新型コロナウイルス感染症

大学に通う主な理由の1つは学内で学生生活を体験することである。パンデミックの影響でそれが不可能になったため、大学は身動きが取れないでいる。人脈を作ること、新しい友人を作ること、新しい経験をすることはすべて大学の魅力だが、どれも、学生が実家で実行するには難しいものだ。同様に私たちが知っているような大学スポーツは、組織としての誇り、マーケティング、および収入源の役割とともに、本質的に存在しなくなった。NCAAトーナメントは2020年3月に中止され、NCAAも他のスポーツもすぐに復活する兆しはない。

一方、eスポーツはリモートで参戦または観戦できるため、パンデミック下でも盛況だ。eスポーツのトーナメントでは、観客、チーム、そして審判員でさえも隔離できるため、コンテンツの作成と消費を安全に行える。

eスポーツと大学

信じられないような話だが、eスポーツはプロスポーツよりも大学スポーツに適している。ここでは詳しくは触れないが、プロスポーツモデルがeスポーツに適していない理由については、以前に別の記事で書いたことがある。そのため、今回の記事では、知的財産について、また、eスポーツのリーグの所有者、そしてあらゆるエンティティが利益を出す方法について説明しようと思う。最大の問題は、プロスポーツではチームがリーグを所有し、すべてのチームの利益を最優先にして行動できる点だ。eスポーツでは通常、リーグはビデオゲームのパブリッシャーによって所有または規制される。つまりプロスポーツとは異なる収益機会が開かれることになる。

興味深いのは、大学の陸上競技も同じ問題を抱えており、その問題を緩和する方法を見つけたことだ。選手には奨学金が支給され、学校、大学競技リーグ、NCAAはそれぞれの収益機会、いわばパイのピースを所有する。パイはパッケージ化され、世界のESPNとFox Sports(Foxスポーツ)に配信するために販売される、という方法だ。

このモデルはeスポーツに非常に適している。プロスポーツの場合、フットボールの知的財産を「所有する」グループがDallas Cowboys(ダラス・カウボーイズ)に、チームのマーケティング方法、チームの取り分、分配の方法を教えることはまずないだろう。しかしこれは大学ではよくあることだ。実のところ、全関係者が収益を得るには、同じプロセスを実践する必要がある。そうすることで学校(チームに相当)もいくらかの収益を手にし、競技連盟(リーグに相当)とNCAA(パブリッシャーに相当)にも利益が入る。このチェーンがどこかで切れてしまうと、プロセス全体が中断し、誰も稼げなくなる。

この点については、オリンピックに関する記事の中で書いたことがある。IOCは、オリンピックの放送方法、競技種目、選手資格などについて当たり前のように完全な自主権を持っている。もしオリンピックがeスポーツを受け入れたら、完全な自主権を行使することはできなくなる。ゲームの表現、放映、審査などに関してはパブリッシャーが大きな影響力を持つことになるだろう。IOCはそういうことに慣れていない。大学では、(eスポーツは)よくある土曜日の過ごし方にすぎないのだが。

大学進学率が下がっている原因は新型コロナウイルスだけではない。パンデミックが起こる前から、大学での経験について見直す動きがあり、大学は潜在的な学生を獲得する足掛かりを見つけようとしていた。フォーブス誌は2019年に、この10年間で大学の入学者数が200万人減少したと書いている。さらに付け加えると、大学への新型コロナウイルスの影響に関する予備データから、2020年の入学者数は5~20%の範囲で減少することがわかる

画像クレジット:Brandon Byrne

今後の展望

大学は今、最悪の状況に直面している。収益は大幅にダウンし、ハーバード大学のような有名大学でさえ大赤字を出している。パンデミックの前から入学者数が減少していたため、今や、大学が生き残りをかけて適応しなければならないところまできた。

eスポーツは大学が生き残るためのきっかけになり得る、というのは朗報であり、私はそうなると信じている。大学はeスポーツに力を入れつつあり、115のさまざまなプログラムがeスポーツのための奨学金を提供している。また、クラブプログラムはさらに急速に成長している。eスポーツは確かに学生を惹きつけるのに役立つ。とはいえ、収益化は本当に難しい

最終的に大学自体を含むあらゆる関係者を補償するエコシステムを構築する方法について、大学が専門家のアドバイスを受けることは非常に重要である。またeスポーツでは、迅速に行動すること、そして今なおリアルタイムに形成されているモデルを採用することが大学に求められる。新型コロナウイルスのパンデミックはすぐに消えることはないが、消えそうな大学は数多くある。今こそ行動を起こすときだ。

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(翻訳:Dragonfly)

シェアリング電動キックボードの利用回数が2021年までに5億回を超える5つの理由

著者紹介:Travis VanderZanden(トラヴィス・ヴァンダーザンデン)氏は、Bird(バード)の創業者兼CEO。

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4年前、電動キックボードのシェアリングサービスは存在すらしていなかった。それが今では、2021年までに世界全体で5億回以上の利用回数を記録する勢いだ。2009年にUber創業と同時に生まれた、CO2排出量の多い車両を中心とするライドシェア業界の初期の頃をはるかに上回るペースで成長している。

電動キックボードのシェアリングサービスはどの尺度から見ても、都市交通を劇的に変化させた。こうなると、「なぜここまで爆発的に普及したのか」という、素朴だが重要な疑問の答えを知りたくなる。

ここ数年の間にマイクロモビリティ普及の追い風となった主な進展について理解すると、この業界の現在の方向性だけでなく、世界数億人にのぼる利用者の今と将来のニーズを満たせるサービスの考案に役立つ貴重なインサイトが得られる。

電動キックボードのシェアリングサービスが世界中で拡大し、より健康的で持続可能な都市生活の実現が促進された背景には、車両の設計、データ、安全性報告書、インフラ整備などに関する、次の5つの革新的な進展があった。

電動キックボードのシェアリングサービス誕生(2017年秋)

Bird(バード)の電動キックボードシェアリングサービスが最初に開始されたのは2017年9月、カリフォルニア州サンタモニカでのことだった。それまでは、ドックあり方式またはドックなし方式の自転車シェアリングサービスがマイクロモビリティ業界のほぼ全体を占めていた。当時、自転車シェアリングサービスは米国全土で毎年平均およそ3500万回利用されており、その半分以上がニューヨーク市に集中していた。

幸先のいいスタートを切った電動キックボードのシェアリングサービスは、2018年には約3900万回、2019年には8600万回も利用されるようになった。そして、大西洋の反対側でも、同じように爆発的な増加が見られた。ドイツ、フランス、イスラエル、スペイン、ポルトガル、ベルギー、デンマーク、ポーランドなど、都市交通網のニーズを満たすためにマイクロモビリティを活用する国が急速に増え、イタリア英国ウクライナなどの国々も最近、その仲間入りをした。

電動キックボードのシェアリングサービスは現在、ほぼすべての大陸に分布する200以上の都市で利用できる。

シェアリング向けに設計された電動キックボードの登場(2018年秋)

世界初の電動キックボードのシェアリングサービスが始まると、この種のマイクロモビリティに対する高い需要が存在し、その需要を満たすにはシェアリング向けに設計された電動キックボードが必要であるという、2つの点がすぐに明らかになった。

シェアリング用の電動キックボードは、自家用のものに比べて、使用頻度が高く、より多様な路面状況や天候の中で走行しなければならないのが実情だ。2018年10月にバードの車両開発チームが業界初のシェアリング向けモデルとなるBird Zero(バード・ゼロ)を発表したのはそのためだ。より長いバッテリー寿命、明るいライト、高い耐久性、一歩進んだGPS機能を備えたこのモデルを皮切りに、安全性、持続可能性、耐用期間の向上を目指す一連の包括的な車両革命が起こり、その革命は成功した。今でも使用されている当時の電動キックボードは何万台もあり、使用される期間がひと月またひと月と伸びるたびに、二酸化炭素のライフサイクル排出量はさらに少なくなる

Bird One(バード・ワン)やBird Two(バード・ツー)など、バード・ゼロに続いて発表された他のシェアリング向けモデルには、バード・ゼロが持つ性能に加えて、下記のような業界初の機能が搭載された。

  • 200種類以上の故障を検知できる車載式の診断センサー。
  • 1日あたり数百万回もの故障診断を自動的に実行・報告する車両インテリジェンスシステム
  • IP67またはIP68レベルの防水バッテリー。
  • 1万4000マイル(約2万2500キロメートル)を走行できるバッテリー寿命。平均的な使い方を毎日続けても10年以上は耐用できる。
  • 独立した機関による6万回以上の衝撃試験に耐えた機械設計

業界企業による包括的な安全性報告書の公表(2019年春)

当然のことながら、安全性は、マイクロモビリティの創始期から今に至るまで最重要課題であり、最も議論されてきた側面でもある。そのため、2018年1月にバードは業界の中でいち早く、最も大規模な「ヘルメット無料配布キャンペーン」を実施し、他にもさまざまな安全対策を導入し始めた。

2019年4月、バードはこれらの取り組みを、電動キックボードの安全性に関する包括的な報告書にまとめた。これは、現代のマイクロモビリティシステムに深く切り込んだ初めての報告書であり、電動キックボードにも自転車と同様のリスクや脆弱性があることが、事故報告書やその他のデータに基づいて説明されている。この報告書を土台として、モビリティ事業者と自治体が、電動キックボードの利用者や歩行者に限らず、道路を使うすべての人を守るために協力して安全対策を講じることができるようになった。

ここ1年半ほどの間、バードは、同報告書の内容や、それを支持する他の論文に基づき、電動キックボードの安全性に関する業界標準の策定に役立つ革新的な機能を考案、開発してきた。例えば以下のようなものだ。

  • マイクロモビリティのシェアリング業界初の「ヘルメット自撮り機能」でヘルメット着用を促す。
  • マイクロモビリティのシェアリング業界初の「ウォームアップモード機能」で新規利用者にも使いやすくする。
  • 業界初、かつ業界で最も正確なジオフェンシング機能により、電動キックボードの速度を落とせるようにし、走行禁止区域を設定する。
  • データ共有に関する信頼性の高い基準や慣行により、自治体による自転車やキックボード用のインフラ整備を後押しする。

Open Mobility Foundation(オープン・モビリティ・ファウンデーション)の設立(2019年夏)

前段落の最後の項目は特に重要である。自治体は、路上の交通量を制限し、自転車やキックボード用のインフラを最大限まで拡大するために必要不可欠な存在だ。しかし、道路を利用する人すべての安全向上に役立つこの戦略は、信頼性が高く標準化されたデータがなければ成立しない。

バードはサービス開始以来ずっと、責任ある方法で自治体とデータを共有すべきであると積極的に主張してきた。しかし、一企業としてだけでなく、複数の組織が協力してマイクロモビリティ業界共通のモビリティデータ標準策定を支援するような団体はなかった。

この状況は2019年6月に一変した。ロサンゼルス、ニューヨーク、サンフランシスコなどをはじめとする都市の自治体と、バード、Microsoft(マイクロソフト)、非営利団体のコンソーシアムであるOASIS(オアシス)により、オープン・モビリティ・ファウンデーション(OMF)が創設されたのだ。会長を務めるロサンゼルス市交通局長Seleta Reynolds(セレタ・レイノルズ)氏は、フォーブス誌に次のように語っている。「OMFは、安全向上、収益確保、健康促進という、自治体にとって重要な目標を、CO2排出量を減らし、渋滞を緩和しながら達成できるよう助けてくれるプラットフォームだ」。

オープンソースのコードと共有データを活用し、モビリティ事業者と自治体が協力してマイクロモビリティシステムを管理すると聞くと、いったい何のことかと少し不安に感じるかもしれないが、その効果は日常生活の中ではっきり目にすることができる。例えばアトランタでは、電動キックボードに関するデータが自治体と共有された結果、市内の自転車専用レーンが2021年までに4倍に拡張されることになった。サンタモニカでは、キックボードのデータに基づき、19マイル(約30キロメートル)分のマイクロモビリティ専用インフラを新たに整備するための修正法案が提案され、承認された。

英国とニューヨーク州における電動キックボードのシェアリング合法化(2020年春)

今年、英国ニューヨーク州で電動キックボードのシェアリングが合法化され、それぞれの場所で試験運用が始まったことは、特に革新的とは言えないかもしれない。しかし、電動キックボードのシェアリング利用回数が2021年に5億回を突破するためには欠かせない展開だ。

環境と都市交通の分野において、ロンドンとニューヨークは世界の他の都市よりも重要な意味を持つ。この2都市だけで人口は1700万人をかぞえ、1日あたりの自動車の利用回数は1000万回を超える。これだけ人口密度が高く、車両があふれている両都市に電動キックボードを導入すれば、毎日の通勤は劇的に変わるだろう。新型コロナウイルス感染症のせいで公共交通機関が苦戦を強いられている今のような状況であれば、なおさらそう言える。これは、自治体にとっても、市民や環境にとっても、うれしい進展だ。

これだけ利用者が多いマイクロモビリティから収集されるデータは、ニューヨークとロンドンのインフラ整備状況を把握するのに役立つだけではない。マイクロモビリティに関するテクノロジーの迅速な進歩につながる研究を促進し、そのテクノロジーを世界各地ですばやく活用するためにも役立つ。

今後の展望

以上のことから何がわかるだろうか。電動キックボードのシェアリングサービスが誕生してからこれまでの4年間と、利用回数5億回を目前に控える今の状況は、マイクロモビリティの将来について何を示唆しているのだろうか。

第一に、この業界の成長は今後も続いていくと考えられる。道路渋滞や都市部の空気汚染を改善できる、適応性が高くて環境に優しいソリューションに対する需要は2020年のコロナ禍以前から高かったが、今では、単に望まれているだけでなく、必要な存在とみなされている。今後、電動キックボードは娯楽の延長ではなく、都市交通網の要となる乗り物になっていくだろう。その際、自治体とモビリティ事業者には、互いに緊密な関係を築いて、協力し合うことが求められる。これには、自転車や電動キックボードのシェアリング利用者が安全に使えるインフラを、データに基づいて大々的に整備することが含まれる。

第二に、電動キックボードのテクノロジーは引き続き、安全性と持続可能性という2本の柱を中心に進歩していくだろう。これには、キックボード本体の形状や機能だけでなく、本体を管理する日々のオペレーションも関係してくる。進歩の度合いは、製品寿命の長期化、バッテリー性能の改善、耐久性の向上、診断機能の強化といった尺度で判断できる。

最後に、数億回に及ぶ利用から収集されたデータが蓄積していくにつれ、都市交通の需要をより明確かつ詳細に理解できるようになるだろう。これにより、危険が予測される地域を特定し、その対策として、効果の高い措置を低コストで講じることができるようになり、それぞれの道路や時間帯に特有のニーズに基づいて都市計画を策定することが可能になる。

現在の傾向が続いたら(というよりも、そうなることを確信できる十分な根拠があるのだが)、最初の5億回達成まで4年かかった電動キックボードのシェアリング利用回数はすぐに、1年もかからずに倍増して世界合計10億回に到達するようになるだろう。

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タグ:電動キックボード コラム

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(翻訳:Dragonfly)

ソーシャルメディアプラットフォームが映画「The Social Dilemma」を踏まえて行うべき3つの改革

著者紹介:Jason Morgese(ジェイソン・モルゲーゼ)氏は、広告のないデータストレージおよびソーシャルメディアを提供する初のハイブリッド企業、Leavemarkの創設者兼CEOである。

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「The Social Dilemma(監視資本主義:デジタル社会がもたらす光と影」は、世界中のNetflix(ネットフリックス)ファンの目を開き、彼らのデジタルライフを変えつつある。この映画の制作者たちは、ソーシャルメディアとその社会的影響を深く掘り下げ、ソーシャルメディアがメンタルヘルス、政治に与える影響や、企業がユーザーデータを活用する数限りない手法についていくつかの重要な問題点を提起している。映画には、業界幹部や開発者のインタビューが織り交ぜられ、プラットフォーム内で人々がより深いエンゲージメントを感じ、時間を費やすように、ソーシャルサイトが人間の心理をいかに操作し得るかについて彼らが語る様子が収められている。

ソーシャルメディアプラットフォームには歴然とした問題があるにもかかわらず、人々は依然としてデジタルな形で注目を得ることを切望している。対面での人とのつながりが不可能ではないものの限定されているパンデミック時には特にである。

では、どうすれば業界は良い方向へ向かって変革を起こすことができるだろうか。以下に、より幸せで健全な形で人々がつながり、ニュースを視聴することができるよう、ソーシャルメディアが採用すべき3つの方法を紹介する。

検閲の停止

FacebookやInstagramのようなプラットフォームのほとんどは、ユーザーに提示する情報の一部を会社が決定する。このやり方は、悪意のある者がプラットフォームを操作する契機を与え、またどの情報を表示し、どの情報を表示しないかを指示しているのは誰なのかという問題をも提起する。これらの決定の背後にはどういった動機があるのだろうか。いくつかのプラットフォームは、このプロセスにおける自分たちの役割について議論しており、Mark Zuckerberg(マーク・ザッカーバーグ)氏は2019年に次のように語っている。「私は、人々がオンライン上で語っていることについて、Facebookがそれが事実かを判定する立場をとるべきではないと強く信じています」。

再構築されたタイプのソーシャルプラットフォームでは、検閲を行わないことが可能だ。例として、広告主に依存しないプラットフォームを考えてみよう。基本ユーザーは無料だがサブスクリプションモデルで収益化されているソーシャルプラットフォームの場合、情報収集アルゴリズムを使用して、どのニュースとコンテンツがユーザーに提供されているかを判断する必要はない。

この種のプラットフォームでは、ユーザーは広告主やランダムな第三者ではなく、既知の信頼できる人物からの情報しか見ないため、操作の標的にはならない。主要なソーシャルチャンネルを操作する手法として頻繁に使われるのが、ゾンビアカウントを作成して偽の 「いいね!」 や 「ビュー」 でコンテンツを溢れさせ、閲覧したコンテンツに影響を与えるやり方だ。これは、工作員がソーシャルメディアを使って虚偽の声明を拡散する選挙介入戦術としてよく知られている。この種の機能は、AIを使っていつ何を検閲し、拡散すべきかを決定するソーシャルアルゴリズムの根本的な欠陥である。

ユーザーを製品のように扱わない

「The Social Dilemma」で提起された問題により、ソーシャルプラットフォームがコンテンツとユーザーダイナミクスを自主規制し、倫理的に運営することの必要性が明確になるはずだ。彼らは、孤立や抑圧などの問題を引き起こす最も操作されやすい技術を見直し、代わりにコミュニティや進歩的な行動、肯定的な属性を促進する方法を模索するべきである。

これを実現するために必要な大きな変革として、プラットフォーム内の広告を排除または削減することが挙げられる。広告のないモデルの場合、プラットフォームが未承諾コンテンツを未承諾ソースから積極的に配信する必要はない。プラットフォーム運営が主に広告によって成り立っている場合、運営者はユーザーをプラットフォーム上に留まらせるためにあらゆる心理的手法およびアルゴリズムベースのトリックを使うことに強い関心を持つ。これはユーザーから利益を吸い上げる数字ゲームである。

より多くの人がサイト上でより多くの時間を費やすことは、すなわち広告を見、広告へ心理的関与が深まることと同義であり、これは収益を意味する。広告のないモデルなら、プラットフォームは、ユーザーの過去の行動に基づきユーザーから感情的な反応を引き出し、サイト内に留まらせ、中毒の度合いを深めようとしなくなるだろう。

クリックベイトを用いずにつながりを促進する

クリックベイトの典型例は、一般的なソーシャル検索ページでよく見られる。ユーザーが特定の種類のコンテンツを示唆する画像やプレビュービデオをクリックすると、関連性に乏しいコンテンツに移動してしまう。これは間違った情報を広めるのに使用可能な手法であり、ニュースを従来の報道機関ではなくソーシャルプラットフォームで視聴している人にとっては特に危険だ。Pew Research Centerによると、55%の成人がソーシャルメディアから 「頻繁に」 または 「時々」 ニュースを得ている。クリックベイト記事が偏向した「偽ニュース」情報を提供しやすくなると、これは重大な問題を引き起こす。

残念なことに、ユーザーがクリックベイトのコンテンツに関与してしまうと、実質上その情報を認め 「投票」 したことになる。この一見無害な行動は、クリックベイトが作成され拡散される金銭的な要因となっている。ソーシャルメディアプラットフォームは積極的にクリックベイトを禁止または制限すべきである。Facebookをはじめとする企業の経営陣は、クリックベイトの禁止に関し「言論の自由」を盾に反論することが多い。しかし、クリックベイトを禁止する目的は、論争の的となる話題を阻止する検閲としてではなく、誤ったコンテンツからユーザーを保護することだと考えるべきだ。それは信頼を培い情報共有を促すことであり、これは投稿内容が事実に裏打ちされているものであれば達成しやすい。

「The Social Dilemma」が、ソーシャルメディアとソーシャルプラットフォームが日常生活の中で果たす役割について活発な対話を促す、意義のある映画であることは間違いない。この業界は、人間の心理を食い物にすることなく、人と人がつながるより魅力的な本物の空間を作るために、変わる必要がある。

難しい注文だが、長期的にはユーザーとプラットフォーム双方に利益をもたらすだろう。ソーシャルメディアは今なお重要なデジタルを介したつながりを生み出し、前向きな変化と議論を促進する役割を果たしている。今こそプラットフォームがこれらの変革の必要性に注目し、責任を持つべき時である。従来とは異なる、操作される可能性の低いアプローチを取る、より規模の小さな新興プラットフォームにはチャンスが生じるだろう。

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タグ:SNS コラム

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(翻訳:Dragonfly)

エクイティ報酬における本当の公正の必要性

著者紹介:Carine Schneider(キャリン・シュナイダー)氏はAST Financial(ASTファイナンシャル)事業部AST Private Company Solutions, Inc.(株式会社ASTプライベート・カンパニー・ソシューションズ)の社長を務めている。

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私のキャリアは1980年代中盤のOracle(オラクル)から始まり、おなじみの界隈、特にシリコンバレーでフォーチュン50からグローバルコンサルティング企業まで、さまざまな企業で働いたり、提携したりしながら、現在率いるSaaS企業を含む数多くのスタートアップを先導してきた。私はキャリアを通じてテクノロジー企業との連携で特定分野を開拓してきただけでなく、グローバル報酬プログラムの設計や実装にも重点を置いてきた。

つまり、テクノロジーと報酬の仕組みの2つに関しては熟知している。

私が35年以上にわたり目の当たりにしてきた報酬の進化は飛躍的だ。中でも女性の地位と報酬においては本質的にとてつもない変化、主に良い方向への変化を遂げている。だが、中には外見だけ取り繕っているというケースもあるのが現実だ。企業が、多様性を重視する強固な文化を持っていると公表するのは、良いPRになる。優れた人材を引き寄せることができるからだ。だがそれを有言実行しないと、社員の大量退職や訴訟に発展する場合がある。最近で言うと、Pinterest(ピンタレスト)Carta(カルタ)がそうだ。

男女における報酬の平等へのコミットメントを公表しているIntel(インテル)、Salesforce(セールスフォース)、Apple(アップル)のような企業では、もう何も確認することはないのだろうか?いや、実際にはまだまだ最終ゴールには程遠い。 もちろんガラスの天井にひびは入ったが、ロングテールで多岐に及ぶ女性への報酬に関する、深刻かつ大きな未解決の溝が、特にスタートアップでは埋まっていない。企業のストックオプションといった経済的報酬の基本的な措置が、同一賃金の会話で検討さえされないことも多い。

基本的に進捗していることは明らかだが、控えめに言っても報酬の男女差は未完の計画だ。近年、米国労働統計局によって、白人女性の報酬は白人男性の83.3%、アフリカ系アメリカ人女性の報酬は同男性の93.7%、アジア人女性の報酬は77.1%、ヒスパニック系の女性の報酬は85.1%であったことが判明している

Payscale(ペイスケール)によると、収入の中央値で比べた男性と女性の賃金差は2015年以降、たったの0.07ドル(約7円)減っただけで、2020年では、男性が1ドル(約105円)稼ぐところを女性は0.81ドル(約85円)となっている。長期的にみて、40年間のキャリアで与えられる推定昇給額を計算すると、女性は自身のキャリアを通じて90万ドル(約9500万円)ほど損失する可能性がある。

だがこれは氷山の一角にすぎない。性別による報酬格差を単に脱し、現金給与格差だけになったとしても、まだほかにも見直すべきところがある。有名な商品宣伝のセリフ「ちょっと待ってください!まだほかにもあります!」を引用するが、私はその「まだほかにも」がもっともっと問題だと思う。

シリコンバレーやニューヨークのシリコンアレーなどの革新的なスタートアップが引き続きビジネス環境を新しい形に整える中で、ほとんどのスタートアップが聡明な起業家精神あふれる人材を引き付けることができる方法は何なのか?企業には素晴らしいアイデアと、もしかしたらサンドヒルロード(シリコンバレーの心臓部)のVCへの足掛かりがあるだけなので、給料でないことは明白だ。高給も充実した手当もない。その代わりに株式/エクイティ報酬というお馴染みのニンジンをぶら下げる。

「あなたがApple(アップル)にいけば、18万ドル(約1900万円)は得られることは承知しています。でも当社は4万8000ドル(約500万円)と現在1株あたり62ドル(約6500円)の自社株式1000株を用意します。ベイエリアのエリートぞろいの当社の役員会では、株価は2年間で急騰すると予想しています。公開されるのを待つだけです」。

少なくともあなたが有望な男性だったら、これは口説き文句だ。だが女性の場合は歴史的に、さまざまな理由でこうした有利な報酬パッケージから取り残される傾向なのだ。

どうしてこうなったのか?ビジネス文化を推進させるだけでなく、株式会社の報酬と株式分配における不平等を解決するための法的措置はあるが、株式会社が株式値上がり益の分配や管理をする方法については、何も制定されていない。そして言うまでもなく、値上がり益は莫大になる可能性がある。

これは道理にかなっている。多くの企業は、さらには世間知らずの求職者でさえ、株式を役職/報酬(2つは繋がっている)や手当の先にある、報酬の「第三の柱」として考えているのだ。誤って導かれているのであるが、男女の給料格差を考える多くの人にとって、スタートアップの株式は最重要ではなく、無視または誤解されることが多い。

「Journal of Applied Psychology(ジャーナル・オブ・アプライド・サイコロジー)」で公表された最新の調査によると、男女間のエクイティベースの報酬の差は15%~30%であるという。会社での職務や勤務年数の差を含め、女性の給与が歴史的に男性よりも少ない一般的な理由の説明を超えている。こうした企業の多くが大規模な査定に取りかかる予定で、中には利益をもたらすIPOや買収に取りかかる企業もあるそうだ。

これは私が大分前に認識した問題であり、ニューヨークベースの親会社ASTを代表して、ベイエリアのスタートアップを先導することに同意した大きな理由だ。私は、共有の倫理基準によって植え付けられた純粋に公平な文化へのコミットメント、男女平等を支援する企業の方が業績もリターンも良いという信念、多様性が独自の視点をもたらし、人材の確保を促し、より強固な文化を築いて、クライアントの満足を支援するという確信を得た。

業界仲間と話す際に、CEO(男性でも女性でも)が解決のために尽くしていることが分かる。私は、報酬についての幅広い概観をつくることが、スタートアップや、グローバル複合企業、その中間のすべての企業にとって不可欠だと信じている。あなたが指導的地位にいて、これが自社で解決が必要な課題であると認識しているのであれば、次の手順を実施することをお勧めする。

  1. データを確認:分析する。これが自社で本当に問題になっているか確認し、もしそうであれば、均等な機会作りにコミットする。改善戦略を通じてサポートできる経験豊富なコンサルタントは大勢いる。
  2. 主観を取り除く:独立した裁定人を雇用しデータを分析してもらう。これにより権力闘争や感情、作業生産物の先入観を排除できる。
  3. バンド型報酬を作成:政府のGS制度のように、特定の役割のバンド型報酬といった給与等級制度を設ける。人材を雇用する前に、その職務が割り当てられるバンド(給与の幅)を決める。
  4. 優秀な人材に権限を持たせる:社内で平等を本当に推進する優秀な人材、つまり会社全体における平等性の実現に基づいて業績を評価された人材を特定し、権限を持たせる。人事部長に任命する代わりに、チーフ・ダイバーシティ・オフィサー(Chief Diversity Officer、CDO)の役職を与える。結局これは、給与や保険手当よりも大きい。これは会社の文化であり、よって基盤となる。
  5. 役員会を参画させる:平等性が重要な理由について役員会を教育する。役員会がこれを重視しない場合は、最終的には重要でなくなってしまう。企業に監査委員会議長や指名・推薦議長を設け、「社風担当議長」を特定する。

私たちが最初に作成したレポートの1つは「給与比較レポート」だ。マネジメント職の誰もが簡単に使えるツールで、全従業員の株式付与を確認し、異なる人種や性別間で平等性を実現できる。確認しようという気があれば容易にできる。

私が大学を卒業し、ロナルド・レーガンが大統領であった年、私たちは女性がガラスの天井を突き破る可能性について話していた。長年を経た現在、手をたたくだけでスイッチの切り替えができる照明が開発されたし、ほとんどの人はスーパーコンピューターを手に歩き回っている。報酬の3柱(現金、手当、株式)を含む、男女における平等な報酬を優先事項として要求することは、本当に無理難題なのだろうか?

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(翻訳:Dragonfly)

社会正義のために行動することは企業使命から「気を散らす」ことにはならない

著者紹介:Eileen Burbidge(アイリーン・バーブリッジ)氏。ロンドンに拠点を置くアーリーステージテクノロジーベンチャー基金であるPassion Capital(パッションキャピタル)のビジネスパートナー。英国大蔵省フィンテック特使。

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ご存じかもしれないが、Coinbase(コインベース)のCEOであるBrian Armstrong(ブライアン・アームストロング)氏が、企業ブログで「Coinbase is a mission focused company(コインベースは使命に注力する企業)」という記事を書いた。この記事は賛否両論を巻き起こし、その議論はしばらく続いている。私はこの件について個人的にそれほど関心がなかった。

Twitterでリツイートを1回、リプライを2回行い、「いいね」を数回押した程度だ。しかしその次の日に、あるジャーナリストから、この件について記事を書いているのだが、そこに掲載できるコメントはないかと尋ねられたため、1、2行のコメントを送ることにした。だが結局、最後には次のような月並みな文に落ち着いた。

これは非常に敏感かつ微妙で、個人的な話題であり、よく考えずに軽率な意見を言うような無責任なことはしたくない。

実際、質問に回答しないことにより責任を回避することは非常に重要であると私は思う。

アームストロング氏の意図は理解しているつもりだ。テクノロジー企業として(またはその他の分野で)進歩的であると見なされることを除けば、コインベースがさまざまな意見を持つ人を尊重する包容力のある企業となることを望んでおり、政治運動や社会運動によって分裂した「気を散らされる」(本人の発言)ような職場にはしたくないということだ。

しかし、アームストロング氏の記事は、同氏が非常に恵まれた特権階級であることを印象付ける結果となった。コインベースのCEOとしての仕事が楽であるとか、人生で苦労していないとかということを言っているのではない。社会運動によって「気を散らされたくない」と考えていることを言っているのだ。人権に関心を持つこと、自分たちの周りで起こっていることが正義かどうか考えることによって気が散るというのだから。

つまり、アームストロング氏は、毎朝、目を覚ました時に、制度化された人種差別や組織的な迫害が自分に及ぼす影響について心配する必要などない類の人なのだ。テールライトが割れているからといって運転している車を問答無用で止められ、車内を物色され、車外に出るようにと命令される(場合によってはさらにエスカレートする)ような事態に自分が遭うとは夢にも思っておらず、性的嗜好について憶測されて嘲笑や身体的な危害を受ける人の気持ちもまったく理解できない。米国における白人至上主義の高まりによって、企業使命への「注力」に影響が出るなどとは考えてもいない。職場で無視されたり、中傷されたり、無礼に話に割り込まれたりすることを心配する必要がない類の人なのだ。

アームストロング氏の記事を読んで、夏のころに何人かの友人が話していたことを思いだした。友人たちは、米国のBlack Lives Matterの抗議活動に関して、警官による暴力行為の動画をいちいち見ないようにすると言っていた。確かに、私はそのような動画をいささか見すぎていたかもしれない。手助けしたり何かを変えたりできないことへのフラストレーションや無力感を募らせていただけだったのだから。それでも、友人たちは、次々に公開される動画を見なくてもよいのは一種の恵まれた特権だと認めていた。

そう、友人たちは動画を見なくてもよかった。もちろん、動画を見るように強制されている人は誰もいない。でも、友人たちにとって不公正や不公平は心に焼き付いた禍根ではなかったため、スイッチを切りさえすればそのことを忘れられたのだ。この特権を持つ人たちにとって、動画の中の出来事は他人事である。道を歩く際にも、警察と話す際にも、何ら影響はない。警官による暴力行為の犠牲者が家族や身近な友人、顔見知りの人なのではないかと心配することもなく、そもそもそんなことを考えもしない。

ブライアン・アームストロング氏は自分の発言の場やリーダーとしての地位を利用して政治的な談話を発表することはないと書いたが、これは同氏がこの特権を持っているから言えることである。他の人たちは、不公正への懸念や恐れから、自分自身や他の人、特に発言力の弱い人や声を上げられない人のために口を開くことを余儀なくされているのだ。

アームストロング氏は記事の中で、コインベースが、社会的偏見を受けている背景を持つ求職者を採用すること、無意識の偏見を減らすこと、社会的背景・性的嗜好・人種・性別・年齢などにかかわりなくすべての人が受け入れられる環境を促進することといった「企業使命の達成に役立つことに注力する」と繰り返し述べている。アームストロング氏がこのような分野の重要性を認識しているのは喜ばしいことであるが、この記載のすぐ後で同氏は、コインベースが「広範な社会問題」に関与したり政治運動を唱導したりすることはないと述べている。社会の最初の基本的な権利が独りでに出来上がった、とアームストロング氏は考えているのだろうか。

性的嗜好・人種・性別・年齢が異なる人の間での平等性を確立しなければならないということ自体がそもそも奇妙であるが、そのような平等性がこれまで常に労働法で保護されてきたわけではない。私は女性が妊娠を機に解雇されるのを何度も見てきた。これはまさに「広範な社会問題」に関係することである。これまでに法の下での公平と平等がある程度実現されてきたものの、この権利の基盤はいまだに信じられないほど脆弱である。アームストロング氏はこれまでに確立されてきた権利を擁護して支持するが、さらに積極的に関与する理由はないと述べたが、そのような主張は合理的と言えるだろうか。同氏の関心がある分野に関していえば、これまでの議論と運動によって権利が十分確立されており、残っているその他の分野については「気を散らす」ものだと言わんばかりである。

そして、その確立されている権利というのが、特権である。

もちろん、コインベースはアームストロング氏の会社であり、その会社にふさわしい「使命」や規則を決めるのは紛れもなく同氏の特権である。ある人たちはアームストロング氏の主張への同意を表明しており、「勇気を持って」この主張を行っている同氏を称賛するとまで言っている人もいる。私が懸念しているのは、アームストロング氏や同氏の支持者たちが自分たちの特権の限界を理解しておらず、テクノロジー企業・業界の最近の進展や積極的な論議に大きく逆行する可能性があるということだ。近年、立場を明確に表明するブランドや企業に消費者や購買力が引き寄せられている証拠を数多く見てきた。

雰囲気が良いだけ、単にノリが良いだけでは、ブランドが成り立たなくなっている。社会的不公正に対して口を閉ざしていると、消費者の声が聞こえなくなる。特定の人やグループに対する人種差別や迫害を助長したり許容したりする人と関わりがあるブランドであるということ自体、消費者がそのブランドの利用を再考する十分な理由となる。商品やTVコマーシャルで社会運動や人権を公に支援すれば、株価も上がる。商品やサービスがますますコモディティ化する中で、消費者は自分たちの思想を反映するブランドや製品を探すようになってきた。

企業やそのリーダーが政治には関与しないと言う風潮が、あまりにも長い間、許容されてきた。しかし最近、この風潮が変化している。例えば、英国におけるEU離脱の是非を問う国民投票や2016年の米国大統領選挙などの際に、企業やブランドの価値が試され、消費者からの評価が変わった。消費者やすべての株主にとって、このトレンドを逃すのは残念なことである。

企業のリーダーが社会活動によって「気を散らされたくない」といった意見を主張する場合は、その企業の投資家、株主、従業員が、対話や行動によって成し遂げられる影響の大きさを実証する一助となってほしいものである。

沈黙を守る人たちではなく、チームのメンバーや同僚を支えようとする人たちこそ、最高の仕事をして、最高のチームを形成する人たちなのである。

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タグ:コラム 政治 差別

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(翻訳:Dragonfly)

起業家精神とソーシャルグッドとしての投資

著者紹介:Sree Kolli(スリー・コリ)氏は、全世界の優秀な事業者、ファミリーオフィス、選ばれたVCと創業者を繋ぐプレミアム投資プラットフォームのConduit(コンジット)の共同創設者。

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2020年は社会的動乱の年だ。世界各国で、文化に潜むさまざまな問題が社会的にあぶり出され、さまざまな変化が推し進められている。排他的な企業ポリシーを改めたり、行動を伴う嘆願書に署名したりなど、私たちの誰もが取りうる重要な手段がある一方で、VCと投資の世界にはそれとは別の、しばしば見過ごされがちな選択肢がある。世界を変えるスタートアップに投資することだ。

エンジェル投資家たちと機関投資ファンドは徐々に、資金の一部を多様性やソーシャルグッドに焦点を合わせるスタートアップに配分し始めている。 重視するのは医療や福祉への民主化されたアクセスであったり、気候変動のようにより大規模な問題であったりする。

ソーシャルグッドに力を貸すために資金を移転するということは、一見して手に余る業のように思えるかも知れないが、投資家たちはこの思考の変化を3つのシンプルな手順で受け入れられるようになる。3つの手順とは(1)停滞している投資を再配分すること、(2)チェンジメーカーとなるスタートアップに出会うための民主化されたアクセスを活用すること、そして(3)成功に向けて軌道に乗る創設者の目星を付けることだ。

変化を育む投資により多くを配分すること

世界中のほとんどの資金は停滞中の場所に投資されている。不動産投資であれ、債券やその他の伝統的な組織体であれ、そのような資本が投資家にもたらすリターンは往々にして控えめなものであり、社会に与えるインパクトはごくわずかだ。その考えに悪意はない。

ほとんどのファミリーオフィスや個人資産運用マネージャーは損失を最小化することに熱心で、そういった画一的なポートフォリオは安全なのである。 最も経験豊富な投資家たちでさえ、ポートフォリオにいっそうの多様性を組み入れるべきだ。ソーシャルグッドを推進しつつ高いリターンを得られ利益を生める投資先を判断することになる。投資家たちはいくつかの小さな段階を経てから、いっそう確信を持って自らの戦略を広げればよい。

始めに、思考の枠組みを作り直し、リスクよりもむしろ潜在的な機会に目を向けるようにする。これを実践する良い方法がある。過去5年間にハイリスクな上場株式のパフォーマンスがどのようなものだったかを思い起こし、それをテック分野のベンチャー企業と比べてみるのだ。大きな差異があることと別のリターンを得られたかも知れない機会に、投資家たちは気付くだろう。

この考え方はプロファイル全体をひとつのベンチャーに配分するのではない。むしろ、ポートフォリオの一部をハイリスクな上場株式やファンド構造などの投資セクターに投資すべきであり、それをよりリターンの高い同じようなリスクプロファイルに配分する。この増分を徐々に大きくしながら、15%から開始してゆっくりと拡大すると、過程に変化を生み出しつつも大きなリターンを得やすくなる。

情熱の世界はすぐ手の届くところにある

あらゆる規模のスタートアップにとって、投資家への民主化されたアクセスがあることは、ソーシャルグッドのための資本の活用を促進する。最近まで、世界中の最も裕福な人たちだけがプレミアム資本との接触を持っていたが、クラウドファンディングやアクセラレータープログラムの普及によって新たな機会が引き出され、他の方法ではあり得なかったような関係性が築かれている。

これらの手段は投資家たちとスタートアップの出会いに新たな扉を開いてきた。 シリコンバレーのような進んだネットワークやイノベーションハブは、もはや資本調達を目指す人たちにとって運命を左右する要因ではなくなった。スタートアップにはグローバルな機会が拡大し、投資家たちにとっても、場所にとらわれずに価値観の合う有望なベンチャーを探せる選択肢が増えたということになる。

ただし、クラウドファンディングやアクセラレータープログラムには、世界をいっそうアクセシブルにする一方で相当に大きな課題もある。アーリーステージの投資が身近になったにもかかわらず、往々にしてクラウドファンディングは最も重要な投資家たちを引き込んでいないのだ。

また、クラウドファンディングではプラットフォームに質の低い案件が殺到し、実りある機会を得るのは投資家にとってもいっそう骨が折れる。一方で、さまざまなアクセラレーターやインキュベーションプラットフォームが台頭している。先進的かつグローバルな繋がりを持つものだが、こちらは至って静かなことが多い。

成功する起業家に必要なのは資本だけではない。意思決定を手助けし、インパクトをもたらすやり方で事業を拡大する支えとなれる経験豊富な投資家たちから、戦略面でのサポートを受けることが必要だ。アイデアの世界はすぐ手が届く場所にあるのだから、投資家たちは選択肢をじっくりとふるいにかけ、質の高い案件を優先しながら、有望な関係性を厳選して提供するプラットフォームに目を向け、最も感動するアイデアを見つけるべきだ。

成功に向けて準備ができている起業家に力を貸す

今はスタートアップに投資する良いタイミングだ。パンデミックの期間中にイノベーションを行った人たちは、安全な経済に安住した人たちよりも動きが3倍速い。ただしタイミングが良いだけでなく、かみ合いも同じくらい重要だ。私はポテンシャルに投資することについては信念を持っている。 強気であること、揺るぎない粘り強さと共感力があることは、革新的なアイデアの実現を支える望ましい資質である。

投資家が力強いビジョンと人材を惹きつける力がある情熱的なリーダーに資金を提供するならば、意味あるものを手にするための下地作りがある。投資するチェンジメーカーを検討するとき、こう自問しよう。この会社を築き上げるのにふさわしい人物か?人材を惹きつけ導く力がある人たちか?市場の大きさは十分か、そして周りで会社を立ち上げることの支障になるのに十分な大きな問題があるか?

これらすべての問いへの答えがイエスでない場合は、理論的に出口を見いだせるか、あるいはその会社がプレシードまたはシリーズAか、彼らに会社をほどよい規模へと拡大する能力があるかどうかを正確に評価することが重要だ。

それでもスタートアップに投資するのは、相手の狙いがどれほど良かろうと、投資家には怖いことかもしれない。そんな不安を克服する方法のひとつに、リスクが低そうなよりレイトステージのスタートアップに投資し、それから自分のペースでアーリーステージのスタートアップを手掛けるという方法がある。特別目的会社(SPAC)もまた興味深い投資の選択肢になりつつある。

SPACとはIPOを通じ投資資本を調達することを唯一の目的として設立される企業だ。その収益を使用して既存の会社を1社または複数購入する。リスクを嫌う投資家のコンフォートゾーンを広げて不安を減らせる選択肢だ。

ソーシャルグッドを受け入れるために投資家が取る戦略は、どのようなものでも正しい方向への一歩だ。資本とはイノベーションに力を与えインパクトのある変化を起こすための具体的な手段なのだ。

スタートアップへの民主化されたアクセスがあることで、投資家たちには価値観の合うベンチャーを見つける機会が増え、プロファイルの多様化を図ることがとてつもない成果をもたらす可能性がある。そのリターンが現状を打ち破り、社会的な変化に力を与えることになれば、誰もが恩恵を得るのだ。

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カテゴリー:VC / エンジェル

タグ:コラム   起業家精神

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(翻訳:Dragonfly)

テクノロジー企業は独立業務請負人の扱い方を徹底的に見直すべきだ

著者紹介:Adam Jackson(アダム・ジャクソン)氏は、組織と世界水準の技術人材を結ぶ、初めてのユーザー主導型人材ネットワークBraintrust(ブレイントラスト)の最高経営責任者(CEO)だ。彼は遠隔診療企業Doctor On Demand(ドクター・オンデマンド)とブロックチェーンにフォーカスしたデジタルアセットマネジメント企業Cambrian Asset Management(キャンブリアン・アセットマネジメント)の共同創業者でもある。

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株式市場が急騰し、大手テクノロジー企業の多くが過去最高の四半期収益を達成しているにも関わらず、テクノロジー企業やその他の米国実業界全体で、いまだに解雇される人々がいる。Salesforce(セールスフォース)は四半期利益が50億ドル(約5260億円)を超える過去最大を記録したが、約1000人を解雇した。LinkedIn(リンクトイン)は10パーセントの収益増を報告した翌日に、960人を解雇している。

このような解雇は大企業にとってはサイズの縮小程度に思えるかもしれないが、実際には「The Great Unbundling of Corporate America(米国実業界の大変化)」と私が呼んでいるものの始まりだ。企業はまだ成長し、イノベーションを実現し、仕事を成し遂げる必要があるため、簡単にプロジェクトをキャンセルしたり契約を断念したりはしない。

新型コロナウイルス感染症によりリモートワークへ向けた動きが加速したように、我々が直面する現在の危機により独立業務請負人を雇用する傾向が加速している。2019年の『New York Times(ニューヨーク・タイムズ)』の記事によると、Google(グーグル)は12万1000人の派遣社員と契約社員を雇っていた。こうした人たちは影の労働力と呼ばれ、正社員の人数10万2000人を上回っていた。2018年のZipRecruiter(ジップリクルーター)の報告によると、テクノロジー企業における雇用の記録的拡大とともに、独立業務請負人の雇用比率は増加を示していた

Bureau of Labor Statistics(アメリカ合衆国労働統計局)の調査では、現在、総労働力の6.9パーセントから9.6パーセントが独立業務請負人であることがわかった。Upwork(アップワーク)によると、実際は35パーセントに上る可能性がある。ここで重要なことは、企業が今この時を独立業務請負人に振り子を振る機会として利用し、企業の贅肉をそぎ落とそうとしていることだ。そして、「前例のない時期」への対応をあいまいにしたまま、そのことを正当化している。

私の考えでは、世の中の混乱にもかかわらずNASDAQ(ナスダック)が最高値を更新しているのは、こういった理由からだ。気が滅入るような話だが、大企業が締め付けを強め、無駄なものを一掃している一方で、自由に採用、解雇できる手頃な労働力を手に入れていることを投資家はわかっている。大企業はオフィス空間から自由になったように、決まった数の従業員を持つことからも自由になろうとしている。

Square(スクエア)は全従業員が永続的にリモートで働くことを許可した。これは、従業員たちに創造的、生産的であってほしいという思いからだけでなく、かなり高額で無駄なオフィススペースを手放したいという思いもあったようだ。

同様に、もし融通が利く独立業務請負人ができる仕事を正社員がやっていたら、そこも変えたいと思うのが当然だ。それに、オフィスにそんなに多くの人がいない方が、ずっと楽だろう。

しかし、この議論で私が言いたいのは、独立業務請負人を使うことに反対だということではない。

過去に、フリーランスビジネスを始める方が望ましかったとき、というのを思いつかない。今、起業コストはかなり低くなっている。企業がリモートワークへと移行する中、理論上はビジネスを今までとは違い、国家的に(もしくは国際的に)捉えることができる。企業が正社員を独立業務請負人と入れ替える動きは、自分だけの小規模フリーランス企業を立ち上げるチャンスだ。米国の実業界が求める労働時間から自由になり、自分の収入がどのような会社からも影響を受けないようにすることで、この先の苦難の時を切り抜ける方法を作り出せるかもしれない。

リモートワークへの移行が急がれているということは、多くの労働者がフリーランス経済へと向かう可能性もある。リモートオフィスを整えなければならない、会議はリモート出席、それに毎日を管理し段取りしなければならない。そうやって普通の労働者はフリーランサーの生活にほとんど適応してきた。

オフィスに通っていた人は、物事が単純に起こるだけ、という状態だったかもしれない。それに対し、リモートの世界はカレンダーに注意を払わなければならないし、同僚に積極的に働きかけなければならない。それがフリーランスビジネス運営のやり方のモデルになる。市場価値があり、複数の顧客に売ることができるコアな知識や能力を持っている人は、賃金生活者でいることがまだ必要なのか、きちんとした理由があるのか、それを考えるべきだ。

とはいえ、米国の実業界、特にテクノロジー企業は、この必要不可欠な働き手を今まで以上に大きな共感と敬意を持って待遇しなければならない。

Uber(ウーバー)やLyft(リフト)はドライバーを従業員として扱うよう命じられた。契約社員を会社の一員として扱ってこなかったことが1つの原因になっている。諸手当(有給休暇や健康保険など)が明らかに足りないだけでなく、ウーバーは多くの大企業と同様、契約社員を融通が利く人員としてではなく、いつでも解雇できる人員として扱っている。契約社員はこの会社における正真正銘の原動力であるにもかかわらず、である。ウーバーが株式を公開したとき、2500回から4万回仕事をしたドライバーに、ごくわずかのボーナスが出た。それとともに最高1万ドル(約105万円)分の株式をIPO価格で購入するチャンスが与えられた。ウーバーが株式を公開したときに多くの人々が百万長者、億万長者になったのは、まさにこうしたドライバーたちのおかげだったが、このドライバーたちには、もし株式を素早く売れば収入が得られるかもしれないというチャンスが与えられただけだった。

これは独立業務請負人のロイヤルティを生み出すうえで、非常に悪い見本だ。独立業務請負人を搾取して事業を確立しようとする大企業にとっては良い見本となる。

私が提案したいのは、フリーランス契約の徹底した見直しだ。独立業務請負人を、正社員の雇用を避けるための手段としてでなく、まったく違うタイプの労働者として考えてほしい。定義によればフリーランサーとは、独占されず、積極的に仕事が斡旋されるべき者であり、構築されたネットワークの一員である。米国の実業界における自由契約労働へのアプローチに関して問題の1つとなっているのが、雇用に対する「我々」対「彼ら」というアプローチだ。我々の一員なのか、単なる使い捨ての存在なのか、どっちなんだという考え方である。私が提案しているのは、フリーランサーを企業戦略の必要不可欠な一部として扱い、相応に報いることだ。フリーランサーは自分の株主所有権を獲得し、個人的に関与していくべきだ。フリーランサーが数多くのプロジェクトに協力し、会社の歴史の中でも大きな成功を獲得してくれるかもしれない。

フリーランスワーカーの扱いが原因で、請負の仕事が単なる報酬目当てになっている。テクノロジー企業は、何十万人もの独立業務請負人の職を生み出すことに成功してからは、独立業務請負人の待遇の仕方や、仕事に対する報酬の与え方を先陣を切って見直すことが必要である。そして、米国の実業界は、独立業務請負人をビジネスを行うための単なる安くて楽な手段とみなすことをやめる必要がある。彼らにはもっとずっと価値があるのだから。

関連記事:医療労働者向けの人材マーケットプレイスが従来の派遣システムより優れている理由

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(翻訳:Dragonfly)

医療労働者向けの人材マーケットプレイスが従来の派遣システムより優れている理由

著者紹介:Jeff Fluhr(ジェフ・フルー)氏はCraft Ventures(クラフト・ベンチャーズ)のジェネラルパートナーで、StubHub(スタッブハブ)の元CEO。マーケットプレイス事業を構築する専門家でもある。

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ここ数か月、米国各地では医療需要の激しい変動が続いている。一部の都市の病院には新型コロナウイルス感染症の患者が押し寄せているが、別の都市の病院では患者が待機手術や命に関わらない治療を延期したため閑古鳥が鳴いている(そして財政難にも直面している場合が多い)。多くの都市がわずか数か月の間に比較的安全なゾーンから危険なホットスポットに変わり、また元の状態に戻っている。

この「コロナ大変動」は、医療労働者を派遣する体制が非常に非効率であるという、米国の医療体制において長年にわたりくすぶっていた問題点を浮き彫りにした。医療労働者市場には新たなパラダイムが必要だ。

パンデミックによって明らかになった派遣体制の脆弱性

パンデミックが始まったばかりの頃、ニューヨーク州のAndrew Cuomo(アンドリュー・クオモ)知事の支援要請に応えて他州から駆け付けた多くの医療従事者が、到着するなり「派遣契約はキャンセルされた」と言われたという。病院側が需要を過大に見積もっていたのがその原因だった。パンデミック発生のはるか前から、看護師や医師の過不足状況は州によって異なっていた。しかしそれが、パンデミックの勢いが最高潮に達する中で恐ろしいまでに深刻な問題となった。米国では、医療従事者が自宅待機や一時解雇となった都市もあれば、命を救うために医療従事者が限界まで休みなく働き続けることを余儀なくされた都市もある。ニューヨーク、デトロイト、マイアミ、フェニックス、ロサンゼルスなど、毎月新たなホットスポットが発生し、どのホットスポットも、医療労働者が不足したせいで最悪の事態に陥りそうになった。

新型コロナウイルス感染症への対応はマラソンのような長期戦となり、国民全体に深刻なストレス、うつ、心労をもたらしているが、そのような被害に最も苦しんでいるのが医療サービス従事者だ。医療従事者の燃え尽きはコロナ禍以前にも深刻な問題だったが、最近の数か月でその深刻度が、特に地理的なホットスポットで働く人たちの間で悪化している。

医療労働者は米国全土において、多くの場合は個人用保護具(PPE)の深刻な不足により自身の感染リスクが増大する中、大勢の急性疾患者に対応してきた。同僚が体調を崩したり、時には亡くなったりするのを見てきた医療労働者も多い。患者の治療に優先順位をつけるよう命じられた人もいる。医療の最前線で働く人たちのうつ、心労、不眠、精神的苦痛の症例が増加し、なかには自殺に至った医療従事者もいることが、複数研究によって証明されている。

従来型の人材派遣制度の問題点

パンデミック前から、米国の医療体制は長い間、季節的および地理的な理由による医療需要の変動に対応してきた。例えば、風邪が流行する12月には7月に比べて医療需要が高くなる。また、フロリダ州では6月より2月の医療需要が高い。冬場は北東部州からフロリダ州にやってくる避寒者が増えるためだ。

従来は、派遣や臨時雇用の医療従事者(派遣看護師、日雇い看護師、臨時代理医師)が、季節的および地理的な需要の変動に対応するための労働力を供給してきた。そして、派遣会社がそのような医療従事者と連絡を取り、病院、外来外科センター、長期ケア施設、その他の医療施設の求人案件を紹介してきた。派遣雇用の医療従事者が医療業界の労働力にとって重要な存在であることに、多くの人は気づいていない。推定によると、米国の総看護時間のうち30%以上は補充職員によるものだという。

しかし、時代遅れのツールやプロセスを使い続けている派遣会社では、パンデミックに対応できるほどのスピードと規模を実現できない。派遣会社のリクルート担当者は電話やメールで人材を集めようとするが、当の医療従事者たちは、間が悪く望んでもいないそのような電話やメールを迷惑だと感じていることが多い。より重要なこととして、最近の6か月間のように、異なる地理的地域で医療需要が想定外に急増した場合、そのようなツールを使っていては間に合わない。

時代遅れの規制にも問題がある。看護師への免許交付は州ごとに行われるため、免許が取得できていない州では看護師として働くことができず、それが障害となる。約35の州が、免許の相互承認を可能にする看護師免許協定に加盟しているが、パンデミック初期に大きな被害を受けた大都市がある州(カリフォルニア州、ニューヨーク州、ワシントン州)はこの協定に加盟していない。カリフォルニア州では、他州の看護師が免許を取得するのに平均で6週間かかるが、新型コロナウイルス感染症の感染者が同州で急激に増えているときでさえも、免許取得にかかる時間は変わらなかった。

看護師免許協定に加盟していない州の中には、執行命令や緊急宣言によって他州の看護師が働けるようにしたところもあるが、現在、その多くが有効期限を迎えようとしている。また、そのような命令や宣言はそもそも長期的な解決策として意図されたものではない。パンデミックがきっかけで、新しい規制が必要であることが浮き彫りになった。それは、以下に詳述するように、医療従事者が州をまたいで自由に働けるようにするためだ。実際のところ、カリフォルニア州の患者や病気と、テキサス州の患者や病気との間に、別個の規制基準や免許要件が必要なほど大きな違いなどないはずだ。

解決策:医療労働者向けの人材マーケットプレイス

迅速な対応、医療従事者にとっての利便性、効率的なマッチングの面で改善を図りたいなら、昔ながらの人材派遣会社の手法から抜け出す必要がある。喜ばしいのは、ソフトウェア中心型のモデル、すなわち、医療労働者向けの人材マーケットプレイスという方法でこの問題を解決しようと取り組んでいる企業が出てきていることだ。このようなマーケットプレイスを運営している企業には、例えば、Trusted Health(トラステッド・ヘルス)Nomad Health(ノマド・ヘルス)などがある。

筆者が20年前に起業したStubHub(スタッブハブ)と同じように、前述のようなマーケットプレイスはインターネットの力を活用して供給と需要を結びつける。医療労働者向けの人材マーケットプレイスの場合、医療従事者が供給側、病院や他の医療施設が需要側となる。医療従事者は、各病院の求人情報をつぶさに見て回ったり、リクルート担当者からの電話をさばいたりせずとも、自分のスキルや経験に合う求人情報をすべて一度に見ることができ、給与や職務内容に関する情報も得られる。自分の都合の良いときにマーケットプレイスをチェックできるので、大量の電話やメールにわずらわされることがない。

医療従事者は、好きなタイミングで労働力プールに出入りできる。これは、ストレスの軽減や、ワークライフバランスを向上させて燃え尽きを防ぐのに役立つ。例えば、看護師の場合、冬の間はフロリダの避寒者に対応したいと考えてマーケットプレイスを利用することもできるし、夏は休暇を取り、風邪が流行する季節に働くことを選ぶこともできる。マーケットプレイスを使えば、十分に活用されていない医療従事者を需要がある地理的地域や病院に配置でき、彼らに所得を得る機会を与えることが可能だ。病院や他の医療サービス施設にとっても、このようにシンプルなクラウドベースのマーケットプレイスは、増員が最も必要なタイミングで迅速に労働力を手配するための有効な手段となる。

マーケットプレイスにはもっと多くの臨時雇用者が必要

人材派遣会社というパラダイムの場合、ある病院で需要が急増したときに、その病院は人材派遣会社に連絡して派遣雇用の医療従事者を手配してもらわなければならない。複数の病院で構成されるシステムであれば、予期せぬ需要増に直面している病院へ、同じシステム内にある需要の低い病院から医療従事者を動かすことができる。これが全国規模のマーケットプレイスとなれば、理論上はもっと大きなメリットが見込める。なぜなら、より多くの病院の状況が把握できるため、人員に余力のある病院から最も需要が高い病院へと(病院間に連携関係がない場合でも)リソースを動かすことが可能になるからだ。

パンデミック時には、医療需要が高い地域に自らボランティアとして出向いた勇敢な医師や看護師がいた。しかし実際には、病院にも医療制度にも、医師や看護婦を何の提携関係もない病院へ貸し出すインセンティブはない。そのため、マーケットプレイスには、より多くの医療従事者が(派遣看護師や日雇い看護師などのような)臨時雇用者となることが必要だ。臨時雇用の看護師と正規雇用の看護師の割合が3対7ではなく7対3であれば、リソースの大部分がより多数の病院間で共有されるため、需要の変動にもっと容易に対応できるようになる。このマーケットプレイスが我々の社会に与える影響はさらに大きなものとなるだろう。なぜなら、緊急の必要性が最も高い病院により多くのリソースを配置できるようになるためだ。

臨時雇用者の増加を見込める状況は2つある。1つ目は、正規雇用の医療労働者が、より融通が利くことに魅力を感じて臨時雇用労働者になりたいと考え、単一の病院または医療制度との契約を解除する場合だ。2つ目は、他の業界の労働者が、より多くの臨時雇用案件があるという理由で医療業界へ転職する場合である。どんな経緯にしろ、臨時雇用の医療労働者の供給力強化は、マーケットプレイスという解決策に欠かせない部分だ。

副効用:病院の財政状況の強化

パンデミックの間、米国各地で、病院でコロナウイルスに感染することを恐れた患者たちが待機手術や命に関わらない治療を延期した。その結果、病院は利益率の高い待機手術からの収入を失った。病院の固定費は膨大(大部分は給与)であるため、財政難に苦しむ病院には、政府が何百億ドルもの緊急対策費を給付した。

医療労働者向けの人材マーケットプレイスをより広く導入することには、前述したすべてのメリットに加えて、医療従事者の人件費を固定費から変動費へと移行させて病院の財政的負担を軽減できるというメリットもある。病院では正規雇用職員の数が減り、派遣の臨時雇用労働者の数が増えることになる。需要が減少したら、病院は臨時雇用の医療従事者を減らせばよい。需要が増えたら、マーケットプレイスを利用して人員を増強できる。

米国の医療体制と医療従事者のためにマーケットプレイスという対策を整備することは、長年の懸案だった。パンデミックがきっかけで現体制の脆弱性が浮き彫りになったとはいえ、課題はずっと前からそこにあったのである。他の多くの業界で効率性の向上に貢献してきたテクノロジーとマーケットプレイスというパラダイムを活用すれば、医療体制や、医療従事者のクオリティーオブライフだけでなく、病院の財政状態も改善できる。新型コロナウイルス感染症がもたらした苦難にショック療法を施して、すべての人に役立つより効率的なモデルを開拓する力に変えてしまおう。

* クラフト・ベンチャーズはトラステッド・ヘルスに投資している。

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カテゴリー:HRテック

タグ:医療 コラム

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(翻訳:Dragonfly)

子どもの言うことを理解できない音声アシスタント、授業での使用は困難

著者紹介:Patricia Scanlon(パトリシア・スキャンロン)博士:SoapBox Labs(ソープボックス・ラボ)の創業者兼CEO。ダブリンに本拠を置く同社で、安全かつセキュアな子ども向けの音声認識テクノロジーを開発している。2018年、 Forbes Top 50 Women(フォーブス・女性トップ50)の1人に挙げられた。

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パンデミック発生前、新規のインターネットユーザーの40%以上は子どもたちだった。現在推定で子どもたちのスクリーンタイム(画面を見ている時間)は60%以上長くなっており、12歳以下の子どもについては、1日あたりのスクリーンタイムが5時間を超えている。(これにはメリットもあるが同時に危険性も伴う)。

デジタル・ネイティブたちの技術的な能力には本当に驚かされるが、幼い「リモート学習者たち」の多くは、Edtech(エドテック:教育とテクノロジーを融合させた造語)で必要なキーボード、メニュー、インターフェイスなどの操作に苦戦しており、教育者(と親たち)が頭を悩ませている。

そうした中、音声対応のデジタルアシスタントの登場によって、子どもたちとテクノロジーとのよりスムーズな対話の実現に期待が持てるようになったかに思える。確かに子どもたちはAlexa(アレクサ)やSiri(シリ)に、ビートボックスをやらせたり、ジョークを言わせたり、動物の鳴き真似をさせるのは大好きだ。だが、親や教師たちも認識しているとおり、こうしたデジタルアシスタントシステムは予測可能な範囲内でしか要求を理解できず、子どもたちの要求がそれを逸脱すると、お手上げとなってしまう。

このような問題が起こるのは、アレクサやシリ、Google(グーグル)などの人気の音声アシスタントを動かしている音声認識ソフトウェアが、子どもたちの利用を全く想定していないからである。子どもたちの声、言語、そして行動は、大人たちよりもはるかに複雑だ。

子どもの声は甲高いというだけではない。子どもの声道は細くて短く、声帯は小さく、喉頭も十分に発達していない。そのため、中学生以上の子どもや大人とは音声パターンが大きく異なっている。

下のグラフからすぐに分かるように、音声認識のトレーニングに使用する大人の声のピッチを単純に変更しただけでは、子どもの音声を理解するために必要な複雑な情報を再現することはできない。子どもたちの間でも言語構造とパターンには大きなばらつきがある。構文、発音、文法は年齢とともに飛躍的に進歩するため、音声認識システムの自然言語処理コンポーネントはその点を考慮に入れる必要がある。この複雑さに追い打ちをかけるのが、大人の音声では考慮する必要のない、さまざまな発達段階にある子どもたちに見られる話者間のばらつきである。

音声認識のトレーニングに使用する大人の声のピッチを変更しただけでは、子どもの音声を理解するために必要な複雑な情報を再現することはできない。画像クレジット:ソープボックス・ラボ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子どもの言語行動は大人より変化しやすいだけではなく、不規則で一貫性がない。単語を過度に明瞭に発音したり、特定の音節を伸ばしたり、独り言を言うときに単語に区切りを入れたり、単語を丸ごと省略したりする。子どもの音声パターンは、大人のユーザー向けに構築されたシステムが理解できる一般的なイントネーションには従わない。大人はこうした音声認識デバイスとの対話のしかた、つまり最善の答えを引き出す方法を経験から知っている。しゃんと背筋を伸ばして、頭の中で考えた要求を学習した行動に基づいて修正し、大きく息を吸い声に出して「アレクサ、何とか何とか」という具合に要求を言う。しかし、子どもは、まるで人間に話しかけるように、単純に思いついたままにアレクサやシリに話しかける。返ってくるのは大抵、間違った答えかお決まりの答えだ。

こうした問題は、教育の場ではさらに深刻になる。音声認識システムは、周辺の雑音や教室内の予測不能の出来事に対応するだけでなく、年間を通して変化する子どもたちの話し方や、一般的な小学校で見られるアクセントや方言の違いも考慮する必要がある。体、言語、そして行動による子どもと大人の違いは、子どもが幼いほど著しく大きくなる。つまり、音声認識から最も大きなメリットを受けるべき幼い学習者に対応するのが、開発者にとって最も難しいということなのだ。

子どもたちのさまざまな特異な言語行動を考慮し理解するには、意図的に子どもたちの話し方から学習するよう構築された音声認識システムが必要だ。子どもたちの話し方を、単純に、音声認識で対応すべきアクセントや方言の1つと見なすことはできない。アクセントや方言とは根本的かつ実質的に異なる問題だ。しかもこの特徴は、子どもたちが肉体的かつ言語能力的に成長するにしたがって変化する。

大半の消費者とは異なり、子どもたちにとって正確さは深い意味を持つ。子どもは、正しいのに間違っているとシステムから告げられると(偽陰性反応)、自信を喪失する。逆に、間違っているのに正しいと告げられると(偽陽性反応)、社会情緒的(かつ心理測定的)に害をもたらす危険性がある。アプリ、ゲーム、ロボット、スマートトイといったエンターテイメントの場では、偽陰性または偽陽性の反応が返ってくるとストレスがたまる。学校では、間違った反応や誤解を招く反応、あるいはお決まりの反応が返ってくると、教育的に、あるいは公平さという点で、極めて重大な影響がある。

例えば、音声認識にバイアス(偏見)が存在するという事実についてはさまざまな人が書いているが、こうしたバイアスは子どもたちに有害な影響を及ぼす可能性がある。人口統計的に特定の層に属する、あるいは特定の社会経済的背景を持つ子どもたちに不利にはたらく(偽陽性反応や偽陰性反応を返すような)正確性の低い製品を使うわけにはいかない。数々の調査により、音声が子どもたちにとって非常に効果的なインターフェイスになり得ることが分かってきているが、その音声によって学校特有の既存の偏見や不平等が増幅される危険を見過ごしたり無視することはできない。

音声認識は、家庭でも教室でも子どもたちの強力なツールになる可能性を秘めている。読み書きの能力や言語学習の段階に応じて子どもたちをサポートする際、重大な隔たりを音声認識ツールによって埋めることで、子どもたちは周囲の世界をより良く理解するようになり、周囲の世界からより良く理解されるようになる。これにより、リモートの設定においても確実に機能する、「目に見えない」観察的評価基準の確立という新しい時代を切り開くことができる。しかし、今日の大半の音声認識ツールはこの目標には適していない。シリ、アレクサ、その他の音声アシスタントで採用されているテクノロジーの任務は、明快かつ予測可能な話し方をする大人を理解することであり、基本的にはその役割をうまく果たしている。しかし、子どもたちの音声にも対応できる音声認識システムを実現するには、子どもたちの特殊な声、言語、そして行動に合わせてモデル化された、彼らに反応できるシステムが必要なのである。

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カテゴリー:人工知能・AI

タグ:音声認識 スマートスピーカー コラム

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(翻訳:Dragonfly)

ベンチャー業界が新鋭のマネージャーを積極的に迎え入れるべき理由

著者紹介:Noramay Cadena(ノーラメイ・キャデナ)氏は、エンジニアからベンチャーキャピタリストに転職し、現在MiLA Capital(MiLAキャピタル)Portfolia’s Rising America(ポートフォリアズ・ライジング・アメリカ)の投資をリードしている。

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大抵の場合、機関投資家は、外部からベンチャーに踏み込んで来た者よりも、有名企業から独立したマネージャーを好む。そうしたマネージャーたちは、安全でリスクが低い選択肢に見えるのだ。

そうした印象は、魅力的であり、より注目や資本を集めるのに理想的だと表面上見えるだろう。しかし、実はもっと注目されるべき他の方法がある。それは、VC(ベンチャーキャピタル)に自らの資金で参入してきた新鋭のマネージャーを迎え入れることだ。新鋭マネージャーは、その経験や人格を武器に、確立された業界内でも飛躍できる人材である。

自分の経験を大きく踏まえたうえで、その理由をいくつか挙げていく。2015年、私は自分の資金調達プロセスに便乗し、ベンチャーキャピタルの世界に足を踏み入れた。私は以前、航空宇宙関連の仕事をしていたため、元来、飛行機を組み立てながら操縦するような無茶なことが嫌いだ。ところが、ベンチャーキャピタルの世界に入った時はそのような状況だったのである。それまで、私は十年間も衛星を宇宙に向けて飛ばしていたにも関わらず、ベンチャーキャピタルを始めた時には、猛勉強を強いられた。初めてキャピタルコールのメールを送信した時、その場にいたパートナーたちの表情が思いっきりこわばったことを今でも鮮明に思い出す。我々は、まさに飛行機を操縦しながら操縦方法を学んでいる状態だったのだ。

5年後、我々はMiLAキャピタルの初期資金をすべて配分し終え、身近な技術を開発する創設者のためのエコシステムを構築し、22社に投資した。この時に学んだことをときどき思い返すことがあるが、それは今でもとても役に立っている。

それでは、自ら企業を創設した新鋭のマネージャーが優れた候補者であり、迎え入れるべきなのはなぜなのか、主な理由を7つ挙げよう。

  1. 転職前に、自己という揺るぎないブランドと名声を高めてきた。彼らは、企業の体質に同調して言いなりになることなく、自力で自分を開花させたのだ。彼らの配慮に満ちたリーダーシップ、ツイート、創設者との働き方などは、まさに所有財産である。創設者の信頼を獲得し、契約を成立させるには、信頼性が何もよりも重要である。
  2. 生き残るための道として外国人の求人を積極的に活用してきた。プレスリリースや求人版では、一晩であふれるような応募が来るわけではない。チャンスを増やすために、さまざまな組織、大学、他の投資家とのつながりを確立している。
  3. 自分のポートフォリオを進化させ、生き延びるために努力してきた。第一投資に続いて第二投資を受けるために、新鋭のマネージャーは、自らのポートフォリオで成功例を提示する必要がある。つまりそのマネージャーは、創設者がハードルやチャレンジを乗り越えられるようサポートするために、第一線で尽力してきたこと、さらにスタートアップ企業の真のパートナーとして行動するにはどうすればよいかを理解していることになる。
  4. 大きい問題から些細な問題まで気苦労に慣れているからこそ、心配事を軽減するという能力を高く評価しているのである。税金やインターネットの請求書の支払い、インターンを雇うための資金調達、ウェブサイトの更新など、起業には、重大事項と共に、とても細かい作業も伴う。それは、創設者と同じように新鋭のマネージャーは、さまざまな役割をこなし、トイレ掃除や物品購入など、雑事を何でもこなすのに慣れているということだ。
  5. ファンド開発の過程で人格を磨いてきた。新鋭のファンドマネージャーは、必要なことを学び終える前に、仕事をスタートさせてきた。常に学び、実践してきたし、寝ている時でさえ「どうして今なのか」「どうして自分なのだ」と答えもないのに、自問し続けてきた。2019年、First Republic Bank(ファースト・リパブリック銀行)によると、米国に存在するマイクロベンチャーキャピタルの数は1000社に達しようとしており、2015年から毎年100社以上増え続けている。こうした事実にも関わらず、新鋭のマネージャーたちはその中において、個性を発揮し、頭角を現し、自身のコンセプトを証明する機会を勝ち取ったということだ。このようにして、周りに共有できる経験を積み、度胸もついたことだろう。
  6. ベンチャーでのキャリアを築くために、おそらくたくさんのことを犠牲にしてきただろう。ファンドの構築は時間がかかるうえ、見合った報酬がすぐに得られるわけでもない。この事実を受け入れて粘り強く努力できる人は、長期間の見通しを立てる習慣が身についているということであり(これはベンチャーキャピタルで大切なことである)、この業界にコミットしているということだ。多くの犠牲を払い、実生活に関わる影響を過剰に考えてしまわないよう自制しているのである。新鋭のマネージャーは、こうした特質を備えているのである。
  7. マイクロベンチャーキャピタルは、多様性に富んだリーダーをひきつけている。新鋭のファンドマネージャーは、資金の不足を埋めようという熱意に突き動かされて活動している。資金不足は、往々にして性別や人種に関係している。新鋭のファンドマネージャーは、今までにない結果を生み出そうという熱意に満ちたアウトサイダーか、チャンスがあっても能力を出し切れず不満を募らせたインサイダーのどちらかである。これが重要なのは、創設者が選択肢を増やし、投資家を逆指名できることに気付き始めているからである。特に、アーリーステージの投資では、この意識の違いが物を言う。

もっとこのことについて話を広げようと思う。なぜなら、多様性とその多様性の活用は、ベンチャー業界において広がりつつある問題だからだ。現在、ベンチャーキャピタル業界の投資家パートナーの内、80パーセントが白人である。それに比べ、ラテン系はたったの3パーセント、また黒人も3パーセントしかいない(NVCA)。ラテン系と黒人が所有する企業は、ベンチャーキャピタルの集計運用資産の1パーセントにしか関わっていない(Knight Foundation(ナイトファウンデーション)調べ)。NAICの報告によると、多様性のある所有者の企業はかなり優れたリターンを生み出しているにもかかわらず、この数字である。具体的には、そうした企業は中央値15.2パーセントに相当する内部収益率をあげている。対して、NAICのポートフォリオにあるすべてのPEファームでは、3.7パーセントにとどまっている。

私の経験から、多様性を持ったファンドマネージャーは、ウルベンチャーズのミリアム・リビエラのような注目に値する例外を除いては、マイクロベンチャーキャピタルに集中していると言えるだろう。そうしたマイクロベンチャーキャピタルは、持続可能なパイプと基盤の構築、また性別や多様性を考慮し、これまでとは違う投資を行うというビジョンを実現することに没頭している。

多くのベンチャーキャピタルでは、Black Lives Matter(「黒人の命は大切」運動)は肯定され有意義なものと捉えられており、さまざまな内容の議論が飛び交っている。業界は、才能のあるマイノリティの人々による投資の機会をどのように利用するか、工夫を凝らして考えている。サイドカー投資が普及しだし、ピッチコンテストが推進され、ベンチャーキャピタルの求人案内は、より広範囲に掲載されるようになった。最初でつまづく原因が排除され、プロセスの効率や透明性が向上しているのである。

これはとても良いスタートだと思う。こうした変化を持続していくために、2020年以降の投資の方向性を検討している企業は、長期的な視点で今後の過程全体をしっかり見極め、新鋭のマネージャーを探す必要がある。そうしたマネージャーたちはいずれ業界の代表格となり、ベンチャーキャピタルが公平性を重視した、長く存続する企業へと成長するための変革を推し進めていくだろう。

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カテゴリー:VC / エンジェル

タグ:コラム

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(翻訳:Dragonfly)

時代遅れの採用選考プロセスを嫌うデータサイエンティスト、コロナ禍の影響も?

著者紹介:Tianhui Michael Li(ティエンフイ・マイケル・リー)氏は、学術界から産業界への博士やポスドクの移行を支援する8週間のフェローシップで知られる、The Data Incubator(データ・インキュベーター)の創設者である。それ以前はFoursquare(フォースクエア)でマネタイゼーション・データサイエンスの責任者を務め、Google(グーグル)やAndreessen Horowitz(アンドレセン・ホロウィッツ)、J.P.Morgan(ジェイ・ピー・モルガン)、D.E.Shaw(ディー・イー・ショー)における勤務経験も有する。

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2020年は世界が大きく変わった年である。その変化は、企業のデータサイエンス職の採用選考方法にも現れている。さまざまなことが変わったが、その中でも目立って大きく変わったことが1つある。筆者が創設したデータ・インキュベーターは、データサイエンスフェローシップを実施しており、毎年数百人のデータサイエンス職採用者を送り出している。我々が調査したところ、こうした採用者は今では珍しくなった時代遅れの採用選考プロセスを嫌い、全体の80%を占める標準的な採用プロセスを実施している企業を選択していることが明らかになった。大企業(つまりは最も変化に慎重な企業)ほど、こうした時代遅れのやり方に固執する傾向がある。現在こうした大企業は、データサイエンティストの獲得競争においてかなり不利な立場に置かれている。

振り返ると、データサイエンス関連職の採用活動はソフトウェアエンジニアリングから発展してきた。ソフトウェアエンジニアリングの面接といえば、かなり手強いパズルのような難問が特徴だ。例えば、「ボーイング747の機体にはゴルフボールが何個入るか?」とか「ホワイトボード上でクイックソートのアルゴリズムを実行せよ」といった類の問題だ。応募者は数週間、数か月をかけてこうした問題を解く勉強をする。求人関連ウェブサイトのGlassdoorは、そうした問題の対策用に1つのセクションをまるごと割いている。データサイエンス職の採用選考では、従来のコーディングの難問を補足する形で、例えば、「2個のサイコロを振ったときに出た目の合計が3で割り切れる確率は?」といった統計問題も出題されてきた。しかし企業は長い年月をかけて、こうした難問はあまり効果的でないと認識するようになり、出題を控えるようになっている。

その代わりに、プロジェクトベースのデータ評価を採用選考に取り入れる方法に注目している。これは、データサイエンス職の応募者に、企業が提供した実世界のデータを分析させるものだ。こうしたプロジェクトベースの評価は、1つの正解が存在するわけではなく、たいてい自由形式で回答し、説明することが求められる。面接を受ける人は通常、コードと評価結果を提出する。このやり方には形式と内容の両面において、多くの利点がある。

第1に、データ評価の対象となる環境の方がはるかに現実的だ。パズル形式の難問では、応募者が無意味に問題に苦しんだり、ホワイトボード上でぎこちなくコードを書いたりすることになる。また、こうしたパズル形式の問題はグーグル検索ですぐに正解がわかるため、インターネットの使用は禁止される。実際の仕事で、ホワイトボード上にコードを書いたり、誰かが肩越しに覗いている状態で暗算を実行したりするといったことはあり得ない。業務中にインターネットアクセスを禁止されるなど理解しがたい。データ評価では、応募者が使い慣れたIDEまたはコーディング環境を使って、より現実的なペースで評価作業を実行できる。

「自宅で行う課題なら、実際の仕事における応募者のパフォーマンスをパズル形式の面接問題よりも現実的にシミュレートできる」と、エンジニアリングマネージャーで「How Smart Machines Think(スマートマシンはこうして思考する)」の著者でもあるSean Gerrish(ショーン・ジェリッシュ)氏はいう。

第2に、データ評価は内容もより現実的だ。パズル形式の難問は一筋縄では解けないように、あるいはよく知られたアルゴリズムの知識をテストするために意図的に考えられたものだ。実世界では、こうしたアルゴリズムを手で書くことは絶対にないし(通常はインターネット上で入手可能な無償のソリューションを使う)、仕事で遭遇する問題にパズルのようなトリッキーなものは滅多にない。データプロジェクトでは、応募者に実際に扱う可能性のあるデータを与え、評価結果の社内における共有方法と同様に成果物を構造化するため、実際のジョブスキルに近い能力をテストできる。

業界経験が長く「Data Teams(データチーム)」の著者でもあるJesse Anderson(ジェシー・アンダーソン)氏は、データ評価による選考を強く推奨している。同氏は次のように指摘する。「これは、応募者と企業の双方に有益な方法だ。面接を受ける側は、実際の仕事に近い作業を体験できる。マネージャーは、志願者の作業と能力を、実際の仕事に即して詳しく判定できる」。プロジェクトベースの評価には、書面によるコミュニケーション力を評価できるという利点もある。これは新型コロナウイルスでリモートワークが増えた今、ますます重要なスキルとなっている。

最後に、書面による技術プロジェクトワークは、従来の雇用プロセスに存在する先入観の多い側面を和らげることで、偏見を排除するのに役立つ。同じ履歴書を提出しても、ヒスパニック系やアフリカ系の米国人は白人に比べて面接の連絡をもらえることが少ない。これに対応するため、人種的マイノリティーの応募者は自身の履歴書を故意に「白人化(履歴書で白人を装うこと)」している。対面式の面接も、こうした問題のある直感に基づいて行われることが多い。仕事のパフォーマンスにより近い評価を重視することで、面接担当者は、偏見のある「直感」に頼るのではなく、実際の資質や能力の判定に集中できる。#BLMや#MeTooに単なるハッシュタグ以上の意味を感じている企業は、自社の採用プロセスをどのように微調整すればより広範な平等を実現できるのかを検討しているようだ。

データ評価の詳細な形式はさまざまだ。データ・インキュベーターで行った調査によると、60%を超える会社が自宅に持ち帰って行うデータ評価を課題として与えていることが判明した。こうしたデータ評価は実際の仕事の環境をシミュレートするには一番の方法だ。応募者は、通常数日間に及ぶリモートワークを体験できるからだ。また、約20%の会社が、応募者が面接プロセスの一部としてデータ分析を行う面接データプロジェクトが必要だと答えている。こうした面接時に行うデータプロジェクトでは、応募者が制限時間というプレッシャーを受けるものの、終わるまでデータ評価作業に延々と取り組むプレッシャーから解放される。「課題を自宅に持ち帰って取り組むには多くの時間が必要だ」と経験豊富なデータサイエンティストで「The Data Science Handbook(データサイエンス・ハンドブック)」の著者でもあるField Cady(フィールド・キャディ)氏は説明する。「これは応募者にとってかなり負担のかかる作業である。また、家庭での責任があるため、夜の時間の多くを課題に費やすことができない応募者には不公平となる可能性がある」。

企業側が自社で作成したデータプロジェクトを課題として出さずに済むように、賢明な応募者は、自身のスキルを見せるために事前にポートフォリオプロジェクトを構築している。企業側も自社のカスタムプロジェクトの代わりに、応募者が事前に用意したプロジェクトを課題として受け入れるところが増えている。

古いパズル形式の難問を面接時に使用する企業はなくなりつつある。こうした古いやり方に固執している20%の企業の大半は、通常変化に適応するのが遅い有名大企業だ。こうした大企業は、時代遅れの採用プロセスは単に古くさいだけでなく、応募者を遠ざけることになることを認識する必要がある。最近のオンライン会議で、出席したパネリストの1人にデータサイエンス関連職として新規採用された人がいたが、彼はその会社の選考過程があまりにお粗末だったため入社を断ったと話してくれた。

採用プロセスが時代遅れになっている組織が果たして強いチームを形成できるのだろうか。データ・インキュベーターのデータサイエンスフェローシップを終えようとしている博士号取得者の多くがこのような気持ちを抱いている。新しい現実を受け入れることができない企業は、最高の人材を獲得するための競争に敗れている。

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カテゴリー:人工知能・AI

タグ:データサイエンス コラム

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