閉経を遅らせ、さらにはなくすことを目指すGametoに著名投資家が出資

多くの科学者や学者が毎年、人間の寿命を延ばし、その延びた年数を生きるに値するものにしようと、具体的に取り組んでいる。寿命を延ばす手段として癌の早期発見に注力しているチームもあれば、新陳代謝の向上に取り組んでいるチームもある。

小さいながらも成長中のグループが、人口の半分に影響を及ぼす閉経に取り組んでいる。閉経は、高血圧「悪玉」コレステロール、血中脂肪の一種である中性脂肪、さらに恐ろしいことに乳がんや心臓病、骨粗しょう症のリスクの増加など、さまざまな健康症状に関係している。

女性の健康と平等の軌道を変えるために卵巣の老化を加速させる問題を解決したいと語るGameto(ガメト)は、この問題に注力している最新の企業だ。

ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで医学を学び、キャリアの大半を計算医学に費やしてきた同社の共同創業者でCEOのDina Radenkovic(ディーナ・ラデンコヴィッチ)氏の説明によると、卵巣は、肝臓や脳、あるいは皮膚よりもはるかに早く機能停止し、どの臓器よりも5倍も早く老化する。女性は生まれながらにして一定数の卵母細胞(未熟な女性細胞で、後に完全に成熟した卵子細胞を生み出す)を持っているが、いずれこの卵母細胞を使い果たし、その時点で卵巣は臓器として機能しなくなり、女性の生理機能を司るホルモンの分泌も停止する。

Gametoは、卵巣治療のプラットフォームを開発することで、このプロセスを遅らせられる、あるいは女性が選択すれば永遠に遅らせられるようにしたいと考えている。このプラットフォームは、まずは不妊治療のプロセスを改善するために使われるが、最終的には、ラデンコヴィッチ氏が「医学的負担」と表現する閉経を防ぐための細胞治療法の特定にも使われることが期待されている。さらに詳しい説明を求めると、ラデンコヴィッチ氏は詳細に踏み込むのは避けながらも、Gametoがすでに卵巣をサポートする細胞が卵の成熟を助け、妊娠を望む多くの女性が現在耐えている体外受精の回数を減らすことができるかどうかのテストを始めている、と説明した。

「私たちのプラットフォームを信じるに足る強力な前臨床試験の証拠があります」とラデンコヴィッチ氏は話す。同社の会長は連続起業家のMartin Varsavsky(マーティン・ヴァルサヴスキー)氏で、同氏が興した最新の会社であるPrelude Fertility(プレリュード・ファーティリティ)は全米に不妊治療センターのネットワークを構築している。

著名な投資家もGametoに賭けている。同社はFuture Venturesがリードするラウンドで2000万ドル(約23億円)を調達したばかりで、共同創業者のMaryanna Saenko(メアリーアンナ・サエンコ)氏は「閉経を迎える女性のより良い治療スタンダードのビジョンにかなり興奮しています」と話す。閉経で起こる苦痛は生物学的に必須のものではなく、特に早期の閉経にともなう多くの合併症は、現在のホルモン補充療法で完全に避けることができる。ただし、サエンコ氏はホルモン補充療法について「鈍いハンマーで、パーソナリゼーションが欠けている」と指摘する。

その他の投資家はBold Capital Partners、Lux Capital、Plum Alley、TA Ventures、Overwater Ventures、Arch Venture Partnersの共同創業者Robert Nelsen(ロバート・ネルセン)氏、23andMeのCEOのAnne Wojcicki(アン・ウォジスキ)氏だ。

Gametoは2021年のシードラウンドで、Atomic(アトミック)の創業者Jack Abraham(ジャック・アブラハム)氏、SALT Fund、FJ Labs、Coatue Managementの創業者Dan Rose(ダン・ローズ)氏、CoinbaseのCEO、Brian Armstrong(ブライアン・アームストロング)氏などから300万ドル(約3億4000万円)を調達した。

確かに、市場機会は巨大であり、人々が長生きしていることを考えると、その理論は非常に理に適っている。実際、他のスタートアップも閉経を遅らせることに真っ向から注力し始めている。

すでにGametoは競合相手を抱えている。ここには、女性の卵巣予備能力の減少を遅らせる薬物プログラムを作成し、Gametoと同様に女性の内分泌機能と生殖機能を分離しようとしている創業12年のCelmatix(セルマティック)が含まれる。フォーチュンによると、Celmatixは過去にビル&メリンダ・ゲイツ財団の助成を受けて非ホルモン性避妊薬に取り組み、2021年初めには製薬大手Bayer(バイエル)と医薬品開発会社Evotec(エボテック)との提携を発表している。

一方、研究者たちは少なくとも数年前から、閉経を治療可能な病気として扱うという問題を検討してきた。2019年の以前の論文はこちらで閲覧できる。

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(文:Connie Loizos、翻訳:Nariko Mizoguchi

【TC Tokyo 2021レポート】キノコの菌糸体からレザーを作るBolt Thread、2022年には日本ブランドとのコラボも

先に開催された「TechCrunch Tokyo 2021」。「海外スタートアップとSDGs」と題したセッションでは、スピーカーにBolt Threadsの創設者でCEOのDan Widmaier(ダン・ウィドマイヤー)氏を迎えた。モデレーターは米国を中心にスタートアップやテクノロジー、VCに関する最新トレンドなどを配信する「Off Topic」を運営する宮武徹郎氏が務める。

2022年春には大手ブランドからキノコの菌糸体で作ったレザー製品が発売される

Bolt Threadsは代替レザー素材の「Mylo」(マイロ)で注目されている。マイロは、キノコの根にあたる部分で繊維質が多く糸状の形状をしている菌糸体から作られる環境負荷の少ない素材だ。動物性の毛皮やレザーを使わないことで以前から知られるStella McCartneyの他、adidasやKering、lululemonなどのグローバルブランドとコンソーシアムを形成して、マイロを使った製品開発を進めている。adidasはスニーカーの「スタンスミス マイロ」を2022年春夏コレクションで発売、ルルレモンはヨガマットとバッグを2022年春に発売することを、それぞれ発表済みだ。Stella McCartneyも2021年3月にマイロを使った衣服を公開した。

ウィドマイヤー氏はカリフォルニア大学サンフランシスコ校で化学と化学生物学の博士号を取得した。2009年に2人の共同創業者とともに、バイオテクノロジーを活用して次世代の材料を開発するBolt Threadsを設立。現在の同社は、社員約100人を擁する生体材料プラットフォーム企業に成長した。同氏は2021年に英国・グラスゴーで開催されたCOP26でマイロを紹介した。

自然の材料エコシステムと自分たちの専門性から生まれたビジネス

「クレイジーで破壊的なビジネスについて、あますところなくお話しします」とセミナーの口火を切ったウィドマイヤー氏。創業の経緯について「私たち世代のメガトレンドとなるであろうものを見据え、そこにビジネスチャンスがあると考えました。気候変動とそれに対する人類の適応です。自然界にすばらしい材料エコシステムがあることと、自分たちが合成バイオロジーとバイオテクノロジーの専門家であることを結びつければ、今後長く続くであろうメガトレンドにフィットした製品やサービスを提供できるというシンプルなアイデアからBolt Threadsを立ち上げました」と説明した。

こうした考えから開発したのが、キノコの菌糸体から作るマイロだ。ウィドマイヤー氏は「地球上には38億年前から生命が存在しています。あなたの周囲を見れば生物が成長しているでしょう。見渡す限り、すばらしい材料が存在しているはずです。これらはすべて循環的に進化しています。自然は、自然の中にある材料を摂取し、新しい材料の中に返すのです」と循環型経済の素晴らしさを語る。

これに対して宮武氏は、同社のサステナブルなイノベーションがファッション業界に与えるインパクトを尋ねた。

ウィドマイヤー氏によれば、ファッションのサステナビリティに影響する要素として「環境負荷の75%は製品の原料とその調達方法の選択によるもの」で、同社は将来的に大きなインパクトを与えられるという。

同氏は「今、私たちは地球環境に大きな影響を与えるかどうかの瀬戸際にいます」と語り、オーディエンスに対して「科学技術者は将来何を実現できるかについて、夢追い人かつ楽観主義者であるべきです。資源をより効率的に使用している未来を夢想し続けるのです」と呼びかけた。

マスマーケットで販売する道筋が見えてきたマイロ

では、マイロとはどういう素材で、現在はどのような状況なのか。

ウィドマイヤー氏は「自然が創り出した非常に細かい繊維です。これを利用すればまるでレザーのような感触のものを作れるのです」と説明し、実際にマイロレザーをカメラの目の前にかざして見せてくれた。布状にした後で、エンボス加工と仕上げの加工を施したものだという。菌糸体は効率的に育てることができ、土壌の中で有機分を分解してそれを他の生物が食べて成長するという循環が成立する。

マイロのサンプル

こうした特性を活かした製品化にあたっては「技術は拡張可能でなければならない、高品質でサステナブルで価格競争力がなければならない。こうした要件をすべてクリアしてきました。菌糸体は間違いなく最適な選択でした」と同氏はいう。

ウィドマイヤー氏から「価格競争力」という言葉が出たことから、宮武氏はマイロが市場で価格競争力を得る見込みを尋ねた。

ウィドマイヤー氏は、マイロに関しては2021年に生産設備を増強し、2022年に稼働させて、年間生産量を100万平方フィート(約9万2000平方メートル)に拡大すると説明した。ただし「ファッションは巨大産業で年間350億平方フィート(32億5000万平方メートル)のレザーが消費される世界ですから、当社が生産量100万平方フィートになり、さらに拡大していったとしても到底およばないのですけどね」とのことだ。

「人が開発するものは、それが何であれ、最初は非常に高い価格となります。しかしその価格は急速に下がります。私たちはスケールアップのためのいくつかのステップをクリアして、マイロをマスマーケットで販売する道筋が見えています」(ウィドマイヤー氏)

サステナブルな素材を消費者に届けるための協業

マイロをマスマーケットで販売する道筋、それがブランドとともにコンソーシアムを作った目的だ。「流通システムを持っているのは誰か、人気商品を販売するための消費者との接点を持っているのは誰か。そこでしか人々に影響を与えたり消費者とつながったりすることができません」(ウィドマイヤー氏)

同氏は次のように言って、ブランドにマイロを売り込んだという。「これは世界が必要とするもの、消費者が求めるもの、あなた方が求めるものです。生物が住み続けることのできるサステナブルな地球を維持したいでしょう?ビジネスモデルを変えていきましょう。Bolt Threadsは御社の力なしではこの技術を消費者に届けられません。御社はBolt Threadsの技術がなければ消費者に製品を提供できません。1つのブランド、1つのスタートアップ企業が達成できる以上のことを、ともに協力して成し遂げようではありませんか」。

サステナビリティなビジネスを牽引するのは消費者

宮武氏から消費者の変化について聞かれたウィドマイヤー氏は、次のように語った。

「消費者はこの10年間で劇的に変化しました。10年前はサステナビリティやビーガンなどの用語は笑い飛ばされるだけでした。ベンチャーキャピタルも企業も消費者も誰も相手にしてくれませんでした。それが今では山火事など気候変動による急速な影響を目の当たりにして、人々は環境保護に熱心になりました。若い世代ほど熱心です。彼らは私たちがダメにしたこの地球でこれからも生きていかなければならないですから。こうした大きな変化によってBolt Threadsが成長できただけでなく、多くのブランドがコンフォートゾーンを抜け出してでも解決策を模索し、採用するようになりました。このビジネスを牽引しているのは、まさに消費者です。多かれ少なかれ、企業は消費者の需要に応えるものです。消費者がトレンドを引っ張り、変化を実現するのです」。

日本のブランドとの協業も!

セッションの最後に、ウィドマイヤー氏は日本のオーディエンスに向けてサプライズを用意していた。具体的な社名は明かさなかったものの「2022年に日本のブランドと初めてパートナーシップを結びます」と公表し、発売予定の財布のプロトタイプを見せてくれたのだ。菌糸体でできたレザー製品を実際に見て試す機会は、すぐそこまで来ている。

日本のブランドとコラボした財布を見せるウィドマイヤー氏

(文:Kaori Koyama)

Beyond Next Venturesがバイオ領域スタートアップ向けシェアラボを6カ月無料で利用できる研究助成制度の公募開始

Beyond Next Venturesは11月8日、同社運営のシェアラボ「Beyond BioLAB TOKYO」における「研究助成制度」第2期の公募を開始したと発表した。対象の研究領域は生命科学分野全般。支援期間は、2022年2月1日~7月31日の6カ月間。募集締め切りは2021年12月31日まで。

Beyond BioLAB TOKYO(東京都中央区日本橋本町2-3-11 日本橋ライフサイエンスビルディング B101)は、2019年2月に開設した都心初のシェア型ウェットラボ。共有機器、専属ラボマネージャーによる支援体制を備え、スタートアップに最適な環境を整えているという。開設以来、累計32社のスタートアップ・研究チームが利用しており、利用者(卒業生含む)の資金調達額は累計32億円以上、事業提携52件、特許取得14件に上るそうだ。

Beyond Next Venturesがバイオ領域スタートアップ向けシェアラボを6カ月無料で利用できる研究助成制度の公募開始

Beyond BioLAB TOKYO研究助成制度では、同社の知見やネットワークの提供、定期的なメンタリングに加え、6カ月間にわたるBeyond BioLAB TOKYOのラボスペースおよび同社オフィスに隣接するコワーキングスペース「B-PORT」のフリーレントを提供する。同制度を通じ、研究成果の事業化に意欲をもつ研究者の活動を支援するとしている。

Beyond BioLAB TOKYO研究助成制度の概要

  • 募集期間:2021年12月31日まで
  • 支援期間:2022年2月1日~7月31日
  • 対象者:知的好奇心に基づきユニークな研究を行なっている方。研究の推進に必要なスキル、アセットをお持ちの方。チャレンジ精神をお持ちの方
  • 対象となる研究領域:生命科学分野全般(同ラボで受け入れ可能なBSL2レベルに限る。動物試料の持ち込み、特定病原体は不可。特定化学物質の持ち込みは可能だが、ダクトレスヒュームフードで対応可能な範囲に限定)
  • 採択予定数:1~2件程度
  • 応募条件:一定程度の研究開発の経験を有すること(所属は問わない)。日本橋での研究推進が可能なこと。国籍・居住地の制限はない
  • 応募方法:「特設ページ」を確認の上、専用フォームから必要書類を提出。必要に応じ面談を実施する場合がある

Beyond BioLAB TOKYO研究助成制度の提供内容

  • シェアラボ「Beyond BioLAB TOKYO」とコワーキングスペース「B-PORT」を6カ月間無料で利用可能:Beyond BioLAB TOKYOは、1席から利用できるオープンラボスペースと個室を完備した、P2 / BSL2まで対応可能な実験施設。高価な実験機器を共有設備機器として用意。B-PORTは、ラボから徒歩5分の同社東京オフィスに隣接し、投資家・研究者・起業家が交流する施設。Wi-Fi、コピー機、郵便ポスト、ロッカー設備あり
  • スタートアップコミュニティへの参画:ディープテック起業家が集うアクセラレーションプログラム「BRAVE」が開催する限定セミナーの受講、BRAVE卒業生・先輩起業家との交流機会の提供
  • Beyond Next Venturesメンバーによるメンタリング:シード期の資金調達、研究シーズの事業化ノウハウ、助成金の活用など、研究開発型スタートアップの成長支援に豊富な経験を持つ同社社員とのメンタリングの機会を提供

地上最強生物、水がなくても生きられるクマムシの乾燥耐性の仕組みが明らかに

地上最強生物、水がなくても生きられるクマムシの乾燥耐性の仕組みが明らかに

大学共同利用機関法人の自然科学研究機構生命創成探究センター(ExCELLS)は11月4日、クマムシが乾燥しても生きられる乾燥耐性の仕組みについて、CAHS1というタンパク質分子の振る舞いによるものであることを、世界で初めて解明し発表した

最大でも体長1mm程度のクマムシは、実際には虫ではなく、4対の歩脚を持つ「緩歩動物」(カンポドウブツ)という生き物だ。そんなクマムシは、生育環境から水がなくなると「乾眠」(かんみん。クリプトビオシス。cryptobiosis)という状態になり、代謝を止めて生命活動を一時停止させるが、水が与えられると乾眠状態から復帰して、代謝が再開される。乾眠中のクマムシは、乾燥だけでなく、極度の高温・低温・圧力・放射線などによる環境ストレスにも強い耐性を示し、宇宙の真空状態でも生きていられるため、「地上最強生物」と呼ばれている。

なかでも乾燥耐性が強いものに、ヨコヅナクマムシと呼ばれる陸生のクマムシがいる。ヨコヅナクマムシは、乾燥から身を守るために、細胞の中に何種類かのタンパク質が常備されているといわれているが、その役割はわかっていなかった。

この研究では、とりわけ細胞内に多く存在するCAHS1というタンパク質に着目し、透過型電子顕微鏡でその形を調べ、変化の状態を赤外分光法、核磁気共鳴法、高速原子間力顕微鏡を用いて観察したところ、水分が失われ細胞内のタンパク質の濃度が高まると、水溶液中のCAHS1タンパク質は自然に集合してファイバーを形成し、最終的にゲル状になることがわかった。このゲルは、水分を与えると元の水溶液の状態に戻る。

遺伝子組み換えタンパク質として大腸菌の細胞内に作り出したCAHS1タンパク質も、同じようにファイバーを形成し、ヒト由来の培養細胞の中に作り出したCAHS1タンパク質も、脱水ストレスがかかると大きな集合体を作り、ストレスがなくなると集合体は消失することが確認された。

ヨコヅナクマムシは、このようなタンパク質を細胞内に豊富に持っていて、すぐに脱水状態に対応できる仕組みを備えているという。このタンパク質の集合体は、「細胞が復活する際に必要な成分を保護したり、乾燥によって生じる有害物質を隔離したりする働きがあるのかもしれません」と同センターは推測している。

今回の研究成果は、生命の環境適応戦略を理解するうえで重要な手がかりとなる。「生きているとは何か」の謎に迫るとともに、医療やバイオテクノロジーへの応用研究の推進につながるとのことだ。

この研究は、自然科学研究機構生命創成探究センター分子科学研究所の加藤晃一教授と矢木真穂助教の研究グループと、同センター所属の青木一洋教授(基礎生物学研究所)、村田和義特任教授(生理学研究所)、内橋貴之教授(名古屋大学)、荒川和晴准教授(慶應義塾大学)、古谷祐詞准教授(分子科学研究所/現 名古屋工業大学)と共同で行われた。

大阪大学生命工学科研究グループが3Dプリントで和牛のサシを再現できる「金太郎飴技術」を開発

大阪大学生命工学科研究グループが3Dプリントで「和牛のサシ」を再現できる「金太郎飴技術」を開発

大阪大学大学院工学研究科の松崎典弥教授ら研究グループは8月24日、和牛肉の複雑な組織構造を自在に再現可能な「3Dプリント金太郎飴技術」を開発し、筋・脂肪・血管の繊維組織で構成された和牛培養肉の構築に世界で初めて成功したと発表した。

これは動物から採取した少量の細胞から人工培養した筋・脂肪・血管の繊維組織を3Dプリントしたあと、金太郎飴のように束ねてサシの入った培養牛肉を作るというもの。この研究では、筋繊維42本、脂肪組織28本、毛細血管2本の計72本の繊維をバイオプリンティングし、手で束ね合わせ、直径5mm、長さ10mmの肉の塊を作ることに成功した。

これまでに開発されてきた培養肉は、筋繊維のみのミンチ状のものが多かったが、各繊維組織の配合を変えることで、注文に応じて味や食感などを自在に変えることができる塊肉が作れるという。

牛を育てて食用肉を作る従来の畜産方式では、大量の餌や水を必要とし、人が食べるよりも多くの穀物を家畜に与えるなどの非効率性や、放牧地のための森林伐採や糞やゲップによる環境汚染も問題になっている。培養肉は、牛の成長に比較して短時間で効率的に食用肉を生産できることから、そうした問題の解決策として期待されている。

研究の詳しい内容は、8月24日公開の英科学誌Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)に掲載されている。

【コラム】カナダ人は穏やかながらも積極的に米国のバイオテクノロジー人材をリクルートしている

本稿の著者はMichael May(マイケル・メイ)氏とJayson Myers(ジェイソン・マイヤーズ)氏。マイケル・メイ氏はCentre for Commercialization of Regenerative Medicineの社長兼CEO。ジェイソン・マイヤーズ氏はNext Generation Manufacturing CanadaのCEO。

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米国のトランプ大統領の任期中、カナダはSTEM(科学、技術、工学、数学)分野の労働者を自国に呼び寄せようと注力し、大きなニュースになった。トランプ氏は退任したが、カナダは隣国から人材をリクルートすることをやめてはいない。そして、この人材確保の戦いで最もホットな前線の1つがバイオテクノロジーだ。

関連記事:米テック企業のモラルが損なわれている今、カナダは正しい価値観の中でテックを構築するのに最適の場所だ

何世代にもわたり、カナダのエンジニアやプログラマー、研究者たちにとってシリコンバレーの給与水準と天候は魅力的なものだった。しかし、トランプ大統領による移民排斥の発言、政策、ビザ規制が行われた4年間は、カナダのテクノロジー企業や政府に競争上の優位性をもたらした。

2016年のトランプ大統領就任後、カナダ連邦政府は移民の受け入れを促進するプログラムを立ち上げ、トロントやモントリオール、バンクーバーといった都市のテクノロジーエコシステムを後押しした。カナダのテクノロジー界のリーダーたちは、より多くの労働者を同国に呼び込むキャンペーン乗り出した。ケベックでは、移民排斥的な空気が高いことで知られる同州政府に業界が働きかけ、新規移住者を14%増やすことに成功している。

パンデミックによるシリコンバレーからの大規模な流出により、多数の国外移住カナダ人が故郷に押し寄せている。米国のH-1 Bプログラム(特定のスキルを備えた外国人労働者のためのビザプログラム)に応募するカナダ人の数は劇的に減少しており、10年にわたる傾向に拍車をかけている。

新型コロナウイルス(COVID-19)の影響を抑え、新しい経済への移行を促進する政府支出は、カナダ国民に広く支持されている。

それでも、カナダのテクノロジー界や政治界のリーダーたちは依然として、先進的な製造、クリーンテクノロジー、バイオテクノロジーといった主要セクターの人材のインバウンドフローについて懸念している。彼らは、米国の長年の優位性を切り崩すためにあらゆる手段を講じている。

その活動の大半はバイオテクノロジー分野におけるものだ。新型コロナウイルス感染症はワクチン製造能力の不足を露呈させたが、カナダには優れた大学のエコシステムと最先端の研究を行う数千のベンチャー企業が主導する、活気に満ちたバイオテクノロジーおよび生命科学の研究セクターが存在する。これらの企業の多くは、パンデミックに端を発するバイオテクノロジーへの投資ブームに乗じて、2020年には記録的な額のベンチャー資金を調達している。

しかし、この財源流入は資金調達の展望を変えたものの、多くのカナダ企業はなおも規模の拡大を模索している。カナダのテクノロジーエコシステムは人材に満ちているが、伝統的には、これらの企業がグローバルな強豪企業に成長するために必要な、十分な数の上級人材を育成、採用、保持していない。

科学者のみならず、ビジネスリーダーも必要とされている。トロント地域のハブやベンチャー企業を対象とした最近の調査によると、生物医学工学、再生医療、その他の関連企業は、米国産業界のより良い賃金と機会に引き寄せられる上級幹部、最高経営責任者、科学専門家といった人材の大幅な不足に苦しんでいる。

我々双方の組織も属するカナダのイノベーション経済協議会(IEC)の最近のサミットでは、産業界のリーダーたちが、世界的な規制問題やビジネス開発における未充足の仕事、さらには最高医療責任者について議論を交わした。これらは、学問的な訓練と職場での進歩的なリーダーシップの任務の両方から培われた、技術的およびビジネス的な洞察力を必要とするハイブリッドな役割を担っている。

カナダの大学、ハブ、ベンチャーキャピタル企業は、専門の研修機関やプログラムを設立することでこのニーズに対応している。また、規模拡大を目指すカナダ企業は、新たに調達した資金を使って米国内外で大量の人材を採用することでこのギャップを埋めようとしており、パートナーシップを構築し、未開発の人材プールを精査しつつ、リモートワークや柔軟な勤務時間を提供している。

このような背景の中、カナダの連邦政府は2年ぶりに予算を執行した。これは、同国がこれまでに展開した中で最も積極的なテクノロジー支出計画の1つであり、世界市場が同国の伝統的なエネルギー輸出や天然資源、工業製品から離れつつある中で、連邦政府が先進産業の育成とSTEM分野の雇用創出に真剣に取り組んでいることを物語っている。予算には、大学研究パートナーシップ、雇用奨励金、助成金、インキュベーターやハブへの支援が含まれている。重要なのは、ライフサイエンス分野の人材パイプラインを構築するための22億ドル(約2400億円)のコミットメントがあることだ。

新型コロナの影響を抑え、新しい経済への移行を促進する政府支出は、カナダ国民に広く支持されている。4月初旬に行われたIECとCampaign Researchによる世論調査では、中等後のSTEM教育への投資に対して3対1の支持が示され、バイオテクノロジーを含む先進的な製造業への政府投資に対しても同様に強い支持が見られた。10倍の広さの隣国と競争するには、まさに必要とされることである。

カナダの研究者や大手製薬企業のCEOの米国流出がすぐになくなるとは言い難い。しかし、投資資金の流入、テクノロジーエコシステムの急成長、自律的な人材エコシステムの構築、採用、維持に向けた協調的な政策努力などにより、カナダは業界が望むような存在になりつつある。

言い換えれば、米国は、自国のバイオテクノロジーの人材がカナダに積極的に惹きつけられようとしていることに留意すべきであろう。

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カテゴリー:バイオテック
タグ:コラムカナダバイオテックアメリカ人材採用

画像クレジット:Ivan-balvan / Getty Images

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(文:Michael May、Jayson Myers、翻訳:Dragonfly)