「イノベーションのジレンマ」の著者、クレイトン・クリステンセン氏が逝去

世界的ベストセラーとなったビジネス書、「イノベーションのジレンマ-―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき」の著者でハーバード・ビジネス・スクールの教授を長く務めてきたクレイトン・クリステンセン氏が昨夜ボストンの病院で亡くなった。67歳だった。

Deseret Newsが今朝報じたところによると、死因は白血病に起因する複合的症状だったという。クリステンセン氏は以前から健康上の問題を抱えていた。30歳で1型糖尿病と診断され、58歳で心臓発作を起こし、ガンも発見されていた。2011年のフォーブスのインタビューでクリステンセン氏は「病気は一時的な障害ではあるが、(リハビりの一環として)現在受けている言語療法は新しいチャンスでもある」とオプティミズムを強調していた。

実際、クリステンセン氏は生涯にわたって自他のために新しい可能性を切り開いてきた。ビジネスの世界でクリステンセン氏が注目されたきっかけはインテル中興の祖とも言われる伝説的経営者、アンディー・グローブ氏が同社にアドバイザーとして招いたことだった。このときグローブ氏は「『イノベーションのジレンマ』は自分がこの10年で読んだベストのビジネス書だった」と語った。グローブ氏自身が「ハイアウトプット マネジメント」を始め優れたビジネス書を多数書いていることを考えるとこれはたいへんな評価だ。

2012年にNew Yorkerに発表された紹介によれば、クリステンセン氏はユタ州ソルトレイクシティの貧しい地区のモルモン教徒の家に生まれた。 2メートルを超える長身を小さな1986年製シボレー・ノバに押し込んで町を移動していたという。

クリステンセン氏は優秀な学生であるだけでなく人望もあり、高校では生徒会長に選出された。ハーバードかイェールに進学したかったが、(モルモン教の)母はソルトレイクシティのブリガムヤング大学への進学を望んだ。

ブリガムヤング大学では経済学を学ぶかたわら2年間休学してフルタイムでモルモン教の宣教師として働いた後、ローズ・スカラーとしてオックスフォード大学に留学し、さらにハーバードビジネススクールで学び、MBAを得た。卒業後はボストン・コンサルティングに就職、数年後にハーバードに戻ってPhD(博士号)を取得して教職に就いた。

クリステンセン氏は生涯で10冊の本を書いたが、なんといっても世界にあまねく知られているのは「イノベーションのジレンマ」だろう。後から考えるとこの本は書かれたタイミングも完璧だった。人々は高機能だが使い方が複雑な高価なプロダクトを捨てて、使い方がはるかに簡単で、多くの場合はるかに安い新しいプロダクトに殺到するようになったのかを解き明かす理論だった。当時、その実例が日々現れていた。ゼロックス、U.Sスチール、DECなどの巨大企業が一夜にして衰退し、アマゾン、グーグル、アップルがビジネスの覇権を握る時代に移った。

もっともNew Yorkerの記事によれば、 クリステンセン氏もときには間違いを犯した。その最大のものは「iPhoneは複雑すぎるので普及しないだろう」という予言だった。

そういう失敗はあっても、アップルの共同創業者でiPhoneを生んだスティーブ・ジョブズ氏はクリステンセン氏のファンだった。 2011年10月、ジョブズ氏の死後数カ月に刊行されたウォルター・アイザックソンの伝記によれば、「イノベーターのジレンマ」は「(ジョブズに)極めて深い影響を与えた」という。

2016年にStartup Grindカンファレンスにおけるクリステンセン氏と著名な起業家、ベンチャー投資家のマーク・アンドリーセン氏の対話はクリステンセン氏のビジョンを理解する上で非常に興味あるものだ。

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(翻訳:滑川海彦@Facebook

同じ処方箋なのに高価なレンズ交換を強いられていたアメリカのコンタクトレンズユーザーをネットが救う

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Simple Contactsは、元Techstarsの社員起業家で3DプリントサービスのSolsを創ったJoel Wishが始めたスタートアップで、コンタクトレンズのリフィルを安上がりにすることが目的だ。

Wishはコンタクトレンズの常用者なので、同じ処方箋なのにリフィルに1万ドルも取られるのが、我慢ならなかった。

そこでWishは、Techstarsにもいたことのあるベテラン起業家としての意地をかけて、Simple Contactsを創業した。コンタクトレンズ常用者の約80%は、同じ処方箋をもらうだけのために、眼科医を訪れる。

その無用な通院にかかる時間や費用は、かなりのものだ。しかもそんなの、今ではモバイルアプリで十分ではないか。そう考えたWishは、ネット上のコンタクトレンズコンサルタントサービスSimple Contactsを立ち上げた。コンタクトレンズ常用者の負担を取り除くとともに、有料サービスとして売上も期待できるだろう。

ユーザーはモバイルデバイス上で標準の眼科検査を受け、本物の眼科医がそれを証明して新しい処方箋を出す。それからすぐに、新しいコンタクトを注文できる。

そしてそれが、ユーザーの玄関に到着する。

このアプリは、ニューヨーク、カリフォルニアなど20の州で使える。同社はこのほど、200万ドルのシード資金を獲得した。

同社のシードラウンドはAutonomous Venturesがリード(そのファンドはTikhon Bernstraumから)し、Justin Kan(TwitchとJustin.tvのファウンダー)らが参加した。しかもそれだけでなく、救急ネットワークCityMDを創ったRichard Parkなど、多くの医師が出資した。

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(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))

Penceのような副大統領はアメリカのイノベーションの文化の構築にとって害になるだろう

WESTFIELD, IN - JULY 12:   Republican presidential candidate Donald Trump greets Indiana Gov. Mike Pence at the Grand Park Events Center on July 12, 2016 in Westfield, Indiana. Trump is campaigning amid speculation he may select Indiana Gov. Mike Pence as his running mate. (Photo by Aaron P. Bernstein/Getty Images)

【抄訳】〔長い記事なので、いちばんメインの問題(==差別)だけを訳出します。〕
Donald本人のツイートによって、インディアナ州知事Mike PenceがDonald Trumpの副大統領候補になることが公式に決まった。しかしPence知事のテクノロジー産業に関するこれまでの政策は、なるべくおだやかな言い方を心がけても、拙劣だ。

自分のテクノロジー政策をかさ上げする必要性を知っていると思われる知事は、彼が選ばれる直前まで、インディアナ州のための彼の“新しい”イノベーションと起業家育成プランを声高に宣伝してきた。それらのイニシアチブは今週スポットライトを浴びたが、でもそれは、多様なコミュニティの安全を保証することを当の知事がプライオリティとして掲げないことと、著しい対照を成しているように見える。その保証を求める闘争が深刻化して、SalesforceやAngie’s Listなどのテク企業も巻き込まれ、インディアナ州はこれまでの数百万ドルの投資の成果を失ったのだ。それらの投資が戻ってくる保証も、今のところはない。

【中略】

知事は、Salesforceは自分が誘致した、州の雇用に貢献した、と自慢する。しかしPenceの在任期間中にSalesforceのCEO Marc BenioffがIndiana州の社員に払った 給与額はわずか5万ドル程度であり、その後社員たちは州外への転勤を望んだ。彼は、社員がインディアナ州に出張しなければならない業務を、すべてキャンセルした。

なぜ企業のCEOがそんなことをするのか? Pence知事はReligious Freedom Restoration Act(RFRA)(宗教の自由回復法)を支持し、そして署名した。この法律は、自分の宗教的自由がLGBTQの安全と受容のために脅(おびや)かされている、と信ずる個人の権利を保護する。下のビデオは昨日(米国時間7/14)SalesforceのBenioffがリツイートしたものだが、その法の意図がLGBTQのコミュニティを差別することにあるのかという主旨の質問に、知事が回答を拒否している。

Marc Benioffのツイート: [ゲイに反対で差別を支持するMike Pence。彼は1年前、全国的にLGBT差別をプッシュした。]

SalesforceやAngie’s Listなどのテク企業は、RFRAに強力に反対している。Salesforceが同州では事業を今後拡大しない、と脅(おど)したためPence知事は、LGBTQのコミュニティに対する差別を擁護するためにこの法を利用することを防ぐ、という“修正”に署名した

この問題がとくに厄介なのは、Pence知事が自分を、テクノロジーの味方、Salesforceの味方として売り込んでいることだ。Salesforceは、シリコンバレーに対抗してシリコンプレーリー(prairie, 大草原)をインディアナ州に作るという、Pence知事の促成栽培のような進歩的政策に惹かれたわけではない。Salesforceは2013年にインディアナ州のメールマーケティングソフトの企業ExactTargetを、その優れた製品とスケーラビリティに惹かれて買収したのだ〔州の企業誘致で来たのではない〕。その結果同社はインディアナ州に大きな支社を置くことになり、3000名の社員を求めた。州政府は同社の雇用創出への報酬として税を優遇したが、友好的関係はそこまでだった。

しかし小さな企業はもっとまずい。Salesforceなどと違って、できたてほやほやのスタートアップには、Salesforceがやったような、大企業の威力で社員たちを守る力がない。インディアナ州は、起業家を育成するだけでなく、高成長のハイテク企業が州から逃げ出さないための政策を必要とする。300万ドルのインキュベーション資金で新進のファウンダーを惹きつけるのは簡単だが、それだけでは今後の州間競争に勝てる保証はない。彼らの資金調達額が大きくなり、口コミが広がると、競争力のなかった若い企業が、強い競争力を持つようになり、資金・政策等の環境次第では、インディアナ州に固執しないようになる。そこに、シリコンバレーの投資家たちが、その鷹のような目をつけるに決まっている。

インディアナ州に必要なのは、スタートアップが州に長期的にとどまりたいと思うような、環境と政策だ。

【中略】

インディアナポリスのビジネスコンサルタント企業Visit Indyによると、州ではなく当市だけでも、RFRAによる企業投資の損失は6000万ドルを超える。Angie’s Listはインディアナ州における4000万ドルの事業拡張計画を凍結した。インディアナ州も、州知事がPenceでさえなければ、すばらしいテク企業を何社でも誘致できたかもしれないのだ。

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(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))

金融イノベーションにおいて、なぜ英国は米国を打ち負かしたのか

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編集部注:本稿を執筆したJeff Lynnは、Seedrsの共同創業者およびCEOである。

一般投資家によるスタートアップや小規模ビジネスへの投資を可能にする法案が、2011年に初めて米国議会に持ち込まれた。二大政党からの支持や、オバマ大統領からの承認があったにもかかわらず、それは今になってやっと現実味を帯びた。

アメリカで生まれ育ち、英国で働きながら生活するアングロ・アメリカンである私は、大西洋の両側にある両国に強い忠誠心を持っている。しかし、これまでの数年間を振り返り、これから始動する米国のクラウドファンディングを考えたとき、企業や自由競争市場、そしてイノベーションに対してともに似たようなコミットメントをしてきた両国が、これ程までに違った道を歩んできたという事実に私は驚きを隠せない。

英国はこれまで、エクイティ・クラウドファンディングだけでなく、他にも一般的な金融改革を推進してきた。現在、英国の金融セクターは繁栄を極め、小規模ビジネスや投資家、そして経済全体がそこから同様に恩恵を得ている。

一方、米国は時代遅れの規制システムによって身動きが取れず、英国に対してかなり遅れをとっている。そして、この状況はこれからも続きそうだ。

2つの規制システムの物語

金融改革へのアプローチが両国において異なる理由は、それぞれの規制システムの歴史にあると考えられる。

1929年に株式市場が崩壊したとき、米国では大勢の一般市民が多額の資産を失った。1920年代に米国の株式市場に参入してきた個人投資家は、自分たちが何に投資をしているのかすら分かっていなかった。投資に関するリスクが明らかにされないまま、玄関先で株式のやり取りが行われることもあった。

イノベーションが生まれるたびに新しい法律を必要とするような規制システムでは、それが持つスピードに追いつくことなど不可能だ。

それゆえに、一般投資家たちは株式市場の崩壊に驚愕しただけでは済まされず、自分たちが許容できる金額以上の投資を行っていた彼らは家や暮らしまで失うことになったのだ。

この事態に応じて、米国政府は世界初の包括的な金融規制システムを導入した。その内容のほとんどは、一般市民の理解を超えた投資行為から彼らを守るというものだった。このシステムは、1920年代および30年代に売買された投資商品や、当時の投資家の熟練度やコミュニケーションの相対的欠如に基づいてデザインされたものである。

そして立法者たちは、それらの投資商品や投資家の熟練度が今後に変化するとは考えなかったため、彼らは「ルール・ベース」と呼ばれるシステムを構築した。それはすなわち、投資行為のあらゆる側面において細かくルールを制定するというものだった。多少の変更は加えられたものの、今日でもアメリカではこのルール・ベースのシステムを採用している。

1929年の株式市場の崩壊は英国にも影響を与えた。だが、それは米国に与えた影響とは違う種類のものだった。他のヨーロッパ諸国と同様、当時の英国における投資行為というものは、一部の機関や裕福な個人が行うものに過ぎなかった。一般市民が株式市場に投入していた金額は少なかったため、彼らが失ったものも少なく、一般市民を保護するための法整備を求める大規模な活動は起こらなかった。それから何十年もの間、英国の金融セクターは比較的規制による干渉の少ない、自立的なセクターとして残った。

英国政府が包括的な金融規制システムの必要性を感じたのは、個人投資家が増え始めた1990年代になってからのことだった。その結果、Financial Service and Markets Act 2000(FSMA)が生まれ、それが今日でも採用されている。

FSMAが制定された時には既にインターネットが広く普及していた。しかし、恐らくそれよりも重要なことは、当時は投資やビジネスのやり方が日々進化しており、数年間のうちにテクノロジーが更なる変化をもたらすことが明らかだった事だろう。

それゆえに、FSMAはマーケットの変化に柔軟に対応できるようにデザインされたものであり、将来の変化にも耐えうるものだったのだ。米国による「ルール・ベース」のアプローチを採用する代わりに、FSMAは「原則ベース」のアプローチを導入した。英国の金融機関は投資家保護の原則(およびその他の原則)を守ることを求められる。しかし、その具体的な方法は彼らに委ねられていた。

金融のイノベーション

大西洋をかこむ両国における金融改革の進化を理解するためには、それぞれの国の規制システムのレンズを通して見なければならない。

原則ベースのアプローチは常にイノベーションと共存する運命にある。このアプローチでは、まったく新しい金融サービスを誕生させるために法律を改定する必要はなく、すでに存在する原則を適用することができるからだ。参加自由の市場だと言っているわけではない。ほとんどの場合、新しいビジネスモデルを開始するためには英国の規制機関(Financial Conduct Authority, FCA)からの認可が必要だ。しかし、米国で生まれるイノベーションには新しい法整備が必要であることに比べれば、そのプロセスは著しくシンプルでフレキシブルなものだ。

エクイティ・クラウドファンディングの歴史をひも解けば、このアプローチが実際にどう機能するのかが良くわかる。

私と共同創業者が、一般投資家が小規模ビジネスやアーリーステージの企業への投資に参加できるプラットフォームを立ち上げようとした時、まず私たちはFSMAやそれに関連する規制を調べることから初めた。私たちの投資サービスは、ハイリスクではあるが特に複雑だとは言えないものだ。しかし一番の問題点は、そもそもこの種の投資サービスを一般投資家に提供することが可能なのかというものだった。

この調査によって、私たちはある規則を発見した。それは、この種の投資サービスを提供するためには、投資家のリスクに対する理解とその受け入れを評価する必要があるというものだった。その評価方法は企業(私たち)に委ねられており、規制機関が私たちのプロセスを監視し、彼らがそのアプローチ方法に満足すれば認可が降りる。あらかじめ定められた評価方法のフォーマットは存在しない。

イノベーションは常に法整備の先を行く。

そこで私たちはイノベーターを見習い、新しい評価手段を創り出した。それまでの評価方法とは、金融機関が投資家の資産額とこれまでの投資経験を聞くというものだった。だが、エクイティ・クラウドファンディングにはこの方法は適さないと考えた。最低金額が10ポンド(約1600円)の投資において、投資家の資産額を知る必要はない。また、エクイティ・クラウドファンディングは特別に複雑な投資ではないことから(基本的なモーゲージや保険契約の方が企業の株式よりも複雑なものだ)、これまでの投資経験を聞く必要もないと考えた。

私たちが最も気にしたのは、投資家が裕福なのか、または豊かな投資経験を持つのかということではなく、彼らが実際にこの種の投資に関するリスクを理解しているのかということだった。そこで私たちはクイズを作成することにした。投資家たちは、このアセットクラスへの投資やリスクに関する理解度を示すためにオンラインの選択式クイズに合格しなければならない。

私たちは、認可のためのプロセスとしてFCAにこのクイズを提出した。彼らはそのアプローチが的を得ていると考え、私たちは認可を受けることができた。その後は皆様もご存じの通りだ。

それでは次に米国式のアプローチを考えてみよう。米国の法律には、投資家のリスク理解の保証に関する原則は存在しない。その代わり、投資家が裕福でなければ(定められた収入と資産のラインを超えなければ)、極めて稀な例外を除いて彼らが非公開企業の株式を取得することを認めないという明確なルールがある。そこには議論の余地はなく、規制機関(Securities and Exchange Commission, SEC)がケースバイケースの判断を下すという柔軟性もない。

その結果、エクイティ・クラウドファンディングを実現させるには以下の3つが必要だ。法律が議会を通過すること、大統領がそれに署名すること、そしてSECがそれを実施することだ。

驚くべきことに、最初の2つのプロセスは比較的早く実現した。両政党がエクイティ・クラウドファンディングを支持し、2011年から12年にかけた約7カ月間で法案が上下両院を通過、大統領の署名を得ることとなったのだ。

しかし、2つのプロセスが完了しただけでは十分ではない。規制機関がその法案を実装する段階になると、すべてが足踏み状態となったのだ。SECは2012年12月31日までにプロセスを完了する予定だった。結局、SECが必要とされる実装ルールを導入したのは期限を3年ほど超過した2015年10月30日だった(しかもそれが有効となるのは2016年5月16日である)。

しかし、そこで話は終わらない。2012年に議会を通過した最初の法案には多くの欠陥があった。その欠陥は、ヨーロッパにおけるエクイティ・クラウドファンディングのプラットフォームが成熟し、人々がそれに対する理解を深めてはじめて浮かび上がった。

SECはその欠陥を認識していた(だからこそ法案の実施にここまで時間がかかったと主張する者もいる)。しかし、彼らにはその法案を変える力がなかった。そして今ではその法案を修正するための法案が必要となってしまったのだ。

2016年3月下旬、2011年に最初のクラウドファンディング法案を議会に提出したPatrick McHenry議員は、シンプルに「Fix Crowdfunding Act」と呼ばれる新しい法案を提出した。そして例のプロセスのやり直しが始まったのだ(私はFix Crowdfunding Actを強く支持している。また、米国のエクイティ・クラウドファンディングは、この法案が導入されて初めて始動すると考えている)。

Innovation Initiative

エクイティ・クラウドファンディングにまつわる話は、両国の異なる規制システムが育んだ金融分野のイノベーション文化の一例にすぎない。それと似た問題が金融サービスやフィンテックの分野にも存在する。

それでは、米国における金融イノベーションという希望は失われたのだろうか?それは恐らく違うだろう。McHenry議員とKevin McCarthy下院多数党院内総務は、先日「Innovation Initiative」と呼ばれるプログラムを開始した。このプログラムには、米国の起業家がフィンテック・ベンチャーを起業しやすくするための数々の提案も盛り込まれている。とりわけ、小規模ビジネスや一般市民のニーズを満たすようなフィンテック企業が対象だ。

このような活動はまだ始まったばかりである。しかし、金融分野において米国と英国との差が開き続けているという事実に米国のリーダーたちが気づいたという心強いサインだ。また、ワシントンで開催された、フィンテック分野で英国が米国に対してもつ優位性についてのディスカッション・イベントでMcHenry議員がこのプログラムを発表したことは適切なことだ。

私はInnovation Initiativeを支持する。しかしながら、これが根本的な問題を解決したとはまだ言えないだろう。イノベーションは常に法整備の先を行く。イノベーションが生まれるたびに新しい法律を必要とするような規制システムでは、それが持つスピードに追いつくことなど不可能だ。

将来に起こる変化にも耐えうる金融規制を米国が構築しなければ、英国がもつ原則ベースのレジームによって、またはその他の要因によって、金融改革における両国の差は開き続ける一方だろう。

[原文]

(翻訳: 木村 拓哉 /Website /Twitter /Facebook

スタックの誤謬―大企業が新分野参入でいつも失敗する理由を考える

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多くの企業が新分野に挑戦する際に「スタックの誤謬」を犯し、その結果、劇的に失敗する。

伝統あるデータベース企業が「アプリ化なんか簡単だ」と思ったり、バーチャル・マシンの企業が「ビッグ・データなんかなんということもない」と思ったりするのがよい例だ。われわれはこういう考え方を「スタックの誤謬」と呼んでいる。

スタックの誤謬とは、企業がこれまで積み重ねてきたさまざまなレイヤーの上にもう一段レイヤーを重ねる〔スタックする〕ことを「ごく簡単だ」と思い込むことと定義できる。

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〔日本版注〕漫画フキダシ:心理学者「心理学などというのは社会学の応用分野にすぎない」、生物学者「心理学などというのは生物学の応用分野にすぎない」、化学者「生物学などというのは科学の応用分野にすぎない」、物理学者「結局すべての科学は物理学の応用分野にすぎない。一番偉い学問をやっていてよかった」、数学者「おお、なんだきみらはそこにいたのか。まるで見えなかったよ」

漫画のクレジット: XKCD

数学者は往々にして自然界は結局数学の方法で描写できると信じている。つまり、数学者に言わせれば「物理学なんて応用数学の一分野にすぎない」etcというわけだ。

「ただのアプリにすぎない」―スタックの誤謬

実はビジネスの世界でもわれわれは似たような幻想に陥っている。データベース企業は「SaaSアプリなんてデータベースの簡単な応用分野にすぎない」と思っている。こういう幻想は、データベース企業にSaaSアプリを作り、ライバルとの競争に勝ち抜き、新事業を成功させるのは簡単なことだという誤った安心感を与える。

歴史が教えるとおり、下位のテクノロジー要素を苦労して開発したのはそれらのテクノロジーのベンダー企業だったにもかかわらず、クラウドのIaaS分野を支配しているのはオンライン通販から出発したAmazonだ。個別要素技術の開発のパイオニアだったVMwareはAmazonにはるかに引き離され、トップをうかがうどころではない。AWSのサーバーはすべてVMWareが開発し、現にそのコア・コンピテンシーである仮想化テクノロジー上で作動している。にもかかわらずこの市場のかけ離れた1位はAWSだ。またOracleはCRMのSaaS分野でSalesforceに勝てない。Oracleとしては「Salesforceなど単なるデータベース・アプリのユーザーにすぎない」と思っているだろう。実際SalesforceはOracleのデータベース・ソフトウェアを使っている。

Appleはチップを設計し、プログラム言語を作るといった上流から世界の都市に展開されたショップまで、市場の垂直統合に大きな成功を収めてきた。にもかかわらずスタックの誤謬と無縁ではいられない。Appleは一見単純なアプリ―写真共有や地図―を作るのがいかに難しいかを発見しているところだ。

振り返ってみるとこうした例は数多い。 IBMはIBM PCの設計、製造に成功したがそのハードウェアのレイヤーの上にスタックすべきソフトウェアのレイヤーについては深く考えることがなく、結果としてMicrosoftにOS市場を明け渡すことになった。

1990年代にOracleのファウンダー、ラリー・エリソンはSAPがERPを売ってグロテスクなまでに巨大な利益を得ていることに気づいた。ERP(統合基幹業務パッケージ)は各種業務プロセスを自動化するソフトウェアだが、その実体はいくつかのテーブルとそれらを接続するワークフローだ。エリソンは数千万ドルを投じて市場参入を図ったが、結果はまだら模様だった。最後にOracleは顧客管理、人事管理などの優秀なシステムで知られるPeopleSoftとSiebelを買収してアプリ市場で地位を確立することに成功した。

大企業がスタックの誤謬の罠に陥り続ける理由は?

スタックの誤謬はある意味で人間性の本質に基づくものだ。われわれは自分が熟知している分野こそ価値があると考えたがる。読者が仮に巨大なデータベース企業でチップを設計しているとしよう。CEOがあなたに「われわれはIntelやSAPと競争できるだろうか?」と尋ねたとする。「私がチップを開発したのはRDBソフトを走らせるためでそれ以上のことは分かりません」と正直に答えるエンジニアはまずいないだろう。逆に、それまでに蓄積されたチップ設計のノウハウをもってすれば、その上にERPアプリを走らせるという新たなレイヤーを重ねるのは簡単だと考えるに違いない。ERPなどといっても所詮はテーブルとワークフローにすぎない。

成功を阻むボトルネックは、ツールの詳細を知らないことによるのではなく、顧客のニーズを理解できないところに存在する。データベースのエンジニアは顧客が必要とするサプライ・チェーンの管理についてほとんど何も知らず、企業がどんなソフトを必要としているか理解できない。もちろんそうした分野を知っている専門家を雇い入れることはできる。だがそれは〔その企業の〕コア・コンピテンシーを向上させることにはならない。

プロダクト・マネージメントというのはどういうものを作ればいいかを知るというアートだ

イノベーションというのはスタックを下に降りる方が〔既存の知識を利用できるので〕がはるかに容易だ。逆にスタックを上に重ねるのは驚くほど難しい。

エンジニアがスタックを下に降りる場合、自分自身がそうした基礎となるスタックのユーザーであり、何が必要なのかを体験から熟知している。たとえばAppleは次世代のコンピューター・チップに何が必要とされるかを正確に知っていた。Appleは当初からチップ設計の技術を持っていたわけではない。しかし重要なのは顧客ニーズであり、Appleはその部分をよく理解していた。テクニカルな能力が必要ならライセンスを買うことも専門家を採用することもできる。しかし市場のニーズを根底かから正確に把握する能力は金を出せば手に入るというものではない。

これがAppleが半導体の設計と製造で成功を収める一方、マップ・アプリでは失敗した理由だ。

Google、Facebook、WhatsApp

Googleが別の良い例を提供してくれる。Googleはメールと検索の分野で圧倒的な地位を築いており、われわれの興味、関心がどこに向いているかを正確に知っている。しかし、一見するとささいなことに思える「それを利用したアプリ」を作ることができない。つまりソーシャル・ネットワークづくりで失敗している。

これはスタックの誤謬のもっともはなばなしいサンプルかもしれない。既存のレイヤーの上に新たなレイヤーをスタックしていくことは可能だ。難しいのはどんな新しいレイヤーを重ねたらいいのかを知るのが難しいことだ。

プロダクト・マネージメントというのはどういうものを作ればいいかを知るというアートだ

スタックの誤謬という現象は、大企業が一見すると自明なテーマ、つまり熟知している分野なので少し手をのばすだけで十分につかみ取れそうなにテーマに挑んでは失敗する理由を理解するための重要なヒントになる。その答えはおそらく、何(what )をすべきかがどのように(how)すべきかより100倍も重要だという点にあると思われる。

画像: Andrey Kozachenko/Shutterstock

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(翻訳:滑川海彦@Facebook Google+

LINEはどのようにイノベーションを創出しているのか?–森川氏が掲げる3つの鍵

ITを核にしたビジネスで世界を変革させる国内外の経営者らが登壇する「新経済サミット2014」が4月9日から4月10日にかけて開催された。10日朝に行われたセッションでは、LINE代表取締役社長の森川亮氏、AME Cloud Ventures共同創業者のJerry Yang氏、Matt Wilsey氏が登壇。慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科特別招聘教授の夏野剛氏の進行のもと、「Accelerating the innovation」をテーマに語りあった。

ここではその中から森川氏が語った、LINEがイノベーションを創出するために重視している3つの「鍵」について紹介したい。

その1:意思決定の仕方について

森川氏がイベントに登壇する際やメディアへのインタビューに答える際にもよく話していることだが、LINEでは、長期の事業計画を立てないのだという。「昔はある程度決まったことを推進して成功する、まっすぐな道があった。しかし今は道が曲がりくねって先が見えない」(森川氏)。

特に日本企業は計画通りに物事が進まないことに違和感を持つが、世の中の変化についていくためには、そういった計画の通りに時間をかけることはできない。そのため、「3カ月先とか、身近なところを見て意思決定をする」のだという。

その2:組織の作り方について

何か決まった物事をトップダウンで動かすのではなく、常に物事に対して柔軟に対応できるように考えているという。

森川氏はこれを「サッカー型」の経営だと説明する。日本企業は野球型——先攻後攻が決まっていて、打順も決まっている——の経営をしていることが多いが、LINEでは、サッカーのように監督はいるがフィールドで意思決定をすることが多いのだと語った。ただし、バラバラに動いている訳ではなく、現場のリーダーがいかにその瞬間瞬間に意思決定できるかが重要になるという。「開発、デザイン、企画がコラボレーションしながら、分厚い仕様書でなく、リアルタイムで意思決定してモノを作っていく」(森川氏)

その3:サービスの考え方について

実はLINEでは、あまり会議をしないのだそうだ。森川氏は「(話し合うことで)アイデアを伸ばすことは必要だが、偉い人と会議をすると角が取れて丸くなって、良くも悪くもないものになる」と語る。

最終的にサービスの善し悪しを判断するのは経営者ではなくユーザーだ。そうであれば、作り手が考える「やるべきこと」「作りたいもの」ではなく、ユーザーが潜在的に求めているものをいかに顕在化させるかが大事になる。プロダクトを提供して、ユーザーの反応が見えれば、素早くニーズに合わせて形を変えることも大事になる。

このほかにも森川氏は「Aか、Bか」という形式で、イノベーションが起きる環境について持論を語ってくれた。

大企業か、ベンチャーか
昔ならば、体力のある大企業のほうがイノベーションを起こせたのかもしれない。しかし今は企業規模の大きい小さいではなく、変革を起こせるメンバーが居て、彼らのための環境があるかどうかが重要だ。

森川氏は現在イノベーションを起こすことに成功した事例について、「既存のプロダクトを持っており、それを壊すような正反対の性質を持ったプロダクトであることが多いのではないか」と指摘する。しかしそんなプロダクトを作ろうとすると、「内部に邪魔する人がいて、調整が必要になる」(森川氏)とのことなので、結局小さい組織が早く成長すると考えているそうだ。とにかく速いスピードでユーザーに価値を提供できることが重要となるという。

人か、金か
当たり前だが、もちろんお金は大事だ。ただしイノベーションはお金が起こすのではない。人が起こすものだ。アイデア、技術、スピード、すべての鍵は人にある。

また、イノベーションを起こすのは「頭のいい人」ではなく「変わった人」。こういった人をいかに受け入れるかも重要だとした。

サービスか、利益か
前述の金ではないが、当然利益も必要だ。しかしそれよりも大事なのは利用者へどう価値を提供するかだという。「これは投資家にも理解してもらいたい」(森川氏)。そして経営者は価値創造に注力すべきだとした。

技術か、スピードか
技術面での差別化は重要だが、つまるところは前述のとおりで利用者に価値を提供しているかどうかにある。特に技術者出身の経営者は技術を愛しすぎてしまいがちで成功しないケースがある。そして後発の会社がその要素だけをもってして成功してしまうケースもある。

潜在的なニーズをいかに顕在化するか。そこにまず求められるのはスピードだとした。


British Airways、UnGroundedプロジェクトを発表 ― テック界の著名人たちを同じ飛行機に乗せてイノベーションをせまる

British Airwaysが「UnGrounded」なるイベントを行うと発表した。これはシリコンバレーの著名人100名を乗せてフライトするという試みだ。機内では、世界の大問題が、才能豊かなテック系人物たちにぶつけられる。国連のパートナーシップのもと、初めての「UnGrounded」フライトは6月12日に行われる予定だ。Google、Andreessen Horowitz、RocketSpaceなどからの人物が乗り込む予定になっている。

British Airways EVPのSimon Talling-Smithは「UnGrounded」のプレスカンファレンスにて「偉大なイノベーションというのは、個別に部屋に閉じこもっているときではなく、お互いに顔を合わせているときに生まれてくるものだと思うのです」と述べていた。ファウンダー、投資家、エンジニア、アカデミック分野の人びとに、若干のジャーナリストを加えて100名を構成したい考えだ。その100名で10時間のフライトを行い、ともに難問にチャレンジする。

UnGround計画での「イノベーションラボ」(innovation lab in sky)は、今後も飛行計画などを変更しつつ定期的に行なっていく予定にしているそうだ。最初のフライトではテクノロジーイノベーターと、世界的な問題の間に横たわる「ミスマッチ」について論じるものとなるとのこと。

ロンドンに到着した際には、第1回UnGroundedに参加したメンバーたちが国連もサポートするDecide Now Act (DNA) Summitにおいて、また、国際電気通信連合の事務総局長に対して成果のプレゼンテーションを行う。具体的な搭乗者はAndreessen HorowitzのTodd Lutwak、GoogleのLeor Stern、Innovation EndeavorsのCelestine Johnson、RocketSpaceのDuncan Logan、Silicon Valley BankのGerald Brady、そしてStanford GSBからMarguerite Gong Hancockなどとなっている。

Eric SchmidtのInnovation EndevorsやRocketSpaceなどが資金を拠出し、IDEOが飛行中のプランを練る。上に記したような人びとが一堂に介することはそうあることではなく、またせっかくのアイデアも、実現組織を用意できなければ無駄になってしまう。これはかなりチャレンジングな出来事となりそうだ。ちなみに客席は搭乗者数に合わせて100席ほどに減らされ、作業空間としてかなりまともなスペースを用意できそうだとのこと。

ところで、この計画がなぜBritish Airwaysにより実現されることになったのだろうか。Talling-Smithは次のように述べている。「私たちは実績豊かな航空会社であると自負しています。製品とサービスを皆様にお届けし、イノベーションを生み出す努力も続けております。但し、イノベーションの実現方法はいろいろと変化し続けています。テクノロジーの世界ではさまざまなことが日々起こっています。そこで私たちは、自分たちにできることは何なのかをもう一度問いなおしてみたのです。そして、私たちにとっては見慣れた存在である“機体”を、進化のための“坩堝”として利用できるのではないかと思い至りました。また、このUnGroundedは“イノベーター”として、まさにやりがいのあるプロジェクトであると考えたのです」。

「イノベーターと、世界的な問題の間に横たわる“ミスマッチ”」について論じるというのは、少々具体性に欠けるもののように聞こえるかもしれない。しかし、TechCrunchとしてもそうした視点の重要性を日々感じている。世界をより良いものにするという発想を持たず、目先にある小さな利便性にばかりとらわれるスタートアップもある。才能あふれる人びとをひとところに集めて、世界的な大問題に集中させることは、より多くのイノベーターたちを、より生産的な問題解決に向かわせる手段となり得るかもしれない。

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(翻訳:Maeda, H)