施工主と施工業者をマッチングするプラットフォームを提供するスタートアップ企業のシェルフィーが、ジェネシア・ベンチャーズ、ベクトル、Skyland Ventures、個人投資家を引受先とする第三者増資により、総額1億円の資金調達を行ったことをTechCrunch Japanへの取材で明らかにした。
1億円の追加資金調達といえば、いまの日本のスタートアップ界では決して大きな金額ではない。資金調達が3年前のシード資金1500万円のみといえば、なおさらそう思う読者も少なくないことだろう。
シェルフィー創業者の呂俊輝(ろい・しゅんき)氏によれば今回の資金調達は「月額制から成果報酬へ」というビジネスモデルの転換のために行ったもので、一時的にキャシュフローが変わることに備える打ち手だという。創業以来、想定外のトラブルで社員の給与遅配という最悪の事態に青ざめることもある「自転車操業状態」(呂氏)だったことに比べると、1億円の資金のバックアップがあることで経営が安定。「最近顔色がよく元気だと言われます。よく眠れるんです」と笑う。
シェルフィー創業者の呂俊輝氏
「いつも月末にお金がなくて。常にお金がなかった。売上は安定して伸びていたのですが、月額制課金といっても1年一括前払いで頂いていたのでキャッシュフローで心配がつきなくて。ああ、今月はあと2社集めてこないと資金ショートだ、というような状態がずっと続いていました」
そんなシェルフィーは創業依頼、3年間かけて業界関係者の懐に深く入り込み、小さなピボットを積み重ねてきた。
建設業界のビジネスを効率化し、不要な中間マージンを吹き飛ばす。そのはずが、気づけば自分たちも上乗せされた手数料として図らずも中間マージンを取る側になってしまっていた。マネタイズしなければ生き残れないという現実がありつつも、業界の透明化と効率化を図るはずだったという理想のギャップからたどり着いたのは、課金モデルを大きく変える必要性。新しい課金モデルを根付かせて事業を大きく伸ばすために必要だったのが今回の資金調達だという。
ニーズを知り、信頼を勝ち取るために業界に深く潜入
シェルフィー創業者の呂CEOは「わらしべ長者」のように少しのキッカケをつかんで業界に入り込むのが得意なようだ。
「起業当初は右も左も分かりませんでした。でも、初めてお客さんとなってくれた1社目の施工業者の方が、現場を見せてくれたんです。工事現場って立入禁止のテープが張ってあるじゃないですか? あのテープ、あれを越えて中に入れてくれたんです。創業してまだ1週間目のことでした。うれしかったですね。『ああ、業界に受け入れられたんだ』って(笑)。いまもその方には本当に感謝しています」
テック系業界に身をおいていると勘違いしがちだが、伝統的な産業では「IT」に対する風当たりが強いこともある。
「(ライブドア創業者の)堀江さんの逮捕で『IT業界』のイメージが止まっているんです。地方の施工業者に営業に行っても、最初は『胡散臭いやつら』と見られて相手にされない。まあ、こちらはITの若造じゃないですか」
「ただ、ぼくらは施工のことはすごく勉強しているわけです。例えば木の加工手法の専門的な話なんかをすると、なんだお前たちITなのに俺たちの業界のことを良く分かってるじゃないかって感じで打ち解けて。それで飲みに連れて行ってもらったりするうちに、いろいろと教えていただけたりするんです。最初の壁を超えると後は話が早い」
業界の中から商習慣の革新に挑戦中
現在シェルフィーは東京、大阪、福岡など9都市に300社の施工業者を顧客として抱えている。全国には約3万の施工業者があるので伸びしろはまだ大きいが、顧客数や事業拡大よりも優先しているのが「施工案件のコンペを正常に開催するというイノベーションを起こすこと」という。逆にいえば、現在の建築業界のコンペは歪んでいる、というのが呂CEOの見立てだ。
シェルフィーが扱う建築案件の多くは、飲食、小売、ファッションなどの店舗。保育園や病院もある。実は全国チェーンを展開する大手が新規店舗を開くというケースが多いという。東京に本社があって、たいていは「店舗開発部」というような専門部署がある。この専門部署が「困っている」のだという。
バブル期に84兆円規模あった建設市場は直近で50兆円規模に落ち込んでいる。そこに2013年の東北震災やオリンピック需要もあって、いまは需給が逼迫。施工を請け負える業者を探すのが難しくなっているのだそうだ。
そんなこともあってシェルフィーでは「店舗開発ナイト」と名付けたディープな業界関係者向けイベントを主催し、業界の担当者間のノウハウ共有も支援しているという。
「店舗開発部は、どこも悩みは同じなんです。見積もりの適正価格が分からない、コンペの最後で施工主側の社長が出てきてプランをひっくり返す、後輩教育が難しい、そもそも依頼できる施工業者を探すのに困っている、といったことです」
例えば飲食チェーンが富山県に新規出店するというとき、担当者が出張して施工業者を探すのは負担が大きい。シェルフィーは典型的なツー・サイド・プラットフォームだが、地道に地方へ営業を行って施工業者を顧客として開拓していったことが奏功した。2014年の創業以来、発注総額は150億円に積み上がっていて、そこから得た「施工主」「施工業者」の両方の悩みと本音を知り尽くしたことが強みだと呂CEOはいう。
自転車操業でも売上増にコミットした意地と苦労
シェルフィーは2014年の創業以来、基本的に自己資金で事業を育ててきた。1500万円のシード資金はすぐに底をつき、VCからの出資話も頓挫するという苦労をしている。
「実は以前に1億円の資金調達の予定もあったんです。それが最後にVCに断わられてしまって……。そこからですよね、よし、自分たちで稼ぐぞ、外部に頼らないぞといってメンバーの意識が変わったのは。VCにプレゼンした事業計画の売上推移を何がなんでも達成するぞって」。
売上を作るために、1つ1つの案件をいわゆる「手売り」したことが、結果として業界の本質的問題への直感として結晶し、3年経過してみて呂CEOの信念に結び付く。
「最初は全部マッチングを人力でやっていたので、どちらかと言うと人材紹介ビジネスに近かったんです。施工業者ごとにシェルフィーの担当営業マンがいて、施工の依頼案件に対して施工業者の稼働状況とか得意地域とか、そういうのを勘案しながらマッチングしていました」
「施工主と施工業者は『顔合わせ』といって、受注の前に互いにニーズや条件を確認するミーティングをするのですが、そこに同席して司会進行もシェルフィーでやったりして(笑)。そうやって一件一件成約をしていました」
「ITリテラシーはどうか、何に困っているのか。そうしたニーズを知りたかったんです。だから、現場に入ってガッツリやってきました」
本音を言わない依頼主と受注側が、透明化と効率化のボトルネック
日本人らしい話だが、「顔合わせ」では、なかなか両サイドとも本音は言わないという問題があるという。施工主はやりたいことを言わないし、施工業者は工期がきつくても「できます」と言いがち。さらに言うと、発注者側は自分たちのニーズを把握していないことも多い。海外では施工主はプロジェクト・マネージャーを雇い、専門家が業者と交渉することが多いそうだが、日本では専門家のサービスに対価を支払うという商習慣や文化がない。
そこでシェルフィーがやったのは案件ごとの詳細な聞き取り情報のデータ化と透明化。
支払いサイトや支払い方法(現金か手形か)に始まり、図面、予算や工期はどうか、初出店か、ターゲット利用者は誰か、特に力を入れたい部分は何かといった100項目以上にわたる聞き取り調査シートを案件ごとに用意して可視化。項目には担当者の人柄なんていう項目もあるそうだ。いい人か悪い人かではなく、積極的に提案をする業者か、どちらかというと言われたことを的確にやるタイプかといった違いで、これは発注者側にとっては重要な情報なのだとか。
現在はこうした標準化されたフォーマットから最適な業者をランキングするアルゴリズムを開発。地域や得意領域、実績のある店舗の種類や業種といったことから施工業者を選び出せるようになっているという。
横浜の案件なら横浜の業者が良いし、マルイ系ショッピングモールの実績があるなら、マルイ系の案件のマッチ度が高いといったスコアで判断をしている。このランキングに基いて上位50〜60社の施工業者に案件メールを一斉送信する。人気案件だと3社というコンペの枠は数十秒で埋まるという。
案件終了後には20項目にわたる相互評価も行い、その結果はランキングにも反映される。
さらに、これまで施工実績がないために案件獲得が難しかったものの、実力的には施工可能というマッチングも生まれてきているそうだ。施工管理会社は専門化が進みがちで、何度かアパレルを手がけるとアパレルの案件ばかりが来るようになる。しかし、本当のところアパレルを手掛けたことがあれば、実はカフェも上手に施工できるというような組み合わせがある。シェルフィーは、そうした知見をためてマッチングの効率化を進めているそうだ。
「出店時期は業種ごとに重なりがちです。例えばアパレルばかりやってると繁忙期に左右されたりします。だから施工業者が業種の幅を広げるのは意味のあることなんです。ただ、未経験の業種の初めの1件目の案件受注というのは難しい。そこをお手伝いしている形です」
マッチングの最適化ということでいえば、これまで施工の工程やプレイヤーのかかわり方から難しかったことも可能になりつつあるという。例えば、納期は伸びるものの家具を中国に発注できる施工業者や、木工工場を持っていて金属にこだわらなければ安く良い家具が作れるというようなことがある。施工主のこだわりポイントを事前に詳細に聞いておくことで、何が重要で何が必須でないかを分かったマッチングができる。「これまでオフィスのパーティションなんかでも、後50センチずらせば安くできるのに、それが設計デザイナーに伝わらなくて高くなるということがありました。そういったところの『翻訳』は大事です」。
自分たちの手数料が余計に中間マージンを引き上げてしまう結果に
施工業者を1社ずつ開拓し、施工案件を1つ1つ積み重ねた3年間。累計発注額は150億円を超えた。現在シェルフィーでは平均案件単価が1500万円(30〜40坪の案件)で月間4〜8億円、年間100億円規模の発注額を積み上げているそうだ。
建設業界の案件は「施工主→施工管理会社→(実際の工事を行う)専門業者」というふうに流れる。施工主には自宅を建てる個人も含まれるが、実はここは日本では建売住宅が主流のため大きな市場ではなく、85%は店舗需要。年に10万店舗の新規出店や移転があるという。その下流工程といえる専門業者側のプラットフォームとしては、スタートアップのツクリンクがある。だだ、発注者側の「上流を透明化するところに最大のニーズとインパクトがある」というのが呂CEOの考えだ。
シェルフィーは当初は施工業者から15万円の固定フィーを得る月額制ビジネスを展開してきた。それを2016年末から転換。コンペにおける報酬制に変えようとしている。どういうことか。
問題だったのは施工業者側のインセンティブや、不透明な見積もり習慣だ。
当初シェルフィーでは施工費の5%を受け取るモデルを展開したが、そうすると、施工業者は自分たちの手数料にさらに5%を上乗せしてコンペに案を出すだけになってしまった。2000万円の案件に対してシェルフィーの手数料が100万円とすると、最初から2100万円としてコンペに出してしまうということが起こったのだそうだ。
透明化をして仲介手数料を下げるために始めたプラットフォームビジネスなのに、逆のことが起こった。そこで15万円の月額固定料金として、施工業者に安定して送客する月額課金制に変えてみた。それでもやはり「ぼくらが中間搾取の一部になってしまった」(呂CEO)という。それでは案件ごとの単価が上がるため「シェルフィー案件」はコンペに負けることにもなっていた。
月額課金制度を廃止して、コンペ参加費用を徴収するモデルへ
結局、日本の建設業界のコンペというのは情報が不透明で、「安くて良いプラン」で競争すべき理由が欠けているたのだ。コンペというのは発注側の上司や社長を納得させるためのポーズに成り下がっていて、あらかじめ「(発注側として)いくらなら出せる?」というのに合わせてプランを出すようなコンペすらあるという。アイミツを取ったということを言うためだけに「発注はできなくて申し訳ないけど、2000万円の金額の見積もりを作ってもらえないか?」という依頼が施工業者に来たりする、そんなおかしな商習慣まであるという。
「コンペの理想は、施工業者が得意分野で値段を切り詰めたり、資材も安いものを調達するなど努力をすることです。では、どうすれば努力をするか? 勝たないと損だという状況を作ることです。新しい課金モデルでは、まずコンペの参加費用として施工費の1%をコンペに参加する3社から徴収します。月額制だとコンペに負けても別に損はしません。コンペ参加費用を取れば、勝たなければ損なので良いプランを提案するインセンティブになります」
「コンペに勝ったら成果報酬として2%いただきます。合計3%の手数料ですが、仲介業者は5〜10%取るのが一般的なので、これでもまだ安いんです。しかも、従来は5〜10社でコンペしていたのを3社だけに絞る。勝率は悪くないですし、チェーン店展開の案件が取れれば、続く案件の受注にも繋がる可能性がある。施工業者にしてみたら高くはないんです」
コンペに負けると損をするという課金モデルへの変更は、一部の施工業者から反発もあったという。すんなりと受け入れられるものではなかったが、2016年末に開始した新課金モデルの移行は今回の資金調達と前後して完了しつつある。
シェルフィーには現在15人正社員と3人のインターンが在籍している。毎年4月には新卒入社も含めて全社員にストックオプションを配っているそうだ。新しい課金モデルで業界の変革に挑戦し、今回の仮説と方程式が正しいことが証明された段階で、次回は大きく不動産や商社などシナジーのある事業会社から大きく資金を調達をする。そして、ゆくゆくは200億円程度での上場を目指すしたい、と呂CEOは話している。
建設業界のコンペのあり方を変えて「公正公平なプラットフォームを作りたい」というシェルフィーの挑戦は現在進行系だが、業界特化プラットフォームの作り方としても、今後に注目だ。