エン・ジャパンが中小企業のDX化に向け100億円規模のスタートアップ投資を発表

エン・ジャパンは7月13日、国内の中堅・中小企業の営業やバックオフィスなどのデジタル化を支援するDXソリューション事業を展開することを発表した。

新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、テレワークや電子署名などをはじめとするデジタルトランスフォーメーション(DX)のニーズが高まっている一方で、同社の主要顧客である約15万社の中堅・中小企業は資金不足や人材不足で、DX化になかなか踏み切れない状況を打破するのが狙い。

エン・ジャパン単独で顧客のDX化を進めるわけではなく、スタートアップ企業などとの協業によって実現していく点が特徴だ。投資規模は100億円を想定している。なお直近では6月に、経営者マッチングプラットフォーム運営のオンリーストーリーに出資。XTech Ventures(XTech1号投資事業有限責任組合)とともに共同リード投資家を務めた。

同社はテレビCMなどでもおなじみの転職サービスや、Engageなどの採用支援ツールなど、HRテック事業の知名度が高い企業。現在では、入社後のオンボーディングフォローアップサービス、動画面接ツール、タレントマネジメント、EラーニングなどのHR系のサービスを拡充している。

その一方で2020年3月に、外資コンサルタント会社や投資銀行出身のメンバーを中心としたベンチャー、スタートアップ企業とのアライアンス・出資を推進する社長直轄の部署を新設。8月にはITコンサルティングファーム出身者などで構成されるDXソリューションチームの設置も決まっている。

同社社長の鈴木孝二氏は今回のDX事業立ち上げについて「エン・ジャパンは3年前からオンラインセールス課を設け、社内のDX化を進めてきました」と語る。オンラインセールス課の成果やノウハウをを同社の顧客に対してセミナー形式で公開しており「テックドリブンで事業を進めているIT系企業にこういった営業ノウハウは意外にも喜ばれる」とのこと。

また新型コロナウイルスの影響もあり採用事業は一変し、「人をどんどん採用して成長させるだけでなく、さまざななツールを駆使してスタッフを増やさずに事業を成長させたり、守ったりすることも重要になってきた」と同氏。

今回100億円規模の資金をスタートアップに投資することについて鈴木氏は「エン・ジャパンの財務体力を考慮した枠は200億円ぐらいですが、その半分をHR領域以外に投資していきたい」とのこと。オンリーストーリーへの投資で共同リードとなったことからもわかるように「張って当たればいいという出資ではなく、出資比率高めで各スタートアップ企業にコミットしていく」と鈴木氏。HR事業に並ぶ柱として同社は、スタートアップ企業との協業やM&Aなどにより中小企業のDX化を強力に進めていく方針だ。

関連記事:経営者マッチングプラットフォーム運営のオンリーストーリーが約3.45億円を調達

AI搭載型クラウドIP電話「MiiTel」開発のRevCommが8億円調達、海外進出を目指す

RevComm(レブコム)は5月11日、シリーズAラウンドのファーストクローズで8億円を調達したことを発表した。第三者割当増資による調達で、引受先はWiL(WiL Fund II, L.P.)をリード投資家として、PERSOL INNOVATION FUND、エン・ジャパン、ブイキューブ。WiL以外の3社は、シリーズAラウンドに先立って新株予約権での投資をしていた実績がある。なお同社は、シリーズAラウンドで総額15億円の調達を目指している。

同社は今回調達した資金を、新サービス開発およびサービス品質向上ための研究開発、海外進出、組織基盤強化の事業に投資するとしている。同社が開発した「MiiTel」(ミーテル)は、AIによって通話内容を解析・テキスト化することで電話営業を可視化するAI搭載型クラウドIP電話。IP電話のため、電話回線の敷設や契約は不要でリモートワーク環境にも導入しやすいのが特徴だ。顧客との会話内容をあとから聞き直せるので、セルフコーチングツールとしても活用できる。同社によると、提供開始約1年半で5000ユーザーを獲得しているとのこと。

MiiTelの1ユーザーあたりの月額コストは、基本使用料5980円、電話番号使用料1500円、モバイルアプリ使用料500円。同社は新型コロナウイルスの感染拡大防止のための全国的な外出自粛要請を受け、3月2日~4月30日までの2か月間は利用料金を無償化していた。すでに受け付けは終了しているが、第2弾の無償サービス提供を実施済みで、申し込みを済ませた企業は最長で5月末までの無償利用が可能だ。

関連記事:テレセールスをテレワークで、新型コロナ対策でAI搭載IP電話「MiiTel」が2カ月無償に

IPO果たしたChatwork、スペースマーケットの組織づくりと採用:TC School #17レポート2

TechCrunch Japanが主催するテーマ特化型イベント「TechCrunch School」第17回が1月23日、開催された。スタートアップのチームビルディングを一連のテーマとして展開する今シーズンの4回目、最終回となるイベントでは「チームを拡大する(拡大期の人材採用)」を題材として、講演とパネルディスカッションが行われた。

この記事では、パネルディスカッションの模様をお伝えする(キーノート講演のレポートはこちら)。千葉道場ファンドで取締役パートナーを務める石井貴基氏は、キーノートに続いてパネルディスカッションにも登壇。Chatwork代表取締役CEO兼CTOの山本正喜氏、スペースマーケット取締役CFO兼人事責任者の佐々木正将氏、エン・ジャパン執行役員の寺田輝之氏を加えて、IPO前後の社内組織づくりや人材採用などについて聞いた。

Chatwork、スペースマーケットの設立からIPOまでの軌跡

まずは登壇者それぞれの自己紹介と、各社事業の簡単な紹介があった(石井氏の紹介については、キーノート講演レポートをご覧いただきたい)。

トップバッターは、Chatwork代表取締役CEO兼CTOの山本正喜氏。Chatworkは2000年、大学在学中に兄の山本敏行氏と正喜氏が兄弟で創業した企業で、実は20年事業を続けている。創業当時は兄・敏行氏がCEOで、正喜氏はCTOだった。

設立から11年目に、ビジネスコミュニケーションツールの「Chatwork」を正喜氏が中心となってリリースし、プロダクトの成長に合わせて社名も変更。2018年に正喜氏がCEO兼CTOに就き、2019年9月に東証マザーズへの上場を果たした。

2019年12月末時点での従業員数は106名。大阪本社、東京オフィスのほかにベトナム、台湾に拠点を置くChatwork。「働くをもっと楽しく、創造的に」をミッションに掲げる同社は、Chatwork以外にも、セキュリティソリューションのESETを扱っている。

「我々はChatwork以前から行っていたセキュリティ事業で収益を上げて、そこからChatworkへ投資していたので、外部から資金調達を行ったのは、結構後になってからのことだった」(山本氏)

代表取締役CEO兼CTO 山本正喜氏

Chatworkは2011年、国内ビジネスチャットプロダクトのパイオニアとして誕生した。電話やメールに代わるビジネスコミュニケーションツールとして、グループチャットのほか、タスク管理、ファイル共有、ビデオ・音声通話といった機能を提供。ビジネスチャットツールとしての利用者数は国内ナンバーワン、導入社数は24万6千社以上(2019年12月末日現在)に到達している。

IPOまでの売上の軌跡も紹介してくれた山本氏。設立から10年で既存事業が踊り場に来たときに、新たに投入されたプロダクトがChatworkで、「しばらくは苦しい時期が続いたが、2015年のシリーズAラウンドで資金調達を行い、そこからぐっと売上が伸びた」と説明する。設立以来の売上の比率は、集客支援(SEO関連)、ESET事業と移り変わり、長く会社を支えてきたが「いつまでも他社製品に頼っていてはいけない。自社製品をつくろう」として開発されたChatworkが、現在は売上の中心となっているそうだ。

続いては、2019年12月20日に東証マザーズへの上場を果たしたばかりのスペースマーケット佐々木氏からの自己紹介・事業紹介だ。佐々木氏は、スペースマーケットでCFOとしてファイナンスを担当しながら、人事責任者を兼任する。2017年にベンチャーキャピタルからの紹介で代表取締役CEOの重松大輔氏と出会い、ジョインした。入社後はコーポレートの組織構築、上場準備開始から着手し、ファイナンス、組織、経営管理を主に担当している。

スペースマーケットは、さまざまなスペースを1時間単位で貸し借りできる、スペースシェアリングのプラットフォームを運営するスタートアップだ。「チャレンジを生み出し、世の中を面白くする」をビジョンに掲げ、「世界中のあらゆるスペースをシェアできるプラットフォームを創る」ことをミッションに、2014年、代表取締役CEOの重松大輔氏が創業した。現在は約50人の従業員を擁し、1万2000件以上のスペースをサイトに掲載する。

スペースを借りたいゲストと貸したいホストをマッチングし、ゲスト手数料を5%、ホスト手数料を30%として、双方から手数料を得るビジネスモデルを採るスペースマーケット。現在は「全国47都道府県にある、種類もさまざまなスペースを掲載している」と佐々木氏は説明する。

「家を一軒貸すケースもあれば、部屋を一部屋、使っていない時間帯だけ貸すケースもある。住居だけでなく、オフィスの空き会議室や、空き時間の飲食店、スポーツ施設などもある。スペースマーケットで特徴的なスペースとしては廃校や、お寺といったものも提供されている」(佐々木氏)

スペースマーケット取締役CFO兼人事責任者 佐々木正将氏

利用用途として多いのは、パーティーなどの会合で使われるケースだそうだ。会議や撮影などにも使われるほか、ボードゲームの集まりで使われることも。「実現している世界としては、ママ会などが有用に使われる例となっている。子ども連れでも安心・安全に、レストランなどと違って気を遣わずに使える場として活用されている」(佐々木氏)

貸す側のニーズとしては「古民家で、全く使っておらず、維持費はかかるが壊すのはもったいないので、誰かに使ってほしい」という事例や、「取り壊し予定のビルで新たな賃貸契約は結べないが、壊すまでの間は時間貸ししたい」といった事例があるという。「少子高齢化で浮上している空き家問題解決の対策にも貢献できるのではないか」と佐々木氏は言う。

事業は2019年9月(2019年度3Q)時点でGMV(流通取引総額)が16億円規模まで伸張。GMVを因数分解し、「利用されているスペース数」と「スペース当たりの平均利用金額」も主要KPIとしているそうだ。全社総取扱高・営業損益については、「数値・コストを厳しく管理して、3Q時点で黒字転換。黒字でIPOを果たせるよう進めてきた」と佐々木氏は述べている。

佐々木氏は「今後、広告媒体としてのスペース活用により、法人向けイベントプロデュースやプロモーション支援なども強化していきたい」と話している。

シェアリングエコノミー業界に属する企業として、スペースマーケットには「業界全体の発展推進にも貢献したい」という意向もあり、代表の重松氏は、シェアリングエコノミー協会を設立し、代表理事も務める。「スペースマーケットではこれからも、新たなスペース利用の可能性を創造し、スペースシェアのモデルを確立していきたいと考えている」(佐々木氏)

TechCrunch Schoolの一連のシリーズのスポンサーとして登壇してきた、エン・ジャパン執行役員の寺田氏。今回のディスカッションでは、モデレーターを務めるTechCrunch Japan 編集統括・吉田博英とともに、進行役として参加してもらっている。

寺田氏はエン・ジャパンで2016年8月に、採用支援サービス「engage(エンゲージ)」を立ち上げ、中心となって運営している。engageは「誰でも採用が始められて続けられる」(寺田氏)ことをコンセプトに誕生したサービスだ。

「engageでは、エン・ジャパンが求人サービスを提供する中で得たエッセンスやノウハウを応用し、企業独自の採用ページを、クックパッドのレシピが投稿できる人なら誰でも作成できるようにした。また採用情報がつくれても、応募が集まらなければ続けられないので、オンラインの採用マーケティング機能も強化してきた。IndeedやYahoo!しごと検索、Google しごと検索といった求人のメタ検索エンジンにも自動連携し、求職者にリーチすることができるようにしている」(寺田氏)

寺田氏は「LINEキャリア」を運営するLINEとのジョイントベンチャー、LENSAの代表取締役も務めており、LINEキャリアへの求人情報掲載無料も実現している。

engageは2020年1月現在、25万社が利用。スタートアップから大手企業まで多くの企業の採用に活用されている。スタートアップでは「本業にデザイナーやエンジニアのリソースを集中したいというニーズが大きい一方、採用広報やHR担当者にはテクニカルスキルが十分でなく、情報発信が難しいことも多い。そういう方でも簡単に採用情報を発信できるということで利用されている」とのこと。

また、大手企業の場合は「会社としての採用情報は公開されているが、セールス部門とエンジニアリング部門ではカラーがかなり違う、といったこともある。そういう各部署でチームメンバーを募集するために利用されることもある」そうだ。

事業の信頼性、安心感がIPOで社会に広く伝わる

ディスカッションではまず、昨年マザーズ上場を果たしたばかりの2社に「なぜ、このタイミングで上場したのか」という質問が投げかけられた。

Chatworkの山本氏は「自己資金で黒字経営でずっと来ていたので、元々は上場する気はなかった」としながら、「Chatworkのビジネスをきっちり成長させるには、資金調達やIPOというモデルが合っていた」と話している。

「成長するSaaSほど、初期は赤字になると言われている。Chatworkはユーザー数も大変増え、チャーンレートも低く、伸びるとは分かっていたが、エンジニアをたくさん採用すると大赤字になっていた」(山本氏)

同社には黒字経営のポリシーがあり、Chatwork事業も「ほかの事業を食い潰しながら、我慢しながらやっていた」という山本氏。だが、2015年ごろ、ビジネスチャットのカテゴリが盛り上がりを見せ、サンフランシスコやシリコンバレーのスタートアップエコシステムの中でも資金調達が活発になる。日本では先行していた同社としては「Chatworkを利用する顧客のためにも、会社のポリシーよりプロダクトの成長にコミットすることを決断した」そうだ。

「ビジネスチャットはコミュニケーションの根幹を預けるインフラビジネス。そこへの信頼性という点でも上場は向いていたし、モデルとしてもエクイティで成長させるというのが向いていた。資金調達から、順調に背徴させて、無事上場することができた」(山本氏)

スペースマーケットの佐々木氏は、上場を前提にCFOとして同社に入社している。「投資契約の上場ターゲットが2019年だった。私が2017年に入社した後、一番最初にやった仕事が、主幹事会社の選定だった」と振り返る。その後も事業計画の変更など、2019年の上場を目指して準備を進めていったという佐々木氏だが、「最後の最後、上場承認が発表される1〜2週間前になって、バリュエーションなどの話で社内で議論となり、(ボードメンバー間で)悩んだ」と明かす。

それでも上場したのは「スペースシェア、シェアリングエコノミーについて、個人のデリバリーサービスへの不安やアメリカの民泊サービスでの事件などがあった中で、スペースマーケットは『安心・安全に使ってもらえるサービスだ』と社会に知ってもらいたい」(佐々木氏)との思いからだったそうだ。

石井氏が創業したアオイゼミでも「IPOストーリーで考えてはいたが、具体的に上場を考える手前でM&Aとなった」とのこと。石井氏自身は「IPOという世界を見たことがない」として、2人の話に「勉強になる」と述べていた。

IPOまでの社内組織の変化・変更点

続けて「IPO前後の社内組織の変化や、変更した点はあるか」との問いに、佐々木氏が答えた。

「IPO後の方は1カ月ほどしかないが、前について言えば、アーリー・ミドル期からレイターへ移るころに変化はあった。ミドル期ぐらいまでは、何もできていない状態なので、チャレンジをすれば当たる確率が高く、やれば伸びる、という状況だった。そこから上場を見据えて利益づくりに動くようになると、施策の精度や予算達成が求められるようになる。だから去年1年間ぐらいは、社内的には閉塞感を感じていたメンバーもいたかもしれない。それが上場承認を社内で発表した途端に雰囲気が明るくなり、『また新しいチャレンジをしていこう』というモードになっている」(佐々木氏)

組織変更については「IPO後の1月から早速、権限委譲を始め、部長職の擁立などを進めている」と佐々木氏は話している。

山本氏も「うちもIPOからそれほど間がない」と前置きしつつ、上場前後で「あまり大きな変化はなかったように感じる」と述べている。「よく言われることだが、IPO申請期は事業計画の蓋然性の証明がきつい。売上・利益を計画の上下5%に収めるように、というかなりの『無理ゲー』をみんなクリアしなければいけない。ただ僕らはそれほど大変ではなかった。そこはSaaSビジネスの強みだが、変動が小さく、数字が読みやすいこともあって、計画周りではそれほど苦労しなかった」(山本氏)

組織については「上場というよりは、資金調達前後で変わっている」と山本氏は言う。「もともと30人ぐらいのスモールビジネスで15年やってきて、社員満足度が大事という『ファミリー』なカルチャーだった。資金調達後は、Excelで言えば2次曲線を描くような成長を求められ、後半は特に新規事業づくりなど、やり遂げるためのプレッシャーがかかる。以前は知り合いの紹介で社員が入社して、離職も少ない会社だったところを、18億円調達して『使わなければならない』ということで採用を活発にして、1年でそれまでの倍の50人になった」(山本氏)

急な人数増、というだけでなく、「それまでのファミリーなカルチャーの人に対して、少し山っ気のある『一発当ててやろう』というような人も入ってくるようになり、カルチャーの衝突が起きた」と山本氏は振り返る。「会社としては、スケールさせる組織のカルチャーや事業の仕組みにアップデートしていかなければならないので、アジャストするんだけれども、変わりきれない部分もあり、そこがぶつかって組織崩壊も何度か経験し、2016〜17年ぐらいはしんどかった」(山本氏)

その後「アップデートの仕方を経営陣も学んで、50人の壁を乗り越えるメドがつく頃には組織も落ち着き、IPO前後には安定していた」(山本氏)ということだ。

IPOに関連して寺田氏が「社員が盛り上がったタイミングはいつだったか」と聞くと、佐々木氏は「上場承認日だった」とのこと。「15時に有価証券届出書がウェブで公開されるのだが、これが社内での発表前だったので、社内はザワザワしていた。15時半ごろに、社内でも正式に公表した」(佐々木氏)

一方の山本氏は「IPOの発表は盛り上がったことは盛り上がったけれども、盛り上げすぎないように気をつけていた」そう。「スタートアップの失敗談として、IPOを目標にしすぎると、IPO後ヤバいと聞いていたので、離脱や燃え尽きが起きないように、発表前から繰り返し『IPOはゴールではなくてスタートだ』と話していた。『IPOは、運転免許が取れたようなもの。我々はやっとクルマに乗れるようになったところ』と社員には説明していて、上場当日も意図的に盛り上がらないようにして、『社会的責任が出たから、これからもがんばろうね』という話をした」(山本氏)

IPOに向けた採用・事業での取り組み

IPOに向けて、集中して取り組んだ採用や事業についても、2人に聞いた。

佐々木氏がスペースマーケットに入社したのは2017年1月だが、「直前の2016年冬は業績が良かったのに、入社後の1月から3月はあまりよくなかったので、騙されたと思った(笑)」という。そして3月、千葉道場に参加した佐々木氏は、あるスタートアップのCEOにKPIの生データを見せてもらい、やり方を持ち帰って細かいKPI管理を行うようになった。

「スペースマーケットの掲載物件には、いろいろな場所、用途がある。ユーザーも法人、個人ともにいて、エリアもさまざま。料金も数百円から100万円まで幅広い。そうしたサービスを数字で判断するということを、2017年から始めた。2017年4月から6月は毎日KPIをみるようにしたところ、夏ごろから施策の精度が段々上がっていった」(佐々木氏)

千葉道場ファンド取締役パートナー 石井貴基氏

ここで石井氏から「KPIをゴリゴリ管理するようになって『社風が変わる』ではないが、既存メンバーから嫌がられなかったか」と佐々木氏に質問があった。

佐々木氏は、「確かに当初は嫌がられたが、重松氏が『新しいことをやろう!』という部分を担当した」と回答。自身が数字管理などの「厳しい方」を担当することで棲み分けを行ったということだった。

山本氏も、IPO前の数字の管理については「かぶるところがある」と話す。「IPOに向かう前は、事業が当たって勝手に伸びていく、といった具合で、フィーリングで経営していた。しかしVCからの投資が入ってからは、『ケーパビリティを超えることをやろうとしているのに、科学的にやらなければ実現は無理だ』ということで、なぜうまくいっているのか、数字を解明することから始めた。ひたすらデータ化し、分解しまくって、巨大なスプレッドシートに何百個というデータを最初は手作業で入力し、それを徐々に自動化して、データの見える化に3年ぐらいかかった」(山本氏)

山本氏は見える化によって「ようやくファクトで議論できるようになった」といい、「経営や事業は、科学しないとスケールしない」と語っている。

また山本氏は、役員からのトップダウンで組織で経営するにあたっては「経営会議をしっかり開くことも有効だった」と話している。ボードメンバーは5人。経営の意思決定が進まないという課題に対し、経営会議を週3回の頻度で開催するようにしたが、「話すことはなくならなかった」と山本氏はいう。

監査役も入った正式な会議を週2回、週1回はボードメンバーだけで集まって、よもやま議論を行っていくことで「ボードメンバーの結束が高まった」と山本氏。「今は週2回実施となったが、今でもまだまだ話すことがある。経営会議の頻度で、経営陣、社長と役員が一枚岩になったことは、100人の組織の壁を乗り越えるためのひとつのプラクティスでもあるのかなと考えている」(山本氏)

CEOでもあり、CTOでもある山本氏には「経営会議ではCEO、CTOのどちらの立場として発言するのか」との質問も投げかけられた。山本氏は「話題によって、帽子をかぶり分けている」と答えている。

「これは結構難しいのだけれども、経営会議ではCEOの帽子をかぶらざるを得ないときが多い。ボードメンバーのひとりに開発本部長、VPoE的な役割のメンバーがいるので、必要なときには、彼にCTO的な立場を取ってもらって、自分は結構厳しいフィードバックをするようにしている」(山本氏)

目的達成に影響を与えたキードライバーは?

エン・ジャパンの寺田氏からは2社に「どんなKPIを見て、それをどう上げていったか」という問いかけがあり、それぞれの目的達成に強く影響を与えた「キードライバー」について、佐々木氏、山本氏に聞いていくことになった。

スペースマーケットの佐々木氏は、同氏の入社以前の2016年までは「なぜ事業が伸びているのかは、しっかり分析できていなかった」という。そして「特にどの指標がキードライバーだったとは言えないが、要因分析をすることは重要だ」と話している。KPIのレポーティングは、「エンジニアやデザイナー、PMがそれぞれ行っている」そうだ。「CVRや利用率、利用額、高額利用の金額など、四半期ごとに確認するKPIを変えているので、追う数値が何かによって担当を変えている」とのことだった。

Chatworkの山本氏は「事業のキードライバーは、2つのエンジン。ひとつはフリーミアムモデルで、もうひとつがダイレクトセールスモデル」と答える。

「Chatwork事業は、無料利用のユーザーが機能を開放して有料コースを使うようになる、フリーミアムモデルでスタートしている。最初はそれしかなかったが、資金調達前は、それで自然成長していた」(山本氏)

しかし自然成長だけでは「VCが要求する成長に間に合わない」タイミングが来る。資金調達後はそこから成長をさらに加速するために、フリーミアムモデルに加えて、ダイレクトセールスモデルを立ち上げたと山本氏はいう。

「BtoB、SaaSモデルではむしろこちらがメインだと思う。マーケティングチームが見込み客のリードを展示会などのイベントで集めて、そこから電話でアポイントを取り、セールスが訪問して、1〜2カ月のトライアルはあるが、はじめから有料でサービスが始まる、直販モデル。それをやることを前提に調達したので、調達後に我々がまずやったことは、営業がゼロの状態から、営業部、マーケティング部を作ることだった」(山本氏)

もともとはエンジニア中心のChatworkには、営業、マーケティングで入った人材とは「カルチャーが全然違う」状況だったが、それを両方やる、あるいは営業側を推していかなければならない。山本氏は「フリーミアムでいいものを作ればプロダクトが広がる、というのはアーリーアダプターまで。そこから先のマジョリティ層は、自分で良いものがないかとプロダクトを探したりはしない。プッシュマーケティング、プッシュセールスが必要」として、開発と営業の両部門を担当し、「知ってもらわなければ」という文化へカルチャーの変革に乗り出した。

「カルチャーを変えることはすごく大変だったが、4〜5年かけて、フリーミアムとダイレクトセールス、両方のエンジンがあったからこそ、成長が2次曲線になった」(山本氏)

採用時の体験入社は強くおすすめしたい

キードライバーを加速させるための採用戦略について聞かれて、山本氏は次のように答えている。

「Chatworkの調達資金の使途は、マーケティングと開発が多く、エンジニアとビジネス系人材をほぼ同数、採用していた。調達しているスタートアップでは、ビジネス系人材の採用ではエージェントを使うのがスピードが早いと思う。ただし紹介を依頼すればいい人が採れるかというと、そういうわけでもない。ただ候補者リストが流れてくるだけで、ヒットする人材が見つからず、うまくいかないことも多い。エージェントを使いこなさなければ、いい採用にはつながらないだろう」(山本氏)

山本氏はエージェントを活用した採用でうまくいったケースとして「小さな人材紹介会社の社長と仲良くなって、こちらの思いを語り、ファンになってもらったことをきっかけに、向こうも『うちを人事部と思って使ってくれ』と言ってくれるようになった」という例を紹介した。

「どういう人が欲しいかが伝わると、とても(質の良い)熱いリストを用意してくれるようになる。そうして2〜3社と濃く付き合うようになった」(山本氏)

ちなみに「初期には採用計画といったものは特になかった」と山本氏は言う。石井氏も投資家の立場から考えても「採用計画は用意してもらうとしても、必ずしも当てにはならず、そこまで厳密にはできないと思う」と述べている。

「上場が近づくとようやく、計画通り採用できるようになる」という山本氏。スタートアップがスケールするときの人材採用について、「シニアマネージメントや、マーケティングスペシャリスト、スーパーエンジニアといった、成長にとって欠かせないケーパビリティを持つキーパーソンに、いかにいい人が採用できるかが肝。そういう人が採用できれば、その人の下にメンバーを入れていけばいいので、組織はスケールする。そこで失敗すると、半年、1年遅れてしまう」と語っている。

佐々木氏は、経営管理チームだけでなく、エンジニアでも数字も読みながら開発の優先順位が決められるという人材を重視していたということで、「エンジニアとコーポレートの採用については注意していた」と話す。一方で「キーマンを採用した後は、カルチャーフィットを重視しながら、ほぼ未経験の人も採用してきた」そうだ。

スペースマーケットでは、経理未経験で営業事務として入社した人材が、入社3年で決算までできるように成長した例もあるという。財務担当者も新卒2年目で、エンジニアにも未経験者を採用しており、うまくいっているそうだ。

人材エージェントについては「コミュニケーションがうまく取れなくて、50人の候補で1人しか入社しないといった結果になった」と佐々木氏。「給与水準が高くない上に、選考中に1日インターン体験を組み込んでいて、選考ステップが重いことも理由としてある。課題をハックしてもらい、たくさんの社員と面談してもらう1日体験を実施することにより、採用ミスマッチは少なくなるが、早く採用を決めたいエージェントからすると、あまりうまみがないだろう」(佐々木氏)

採用の窓口としては「Wantedlyが6〜7割、次いでGreenとリファラルで2〜3割ぐらい」と佐々木氏は言う。そのほかに「ブログや勉強会などで発信を行い、新しい技術導入もアピールし、スタートアップに興味のあるエンジニア界隈を引きつけることで、採用フィーをかけずに人材を獲得するようにしている」(佐々木氏)

体験入社では「マーケティングならダミーデータを用意して、マーケティング施策を2時間で考えて、といった課題を出す。実際に近い仕事を実践してもらうことで、入社する人にとっても業務がイメージしやすくなる」(佐々木氏)

体験入社については、Chatworkでも実施しているとのことで、山本氏も「体験入社は、カルチャーギャップや入社時のミスマッチが本当になくなるので、メチャクチャおすすめする」と話していた。

スタートアップのチームを深めるコミュニケーション、採用、研修:TC School #16レポート2

TechCrunch Japanが主催するテーマ特化型イベント「TechCrunch School」第16回が9月26日、開催された。今年のテーマはスタートアップのチームビルディング。今シーズン3回目となる今回のイベントでは「チームを深める(エンゲージメント)」を題材として、講演とパネルディスカッションが行われた(キーノート講演のレポートはこちら)。

本稿では、パネルディスカッションの模様をお伝えする。登壇者はキーノート講演でも語ってもらったiSGSインベストメントワークス代表取締役/代表パートナーの五嶋一人氏に加え、atama plus代表取締役の稲田大輔氏、アペルザ代表取締役社長の石原誠氏、エン・ジャパン執行役員の寺田輝之氏の4名。モデレーターはTechCrunch Japan 編集統括の吉田博英が務めた。

パネルディスカッションでは、従業員が増えていくフェイズに入ったスタートアップにとっての組織づくり、チームづくり、エンゲージメントについて、各氏から話を聞いた。

テクノロジーの力で教育を変えるatama+、製造業を変えるアペルザ

まずはスタートアップ2社から、簡単な事業紹介があった。教育系スタートアップatama plusでは、AI解析で学習時間を短縮するラーニングシステム「atama+」を学習塾などに提供している。2017年4月の創業で、これまでに2回、累計20億円を資金調達している。

atama plus創業者の稲田大輔氏は、150年前に最先端だった富岡製糸場の事業所風景と、現在最新の設備を備えるGoogleのオフィスを写真で比較。続けて昔と今の教室風景をやはり写真で並べて見せ、「最先端の職場で活躍する人を養成しなければならないのに、日本の教育の現場は全く変わっていない」と指摘した。

「もっとテクノロジーを活用して、日本でもこれからの社会で活躍する人を生み出す教育を提供していこう、というのが私たちの事業だ」(稲田氏)

稲田氏によれば、日本の教育で使う時間のうち、基礎学習習得にかける時間がほぼ100%を占めるという。「ここにかかる時間をテクノロジーの力で半分以下にすれば、時間が余るはず。余った時間で、社会でいきる力が学べる」(稲田氏)

atama+では、AI教師が生徒の得意・苦手な部分や伸びている部分、集中度などのデータを取得し、その生徒に最適な専用カリキュラムを作成する。一人ひとりに合わせたコンテンツによる学習で、高校の数IAなら文部科学省が指定する学校での勉強時間146時間を、atama+では31時間にできるという。

「活用している塾では、タブレットを使って、おのおのが学習する形になり、旧来の教室風景とは絵が変わる」という稲田氏。大手塾の2割以上に導入が進む中で会社も成長し、現在の社員は60名ほどだということだ。

アペルザは、製造業向けにカタログサイトやマーケットプレイスを運営するスタートアップだ。横浜を拠点とするアペルザは、創業以来2度の資金調達により24億円を得ている。

アペルザ代表の石原誠氏は「製造業は設備産業。教育と同じで設備の取引のスタイルは100年間変わっていない」と話す。「そこでアペルザでは、BtoBの組織購買のスタイルに合わせて、情報収集から選定、見積もり、比較、購入までの購買プロセスに沿って、メディアからマーケットプレイスまで、サービスをいろいろと提供している。売り手と買い手の間に立ち、売り手からのサブスクリプション費で収益を得ている」(石原氏)

現在の顧客は7500社ほど、というアペルザ。石原氏は「日本の製造業は非常に優秀。製造業というと家電業界などで『元気がなくなった』と言われがちだが、設備向けの部品販売の分野ではまだまだ強い。中小が93%を占める製造業を、我々はどんどん海外へ進出させたいと考えていて、そうした売り手をエンパワーメントするため、営業に注目している」という。

そこで4月から提供を開始したのが、製造業の営業を支援するSaaS「アペルザクラウド」だ。同社の調査によれば、営業担当が対面営業に使える時間は20%ほどで「実は営業できていない」実態が浮かび上がったという。移動や問い合わせ対応などに時間が取られる中で、会える顧客は15%ほどに限定されているとのことで、取引先のカバーができていない実情が読み取れる。

また、設備面ではスマートファクトリー、IoT化が進む中で、製造ラインがインターネットにつながり始めている(効率化が始まっている)。新商品が増えていくことで、営業担当は「商品が多すぎて、商品知識などが覚えきれない」という悩みも抱えている。

「顧客への対応と商品への対応、2つの軸で抜け漏れが発生している、というのが製造業の営業の実態。この隙間の部分をテクノロジーで埋めるのが我々の提供するSaaSの役割だ」(石原氏)

メディア、マーケットプレイス、SaaSなど多様なサービスを提供するアペルザ。石原氏は「我々が目指すのは『マーケットネットワークス』というビジネスモデルだ」と語っている。マーケットネットワークスは米国のVC、NFX Guildが提唱するモデル。2016年のSXSWで「マーケットネットワークスは向こう30年のBtoB市場をロックするビジネスモデルだ」と紹介されたときに「製造業に完全に当てはまる」と感じた石原氏は、現在アペルザでこのモデルを踏襲しようとしているという。モデルについては、NFXの共同ファウンダー/パートナーを務めるJames Currierによる寄稿をTechCrunch Japanでも掲載しているので、そちらも参考にしてもらえればと思う。

エン・ジャパン執行役員の寺田輝之氏は、「LINEキャリア」を運営するLINEとのジョイントベンチャーLENSAの代表取締役も務める人物。2000年に入社したエン・ジャパンで寺田氏は、求人サイト運営などを経て「誰でも採用ができる、採用が続けられる世の中を実現したい」と2016年に「engage(エンゲージ)」を立ち上げ、運営に力を入れている。

engageは0円から使える採用支援ツールで、現在23万社に利用されている。企業が独自の採用ページを持ち、簡単に情報を掲載、発信できるほか、IndeedやLINEキャリア、Googleしごと検索などに求人情報を告知でき、求職者に届けられる。

また「応募してきた人が、採用対象でなければ放っておく状況が嫌だった。採用もブランディングのひとつ」という寺田氏は、応募者対応やエン・ジャパンが力を入れる「入社後の社員の活躍」にも対応できるよう、採用にまつわるさまざまな活動を支援するツールも、engageで提供している。

拡大するスタートアップのコミュニケーション術

ディスカッション最初のトピックは「チーム内外のコミュニケーション方法をどうしているか」。従業員数が大幅に増えるフェイズにあるスタートアップでは、チーム内、あるいはチーム同士のコミュニケーションが取りにくくなることも多いはずだが、どのような工夫があるのだろうか。

稲田氏は「atama plusでは基本的に全ての情報をオープンにしている」という。「チーム外にも情報が共有できるように会議室の壁を取り払った」というatama plusでは、資金調達や取締役会の報告も含め、全会議をオブザーブできる仕組みにし、「エンジニアでもビジネスの状況に興味があれば、いろいろと話が聞ける状態になっている」そうだ。

石原氏も「アペルザでも社内のミーティングに会議室は使わない」と話す。アペルザではデジタルとリアルの両面でコミュニケーションを工夫しているという。「デジタルでは、Confluence(コンフルエンス:Webベースの企業向け情報共有ツール)で議事録を書いてもらい、公開している。リアルでは全社ミーティングを毎週金曜日に実施し、月1回は経営方針を経営陣から発表している」(石原氏)

ちなみに、Confluenceはatama plusでも議事録に活用されているそうだ。全社での情報共有も、週1回のチームからの報告、月1回の会社からの方針報告と、タイミングがアペルザと同じだと稲田氏は話している。

iSGSインベストメントワークス代表取締役/代表パートナーの五嶋一人氏

五嶋氏からは「全社ミーティングはテーマを絞って実施するとよい」とのアドバイスがあった。「例えば数字の報告と、従業員の誕生日を祝うのを一度の会でやろうとすると、方向性がだいぶ違ってしまう。全社でやるなら、各回の目的は振り切って、同種の内容で1つか2つに絞る方がいい。でないと、ミーティングの意義や面白さが経営者のエンターテインメント性に依存してしまう」(五嶋氏)

ミーティング目的について、アペルザでは「最初は経営陣でコントロールしようとしていたが、今は任せている」と石原氏はいう。「そうすることで、コミュニケーションそのものが生まれる」とのことで、月1回の経営戦略シェアの際には、その延長線上で一緒に食事をとるそうだ。「最初はワークショップを開くなど、がんばっていろいろと(催しを)やっていたが、単に『同じ釜の飯を食う』という方が意外とうまくいく」(石原氏)

稲田氏は「コミュニケーションの目的はいいプロダクトを作ること」として「そのために必要な情報は全部オープンにしている。そうすると全体会議でも誰かから誰かへ一方通行に発信するものにはならず、双方向で質の良いものに変わる」と語っている。

エン・ジャパン執行役員 寺田輝之氏

エン・ジャパンはatama plusやアペルザと比べるとずっと大きな規模になっているが、寺田氏は「情報をフルオープンにするのは、さすがにIR的に難しいが、ミーティングの頻度や内容は基本的には同じ」と話す。「50人を超えた頃からは、その時々で成果のあった従業員を毎週の全社ミーティングで意図的にピックアップして、何をやったかを話してもらい、横のコミュニケーションで学び合いができる状況を作るようにしてきた」(寺田氏)

コミュニケーション、情報共有のツールとして寺田氏は「声の社内報」を挙げている。これは前回のTechCrunch Schoolのパネルディスカッションで登壇したVoicy代表の緒方憲太郎氏が、自社でも使っているサービスとして紹介したもの。音声で情報や報告を伝えられるこのサービスをエン・ジャパンでも取り入れてみたところ、社内で好評だという。

「集まらず、非同期で好きなときに聞けるところが利点。どこまで再生されているかも全部(ログで)分かる。声だと話し手の感情も伝わりやすい」(寺田氏)

採用はカルチャー重視、人柄の見極めは「合うか合わないか」

続く話題は「従業員が増えるフェイズのスタートアップで、人材採用のポリシーをどうしているか」。アペルザの石原氏は「まだ足りないファンクションがいっぱいあるので、マーケティングなど新しい組織を作るために採用を行っている。その際、セオリーどおりかもしれないが、組織の上の方から採用している」と現況を語る。基準としては「スキルより人間性を見ることを大事にしている」と石原氏。それも「人間性がいいかとか悪いかとかではなく、『合うか合わないか』を見ている」という。

atama plus代表取締役 稲田大輔氏

稲田氏は「スキルフィットとカルチャーフィット、両方とも大事にしている」と話すが、やはり「同じミッションに向かって一緒にやっていけるか、熱量の高いチームでメンバーと一緒に『新しい教育を作っていく』ことに合意できるかを大事にしている」と2つのうちでもカルチャーを特に重視しているそうだ。そのために「口説く」というよりは、会社のありのままを伝えて「このカルチャーに合うかどうか、選んでください」と面接では話すようにしているという。

atama plusでは、会社の知名度が上がるにつれ「応募してくる層が変わったという印象がある」と稲田氏は言う。「この会社は勝ちそうだ、とか、伸びそうだから入るという人が増えてきたが、そういう人は非常にスキルが高くても絶対に採らないようにしている。カルチャーが合うかどうかは大事にし続けている」(稲田氏)

五嶋氏は、買収した会社で新たな人を採用してきた経験から「スキルベースでふるいにかけて選別し、そこから人柄で選ぶというのが基本かと思うが、人柄の目利きはなかなか難しいもの」と語る。「何度か飲みに行って、意気投合して仕事の話でめちゃくちゃ盛り上がる、といったことは、採用のプロセスとして最低限やってもいいことかもしれない。自分はカルチャーというよりは人柄を見て『一緒にやって楽しそうだな』という人に入ってもらえるよう、ひたすらがんばる、ということを必死にやっていた。特に組織が大きくない段階では、それが採用では一番いい結果が出て、長く活躍してもらえる人材を獲得できていたと感じている」(五嶋氏)

エン・ジャパンでは「最近は採用する段階で、入社後に何を評価するかを決めておくようにしている。それを相手に話せるよう、準備できるまでは採用自体に踏み出さない」(寺田氏)そうだ。また寺田氏は「転職で違う会社に入るということは、外国に行ったようなものだ。入った後なじむためのプログラムはきちんと設計する必要がある」とも話している。「その上で採用の段階で『過去にこの職種・ポジションでなじまなかった人は、こういう部分が合わなかった』といった情報も伝えている。ネガティブな部分も伝え、認識してもらった上で入社した方が、うまくいく」(寺田氏)

研修はズレを正すものではなく、理解を深めるもの

atama plusでは、カルチャーフィットして採用した人に入社後、さらにカルチャーを理解してもらうために、研修をかなり行うそうだ。「ミッションやバリューの意味や思いなども説明するし、他チームの仕事理解も研修で進めてもらっている」というatama plusでは、「バリューとして『生徒が熱狂するプロダクトであるかどうか』を大切にしていることから、どの職種でも研修の一環で全員現場に行く」と稲田氏。またチーム間のコミュニケーションの場も設定しているそうだ。

アペルザ代表取締役社長 石原誠氏

石原氏はアペルザで「会社のフェイズが変わってきて、バリューやビジョンをあらためて見直しているところ」だそうだが、その過程で「アンラーニング(既存の価値観や知識を意識的に捨て、新たに学び直すこと)が重要だ」と感じているそうだ。「入社してうまくいかない人は、転職前の会社のやり方など過去を引きずってきている。そこを何とかできないかと考えているので、アンラーニングはうまく取り入れたい」(石原氏)

エン・ジャパンでもミッション、バリューなどを伝える研修を行っているそうだが、寺田氏からはほかに「新卒採用などでは、非常にうまくいく方法」として「直前に入社して研修を受けた人に研修を作ってもらう」方法が紹介された。研修終了時に「次に研修を作るのはあなたたちです」とバトンを渡して、研修期間も含めて考えてもらい、次の代へ引き継ぐのだそうだ。

ちなみにカルチャーフィットと研修との関係に関連して、五嶋氏から「カルチャーフィットに代わる言葉がほしい」との提言があった。「カルチャー“フィット”と言うから『カルチャーのズレは矯正して合わせられるもの』という誤解が生じるのだけれども、どうしたって合わない人は合わない。それよりはカルチャーが合っている人に自社を知ってもらうことが大切。ズレを正すのではなく、合わない人を採ってはダメだということ。『カルチャーフィット』という言葉によって、ミスリードが生まれているかもしれない」(五嶋氏)

寺田氏は「採用の際にできることは、カルチャーが合わない人をいかに排除できるかということだけ。そのためには、自社がどういう会社で、どういう人に来てもらいたいのかを面接なども含め、あらゆる機会に発信すること、それに尽きる」と述べている。

atama plusは現在、60名の社員の65%ぐらいがプロダクトに関わる人員で、25%が営業・カスタマーサクセスなどのビジネスサイド、残りの10%がコーポレート業務に関わるという。これからどういう人材が採用したいか、との問いに対しては、稲田氏は「人は多く採りたいけれども、こだわれる限りカルチャーの合う人にこだわりたい」と答えている。

一方、アペルザでは「ビジネスサイドがもう少し多く、プロダクトの人員と同じぐらい」と石原氏。人材は「全方位で採用している」という。特に今、組織固めを行っているという石原氏は「重点的に人事担当を採用したい」と述べている。キーノート講演での五嶋氏の発言に触れ、石原氏は「可視化が大切というのは、その通り。我々の今の状態を可視化して、それを見直している制度にも現段階からきちんと反映させたい。それができる人材がほしい」と語っていた。

最後に寺田氏からチームのエンゲージメントについて、キーノート講演の話とも絡めて「自分たちのメッセージが届く範囲(組織の規模・構成)を考え、コミュニケーションが取れる状況を常に大切にしたいところ。それが人数の関係でできなくなるのであれば、同じようなことができる人をどれだけ早く育てるか、ということに尽きるのではないか」と今回のイベント全体の振り返りがあった。「(むやみに従業員規模を大きくするのではなく)コミュニケーション量を密に取れる組織構成を最優先に考えた上で、『では拡大するためには何が必要なのか』を検討することが重要」という感想が述べられ、ディスカッションは締めくくられた。

9月26日開催のTC SchoolにiSGSインベストメントワークスの五嶋一人氏が登壇、テーマは「チームビルディング(3) 〜チームを深める〜」

4月、6月に続き今年3回目となる「TechCrunch School」の開催が9月26日に決定した。TechCrunchでは、例年11月に開催する一大イベント「TechCrunch Tokyo」のほか、テーマを設定した80〜100人規模のイベントであるTechCrunch Schoolを開催している。

関連記事
「育成よりカルチャー」STRIVE堤氏が語るチーム成長の秘訣:TC School #15レポート1
スタートアップ創業者がチーム育成・評価・採用を赤裸々に語る:TC School #15レポート2
スタートアップの初期チーム組成の事例と陥りやすいワナ——TC School #14レポート1
スタートアップのチーム作りを創業者・VC・人材会社が語る:TC School #14レポート2

前回のTC Schoolの様子

9月26日のTechCrunch Schoolは、「チームを深める(エンゲージメント)」をテーマにしたイベントとなり、キーノート、パネルディスカッション、Q&Aの3部構成。

キーノートでは、iSGSインベストメントワークスで代表取締役/代表パートナーを務める五嶋一人氏を招き、これまで手がけてきた投資先スタートアップのチーム育成について語ってもらう予定だ。

パネルディスカッションでは、五嶋氏のほか、AI解析で学習時間を短縮するatama+を大手学習塾などに提供している教育系スタートアップatama plusの創業者である稲田大輔氏、製造業向けカタログサイトやマーケットプレイスの運営を手がけるアペルザでCEOを務める石原 誠氏、そしてエン・ジャパン執行役員の寺田輝之氏の4名で、チーム育成に関わる悩みや問題点を議論していく。

そのあと、来場者を交えたQ&Aセッションを開催する。Q&Aセッションでは、おなじみの質問ツール「Sli.do」を利用して会場からの質問も募集し、その場で回答していく。

イベント会場は、TechCrunch Japan編集部のある東京・外苑前のベライゾンメディア・ジャパンのイベントスペース。Q&Aセッション後はドリンクと軽食を提供するミートアップ(懇親会)も予定している。

スタートアップの経営者はもちろん。スタートアップへの転職を考えているビジネスパーソン、数十人の組織運営に課題を抱えているリーダーなど幅広い参加をお待ちしている。なお、今回からは申し込み多数の場合は抽選となるので注意してほしい。当選者には9月16日ごろにメールにて連絡する予定だ。

TechCrunch School #16概要
チームビルディング(3) チームを深める(エンゲージメント)
開催日時:9月26日(木) 18時半開場、19時開始
会場:ベライゾンメディア・ジャパンオフィス
(東京都港区南青山2-27-25 ヒューリック南青山ビル4階)
定員:80人程度(申し込み多数の場合は抽選)
参加費:無料
主催:ベライゾンメディア・ジャパン/TechCrunch Japan
協賛:エン・ジャパン株式会社

イベントスケジュール
18:30 開場・受付
19:00〜19:05 TechCrunch Japan挨拶
19:10〜19:40 キーノート(30分)
19:45〜20:25 パネルディスカッション(40分) Sponsored by engage
20:25〜20:45 Q&A(20分)
20:45〜21:30 ミートアップ(アルコール、軽食)
※スケジュールは変更の可能性があります。

スピーカー
・キーノート
iSGSインベストメントワークス代表取締役/代表パートナー・五嶋一人氏

・パネルディスカッション、Q&A
iSGSインベストメントワークス代表取締役/代表パートナー・五嶋一人氏
atama plus創業者・稲田大輔氏
アペルザCEO・石原 誠氏
エン・ジャパン 執行役員・寺田輝之氏
TechCrunch Japan 編集統括・吉田博英(モデレーター)


申し込みはこちらから

スタートアップ創業者がチーム育成・評価・採用を赤裸々に語る:TC School #15レポート2

TechCrunch Japanが主催するテーマ特化型イベント「TechCrunch School」第15回が6月20日、開催された。今年のテーマはスタートアップのチームビルディング。今シーズン2回目となる今回のイベントでは「チームを育てる(オンボーディング・評価)」を題材として、講演とパネルディスカッションが行われた(キーノート講演のレポートはこちら)。

本稿では、パネルディスカッションの模様をお伝えする。登壇者はVoicy代表の緒方憲太郎氏、空CEOの松村大貴氏、STRIVE共同代表パートナーの堤達生氏、エン・ジャパン執行役員の寺田輝之氏の4名。モデレーターはTechCrunch Japan 編集統括の吉田博英が務めた。

パネルディスカッションでは、チーム育成に関わる悩みや問題点について、起業家やVC、それぞれの立場から議論が行われた。まずは各氏から自己紹介があった(STRIVEおよび堤氏の紹介はキーノート講演レポートを参照してほしい)。

寺田氏はエン・ジャパン執行役員および「LINEキャリア」を運営するLINEとのジョイントベンチャーLENSAの代表取締役を務める。企業が無料で採用ページ作成から求人情報の掲載・管理までできる採用支援ツール「engage(エンゲージ)」に立ち上げから関わり、現在も運営を中心になって行っている。

「求人媒体には求人同士を比較する役割はあるが、それとは別に企業の詳しい情報、採用情報を見るためには、独自の発信の場があるべき」との思いから、2016年にengageを立ち上げた寺田氏。「クックパッドにレシピを投稿できる人なら、誰でも採用ページを作れるようなUIにしている」ということで、手軽に始められることから利用を伸ばし、現在の利用企業数は20万社に上るという。

engageでは、採用情報、求人情報を掲載できるほか、IndeedやGoogle しごと検索など、求人情報のメタ検索サービスに対応したマークアップを実装し、これらのサービスへ求人情報の自動掲載が可能だ。

また付随サービスとして、求職者と録画面接ができるビデオインタビュー機能や、オンライン適性テスト「TalentAnalytics(タレントアナリティクス)」、入社した人の離職リスクを可視化して、対策を提案する「HR OnBoard(エイチアールオンボード)」といったツールを提供。起業したばかりであまり費用がかけられないスタートアップも、採用に加えて入社後活躍まで使えるサービスを無料で利用開始できる。

緒方氏が創業したVoicyは、音声×テクノロジーをテーマとするスタートアップだ。直近のラウンドでは合計8.2億円の資金調達を実施。現在、4つのミッションを持って事業を進めている。

音に関わるインフラ・デザイン・メディア・ビッグデータの4つを通じて、「音声で生活のどこにでもリーチすることができるようになり、今まで端末がなければ情報が得られなかった世界から、普通に生活しているだけで情報を得られる世界を実現しようとしている」と緒方氏は説明する。

もっとも知られている事業はボイスメディアのVoicyだ。「できるだけ簡単に発信ができて、聞けるように、と心がけている。人の生声が聞けることで、その人らしさが一番届けられるメディアになっているのではないかと自負している」と緒方氏は語る。

Voicyには企業チャンネルも多く開設されている。会社のイメージアップや採用活動にも利用されているそうで「組織づくりにも応用できる」と緒方氏は述べている。

外部に発信するチャンネルやコミュニティとは別に、Voicyでは社員だけに届く「声の社内報」もサービスとして提供する。このサービスはVoicy内でも運用されており、30名ほどいる社員の評判もよいとのこと。Voicyでは社長の日報や週次報告などを音声で届けているそうだ。

声の社内報は2000名規模の企業にも実証実験として導入され、社長の音声が何分で離脱されるか、誰が何時に聞いたか、といったデータも収集されつつあるという。緒方氏は声の社内報が「カルチャー共有とエンゲージメント向上につながる」と話している。

はホテル価格のダイナミックプライジングを実現するサービス「MagicPrice」を開発・運営する。CEOを務める松村氏は「空を立ち上げるまではヤフーに勤めており、起業は初めて。部下も持ったことがなかった」と語る。「だから僕は、どうしたら、少なくとも僕が楽しく働けるかを考えた。僕と近い考え方の人がここにいたら楽しいだろう、とか、何人ここにいたら楽しいだろう、といったところを、ゼロベースで考えながら組織を作っている」(松村氏)

そんな松村氏の空が掲げるビジョンは「Happy Growth」だ。「みんな、日々幸せに生きたいはずだが、それを続けていくのは大変。そのために空に集まる個人の人生でも、空という会社自体でも、一緒に実現しようという考え方が『Happy Growth』だ。超楽しく働いて、超幸せと思いつつ、経済的にもすごく伸びているというのを実現して、還元し、社会にも『そうやって生きていっていいんだ』ということを示していく」(松村氏)

「プロダクトを通じてクライアントのHappy Growthも支持する。プロダクトも人事制度も採用の仕方もカルチャーも、ゼロベースで、どうすればベストかを考えながらつくっている」と松村氏は述べている。

空がミッションとするのは「世界中の価格の最適化」。MagicPriceはそのうち、ホテルの料金設定を最適化するプロダクトとしてSaaSで提供されている。

SaaSを運営するには、カスタマーサクセスがカギとなる。松村氏は「カスタマーサクセスには、文化が必要で、大事」と話す。空では、社員のエンゲージメントを確認する組織サーベイを月に1度実施しているそうで、結果は良好だということだ。「特に人間関係や、戦略・理念への共感の値が比較的高いので、より伸ばしていきたい」(松村氏)

松村氏によれば、入社した人材へのオンボーディングプログラムは実施しているが、評価制度の運用や入社後の育成プログラムはまだ実施していないという。松村氏は「アーリーステージだけかもしれないが、組織文化や組織の状態は採用で9割が決まると考えている。また成果・評価を短期的報酬とは連動させないとかたくなに決めている。もうひとつ、完璧な評価はムリという前提で考えるようにしている」と空の評価に対する考え方を語る。

スタートアップでは評価制度はリスクになることも

登壇者紹介の後、ディスカッションが始まった。最初の話題は「メンバーを評価する基準」について。自己紹介で「完璧な評価はムリ」と語った空の松村氏は「評価とはなぜ必要なのかというところから考えたい」と問いかけた。

「起業家は誰からも評価されなくてもモチベーション高く働ける。同様に評価がなくても働ける人はいる。誰も楽しくない評価に時間を割いて、それは何の役に立つのか。空では形だけの評価はせず、成長支援や本人の気づきになる評価だけをするようにしている。コアバリューへの寄与など、定性的で自己判断が難しい部分については数値化して分かりやすくしてはいるが、基本的にはそれほど評価を行っていない」(松村氏)

また松村氏は「チームがワークしていないことを、評価制度やマネジャーのせいにしない方がいい」とも述べている。

「それは採用ミスマッチの問題。それを評価制度で補おうとするのはキツいのではないか。だからスタートアップこそ、1人目の採用からしっかりやらなければ、後で気づいてやり直そうとしても辞めてもらうしかなくなる。採用でマッチングすることを僕の会社では心がけている」(松村氏)

Voicyの緒方氏も、評価を実施すること自体の価値について、このように述べている。

「大企業に所属していたこともあるので、組織で人を動かすためには評価が必要かもしれないとは思う。ただスタートアップの場合は、そもそもやる気満々で来ている人たちが働いている。だから評価によってさらにお尻をたたくことで、燃え尽きてしまう恐れがある。またスタートアップには『がんばっていることを認めてもらいたい』という自己承認欲求の強いメンバーが集まりがちで、『評価が平等じゃない』といってもめる可能性の方が高い。だから評価を取り入れることで起こるリスクの方が高いというのが僕のイメージ」(緒方氏)

緒方氏は「基本的には評価と報酬は連動させない」と話している。「スタートアップでは外部との相場が全然違う。そこで評価と報酬を連動させるとおかしなことになってしまう」(緒方氏)

これらの前提を踏まえた上で、Voicyでは「評価は本人にしてもらっている」と緒方氏はいう。

「自分で自分を評価することは必要。僕が今までいた会社では、評価する側とされる側に共通の尺度がないことが多かった。評価する側のリテラシーが低いことも多く、低いレベルで仕事の評価が行われている。Voicyでは、今いるメンバーに、3年後には会社を支えられる強いメンバーになってほしいと考えている。だから、自分で自分のことを評価できる力を付けてほしい」(緒方氏)

自己評価に対しては「なぜそう評価したのか」を確認し、「僕はこう思う」とフィードバック。「個人の能力アップのための評価」になるようにしていると緒方氏は説明する。

「Voicyはフィードバックをする文化がすごく強い。1日体験に参加した人からびっくりされることもあるほど。行為を判断することはよいことだ。ただ、それにより、その人を査定する必要はないと思っている」(緒方氏)

STRIVE共同代表パートナー 堤達生氏

STRIVEの堤氏は、VC組織での評価について、以下のように打ち明ける。「プロフェッショナルファームなのでスタートアップとは環境が少し違うと思うが、日本人に比べて外国人がすごく評価してもらいたがるので、いつも悩む。フィードバックだけでなく、次の給与など、具体的に明確に評価しなければならない。コミュニケーションのひとつとして、評価を行わなければすぐ辞めてしまうこともある」(堤氏)

評価基準については「VCは個人事業主の集まりと思われがちだし、もちろん個人の力は大きいが、実はチームにどれだけ貢献しているかという点を最も大事にしている」という堤氏。「投資件数が多くても、チームに貢献していなければ『自分のことしか考えていない』として、評価がディスカウントされる」と話している。

エン・ジャパンはすでに日本で1500人、世界で4000人規模の従業員を抱える規模となっていることから「評価を回さなければ(組織が)立ち行かない」と寺田氏。評価で気になることは「みんな評価されるとなった途端に、急に『俺のことをどう思っているのか』という“for me”、自分のことになる点」だという。

エン・ジャパン執行役員 寺田輝之氏

「同じミッションや目的に向かって仕事をしていく中で、個人の評価とはある意味、プロダクトや事業への評価と同じ。そこと連動して初めて評価が決まるというのが本来の姿。『事業やプロダクトに対して自分は何ができるのか、何をやっていくべきか』という視点で目標設定を行い、言語化することで“for me”から“for product”“for business”へ目線が向かうようにすることを繰り返して、評価への納得度が高まるようにメンテナンスはしている」(寺田氏)

寺田氏には、緒方氏から「評価制度を設計するときに、参考にしたい」と質問があった。質問は「本来は絶対評価で、その人の行為に対する評価が望ましいはずだが、『あの人より自分の方ががんばった』といった相対評価の方がやる気が出る、という人が相当多い。相対評価的な要素も加味して取り入れるべきか」というものだ。

寺田氏は「最終的には相対評価も入ることは否めない」としながら、「でも評価の対象はがんばったか、がんばっていないかではない。自己基準ではなく、設定されているものに対しての評価」と説明している。

エン・ジャパンでは、業績に対する評価と、ミッションやビジョンへのコミットやスキルへの評価を分けているという。「業績評価への報酬については、良かったタイミングでボーナスとして支給する。考え方やカルチャー、スキルの部分については能力・グレードとして基本給に反映している」ということだった。

メンバーのグループ分けとコミュニケーション

続いての話題は「メンバーをグループに分けていくときに気をつけていること」、そして「グループ間のコミュニケーション」についてだ。

「Voicyではプロダクトで3つに部署を分けている。法人向け、個人向け、そして会社自体もひとつのプロダクトと考えて『自社向け』の3グループだ」と緒方氏は現在の体制について説明。部署間での人材ローテーションは積極的に行っているそうだ。

「グループ意識が付かないように、安心している暇がないぐらいに、どんどん変えている。ただし能力が偏っている人は1部署にとどまることもあるので、その場合は役割を変えるようにしている」(緒方氏)

緒方氏は「会社というコミュニティを『七輪』に例えて考えている」という。「七輪の上でうまく焼き肉を焼きたいと考えて、火が盛んに付いている炭があったら少し端の方によけておいて、その隣にまだ火が付ききっていない炭を置く。これから赤くなりそうだな、という炭は風通しのよいところに置く。そんな感じで人を配置していくようにしている。『いま一番燃えているな』という人をサポート側にさっと回す、ということは意識してやっている」(緒方氏)

空CEO 松村大貴氏

空の松村氏は「SaaSビジネスをやっていると、マーケティング、セールス、広報、デザイナー、エンジニアと、本当に多様な職種の人が集まる」と話す。

そんな中で「人に気を遣わないグループ分けを心がけている」という松村氏。「誰かへの温情で今のポジションに残す、といったことにならないように、合理性を重視している」と話している。合理性重視で意思決定をする会社だということは、入社の際にも伝えているそうだ。「役割が変わってもいいよね」と採用時に確認した上で、グループ分け、配役をしているという。

松村氏には、コミュニケーションについては悩んでいる点があるらしい。「SaaSは総力戦。どれか1つだけがよくてもうまくいかず、プロダクトからマーケティング、カスタマーサクセス、全部整って初めて伸びていくサービスだ。そうした中で、公式なミーティングをどう持つかで、少し悩んでいる」(松村氏)

一方で「非公式なコミュニケーション」は勝手にやってくれていると松村氏。「そこは職種や意見は違っても、根底でビジョンには共感しているからだと思う。人生観・価値観が合う人を面接で採用することによって、意見は割れることがあっても、基本的には信じられる人の集まりになっている」(松村氏)

堤氏のSTRIVEには、投資とバリューアップの2つのチームがある。「小さい組織だからカルチャーフィットを大事にしている」という堤氏は「VCでは論文採用などが進んでいるが、僕らは時代に逆行している(笑)。面接の回数は多いわ、ケーススタディーは実施するわで、会食も内定前提でなくても、飲んだりしながらその人の生い立ちを聞くといったことをやっている。最初の採用時点でのセレクションはすごく大切にしている」と語る。

コミュニケーションに関する堤氏の最近の悩みは、投資チーム以外にも人が増えていくステップで、「一般的な会社っぽい」人たちといかにプロジェクト単位でうまく融合させるか、それぞれをどう盛り上げていくか、という点だそうだ。

寺田氏からも「グループ分けで悩むことは確かにある。ただ採用の段階で先に悩んでおいた方がいい」と採用時の選択の重要性について発言があった。「カルチャーフィットしない人を入れると、どうしてもうまく回らなくなってしまう。そこを基準にしてチームを考えると、本質的でないところへ意識がいってしまうので、まず採用の段階でカルチャーフィットや目的に対する共感を第一指標にすべき」(寺田氏)

その上でグループを分けるとき、寺田氏は「メンバーシップ型の『人に仕事を割り振っていく』形で組織を作るケースと、ジョブ型の『仕事に人を付けていく』ケースとで、分け方を多少変えている」という。

「メンバーシップ型の場合は、人の性格・価値観のバランスを見て、チームとして協調しながら進むようにグループ分けをしていく。ジョブ型でそれぞれのミッションが決まっている場合は、パフォーマンスの塊で分けている」(寺田氏)

採用・育成・評価、それぞれの考え方

最後のお題は「会社の規模によって評価基準は変わるかどうか」。松村氏は、今後規模が大きくなっても「どこまでそういった制度なしで、今のまま伸ばせるかチャレンジしたい」と語っている。

「当然、採用と育成のコストパフォーマンスは変わっていく。今は採用の方がコスパがよいが、確かにそのうち育成の方がコスパがよいような人数拡大ベースになっていくかもしれない。ただ、評価制度が必要なほどコミュニケーションがうまく回らなくなってきた、とか、評価制度が浸透していないとみんなの方向性が分からなくなる、というのは全て、採用時点の妥協からスタートすると思っている。だから、どこまでこだわりの採用を、手を緩めずにやれるか粘ってみたい」(松村氏)

こうした観点から、空では「新卒はしばらく採らない」という松村氏。育成しなくてもスター、という人材を集めるスタイルを当面続けていく考えだと話す。

人材採用においては、空は「21歳から59歳まで多様。年齢に関係なく、ビジョンに共感してくれる人を採用している」と松村氏。今は「マネジメントだけができる経験者はいない。人材をケアしてくれる人と、仕事のディレクションをする人、重要な意思決定を責任を持ってやってくれる人、これらの役割は必ずしも全部同じ人がやらなくてもよいのではないかと考えているので、『マネジャー職』ではなく、役割分担をしている」と話す。

「ただ、長期間、多くの人数や予算を使って成果を出すときに、ディレクター的な役割は必要かと考えている。それができる人を今増やそうとしている段階だ」(松村氏)

Voicy代表 緒方憲太郎氏

松村氏とは対照的に、緒方氏は「育成する気満々」だそうだ。新卒でも1名採用を行ったという緒方氏は「自分の会社でみんなが伸びたらうれしい」と述べている。

「うちで育てる、という会社が増えないと、日本の経済が伸びない。新卒から、日本経済まで支えて『税金を多めに払ったってかまわない』というぐらいのマインドを持つ人たちをつくるということは、スタートアップが一番やらなければならないんじゃないかと思う」(緒方氏)

緒方氏は、社員には「全部の時間を3分の1ずつに割って、3つの時間の使い方をしてくれ」と話しているという。「1つは自分のアウトプットとバリューを出すこと、1つは組織に対してバリューを出すこと。最後の1つは会社の投資として、本人の成長につながり、個人では受けられない挑戦の場を提供している。挑戦にトライすることで、自分のアウトプットとバリュー、組織へのバリューを増やせれば、会社としてはもっと挑戦できる。挑戦をどれだけ提供できるかが、Voicyの価値だと思っている」(緒方氏)

「評価についても既に変えようとしている」という緒方氏。30人規模となり、平均年齢もぐっと上がる今のタイミングで、海外でも戦えるように集まる人に合わせて「評価が必要」と判断した。ただし「評価をすることが大事なのではない」と緒方氏は続ける。

「日本型の評価は『後払い』っぽい。今までがんばってきたことに『がんばってきたよね』とするものだが、Voicyではそれをする気は全くない。今まで100の仕事をしていた人に『あなたは120の仕事ができるから、次の給料はこれ』として、次にお願いする仕事に対して報酬なり立場なりを提供する形が正しいと思う。『この給料でこの仕事』と任せておいて、その人がアンダーパフォームだったとすれば、それは経営者の投資ミス。プレイヤーの方に責任を負わせるのは違う。だからこそ、与える仕事の評価、能力値算定ができなければいけないと思っている」(緒方氏)

緒方氏からは、「会場に来ている人の参考になれば」ということで「スタートアップの組織論」についても話が挙がった。緒方氏はスタートアップの組織を「火が付いたろうそくで調理をしている状態」と例える。

「一番適正な火の量で料理ができるわけで、ガンガン火をたいたところで料理はできないかもしれないけれども、火力が小さくてもダメ。そこで火力を大きくしようとすると、ろうそくはどんどん減っていく。みんなに給料をすごく出して『いい会社です』なんてやっていても、火だけが強くなって、すぐにろうそくはなくなってしまうかもしれない。それを上にある料理にピッタリな火力にして、そのときのろうそくの量で上にできた料理を見せながら『もうちょっとろうそくを足したい』と訴えてろうそくを足す、という強弱の調整をしているのが経営者だ」(緒方氏)

緒方氏が起業しようと考えて、社長の話を参考にしたスタートアップのうち、もう半分ぐらいはいなくなっているという。「どんなにきれい事を言っていても組織として成り立たなければ意味がない」と緒方氏はいい、「社長がやるべき方向性は大きく2つある」と話している。

「ひとつは適正なバランスで事業モデル、組織モデルをつくっていくこと。もうひとつは圧倒的に粗利率の高い事業をつくること。見ていると『圧倒的に粗利の高い事業で売って、きれい事を言う人』と『きれい事は言わずにバランスをすごくチューニングしていく人』の話しか、ほとんど参考にならない」(緒方氏)

こうした考え方は組織づくりでも大切だと緒方氏は訴える。「今ファイナンスがどれくらいできるか、人事マーケットがどれくらい逼迫している、または余裕があるかによって、ろうそくの火力を変えていく必要がある。今でいえば、エンジニアがいなければ事業がつくれないという世の中になってきていて、エンジニアが全然足りないというリスクがある。いわばエンジニアが巨神兵みたいなもので、入れないと戦えないが、扱いが難しいといったところ。だが、ビジネスサイドだけでなんとかしようとしても、事業としてのアップセルは望めない」(緒方氏)

そこで人に費用を投下していくのだが「その時に、ろうそくを火に変えてその場の熱とするフローに使うことのほかに、ストックとして組織の体力のほうに持っていくことも考えなければならない」と緒方氏。「長期的に、将来もっと大きくなったときのための仕込みが必要になってくる。フローの部分だけ見てうまくいっているように見えるところでも、ストックの部分がスカスカという事業もすごくある」と語る。

緒方氏は「今、自分たちのステージがどこなのかを考えて、ストックに積み込むモデルでやっているからこそ、人を育てること、育てる力がある人をつくるということを大事にしている」とVoicyでの組織づくりについて言及する。

「スタートアップの中で組織を考える場合、ビジネスモデルにメチャクチャくっついている。また、労力をつぎ込んでも、スカることもある。そんな中で僕が気をつけていることは『事業が分からない奴に組織はつくらせない』ということだ。組織をたくさん見てきただけで『組織については任せろ』といってジャブジャブ採用だけしているような人を入れると、いつの間にか会社がスカスカの骨だけになってしまう状況になるので、そこは気をつけた方がいい」(緒方氏)

ドローン関連スタートアップ支援の「Drone Fund 2号」が52億円調達

ドローン関連のスタートアップに特化した投資ファンドであるDrone Fund 2号(正式名称:千葉道場ドローン部2号投資事業有限責任組合)は5月7日、新たな投資家を迎えて総額52億円を調達したことを発表した。

Drone Fund 2号の出資者としては、同1号ファンドから継続のMistletoe Venture Partners、オークファン、DGインキュベーション、日本アジアグループ、キャナルベンチャーズ、FFGベンチャービジネスパートナーズ、リバネス、その他複数のエンジェル投資家。

2号ファンドからは、小橋工業、みずほ銀行、大和証券グループ、マブチモーター創業家一家、KDDI、電通、セガサミーホールディングス、松竹、KSK Angel Fund、その他複数のエンジェル投資家が出資していた。

今回新たに、西部ガス、GMOインターネット、オリックス、日本郵政キャピタル、東京電力ベンチャーズ、ゼンリン、エン・ジャパン、エイベックスの8社が加わり。総額52億円となった。

Drone Fund2号は、すでに新規で7社に投資中だ。具体的には、農業用ドローンを開発するナイルワークス、空飛ぶ車を研究・開発するSkyDrive、個人用飛行装置(エア・モビリティ)を設計・開発するテトラ・アビエーション、京大初のベンチャーのメトロウェザーなどの国内スタートアップのほか、米国やマレーシア、ノルウェーなどの企業へ投資している。1号ファンドを加えると投資先は29社になるとのこと。また、2号ファンドから出資を始めた小橋工業は、TechCrunch Tokyo 2018のファイナリストであるエアロネクストが開発したドローンの商品化・量産化を支援している。

スタートアップのチーム作りを創業者・VC・人材会社が語る:TC School #14レポート2

TechCrunch Japanが主催するテーマ特化型イベント「TechCrunch School」の新シーズンが4月10日、スタートした。新シーズンは、スタートアップのチームビルディングをテーマに、全4回のイベント開催が予定されている。

今シーズン初回、そしてTechCrunch School通算では14回目となった今回のイベントは「チームを集める」が題材。起業時の創業メンバー、設立後の初期メンバーに続く中核メンバーの採用に焦点を当て、講演とパネルディスカッションが行われた(キーノート講演の模様はこちら)。

本稿では「TechCrunch School #14 Sponsored by engage」のパネルディスカッションの模様をお伝えする。登壇者はMeily代表取締役CEO 川井優恵乃氏、レキピオCEO 平塚登馬氏、インキュベイトファンド ジェネラルパートナー 村田祐介氏、エン・ジャパン執行役員 寺田輝之氏の各氏。モデレーターはTechCrunch Japan 編集統括の吉田博英が務めた。

スタートアップ、VC、人材会社に聞くチーム組成

Meilyの川井氏とレキピオの平塚氏には、アーリーステージのスタートアップ経営者として、今まさに行っているメンバー集めの状況や課題について、赤裸々に語ってもらった。また、キーノート講演にも登壇した村田氏とエン・ジャパンの寺田氏からは、これまで数多くのチームビルディングや採用の事例を見てきた経験から、アドバイスをうかがった。

まずは各氏から自己紹介があった(村田氏とインキュベイトファンドの紹介はキーノート講演レポートを参照してほしい)。

トップバッターはエン・ジャパンの寺田氏だ。寺田氏は2002年、当時スタートアップだった人材サービスのエン・ジャパンに入社し、現在は執行役員を務めている。また2018年に設立されたLINEとのジョイントベンチャーで「LINEキャリア」を運営するLENSAの代表取締役にも就いている。

エン・ジャパンでこれまでに「エン転職」「キャリアハック」「カイシャの評判」といったウェブサービスを立ち上げてきた寺田氏が、現在力を入れているサービスは「engage(エンゲージ)」だ。

2016年に「3人でプロダクトを立ち上げた」というengageは、企業が無料で独自の採用ページが持てる採用支援ツール。「求人情報が広く届けられるように、企業にもっと情報発信してもらいたい」という思いから生まれたそうだ。

「立場上、採用側、求職者の両方から話を聞くが、採用する側からは『なかなか採用ができない』、求職者からは『人材サービスに登録されている求人しか、選択肢がない』という声が多い。それならば、求人したい企業が自社の採用情報をもっと発信できるようにすれば、求職者にとっても良いのではないか、と考えたサービスがengageだ」(寺田氏)

engageは現在19万社が利用中で、今では、毎月1万社ベースで増加しているという。

engageでは、自社独自の採用ページ作成ツールのほかにも、遠隔地や時間が合わない求職者とのビデオ面談ツール「Video Interview(ビデオインタビュー)」や、自社とのカルチャーフィットを数値で可視化できる適性検査「Talent Analytics(タレントアナリティクス)」、入社後の早期離職を防止する「HR OnBoard(エイチアールオンボード)」といった採用支援ツールも提供する。また、Googleの検索結果やIndeedなどのサイトにも、求人情報が自動掲載されるようになっている。

寺田氏は「engageは人材を集めるだけでなく、定着までの採用支援ツールをワンパッケージで提供している。ずっと無料で使えるので、これからチームづくりを行うスタートアップにはぜひ、お勧めしたい」と話す。

続いて紹介があったのは、レシピアプリを提供するレキピオの平塚氏。アプリ「レキピオ」は、いま家にある食材を選ぶと、AIがメニューを提案してくれるというものだ。

和食、洋食などの好みや食事の相手、人数といった条件を選べば、登録した食材とあわせて推測を行い、メニューが提案される。料理を選択すると、詳しいレシピとともに足りない食材が表示されるので、買い物にも便利。選んだメニューを実際に作るときには、食材を使い切ったかどうかをチェックすることで、次のメニューを考えるときに生かすことができる。

平塚氏は京都出身で先月大学を卒業したばかり。在学中にレキピオを設立して、現在約1年半が経過したところだ。2018年の秋にシードラウンドで合計約5000万円を資金調達し、現在は東京で事業を展開している。

最後にMeilyの川井氏が自己紹介。Meilyは美容医療のリアルな情報を得られるサービス「Meily」を提供している。川井氏は自身が美容整形を行っていて「合計500万円ぐらい、(自動車の)LEXUSが買えるぐらい費やした」という。

「美容医療の利用者は日本では少ないのではないかと思われているが、実は整形大国と言われる韓国よりも日本の方が施術件数は多く、しかも年々成長している」と川井氏。「美容医療の市場規模が年間7200億円、そのうち約20%が広告に投下されると考えると、およそ1400億円〜2000億円のマーケットがある」と同氏は分析している。

容姿について「コンプレックスをなくして生きたい」と美容整形を決意した川井氏は、情報収集を始めたのだが、検索サイトではクリニックのホームページや広告ばかりが表示され、「二次情報に対する不信感が否めなかった」と語る。またクリニックへカウンセリングに通っても「医師や看護師の言うことも信じられない」状況。実際に顎の施術後に2カ月間、顎が長い状態が続き、医院から「大丈夫」と説明されても、ずっと不安を感じたまま過ごしたこともあるそうだ。

「美容整形をするユーザーは、実際に施術を受けた人の意見が知りたいんです」と語る川井氏。情報収集を行うため、TwitterやInstagramで自身も情報発信を行っていたそうだが、まず「検索に情報が引っかからない」、そして「SNSでは質問しづらいし、したとしてもフォロワー数が少ない人では回答が得にくい」、さらに「症例は、知っている病院のホームページで見るしかなく、探しづらい」という3つの課題があることが分かったという。

この3つの課題を一度に解決できる、「美容医療情報の検索」「ユーザー同士のQ&A」「クリニックの症例紹介」機能を備えたアプリとして、Meilyは2018年4月に作られた。

欲しい人材、機能を手に入れるためには

パネルディスカッションは、まずレキピオ平塚氏、Meily川井氏にチームビルディングに関する質問に答えてもらい、採用の専門家である村田氏、寺田氏からは、それに対して経験談やアドバイスをもらうという形で進められた。

最初の質問は「会社をどれぐらいの規模、人員にしたいと考えているか」というもの。平塚氏は「世界のリーディングカンパニーを目指すというビジョンを掲げているので、規模には際限はない。できる限り高みを目指したい」と回答した。

レキピオCEO 平塚登馬氏

とはいえ「直近の話で言えば、少数精鋭にしておきたい」という平塚氏。「現在、副業なども含め、全部で10人ぐらいの従業員がいるが、今はちょっと会社規模に対して大きいのでは、という状況。人員を増やしすぎると意思決定がふらつくし、マネジメントコストもかかる。人数が少ないときの方がスピードが出るな、ということは感じている」として、「会社の規模自体は今後大きくしていくが、比較的、少数精鋭になるようにしていきたい」と述べている。

初期メンバーの人員について、村田氏は「理想は社長がコードを書けること。1人フルスタックの人がいれば、意思決定に迷わずに、すごく簡単にプロダクトが作れる。最低限のコードが書ける人が何人もいるよりも、スカッとプロダクトが作れる人が1人いれば、少数精鋭も実現できる」と話す。

「最近ではクラウドソーシングも便利になってきている。ルーティンワークについては『顔が見えなくてもいい』と割り切って、そういう人へ振るのもよいのではないか」(村田氏)

川井氏は「会社規模、人員についてはそれほど深くは考えていない」と言う。現在Meilyには、フルタイムで川井氏を含めて7名がいる。

大学在学中だった創業時、理系学部の友人にもエンジニアの紹介を頼んだそうだが「(学業など)タスクが多すぎて無理」と断られ続けた川井氏。創業メンバーは、イケメン探しに使っていた「Tinder」で見つけたという。そのチームの作り方も独特だ。

「Tinderで肩書きに“UX/UIデザイナー”と書かれた人を見つけて、スーパーライク(超いいね)を送った。返信が来たので『アプリを作りたいので、会って話を聞いてください』と言って会い、企画書を見せたところ、興味を持ってくれた。何度もディスカッションを重ねていくと、その人が『実はチームを持っている』と言うので、最後はチームごと引き抜いた」(川井氏)

川井氏が今後募集したい人材は、マーケティング担当者だという。

「どのスタートアップに聞いても、マーケティング担当はみんな探している。ゼロイチのフェイズに参加してくれる人で、数字を見て改善ができ、どのチャネルを使えばいいか選定できる人は、本当にいない」(川井氏)

村田氏は、ネットを使ったプロダクトのマーケティング手法に関しては「Googleでアカウントエグゼクティブをやっているような人に、一度方法を聞ければ、ずっと使える知識が身につく」として、採用するというよりも、知識のある人にレクチャーを受けることを勧めている。

Googleのリスティングにせよ、FacebookのAdネットワークにせよ、やり方が分かれば、後はひたすら運用するだけだという村田氏。「効率的なCPAへ落とし込むためのゴールは確実にある。フレームワークを一度作れば、誰でも回せるようになる」と話す。

またクリエイティブの選定に関しても、広告配信のパターンと同様にいくつかのパターンを用意してテストを行い、効率の良いものだけを残すということを繰り返していけば、パフォーマンスの良いものだけが残っていく、と村田氏。「それを実施するだけでも、とてもいいマーケティングになる」という。

今後募集したい人材へ話を戻そう。レキピオでは「僕がビジネス面やマーケティングを1人で担当しているので、エンジニアをひたすら集めている」と平塚氏は言う。

「特定の技術スタックにはこだわらない。初期のスタートアップにエンジニアとしてジョインしようと思ってくれる人なら、熱量は間違いなくある。開発環境も悪い状況で入ろうと思ってくれている時点で、スキルはあると考えている。例えばJSしか業務で使っていなかったとしても、そういう人はバックエンドも書けるようになる」(平塚氏)

寺田氏は、エンジニア採用のコツについて、このように説明している。

「1カ所に掲載された採用情報を見ただけでは、エンジニアも企業を判断できないはず。だから、いろいろなところで、いろいろな角度から情報を出しておくことが大事だ。今いるエンジニアたちが、どういう人が良くて、どういう人はちょっと違うと思っているのかをブレストして出してみると、何となく自分たちが評価する/評価しないエンジニア像が分かってくる。そこで分かった『求めるエンジニア像』や、用意している環境、やっていきたいことを、場を持って発信していくといい」(寺田氏)

みんなが利用するサービスでのスカウト合戦よりは、そこで興味を持ってくれた人に、より深く理解してもらえる場へ誘導して、説得することが大切、という寺田氏。「これはエンジニアに限ったことではなく、採用の悩みを抱えている企業が取るべき、基本的なスタイルだ」と述べている。

カルチャーフィットは“間”で見極める

平塚氏は「どんなエンジニアでも採用したいというわけではなく、今のメンバーと仲良くできなさそうであれば、どれだけ技術スタックが高くても採用しない。チームブレーカーではない、“いい奴”を探している」という。

ではスタートアップの人材採用では必ずというほど課題に挙がる、採用候補者とのカルチャーフィットの見極め方はどのようにしているのだろうか。

「スタートアップの人たちには、エンジニア出身の人も多いし、真面目な人が多いけれども、僕はその正反対。プライベートでも攻撃的な人間だ」という平塚氏は、「自分の意見をはっきり言わない人や、ぼそぼそとしゃべる人、挨拶に勢いがない人だと、面接が10分ぐらいで終わってしまうこともある」という。

「『言い方が怖い』と言われることもあるので、4〜5人で向かい合って毎日仕事をしている現状では、それに耐えられる人でなければフィットしないかなと思う」(平塚氏)

Meily代表取締役CEO 川井優恵乃氏

一方、川井氏は、今、採用で一番重視していることとして「絶対に辞めないかどうか」を挙げる。

「途中で辞められたら本当に困る。市場は絶対にあるので、後はやりきるかどうかだと思っている。できない理由を探す人ではなくて、どうにかする。その覚悟があるかどうかというのを一番見ている」(川井氏)

Meilyの創業メンバーは現在、川井氏以外に6人いるが、「2回資金ショートしても、受託業務でも、アルバイトしてでも何でもやって、絶対にやり遂げる」と言ってくれているそうだ。性格が合わないときもあるが「本当に信頼している」という川井氏。「同じような人を探すとなると、やはり、そこの部分が重要」と話す。

村田氏は、スタートアップの創業初期に加わる人の見極め方について「社員数が少ない時点では、相手と自分の“間”、話すテンポや、自分の理解のスピードと近いかどうかという点が大事だと思う」と語る。

「優秀かどうかというよりも、一緒に仕事をしてうまくいくことが大切。優秀さは会社がある一定のところへ到達するまでは、あまり関係ないのではないかと感じる。だから最低限、絶対にこの人は裏切らない、嘘をつかない、コミットメントが高い、というところ以外を見るとすれば、コミュニケーションが楽だ、うまく合いそうだと思ったら、すぐに採用した方がいい。逆にすごく優秀だと言われている人であっても、そこが合わないとムチャクチャになってしまう可能性が高い。だからスキル重視ではなく、人物重視というのはすごく大事だ」(村田氏)

寺田氏も「僕も“間”は重要だなと思っている」と発言。「飛行機が飛ばなかったとして、そいつと一緒に一晩過ごせるかというテスト(Googleの採用面接で面接官の判断基準となっている『エアポートテスト』のこと)と同じで、それくらいの関係性になれるかどうかということは重要。空気感は平塚さんが言うように、会ってみなければ分からないし、話してみないと分からないということはあるな、と感じている」と話している。

さらに寺田氏は「『こいつは合うな』と思った後、適性検査を互いに受けている」という。検査結果では「仕事上の何に対してやる気を出すか、その傾向が近いかどうか。それと何にストレスを感じるかを見ている」という寺田氏。

「まず面接でフィーリングが合うかどうかを判断した上で、科学的に数値でも見る。必ずしも全てが一致していなくてもいいんだけれども、採用する側としては、そこはマネジメントしていかなければならない部分。『カルチャーは合うけれども、こういうところにストレスを感じやすいなら、こう接していこう』といった入社後のオンボーディングにも役立つ」(寺田氏)

スタートアップの“ゴールデンタイム”は1年半

「現在の事業をいつごろまでに軌道に乗せ、新規事業などの次のフェーズへ移るつもりか」という質問には、平塚氏は「この1年が勝負」と回答。「今のアプリではマネタイズは想定されていないので、これをどうお金に換えていくか、新規事業の立ち上げなども検討しているところ。あと1年で軌道に乗せたい」ということだ。

川井氏は「半年で軌道に乗せる」と答える。「現在、Meilyと同じ領域の会社が3社いる状態。プロダクトも似ているので、スピード感と規模感が必要だ。いずれも大型調達へ向かって動いていて、半年以内には結果が見えてきてしまうので、この半年が勝負だと思っている」(川井氏)

左:インキュベイトファンド ジェネラルパートナー 村田祐介氏、右:エン・ジャパン執行役員 寺田輝之氏

スタートアップの“ゴールデンタイム”について、村田氏はこう話している。

「会社を作ってから1年半は、創業者にとってはエンペラータイムのようなもの。『起業すると思っていた』『お前ならきっとやれる』と周りからも言ってもらえるし、自分自身も寝ないで仕事ができるほど、すごいエネルギーが出ている。それが1年半ぐらい経つと、周りも何も言わなくなるし、自分も自信を失う瞬間が少しずつ増えていく。だからこのタイミングまでに、強いチームを作れるかどうかがすごく大事だ」(村田氏)

村田氏は、プロダクト・製品も大事だが、チームこそがスタートアップでは重要だと説く。「先ほどの川井さんの話にもあったが、お金がなくても会社は続くと僕は思っている。強いチームが作れていれば、受託でもやろうとか、絶対にエンジェルが現れるはずだとか、必ずサバイブできていくという面がある。創業1年半で、いかに強いチームが作れているかが大事だ」(村田氏)

寺田氏は「創業初期では、エンジニアとPRをいかに集められるかが重要。engageは、アーリースタートアップでは、思いにコミットしてもらえて、一緒に学びながら運営してやっていけるような若いメンバーを探す、という使い方をされている企業も多い」と初期のチームづくりに関して語っていた。

初期チーム採用について質疑応答

最後に会場からの質問に対する登壇者からの回答をいくつか紹介しよう。

Q:CXOを入れるタイミングは?

「いい人がいたらすぐに入れたいところ。出会った日が吉日だ。まとまったトラクションができていて、資金調達ができたら即入れるべき」(村田氏)

Q:採用に関連して企業が発信すべきことは?

「いいところも悪いところも含めて、すべての情報を発信すべき。エン・ジャパンでは、採用された人が入社した後にどれだけ活躍できるかということを重視しているが、1年以内の早期退職の理由は3つ。1つ目は、入社前と後でのギャップ。入る前と後とで『違う。聞いていなかった』となると辞めることになるので、これを防ぐには全ての情報を出すしかない。2つ目は直上の上司のパーソナリティが合わないこと。3つ目は仕事量だ。仕事量に関しては、多すぎても少なすぎても辞める原因になる。スタートアップだと『張り切って入社したが思ったより仕事がない』とか『想像はしていたけれど、それ以上に忙しかった』とか、いろいろなパターンがあり得る」(寺田氏)

Q:創業後のエンジニア採用で大事なことは?

「ノンエンジニアが会社を作った場合は、リファラルが大切。知り合いの知り合いの技術者などに、リファレンスが取れるかどうかが全て。信じられるエンジニアかどうか、聞ける人を1人以上は確保して、声をかけまくるというのがポイント」(村田氏)

Q:チームブレーカーの出現を未然に防ぐための価値観の共有方法は?

「ミッション・ビジョン・バリューが早期に決められるスタートアップならよいが、なかなか決められないものだ。そこで、KPTというフレームワークを利用する方法がある。週1回ぐらい、メンバー全員が今自分が取り組んでいることについて、Keep(継続すべきこと)・Probrem(解決すべき課題)・Try(新たに取り組みたいこと)の3つに分けて付箋紙に書き出して、並べてその場で共有するというもの。うまくファシリテートできる人がいるなら、間違いなくこれはやった方がいい。メンバーが、自分の手がけていることをやるべきか、止めるべきかを共有することができる」(村田氏)

「僕たちは、engageのTalent Analyticsを年1度、メンバー全員で受けている。性格や価値観は変わるもの。定期的に診断すると、家庭の事情などで変化が大きい人が出てきて、重視する項目が変わるのが可視化できる。また、Talent Analyticsでは、例えば『主体性』といった項目を偏差値で表すことができるが、数値で把握できることは大切だ。直属の上司・部下がどういった価値観を持っているのかを、データで把握できるとよいと思う」(寺田氏)

Q:創業者間の持ち株比率は何%が理想?

「代表が100%保有するのが分かりやすく、おすすめ。メンバーには後でストックオプションではなく、生株で渡すのもよい。投資家の立場からすると、上場前にメンバーの持分が5%だと『めっちゃ渡している』という感覚。ガバナンスを明らかにする意味でも、代表ができるだけ持っておくのがベスト」(村田氏)

「僕も100%を勧める。腹を決め、決断できる人が持っているというのが分かりやすい構造だ」(寺田氏)

 

次回もチームビルディングをテーマに「TechCrunch School #15 Sponsored by engage」を開催予定だ。イベント開催時期が近づいたら、TechCrunch Japanでもお伝えするので、ぜひ楽しみにお待ちいただきたい。

TC School 「チームビルディング(1)〜チームを集める〜」は南青山で4月10日で開催、参加費無料

TechCrunchでは、例年11月に開催する一大イベント「TechCrunch Tokyo」のほか、テーマを絞り込んだ80〜100人規模のイベント「TechCrunch School」を開催してきた。昨年3月開催の第13回に続き、今年も4月から新たな「TechCrunch School」がスタートする。

すでに80名超の参加登録をいただいているが、このたび立ち見席を含む座席を若干数増やして受付を続行することが決定した。参加費は無料なので、興味のある読者はぜひ参加してほしい。参加チケットはイベントレジストのTCページから入手できる。

昨年3月に開催したTechCrunch Schoolの様子

4月10日のTechCrunch Schoolは、スタートアップのチームビルディングに焦点を当てた全4回のイベントの1回目。テーマは「チームを集める」で、起業時の創業メンバー、会社設立後に早期に入社した初期メンバーのあとに必要となる中核メンバーの採用に焦点を当てる。

イベントは、キーノート、パネルディスカッション、Q&Aの3部構成。キーノートではインキュベイトファンドでジェネラルパートナーを務める村田祐介氏を招き、これまで手がけてきた投資先スタートアップのチーム組成について語ってもらう予定だ。

パネルディスカッションでは、村田氏のほか、現在アーリーステージのスタートアップ経営者として、Meily代表取締役CEOの川井優恵乃氏とレキピオCEOの平塚登馬氏、そしてエン・ジャパン執行役員の寺田輝之氏の4名で、中核スタッフの採用についての悩みを解消していく。そのあと、来場者を交えたQ&Aセッションとミートアップを開催する予定だ。もちろんQ&Aセッションでは、おなじみの質問ツール「Sli.do」を利用して会場からの質問にも回答する。

イベント会場は、TechCrunch Japan編集部のある東京・外苑前のVerizon Media/Oath Japanのイベントスペース。セッション後はドリンクと軽食を提供するミートアップ(懇親会)も予定している。

起業間もないスタートアップ経営者はもちろん。スタートアップへの転職を考えているビジネスパーソン、数十人の組織運営に課題を抱えているリーダーなど幅広い参加をお待ちしている。

TechCrunch School #14概要

チームビルディング(1) 〜チームを集める〜
開催日時:4月10日(水) 18時半開場、19時開始
会場:Verizon Media/Oath Japanオフィス
(東京都港区南青山2-27-25 ヒューリック南青山ビル4階)
定員:100人程度
参加費:無料
主催:Verizon Media/Oath Japan
協賛:エン・ジャパン株式会社

イベントスケジュール
18:30 開場・受付
19:00〜19:05 TechCrunch Japan挨拶
19:10〜19:30 キーノート(20分)
19:35〜20:15 パネルディスカッション(40分) Sponsored by engage
20:15〜20:35  Q&A(20分)
20:35〜21:30 ミートアップ(アルコール、軽食)
※スケジュールは変更の可能性があります。

スピーカー
・キーノート
インキュベイトファンド ジェネラルパートナー 村田祐介氏

・パネルディスカッション、Q&A
Meily代表取締役CEO 川井優恵乃氏
レキピオCEO 平塚登馬氏
インキュベイトファンド ジェネラルパートナー 村田祐介氏
エン・ジャパン 執行役員 寺田輝之氏
TechCrunch Japan 編集統括 吉田博英(モデレーター)

申し込みはこちらから

副業したい人と企業をつなぐシューマツワーカー、エン・ジャパンなどから資金調達

副業したい人と企業をつなげる「シューマツワーカー」を運営するシューマツワーカーは4月4日、エン・ジャパンおよび既存投資家のKLab Venture Partnersから資金調達を実施したと発表した。調達金額は非公開だが、関係者らの情報によると数億円規模だと思われる。また、エン・ジャパンとはこれに併せて業務提携も結んでいる。

シューマツワーカーはエンジニアやデザイナー、マーケッターなどの「副業社員」を、人材を求める企業に紹介するというエージェント型のサービスだ。これまでに約300件のマッチング実績があるという。

今回のエン・ジャパンとの業務提携では、ユーザーに対してこれまでの副業サポートだけではなく転職活動や独立・起業のサポートを共同で行っていく。また、エン・ジャパンが企業向けに提供しているフリーランス人材のマネジメントシステム「pasture」の顧客企業に対し、シューマツワーカーを利用する副業(フリーランス)人材の紹介も行う。

エン・ジャパン代表取締役の鈴木考二氏は今回の業務提携について、「直近では人材紹介サービス『エン エージェント』との連携により、副業で働く方のキャリア支援や、フリーランスマネジメントシステム『pasture』との連携も予定している」とコメントしている。

シューマツワーカーは2016年9月の設立。2018年5月にはKLab Venture Partnesなどから4000万円を調達している。

「成長しない企業の人材流出は当たり前」成長企業の人材戦略、新規事業取り入れの心得を聞く——TC School #13

TechCrunch Japanが主催するテーマ特化型のイベント「TechCrunch School」では、2017年3月から5回にわたり、人材領域を軸に講演やパネルディスカッションを開催してきた。その第5弾となるイベント「TechCrunch School #13 HR Tech最前線(5) presented by エン・ジャパン」が3月22日に行われた。

今回はこれまでの「HR Tech最前線」シリーズの集大成として、これまでのイベントを振り返りつつ、成長企業の人材戦略、そしてエンジニアの採用・教育・評価について識者に話を聞くパネルディスカッションが実施された。このイベントの模様を前編・後編に分けてお伝えしよう。

登壇者は、グロービス・キャピタル・パートナーズ パートナー/Chief Strategy Officerの高宮慎一氏とプロダクト・エンジニアリングアドバイザー(フリーランスコンサルタント)の及川卓也氏、そしてエン・ジャパン 執行役員の寺田輝之氏。モデレーターはTechCrunch Japan 副編集長の岩本有平が務めた。

高宮氏は、ベンチャーキャピタルとしてスタートアップに投資をしながら、社外役員として従業員が数人規模のアーリーステージから上場するところまで経営に参画している。そこで経営者と週1回ぐらいのペースで議論をするそうだが、議題の半分以上は組織に関することだと話す。

「成功の特効薬や万能の解のようなものはないけれども、失敗パターンや考え方のフレームワークなどはある」(高宮氏)

及川氏は外資系コンピューター企業から米Microsoft、Googleを経て、スタートアップであるIncrementsに1年半ほど勤務した後、現在はフリーランスとしてスタートアップを中心とした企業の支援を行っている。「技術アドバイザー」「プロダクト戦略の策定・実施・グロース」「エンジニアリングの組織作り」の3つのメニューで活動しているという及川氏も、「3番目の組織づくりの話が圧倒的に多い」と話す。

「プロダクト戦略を考え、技術を駆使してモノを作るのは結局人なので、組織の話を別には語れないことが多い。逆に組織さえしっかりしていれば、企業は成長し続ける力があると思っている」(及川氏)

寺田氏は、2002年エン・ジャパンが50人弱のスタートアップだったころに入社し、インターネット黎明期からその成長とともに、求人サイトをはじめとするサービスやプロダクトを作ってきた。現在はクラウド採用ツール「engage(エンゲージ)」やオンライン適性分析「タレントアナリティクス」、面接前に利用できる「ビデオインタビュー」機能などを提供している。

これまで約1年にわたり「HR Tech最前線」シリーズの全イベントに登壇してきた寺田氏は今回、HR Techサービス提供者であり、スタートアップ成長期の経験者でもある立場から、半ばモデレーター的な役割で話を進めていくこととなった。

イベント前半では、スタートアップの人材戦略に精通する高宮氏を中心に、成長企業の組織・人事戦略、そして成熟企業が新規事業を取り入れるための心得などについて話を聞いた。

スタートアップのビジョン・カルチャーと人材の適合度の見極め方

パネルディスカッションではまず、高宮氏が2017年9月に登壇したTC School #11のキーノート講演「成長企業の組織・人事戦略/5つのあるあると要諦」を振り返った。講演の詳細についてはイベントレポートをご覧いただければと思うが、その概要は以下の5つにまとめられる。

あるある1. 傭兵による組織崩壊
《対策》成長企業における採用は、スキルだけでなく、ビジョン・カルチャー適合度でも妥協してはいけない。

あるある2. 一貫性のない処遇で不平不満が蔓延
《対策》早期から評価制度と報酬テーブルを用意して運用することが大事。目標達成と人材育成の仕組みとしても活用する。

あるある3. ストックオプション(SO)の場当たり的な乱発
《対策》あらかじめSO付与の目的(思想)と割合を明確にする。その上で付与のルールを作成し、それに基づき運用する。

あるある4. エースの突然の退職
《対策》事業の成長に合わせ、組織の成長を先回りして設計。その中で個人のキャリアゴール、キャリアパスとのすり合わせを行う。

あるある5. 必要機能の未充足
《対策》既存の人材に合わせて組織を設計するのではなく、事業を成功させるために必要な機能ありきで、理想とする組織を設計すべし。

採用時に「ビジョン・カルチャー適合度をどう見極めていくか」という点については、寺田氏から「そもそも、自分たちのカルチャーを言語化できている企業はあまり多くない。その上で新しく採用していく人を、どう見極めていけばよいのか」という問いかけがあった。

グロービス・キャピタル・パートナーズの高宮慎一氏

高宮氏は「確かに難しい。会社が大きくなったら当然、ビジョンやカルチャー、価値観を言語化するという話は出てくるが、ベンチャーでメンバーが4〜5人しかいないのに『言語化しましょう』と経営合宿などでやるところはあまりないし、やるだけ時間がもったいない」としながら、適合度を見極めるための対応についてこのように話している。

「(小さな組織では)空気感、ノリみたいなものは結構あると思う。まずは夜と週末だけでもいいので『インターンでおいでよ』といった感じで巻き込んで、社員と一緒になった中で相性を確認するというようなことは、大事なのではないか」(高宮氏)

高宮氏は「面接だけでビジョンやカルチャー、共感度を測るというのは相当難しい。やはり何かを一緒にするというのが、すごく大事なんじゃないか」と考えを述べた。

では何を一緒にやればよいのか。高宮氏は「最低限でも飲みに行く。あるいは趣味を一緒にやるのでもいい。例えば釣りに行っちゃうとか、バーベキューとかでもいいし、そういうアンオフィシャルな場で人を見るのもいいんじゃないか」と話す。

プロダクト・エンジニアリングアドバイザー 及川卓也氏

一方、及川氏は「仕事をしてもらうのが一番」と言う。「マッチングというのは、一方的に企業が候補者を選ぶものと考えがちだが、実は逆も非常に大事。候補者のほうからも、将来どうなるかわからないリスクの高い会社に入るにあたって、自分が本当にその会社に合うかどうかを見る。要は(両者の)お見合いだ。それを本当に確認するためには、仕事をするのが一番いい」(及川氏)

「一緒に働くというのは難しい面もあるが、今は兼業を認める会社も増えてきているし、内緒で来てもいいという人もいるかもしれない。そういう人に『夜でもいいし週末でもいい、もし有給が取れるんだったら1日来てもらえるとうれしいんだけど』と言って、一緒に(仕事を)やっちゃうのがいいと思う」(及川氏)

そこで寺田氏が「(そういう形で)一緒に仕事をやろうとしたときに、どんな仕事を頼めばいいのか悩む」と言うと、及川氏は「エンジニアの場合は比較的それは楽。もちろんコードベースに慣れるまでの時間などもあるので、短期間でどこまでできるかというのは現実的にはあるが」と答え、WordPressのホスティングを行っているAutomattic社の採用プロセスについて紹介してくれた。

エン・ジャパン寺田輝之氏

「Automatticはオフィスがなく、全員がリモートワークしていることで有名だ。彼らは実際の採用プロセスの中に『一緒に仕事をする』というのを入れていて、2週間ぐらいの時間をかけて採用を行う。もし可能ならば、そういう風にガッツリ仕事を切り出して、やってもらうというのがいいと思う」(及川氏)

また「日本では、働きながら転職をする人が圧倒的に多い。その中でうまくカルチャーフィットを見極めながら、一緒に仕事をできるようなポイントはあるか」との問いには「どうにかして時間を作ってもらうしかないかと。一緒に仕事をするのはなかなかハードルが高い面も実際にはあると思うので、一番最初は飲みに行くのでも、ミーティングに参加してもらうのでもよいので」と及川氏は答えている。

「ある人の例で、ある会社の経営者からいきなりLinkedIn経由で『あなたの書いていたブログが面白いから、一度ランチで話を聞かせてくれ』とメッセージが来たので会いに行った。そこで彼らの新規事業のアイデアを聞かせてもらったので意見を言ったら『悪いんだけど夜に行っている定例のミーティングに、可能な範囲で出てくれないか』ということになった。それをしばらく続けていたのだが、結局面白くなって転職してしまった、というのがある。もっとも経営者はそうなることを見越して声をかけたようだけれども」(及川氏)

スタートアップ界隈では、Twitter経由で声をかけて、インターンなどを募集するという話も聞くことがある。これについては、高宮氏は創業初期の採用での活用については懐疑的だ。

「創業最初期の段階では、インターンレベルの人を入れて管理コストがかかる状態にするのではなくて、むしろ一騎当千の人を先に入れて、その人に統制してもらえるようにした方がいい。(Twitterなどで採用対象の)母集団を増やしてパイプラインを広げるというよりは、知っている人を一本釣りしにいくのがよいのではないか。インターンなどはそのキーマンを採用できた後の方が効率的なのでは」(高宮氏)

ただし高宮氏は「数を打って取りに行くというよりは、ピンポイントでスナイプ的に行くべき」と言いつつも、ブランドもなく報酬があまり払えないベンチャーでは、正式採用に至るまでの確率は低いかもしれない、として「ポートフォリオではないが、必要な機能の人材を同じ機能につき複数の候補を挙げて、全員と話をしていくようにするのがいいだろう」と述べている。

高宮氏は及川氏の話にも触れ、「本当に採用が上手な人は、なし崩し的に人を巻き込むのがうまい。取りあえず飲みに行こう、遊びに行こうというところから、気が付くと仕事が振られている。しかも『ベンチャーに入ったらこういう世界だよ』と事前に期待値を調整するかのごとく、(仕事を)まるっと無茶振りする。それでも引き受けてくれて仕事ができる、セルフスターター的な人のほうがベンチャー向きではあるので、そうすることである意味、ふるいにかけるような効果もある」と話していた。

始めからストックオプション交渉が激しい人の採用は要注意

続いて話題となったのは、ストックオプション(SO)発行に関する話だ。前の高宮氏の講演でも「SOの場当たり的な乱発は避け、付与の目的を明確にすべき」という課題が挙げられていたが、そのあたりの生々しい事例を具体的に高宮氏に聞いた。

高宮氏は、SOに限らず、金銭的なインセンティブについて、採用時にネゴる人がいる、という話は散見されると話す。

「大きくなったベンチャーや大企業から来る人だと、ベース(給与)のところでギャップがあるというのは確か。一定程度条件を下げてくれなければ、創業期のスタートアップにはさすがに払いきれない。だからその代わりに、キャピタルゲインをちゃんと取ってもらうことで補填する、というのがいいと思う」(高宮氏)

ただし「経歴はピカピカだけど、採用の入口でものすごくSOについて交渉をしてくる人は、黄色信号。よくよく、その人についてデューデリして(調査して)みた方がいい。お金で来る人は、お金で去るリスクがある」と高宮氏は続ける。

また「給与を上げられない時に、代わりにSOをばらまくのも危険」として高宮氏は別の例も挙げた。

「日本の資本市場では、上場した後に投資家が気にならないオプションの量は、だいたい10%から15%と業界慣習的に言われている。そんな中、早いタイミングでSOを10%もバラまいてしまうと、その後上場に向けてCFOを採用したい、でもオプションの実弾はない、となってしまう。その状況で年収1000万円クラスの人に、『700万円でCFOとして来てほしい、でもSOはない』と言ってもそれは難しい話だとなってしまう」(高宮氏)

成熟企業は「成熟企業ならではの面白さ」でエンジニアを獲得すべし

その後は、会場からの質問を受けて「成熟企業での採用」についての話題へと移った。質問は「事業が成長しているときには優秀なエンジニアがどんどん入ってくるが、減衰フェーズになるとエンジニアの応募が減り、選考に来てもらっても採用競争で負けてしまう。成長が頭打ちになった成熟企業で優秀なエンジニアを獲得するためにはどうすればいいか」というものだ。

高宮氏は「“エンジニア”との質問だが、“優秀なマーケター”“優秀なCFO”など、他の企業の優秀な人と置き換えてもよいかと思う。先ほどの報酬やインセンティブの話とも絡むが、仕事をするときに何をインセンティブとして設計するかという話だ」と答える。

「給与、ボーナス、SOといった金銭的なインセンティブと、自己実現、やりがい、社会貢献といった金銭以外のインセンティブに分けて考えたときに、事業が成長している企業では、すごく分かりやすくエキサイティングな魅力がある。一方、事業がまだ初期で勢いがなく、採用しづらいときには、単純にPL的な業績や売上、シェアを超えて、数字ではないところで『我々のやっている事業は意義がある』『魅力的な組織だ』というような、ビジョンやカルチャーで引っ張るというのがひとつの方法だ」(高宮氏)

もうひとつ高宮氏が挙げたのは、新規事業の采配を任せることでインセンティブとする方法だ。「そもそも仮に上場を目指す企業や上場しても成長を目指す企業なら、既存事業が成熟化してしまったら新しい事業を作って伸ばさなければいけない。『こういう新規事業を考えている。こういうチャレンジをしてみないか。ここはまるっと任せるから』といった形で、自己実現の部分を刺激してあげるというような、非金銭系の報酬を前面に打ち出していくというやり方はある」(高宮氏)

及川氏からは「エンジニアの感じる面白さは人それぞれ違う。今の成熟した事業、サービスにおいて、どういう点が面白いかということを考え、それを訴求するようにすれば、そこに合った人を集められるのではないか」との回答があった。

「エンジニアからすると、0でなく1から作ってくれというのでも難易度はメチャクチャ高い。でも、安定稼働させるというのも、それはそれですごく大変なことだ。一番最初のユーザー数は0。そこからスケールさせることを考えていくのは面白いけれども、逆に育たない可能性もある。既にある程度成熟していて、100万人のユーザーがいるものをちゃんと安定稼働させるというのも、それはそれで面白いと思う人もいる」(及川氏)

成長しない企業の人材流出は当たり前。濃淡をつけてリテンションを

ここで寺田氏から高宮氏に「成熟企業では新しく人を採用する理由、来てもらう理由も作りにくいと思う。改めて来るためのモチベーションも上がりにくいだろう。高宮氏の話にもあった『機能ベースでの組織設計』をもう一度やり直すこともあると思う。そういうとき、どう臨めばよいのか」との問いかけがあった。

高宮氏は「組織というのは結局は、事業の成長と会社が達成しようとしているビジョンを実現するための“HOW”だ。だから『組織を変える(という目的の)ために組織を変える』というのは本質的ではない。例えば『そもそも再成長をしなければならない』とか『再成長をするためには、どういう事業が必要なのか』といった検討がまずあって、その実現のためにハコとしての組織をどうあるべき姿にするか、ということになる。だから、その時の事業戦略次第かと思う。ケース・バイ・ケースではないか」と話した。

「極端に言えば『今のメンバーでもう一回がんばろう!おう!』みたいな話もあれば、今いるメンバーではモチベーションもちょっと微妙だし、新しい事業をやらせてもケーパビリティにミスマッチがあるから、入れ替えをしていかなければならない、という話も両方あり得る」(高宮氏)

人の入れ替わりについては及川氏も「成熟しちゃってたら、人が逃げていくのは仕方がない」と話す。

「今は成熟している企業も(創業期から成長期には)成長のために人を奪ってきているわけで、成熟してしまったら自分たちの人材が流出してしまうというのはやむを得ない。高宮氏が言うように、もう一度事業を成長軌道に乗せるのか、新規事業を成長させていくのかのどちらかだと思う」(及川氏)

「Googleはいまだに、すごい勢いで成長をしているとは思うのだが、あのGoogleでさえ『もう成熟している』と思うエンジニアが流出してしまって、シリコンバレーの新たなスタートアップに行ってしまうということがたくさん起きている。そういうものだと考えて、常に成長させていくしかない」と及川氏は、かつて所属していたGoogleを例に説明を続けた。

「Googleは、イノベーションの自転車操業をやっている会社だ。新しいイノベーションをどんどん導入していっている。これはもちろん、自分たちの会社の成長を考えてのことだが、同時にそれでエンジニアも引き留めている。例えば『あるサービスの開発に長年関わっていて、そろそろ新しいことをやりたい』というエンジニアに、『お前、ライフサイエンスをやらないか』とGoogle Xを立ち上げたり、『(Googleの持株会社である)Alphabetの下にはこういうところのポジションもあるよ』と見せたりしたら、確かに『今と同じぐらい面白いことができるところへ社内で異動できる』となるわけだ。そうしたことで、できるだけ人材の流出を食い止めているという側面もある。Googleは特殊かもしれないが、特殊と思わずに、すべての企業は同じように人材を惹き付ける努力をしなければいけない」(及川氏)

及川氏はさらに「0を1にする、1を10にする、10を100にする、というそれぞれのフェーズで、人材は違う人が必要だと言われるが、エンジニアは特にそれが顕著だ」ともうひとつ別の観点から、エンジニアの流出について説明をしてくれた。

「例えば、ある大企業でインフラを一通り先輩と一緒に作ったが、その後は運用だからつまらない、とスタートアップに移った人がいるとする。その人は自分の能力で0からインフラを設計できる。AWSにするかGCPにするかの選択から、今どの技術を使うべきかのリスク判断まですべて行って、設計が終わってしまったら、後は基本、安定運用を目指すことになる。そうなればその人が再び『もうつまらない』と思ってしまうことはおかしくない。また『新しく0から作るところへ行きたい』となるのはやむを得ない」(及川氏)

高宮氏はファイナンス、経営者の目線でドライに見たときの人材流出について「成熟し、成長性が鈍化して収益が悪化したとき、平均値で言えば、固定費が下がるということは必ずしも嫌な話ではない。人を減らして収益性をもう一度担保し、キャッシュカウ(金のなる木)化しようというのは、組織の話を抜きにして、純粋に業績(改善)としてみれば当たり前のことだ」と話す。

そうした状況での「人材のリテンション」について、高宮氏は話を続ける。「人事の生々しい側面では『辞めてほしい人には辞めてもらって固定費を下げたいけど、エースには辞めてほしくない。残ってほしい人には残ってほしい』という話が出ることがある。経営的な観点からは、平均値とか総固定費で考えがちだが、そこは濃淡を付けて、リテンションしたい人にフォーカスしてリテンションすべき」(高宮氏)

「えこひいきに見えるかもしれないが、本当に辞めてもらいたくない人にだけは、ハイタッチなケアをすることも経営者としては必要。人事としても社長をツールとしてうまく使ってエースを引き留めるということも、やってもいいんじゃないか。例えば引き止めておきたいエースには社長との食事をセットするなど」と高宮氏は述べた。

スタートアップのカルチャー転換、新規・既存事業の両立について

高宮氏から及川氏には、こんな質問があった。「スタートアップ初期のエンジニアは一騎当千で、フルスタックで何でも知っていて、新しいものを作るのがエンジニアとしてもチャレンジングで楽しい、といった人が来る。で、そういう人がエンジニアとしてかっこいい、というカルチャーができがちだ。しかし、そこからスケールしていくと、安定稼働してサービスを落とさない、スケーラブルである、といったような、ちゃんと組織的・サラリーマン的にやるという点が重視されはじめて、カルチャーもがらっと変わらざるを得ない。また人も変わっていく。そういうときに、カルチャーの転換はどのように行えばよいのか?」

及川氏は「ひとつは、カルチャーを変える方がよいのか、というところもある。カルチャーを変えない、ということは、先ほど話した成長事業を常に考えていくということにもつながるし、イノベーションの自転車操業的なものを自分たちの企業で取り入れるかどうか、ということでもある」としつつ「でも、変える、というときには明確にメッセージを出した方がいい」と答えている。

「『クオリティーよりむしろスピードを重視します』とか『ユーザーはこういう人たちしか考えていません』というところから、『我々はマスに向けてやります』というところへ変わるときには、ハッキリと打ち出した方がいい。そうじゃないと、絶対にミスマッチが生じる。で(新しいカルチャーを)『それはそれで面白い』と思う人もたくさんいるはずだが、『やはり0から1の立ち上げがやりたい』という人もいる。そういう人には『0→1はもうない』と言ってあげた方が私はよいと思う」(及川氏)

及川氏の話を受けて、高宮氏は「経営者は二兎を追いがちだ」と言い、取り入れた新規事業と既存事業と両立について、さらに及川氏に問いかける。

「成長性は鈍っているけれどチャリンチャリンとキャッシュが入ってくる、キャッシュカウ化した既存事業の一方で、次なる成長性は新規事業で狙っていく、となると『新規事業のほうが偉い』みたいな空気になりやすい。すると既存事業のほうでは『カネ稼いでるのはこっちなのに、カネを使う割にあいつらばかりチヤホヤされる』といった社内派閥のようなものが生まれることがある。そこを両立するための組織とはどういうものか。特にエンジニアの場合、エンジニアの指向によって組織を完璧に分けるべきか、融和させるべきか?」(高宮氏)

及川氏も「新規事業に限らず、ひとつの事業でも運用側と新規開発側とか、あるいは既存の機能をグロースさせるやり方と完全に新規機能を作るやり方というところでも、後者の方がセクシーで楽しい感じがするので、そちらの方にみんな憧れる。でも、そういうものはまだ全然お金を稼いでいなくて『大事なのはグロースさせることですよ』みたいな話になる」と認める。

そして「実はこれはどこでも“あるある”な話。この時に重要なのは、エンジニアの異動をどういうポリシーで行うかだ。やっぱりみんなが『新規開発をやりたい』となったときに、全員の希望は通らないことが多いわけで。そこにあるルールを設けて、それができるだけ公平・中立なものにしておくことが大切」と語る。

外から来た人材と新規事業の立ち上げを成功させるには

もうひとつ、会場からの質問が取り上げられた。質問は創業70年ほどの企業の2代目社長の方からのもの。「既存事業は古参に任せつつ、(必要な)ケイパビリティーが異なる新規事業の立ち上げを別会社で、新たな経営チームで行いたい。その際、ナンバー2クラスを人材紹介経由で中途採用したいが、どのようにジャッジすべきか悩んでいる。良い手法があれば教えてほしい」ということだ。

高宮氏は、このように答えている。「基本的には自分の右腕、左腕となり、新規事業に対してカルチャーもケイパビリティーもフィットする人を集めることになると思う。一方で先ほどの話ではないが、『キャッシュカウ化して稼いでいるのは誰だと思ってるんだ』と古参の人たちは言うに決まっている。この2代目の方はトップとしてナンバー2の人たちを守ってあげないと、あっという間に古参に抵抗勢力化されてしまうだろう。そういう点で、(別会社に)ハコを分けたというのは大正解だと思う」(高宮氏)

また寺田氏は、自身も新規事業立ち上げを行ってきた経験から「外から連れてきた人に任せた、というのは失敗しやすい」と話す。「既存の人が情報提供してくれない、共有してくれないという風になって、だいたい、つぶされてしまう。うちも外から傭兵のように連れてきてやってみたことがあるが、やはり難しい。既存の領域もありながら、外からいきなりリソースも持ってくるというのは、うまく行きづらい」(寺田氏)

そんな中でも成功するのは、2つのパターンだと寺田氏は言う。「ひとつは外から人を調達するなら、その人がやりたいことが明確になっていること。それに対して資金がいくら必要なのか、どんな協力が必要なのかというのを全部聞いて、それに完全にコミットしてやらせる。そして金は出すけど口は出しちゃダメ。そういう状況の元で、覚悟を決めてやるのがいい」(寺田氏)

もうひとつは既存事業で一番力を持っている人と新事業を立ち上げることだ、と寺田氏は続ける。「自分が稼いだリソースを新しい方に使えるという状況をうまく作ってあげて、既存事業の人員も連れてこられるしお金も使える、という風にしないと、なかなか難しい」(寺田氏)

高宮氏も既存組織をうまく使う方法として「組織にはオフィシャルなレポートライン、公式なコミュニケーションラインとは別に、人間関係ベースの非公式なラインが絶対にある。それこそ創業期から支えた番頭さんとか、すごく人間力の高い部長さんみたいな人は非公式にルートをたくさん持っているはず。そうした、社内で尊敬されていて、いろんな人に非公式に協力を取り付けられるような人とペアを組ませてあげるのは手だ」と述べていた。

レポート後編では、昨年7月のイベントに続いて2度目の登壇となる及川氏を中心に、エンジニア人材の採用、教育、評価について話を聞いた、イベントの後半部分をお伝えする予定だ。公開まで少しお待ちいただきたい。

「能力は誤差」スタートアップが見るべき人の資質、妥協しない採用とは——TC School #12

TechCrunch Japanでは2017年3月から4回にわたり、イベント「TechCrunch School」でHR Techサービスのトレンドや働き方、人材戦略といった人材領域をテーマとした講演やパネルディスカッションを展開してきた(過去のイベント一覧)。HR Techシリーズ第4弾として2017年12月7日に開催された「TechCrunch School #12 HR Tech最前線(4) presented by エン・ジャパン」では「スタートアップ採用のリアル」をテーマに、キーノート講演とパネルディスカッションが行われた。この記事では、パネルディスカッションの模様をお届けする(キーノート講演のレポートはこちら)。

パネルディスカッションの登壇者はプレイド代表取締役の倉橋健太氏、dely代表取締役の堀江裕介氏、ジラフ代表取締役の麻生輝明氏、エン・ジャパン執行役員の寺田輝之氏の4人。創業者、あるいはHRサービスの提供者の立場から、それぞれが体験した「スタートアップ採用のリアル」について話を聞いた。モデレーターはTechCrunch Japan副編集長の岩本有平が務めた。

始めに各社から、自己紹介も兼ねて事業の内容や現在の体制について簡単に説明してもらった。

まずは倉橋氏が2011年に設立したプレイドの紹介から。プレイドは従業員数約70人。ユーザーを「知る・合わせる」をコンセプトに、ウェブサイトの訪問者のリアルタイムな解析とアクションを可能にするカスタマーアナリティクスサービス「KARTE」を提供している。倉橋氏は楽天に2005年に入社、2011年まで約7年間在籍し、Webディレクション、マーケティングなどさまざまな領域を担当してきた。その倉橋氏が独立し、KARTEをリリースしたのはなぜか。

プレイド代表取締役 倉橋健太氏

ウェブサイトでは、ユーザーがいて、何らかのプロダクトやサービスを提供した結果、パフォーマンスが生まれる。倉橋氏は「残念ながら、インターネットのビジネスでは、ユーザーはトラフィック、サービスはサイトと捉えられていて、パフォーマンスから考える傾向が強い。この方法では『いかに高転換なサイトに人をたくさん流し込むか』ということだけ重視され、いろいろなところで疲弊してきているし、運営していても面白くない、ということになる」と述べる。

「昨日新規ユーザーが100人来た、と言っても、その100人は誰なのか。そういうことをしっかり可視化しながら、プロダクトやユーザー体験を良くしていきましょう、ということで、KARTEを提供している」(倉橋氏)

人の可視化が重要、と話す倉橋氏は、イベントの前の週にリリースしたKARTEの新サービス「K∀RT3 GARDEN(カルテガーデン)」を動画で紹介。これまでは、平面の管理画面で人を可視化していたところを、オンラインに来ているユーザーの行動をリアルタイムにVR空間で描画する試みだ(TechCrunch Japanの記事でも詳しく紹介している)。

カルテガーデンでは、人が商品を「手に取って」見ているところや売場を歩き回っている様子を、VRで見ることができる。「データを数字として見ることが多くの人は苦手なので、難しい。それを“人”として見ると、身近に感じて一気に簡単になる。(分かりにくい)データや数字はマーケティングから退けていきたいとの思いから、事業をやっている」と倉橋氏は話す。

続いて堀江氏から、delyの設立から今までの歩みについて紹介してもらった。堀江氏がdelyを立ち上げたのは2014年。2014年から2016年までは、現在とは違うサービスを提供していたがうまくいかず、2016年にピボットして、レシピ動画の「kurashiru」を作った。

dely代表取締役 堀江裕介氏

delyの従業員数は、現在130人ぐらい。うち社員は内定者を含めて60人だ。「昨年は十数人だったので、一気に増えた」と堀江氏は言う。「直近の四半期では50人採用した。このスピードで採用していると、相当失敗もしている。いい採用だけでなく、悪い採用もしているし、どういう採用チャネルがあるのか、どういった採用ハック方法があるのか、いろいろ試しているので、今日は参考にしてもらえると思う」(堀江氏)

正社員の採用チャネルは「基本的にリファラルとWantedlyで、7割近くを占める」そうだ。今のところまだ、エージェントと媒体を利用した採用は、それぞれ約10%で「社員の満足度が高いときには、やっぱりリファラルでの採用がガンガン効く」と堀江氏は話している。「Wantedlyの運用も、今は人事担当を1人つけて、がんばっている。あと、SNS経由については、僕が毎日どんどん発信しているので、これがかなり効いているかな、と思っている」(堀江氏)

ジラフ代表取締役 麻生輝明氏

次に紹介があったのは、ジラフの麻生氏だ。ジラフは2014年の創業。麻生氏が大学在学中に、買取価格の比較サイト「ヒカカク!」を始めたのが創業事業だ。その後、別のサービスもリリースしているが、会社として大きく人を増やし、組織も拡大するきっかけとなったのは、2017年3月にポケラボを売却したシリアルアントレプレナー・佐々木俊介氏が参画し、同時にポケラボのリードエンジニアだった岡本浩治氏がCTOとして参画したことだ、と麻生氏は言う。

「そこからビジネス側、開発側で人を一気に拡大し、だいたい8カ月ぐらいで2.5倍ぐらいの規模になった」と麻生氏は話している。現在は従業員全体で60人ぐらい、社員が30人ぐらいだという。

直近では、2017年10月に「スマホのマーケット」をリリース11月には資金調達も行ったジラフ。資金調達については「組織面が強化されていることも評価された」と麻生氏は言う。今後、スマホ即金買取サービスの「スママDASH」の公開も予定しているとのことだった(イベント後の12月21日、ジラフはTwitter経由の匿名質問サービス「Peing(ペイング)質問箱」を買収、さらに2018年1月15日にはスママDASHをリリースしている)。

エン・ジャパン執行役員 寺田輝之氏

エン・ジャパンの寺田氏は今回、スタートアップへ人材サービスを提供する側としての登壇だが、寺田氏自身もエン・ジャパンがスタートアップだった頃に入社している。現在はエン・ジャパンの執行役員を務める寺田氏の持論は「スタートアップは、成功するまではプロダクトづくりに専念しろ」というもの。自身がかつて直面した採用の課題に対して、先回りして解決できれば、ということで提供しているのが、クラウド採用ツールの「engage(エンゲージ)」だ。

engageでは「採用からエンゲージメントを意識してほしい」ということで、基本的に無料でサービスを提供。2016年8月のローンチから1年3カ月で5万7000社に導入され、「HRアワード 2017」では優秀賞も受賞した。

engageで提供する主要サービスのひとつが、スマホ対応の採用HP作成。寺田氏は「媒体やWantedlyで企業からの採用メッセージを発信することは絶対やった方がいい。その上で、メッセージを見た人は必ず企業のホームページも見に来る。これはエージェントを使っても一緒。そこで、事業内容やサービス内容に加えて、採用のページも充実させておくことで、面談や面接で会う前の魅力付けをすることが必要だ」と採用HPを用意することの意義について説明する。

「採用ページを個別に用意するのは結構コストがかかる。だったら僕たちの方で作ってしまって、ばらまいてしまおうと。さらに『エンジニアやデザイナーはプロダクトに集中すべき』という考えから、応募者管理のためのCMSや、ノンエンジニアがページを更新できるような機能も入れている」(寺田氏)

また、エン転職会員や提携するindeedなどを対象にした、採用のマーケティング支援もengageで実施。さらに性格・価値観テストと知的能力が測定できる「タレントアナリティクス」も月に3人分まで無料で提供している。

「スタートアップ採用あるあるとして、候補者のスキルは分かるが、カルチャーフィット、その人たちがどういう性格や価値観を持っているのかが、なかなか分からない、というのがある。特に創業初期の段階で、それが合わない人たちを入れてしまうと、結構苦労する。だから、カルチャーフィットの部分もしっかり見ていこう、というのがタレントアナリティクスのサービスだ」(寺田氏)

もうひとつ、寺田氏が紹介したサービスが、退職予測をアラートする「HR OnBoard」。入社して何年も経てば退職理由もいろいろ出てくるものだが、入社後1年以内に退職する人については傾向があると寺田氏は言う。エン・ジャパンでは3000社以上の企業の状況を分析した結果をもとに、「HR OnBoard」をリリースした。

「多いのは『思っていたのと違う』というギャップ、直属の上司とのリレーションのズレ、そして業務量が多すぎる、または少なすぎるというズレ。これらをずっと分析して『このタイミングで社員からこういう回答が出るときは、退職の危険性が非常に高い』『こういう回答なら大丈夫』というパターンを出し、ビッグデータからアルゴリズムを作って提供している」(寺田氏)

何もないところから日常的にコミュニケーションを取って、採用した人が退職しないようにフォローするのはなかなか難しいものだが、アラートが出て「このまま行けば辞められてしまう」となれば、一生懸命止めることができる。そのためのツールとして用意した、と寺田氏は説明する。

「私自身の経験も含めて、スタートアップでこれから起こりうるトラブルは絶対あるはず。そこに先回りできるツールを提供していく。さらにこうしたツールはこれまで、結構なコストを投入しなければ導入できなかったが、SaaSとして提供することで民主化した。ミスマッチのない、エンゲージメントの高い対応が実現できるように、ということで提供しているので、良ければ使ってみてほしい」(寺田氏)

「最初の5人」採用はやはり知人・リファラルが中心

各社紹介の後、話題は「創業して最初の5人はどうやって集めたか」へ移った。

ジラフの麻生氏が1人目の社員を入れたのは、創業1年ぐらいのタイミング。それまでは全業務の統括をひとりでやっていたという。「No.2が欲しい、ということで探していたが、そこにハードルがあった。COOを務められるNo.2人材は、起業しようという気力がある人でなければいけない。けれども、そういう気力のある人は、代表をやりたいわけで、ちょうど良い感じの人がなかなか見つからなかった。結果的に、VCから紹介してもらった人と会ったところ、その日に入社を決めてくれた」(麻生氏)

次に入社したのはエンジニア2人で、1人は業務委託で手伝ってくれていたメガベンチャー出身者。もう1人は「4月1日に会ったら、東大を卒業したところだけど就職が決まっていない、というちょっと変わった子で、その日のうちに採用を決めた」のだそうだ。

その後、現在は執行役員 兼 営業部長を務める人を採用。「彼は大手商社の出身で転職してきてくれたのだが、元々、大学時代にインターンが同じだったのが縁。最初の5人については、いずれも紹介や縁で入社してもらっている」(麻生氏)

delyの堀江氏は、サービスをピボットして実質2回の創業を経験しているが、1回目のサービスがうまくいかなかった際には、20人ぐらい一気に辞めたという。「唯一残っている最初からのメンバーは、現CTOの大竹(大竹雅登氏。TechCrunch Tokyo 2017でCTOオブ・ザ・イヤーにも選ばれた)。自分は『プライベートの友だちは絶対に誘わない』と決めていた。またエンジニアの友人もいないので、Facebookのプロフィールに『エンジニア』と書いてある人に片っ端から連絡を取った。100人ぐらいに声をかけたのだが、一番最初に引っかかってしまった(笑)のが彼だ」(堀江氏)

その後、第2創業期のメンバー集めでは「一度チームが崩壊してしまったので、チームメイキングができる人間が欲しいと考えた」という堀江氏。「大学時代に一度、VCのピッチの場で会った人が、起業をやめて大手消費財メーカーに就職したと聞いていた。彼に久しぶりに連絡をしたところ、話して3日後に辞表を出して、2分の1の給料で入社してくれることになった」と次のメンバー入社のいきさつを話してくれた。

「彼も大竹も一度起業を目指した起業家で、その後のメンバーも10人ぐらいまでは元起業家。タフなメンバーが今でも活躍している」と言う堀江氏に、元起業家を口説くときの方法を聞いた。「『自分で事業をやるより、俺とやった方が勉強できるだろう?』という謎の雰囲気を出す(笑)。本当は何も教えることなどなくて、自分が教えてもらってばかりですが」(堀江氏)

プレイドの倉橋氏は、ビジネスマンを7年弱経験してからの起業だ。楽天を辞め、初めはコンシューマー向けのアプリ提供やECコンサルを行っていた。最初のメンバーは役員4人。すべて知人、リファラルでの採用だった。

「取りあえずやりたいことをやるために会社を作ったが、会社ってそんなにうまくいくわけがない。他の仕事を持ちながら4人が集まったということもあり、サービスをローンチした後、初動は良かったが、なかなか伸ばすことができなかった」(倉橋氏)

そのため1年目に一度切り替えよう、ということでメンバーもリセット。同じ会社を器として使いながら、今のCTOと楽天時代の同期の紹介で知り合い、現在に至っているという。

「だから僕も2回創業があって、1年目はウォーミングアップだったと捉えている。その後、役員以外の社員が入りはじめてから20人弱ぐらいまでは、全員リファラル採用を行ってきた」(倉橋氏)

「スキル」よりは「学習能力」「フィットネス」を重視

では「最初の5人」のフェーズを終え、そこから拡大していくときに、各社はどういう基準・指標で人を採用していったのだろうか。

従業員70人、うち社員として60人を抱えるプレイドの倉橋氏は、社員の採用チャネルについて「まだリファラルが半分強。残りの半分のうちの半分がWantedly経由で、もう半分がエージェント」と概観を説明。「つまり信頼できる人を確実に誘っていく、ということをやってきた。社会人経験があることから、人を介して人につながる、ということはやりやすかった」と話している。

倉橋氏は「役割ごとの人数を(採用)計画に落とし込むということは、これまでほとんどやってきていない」と言う。「僕らの事業はまだまだ、これから立ち上がるフェーズだと思っている。だから人材を(初めから)見極めて採るという市場感ではなく、いい人をできる限り採る、それだけでやってきた。エンジニアかビジネスか、ぐらいの区分はあるが(細かい)役割を決めて採用するということは、いまだにほとんどしていない」(倉橋氏)

人材のフィット感を確かめる方法として「全員にアルバイトか契約社員で入社してもらい、3カ月見る」ということもやってきた、という倉橋氏。「中には9カ月ぐらいアルバイトしてから社員になった人もいる。そこで妥協しなかったことが、今の(企業)文化構築につながったと考えている」とのことだ。

採用基準については倉橋氏はこう語る。「新しい価値観を提供していくときに、一番重要なのは学習だ。個々人として、組織として、またプロダクトとして学習していく、という中では個人の役割なんて簡単に変わる。だから変化への許容度が高い人をいかに採るか、ということを優先してきている」(倉橋氏)

人の良し悪しの判断については「社内でも、CTOなどと話しているのは『能力は誤差だ』ということ」と言う倉橋氏。「そもそも新しいことをやっているのだから、その人の経験が100%ダイレクトに生きる、なんていうことは、まずない。経験や成功体験を疑える人にまず来て欲しい、というのが前提だ。だから『人間として好きかどうか、人間性が信頼できるか、真面目か』といったところを見ているのと、自分の言葉として事業に共感してくれているかどうか、能力よりも『一緒にやりたいかどうか』といった“人”っぽいところを基準に見ている」(倉橋氏)

採用チャネルの3割がリファラル、というdelyの堀江氏は「採用の基準は超簡単」と面白い視点を紹介してくれた。「会ったときに『この人とサシで飲みに行く約束をした1時間前に、イヤにならないか』ということを見ている。カルチャーフィットする人なら、気軽に飲みに誘える。定性的ではあるけれども、採用してからの感覚ともだいたい合っている」と堀江氏は言う。

「能力に関して言うと、見てはいるが、入社してから半年も経てば、そのジャンルに対する知見などは周りと変わらなくなってくる。だから過去の経験よりは、学習意欲の高さや学習スピードの速さを重視している」(堀江氏)

ここで寺田氏が「Googleでは『エアポートテスト』、つまり採用基準として『次に乗る飛行機が飛ばなくなり、空港の近くのホテルで泊まらなければならなくなったときに、一緒に泊まって会話ができるか』というテストを、科学的に行っている」と紹介。堀江氏に「イヤになるかならないか」を判断するときには、何を見ているのか尋ねた。

堀江氏は「うさんくさくない人かどうか」が基準だと話す。「前年比1500%達成!といった経歴を書く人がいるが、そもそも前年の運用期間が少ない、とか、話を盛っちゃう人はうさんくさいので、飲みに行きたくなくなる。自分の失敗や弱みまで含めて語れるような人は、僕はいいな、と思っている。カルチャーフィットというのは、ある意味、自分の彼女に対して『性格も良くて料理もできて、謙虚で』といった全部の条件を求めているようなものだけど、別に『会社に合わせろ』ということではなくて、何か間違ったときに素直に認められるような能力というのを、僕らは見ている」(堀江氏)

ジラフの麻生氏は、スタートアップとしての「採用のフェーズが変わってきた」という実感があるようだ。「創業から1年半ぐらいまでは、精神論的だが(基準が)『頑張れる人』みたいな感じだった。起業家プラス5〜6人、というときには、その温度感を一緒に持ってやれる人かどうか、というところを見ていた」と言う麻生氏。

「そこから規模が大きくなるにつれて、不器用な人というか『必殺技は持っているんだけど、今いる会社では上司から好かれない』とか、ちょっと変わった人が入ってくるようになってきた。ジラフではそういう人が多いので、みんなお互いに認めあっている、という環境になってきた」(麻生氏)

フェーズが変わったタイミング、きっかけについては「資金調達をして、大きめのオフィスに移転して、人をどんどん採用していくという中で、業務を回すために『頑張れない人』、定時に来て定時で普通に帰る、という人を入れていく時期は来る。今はそういう時期だな、と思っている」と麻生氏は言う。

また、倉橋氏や堀江氏と共通する点として「ポテンシャルがある人、過去の経験にとらわれず、会社が求めていることの説明を素直に受け止めてもらえて、うまくいかなくてもすぐに違う挑戦ができる、試行錯誤できる人を採用するようにしている」と麻生氏は言い、「そういう人は若い人に多い。今は20代の人を採用させてもらっている」と話している。

「ただ、20代は能力差が結構あって。すごく優秀な人を1人採るのと『普通に仕事ができます』という人を2人採るのでは、優秀な人を1人採った方がいい。そういう人は他の人も連れてこられるし、正の循環が回るというイメージがある。そこの質をどう担保するのか、ということも同時に意識はしている」(麻生氏)

リファラル採用、それぞれの「巻き込み方」「口説き方」

続いては、リファラル採用について。それぞれ、知り合いをどう巻き込むのか、成功している事例を各社に聞いた。

堀江氏は「自分事として考えること」が大切だという。「経営者は自分事として考えないことが多いけれど、もし自分が社員だったとして、この会社に本気で親友を誘えるか、と考えると、それは『この会社が好きかどうか』にかかっている。あとは、業績・社風的に信頼できるかどうか。僕らは、業績を上げることはもちろんだが、サービスの魅力を上げることなどで、まずは社員に好きになってもらうように頑張ることが大事」(堀江氏)

好きになってもらったその後は、社員の中で紹介を頑張った人を積極的に表彰し、Slackなど全社員の見えるところで称賛する文化を作ったことで、リファラル採用が加速した、と堀江氏は説明する。

「僕は学生起業家だったので、(自分の周りには)まだそれほど人材がいない。社員経由のリファラル採用のほうが最終的には増えてくると思う。また、1人の知り合いよりも100人の知り合いを探した方が圧倒的によいので、自分の紹介での採用もあるが、社員の紹介もかなりある」(堀江氏)

麻生氏は、基本的には自分がつかまえてきた人材が多い、と言う。「僕の場合は、採用したい人は2年かけて追いかける、ということをやっていた。3カ月おき、半年おきに飲みに行ったり、ごはんを食べたりして、定期的に会う。これはDeNA(創業者)の南場さんが『SHOWROOM』プロデューサーの前田さん(現在はSHOWROOM代表取締役社長の前田裕二氏)を採用するときに数年かかった、という話を聞いたのだが、それを真に受けてやっている感じだ」(麻生氏)

実際に2年かけて採用したエンジニアや、半年以上かけて口説いて入社した人事責任者が、現在ジラフでは働いているそうだ。

面談からどう踏み込ませるかについては、社員に会わせることが強い武器として機能している、と麻生氏は説明する。「うちは現場に自信があるので、口説いた上で『じゃあ、実際働く人に会いに来てみなよ』と来てもらい、社員に会わせるとだいたい一緒に働きたいと思ってもらえる」(麻生氏)

またジラフでは比較的早い段階で、CxO経験者を採用している。その手法について麻生氏はこう話している。「優秀な人ほどキャリアアップを真剣に考える。スタートアップに挑戦したいが、考えた結果、不安が大きくなることも。そういう方に対しては、今のキャリアから次のキャリアに進むときに『ステップアップしてるよね』という状態をちゃんと作るために、ポストや部署を用意する。その代わり、『そのポストで、これ以上の人は採れない』というギリギリの一番いい人を採用する、ということは毎回やっている。そこは妥協しているつもりはない」(麻生氏)

スタートアップでは「今後それよりいい人を採れなくなる」ということを恐れて、ポストを用意しない起業家も多いが、麻生氏は「僕はちゃんとポストを用意し、ストックオプションなども提示して、僕らの会社に普通なら来ないような人を取り込む、ということを連続的に繰り返している」と言う。

倉橋氏はリファラル採用について「仕組み化するのが難しい」と述べている。「社員が少ないときは一通り候補に当たり終わると、どうしよう、みたいな話になるので、あまり効率的な仕組みではない。ただ、僕らの場合は社員の平均年齢がだいたい30〜32歳ぐらい。そこで『日本酒を飲みまくる会』など、お酒の力を借りて、ガードが弱くなったところで仲良くなるようにしている(笑)。月に1〜2回、外の人を気軽に呼んでこられるような場を用意する、これだけはちょっとした仕組みとしてやっている」(倉橋氏)

もうひとつリファラルに効くテクニックとして、倉橋氏は「今のフェーズまでは、現実的な話を社内でもあまりしない、というのを貫いてきた」と言う。「夢のある話の方が、みんな楽しそうに話すので、外にも伝播しやすい。いざその話が外に伝わって新しい仲間が増えたときにも、はじめに夢で共感している場合、現実化するところでも人はなかなかぶれない。だから入社した後も安定しやすい」(倉橋氏)

こうして、とにかく夢を社内全員で語るようにしている、というプレイドで、倉橋氏が「ここまで来たか!」と思ったエピソードがあるそうだ。「採用候補者に『みんなものすごいレベルで夢を語りますね。これって事前に準備しているんですか?』と質問された。それほど、気持ち悪いぐらいに、それぞれの口から夢が出てくる。そういう会社って強くなれるんじゃないかな、と信じている部分はある」(倉橋氏)

ここで寺田氏から「メンバーと一緒に採用にチームとして取り組んで動き、ありがたかったこと、うれしかったことは?」と質問があった。

麻生氏は「僕の場合は学生起業ということもあり、中途採用のときに『スタートアップに転職するのはいいですよ』と僕の口から言うと、ポジショントーク感が強くなる。それを大手企業から転職してきた人に説明してもらうと、説得力が変わる、ということはある。また、口説きに行く、というやり方は一般の従業員では難しいケースが多いが、僕以外でもCFOなど、目的意識が強い人間が説得して『逃さず採りに行く』という採用ができる人がいるのは、すごく助かっている」と言う。

また倉橋氏は、人事採用の責任者から日々聞いていた苦しみとして「求人票を作れない」という話を紹介。「要は『こういうことができる人が欲しい』という求人を一切出してきていないわけで、エージェントも困るだろうし、人事採用担当もこのギャップを埋めるのは大変だったと思う。けれども、会社の成長も含めて、時間をかけながら、採用責任者がエージェントとコミュニケーションをしっかり取ってきてくれたおかげで、『変だけど、めっちゃいい会社があります』という感じで紹介してもらえるようになった。難しかった部分ではあるが、突破できると逆に強みになるのではないか、という気が最近ではしている」(倉橋氏)

採用失敗エピソード、やっておけば良かったことは?

この後は、会場からの質問で「一番の採用失敗エピソード」を各社に教えてもらった。

麻生氏は「経験者を採りたい時期に中途採用をしたが、あまり一緒に頑張ろう、という気持ちでやってもらえなかった事例があった」ことを紹介。「今では明確な採用失敗というのは起こらなくなってきた。社内で選考フローも作り始め、『こういう項目を見ましょう』というのも体系化されてきている。あとは、必ずどんな人でも僕が面接に1回は入るようにし、自分で見て『この人なら』という人だけを採るようにしている」(麻生氏)

堀江氏からは、採用の失敗ではないが初期メンバーとそれ以外のメンバーとのギャップについての悩みが打ち明けられた。「最初の10人がものすごくファイタータイプというか、タフな人間が多かった。となると後半に入ってくる100人目、120人目とかが、それを見てビックリしてしまう。そういうわけで、あらかじめ『めっちゃ働いている人もいれば、18時に帰ってる人もいるよ』とある程度、現実とのすりあわせが僕らにも必要なのかな、とは思っている」(堀江氏)

倉橋氏も失敗ではないが、やっておけば良かったこととして、採用すべき人材の順序・時期について述べた。「僕のようなビジネス系、マーケティングやディレクション系人材の採用は、スタートアップでも比較的困らないケースが多いと思う。だが、難しいのがエンジニアやデザイナーの採用。特に僕たちのようなB2Bのプロダクトの場合、デザイナーが一番難しい。うちはエンジニアについては初期から良い人材がいて助かっているけれども、デザイナーとして中核になる人間を、社員数5人10人のフェーズで1人でも採れていたら、立ち上がりはもう少し早かったのではないか、という気はする」(倉橋氏)

最後に、寺田氏からの「採用PRとして、こういうことを発信すべき、また注意すべきという点は?」との問いにも各社に答えてもらった。

堀江氏は、四半期に50人を採用したときの話として「僕自身が一番、社内だけでなく社外にも夢を語りまくっていた」と話す。「社長の思い、ビジョンを元々知った状態で面接に来てもらう、ということをとにかく心がけている。採用の確度も高まるし、社長自身が発信することは大事だ」(堀江氏)

麻生氏からは「僕らはストレッチして、優秀な人を採っていくようにしている。けれども優秀な人ほど、いろいろなことがすぐにできてしまい『褒められるのが当たり前』という環境になって、仕事が面白くなくなっていくことが多い」と“良い人材”を採用することに対しての注意点を述べた。

「僕らの環境では『いろいろなところで褒められてきた人たちが真剣にやらないといけない』という状況にするようにしている。30歳になろうという人たちが、真剣にキャッチアップしていく、という環境を作っていこうと思っているし、そこに挑戦的な気持ちで参加できる人に来て欲しい」(麻生氏)

倉橋氏は「採用広報、PRは正しく伝えることだと思う」と言う。「採用広報、PRを考え始めると、伝え方を間違えそうになるというか、自分たちらしくない伝え方や、いいところを探そうとして、そんなに大した話ではないのに外に出そうとしてしまうなど、自分たち自身が迷い始めることがいろいろある。でも、プロダクトも採用も、自分たちの努力以上のものは外には伝わらない。だから良く思われたいんだとしたら、本当に努力するしかないかな、と思っている」(倉橋氏)

HR Techの現状と未来を語る──TechCrunch School #9 HR Tech最前線 イベントレポート

人材(ヒューマン・リソース)分野へのテクノロジー適用の現状と未来を語るイベント「TechCrunch School #9:HR Tech最前線 presented by エン・ジャパン」が3月14日夜、TechCrunch Japanの主催で東京・外苑前にて開催された。HR Techサービスの提供者や人事・採用担当者を中心に100名以上の方に来場いただき、4人の登壇者の熱いトークもあって、活気あふれるイベントとなった。そのパネルディスカッションの様子をお伝えする。

まずは登壇いただいたスピーカーの4名から、各社のHR Techへの取り組み、トピックスについて紹介してもらった。モデレーターはTechCrunch Japan編集長の西村賢。

サイダス代表取締役:松田晋氏

組織内の人材の見える化と最適配置を進められるプラットフォーム「CYDAS(サイダス)」を提供する松田氏からは、今後のサービス構想について踏み込んだ紹介があった。

「人材プロファイル管理のサービスをやっていて気づいたことがある。より使いやすくするためには、人の活動データや行動情報を集めなければならないということだ。そこでソーシャルアプリで得られたデータをAIに蓄積し、CYDAS HRへ反映する、という構成のサービスを6月にリリースする予定だ(下図)。外部アプリケーションも含め、いろいろなアプリとつなぐことで、いろんなことができると考えている」(松田氏)

 

エン・ジャパン執行役員:寺田輝之氏

無料で簡単に人材採用ホームページが作成できる「engage(エンゲージ)」を提供する、エン・ジャパンの寺田氏は、HR Techで実現したいこととして「入社後活躍」の推進を挙げている。

「採用された人が入社後、会社と合わずにすぐに転職すれば、採用サービス側からしたら儲かるが、それはやっちゃいけない。絶対やらない」という寺田氏は「海外も視野に入れながらHR Techを進めている。入社後活躍につながる取り組みとして、求職者側の情報収集先として最もニーズの高い“口コミ”“企業内の採用ページ”を、それぞれ口コミサイトの『カイシャの評判』とクラウド型の採用支援システム『engage』として提供している」と話す。engageの主な利用企業はスタートアップで、うち採用サイトを用意していなかったという企業が3割になるそうだ。

KUFU代表取締役:宮田昇始氏

労務関連手続きを自動化するクラウドサービス「SmartHR」を提供するのがKUFUだ。SmartHRは労務書類の作成と電子申請を機能としてスタートしている。そのSmartHRの現況をKUFUの宮田氏が説明する。

SmartHRは現在は労務を広くカバー(下図)し、利用企業は3700社超、社員数1600名規模の企業でも導入されているという。「労務の時間が3分の1になり、担当者がリモートワーク導入など新制度の導入に時間を割けるようになったことで、社員6割の生産性が向上した例もある。現在は、SmartHR APIによって、給与計算や勤怠管理、チャットツールなど、各社の既存システムとのつなぎこみや他社ベンダーとの連携も進めている」(宮田氏)

メルカリ HRグループ:石黒卓弥氏

そして今回、HR Techのユーザーサイドとして参加したメルカリの石黒氏。メルカリでは企業情報発信に力を入れていて「サイト『mercan(メルカン)』で毎日情報発信しているので、皆さんぜひ見てください」とのことだ。

「メルカリでは“新たな価値を生み出す世界的なマーケットプレイスを創る”をミッションに掲げ、『Go Bold』『All for One』『Be Professional』をバリューとしている。そこでHRグループとしては『当社にとって価値のある優秀なメンバーを集めること』『メンバーが思いきり働ける環境をつくること』『思い切りやったことに対して、適正に評価すること』をミッションとした」と石黒氏は言う。「ここ3四半期ほどは、入社社員の2〜3割はイングリッシュ・スピーカー。HR Techに関してはSmartHRなど、いろいろと取り入れている」ということだ。

HRツールの導入・運用コスト、どう考える?

HR領域の業務は求人・募集から入社後のタレントマネジメントまで幅広い。統合的にこれらを扱おうというパッケージもあれば、今回の登壇者企業が提供するような個々の業務に特化したサービスも存在する。HR領域の市場は、個別のサービスの長所を組み合わせた“ベスト・オブ・ブリード”モデルになるのか、それとも特定ブランド下に集約されるのだろうか?

SmartHRの宮田氏は「ユーザー側に立ったら、理想は1ブランド集約だが、いざベンダー側に立つとHRの全領域をカバーするのは無理」と話す。「確かに米国のWorkdayのように規模が大きく、扱う業務の幅も大きなサービスもある。だが、個別業務に必要な機能に対して“とがって”ちゃんと価値を提供しなければ、と思うと、網羅的なサービスにはなかなかできない。SmartHRにしても、やればやるほど奥が深く、下手に他に手を出すとどの機能も中途半端になってしまう」(宮田氏)

宮田氏が言うには「今取れるべき戦略は“とがったものをつないで使いこなす”のがいいのかな」とのこと。「労務データの入力と電子申請書類の提出だけなら単純かと言えばそうでもなく、日本の法律に沿った運用をしていると複雑な条件分岐があって、これは地道に開発を進めるしかない。SmartHRでは機能追加などについては、5社以上の要望がなければ検討に入れない。ただ、アウトプットが役所への手続きということで最終的には同じなので、同じような要望が挙がりやすい」(宮田氏)

サイダスの松田氏も「CYDASも全面展開に見えて実はそうじゃない。既存のソーシャルアプリがあるなら、それとつないでください」と言う。「CYDASが大事にしているのは情報。顧客には大手企業が多く、たいていは既にERPが導入されている状態だが、やりたいことができない、APIが提供されていない、ということでCYDASを使いたい、と言ってもらっている。使いやすいもの同士をつなげて、ちゃんと活用していけばいいんじゃないかと思うので、1社で完結していいということはない」(松田氏)

では、HRツールの存在そのものの意義についてはどうか。社員10人規模の企業でツールを入れる理由はあるのか。Excelで管理していればよいのでは?という問いに対し、宮田氏は「SmartHRについては10人未満の企業でもニーズがあると思う。導入が楽で、チャットサポートぐらいで、セルフサービスで使い始められるので、経営者の労務関連の学習コストを下げるために使われている。そういう意味ではExcel、手書き、郵送、メールが競合ツール」と答える。

労務自動化によるコストメリットについて宮田氏は「顧客にとっては金銭的なコスト削減より、時間コストの削減の影響が大きい。また経営側から人事部門に、労務事務よりも採用や働きやすい環境作りに時間をかけて欲しいという要望がある」と話す。

一方、松田氏は「CYDASは、イニシャルコストを考えれば10人規模だと必要ない」と言う。「目的に応じてつないでいく使い方ならいいと思う」(松田氏)

社員マスターをExcelで管理する企業も、特に小規模では多いが、これについてはどうだろう。

顧客企業の社員マスターを見てきた経験を、宮田氏はこう話す。「マスターとして使われてきたExcelが担当者を渡り歩くうちに“秘伝のたれ”みたいになっていって、もうその人でなければ触れないみたいなことも(笑)。データが正規化されていない状態が多い。SmartHRのユーザー企業は50名〜1000名弱の規模が多いが、導入時に半分はExcel管理で、2割は何も管理していない。うちでも3人でスタートした時には人事マスターなんてなかった」(宮田氏)

メルカリの石黒氏も、2015年に60人規模だったメルカリにジョインした際には、ツールはなく、Excelが社員マスターだった、と振り返る。「当初はExcelを使い続けていたが、ツールは一人目から入れた方がいい。これは間違いない。でも後回しにしちゃうんだよね、移行ができないから。ただ最初にフォーマットがあれば、後の人はそれに倣ってくれるので、そろえるなら早いほうがいい」(石黒氏)

顧客に大手企業も多いサイダスの松田氏は「大手でも社員マスターはけっこうみんなムチャクチャで、データの整理に時間がかかる。ツールを入れていても、実はマスターがまだまだできていないこともある。半角カナなどの影響で、元々あったERPがいたずらしていることもある」と打ち明ける。「データクレンジング専門の人事データマネジメントという仕事が出てくるかも」(松田氏)

応募・採用のミスマッチはテクノロジーで防げるのか?

続いての話題は、応募・採用について。求職者が企業の情報を検索して調べられる時代、企業はどのように情報を発信していけばよいのか。

エン・ジャパンの寺田氏は、応募と採用のミスマッチが起こる原因について「ミスマッチが起こる理由はさまざま。どう防ぐのかはアメリカでも研究が進んでいるが、採用側の企業は応募者の情報を確認することができるのに対し、求職者は意思決定するための情報を得られないという非対称がある」と話す。「企業の考え方にもよるが、engageを利用するスタートアップや中堅企業の場合、情報を出したくても出せなかったり、何を出せばいいのか分からないというケースが多い」(寺田氏)

ソーシャルリクルーティングにしてもリアルではない、と寺田氏は言う。「人事が“ココを(発信する情報として)使う”と決めて出されている採用情報は多い。ソーシャルでも自社の情報をどれだけ出せるか、どれだけ発信していくかが大事」(寺田氏)

メルカリの石黒氏は「キラキラした写真ばかりが出ている会社が多く、リアリティがない。いい社員のいいエピソードと写真を出した方が求職者も多く来るのは事実なんだけど」とミスマッチの理由について話す。「メルカリでは自社メディアmercanをつくって、10カ月運用してきた。執行役員の経歴のようなしっかりした記事もあれば、毎日のお茶目な日常の記事もあって、ありのままを伝える努力をしている。将来的にはHRソーシャル運用者を採用したい。グローバル採用が進む中で、口コミなどでイヤな体験もいい体験も表に出やすくなっているので、それをマネジメントする担当者がいればと思っている」(石黒氏)

口コミについては、寺田氏がこう話している。「口コミはどうしても評価が偏っていく。そんな中で、発信する情報全部がカッコいい必要はない。企業で、その人たちがいいと思っていることを発信すればいい。思ってもいないことを出すから合わない人が来る。自分たちの言葉で自分たちの情報を出すのが大事。ジョブディスクリプションの出し方については、海外だとglassdoorとかも参考になるかも」(寺田氏)

HR Techという観点からは、採用時に集めたデータの活用で、採用失敗の予測ができるのか、といったところも気になるところだ。API連携によって、採用後の予測ができる未来は来るのだろうか?

「入社前のデータと労務データが一緒になることで、どのメディアを経由して来た人が長続きしているかは一気通貫で見ることができるだろう」と言う宮田氏に、松田氏は「SmartHRのデータと採用適性検査などで、予測ができるようになっていくかもしれない」と期待を膨らませる。「海外ではAIと連携して分析するサービスも出ているので、そういう時代になると思う」(松田氏)

石黒氏からはHR担当の目線から「メルカリでは全員に履歴書情報があるわけではない。担当者目線では、エントリーシートの項目を増やして書かせることで情報はたまるが、書かせるATS(応募者管理ツール)は応募のハードルを上げてしまう。OCRを使った履歴書解析ツールとかがあるといいかもしれない」との希望が。

また、寺田氏は「エン・ジャパンには、知能テスト、性格価値観テストを受けた90万人のデータがあるが、テストはテスト。SmartHRなどとデータを連携して、入社後のパフォーマンスが出せれば」と話す。履歴書データと知能検査のデータを並べて管理することに関する倫理的な課題については「求職者の側にも結果の情報を提供していくのがよいと思っている。不採用の理由が性格の傾向や価値観のところで分かることは、求職者にとっても役に立つと思う。双方向に情報が見られるならフェアだし、お互いの不幸が減る」と寺田氏は言う。

採用後の人材活用とツールの使いこなし方、人事評価について

採用後の人材活用についても話を聞いてみた。ありがちなのは、採用担当と労務担当が別々で、システムも分断されているケースだ。

「確かにメルカリでも、SmartHRと採用管理システムの『Talentio』とのAPI連携は利用しているが、採用と労務とで人・システムとも現状では連携していない」と石黒氏は言う。「システム連携については、Facebookログイン機能みたいに、人事労務管理に関するキーとなるIDを扱うプレイヤーが勝てるのではないか。根っこのIDを取れば認証ができて、(役割やシステムの)分断を意識せずにやれればよいのだが」(石黒氏)

HR Techでは米国に対し、数年は遅れを取っているといわれる日本。ビッグデータを活用した組織や人材の最適化、AIの活用は今後進むのだろうか。

サイダスの松田氏は「AIを使う時代は来る。でも、人が見て何か判断しなければいけないので、システムからの通知が重要だ」と言う。「CYDASのデータとAIを重ねると、適材適所の配置とかいろいろ見えてくるものがある。でも(その配置を)決めるのは誰か。ツールを使いこなせる人だろう。自分自身は分析が好きでシステムを使い倒していると思うが、お客さんは違う。なので(お客さんがツールを使いこなしやすいように)システムを作り直している」(松田氏)

エン・ジャパンの寺田氏は「仕事は、どの会社でも異なるタスクの集合体になっていて、タスクとタスクは重なり合っている。人間の仕事をAIに置き換えられるとはいっても、実は兼任などの重複カバーを考えると置き換えは難しい」と採用の観点から、業務の切り分けの難しさとテクノロジーによる人材活用との関係について話す。「人材を活用するためには、タスクの可視化を、それぞれの企業や人事担当が分かっていなければならない。日本では難しいとされるジョブディスクリプションが発展していくと、AIの導入もしやすいかも」(寺田氏)

HR Techの遅れを取り戻すにしても、北米発祥のグローバル企業のツールは、日本企業の風土に合うのだろうか。

メルカリの石黒氏はこの点について「複雑な問題だ。日本企業の人事担当者に英語が得意な人がいないとか、『このボタンは右にあった方がいい』といったカスタマイズを要求する(がベンダーはカスタマイズを入れたがらない)とか、そういう課題もあるし、日本独特の労働法の問題もある」とした上で「だが、使えるものも多い。使わずにあれこれ言うのはいけないと思う」と話す。

また、ツールそのものをHR部門で使いこなすことにも課題がある。たとえば目標管理ツールの導入で、方法論まで一緒にインストールすることはできるのだろうか?

石黒氏は「ツールが使いやすければいいが、評価のためだけに四半期に1回しか使わないツールはいつまでも使いこなせないと思う。書かないと給料がもらえない、とか能動的でない理由で使っているのでは、結局“Excelが最強”ということになってしまう」と話す。また人事管理ツールでは、しばしば権限設定の複雑さに問題が出ると石黒氏は言う。「性善説に立って、評価される方が権限を設計できるようにしちゃえばいい。人事部がやろうとして複雑すぎるから“やめた”ということになる。もっとみんなが積極的に使いたくなるツールになればいい」(石黒氏)

松田氏も同様に「目標管理ツールは、毎日、毎週ログインするものと連携して、使える形の方がいい」と話す。「ただ、そうなってくると会社の(評価)制度の問題になってくる」(松田氏)

ツールの使いこなしについては、会場からも質問があったのだが、石黒氏は「ツールを使うのが好きであること、目的を見失わないことが大事。人事に携わって、いろいろないい経験やイヤな思いを持っている人が、システムのデザインをやるといい」と答えている。また宮田氏は「ツールの使い方で言えば、技術的な知識はいらないと思っている。API連携も簡単になっていく」と話していた。

日本のHR Techの未来を一緒につくりたい

ディスカッションの最後に、日本のHR Techの未来について、スピーカーから一言ずつコメントいただいたので紹介する。

「今後労働人口が半分になり、採用が激化して、人事の仕事のステータスは上がるだろう。そうした中で、なるべく業務を効率化し、付加価値の高い人事制度の設計や、採用設計に時間を使って欲しい」(SmartHR 宮田氏)

「HRのSNS運用や、HRデータサイエンティストの分野にはお金がまだ流れていない。ここにチャンスがある。人がまだやっていない逆説的なキャリアを歩むのもよいのではないかと思う」(メルカリ 石黒氏)

「中堅企業の採用が変われば日本は変わる。オフィシャルな情報をもっとオープンにしていってもらいたい。HR Techは人事本来の業務に集中できるのが利点。一緒に活用法をつくらせてもらえればと思う」(エン・ジャパン 寺田氏)

「一番大切なのは、システムって使う人も楽しくなければ、ということ。人事の人がいかに楽しく仕事ができるのか、ということを一緒に進めていければと思う」(サイダス 松田氏)