「たくさんのエンタメコンテンツがある中で、オーディオブックが選択肢としてもっと前に出てこない限り、ユーザーにも使ってもらえないし権利者側も利益を得られない。もっと間口を広げて、オーディオブックを知らない人でも気軽に触れられる環境を作っていく必要があると考えた」—— オトバンク代表取締役社長の久保田裕也氏は新たなチャレンジに至った背景について、このように話す。
2007年よりオーディオブック配信サービス「FeBe」を提供してきたオトバンク。同社は3月19日より、月額750円でコンテンツが聴き放題の新サービス「audiobook.jp」を始める(新サイトは本日中にオープンする予定)。
audiobook.jpはこれまで提供していたFeBeを全面的にリニューアルする形で提供。最も注目すべき点は、これまでと同様にコンテンツを1冊ずつ購入できる仕組みを残しつつも、新たに月額定額制のサブスクリプションモデルを取り入れたことだ。
FeBeを活用するユーザー層が広がっていくことに合わせて、ユーザーがよりライトにオーディオブックを楽しめるようにするべく、今回のリニューアルに至ったという。
1万点のオーディオブックが月額750円で聴き放題
audiobook.jpはベストセラー書籍を中心に2万3千点のオーディオブックコンテンツをそろえたプラットフォームだ。0.5〜4倍まで、0.1倍速刻みで再生スピードを調整でき、音声のダウンロードも可能。これらの特徴は前身となるFeBeも共通で、移動中や家事の時間などを中心に幅広いシーンで活用されてきた。
従来は気になるコンテンツを1冊ごとに購入する仕組みだったが、サービスリニューアルに伴って聴き放題プランを新たに導入。対象となる1万点については、月額750円でいくらでも聴けるようになる。
この中にはビジネス書や小説、落語などを幅広いコンテンツが含まれるほか、今後は日経新聞の主要なニュースを聴ける「聴く日経」も追加する予定。入会から30日間は無料で利用できる。
コンテンツや開発体制も充実、ようやく準備が整った
冒頭でも紹介したとおり、実はFeBeはリリースから10年が立つ。これまで地道に規模を拡大してきたが、2017年は同サービス史上最大の伸びを記録。年間登録者数は前年比で3倍となり、登録者数は 30万人を突破した。
「2017年に入ってユーザーの単月の伸び方が変わり、購入頻度やコンテンツのトレンドなどユーザーの属性も広がってきた。たとえば以前多かったのは30~40代の男性。それが今は男女比もほぼ同率になってきている」(久保田氏)
ビジネス書をしっかり聴きこむヘビーユーザーも増えている一方で、小説や語学学習コンテンツだけをさらっと聴くライトなユーザーが増えてきた。コンテンツ数も拡大する中で、幅広い人にさまざまなコンテンツをより気軽に楽しんでもらう手段として、聴き放題プランの検討が始まったという。
リニューアルに向けて議論が本格化したのは2017年の夏頃から。ビジネス書や自己啓発書に加えて文芸や小説も増え、どのジャンルもある程度のボリュームに。合わせて開発リソースも拡充し「今だったらできるかも」と話が進んだそうだ。
「アラカルト(個別購入)の場合はユーザーが何かしら明確な目的を持っているが、サブスクリプションの場合は動機が固まっていないことも多い。そうなると、パッとサービスを開いた時に自分が気になるコンテンツがあるかどうか。『あ、この本あるじゃん!』と感じてもらえるかが重要だと考えていたので、コンテンツが充実してきたことは大きかった」(久保田氏)
合わせて権利者側の温度感もこの1、2年で変わってきたという。久保田氏の話では「2016年くらいから『オーディオブックもきちんと頑張れば収益がでる』という感覚が定着し、積極的にやっていこうと足並みが揃ってきた」という。
たとえば『サピエンス全史』など人気書籍を音声で楽しめるのはFeBeからの特徴。このようなコンテンツはオトバンクのみで作ることはできないので、権利者サイドがより前向きになったという意味でも、絶好のタイミングだったというわけだ。
オーディオブックをもっと一般的に、当たり前に
「会員数は30万人を超えたものの、まだまだ少ない。オーディオブックをもっと多くの人に、当たり前のように使ってもらえるような環境を作っていきたい」(久保田氏)
左から、聴き放題画面(アプリ)、再生画面(アプリ)、ブックリスト(WEB)
価格については社内で複数案が出たそうだが、ライトに使ってもらえるようにと月額750円に設定した。今後は「ランニング中」「カフェで」「雨の日に」などシチュエーション別や、「パラキャリ」「◯歳のお子さまと聴きたい」「資格取得」などユーザー層別に作品をまとめたブックリストを順次公開するほか、聴き放題プラン限定のコンテンツなども増やしていく方針だ。
「『しっかりと聞く』というところから、もう少しライトに『聞き流してもいいや』というコンテンツを作っていく。わかりやすいものだと“短尺”のもの。イメージとしては『ニュースサイトのPUSH通知ででてくる情報以上、従来のオーディオブック以下』のコンテンツなどを考えている」(久保田氏)
昨今コミックや動画、テキストメディアなど「目」を取り合うコンテンツの競争は激化している。一方「耳」については音楽やラジオなどあるものの、まだポジションが空いているというのが久保田氏の見立てだ。
今後スマートスピーカーが普及すれば、そのポテンシャルはさらに広がるかもしれない。「何かしながら、並行して聞き流せるコンテンツ」には一定のニーズもあるだろう。
一方で「他のコンテンツもどんどん進化している中で、オーディオブックとしてどんなチャレンジができるか、どんな価値を提供できるかを考えていきたい」と久保田氏はある種の危機感も感じているようだ。
NetflixやHuluのようなプレイヤーがドラマやアニメ、映画といったコンテンツの楽しみ方を変えた。スマホの普及に合わせて「縦スクロールのコミックアプリ」「スマホ版の携帯小説とも言えるチャットフィクションアプリ」など新たなフォーマットも続々と生まれてきている。
「オーディオブックについては、他のメディアと違って今のユーザーのニーズに応えきれていない部分がまだある。ユーザーが欲しい形に合わせて(コンテンツを)提供するのが理想。今後は聴き放題プランで完全にオリジナルなコンテンツなど、コンテンツホルダーとも協力して新しいものを作り『本を聴く文化』を広げていきたい」(久保田氏)