中国のAIチップデザイン企業Moffett AIがシリーズAラウンドで「数十億円」を調達

中国では半導体技術の独立性を高めることが求められており、それにともない投資家たちはさまざまな種類のチップスタートアップを追い求めている。深圳のファブレスチップデザイン企業であるMoffett AIは、新たにシリーズAの出資を受けた。同社は正確な金額を公表せず「数千万ドル(数十億円)」とだけ述べている。

このラウンドは、CoStone CapitalGreater Bay Area Homeland Development Fundが主導した。後者のファンドは、中国が香港、マカオ、深圳、および広東省南部のいくつかの都市を統合する壮大なプロジェクトであるGBA(大湾区)経済圏のスタートアップを支援するために設立された金融ビークルだ。

シリーズAラウンドに参加した他の投資家には、Co-PowerGrand China Capital、深圳市政府が「次のHuawei(ファーウェイ)、Tencent(テンセント)、DJIを探し出す」ために設立した戦略的ファンドであるShenzhen Angel Fund of Funds(FOF)が含まれる。2020年3月に実施されたMoffettの前回のラウンドは、1億元(約1600万ドル、約18億円)でクローズされた。

自律走行車からビデオストリーミングのレコメンデーションまで、人工知能は私たちのデジタルライフに欠かせないものとなっている。AI機能の需要が急増しているため、コンピューティングパフォーマンスに負担がかかり、MoffettやFoxconnが出資するKneron(クネロン)のようなAIアクセラレーションを提供する企業が切望されるようになっている。

Moffettは、ニューラルネットワークモデルから冗長情報を取り除き、最終的に処理の高速化につなげるプロセスである「スパース化」と呼ばれる技術を用いて、同社のAIチップを差別化することを約束している。同スタートアップは新たな資金を、同社のスパース技術を利用するパートナーやクライアントの「エコシステム」の拡大と、TSMCが製造する最初のチップ「Antoum」の量産に充てる予定だ。

同社は、このチップのスパース率は32倍で、その処理能力は「国際的なフラグシップ製品」の5~10倍になると主張している。

Moffettは深圳に本社を置き、北京、上海、そして2018年に設立されたシリコンバレーのオフィスにも研究開発チームを置いている。このスタートアップは、カーネギーメロン大学のAI研究者や、Intel(インテル)、Qualcomm(クアルコム)、Marvel(マーベル)、Oracle(オラクル)などに所属していた半導体のベテランたちによって運営されている。

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画像クレジット:Moffett AI

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(文:Rita Liao、翻訳:Aya Nakazato)

ドローンで中国におけるフードデリバリーを再定義するMeituan、自転車や自動車で行きづらい場所へ配達

深圳にあるピックアップキオスクの最上部に着陸するMeituanのフード配達ドローン(画像クレジット:TechCrunch)

深圳の繁華街に隣接する混雑した歩道で、20代の女性がスマートフォンのアプリから、フードデリバリー大手のMeituan(美団)でミルクティーを注文している。10分もしないうちに、真珠のように白い飲み物が、どこでも見かける宅配バイクの荷台ではなく、ドローンの荷台の段ボール箱に載せられて曇天から降臨し、道端の小さなキオスクに届けられる。このシーンに欠けているのは、天使の聖歌隊だけだ。

中国最大級のインターネット企業であるMeituanは、過去2年間で人口2000万人近い深圳市全域の8000人の顧客に1万9000食を空輸してきた。この試験プログラムはわずか7つの地区で展開され、厳選された加盟店からのみ利用することができる。それぞれの地区の長さは3kmだ。SF作家が描くように窓の外を飛ぶのではなく、街角にある指定のキオスクに配達される。しかしこの試験はMeituanの野望の概念実証だ。同社は今、空中配送の野望を拡げる準備を整えた。

Tencent(テンセント)傘下のMeituanだけが、都市の空を小さな飛行機で埋め尽くしたいと考える中国のテック大手ではない。MeituanのライバルであるEle.meを運営するAlibaba(アリババ)、そしてeコマース大手のJD.comも近年同様のドローン配送サービスに投資している。

試験的なプログラムを経て、Meituanは深圳全域での商業的なドローン配送サービス運営を申請したと、同社のドローン配送部門の責任者であるMao Yinian(マオ・イーニエン)氏は2021年12月のプレスイベントで語った。9月に提出されたこの申請は現在、深圳の航空当局の審査を受けている。実際のスケジュールは政府の決定次第だが、認可は2022年の予定だ。

「当社は郊外での実験から中心部へ向かいます。これは当社のオペレーション能力が新たなレベルに達したことを意味します」と、Meituanのドローン事業の技術専門家であるChen Tianjian(チェン・ティエンチエン)氏は同イベントで話した。

空飛ぶ食事

現時点では、Meituanの配達用ドローンはまだそれなりの人手を必要とする。例えば、ミルクティーの注文。ミルクティーができあがると、Meituanのバックエンドの配送システムが人間の運搬担当を割り当てる。その人間がモール内の加盟店からミルクティーを取ってきて、複合商業施設の屋上まで運ぶ。そこには、同社が設置したドローン離着陸パッドがある。

深圳のショッピングモールの屋上に設置されたMeituanのドローン離着陸パッド(画像クレジット:TechCrunch)

離陸前に検査員が飲み物を入れた箱が安全かどうか確認する。その後、Meituanのナビゲーションシステムが、集荷キオスクまでの最短かつ安全なルートを算出し、離陸する。

もちろん、ドローンを使って食品を配達することの経済面での実行可能性は、まだ証明されていない。カーボンファイバー製のMeituanの小型飛行機の重量は約4kgで、約2.5kgの食品を運ぶことができる。これは、チェン氏によれば、2人分の食品の重さに相当する。もし、誰かがミルクティーを1杯だけ注文したら、残りのスペースは無駄になってしまう。各キオスクが受けることができる注文は約28件だ。ピーク時には、顧客が速やかに料理を取りに来ることに賭けることになる。

また、新しい宅配ボックスでは、発生するゴミの問題もある。Meituanは、キオスクの横にリサイクルボックスを設置したが、顧客が容器を持ち去ることは自由だという。ゴミ箱に捨てる人がいてもおかしくはない。

米国から得た教訓

2017年から2018年にかけて、中国の民間航空局は、米連邦航空局が行った低高度空中移動に関する研究を参考にして、米国の「後を追い」始めたとチェン氏はいう。それから間もなく、中国の規制当局は、新進のこの分野のガイドとルールの策定を開始した。Meituanも同様に、米国のドローンのルールなどを研究したが、両国は人口密度や消費者行動が著しく異なるため、画一的な解決策があるわけではないことは認識している。

深圳にあるMeituanのドローン着陸キオスクで注文品を受け取る客(画像クレジット:TechCrunch)

米国人の多くは郊外のゆったりとしたところに住んでいるが、中国やその他多くのアジア諸国では、人々は都市部に密集している。そのため、米国のドローンは「耐久性に重点を置いている」とチェン氏はいう。例えばGoogle(グーグル)やAmazon(アマゾン)が開発したドローンは傾向として「垂直離着陸が可能な固定翼型」だが、Meituanのソリューションは小型ヘリコプターのカテゴリーに入り、複雑な都市環境により適している。

米国で生まれた技術は、しばしば中国で、類似した開発にヒントを与えてくれる。Amazon Prime Air(アマゾン・プライム・エア)の場合は、将来がバラ色というわけでもない。Amazonのドローン配送事業は目標としていた時期に間に合わず、従業員を解雇していると報道されているが、同社はドローン配送部門が「大きな前進を続けている」と話す。

チェン氏は、Prime Airが「明確な戦略を持っていないようだ」とし、Alphabet(アルファベット)のWing(ウィング)が注力する近隣配送と、UPSが得意とする長距離輸送の間で「揺れ動いている」と主張する。さらに、こう続けた。

低高度航空物流における中国と米国の競争からわかるのは、自身の戦略的位置を把握することが重要だということです。無人航空機の設計は誰でもできます。問題は、どのような顧客に、どのような無人航空機を使うかです。

規制について

ドローン配送の安全性について尋ねると、チェン氏は、Meituanのソリューションは「民間航空局」が定めたルールに「厳密に従う」と答えた。北京に本社を置く同社が深圳を試験の場に選んだのは、ドローン大手DJIの本拠地であること、無人航空機のサプライチェーンが成熟していることだけが理由ではない。経済的な実験で知られるこの南部の大都市は、中国で最もドローンに友好的な政策を掲げていると同氏は話す。

Meituanの各ドローンは、深圳の無人航空機交通管理情報サービスシステム(UATMISS)に登録される。飛行中は、5秒ごとに正確な位置をUATMISSに通知することが義務付けられている。さらに重要なのは、迂回の手間をかけてでも、人混みや市街地を避けられるよう、ナビゲーションシステムが作動していることだ。

Meituanのドローン宅配ボックスから受け取ったミルクティー(画像クレジット:TechCrunch)

今回テストしたドローンは、このモデルでは3回目の試験機だ。15m離れたところで聞こえる騒音は約50dBで、これは「昼間の街頭レベル」に相当するとチェン氏はいう。次世代機では、さらに静粛性を高め「夜間の街頭レベル」まで騒音を低減させる予定だ。だが、小型航空機にとって、静かすぎるということはない。規制当局は、騒音を許容できるレベルにすることが「より安全である」との見解を示している。

人の手を借りる

Meituanは、中国における数百万の宅配便をすべて無人航空機に置き換えるつもりはない。だが、自動化により、過負荷気味になっている同社の配送プラットフォームの負荷を軽減できる。同社の配車アルゴリズムは、乗員の安全よりも事業の効率性を優先しているとされ、国民と政府の両方から批判を浴びている。労働者の確保が困難なため、労働集約型の産業はすでにロボットの助けを求めている

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Meituanの目標は、人間とロボットのコラボレーションの最適点を見つけることだ。深圳の道路インフラはスクーターのドライバーやサイクリストに優しくないことで有名だが、空中移動はそうした地上の障害物によって制限されることはない。ドローンは大きなインターチェンジの上空を飛び、宅配業者がピックアップしやすく、顧客の最終目的地まで配達しやすい場所まで食事を運ぶことができる。

Meituanは、すでにさらなる自動化を視野に入れている。例えば、消耗したドローンのバッテリーをスタッフが手作業で交換することに代わる、自動バッテリー交換ステーションに関する研究と開発を行っている。また、レストランから近くのドローン離陸場まで、ベルトコンベアのようなシステムで商品を移動させることも検討している。これらのソリューションの大規模展開にはまだ何年もかかるが、明らかにフードデリバリーの巨人は自動化された未来へと滑り出している。

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(文:Rita Liao、翻訳:Nariko Mizoguchi

深圳でロボタクシー実証を進めるDeepRoute、L4級自動運転ソリューションの価格を約114万円に設定

DeepRoute.aiの自動運転ソリューション「L4」を搭載した車両(画像クレジット:DeepRoute.ai)

中国・深圳とカリフォルニア州フレモントにオフィスを構える自動運転スタートアップ、DeepRoute.ai(元戎啓行)は、中国時間12月8日に野心的な自動運転ソリューションを発表した。

「DeepRoute-Driver 2.0」と名づけられたこのパッケージは、生産準備の完了したレベル4システムで、価格は約1万ドル(約114万円)。5つのソリッドステートLiDARセンサー、8台のカメラ、独自のコンピューティングシステム、そしてオプションのミリ波レーダーというハードウェアを使用していることを考えると、この価格設定は信じられない。

DeepRouteの広報担当者がTechCrunchに語ったところによると、LiDARが総コストの約半分を占めているという。「サプライチェーン全体の開発が進み、スケールアップすれば、コストはさらに下がると期待できます」。

2年前に設立されたこのスタートアップは、より成熟した競合相手に臆することはない。同社は8日のリリースでこう述べている。「DeepRoute-Driver 2.0は、洗練された効率的なL4アルゴリズムを誇るが高額な価格設定となっているWaymo(ウェイモ)やCruise(クルーズ)などの既存のL4パイオニアや、価格は手頃だが完全な自動運転という点では機能が限られているTesla(テスラ)などの先進運転支援システム(ADAS)との差別化を図っています」。

中国のセンサーメーカーは、かつては法外な価格だったLiDARの価格を下げ、大量生産に適したものにしようと努力している。DJIが設立したLivoxや、シンガポール政府系ファンドTemasek(テマセク)が支援するInnovusionもその1つだ。

カールーフに設置されたLiDAR(画像クレジット:DeepRoute.ai)

DeepRouteのL4ソリューションでは、深圳に本社を置くRoboSenseのLiDARを2個、車体のルーフにメインのLiDARとして使用している。また、北京に本社を置くZ Visionの3つのLiDARセンサーを後輪の周りの前部、左部、右部に配置し、車の死角をカバーしている。Z VisionとDeepRouteは、中国のコングロマリットであるFosun Group(復星国際)の関連ファンドであるFosun RZ Capitalの支援を受けている。

DeepRouteのレベル4技術の低価格は、同スタートアップの薄利多売を意味するか、あるいはサプライヤーのマージンを圧迫しているのではないかと、ある自律走行車スタートアップの創業者はTechCrunchに示唆した。

テスト走行では、DeepRouteのレベル4システムは、深圳の繁華街のラッシュアワーの渋滞をナビゲートし、柔軟な車線変更、歩行者の優先、自動オン / オフランプ合流などのタスクを実行することができた。

設立からまだ2年しか経っていないが、DeepRouteを支えるチームには、中国の自動運転業界のパイオニアたちがいる。2019年にMaxwell Zhou(マックスウェル・ゾウ、周光)氏がDeepRouteを設立したのは、最後に所属していたRoadStar.ai(星行科技)を内紛で追い出された後のことだった。当時、RoadStar.aiは投資家から少なくとも1億4000万ドル(約160億円)を調達しており、自律走行車の分野で有望なプレーヤーと広く考えられていた

投資家たちは、周氏の新しいベンチャー企業を応援している。同社は9月には、Alibaba(アリババ)、Jeneration Capital、ボルボを傘下に持つ中国の自動車メーカーGeely(ジーリー、吉利汽車)などからシリーズBラウンドで3億ドル(約341億円)を調達したと発表した。

OEMや自動車メーカーが、将来の生産提携と引き換えに、AVスタートアップに資金を投入するのは珍しいことではない。例えば、同じく中国のMomentaは、ボッシュ、トヨタ、ダイムラーなどの大手企業から複数の戦略的投資を受けている。

DeepRouteはL4級ソリューションの顧客をまだ正式に確保していないが、同社の広報担当者によると「大手自動車メーカー」数社がレベル4技術を搭載した車に乗車し、「機能性と価格に感銘を受けた」とのこと。

「近々契約を締結できるという見通しに非常に前向きである」と広報担当者は述べている。

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(文:Rita Liao、翻訳:Aya Nakazato)

元マイクロソフト執行副社長のハリー・シャム氏が率いる研究機関「IDEA」が深圳に誕生

IDEA(The International Digital Economy Academy、国際デジタル経済アカデミー)」は、2020年、香港との国境の川を挟んだ深圳の地の超近代的なオフィスビルの中にひっそりとオープンした。

香港とは地理的に離れているが、厳密には香港と深圳にまたがる「深圳-香港・革新技術協力区」という特別なエリアに位置する研究機関だ。名前を見れば一目瞭然だ。これは、深圳と香港の政府が、北京の支援と有利な政策を受けて、科学技術の研究を共同で行うためのものだ。

IDEAは、サッカー場540面分に相当する3.89km²の特区内に設立された組織の1つで、Harry Shum(ハリー・シャム)氏の発案によるものだ。著名なコンピューター科学者であるこの人物は、2013年から2019年までMicrosoft(マイクロソフト)の執行副社長を務めた他、Microsoftの米国外で最大の研究部門であるMicrosoftリサーチアジアを共同で設立した。

Microsoftの元同僚であるKai-Fu Lee(カイフー・リー)と同様に、シャム氏はAIの研究面とビジネス面の両方で活躍していた。現在、IDEAにいる彼のチームは「社会的ニーズに基づいて破壊的な革新技術を開発し、デジタル経済の発展からより多くの人々が恩恵を受けられるような形で社会に還元すること」を目指している。IDEAのリサーチディレクターには、Yutao Xie(ユタオ・シー)氏やJiaping Wang(ジェイピン・ワン)氏など、Microsoftのベテランが名を連ねている。

中国のインターネット企業に対する徹底的な規制強化は、北京がテック企業を敵視しているという見出しにつながっている。しかし、政府の意図はもっと微妙なものだ。金融市場のリスクやゲーム中毒、ギグワーカーの搾取などを助長してきた、社会や経済にとって有害とみなされるビッグテックを対象にしているのだ。

その一方で、中国は基礎研究を促進し、西洋技術への依存度を下げるという目標に固執している。Huawei(ファーウェイ)、DJI、Tencent(テンセント)などの巨大企業の本拠地である深圳では、政府が世界レベルの科学者らを採用している。ハリー・シャム氏と彼のチームは、その中でも最も新しい研究者の1人だ。

IDEAは、確かに話題性のある名前(そしてすばらしい頭字語)だ。習近平国家主席の演説では、テクノロジーが経済の原動力になるという意味で「デジタル経済」という言葉が出てくることがよくある。習近平国家主席は10月「デジタル経済は近年、世界経済を再構築し、世界の競争環境を一変させる重要な力となっている」と述べた。「インターネット、ビッグデータ、クラウドコンピューティングなどのテクノロジーは、経済・社会の発展のあらゆる分野にますます組み込まれています」。

IDEAは、AIが金融、製造、医療などの産業をどのように変革できるかを検討している。今週、中国の大手クオンツトレーダーであるUbiquant(九坤投資)と提携し「金融取引市場のリスクモニタリングと回避 」や「ハイパフォーマンスコンピューティングシステムの基本的なインフラ」に関する研究を行う共同ラボを設立することを発表した。

IDEAは、近年、深圳に誕生した数多くの研究機関の1つにすぎない。政府の支援を受けて香港中文大学の深圳キャンパスに設立された「深圳データ経済研究所」もまた、中国のデジタル経済の発展のために活動しているグループだ。

画像クレジット:LIAO XUN / Getty Images

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(文:Rita Liao、翻訳:Akihito Mizukoshi)

【コラム】中国の労働文化の未来、労働者と経営者の間で揺れ動く労働規則

2021年8月下旬、中国の最高裁判所(最高人民法院)は、中国で最も悪名高い労働慣行の1つを違法とする判決を下した。

中国には「996」という略語があり、週6日、午前9時から午後9時までの勤務時間を示す。中国で急成長しているテック企業によって広められた「996」は、ストックオプションプランを持つ都会のスマートなスタートアップ企業の従業員がIPO(新規株式公開)や資金調達で億万長者になることを目指し、がむしゃらに働く姿をよく思い起こさせる。しかし「996」については、雇用者と従業員がそれをどのように理解し、適用するか、また規制当局がどのように見ているか、徐々に改善が見られる。


実際、8月26日の最高裁判決と人的資源・社会保障部から発表されたガイドラインは、テック企業とその高学歴で高給取りの従業員に影響を与えるだろう。しかし、この訴訟自体は、デジタル経済の階層のかなり下位に位置する労働者(中国主要37都市の平均を少し下回る月給8000元[約1240ドル、約14万2000円]の物流作業員)を対象としたものだ。

中国の規制当局は、雇用者と被雇用者の双方に対し、両者の関係を定義するルールを変える必要があるというメッセージを送っているようだ。最近の中国における多くの事例からわかるように、中国の指導者は、行動だけでなく、中国社会の中核を成す理念、心理、インセンティブ構造の変化を求めている。しかし、それがどのようなものなのか、具体的にはまだ見えてきていない。

オオカミのようなハングリー精神(文化)

画像クレジット:VCG/VCG / Getty Images

多くの中国企業を特徴づけている過酷な労働文化の結果であろうと、多くの企業が模倣した先駆的な例であろうと、Huawei(ファーウェイ)ほど996の労働文化の精神、メリット、潜在的な弊害をよく表すケーススタディはないだろう。

「オオカミの文化」として知られる、深圳(シンセン)を拠点とする通信業界の巨大企業は、その猛烈ぶりを特徴としている。「オオカミの文化」の意味は、誰に聞くかによって答えは変わる。好意的な解釈をすれば、それはある種の絆であり、チームメンバーを共通の目標に向かって協力し合う「群れ」と例えていると考えられる。しかし人によっては、もっと残酷な意味を持つ場合もある。2017年のファーウェイでの取材では、同社のある元社員は「ファーウェイでは『オオカミ文化』とは『食うか食われるか』という意味だ。社内の全員が互いに激しく競い合えば、外部からの脅威との戦いや競争に強い会社になるという考え方だと思う」と説明してくれた。

従業員がどのように考えているかにかかわらず、ファーウェイの文化の中核にある猛烈ぶりは、同社の成功に寄与してきた。同社の競合企業である欧州のEricsson(エリクソン)やNokia(ノキア)が、融通の利かない官僚主義、または独善的と批判されてきたのとは対照的に、ファーウェイはどんな困難が予想されてもプロジェクトを勝ち取って実現しようとする意欲を示し、世界中の通信ネットワークプロバイダーから支持された。

中国政府からの低金利の融資や自国市場での収益性の高い事業という好条件を生かし、海外事業への資金を得ることができたが、会社の文化を支える極端な熱意には競争原理もあり、他の中国企業が「996」という形でそういった精神を模倣した理由も説明できる。

ファーウェイをはじめとする中国企業は、今では一部の分野で最先端のイノベーターとみなされているが、創業当初は海外の同業者に技術力や知識で遅れをとっており、その克服に奮闘の日々が続いた。しかしその後、独自の技術や高度な技術での優位性はないものの、コストやスピード、そして発展途上国では特に厄介なビジネス上の障害を回避する柔軟性を発揮し、競争力を獲得した。

「中国のテック企業は、製品よりも実行力に価値を見出しているようだ」と、中国とシリコンバレーの両方でスタートアップを立ち上げたドイツ人起業家のSkander Garroum(スカンダー・ガロウム)氏はいう。そして「米国を中心としたテック企業のサクセスストーリーでは、1人の天才がすばらしい製品を生み出し、オープンなインターネットとオープンな経済のおかげで、単に製品の明確な優位性が広まることで規模を拡大していくというものが多い。しかし、中国や発展途上国の市場は、障壁が多く、オープンではないため、製品の良し悪しだけでなく、チームがどれだけうまく機能し、どれだけ一生懸命働いたかが規模の拡大では重要になる」と説明する。

このような話は真実を誇張して伝えられることも多いが、ライバル企業を凌駕しようとする姿勢は、多くの中国企業において誇るべきものとして見られている。ライドシェア企業であるDidi Chuxing(ディディチューシン)は、2010年代半ばの中国市場でのUber(ウーバー)とのシェア争いで名高い勝利を収めたが、そこには多数の要因があった。しかし、多くの関係者に聞いたところ、その答えは、単にローカルレベルでより良い仕事をしただけであり、ウーバーが戦い続ける価値がないと判断するまで、より激しく戦おうとしただけだというものが多い。

多くの企業は、それぞれの労働倫理とハングリー精神に基づき、特別優れた経歴は持たなくても、自分の身分を超えて高みを目指す人材を積極的に採用している。例えばファーウェイは「四線都市」や「五線都市」(6つの階級の内下位の2級)の若くて優秀な「第一桶金(人が大金を稼いだり、中流階級になったりする最初の機会)」を狙う人材を対象に採用活動を行っていることで知られている。

中国が成長し、企業が世界的に地位を高めると、過酷な労働時間ではあるものの、手厚い報酬を得ることができ、多くの中国国民が「第一桶金」の夢を叶えることができた。ファーウェイの従業員持株制度に登録している古くからの従業員の場合、年間の配当金は数十万ドル(数千万円)から数百万ドル(数億円)に上り、多くの場合、給料を上回っていたことが知られている。がむしゃらに働き、その苦労は報われたということだ。

企業による搾取を目的としたシステム

悪名高い過酷な労働文化で知られる中国では、法律上、労働者の権利が非常に保護されているというのは、直感的には意外に感じるだろう。実際、それらの法律はほとんど効力を発揮していない。

厳密にいえば、労働時間が標準的な週5日、40時間を超えた場合には残業代が支払われることになっているが、企業は法的義務を逃れるために、公式、非公式を問わず数多くの方法を利用することが知られている。

ファーウェイの場合は「striver pledge(努力家の誓約)」と呼ばれるものがある。これは、新入社員がおそらく表向きは「自発的」に署名する契約書であり、残業代や有給休暇の権利の行使を差し控えるというものだ。ファーウェイはこのような方法で注目されているが、同様の方法は一般的に行われており、ファーウェイほどの特典や出世の道を提供していない企業では特に多いようだ。

中国の国内企業と外資系企業の両方で働いた経験を持つキャリア豊富なある人事マネージャーは「当社の[ブルーカラーの]従業員の場合、残業代はすべて毎月の給料に含まれると契約で定められている」と説明しつつも「良いことではないが、私の知る限り、中国ではかなり標準的なことだ」と述べる。

労働法を逃れるもう1つの方法は、経営者に圧倒的な力を与える業績評価基準を作ることだ。「中国の企業では、欧米にならい業績管理に『成果物』の概念を取り入れているが、その解釈を極端に拡大することがよくある」と、かつて2つの大規模な中国欧州合弁企業で人事を統括していた女性幹部は語る(なお、この女性幹部も、この記事の多くの取材協力者と同様に、デリケートな政策問題について自由に話せるようにと匿名を希望した)。また「しかし『成果物』は多くの場合、達成できないだろう。従業員の「成果」が満足できるものかどうかは、管理職の判断に委ねられているためだ」とも述べる。この女性幹部は、自分のキャリアを通じてこのような慣行を阻止してきたといい、多国籍企業よりも中国のローカル企業でよく見受けられたと付け加えた。このような社内力学が働いた状況であれば、無数の搾取が行われている可能性があることは想像に難くない。

組合の利用を選んだ人たちは、企業だけでなく、国とも対立することが多い。中国では独立した労働組合は機能上違法であるが、国営の中華全国総工会(ACFTU)は以前から労働争議における労働者への支援に一貫性がないといわれている。

2019年、ファーウェイに13年間勤務した元従業員の李洪元氏が、退職金の交渉中に同社を脅迫したという容疑で251日間拘束された。検察当局は、不正行為を示す十分な証拠は確認できなかったとし、最終的に同氏を釈放したが、同氏の長期拘留のニュースを受け、ネット上ではファーウェイに対する激しい非難の声が上がった。

名目上は社会主義国である中国では、近年、労働問題に対する国民の不満が高まりつつあるようだ。2018年、エリート校である北京大学の警備会社が、中国南部での労働運動家への弾圧に抗議していた同大学のマルクス主義団体による抗議活動を取り締まった。また、GitHub(ギットハブ)に「996.ICU」というリポジトリが作成され、テック企業の過酷な職場環境に苛立っていた従業員らが不満をぶちまけ、非道な態度をとる会社に対して注意を喚起するためのオンラインフォーラムとして人気を博した。中国全土の疲れ切った若者たちの間では、一昔前の世代に見られるプレッシャーや野心を拒否する「躺平(タンピン、寝そべる)」というトレンドが人気を集め、政府は主要新聞でこの動きを激しく非難している

シュレーディンガーの労働時間:明記された法律と暗黙の規範

少子化を食い止めるために家庭に対する抑圧を軽減する必要性が増したことから、当局は中国における労働関係を規定してきた暗黙のルールを変えようとしている。

8月26日の判決を受けて、多くの企業が公式の方針を変更するために迅速に動いた。しかし、多くの企業や業界にとって、それ以上に大きな課題として立ちはだかるのは、文化や期待の問題だ。

TikTok(ティックトック)の親会社であるByteDance(バイトダンス)は、これまで公式に週6日制をとっていたことが知られていたが、この方針に終止符を打った。しかし、これは従業員らにとって必ずしも喜んで受け入れられるものではなかった。というのも、従業員は、勤務日数が減る代わりに、それに相応する給与の削減も受けたからだ。

中国の複数のインターネット企業で働いた経験のあるZhou(周)という名の女性は「私たちの多くは、納得した上でインターネット企業で働いている」とし「一生懸命働かなければならないことはわかっているが、その代わりにもっと多くのお金を稼ぐチャンスもあるはずだ」と説明する。そして「もし違うことを望むのであれば、別の会社で働くことにしていただろう」と、バイトダンスの一部の従業員が労働時間と給与の減少に憤慨するのは理解できるという。

一部の中国の技術系従業員の目には、労働時間に関する政府の厳しい要求に従うよう企業に対する圧力が強まることは、直接的な報酬に反映されない非公式な労働時間が増えるだけではないかと映っている。「知る限りでは、自分や自分のチームには何の変化もない」と、米国に上場している中国の人気インターネット企業の従業員は語る。「週末も働いているし、休日(10月1日の国慶節)にも働く予定だ。公式な休日だからといってビジネスが止まるわけではない」といい、また、時間外労働に対する残業代は「もちろん」ないと付け加える。

「ビジネスが止まるわけではない」という考えがあるからこそ、政府の規制が技術系従業員の労働条件改善に効果があるかどうか、疑問を抱く人もいるのだ。「バイトダンスは正規の労働時間と給与を減らしているが、何も変わらなければ何も問題はない」と、周氏は率直に述べ、そして「みんな仕事を続けたいし、昇進したいと思っている。だから当然、働けるだけ働く…あるいは、もっと給料の高い会社に移るだろう」と語る。

しかし、管理職に昇進すると、最近の政府からの指令を法律の文言と精神の両面から真剣に受け止めようとする傾向が非常に強くなる。「企業はこの問題に取り組んでいることを示さなければならないし、そうしなければ当局から見せしめにされる恐れがある」と、中国欧州合弁企業の人事担当者は語る。「人事部は全社的な監査を行い、従業員の勤務時間を明確に把握すべきだ」とし「最もありそうな対応は、少なくとも短期的にでもより多くの人を雇用し、それぞれが短い時間で働くことだろう」と付け加える。

しかし、多くの人が同意しているのは、中国の全体的な傾向だろう。習近平国家主席が「共同富裕」を唱え、巨大国営企業に通告しているように、中国の高成長時代は終焉を迎えようとしているようだ。しかし、政府がどの程度の変化を求めているのかはまだわからない。中国政府は久しぶりに、国営企業コミュニティに対し、今後は労働者よりも企業を圧倒的に優遇するようなことはないというシグナルを発している。問題は、その優遇措置のバランスをどの程度まで調整するかということだ。

画像クレジット:d3sign / Getty Images

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(文:Elliott Zaagman、翻訳:Dragonfly)