次世代型mRNA創薬の実用化に向けた名古屋大学発スタートアップCrafton Biotechnology設立

次世代型mRNA創薬の実用化に向けた名古屋大学発スタートアップCrafton Biotechnology設立

名古屋大学は3月18日、メッセンジャーRNA(mRNA)の製造、分子設計・医学に関する知見、AI、データサイエンス、シンセティックバイオロジー(合成生物学)などの最先端技術を融合し、次世代型mRNA創薬を目指す名古屋大学発スタートアップCrafton Biotechnology(クラフトンバイオロジー)を3月1日に設立したと発表した。国産mRNAワクチンの速やかな供給をはじめ、がんや遺伝子病の治療、再生医療にも応用されるmRNA創薬に取り組むという。

Crafton Biotechnologyは、名古屋大学、京都府立医科大学、早稲田大学、理化学研究所、横浜市立大学の共同研究を実用化することを目的に設立された。10年以上にわたりmRNAワクチンと医薬品の開発に取り組んできた名古屋大学大学院理学研究科の阿部洋教授と京都府立医科大学大学院医学研究科医系化学の内田智士准教授らが、AI、データサイエンスを専門とする早稲田大学の浜田道昭教授、シンセティックバイオロジーを専門とし進化分子工学の手法を採り入れた次世代mRNAの製造法と設計法を開発する理化学研究所の清水義宏チームリーダー、さらに、副反応の少ないmRNAワクチンの開発を進める京都府立医科大学大学院医学研究科麻酔科学の佐和貞治教授と横浜市立大学眼科学の柳靖雄教授らが連携し、「強固なベンチャーエコシステム」を構築するという。そのとりまとめを行うのが、代表取締役を務める名古屋大学大学院理学研究科の金承鶴特任教授。そのほか、安倍洋教授が最高科学責任者、内田智士准教授が最高医療責任者に就任した。名古屋大学インキュベーション施設に拠点を置き、各研究機関の技術をライセンス化して一元的に集約。mRNA技術の事業基盤を確立し開発を促進する。

同社は数年以内に国内でmRNAを製造できる体制を整備し、安定供給を目指す。また独自の創薬技術を整備して、新型コロナウイルスに限らず、感染症のパンデミック時に独自開発したmRNAワクチンの迅速な供給を可能にすると話す。また、治療技術の海外依存度が大変に高くなっている現在、医薬品産業における日本の国際競争力を高める上で非常に重要な「ワクチンを超えた医薬品としてのmRNAの応用」として、がんや遺伝性疾患、再生医療への応用にも取り組むとしている。

フェーズドアレイ気象レーダーの複数展開で線状降水帯の予測精度を大きく改善できることを富岳のシミュレーションで確認

理研、フェーズドアレイ気象レーダーを使うことで線状降水帯の予測精度を大きく改善できると富岳によるシミュレーションで確認

仮想的なフェーズドアレイ気象レーダーネットワーク。赤点はフェーズドアレイ気象レーダーが設置された17の地点(九州の地方気象台と特別地域気象観測所)。オレンジ色部分はレーダーの観測範囲を示す

理化学研究所(理研)は、もし九州全土に最新鋭のフェーズドアレイ気象レーダーを配置した場合、2020年7月の線状降水帯による豪雨の予測に役立ったかを調べるため、スーパーコンピューター「富岳」を使ってシミュレーションを実施。その結果、予測精度が大幅に上がることが示されたと3月7日に発表した。

年々脅威を増す線状降水帯による豪雨に備えるには、観測強化や観測データを高度に活用する予測技術を開発し、シミュレーションによる気象予測(数値天気予報)の精度を高めることが重要となる。その候補となる技術の有用性を事前に評価できれば、効果的な観測予測システムの設計に役立つ。理研計算科学研究センターデータ同化研究チーム(三好建正氏、前島康光氏)は、これまでにゲリラ豪雨の予測方法をスーパーコンピューター「京」で開発し、その手法に基づき、埼玉県のマルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダー(MP-PAWR)による30秒ごとの雨雲の観測データとスーパーコンピューター「Oakforest-PACS」による首都圏の超高速降水予測のリアルタイム実験を行うなど、研究を重ねてきた。

そして今回、三好氏を中心とする理研の研究グループは、これまでに培ってきたフェーズドアレイ気象レーダーの観測ビッグデータを活かして、線状降水帯の予測精度の向上に取り組んだ。まずは、九州の地方気象台と特別地域気象観測所の計17カ所にフェーズドアレイ気象レーダーを設置したと仮定し、観測データのシミュレーションを行った。ここでは2020年7月に熊本県に豪雨被害をもたらした線状降水帯の観測データを使い、九州を中心とする600km四方のシミュレーションを「富岳」で行い、その結果を「正解データ」とした。

次に、線状降水帯をうまく再現しないシミュレーション実験(NO-DA)を行い、さらにフェーズドアレイ気象レーダーを使った30秒ごとのデータを用いた実験(30SEC)と、通常のレーダーで5分ごとデータを用いた実験(5MIN)を行った。その結果、NO-DAと5MINは線状降水帯は大きく南にずれてしまったのに対して、30SECは大きく改善し、正解データに近づいた。

2020年7月4日午前4時(日本時間)を初期時刻とした1時間先の雨粒量の水平分布。(a)線状降水帯をうまく再現しないシミュレーション結果(NO-DA)。(b)通常の気象レーダーによる、5分ごとの観測データを用いた実験(5MIN)。予測は改善されなかった。(c)フェーズドアレイ気象レーダーによる、30秒ごとの観測データを用いた実験(30SEC)。予測が改善された。(d)今回の研究における正解データ。赤・紫になるほど強い雨を表す

2020年7月4日午前4時(日本時間)を初期時刻とした1時間先の雨粒量の水平分布。(a)線状降水帯をうまく再現しないシミュレーション結果(NO-DA)。(b)通常の気象レーダーによる、5分ごとの観測データを用いた実験(5MIN)。予測は改善されなかった。(c)フェーズドアレイ気象レーダーによる、30秒ごとの観測データを用いた実験(30SEC)。予測が改善された。(d)今回の研究における正解データ。赤・紫になるほど強い雨を表す

このことから、そもそも狭い領域で発生するゲリラ豪雨の予測を目的としたフェーズドアレイ気象レーダーだが、複数の積乱雲からなる線状降水帯の大規模な現象にも対応できることが示された。これは「地球規模の温暖化により脅威を増す線状降水帯の予測精度の向上や被害の軽減に向けた新しい予測技術や観測システムの提案」につながると研究グループは話している。

冠動脈疾患・脳梗塞治療に向け医師がX線被曝なしにトレーニングできる血管内治療シミュレーター開発、小型化・コスト削減

冠動脈疾患・脳梗塞・脳動脈瘤の治療に向け医師がX線被曝なしにトレーニングできる血管内治療シミュレーター開発、小型化・コスト削減を実現

血管モデルの可視光による画像(左)と、非被爆血管内治療シミュレーターによるX線模擬画像(右)

理化学研究所は2月25日、通常は、医師がX線透視像を見ながら行う血管内治療のトレーニングを、放射線被曝しない形で簡便に行える「非被爆血管内治療シミュレータ」を開発した。テーブル上に設置でき、従来方法よりはるかに安価なため、いつでもどこでもトレーニングが行えるという。

冠動脈疾患、脳梗塞、脳動脈瘤などの治療には、血管内にカテーテルやステントを通す血管内治療が行われることが多い。奥行き情報のない2次元的なX線透視像で、器具の先端の動きを見ながら血管の中に器具を通しゆくため、高度な技術を要する。しかしそのトレーニングは実際にX線を使って行う必要があり、医師は放射線被曝が避けられない。また、実際のカテーテル室で行わなければならないため、時間的な制約があり、同時に複数の医師がトレーニングできないといった課題があった。

血管内治療の模式図。(A)術部へのカテーテルの誘導。(B)脳動脈瘤に対する血管内治療。(C)頚動脈狭窄に対する血管内治療。(D)脳血管閉塞に対する血管内治療。(E)心臓冠動脈梗塞に対する血管内治療

白色光源とビデオカメラを使ったトレーニングシステムもあるが、それでは血管の分岐部やガイドワイヤーの上下の動きなどが陰影から推測できてしまうため、平面的な映像だけが頼りの実際の治療とは条件が違ってしまう。そこで、理化学研究所(深作和明氏)は、琉球大学病院(横田秀夫特命教授、岩淵成志特命教授、大屋祐輔教授)と共同で、「非被爆血管内治療シミュレータ」を開発した。

このシミュレーターの特徴は、X線透視像と同じく、奥行き情報のない画像で訓練ができる点にある。このシステムでは、高感度カメラと波長選択フィルターを使い、透明な血管モデルを可視光で撮影するという方式を採っている。造影剤には液体の蛍光色素を使い、ガイドワイヤー、カテーテル、バルーン、ステントにも同じ波長の蛍光色素を塗り、血管内と器具の特定の部位だけが発光するようにした。それにより、X線透視像と同じく奥行きのない映像を作ることができるようになった。さらに、リアルタイムで画像処理を行い、実際の手術の際に用いられる、複数の映像を重ねたり輝度を反転させたり差し引いたりして作られるサブトラクション血管造影と同等の、デジタル化したサブトラクション血管造影(DSA)の機能も実現させた。

(A)造影剤を入れた血管の画像。(B)ガイドワイヤーとカテーテルの画像。(C)血管とカテーテルを重ねた画像。(D)一般のカメラで撮影した画像

そしてもちろん、X線を使わないため、トレーニングを行う医師に放射線被曝の心配は一切ない。装置は60cm四方の場所に設置できるため、いつでもどこでも安全にトレーニングが行える。コストも、従来方法よりもはるかに安価になるという。

研究グループは、同グループが開発した患者個体別血管モデリングシステムと組み合わせ、実際の患者の血管形状を反映した3Dモデルや、統計的に多発する病態モデルでのシミュレーションへの展開を目指すと話している。

理化学研究所、機械学習・最適制御技術により人の動作意図を推定し運動を精度よく支援する装着型アシストロボット

理化学研究所、機械学習・最適制御技術により人の動作意図を推定し運動を精度よく支援する装着型アシストロボット

開発した装着型アシストロボット(黒の部分)をマネキンの両足に装着

理化学研究所情報統合本部ガーディアンロボットプロジェクト人間機械協調研究チーム(古川淳一朗氏、森本淳氏)は2月15日、膝の関節に装着する軽量な「装着型アシストロボット」を開発した。機械学習により装着者の動作の意図を推定して、適切な運動支援を行うというものだ。

カーボン樹脂のフレームに空気圧人工筋アクチュエーターを内蔵した、片足わずか810gという軽量なアシストロボットだが、装着者の意図を推定することにより、様々な身体の動きに対応して、適切に目的の動作だけを支援できるようになっている。例えば、椅子に座った状態から立ち上がる場合、従来の方法でも立ち上がる動作を支援できたが、腰を浮かして遠くのものを取ろうとしたり、座り直したりといった「紛らわしい」動作の場合も、立ち上がりと判断して作動してしまう可能性がある。そこで理化学研究所は、様々な動きの中から、いくつかの動きだけを選択して支援するアルゴリズムを提案した。

機械学習では、学習の手本となるラベルを使う。たとえば、立ち座り動作のみを支援するロボットの場合は、座った状態のラベルと、立ち上がろうとして体幹が傾き始め、ロボットの支援が必要になる状態に「立位動作」とラベルを付けて学習させればよい。ただし、これでは「紛らわしい」動作のときもロボットが作動してしまう恐れがある。それを避けるには、あらゆる動作に正確なラベル付けをしなければならないが、それは不可能だ。できるだけ少ないラベルで正確な推定を行う必要がある。

理化学研究所は、立ち上がりの動作にのみラベルを付け、その他の動作にはラベルを付けずに学習させる方法をとった。そして、機械学習を使い、筋活動と関節運動のセンサー信号から支援対象の動作意図を精度よく推定する技術と、対象動作に対して個人に合わせた適切な量で支援する制御の法則(制御則)を導き出す「最適制御技術」を組み合わせて、提案アルゴリズムを実現させた。

理化学研究所、機械学習・最適制御技術により人の動作意図を推定し運動を精度よく支援する装着型アシストロボット

装着者の動作意図を推定し適切な運動を支援するアルゴリズムの概要。PU-ラーニング(Positive and Unlabeled learning)で構築された動作分類(PU-分類器)から適切な制御戦略を選択する。支援対象の動作に関しては、最適制御技術iLQG(iterative Linear-Quadratic-Gaussian)を用いて制御戦略を算出する。装着者の動作意図がポジティブと推定された場合は、支援対象動作に対する「πtarget」でロボットを空気弁コントローラーにより駆動させる。ポジティブではないと推定された場合は、装着者の動きを妨げないようにロボットの重さを常に打ち消す「πother」で駆動させる

数名の被験者の協力で、このシステムの動作支援実験を行った。支援対象をイスからの「立ち上がり」とし、その他「脚を組む」「少し離れた物を手を伸ばして取る」「座り直す」という動作を想定し、ロボットの装着者から取得した筋活動と関節角度のデータに基づき、提案アルゴリズムでロボットを駆動させた。その結果、立ち上がりには100%の確率で支援動作の制御則が選択され、その他の動作では83.4%の確率で支援対象以外の制御則が選択された。

また、ロボットが装着者の動作を妨げたかを、ロボットの軌道と本来の関節の軌道との誤差で比較したところ、従来手法に比べて提案方法では誤差が小さいこともわかった。これらの結果から、理化学研究所が提案した手法は「精度よく装着者の動作意図を推定」していることがわかったとのことだ。このアルゴリズムを使えば、「一部のデータに対してだけ分類情報が整理されている状況」でも適切に運動を支援できるため、ウェアラブルセンサーが普及して多様な運動データが収集できるようになれば、ロボットによるさらなる支援技術に貢献できると理化学研究所は話している。

環境に応じ植物の根の長さを変化させる遺伝子制御因子を特定、植物工場や都市型農業の生産性向上への貢献に期待

環境ストレスに応じ植物の根の長さを変化させる遺伝子制御因子を特定、植物工場や都市型農業の生産性向上への貢献に期待

根の伸長が阻害されたbz1728株とそれを回復したnobiro6株、野生株の表現型。転写因子bZIP17とbZIP28を同時に機能欠損させた変異株bz1728(中央)では著しく根の伸長が阻害されるが、bz1728株の変異株の1つnobiro6(右)は、根の伸長成長が回復している

理化学研究所(理研)は2月9日、環境ストレスに応じて根の長さを調節する植物の遺伝子制御因子を発見したと発表した。この成果は、根菜類の品種改良、植物工場や都市型農業に向けた作物の生産性向上への貢献が期待される。

地中に根を張る植物は、高温、乾燥、病害などの環境ストレスに対処する応答機構を発達させてきた。だがストレスへの耐性を高めると、植物の成長が抑制されてしまうという反面がある。その成長抑制の分子メカニズムは明らかにされていない。

そこで、理化学研究所(キム・ジュンシク氏、篠崎一雄氏)、大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻(坂本勇貴助教)、東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻(松永幸大教授)、東京農業大学農生命科学研究所(篠崎和子教授)らによる共同研究グループは、植物の根の成長を抑制する現象を分子遺伝学的に解明する研究を行ってきた。研究グループが目を付けたのは、細胞の工場とも呼ばれる小胞体のストレスを受けたときの応答「小胞体ストレス応答」(UPR。Unfolded Protein Response)だった。これは、外部ストレスを細胞内シグナルに変えて、遺伝子発現抑制を伝える細胞内ストレスセンサーとして働いている。

研究グループは、分子遺伝学のモデル種であるシロイヌナズナの、UPRの制御に関わる3つの転写因子(遺伝子の発現を制御するDNAタンパク質)のうちの2つに機能欠損させた変異株「bz1728」では、野生種に比べて根の伸びが10%程度阻害されることを解明していたが、根の伸長阻害のある他の変異株との関連性が乏しいことなどから、このbz1728株の伸長阻害の原因は、新しい遺伝因子にあると考えた。

そこで、bz1728株のゲノム上にランダムな突然変異を誘導した集団を作り、そこから再び根が伸びるようになった変異株を選び出し「nobiro」(ノビロー)と名付けた。そして、そのうちの1つ「nobiro6」株の分子メカニズムを解明するための分子遺伝学解析を行った。そこから浮かび上がったのが、基本転写因子複合体の構成因子の1つである「TAF12b」という遺伝子だ。TAF12bを含む3つの遺伝子(bzip17、bzip28、taf12b)の機能をゲノム編集で欠損させた変異株を作ったところ、根の伸びがnobiro6と同程度に回復した。また、TAF12bのみを欠損させた変異株では、人為的誘導された小胞体ストレスによる根の伸長抑制応答が鈍くなり、UPRの活性も低下した。これらのことから、TAF12bがUPRによる根の伸長抑制に影響していることが明らかになった。

研究グループは「回復した遺伝子群の多くがストレス耐性獲得に機能することから、TAF12bは植物が感知した外部ストレスのシグナルを根の細胞の成長応答に結び付ける重要な遺伝子制御因子であると考えられます」という。また、SDGsの「2.飢餓をゼロに」や「13.気候変動に具体的な対策を」に貢献することが期待されるとも話している。

理研ら国際共同研究チーム、医療ビッグデータとコンピューター科学を活用し卵巣がんの新しい治療標的を特定

理研ら国際共同研究チーム、医療ビッグデータとコンピューター科学を活用し卵巣がんの新しい治療標的を特定

高異型度漿液性卵巣がんにおけるLKB1-MARK3経路の機能異常

理化学研究所(理研)は2月7日、医療ビッグデータとコンピューター科学の活用により、卵巣がんの新しい治療標的「LKB1-MARK3経路」を特定したと発表した。卵巣がんの中でもっとも死亡者数の70から80%を占める「高異型度漿液性卵巣がん」の新しい治療法の開発につながると期待されている。

これは、理研、国立がん研究センター研究所国立がん研究センター中央病院東京大学米メモリアルスローンケタリングがんセンター米国立がん研究所の国際共同研究によるもの。

高異型度漿液性卵巣がんの研究では、ゲノム解析の結果、ほぼ全例にがん抑制遺伝子TP53の不活性化型変異が認められている。その症例の半数にはPARP阻害剤が有効な治療法とされるが、残りの半数の症例への治療標的が十分には確立されていなかった。しかし、個別の遺伝子変異に注目した従来型の研究手法では、これ以上新しい治療標的を発見できない可能性がある。そう感じた研究グループは、様々なアルゴリズムを用いてコンピューター解析を行う「ビッグデータ解析」による、遺伝子発現量の変化を定量的に評価する必要があると考えた。

研究グループは、高異型度漿液性卵巣がんのがん組織と正常卵巣組織の遺伝子発現量を比較解析するために、大規模なマイクロアレイデータ、RNA-seqデータ、臨床情報などが含まれる複数データベースの統合解析を行い、遺伝子発現変化が臨床予後に影響する遺伝子を抽出するために、新しい解析プラットフォームを構築。これにより、「LKB1-MARK3経路」のMARK3遺伝子が高異型度漿液性卵巣がんで発現抑制されており、その遺伝子発現量の低下が臨床予後の悪化に関わることがわかったという。

医療ビックデータ解析による新規治療標的の探索パイプラインと解析結果

医療ビックデータ解析による新規治療標的の探索パイプラインと解析結果

次に、ビックデータ解析の結果を臨床医学的に検証するために、高異型度漿液性卵巣がんの正常組織(卵管上皮細胞)と前がん病変(上皮内がん)、浸潤がんの患者由来検体を用いて、「セリンスレオニンキナーゼ(serine-threonine kinase)をコードするがん抑制遺伝子」であるLKB1と、「LKB1によって直接的にリン酸化修飾を受けるセリンスレオニンキナーゼ」であるMARK3のタンパク質発現量を評価した。

その結果、LKB1とMARK3からなる「LKB1-MARK3経路」のMARK3遺伝子が高異型度漿液性卵巣がんで発現抑制されており、その遺伝子発現量の低下が病状の悪化に関わっていることがわかった。さらにその後の解析により、MARK3は卵巣がん細胞株において抗腫瘍効果を発揮することもわかった。これは、マウスの皮下組織にMARK3を強制発現させた卵巣がん細胞株を移植する実験でも、明らかとなった。

卵巣がん組織におけるLKB1とMARK3のタンパク質発現プロファイル

卵巣がん組織におけるLKB1とMARK3のタンパク質発現プロファイル

今回の研究は、理化学研究所革新知能統合研究センターの情報科学技術を用いて、「医療ビッグデータを解析し、従来の医学研究手法でその結果を検証した」ものであり、その成果は「がん研究においても情報科学と医学が融合した学際的な研究手法が重要であることを示しています」と研究グループは話している。このビッグデータ解析手法は、異なるがん種や疾患の原因探索にも応用できる可能性があるとのことだ。

理研とHPCクラウドのRescale、「富岳」をクラウドプラットフォームとして利便性を拡大する研究で基本合意

理研とRescale、「富岳」をクラウドプラットフォームとして利便性を拡大する研究で基本合意

理化学研究所(理研)は12月27日、ハイブリッドHPC(高性能計算)クラウドプラットフォームを手がける「Rescale」(リスケール)と、スーパーコンピュータ−「富岳」のクラウド的な利用に向けた研究プロジェクト「Rescale ScaleX on Supercomputer Fugaku」の実施について基本合意を行ったことを発表した。

理研と富士通により共同開発され、2021年3月から共用を開始したスーパーコンピューター「富岳」は、「さらなる利用分野の拡大による成果創出の最大化」を目指しており、利用拡大・利便性の向上のためのクラウド的な利用サービス「富岳クラウドプラットフォーム」はそのひとつ。その「圧倒的な計算パワー」をより簡単に、より使いやすい形で利用できるようになるという。

理研では、「富岳クラウドプラットフォーム」の開発と運用を2020年度から試行的に実施しており、2021年1月には同プロジェクトの実施が決定。技術的連携の実現性を検討していたが、今回の合意により、本格運用に向けた有効性の検証に移行する。スーパーコンピューティングの運用ノウハウを擁する理研と、HPCクラウドのサービス技術を擁するRescaleが連携することで、「富岳」の新たな利用スタイルの提供を目指すとしている。

NTT・東大・理研がラックサイズの大規模光量子コンピューターを実現する基幹技術「光ファイバー結合型量子光源」開発

NTT・東京大学・理化学研究所がラックサイズの大規模光量子コンピューターを実現する基幹技術「光ファイバー結合型量子光源」開発

日本電信電話(NTT)は12月22日、東京大学理化学研究所と共同で、ラックサイズで大規模光量子コンピューターを実現するための基幹技術となる光ファイバー結合型量子光源(スクィーズド光源)モジュールを開発したことを発表した。これは、冷凍装置や真空装置を必要とせず、実用的な小型化が可能な量子コンピューターとして期待される光量子コンピューターの実現に欠かせない技術だ。

光量子コンピューターは、時間的に連続的な量子もつれ状態を作ることで、集積化や装置の並列化なしに量子ビット数をほぼ無限に増すことができるというもの。光の広帯域性を活かした高速な計算処理が可能で、多数の光子で量子ビットを表す手法を使えば、理論的には光子数の偶奇性を用いた量子誤り訂正が可能になるという。

しかしこれまで、光量子コンピューターの実現に必要となる光ファイバー結合型の高性能な量子光源、つまりスクィーズ光源が存在しなかった。たとえば、大規模量子計算を実行できる時間領域多重の量子もつれ(2次元クラスター状態)の生成には、65%を超える量子ノイズ圧搾率が必要となる。

NTT・東京大学・理化学研究所がラックサイズの大規模光量子コンピューターを実現する基幹技術「光ファイバー結合型量子光源」開発

実際のサイズ感

そんな中、NTTなどからなる研究グループは、低損失な光ファイバー接続型量子光源モジュールを開発し、光ファイバー部品に閉じた系において、6THz(テラヘルツ)以上の広帯域にわたって量子ノイズが75%以上圧搾された連続波のスクィーズ光の生成に世界で初めて成功した。これにより、光ファイバーと光通信デバイスを用いた安定的でメンテナンスフリーの「閉じた系におけるラックサイズの現実的な装置規模」での光量子コンピューターの開発が可能になるという。この方式は光通信技術と親和性が高く、通信波長帯の低損失な光ファイバーや光通信で培われた高機能な光デバイスを用いることができるため、飛躍的な発展が期待できるとのことだ。

今回の実験では、1つ目のモジュールでスクィーズ光を生成し、2つ目のモジュールで光量子情報を古典的な光の情報に変換するという新しい手法を用いた。量子信号を光のまま古典的な光信号に増幅変換できるため、非常に高速な測定が可能になった。これは将来の全光型量子コンピューターに適応が可能で、「テラヘルツクロック周波数で動作する圧倒的に高速」な全光型コンピューターの実現に大きく貢献するという。

理化学研究所ら日本の研究グループが参加するX線偏光観測衛星IXPE打ち上げ、ブラックホールの詳細な観測が可能に

理化学研究所ら日本の研究グループが参加するX線偏光観測衛星IXPE打ち上げ、ブラックホールの詳細な観測が可能に

理化学研究所(理研)は12月9日、X線偏光観測衛星「IXPE」(Imaging X-ray Polarimetry Explorer)がケネディー宇宙センターから打ち上げられることを発表した(日本時間9日午後3時に打ち上げられた)。ブラックホールに落ち込む物質の形、ブラックホール周辺の空間の歪み具合、中性子星の強い磁場で歪められた特異な真空などの「これまでの観測とはまったく質の異なるデータが得られる」と期待されている。

これは、理化学研究所開拓研究本部玉川高エネルギー宇宙物理研究室の玉川徹主任研究員、山形大学学術研究院の郡司修一教授、名古屋大学大学院理学研究科の三石郁之講師、広島大学宇宙科学センターの水野恒史准教授らからなる共同研究。アメリカとイタリアとの国際プロジェクトである「IXPE」衛星に、理研がX線偏光計の心臓部である「ガス電子増幅フォイル」を、名古屋大学が X線望遠鏡の「受動型熱制御薄膜フィルター」を提供している。またプロジェクトには日本から20名を超える研究者が参加している。これによりIPXEは、観測例が極めて少ないX線偏光を捉え「誰も見たことがない新しい宇宙の姿」を明らかにするという。

偏光とは、電磁波の偏りのこと。偏光サングラスは、この光の性質を利用して眩しい光をカットし、風景がはっきり見えるようにしている。同じように、X線偏光を利用することで、X線を放射する天体の詳細な観測が可能となる。X線は大気に遮られてしまうため、宇宙で観測するしかない。そのためX線天文学が始まったのは、人工衛星での観測が可能になった1960年代からのこと。日本ではJAXAの宇宙化学研究所を中心に研究が進められていて、X線天文学は「日本のお家芸」ともいわれている。

試験中の「IXPE」衛星

そんな中で、X線偏光観測の手段として本命視されているのが、NASAマーシャル宇宙飛行センターが中心となって提案されたIXPEだ。この衛星のX線偏光観測能力によって観測できるものには、たとえば、恒星とブラックホールが互いの周りを回っている連星系で、恒星から流れ出した物質がブラックホールが吸い込まれる際に形成されるプラズマの円盤「降着円盤」がある。降着円盤はブラックホールに近づくほど高温になり、ブラックホールの近くではX線を放出する。そのX線の偏光を観測できれば、どんなに高性能な望遠鏡でも観測できない遠くにある円盤の構造が「まるでその場にいるように」観測できるという。

IXPEは、SpaceXのFalcon 9ロケットで打ち上げられ、赤道上空高度600kmの軌道を周回する。最初の1カ月で機能や性能の評価を行った後に観測が開始される。運用期間は2年間となっているが、衛星の機能が維持されているかぎり延長されるとのことだ。

IXPEを載せたFalcon 9は、日本時間9日午後3時、ケネディー宇宙センターから打ち上げら、3時34分ごろに衛星を無事、切り離した。

画像クレジット:NASA / BallAerospace

スーパーコンピューター「富岳」がTOP500・HPCG・HPL-AI・Graph500で4期連続の世界第1位を獲得

スーパーコンピューター「富岳」がTOP500・HPCG・HPL-AI・Graph500で4期連続の世界第1位を獲得富士通は11月16日、理化学研究所と共同開発したスーパーコンピューター「富岳」が、世界のスーパーコンピューターを順位付けした4つのランキングすべてで第1位を獲得したことを発表した。これで第1位は4期連続となった。

富岳が1位になった4つのランキングは、世界のスーパーコンピューターの性能ランキング「TOP500」、共役勾配法の処理速度の国際的なランキング「HPCG(High Performance Conjugate Gradient)」、人工知能の深層学習で用いられる単精度や半精度演算処理に関する性能ベンチマーク「HPL-AI」、大規模グラフ解析に関するスーパーコンピュータの国際的な性能ランキング「Graph500」となっている。

これは、富岳の総合的な性能の高さを示すものと富士通では話している。また、「超スマート社会の実現を目指すSociety 5.0において、シミュレーションによる社会的課題の解決やAI開発および情報の流通・処理に関する技術開発を加速するための情報基盤技術」として、富岳が十分に対応可能であるとも述べている。

富岳は2021年3月9日に本格稼働(共用)を開始した。文部科学省の成果創出加速プログラムでの本格利用、一般公募で採択された課題での利用、有償利用を含めた臨時利用の募集、国の重要課題である「政策的必要性」に基づく利用などが行われている。

スーパーコンピューター「富岳」がTOP500・HPCG・HPL-AI・Graph500で4期連続の世界第1位を獲得

世界のスーパーコンピューターの性能ランキング「TOP500

スーパーコンピューター「富岳」がTOP500・HPCG・HPL-AI・Graph500で4期連続の世界第1位を獲得

共役勾配法の処理速度の国際的なランキング「HPCG(High Performance Conjugate Gradient)」

スーパーコンピューター「富岳」がTOP500・HPCG・HPL-AI・Graph500で4期連続の世界第1位を獲得

人工知能の深層学習で用いられる単精度や半精度演算処理に関する性能ベンチマーク「HPL-AI

スーパーコンピューター「富岳」がTOP500・HPCG・HPL-AI・Graph500で4期連続の世界第1位を獲得

大規模グラフ解析に関するスーパーコンピュータの国際的な性能ランキング「Graph500

光を当て記憶を消去?京都大学、学習結果が長期記憶に移行する細胞活動を解明

京都大学は、光を当てることで記憶を起こしたシナプスのみを消す、つまり記憶を消すことに成功した。映画のように光を当てれば人の記憶を消せるというような単純な話ではないものの、この研究が重要な脳の働きを解明することにつながった。

京都大学大学院医学研究科後藤明弘助教、林康紀同教授らからなる研究グループは、海馬に保存された短期記憶が皮質に長期記憶される、いわゆる「記憶の固定化」がなされるときに起きるシナプス長期増強(LTP)という現象について調べている。このLTPが、いつどこで誘発されるかがわかれば、記憶がどの細胞に保持されるかがわかる。研究グループは、それを検出する技術の開発を目指した。

実は、この光によって記憶が消せる手法は、LPTがいつどこで起きるかを検出する手法として開発されたもの。LTPが起きるとシナプス後部のスパインという構造が拡大するのだが、これにはコフィリン(cofilin)という分子が関わっている。このコフィリンとイソギンチャク由来の光増感蛍光タンパク質SuperNovaを融合させ、特定の波長の光を当てると、SuperNovaから活性酵素が発生し、近隣のコフィリンだけが不活性化される。するとLPTが消去され、記憶が消える。

この手法を使うと、薬剤を使った場合と異なり、狙いどおりの場所と時間にLTPの消去が行える。これを利用して、学習直後と学習後の睡眠中の海馬に光を当てたところ、それぞれの記憶が消えた。このことから、学習直後と、その後の睡眠中の2段階でLTPが起き、短期記憶が形成されることがわかった。さらに、神経細胞の活性を調べたところ、細胞は学習により特異的に「発火」(スパイク信号を出力)し、学習後の睡眠中にはLTPによって細胞同士が同期して発火することが認められた。これにより、記憶を担う細胞が形成される過程が詳細に見られるようになった。また、記憶が皮質に移り固定化される時間を知るために、前帯状皮質でのLTP時間枠を調べたところ、学習翌日の睡眠中に前帯状皮質でのLTPが誘導されていることもわかった。

この研究により、LTPが誘発される時間枠を解析する技術が開発された。これは、記憶に関連する多くの脳機能を細胞レベルで解明できる可能性を示すものだ。LTPに関連するシナプスの異常は、発達障害、外傷性ストレス障害(PTSD)、認知症、アルツハイマーといった記憶・学習障害だけでなく、統合失調症やうつ病の発症にも関わることが示唆され、こうした病気の治療にもつながるという。

この研究は、京都大学大学院医学研究科後藤明弘助教、林康紀同教授、理化学研究所脳神経科学研究センター村山正宜チームリーダー、Thomas McHughチームリーダー、大阪大学産業科学研究所永井健治栄誉教授らの研究グループによるもの。

理研が高温超伝導接合を実装したNMRで2年間の永久電流運転に世界で初めて成功

理研が高温超伝導接合を実装したNMRで2年間の永久電流運転に世界で初めて成功

理化学研究所は9月24日、高温超伝導線材の超伝導接合を実装したNMR(Nuclear Magnetic Resonance。核磁気共鳴)装置で、約2年間の永久電流運転に成功したことを発表した。これにより、高温超伝導接合が長期にわたり安定的な永久電流を維持できることが世界で初めて実証された。

この研究は、理化学研究所生命機能科学研究センター機能性超高磁場マグネット技術研究ユニットの柳澤吉紀氏をはじめとする、構造NMR技術研究ユニット山崎俊夫氏、ジャパンスーパーコンダクタテクノロジー斉藤一功氏、JEOL RESONANCE蜂谷健一氏、科学技術振興機構前田秀明氏らからなる共同研究グループによるもの。同グループは、2018年にこのNMR装置を世界で初めて開発している。

永久電流とは、超伝導状態のコイルが、外部から電流供給なしに電流を流し続ける現象のこと。その電流が発生する強力な磁場を利用したのがNMR装置というものだ。磁場中に置かれた原子核の核スピンの共鳴現象により、物質の分子構造の解析などを行う装置で、医療用のMRIはこの原理を応用している。

永久電流を実現するためには、コイルに電流を供給した後、スイッチで回路を閉じる必要があるが、このとき使われるスイッチや超伝導線材の接合部分も超伝導でなければならない。同研究グループは、その超伝導接合に成功したというわけだ。理論上はコイルを冷やし続けていさえすれば10万年間電流が流れ続ける計算になっていたが、実際に、「脆い銅酸化物が原子レベルでつながる接合部が長期間にわたり永久電流を保持できるか」は不明だった。

だが今回、400MHzの磁場を約2年間保つことに成功し、長期にわたる安定的な永久電流を維持できることがわかった。実験開始当初、磁場の変化率は1時間あたり10億分の1レベルだったものが、時間が進むにつれ小さくなり、2年目には1時間あたり300億分の1レベルにまでなった。そこから、理論的には300万年間電流が流れ続ける計算となった。これにより、高温超伝導接合を実装したNMR装置の実用化に大きく近づいた。

現在の超高磁場NMR装置は、外部から電流を供給し続ける必要があるが、この高温超伝導接合を実装した装置の場合は、冷却剤であるヘリウムの蒸発量が1桁以上少なくなるという。また今回の研究により、高価なヘリウムを使用しない小型で汎用性の高いNMR装置の開発も可能となり、医薬品検査用の定量NMRや、アルツハイマー病発症に関わるアミロイドβペプチドの構造がごく少ない試料わかる次世代超高磁場NMRが実現に期待が持てるとのことだ。