スタートアップ業界を取り巻く旬のキーワードを読み解くイベント「TechCrunch School」。3月24日には、オンラインでの売買に欠かせない「決済」をテーマに、先日LINEの傘下に入った、クレジットカード決済機能を組み込める開発者向けサービス「WebPay」創業者の久保渓氏と、近日中に新たな決済サービス「PAY.JP」の提供を表明している、BASE創業者の鶴岡裕太氏が登場した。
2人をリクルートホールディングスが東京・渋谷に開設した会員制スペース「TECH LAB PAAK」に招き、TechCrunch Japanの増田覚が司会を務め、オンラインにおける決済という処理が抱える課題について語ってもらった。
LINEの買収で何が変わる?
久保氏は、API形式でクレジットカード決済機能を提供し、開発者がサイトやアプリなどに簡単に決済機能を組み込めるようにするサービス、WebPayを2013年5月に立ち上げ、提供してきた。
同社は2015年2月、モバイル送金・決済サービスを提供する「LINE Pay」を通じてLINEに買収されることを発表した。スマートフォンでの購入の広がりという大きなうねりにチャンスを見出していることが、買収に同意した大きな理由だったという。
現に、久保氏が会場で「スマホでものを買ったことのない人は?」と尋ねたところ、ほぼゼロという結果だった。「僕自身もそうだけれど、机に座っていて目の前にPCがあるのに、なぜかスマホでものを買ったりする。これって大きな習慣の変化だと思う」(久保氏)。検索などに時間のかかるPCに比べ、スマホは導線が短く、楽で、リアルタイムな購買体験を提供できる可能性がある。そこに、LINEと組む意味があると考えているそうだ。
「WebPayとLINE Payが組んで何が変わるの?」という率直な質問に対し、久保氏は「世界が変わります」と答えた。
「これまで、ものを買う行為って、土日など時間のあるときにやっていた。それが、スマホの決済が変わることで、空き時間、ほんの30秒あれば買うといったことが可能になる。決済という行為が、ストレスなく、リアルタイムで一瞬で終わるような世界を目指しています。安全で、ユーザー自身が意識して渡すと同意したとき以外は個人情報を渡さないという、エンドユーザーにとって理想的な世界の中で、モノやサービスを享受する体験ができる世界というのが、LINE PAYの提供する価値」(久保氏)。
これまで通り、開発者向けのWebPayも継続していく。ただ、WebPayがどちらかというとものやサービスを提供するマーチャント、サービス事業者向けのサービスだったのに対し、LINE Payではコンシューマーの視点に重点を置くことになる。
「決済がインフラだけで満足してもらう時代って、2014年で終わったと思っています。使いやすさや便利さも含め、使ってくれているサービス事業者の売り上げにどれだけ貢献できるかが決済事業者にも求められる時代です。マーチャントを向いて商売するだけでなく、一般のコンシューマーも見てサービスを提供していかなくてはならない。購買行動を全て設計するのが決済事業者」と久保氏。LINEが抱えるユーザーベースを基に、その人たちが買いたいものを最も買いやすく、心地よい導線を設計して、欲しいときにすぐ買える決済サービスを提供して、売り上げに貢献していきたいという。
ちなみにLINEによる買収の別の効果が、「門前払いがなくなりました」(久保氏)ということ。ある会社と新たにパートナーとなりたい、話をしたい、という時に、相手側も積極的に高いモチベーションで関わってくれるようになったそうだ。
「決済はうまみのないビジネス」
一方、「PAY.JP」の名称で決済ビジネスへの参入を表明した鶴岡氏だが、意外にも「決済って、あまりうまみのないビジネス。ビジネス的なうまみという観点なら、もっと他にいいビジネスがある」と述べる。
この点には久保氏も賛同する。しっかり、堅牢にやらなければいけないビジネスの性質上、導入までのリードタイムが3カ月程度かかることもざらにあり、「全部、3〜4カ月遅れで数字が出てくる」(同氏)。従って、いわゆるWebのスタートアップの感覚からすれば、決済ビジネスのスピード感は非常にゆっくりなのだそうだ。
「でも、決済業界に対する明確な課題意識があって、その課題を解決するために必要なことをやりたいんだ、という形であれば、カード会社も協力してくれるし、耐えられると思う」(鶴岡氏)。久保氏も、「N年コミットするつもりでやるのかどうかがすごく重要。僕はWebPayをやっていて、資本主義社会の根幹を自分が担えるかもしれない、というくらい、社会に触れ合っている感覚がある。自分たちが資本主義社会のインフラ、プラットフォームとして、社会を一歩前進させるところにコミットしているんだという信念があって、N年がんばろう、というのがあれば、すごくやりがいがある」と述べる。
5円チョコが売れないECサイト
鶴岡氏が抱いているその課題というのは、「今の決済が、過去のオフラインでの決済のプロセス、形式の影響をあまりに受け過ぎていること」だ。
例えば、インターネット上で1つの決済を処理しようとすると、間に非常に多くのプレイヤーが挟まることになる。「僕、これってすっごい無駄だなと思うんですよ。既に、Bitcoinのように二者間で直接お金をやり取りできる手段もあるし、自分の与信枠を与えるというやり取りだってできるのに、そうなっていない。そうした効率の良くない部分をPAY.JPで変えていきたいと思っています」(鶴岡氏)。
究極的には、オフラインの世界と同じような価値の交換スキームをオンラインでも実現するのが同社のミッションだという。
「オフラインだと、モノを売る人と買う人の2者だけで価値の交換が完結するわけですよ。でもひとたびインターネットが間に入るとそうはいかない。今、ECサイトで5円チョコって売れないんですよね。手数料がそれ以上にかかるので。だから、負担なく5円チョコを売れるECサイトができるように……つまり、手数料を誰か事業者が代わりに負担して『無料』にするのではなく、本質的に手数料のないスキームというのを構築できないかと考えています」(鶴岡氏)。
久保氏も、「決済のシステムでは、1980年代の仕組み、下手をすると1970年代後半の仕組みが動いている。そこでは、1つのトランザクションを処理するために原価として5円、10円という手数料がかかってしまい、それ以下にはできないんですよね。『オフラインを引きずっている』ってそういう意味です」と述べた。
「左手にクレカ、右手にスマホなEC体験は20年後に爆笑される」
1990年代、インターネットが広がりECサイトが生まれ始めた時期に、そうした過去のシステムとWebとを無理矢理つなげた仕組みによって、今の決済の仕組みは何とか保っている。とはいえそろそろひずみが来ており、トランザクションの仕組みを2010年代の今の技術に置き換えていくことができれば、原価を引き下げ、コストのかからない決済ができるのではないかと期待しているという。
鶴岡氏は、「今は、左手にクレジットカードを持ち、右手にスマホ持って番号を打ち込んで決済をしていますけど、20年後の人がこの姿を見たら爆笑すると思うんです。いろいろな方法で個人を特定できるこの時代において、オンラインにおいてもクレジットカードというものを使うのがなんかすごく効率が良くないなと思っていて、そういうところで『与信枠』というテーマを追求したいと思っています」と述べた。
これからの決済手段、「一回は多様化」?
決済をめぐるプレイヤーは多様化している。方やApplePayがあり、日本ではSuicaという存在がある他、ID決済の可能性もあるなど混沌とした状況だ。今後、決済手段はますます多様化するのだろうか?
この問いに対し久保氏は「一回は多様化すると思います。WebでさまざまなAPI標準がうわーっと出てきてREST APIに収束したのと同じで、一回は決済も多様化して、どこかでマジョリティが使っている良いものに集約される流れになるのではないか」と述べた。
一方鶴岡氏は、「決済という仕組みの中で、最強の立場にあるのがビザとマスターで、そこが変わらなければ言うほど大きく変わらないと思います。その意味で、これからの10年、20年で、あの立場に立つもの、入れ替わるものが出てくるかどうかが面白いポイントだと思っています」と言う。
取り残された領域にテクノロジの力を、「Airレジ」の取り組み
セッションの後半には、リクルートライフスタイルの執行役員、大宮英紀氏が登場し、POSレジの機能を提供する無料アプリ「Airレジ」について紹介した。2013年11月にリリースされてから、Airレジの導入件数は当初の予定を上回るペースで伸び、今や10万アカウントを突破。クラウド関連サービスとも連携を広げている。
Airレジというアプリをリリースした目的について、大宮氏は「テクノロジや環境が変わっていく中で、取り残されている領域がある、それを変えたいと思って数人で始めた」と振り返る。Airレジというプロダクトを通じて、それと意識することなく、テクノロジをうまく活用できるようにしたかったのだそうだ。
飲食店や小売店鋪、サービス業などの場合、店舗を開くには相応のイニシャルコストが必要になる。同じ金額をPOSレジに投じる代わりに、Airレジでまかない、マーケティングなどほかの部分に力を入れることで、中小企業の成長を後押ししたいという。