スタートアップ、起業、ベンチャー――最新テクノロジーと親和性の高いウェブメディアだけでなく、最近ではテレビなどでも成功事例が華々しく取り上げられるようになったが、そんな成功の裏には失敗もある。光と影、表裏一体なのだ。とはいえ、その結果に至る要因を探ると、紙一重ではないことが見えてくる。
2016年11月17日から18日に東京・渋谷で開催された「TechCrunch TOKYO 2016」のプログラム「投資家から見たスタートアップの『光と影』」では、グロービス・キャピタル・パートナーズCOOの今野穣氏とiSGSインベストメントワークス代表取締役の五嶋一人氏がパネルディスカッションを行った。
「資本施策」「人事・労務」「パートナー」「学生起業」「イグジット」「投資家」の6つの側面に、“光”を当てられた影。見えてきた「起業家たちの心がけるべきこと」とはなんだったのだろうか。
不確実性を恐れるな。シェア、バリュエーション、事業計画は綿密に
最初のテーマに選ばれたのは「資本施策」。なにが良くてなにがいけないのか、陥りやすい罠とはなにかを今野氏、五嶋氏が投資家という立場で語った。
iSGSインベストメントワークス代表取締役の五嶋一人氏
「資金供給プレーヤーは増えているため、調達できる金額は上がってきている」と今野氏。「とはいえ、ステージに合った金額で集めていかないと、次のラウンドでの調達が難しくなる」という。
「例えば、コンセプトの段階で期待値の高さから、数十億円の時価総額で投資家が投資をしても、時間の経過とともに期待値に実績が追いついてくるかどうかが次第に明らかになってくると、次のファイナンスで身動きが取れなくなります。他方、早期の段階で非常に多くの割合の株式を外部に希薄化してしまい、それ以上の希薄化を防ぐために、事業計画と資本政策やバリューエーションの相関性を説明できないプレゼンテーションを聞くと、『ああ、こういう資本政策をしてしまうリテラシーの持ち主なんだな』と考え、その経営者は見切られてしまいます」 (今野氏)
五嶋氏も「スタートアップは、不確実性があって当然。でも、『将来へのビジョン』が抜けていてはダメ。資本政策と事業計画をバラバラに考えている起業家をかなりの頻度で見るが、『シェア』『バリュエーション』『事業計画(KPI)』を連動させ、三位一体として考え、パワーポイントで1枚のグラフにまとめられる程度の計画性は必要じゃないでしょうか。そうすれば不確実性に対応した、そのときどきに合った資本施策を検討できます」と補足した。
学生のうちに起業したほうが成功する?
「人生のできるだけ早いうちに起業という経験をしておいたほうがいい」との風潮がある昨今。果たして、デメリットはないのだろうか。
「「孫正義氏やマーク・ザッカーバーグ氏などの例もあるので、いいも悪いもない、と思っています」と語り始めた五嶋氏。「とはいえ、投資案件としては『キツい』場合がほとんどです。体感的に成功する確率が低いから。そもそもビジネスモデルが『人材』か『イベント』が多いというのも、投資を難しくしている要因のひとつです。加えて、上下関係をうまくコントロールできない、という問題であったり、個人のビジネス能力ではなく友情をベースにして仲間を集めてしまう、といった『学生起業あるある』な問題で、事業が崩壊しやすい。少なくとも私自身は、『若いうちにどんどんやったほうがいい』と焚き付ける立場ではないかなぁと思っています」と持論を展開した。
モデレーターを務めたTechCrunch Japan副編集長の岩本有平が「『金をやるから起業しろおじさん』もいましたよね」と挟むと、「サポートするのであれば、最後までサポートしてあげて欲しいですよね」と五嶋氏は付け加えた。
今野氏は、昔と比べ、資金調達のことも含め情報を比較的容易に得られるこの時代にあって「『こういう事業計画で起業するんですけど、どうやりましょうか』という“勝つ”ための相談なら乗る。でも、起業しようかな、どうしようかな、と悩んでいるのであればやめたほうがいい」と活を入れた。
さらに、「今はどうしようか悩んでいるけれど、将来起業したいというのであれば、まだ従業員規模が数十人で、経営者と経営判断を間近に見られるスタートアップ企業にジョインしてみれば?」と勧める。理由は「起業家の経営手腕や苦悩を見られるから。社会人経験のないところからいきなりはじめるより、実例を目の当たりにしておいたほうが、自分が同じような壁にぶち当たった際、『ああ、これか』と納得できるようになる」と説明。加えて、「起業して失敗したとしても、うまく失敗してほしい。クローズの仕方が上手であれば、2回目、3回目が必ずあるので、そこは諦めないでほしい」と会場内で起業しようとしている若者たちにエールを送った。
……ときれいにまとまるはずだったのだが、岩本から「学生起業の失敗で一番最悪のパターンは?」と聞かれた両氏はそれぞれ「行方不明」「仲間割れ」と即答。会場には笑いが起こっていたが、最悪パターンにだけはならないようにしよう、と心に誓った人もきっといただろう。
世の中の優秀な人材の99%は大企業に、残り1%を見逃すな
話は「人事」と「労務」に。採用関連で相談を受けることも多いというモデレーターに対し、「はっきり言ってしまえば、『スタートアップには新卒でも中途採用でも、優秀な人は来ない』という前提で採用活動をする必要があります」と五嶋氏。その理由を聞かれると「実際に大学時代から優秀な人は、まず大企業に就職しているでしょう?」と質問で返し、会場をうならせた。
とはいえ、次のようにも補足した。「現実として、日本では優秀な人材のほとんどは大企業を目指し、大企業に入社し、大企業から出てきません。でも、ごくまれにそうではない人材もいる。優秀な人の中の1%くらいでしょう。変人ともいえます。そういう人材を見極めて、絶対に逃さないことがスタートアップの採用には大事」(五嶋氏)
今野氏は「スタートアップでは、スーパーマンのような人を想定したあらゆるスキルを盛り込んだ募集要項を記載することが多い。でもそんな人はいない」と、採用がうまくいかない原因を一刀両断。その解決法として「ひとりひとりのジョブディスクリプションを明確にして、募集要項に反映させること」を挙げた。そして、次のような注意点も加えた。「創業当初は創業者の持つアントレプレナーシップが必要かもしれませんが、人材募集をしている、ということはステージがもはや組織化のフェーズに進んでいるんです。それにもかかわらず、社長がオペレーションに関わる前提で現場レベルの人を採用し過ぎると、社長のキャパシティがボトルネックになり、むしろ企業の伸びは失われます。そして、その段階に来たのであれば、社長はオペレーションに携わるのをやめましょう。それも成長を止める一因になるからです」(今野氏)
グロービス・キャピタル・パートナーズCOOの今野穣氏
労務に関しては、「多くのことで周りの目が『あそこはスタートアップだから』と温かい目で見てくれるかもしれないが、法律はスタートアップも大企業も関係ないので、法律をしっかり学び、労務マネジメントの知識を持ってほしい」と五嶋氏。今野氏も「レイヤーが3つ(編集注:経営者、マネージャー、現場の3レイヤーで、経営者が直接全ての業務を把握できない規模になってからということ)ほどの規模になった際、見ていないところで“何かが”生じがちなので、時間を捻出して対策を講じておくといいですね」とアドバイスした。
「目指せないM&A」より計画を立てて最善を尽くす
「イグジット関連で『こういう考えは改めたほうがいい』ということについて」話題が変わると、「IPOの目的のひとつは資金調達。一般的に資金調達した場合は事業に投資したりM&Aをしたり将来の成長に当てますよね。上場時の事業計画と資金調達後の資金使途の整合性をきちんと取る必要があるのではないか」と今野氏。「上場したときにたかだか数億程度の営業利益では、将来のための投資をするとすぐ吹っ飛んでしまう規模だから、マーケットデビュー時のストーリー作りは大事」と続けた。
五嶋氏はそれを補完して「成長の絵が全く描けていない中で、創業者のイグジットのための『上場ゴール』を目指す人もおり、僕からはそれをいいとか悪いとかは判断しません。市場の投資家が決めることですから。ただ、上場後に『やっぱり業績を下方修正します』というような事態が最近頻発していることは、正直違和感を感じますが、業績が計画に届かないのは、ある意味仕方ない、それは結果ですから。でも「市場との対話」は?「志」は? と問いたいですね。業績計画を含む市場との対話、事業の成長、本当に最善を尽くしきったたかどうか、それが問われるのではないかと思います。市場を軽視し、成長への志がない上場を『上場ゴール』と呼ぶのです」と語った。
また、M&Aに関して今野氏は「IPOのセカンドオプションとして考えるのはやめたほうがいい。市場環境や競争環境の変化によって、その事業のサステナビリティや産業のライフサイクルが変わったりするから」と語り、五嶋氏は「M&Aは相手あってのもの。『芸能人のだれそれさんと結婚することを目指します!』と言うのと『Googleに買ってもらうことを目指します!』と言うのはなんら違いがなく、数十億円規模のM&Aになると買い手も限定的で、現実として能動的に目指せるものではない。能動的に目標にできるのは先ずIPO」とバッサリ切り捨てたが、「M&Aによるイグジットを検討する局面が訪れた時には、みんながハッピーになれるようにはこだわってほしい」と応援する言葉も添えていた。
互いに対するリスペクトが成功の鍵
5つめのテーマは「パートナー」。特に大企業が新規事業としてスタートアップと組む場合を前提に「べき・べからず」が論じられた。
今野氏は「大企業のオープンイノベーションの流れを掴んで成功にこぎつけるスタートアップは、大企業側のキーマンと繋がっている。その見極めが重要。それから、大企業のもつデータやアセットを最適化するテクノロジーを持っているスタートアップは、複数の大手企業からのそれぞれ受託案件をこなすような事業計画を立てていることがあるが、その時点ではそれで良いとしても、大企業側からすれば、あるタイミングから自分たちのデータなりを出すのであれば資本も入れたいと思うはず。将来的に上場したいという思いを持つ起業家は、ではその場面になったらどうするのか、という踏ん切りを付ける時が必要になるでしょうね」と2つの注意事項を挙げた。
「期待値コントロールを失敗させない」と語るのは五嶋氏だ。「大企業からは『全面的にバックアップしますよ、ふんわり』、スタートアップからは『なんでもやります、ふんわり』では具体的ではない。到達すべき数値目標、撤退ラインをはっきりさせていない場合が多いので、それぞれの役割分担をはっきりさせ、期待値コントロールをしっかりする必要がある」と説明。
さらに重要なこととして「根底のところで大企業の中の人とスタートアップの人はお互いに尊敬しあっていない」とズバリ。「お互いに尊敬の念を持たないと絶対に成功しないので、いいところを探し合って学び合ってほしい」とアドバイスした。
耳の痛いことを言う投資家を大切に
資金調達という面でのパートナーを語る上で、避けられないのは「投資家」についてだろう。最後に、組むことによって失敗してしまう、あるいは成功できる相手=投資家について2人に考えを聞いた。
五嶋氏はこれまでの経験から「お金を使うだけ使って売り上げが立たず、資金が足りなくなってしまうのは、シードの時期にしっかりとした事業計画とこれに連動する資本政策・バリュエーションを詰めていないから」と警告。「最初に事業計画が無理なものかどうかを見極めない投資家、見たことのない桁のお金を手にして浮かれてしまう起業家、その両方に問題がある。よく確認もせずにお金をくれるより、『ここはどうなっているのか』『こうするべきなのではないか』と耳が痛くなるようなことを言ってくれる、相談に乗ってくれる投資家を大切にしてほしい」とアドバイスした。
そして、シード時期の起業家に投資をしていない今野氏からの次のようなリクエストでトークセッションは締められた。
「シードの段階で相談に来てください。『ここではこのようなバリュエーションで集めたほうがいい』など具体的でストレートな話ができるのは、利害関係のない間だけですから。できるだけ早いステージのうちにみなさんとお会いしたいですね」(今野氏)