地方自治体はデジタルサービスの導入により困難な時代に真の変革を実現できる

著者紹介:Bob Ainsbury(ボブ・アインズベリー)氏Granicus(グラニカス)の製品部門の最高責任者。

大変な年だ。毎朝目を覚ますと、パンデミック ― 9.11以来最大の予期せぬ人命の喪失、国民の不安、自然災害、迫り来る経済崩壊 ― の悲劇が進行している。

このような状況では、政府機関が市民に対して「ただ今サービスは停止しています。番号を入力して下さい。できるだけ早く折り返しご連絡いたします」と言ったとしても、仕方がないと思う。

しかし、政府機関にそのような選択肢はない。我々が知っているように、公衆衛生リスクと不安定な経済状況に直面する市民のニーズは増え続けており、政府はそれに首尾よく積極的に対応する必要があるからだ。実際、過去数か月において、米国市民の間で効果的な公共サービスや情報の迅速な提供を求める声がやんだことはない。地方自治体やコミュニティ組織に対する市民の要求は高まり、その声はかつてないほど大きくなっている。人々は、自分たちの望む方法で提供される新しい公共サービスを地方自治体に求めており、年中無休かつ24時間対応の情報とサービスへの高まる需要にも対応してほしいと考えている。

2020年を特徴づける出来事は(これまでのところ)グローバルに進展しつつも非常にローカルなレベルで人々に影響を与えている。たとえば、パンデミックをきっかけに、公衆衛生や人種的平等といった問題への米国市民の関わり方が大きく変化した。過去数か月で、地方自治体の権限が強化され、人々の生活に直接影響するサービスや情報を効率よく提供できるようになった。市や地方自治体が抱える目下の課題は、新型コロナウイルス感染症が蔓延する世界における市民活動の新しいあり方を地域のリーダーが受け入れ、誰もが現状に対応できるようサポートするデジタルソリューションを提供する方法を探すことだ。

誰もが利用できるデジタル公共広場を構築する

米国では、新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、文字通り市庁舎が閉鎖され、あらゆるレベルの政府機関が、市民サービスをオンラインで平等に提供できるよう、公共部門の業務に近代化の余地があるかどうか再検討することを余儀なくされた。特に市長、市議会議員、地方自治体の職員は、この複雑な時期に生じた機会を逃すことなく、自治体のサービスを誰にとってもわかりやすく、誰もが参加でき、活気あふれるものへと改善するチャンスとして受け入れる必要がある。そのための方法の1つは、地方自治体がオンラインでの市民活動と市民サービスの場を開発するのに役立つデジタルツール、テクノロジー、人材に投資することである。必要とされる行政サービスを提供するだけでなく、市民からの意見を優先し、わかりやすさ、信頼、説明責任を重視した地域社会との対話を促進するプラットフォームが必要なのである。

公共サービスは常に地方自治体の中核をなしてきた。しかし、今日の公共部門のリーダーが直面している主な課題は、重要なサービスをどのようにオンラインで提供するかということである。より具体的には、対面でサービスを受けるために行列に並んで待つことが不可能になったため、オンラインサービスを開発することで、人々が登録して投票する、許可証を取得または更新する、停電を報告するといったことをオンラインで行えるようにする必要がある。

解決策を導き出すためには次の点を考えるべきである。結局のところ、市民は消費者である。市民は、いつでも利用できる行政サービス、市民の利便性に配慮しながらニーズも満たしてくれるサービス提供者を利用できる方法を求めている。デジタルトランスフォーメーションの真っただ中にある地方自治体にとって、自治体内部で提供するデジタルガバメントのサービスやソリューションを実現する際に利便性を組み込むことは重要である。デジタルガバメントが提供するサービスやソリューションは、バックエンドではプラットフォームやデバイスにとらわれない(少なくとも置き換え可能な)設計とし、フロントエンドではウェブ、モバイル、ソーシャルメディア、オフラインのオプションを通じて市民や行政機関のニーズに対応するオムニチャネルアプローチを取る必要がある。

地方自治体の価値を再び輝かせる

パンデミックの中、コミュニティメンバーやリモートワーカーがオンラインで活動することが増えたため、地方自治体がデジタルサービスを推進するための費用対効果の高い機会が新たに生まれている。最近まで、身分証明書用の写真作成、重要書類のスキャン、帳票のデジタル化、ワークフローやケース管理の合理化など、大掛かりな取り組みは、大規模な政府チームが必要に応じて複数の技術を別個に購入し、組み合わせて使うのに十分な予算を持っている場合にのみ実行可能だった。予算と能力に制約のあるコミュニティにできることはほとんどなかった。

良いニュースがある。今日のクラウドベースのソリューションはあらゆるサービスがそろっており、さまざまな規模のコミュニティに合わせて拡張可能であり、なおかつ料金も手頃であることだ。市場には、従来の対面サービスをデジタルでのサービスに移行しつつ、レガシーITシステムと統合できる地方自治体向けのソリューションが用途別に用意されている。そして、こうしたソリューションを活用し、米国において活発になっている市民活動の新たな形を促進し、市民にサービスを迅速に提供することが可能である。

さらに、使いやすくて手頃な価格(無料の場合もある)のデジタルエンゲージメントプラットフォームのおかげで、政府も真に有意義なものを提供できるのだという認識が米国社会で高まっている。このような考え方の変化により、民間企業のような利益の追求ではなく、コミュニティの代表として実政策に影響を与え、公共サービスを形作ることを目指す市民による社会参画活動が行われるようになった。

解決策を導き出すためには次の点を考えるべきである。デジタルガバメントプラットフォームは、常時稼働しているだけでなく、物資やサービスを市民に直接かつスムーズに提供できる必要がある。政府の援助を申請する場合でも、公園の使用許可を申請する場合でも、市民は、簡単かつ効率的に要望が実現してほしいと思っている。新型コロナウイルス感染症が蔓延している中、すべてまたは大部分のサービスをオンラインで提供できるようにすることは、これまで以上に重要である。これに対応するために、行政機関は、双方向のコミュニケーションが可能なデジタルフォーラムの作成に投資し、個々の家庭レベルで地域社会の需要とニーズを正確に反映したフィードバックを収集する必要がある。

デジタフォーラムの説明責任と代表性を高める

今日、市民活動をめぐるエネルギーが高まっているのは、パンデミック消費者活動の拡大、そして最近の組織的不正に対する抗議行動の直接的な結果である。このような要因が重なって、地方自治体には、国中の声を反映した市民活動を単に観察する以上の行動を起こす機会がつかの間与えられている。今や、市民活動と地域社会から寄せられる信頼を施策の土台として、時間をかけて積極的にそうした信頼を成長させていくチャンスがある。

地方自治体は、関心の高い支持者からなるネットワークを拡大し、全市民に情報を提供しながら、誤った情報に対処することで、より多くの市民に接触できるようになった。こうしたネットワークの形成と誤情報への対処を促進するために、行政機関は、市政のリーダーに政策と手続きの進捗状況を共有することを推奨する双方向のフォーラムを提供できる。結局のところ、行政とのやり取りは、銀行口座の残高を確認したり、Amazonでコーヒーポッドを再注文したりするのと同じように、誰にとってもシンプルで透明性のあるものにする必要がある。

解決策を導き出すためには次の点を考えるべきである。地方自治体は、変化を求めるコミュニティの多様な声に耳を傾けるチャンスを活用すべきだ。政府や社会の一部の権力者が彼らを黙らせたり無視したりしようとしている中ではとりわけそうだ。自治体は長い間待ち望まれてきたデジタルソリューションの開発を検討すべきである。そうしたソリューションにより、多様なコミュニティの声を増幅し、重要なサービスを提供し、人々に広く情報を提供できる。市民は、公務員や行政の代表者に意見を述べる、アイデアを共有する、緊急のニーズを伝えるといったことを簡単にできるようになるべきである。公務員や行政の代表者は市民から、安心して話を聞いてもらい、サービスを受けることができるという信頼を得る必要がある。市民活動の影響が拡大すると、Eメール、テキストメッセージ、郵便など、個人に合わせた方法を通じてより多くの人々にアプローチし、対話を確立して行動につなげる必要がある。

私は、全国の地方自治体が、市民とのやり取りの場をオンラインで提供することにより、政策問題に対する個人の認識を高め、市民の生活実態を明らかにし、多様性を許容した市民活動と真の変革を実現することで、現在生じている前例のない課題に立ち向かうことができると確信している。

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カテゴリー:パブリック / ダイバーシティ

タグ:コラム

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(翻訳:Dragonfly)

「従来型IPOはナンセンス」という説にIPOの専門家が反論

Lise Buyer(リズ・バイヤー)氏はこれまで13年間、自身のコンサルタント会社であるClass V Group(クラスVグループ)を通じて、株式公開の仕方をスタートアップにアドバイスしてきた。バイヤー氏は同社を創業する前に、はじめは投資銀行家として、その後はGoogle(グーグル)のディレクターとして働いた経験を持つ。グーグルでは、例外的な方法が採用されたことで有名な2004年のIPOの計画立案に携わった。

バイヤー氏が年を追うごとに従来型のIPOを高く評価するようになったのは、おそらくグーグルのIPOが大きな誤解を招いたからかもしれない。バイヤー氏は自身を「コースを何度もプレイして」さまざまな環境で何が起こるかを経営陣に進言できるようになったゴルフキャディーのようだ、と言う。

確かにバイヤー氏は、経営陣が通常のIPO、オークション式、SPAC、ダイレクトリスティング(直接上場)のどれを選ぶかに「関係なく、自分の報酬は変わらない」と言うが、その一方で、直接上場やSPACについては、それを組織する投資家が見せかけてきたほどの必要性はないと思っている。むしろ、従来型IPOプロセスは近年、不当に低く評価されてきたと考えており、おそらくその不評は、憤慨したBill Gurley(ビル・ガーリー)氏という人によってあおられているのではないかと感じている。

(この名前にピンとこない人のために付け加えると、ガーリー氏がパートナーを務める老舗VCが昨年、IPOのことを「悪い冗談」と呼んで公然と反対し始めた。IPO直前の株が銀行から優遇された機関投資家に渡り、その機関投資家がIPO初日に数千万ドル(数十億円)もの利益を得ることがあるが、本来その資金は発行企業のところに行くはずのものだ、というのが同VCの言い分である。ガーリー氏は昨秋、サンフランシスコで「Direct Listings:A Simpler and Superior Alternative to the IPO(直接上場:IPOに代わるシンプルで優れた方法)」という招待客限定のイベントも主催している)。

確かに最近、従来型IPOを選ぶ企業はIPOの引き受け業務を行う投資銀行に付け込まれる「能なし」だと主張する声が聞かれるようになっており、そのことにバイヤー氏は憤慨している。

バイヤー氏は次のように語る。「株式公開にはいろいろな側面がある。この話題が現在のような方向に進んでいるのは非常に残念だ」

バイヤー氏には、従来型IPOに関する上記のような主張が正しいと思えない。その理由として同氏がまず指摘するのは、IPO初日の「高騰」は経営陣も想定しているという点である。同氏はこう説明する。「適正な価格を選ぶのはビル・ガーリー氏ではない。従来のIPOでは銀行が企業に対して『御社は(一株あたり)40ドル(約4240円)の価値があると思うが、IPO価格は(一株あたり)20ドル(約2120円)とする』と言い、それによってIPO価格が決まると考えている人がいるが、そうではない。その考えは間違っている。適正な価格を選ぶのは経営陣である。経営陣は普通、IPO初日のことだけでなくその先のことも考える必要がある。IPO初日に高値になることを望む企業もあれば、そうでない企業もある。それは経営陣が決めることだ」。

バイヤー氏は一例として、ビデオ会議システムの会社であるZoom(ズーム)を挙げる。ズームの株価は去年4月のIPO初日に72%急騰した(このパンデミックの間も急伸を続けている)。同氏によれば、CEOのEric Yuan(エリック・ヤン)氏と役員たちは「株価が跳ね上がることを承知していた」のであり、いずれにしても最初に設定された株価に同意していた。ヤン氏らは、膨れ上がった期待に応えようと競い始めるよりも、現実的で達成可能な期待値を設定したいと思ったのである。

経営陣は「市場が天文学的な金額を支払うことに一時的に積極的になっているというだけで、困難な立場に置かれたくないと思っている。そのように高騰した価格で買う人は、実際には市場のファンダメンタルズを理解していない場合が多い。もし3か月後にその企業がIPO時のクレイジーな期待に沿わない予測を発表したら、経営陣は非常な長期にわたってその状況に耐えていかなければならなくなる」とバイヤー氏は説明する。

同様のケースとして、バイヤー氏はソフトウェア企業のBill.com(ビルドットコム)のことを指摘する。同社の株価は昨年12月のIPO初日に60%跳ね上がった。最終的にどの程度の資金を調達できるか心配だったかもしれないが、同社は正しい判断をし、それによってすぐに報われたと同氏は考えている。

「ビルドットコムの場合、経営陣は需要が供給を劇的に上回ることを知っていたので、IPO価格を大幅に高く設定することもできた」とバイヤー氏は言う。経営陣がそうしなかったのは「株式市場に関して常軌を逸したメッセージを送り」たくなかったからだ、と同氏は続ける。加えて、ビルドットコムはすでに次の株式売却を計画していた。実際6月に、同社のビジネスが加速して株価が上がると、経営陣はずっと多くの割合の株式を、ずっと高い価格で売却した

多くのソフトウェア企業と同様、ビルドットコムもパンデミックの影響で予想外の利益を得たと言われるかもしれないが、バイヤー氏はそうは見ていないようだ。「同社は以前から、価格を抑えた例のIPOによって投資家と親密な信頼関係を築いてきたので、ずっと多くの資金を集め、4か月後にダイリューション(希薄化)を抑制することができた。同社が(IPO初日に)判断を誤って公的年金基金を少し増やしたと誰が批判できるだろうか」とバイヤー氏は語る。

今年最も期待されているIPOの一つがAirbnb(エアビーアンドビー)だが、上記と同じような理由で従来型IPOを選ぶかどうかは間もなく明らかになるだろう。Bloomberg(ブルームバーグ)がちょうど本日伝えたところによると、同社は従来型IPOを行うために、ヘッジファンドの億万長者Bill Ackman(ビル・アクマン)のSPACによる買収を断ったという。

一方で、ビジネスにとって最善の方法を今すぐ決定する必要があるのは、決して宿泊業界の巨人であるエアビーアンドビーだけではない。特にSPACは今、創業者の目にも投資家の目にも魅力的に映っているようだ。バイヤー氏は自身のクライアントについてこう述べている。「6週間前にはSPACのことを考えていなかった人々が、今では周りに影響されて、合弁パートナー兼買収者の候補企業に関する条件やトレードオフについて具体的な評価を行い始めている」。

直接上場は費用が安く済む手法として歓迎されており、先週時点のSEC命令では、企業は直接上場によって資金を集めることができることになっているが、バイヤー氏はSPACや直接上場についてはまだ様子を見たいと考えている。

「最初の募集を含む直接上場では、企業がアドバイザーではなく引受人を参加させるかどうか、それによって費用が従来型のIPOよりも安くなるか、または高くなることさえあるのか、興味深いところだ。どちらの可能性もあるが、まだ結論は出せない」とバイヤー氏は語る。

「繰り返すが、確信があるわけではない。ただ、強い意見によって刷り込まれたものではなく、現実に存在する本質的な問題は何なのかを見きわめるために、今は様子を見守りたいと思っている」とバイヤー氏は付け加えた。

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カテゴリー:VC / エンジェル

タグ:コラム IPO

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(翻訳:Dragonfly)

銀行は、エンタープライズAIやフィンテックの起業家が思うほどバカじゃない

著者紹介:Simon Moss(サイモン・モス)氏:Symphony AyasdiAI(シンフォニー・アヤスディエーアイ)のCEO。同社では、金融サービス向けのエンタープライズAIを開発。

Selina Finance(セリーナ・ファイナンス)の株価が5300万ドル(約56億円)上昇し、またその次の日には別のスタートアップ銀行の株価が6470万ドル(約68億円)上昇したことが立て続けに報道されたことで、エンタープライズAIやフィンテックの熱心な支持者が「銀行は何もわかってない。銀行には手助けか競合が必要だ」とまた豪語し始めている。

彼らの主張はこうである。銀行は、フィンテックの素晴らしいアイデアをいつになっても導入しない、どうやら業界の方向性を分かっていない。技術者のなかには、銀行向けの商品マーケティングにうんざりし、思い切って自分のチャレンジャーバンクを立ち上げた人もいる、と言うのである。

だが、従来の金融業者が黙ってはいない。フィンテックには「購入するか自分で構築するか」という選択が付きものだが、金融業者のほとんどはその質問自体が間違いだと知っている。ソフトウェアを購入するか、社内で構築するか。ほとんどの場合、問題はそこではない。銀行の多くは、もっと難関で、されど賢い道を突き進んでいる。アクセラレーションである。

銀行のほうが賢いといえる2つの理由

とはいえ、銀行が悲惨な間違いをしたことがないかと言えば、そうではない。批評家は、銀行がソフトウェア企業になるために何十億ドルも浪費して、コストや製品寿命の点で膨大な無駄が発生する巨大なIT事業を生み出し、無意味なイノベーションや「社内ベンチャー」に投資してきた、と批判している。しかし全体としては、銀行にインパクトを与えようとする起業家市場よりも、銀行のほうがビジネスについてよく理解していると言える。

まず、ほとんどの技術者には欠けているが銀行は持っているものがある。それは、銀行の専門領域に関する知識だ。技術者は、そのような専門領域に関する知識を過小評価しがちだが、それは間違いである。深い協議、緊密なプロダクト管理の調整、簡潔で明確なビジネス有用性をともなわない抽象的なテクノロジーが多過ぎると、意図する実体的価値を生み出すために使えるテクノロジーが見過ごされてしまう。

2つ目に、銀行が購入に慎重なのは、人工知能やその他のフィンテックの価値を見損なっているからではない。価値を非常に高く評価しているからこそ、慎重になっているのである。エンタープライズAIに競争力を高める力があることを知っているため、競合他社と同じプラットフォームを導入し、同じデータレイクからデータを引き出すのはもったいないと思っているのだ。

近い将来、競争力や差別化、アルファ値、リスクの透明性、業務の生産性といった要素は、どれほど生産的かつ高パフォーマンスの認知ツールを大規模に導入できるかで決まるようになっていく。NLP、ML, AI、そしてクラウドを組み合わせることで、ツールの規模が大きい順に、競争力のあるアイデアをより迅速に具現化できるようになる。問題は、競争上の主な強みをどのように獲得できるかだ。簡単に答えられる企業は多くないだろう。

正しい答えに導けるなら、銀行は自社のドメインの専門知識が持つ真の価値を手に入れ、差別化された強みを生み出すことができる。誰かのプラットフォームで、他のすべての銀行と肩を並べなくて済むのだ。自らの業界の方向性を定め、価値を守ることができる。AIは、ビジネスの知識や創造力を増強させるものだ。ビジネスの知識が欠けていれば、資金の無駄になってしまう。これは、起業家についても同じことが言える。自社のポートフォリオをビジネスと完全に連動させられなければ、製品イノベーターの衣をまとったコンサル業者になってしまうというわけだ。

本当に強いのはどちらか

実際、銀行はよく言えば慎重、悪く言えば臆病なのだろうか。次なるトレンドに大きな投資をして失敗に終わらせたくない、フィンテック業界の本物と偽物を見分けられない。そうした主張も理解はできる。実際、銀行はAIに大金を費やしてきた。だが、本当にそうだろうか。

一見すると、銀行はAIと呼ばれるものに大金を費やしてきたように見える。過去には、必要とされるレベルの容量や並行処理機能までスケールできる見込みがまったくない社内プロジェクトを行ってきた。また、本当は実現できないと誰もが分かっているような高い目標を掲げ、大規模なコンサルプロジェクトのなかで身動きが取れなくなってしまったケースもある。

この不安感は銀行業にとってはプラスとは言えないが、間違いなくチャレンジャーバンクという新たな業界を発展させるカギとなった。

チャレンジャーバンクの登場は、一般的に、従来の銀行が過去にとらわれすぎて新たなアイデアを導入できないために生じたことだと考えられている。だが、投資家はいとも簡単に同意する。ここ数週間、米国のチャレンジャーバンクであるChime(チャイム)がクレジットカードの展開を発表したほか、Point(ポイント)が米国を拠点に設立され、さらにはフィンテック企業のSolarisbank(ソラリスバンク)の支援のもと、チャレンジャーバンクVivid(ビビッド)がドイツで設立された。

舞台裏で起こっていること

従来の銀行は、データ科学者の雇用にリソースを割いており、その頭数はチャレンジャーバンクを大幅に上回ることもある。従来の銀行家は、外部のフィンテックベンダーに質問して問題を解決してもらうより、社内のデータ科学者に質問し、問題について意見を聞きたいと考えているのだ。

賢いのはこちらのやり方だろう。従来の銀行家は、社内で100%所有できないフィンテックサービスに資金を投じる必要はあるのか、それより、権利の一部を購入し、競争力となる部分を社内で保持できないか、ということを考えている。競争力となる強みを、どこかのデータレイクに野放しにしておきたくないのである。

銀行の視点で考えると、社内で「フィンテック」ができなければ、競争上の強みは生まれない。投資対効果は常に厳しく検討されている。問題は、銀行はデザインの創造力をかき立てるような場所ではないという点だ。大成功を収めたプロジェクトは、JPMC(JPモルガン・チェース)のCOINプロジェクトくらいである。ただ、これはクリエイティブなフィンテックと銀行が密に連携した例であり、結果としてビジネス上の明確な問題が浮き彫りにされた。製品要求仕様書の条件が不十分だという問題である。社内開発のほとんどはオープンソースを相手にしており、投資利益率に関して予算を吟味していくにつれ、魔法のきらめきも消えていくものだ。

今後数年の間、銀行がこうしたサービスを展開して新企業を買収していくにつれ、新たな基準の設定について議論が盛んになっていくだろう。銀行業のオプションが急増していくなか、最終的にはフィンテック企業と銀行が融合すると言える。

技術面での負債を抑える

もちろん、自社での構築方法を探るのに時間をかけすぎる結果、業界の進歩に後れを取るというリスクはある。

技術者は、マネジメントを素人が行えば着実なステップから外れてしまうと忠告するだろう。開発段階のニーズが二転三転することで、技術面での負債が溜まるというわけだ。データ科学者やエンジニアにプレッシャーをかけすぎるのも、技術面での負債の増加を早めることになる。バグや非効率がなおざりにされ、新機能もその場しのぎになってしまう。

これが、社内構築のソフトウェアにスケーラビリティがないと言われる所以である。コンサルタントが開発したソフトウェアでも、同じ現象が見られている。システム内の古い問題が新しい問題の陰に隠れ、結果として、低品質のコードを基盤に構築した新しいアプリケーションでエラーが生じるようになる。

では、どうやって修正できるだろうか。適切なモデルは何なのか。

ありきたりな質問ではあるが、基本に立ち返ってこそ成功があるというものだ。理解すべきなのは、大きな問題はクリエイティブなチームによって解決できるという点だ。個々がそれぞれの意見を理解し、対等に扱い、何を解決すべきか、またどのような成功を見据えているのかを完全にクリアにした状態でマネージメントを行わなければならない。

スターリン時代のプロジェクトマネジメントを実践すれば、成功確率は規模の大きい順に上昇する。つまり、将来的に成功するには、銀行はパートナーとなるフィンテック企業の数を絞り、銀行が生み出す知的財産の価値をともに高く評価する、格段に信頼できるフィンテック企業と連携する必要がある。両者とも、連携なくして成功はないと認めなければならない。道を模索するのは簡単ではないが、互いの協力がなければ、銀行も、そして銀行との協働を図る起業家も、いばらの道を突き進むことになる。

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(翻訳:Dragonfly)

自動化によりデータサイエンスは不要になるだろうか?

著者紹介:Tianhui Michael Li(ティエンフイ・マイケル・リー)氏は、学術界から産業界への博士やポスドクの移行を支援する8週間のフェローシップで知られる、The Data Incubator の創設者である。それ以前はFoursquareでマネタイゼーション・データサイエンスの責任者を務め、GoogleやAndreessen Horowitz、J.P.Morgan、D.E.Shawにおける勤務経験も有する。

「自動化によりデータサイエンスは不要になるだろうか?」

これは、私が参加するカンファレンスでほぼ毎回尋ねられる質問である。大抵質問を発するのはこの問題に関心を寄せる2つのグループである。まず1つ目のグループは、将来の雇用の見通しについて憂慮している現役の実務家、またはその志望者である。もう一方のグループは、データサイエンスへの取り組み開始したばかりの経営陣やマネージャーで構成されている。

彼らは、Targetは顧客が妊娠しているかどうかを買い物のパターンから判断できる、と聞くと、彼らのデータにも適用できるそうした強力なツールを持てないかと考える。そして、自動化AIベンダーが最新のセールスプレゼンテーションで、データサイエンティストなしにTargetが行ったのと同じこと(あるいはそれ以上)を実現できる、と主張するのを耳にする。彼らの問いに対し、私たちは、自動化や、より進化したデータサイエンスツールは、データサイエンスの需要をなくすことも、減らすこともないと主張している(Targetのストーリーのようなユースケースを含めて)。自動化によってさらに多くのデータサイエンスに対する需要が生み出されるのだ!

その理由は次のとおりだ。

関連記事:What’s different about hiring data scientists in 2020?」(未訳記事)

ビジネス上の問題を理解することが最大の課題

データサイエンスにおける最も重要な問題は、どの機械学習アルゴリズムを選択するかではなく、どのようにデータをクリーンアップするかでさえない。コードを書く前にまず考えるべきことがある。それはどのようなデータを選択し、そのデータに対してどのような質問を設定するか、ということである。

一般的イメージに欠落しているのは(希望的観測の面もあるが)、創意工夫、創造性、そしてこれらのタスクに注がれるビジネスへの理解である。顧客が妊娠しているかどうかを気にするのはなぜか。Targetのデータサイエンティストたちは、積み重ねてきた研究作業に基づいて、これがなぜ小売業者を変える準備をしている高収益の顧客層であるのかを把握した。利用可能なデータセットはどれか?それらのデータセットについて科学的に検証可能な質問をどう提示できるか?

Targetのデータサイエンスチームは、ベビーレジストリ(ベビー用品の買い物リスト作成サービス)データを購入履歴と結びつけ、それを顧客の支出と結びつける方法を見い出した。どのようにして成果を測るか。非技術的な要件を、データで回答できる技術的な質問に定式化することは、データサイエンスにおける最も困難な作業の一つであり、さらに精度を伴うことは非常に難しい。こうした問題を定式化できる経験豊かな人間がいなければ、データサイエンスへの取り組みを始めることさえできないだろう。

前提条件の作成

データサイエンスの質問を定式化した後、データサイエンティストは前提条件の概要をまとめる必要がある。これには、多くの場合、データのマンジング、データのクリーンアップ、フィーチャーエンジニアリングといった作業が伴う。現実世界のデータはまぎれもなく混沌としており、保有するデータと、取り組もうとしているビジネスやポリシーの質問とのギャップを埋めるために、多くの前提条件を作らなければならない。また、これらの前提条件は、実際的な知識とビジネスコンテキストに大きく依存する。

Targetの例では、データサイエンティストは妊娠の代理変数、分析の現実的な時間枠、正確な比較のための適切な対照群について前提条件をまとめる必要があった。彼らは、無関係なデータを捨て、特徴を正しく正規化できるような、現実的な前提条件をほぼ確実に作成しなければならなかった。こうした作業はすべて、人間の判断に大きく依存している。機械学習におけるバイアスに基づく問題が最近相次いでいるとおり、人間をこのループから外すのは危険だ。その問題の多くが、フィーチャーエンジニアリング排除強く主張するディープラーニングアルゴリズム周辺から発生しているのは、偶然ではないだろう。

コアとなる機械学習の一部は自動化されている(私たちもこれらのワークフローを自動化する方法をいくつか教えてさえいる)が、データサイエンスにおける実際の仕事の90%を占める、データのマンジング、データのクリーンアップ、フィーチャーエンジニアリングについては、安全に自動化することはできないのだ。

歴史的な例示

データサイエンスが完全には自動化されないことを示唆する明確な先例がある。ある分野では、高度な訓練を受けた人間が、コンピューターに驚くべき偉業を達成させるコードを生み出している。こうした人材は、この分野において、スキルを持たない人材よりもかなり高い報酬を得ており(驚くにはあたらない)、このスキルの訓練に特化した教育プログラムが存在する。その結果生じる、この分野を自動化しようとする経済的圧力は、データサイエンスへの圧力と同じように激しい。その分野とは、ソフトウェアエンジニアリングである。

実際、ソフトウェアエンジニアリングが容易になるにつれて、プログラマーへの需要は増すばかりである。自動化によって生産性が向上し、価格が下がり、最終的に需要が増大するというこのパラドックスは、新しいものではない。ソフトウェアエンジニアリングから財務分析企業会計に至るまで、さまざまな分野で繰り返し見られている現象だ。データサイエンスも例外ではなく、自動化により、このスキルセットに対する需要が促進されるだろう。

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カテゴリー:人工知能・AI

タグ:機械学習 コラム データサイエンス

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(翻訳:Dragonfly)

H-1Bビザ停止で進むニアショアリングはスタートアップにとって好機になる

著者紹介:Andrés Vior(アンドレ・ボワール)氏はintive(インティブ)のVP兼アルゼンチン担当マネジャー。コンピューターエンジニア、ブエノスアイレス大学(UBA)卒。アルゼンチン・ソフトウェア・コンピューターサービス企業会議所(CESSI)会員。

今年6月、ドナルド・トランプ大統領はH-1B就労ビザの発給を一時停止する大統領令に署名した。このビザの対象者には、ソフトウェア開発に従事する専門職も含まれる。

シリコンバレーや、テック企業が集まるその他の拠点において、労働者の71%が外国人であることを考えると、この大統領令により、スタートアップは物流面とビジネス面の両方でいくつもの困難に直面することになる。

ニアショアリングは、パンデミック前から選択肢の1つとして存在していた。しかし、就労ビザの発給停止にリモート革命の進行が重なってその緊急性が増し、企業はニアショアリングをソリューションとして再考し始めた。その結果、今回のビザ発給停止は、企業はソフトウェア開発能力を海外から調達する好機となっている。

ニアショアリングとは、距離または時間帯が近い地域から人材やチームを採用することだ。ニアショアリングにより、米国企業は、優れた人材が見つかりやすく、就労環境や給与もより良好な近接地域からサービスを調達できる。これにより、企業はコストを最大80%削減できる可能性があり、同時に、柔軟で自由が利く、より良いキャリア開発オプションを従業員のために用意できる。

ニアショアリングはビザ発給停止への実際的な対応策であるだけでなく、企業にとって長期的な人材採用方法になる可能性がある。ニアショアリングの具体的な手順について、以下に説明してみようと思う。

リモートチームの基礎を築く

パンデミックの最中でも開発者の需要が下がることはなかった。多くの企業がサービスのオンライン化に向けてチームデジタルプラットフォームを構築、運用、最適化するチームを必要としているためだ。ビザの発給が停止されたということはつまり、米国外の企業が開発者ニーズを満たせること、特に、企業が問題を新たな方法で解決するのを助けるフレッシュで多様なスキルセットを持つ外国人のテック人材を調達する方法があることを意味している。

かつては、米国に移住してアメリカンドリームをつかむことが外国人プロフェッショナルたちの目標だった。しかし、その流れは変わった。パンデミック前から、米国は「外国人が住みやすいと思う国ランキング」で順位を46位から66位に落とし、移住先として人気を失いつつあった。コロナ後にはその人気低下が加速する恐れがある

世界中がかつてなくオンラインでつながっている現在、企業も個人も、世界トップレベルのテクノロジースタック、話題の企業との付き合い、世界トップレベルの研究など、米国が提供するチャンスから移住せずして恩恵を受けられる。そういう意味では、ニアショアリングとは、外国人メンバーが、母国の快適さと世界的な大手企業とのつながりという、両方のいいとこ取りができる環境だと言える。

リモート勤務へのシフトが進んでいることは、メンバーが互いに離れた場所で働いていてもチームが十分に機能することを実証している。リモート勤務の方が生産性幸福度が向上する、という研究結果もあるくらいだ。世界的にリモート勤務へのシフトが進む中で、ニアショアリングは現在、適切かつ有益な方法だとみなされるようになっている。ビザ発給停止をうけてニアショアリングを選択する企業は、この波をうまくとらえて活用し、リモートチームの働き方に関するベストプラクティスを確立する機会とすることができる。例えば、コミュニケーション、進捗状況の追跡、休暇、開発計画などに関する方針を、新たな状況と明確な経営理念に基づいて決めることができるだろう。そうすれば、開発者たちとのパートナー関係をスムーズに築くことができる。

ニアショアリングの別の利点は、柔軟なチームが、スタートアップのスケールアップモデルに役立つことだ。さまざまな国にいる開発パートナーと協力できるため、より広いネットワークを構築でき、それぞれの現地市場でより早く成長できる。ゼロから海外展開する場合とは異なり、ニアショアリングを行っていれば、どんなに小さくてもすでに現地に拠点があるため、それを足掛かりとして海外展開を進めていくことができる。

投資家の注目を集める

スケールアップモデルの場合と同じく、H-1Bビザの発給停止がきっかけで、ニアショアリングは海外の開発スタジオと戦略的なパートナー関係を築くための現実的な方法となっている。オフショアリングとは対照的に、ニアショアリングのパートナーは、時差がなく、より緊密かつ迅速に動けるため、オフショアリングの場合よりも重要な役割を任されることが多い。アジャイル開発のように、製品やサービスのテスト、反復、修正という一連の工程を短い期間にまとめて何度も繰り返すことが必要なスタートアップにとって、そのような敏しょう性は非常に重要だ。これがアウトソーシングのチームになるとアウトプットが限定的になるし、フリーランサーは複数社のプロジェクトを同時に抱えるため、企業のビジョンに深く共感して働くことはない。

ニアショアリングであれば、スタートアップは特定のビジネス分野やテクノロジーに関する専門性を備えたパートナーを見つけることによって、市場投入までの時間を短縮できる。システムをゼロから構築するのではなく、バージョン2.0を投入するところから始められる。なぜなら、より幅広い選択肢から専門家を選べるということは、業界の仕組みをすでに理解しているチームと提携できる可能性が高まることを意味するからだ。ニアショアリングのパートナーには、さまざまな産業分野に関して、企業が直接採用する人材では知り得ないレベルの膨大な知識がある。そのため、ニアショアリングのパートナーという心強い相手がいれば、企業は優秀なチームをゼロから集めるという難しい仕事にわざわざ取り組む必要はない。

資金調達の面でも、ニアショアリングが持つ同時性、敏しょう性、即応性はスタートアップにとって追い風となる。投資家は、ニアショアリングを行っている企業は、挑戦しようとしている潜在市場について現場からインサイトを得ており、リモートチームを活用して成功するビジネスモデルを持つ企業だと考える。世界全体が完全デジタル化へと向かう今、成長を促進するリモート開発をすでに導入しているスタートアップは間違いなく投資家を振り向かせることができる。

チームの多様化を促進する

ニアショアリング先を探す米国企業がまず目を向けるのは中南米だ。中南米は米国から近く、インターネットの普及率も向上しており、高度なスキルを持つ開発者が非常に多くいるため、ニアショアリング先として非常に魅力的な場所である。

ニアショアリングではダイバーシティ(多様性)が中核的な役割を担うことも注目すべき点だ。現在、テック業界ではヒスパニック系従業員の割合が突出して低く、全体のわずか16.7%にすぎない。物理的に離れているとはいえ、中南米にニアショアリングすれば、異なる社会的・経済的背景を持つ人材を社内に迎えることになり、業界全体における彼らの存在感が目に見える形で向上し、平等化への確かな基盤が据えられる。

一部の研究でも、多様性はチームの創造性に影響を与え、企業の利益増加にもつながることが証明されている

さらに、ニアショアリングは、より自然な形で多様性を向上させる。外国人のチームメンバーはキャリアを築くために、自宅、友人、家族を後にする必要がない。海外で働いたことがない人にとって、米国に移住するというのは気が遠くなるような大仕事だろう。生活水準が変わり、新しい文化に慣れなければいけないのだから、当然だ。ニアショアリングであれば、慣れ親しんだ場所で働くことができるため、ビジネスプロセスのスピードに慣れるまでに必要な時間も少なくて済む。地元の人間関係から感情的なサポートを得ることもできる。これは今のような状況において、職場でもプライベートでも従業員の福祉を守るために重要なことだ。

適切なパートナーを見つける

適切なニアショア先を見つける鍵はリサーチだが、スタートアップには、候補地の場所や現地のエコシステムについて詳細な分析を行う時間もリソースもないことが多い。適切な人材をニアショアで見つけるには、ニアショアリングパートナーに、現地人開発者のスカウト、調査、彼らとのコミュニケーションを担当してもらうことが、最も実際的である。

適切なニアショアリングパートナーを見つけるには、該当する業界における実績があり、ニアショア元にあるスタートアップから良い評価を受けているかどうかを確認することが必要である。そのパートナーが拠点とする地域で高い知名度を持っているかどうかも重要なポイントだ。インターネットでそのパートナーのプレスリリースや、主催イベント、ウェブサイトの全体的な内容をチェックして、顧客からの依頼が途切れない、評判の良い企業かどうかを確認する。

適切なニアショアパートナーが見つかったら、希望する場所に置くチームが文化的な面で何を必要としているかを理解するために、彼らから情報を収集する。ニアショアパートナーはあなたの会社のいわば開発パートナーになるのだから、彼らを自社の研究開発部門として活用できる。彼らは、あなたの会社をテック面でサポートし、適切なタイミングで適切なチームを編成できるようアドバイスし、スタックや手法について指針を与え、チームが生産的に働ける環境を整えてくれる存在だ。対照的に、フリーランサーを使うことにはリスクがある。なぜなら、現地の具体的なニーズを把握することができるとは限らないからだ。文化面での理解が欠けると、パートナーを見つけることはできない。代わりに、あなたのスタートアップが真に目指すものではなく、表面的な部分だけに注目するベンダーが見つかってしまうので、注意が必要だ。

相性が良いニアショアパートナーが決まったら、詳細な契約と秘密保持契約をすべてのチームメンバーと締結することが必要だ。ニアショアリングの場合、ある程度は相互に信頼することが必要だが、スタートアップのライフサイクルの中で極めて初期段階にあるこの時点では、自社のプロセスやデータが競業他社に漏れないようにすることが重要である。ニアショアパートナーの財務状況が健全であり、長期的なモデルに耐えうる状態であることも確認しておく。それに応じて、職責や成果物を測る基準をサービスレベル契約で定義する。これらの手続きをすべて完了したら、いよいよ、有意義で長期的なパートナーシップの構築に専念できる。

新しいノーマルに順応する

新型コロナウイルス感染症により、人材採用はリモート優位の領域になった。従来型の採用方法は見直されており、生産的に働くために必ずしもオフィスに出勤する必要はないことに企業も気づき始めている。実のところ、外国人従業員のビザ費用や管理費が不要になることで、企業のコストは大幅に削減される。

リモート勤務に最適化された慣行を時間の経過とともに企業が確立していけば、ニアショアリングはさらに増えていくだろう。人々は、キャリア開発、福祉、倫理すべてが守られるチームで働きたいと願っており、ニアショアリングは、生活環境を変えずにそれらすべての条件を満たすことができる。

創業初期からニアショアリングを行うスタートアップは、採用制限に苦しむ大手テック企業と競合することになるかもしれない。パンデミックがいつ終息するかわからない今、ビザの発給再開の時期を予測することは難しいため、テック企業は別の方法で開発チームを構築しなければならない。スタートアップには、ワークフローを大幅に変えることなく製品のリモート開発アプローチを調整できるという強みがある。また、より幅広い人材を引きつけるフェアで革新的な職場を整えるという意味でも、スタートアップは大手企業の先を行っている。

開発者は仕事のチャンスをつかむために自分の文化から離れる必要がなく、企業は多様性から恩恵を受けられるニアショアリングは、双方にとって有益だ。結局のところ、H-1Bビザ発給停止は、テック業界おいて、世界中のリソースを活用して最善の成果を生み出すという真のグローバル化を促進したのかもしれない。

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カテゴリー:パブリック / ダイバーシティ

タグ:コラム ビザ リモートワーク

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(翻訳:Dragonfly)

投資テクノロジー:根強い富の格差を解消するための第一歩

著者紹介:Dean Sterrett(ディーン・ステレット)氏:LEX Markets(レックス・マーケッツ)の共同創業者兼COO、および製品部長。レックス・マーケッツでは、機関投資家や従来の投資家向けのマーケットプレイスで商用の不動産担保を扱う。

Philip Michael(フィリップ・マイケル)氏:NYCE Companies(NYCEカンパニー)のCEO。ニューヨーク州を拠点に、メディアやフィンテックの投資プラットフォームを展開。

Robinhood(ロビンフッド)の創業者Vlad Tenev(ウラジミール・テネフ)氏は最近、ニューヨークタイムズ紙のインタビューに答え、若年層の米国人が株式市場に参入しなくなったことが「つまるところ社会で今見られている圧倒的な格差につながっている」と指摘した

Thomas Piketty(トマ・ピケティ)氏は自著『The Economics of Inequality』(2015年)のなかで、投資資本の成長率がGDP(および1人当たりの平均収入)の成長率を上回ると収入の格差が広がると論じている。このことを考えると、テネフ氏の主張は的外れである。株式市場への参入は確かに富の形成には欠かせないが、そもそも資本を持っていなければ投資はできないからだ。

社会に根付いた格差に立ち向かうには、体系的な変化(手ごろな価格の医療サービス、職業訓練、賃金の引き上げ、インフラストラクチャの拡大、国政によるその他の取り組みなど)が必要だ。一方、フィンテック業界のイノベーションを活用すれば、ツールを提供して個人レベルの投資で富を築く機会を広げ、こうした政策を補うことができる。こうした進歩は、社会的な変化をもたらすだけの巨大勢力には取って代わらなくとも、個人が直面した障害を取り除く機会の1つにはなるだろう。

時代はフィンテック、そしてミレニアル世代の投資家へ

最近、仲介手数料無料の株式取引を巡って収益モデルの議論が起こっているが、フィンテックの投資アプリが登場したことにより、個人投資家が株式市場に参入する事例が大幅に増えてきた。特に多いのが、期待資産額の面で他の年齢層に後れを取っている若い投資家だ。

Acorns(エイコーンズ)、Public(パブリック)、ロビンフッドといった人気のフィンテックアプリのおかげで、株式市場への投資を検討し始めたミレニアル世代やZ世代の個人投資家にぴったりの隙間市場が生まれたのである。1月から4月にかけて、ロビンフッドの1社だけでも300万件の入金済み口座を獲得し、その平均年齢は31歳となっている

同様の傾向は、従来個人投資家の手に及ばなかったさまざまな資産クラスについても見られている。例えばEY(アーンスト・アンド・ヤング)によると、2016年以降、不動産のクラウドファンディング投資額は倍増し、現在80億ドル (約8500億円) を上回っている。2018年には、米国における商用不動産の価値が約16兆ドル (約1700兆円) に達した。これは、同時期の米国における株式市場のおよそ半分の規模に当たる。

不動産は、富を築くうえで不可欠な資産クラスだ。実に、億万長者の約90%が不動産投資から財産を形成している。この背景として、不動産市場が極めて寡占的であることがいくらか関係していると考えられる。歴史的に見て、不動産市場に参入する機会は裕福な投資家に限られていた。

そこで、いくつかのフィンテック企業が不動産の世界に進出し、資産クラスの獲得機会を広げようと試みたが、この市場を本当の意味で小口投資家に開いた企業は現在に至るまでゼロである。

参入コストを削減

これはつまりどういう意味だろうか。不動産投資の機会さえ得れば誰もが億万長者になれるかというと、そうではないだろう。ただ、経済的に安定するうえで必要なツールや教育リソースを誰もが入手できる環境が整えば、富を築くチャンスは大いに高まる。

経済的な地盤を固めるには、金融リテラシーと機会の獲得が主なカギとなるのである。もう1つ重要な点は、低所得層に付きものの多くのコスト(「貧困税」とも呼ばれる)を排除することだ。

現在、業界全体で仲介手数料無料の取引が推進されているのも、フィンテック業界がこうした参入コストをなくそうとしているためである。10万ドルの取引で10ドルの仲介手数料が発生してもコストは微々たるものだが、100ドルの株式取得で発生した仲介手数料が10ドルであれば、取引コストを相殺するだけでも20%の利益が必要となってしまう。しかし、仲介手数料無料の株式モデルや分割所有の株式モデルは、不動産投資の市場では浸透していない。

従来の資産クラス全体のなかで、不動産はいまだ参入コストが高いままなのである。株式市場の機会は、小口投資家にも広がりつつある。仲介手数料無料および低コストの株式モデルには、この変化を反映させる最大の可能性が秘められている。

今後の動き

不動産とフィンテックが融合するのは時間の問題だ。

この分野は、テクノロジーによって大きな違いを生むことのできる分野の1つである。カリフォルニア大学バークレー校の調査によると、アルゴリズムを使用した融資などのフィンテックソリューションにより、今まで家の購入を難しくしていたハードルを下げることができる。

この調査では、社会に深く根付いた問題がある影響で、世界有数のフィンテック製品でも問題を完全には解決できないことが分かっている。それでも、率の不均衡を3分の1以上解消できるのである。

こうした企業が新たな投資機会を広げ、買い付けコストを削減していくなかで、一般的な米国人に富が分配されていく様子が見られると期待したい。株式投資の根底にある価値を作るのは、彼らなのである。

投資機会が歴史的に限られてきたほか、現在もその機会が欠如していることを鑑みると、財産形成のための新たなツールや金融リテラシー(テクノロジー搭載のうえ、ミレニアル世代にも受け入れられやすいアプローチで)を浸透させることで、参入ハードルの問題を解決し、より安定した投資の機会を拡大できると考えられる。

Stash(スタッシュ)エイコーンズ、およびロビンフッドが全体で2400万人ものユーザー(その多くは重複)を抱えている今、テクノロジー対応の投資から人々の興味が離れることはない。例えば、エイコーンズの平均的な投資家は29歳で、年収は5万ドル (約530万円)だ。公認の投資家は最低年収が20万ドル(約2100万円)のため、従来の投資家像とはかけ離れている。

こうした新しい投資家が不動産やエネルギーといった代替資産の保有に乗り出したとしても、驚くべきではない。重要なのは、機会の獲得、サービス品質、教育、そしてユーザー体験である。

フィンテック業界の創業者は、自社製品で社会にどれほど好影響を与えられるか、過剰評価する傾向にある。我々は2人とも不動産フィンテック企業の創業者であるため、個人間のミクロなレベルで支援を行うことができると信じてはいるが、社会全体を本当の意味で豊かにするには、テクノロジー以外の分野で大規模な構造改革が必要だ。言うまでもなく、テクノロジーだけでは深く根付いた構造は変わらない。しかし、確実にさまざまな機会を広げることができるのが、テクノロジーの力である。

修正:この記事の修正前のバージョンでは、パンデミックの発生後、ロビンフッドで初心者の投資家が600万人増加したとの記載がありました。その後、広報担当者の方から連絡があり、「1月から4月にかけて、ロビンフッドの入金済み口座が300万件増加した」とご教示いただきました。

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カテゴリー:VC / エンジェル

タグ:コラム

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(翻訳:Dragonfly)

VR体験施設はコロナ禍で息の根を完全に止められたのか

ここ数ヶ月景気の後退傾向が続く中、コロナ禍により息の根を止められるかに見えたスタートアップが大打撃を克服し、再び飛翔しようとしている。しかしすべての分野のスタートアップがこのような幸運に恵まれたわけではない。特に、最近は多くのロケーションベースのバーチャルリアリティ(VR)スタートアップが操業を停止するのを見てきた。

新型コロナが世界的に流行する以前のVR体験施設は完全に崩壊していたわけではなかった。この小さな業界はその時点で既に、VR市場の最後の賭け的存在であった。VR市場は、消費者が自宅で自分のヘッドセットを付けてバーチャルリアリティを楽しむという状況へいざなうことに失敗し、娯楽におけるVRの役割を一般大衆に認知してもらう方法として体験施設に望みを託していたのだ。消費者の関心の冷え込みと、体験を通じてユーザーをすばやく動かすためのスループットの問題が、VR体験施設が直面する最大の課題の1つであった。

今週Apple(アップル)は、Protocol(プロトコル)からの報告に続き、VRスタートアップであるSpaces(スペーシズ)の買収を発表した。Spacesはコロナ禍の影響で対面式体験施設を閉鎖せざるをえず、ビデオチャットソフトウェア向けのバーチャル環境作りに基軸を移そうと試みていた。Appleに買収されたということは、事業が失敗に終わったわけではないことを示すものの、AppleがSpacesの体験施設事業を復活させることに関心を持っている可能性は低い。

今月始め、Wall Street Journal(ウォール・ストリート・ジャーナル)誌は、Sandbox VR(サンドボックス VR) の米国子会社が破産を申告したことを報じた。Sandbox VRは複数の業界を同時に立て直すという建前でかなりの資金を調達してきた。これは、減退傾向にあるモールの経営者がこうしたスタートアップに資金を提供し、若い世代の消費者を引き込むための目玉商品として実店舗を設ける一方で、ミックスドリアリティ(MR)のソーシャルメディアビデオを活用して、彼らのVR製品を口コミで成長させる、という構想であった。

7月、UploadVR(アップロードVR)はDisney(ディズニー)がVRスタートアップであるThe Void(ザ・ボイド)のDowntown Disney(ダウンタウン・ディズニー)でのリースを終了したことを示唆する文書を発見した。このリースの終了は、コロナ禍によりそのロケーションが閉鎖された数か月後のことであった。

これらの投資がなされた時点では、現在のパンデミック(世界的流行)を予測するのは不可能であった。しかしVR体験施設は既に確固たる投資対象には程遠いということを示していた。IMAX(アイマックス)はVR事業に巨額の投資を行っていたが、2018年後半には、最後に残っていた7つのVR体験施設を閉鎖した。

対面式のエンターテインメントが今後どのような形を取っていくのか不透明な現在、問題は、VR体験施設に今後復活のチャンスはあるのかどうか、である。

実際のところ、これらのスタートアップの多くは、複数の分野で現状に逆らいつつ、21世紀のデジタルエンターテインメントのあり方を真剣に変えようと、最初から気の遠くなるような試みを行っていた。

巨大映画館チェーンが、パンデミックが自らの業界にどのような長期的な影響を与えるか予測するのに苦労している現在、こうしたスタートアップの多くが今後に希望を見いだせず操業を停止するか、売却されていっているのは驚くには当たらない。投資家はこの分野の新たな取り組みに関与することに消極的であり、新型コロナにより、現在の参画者は コロナ以前のビジネスモデルとは劇的に異なる方向へと向かわされることになると考えられる(ただし1つ注意したいのは、米国のVR体験施設市場は明らかに中国や日本のそれとは異っているという点である。そういった国においてはVR体験施設は人気のあるゲーム文化にぴったりとはまっているように見える)。

VR体験施設が生き残る、あるいは生まれ変わるとしたら、それは消費者行動やVRの導入に非常に大きな変化が生じた場合だろう。

VR業界は難しい状況にある。米国では、実質的な形でその分野を存続させているのは基本的にFacebook(フェイスブック)だけだが、一方で、同社はそのテクノロジーの未来を独自の条件で構築しようとする取り組みに邁進しているようである。この夏の始め頃、Facebookは大ヒット商品であるBeat Saber(ビート・セイバー)を8月までに恒久的にゲームセンターから引き上げると発表した。2014年にOculus(オキュラス)を買収して以来、FacebookがVR事業に取り組む中で周囲に生じたエコシステムは実質的に後退しており、同社は再び孤立した状況に置かれている。

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カテゴリー:VR / AR /MR

タグ:コラム 新型コロナウイルス

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(翻訳:Dragonfly)

目指せ、宇宙版ゴールドラッシュ

著者紹介:Mikhail Kokorich(ミハイル・ココリッチ)氏はMomentus(モメンタス)のCEO。同社は人工衛星向け宇宙輸送サービスを提供する最初の企業。

有人宇宙船Dragon(ドラゴン)の打ち上げに世界中が興奮した。この打ち上げ成功により、Falcon(ファルコン)ロケットの真っ赤な噴射炎が新しい時代―民間企業が宇宙産業に参入する時代―の到来を告げていることが、誰の目にも明らかになった。人類史上初めて、我々は単に「新大陸」を探索しようとしているのではなく、生物学的種として、新しい要素、つまり宇宙に進出しようとしている。

人類の歴史は、時間と空間をめぐる奮闘の歴史でもある。新たな領域を征服し、さらに遠くまで進んでいく。生活の向上や利益を求めて、あるいは、恐怖心や純粋な好奇心に突き動かされて、人間は、さらに速く簡単で、より安く安全に宇宙を征服する方法を見いだした。19世紀初頭にトーマス・ジェファーソンはナポレオンからルイジアナを買収した。これにより当時の米国の領土は実際に倍増したが、ジェファーソンは、大陸中央部の地域全体に入植者が住み着くまでに数千年かかると考えていた。

しかし、わずか数十年後にカリフォルニアで金が発見された。それにより、膨大な数の労働者が押し寄せ、資本的な動機が生まれ、新しい技術が必要になった。新しい入植者を乗せた数え切れないほどの幌馬車が往来し、鉄道が東海岸から西海岸まで糸のように張り巡らされ、町や定住地が生まれた。このようにして、200年以上前にジェファーソンが思い描いていたことが、わずか一世代の間に実現した。

私はモンゴルの小さな村で育った。最終的に史上最大の陸続きの帝国であるモンゴル帝国を築くことになるチンギス・ハーンが13世紀に諸部族統一を始めた場所の近くだ。そんなこともあって、私は早くから探検や探査の歴史に興味を持つようになった。シベリアの長い冬の間、薄明かりの中で、私はよく地理上の大発見に関する本を読んで過ごした。そして、あらゆる土地が発見され、あらゆるフロンティアが地図上に記録されてしまった退屈な時代を生きる自分の運命を嘆いた。

そのわずか数十年後に、人間による探索という面で、かつてなく心躍る時代を経験することになるとは想像もしなかった。

宇宙レースのこれから

近年、宇宙産業全体が、いわば宇宙版ゴールドラッシュとも言えるものを待ち望み続け、探し続けている。人間にとって宇宙がどれほど重要か、宇宙活動のために開発された技術が、衛星画像、気象情報、テレビ、通信といった地上の問題の解決にいかに貢献するかを語り尽くそうとすると、時間がいくらあっても足りない。しかし、いわゆる「宇宙フィーバー」、つまり、巨額の資金、エネルギーのある起業家、才能のあるエンジニアが一気に宇宙産業に流れ込むようなフィーバー状態が起こらないと、新しい「宇宙レース」を燃え上がらせることはできない。

現在、ロケット、通信、画像、人工衛星、有人飛行をはじめとする宇宙産業の市場規模は、全体で1000億ドル(約10兆7000億円)以下であり、世界経済の0.1%にも満たない。1990年代終わりのドットコムバブルの頃は、該当する産業に属する企業の総資本額が世界の合計GDPの5%を超えていた。1850年代のカリフォルニアで起こったゴールドラッシュの影響は非常に大きく、米国の経済全体を変え、西海岸は実質的に新たな経済圏の中心地となった。

現在の宇宙産業の市場規模は、世界経済に本当の地殻変動を起こすにはまだ不十分である。21世紀に変革を起こす可能性があるものは何だろうか。SpaceX(スペースX)のStarlink(スターリンク)、Amazon(アマゾン)のKuiper(カイパー)、それよりも規模が小さいいくつかの企業が宇宙インターネットのメガコンステレーションを展開していることは広く知られている。しかし、現在の市場規模で、真の宇宙版ゴールドラッシュを引き起こせるのだろうか。ちなみに、世界の通信市場の規模は1.5兆ドル(約150兆円)という見事な大きさで、世界経済のほぼ1.5%を占めている。

無人自律運転車の乗客によるマルチメディアコンテンツ利用の急増、「モノのインターネット」分野の急成長など、複数の要因が同時に発生すれば、人工衛星を利用した通信サービスが中期的に1兆ドル(約100兆円)以上の規模に成長する可能性がある。そうなれば、このセグメントが宇宙産業の市場規模をさらに成長させる原動力になる可能性がある。もちろん5%(ドットコムバブル期の数字)には満たないが、世界経済の1%に達すれば見事な数字だ。

ただし、通信、衛星画像、ナビゲーションは重要ではあるが、これらは宇宙時代の創始期から何十年も使用されている伝統的な宇宙向け応用技術である。どれも付加価値の高い応用技術であり、多くの場合、地上での代替手段がない。地球の監視とグローバルな通信を宇宙以外の場所から行うことは難しい。

そのため、過去の宇宙向け応用技術では、宇宙資産のコストが高いことが大きな障壁となっていた。宇宙資産のコストが高いのは、主に打ち上げのコストが高いことと、それまでに積み上がった1キログラムあたり数万ドル(約数百万円)というコストが原因だ。宇宙の真の産業化と、宇宙向けの新しいサービスやプロダクト(その多くは現在地上で製造されているものを置き換えることになる)を実現するには、カーゴを打ち上げて宇宙で輸送するコストに革命を起こす必要がある。

宇宙輸送

新しい領域を征服するには輸送が不可欠だ。鉄道、飛行機、コンテナなど、人や物を移動させる新しい方法が発明され、広まったことで、我々が知っている現代の経済が作られた。宇宙の探査も例外ではない。しかし、宇宙の物理的性質に起因する非常に大きな課題がある。地上では、我々は巨大な重力の井戸の底にいる。

重力に打ち勝ってカーゴを軌道に投入するには、秒速8キロメートルという驚異的なスピードまで加速する必要がある。これは弾丸の10~20倍の速さだ。ロケットの初期質量のうち、軌道に到達するのは5%未満である。鍵は再利用性と大量生産にある。ロケット科学を支配しているツィオルコフスキーの公式も、ロケットのサイズを大型にする必要がある原因となっている。スペースXやBlue Origin(ブルーオリジン)などの企業が戦略的に、大きな(というか巨大な)再利用可能ロケットであるStarship(スターシップ)やNew Glenn(ニューグレン)などを開発しているのもそのためだ。宇宙への打ち上げコストはすぐに、1キログラムあたり数百ドル(約数万円)を切るようになるだろう。

しかし、ロケットが効果的なのは、巨大な質量を地球低軌道に打ち上げる場合のみだ。別の軌道にカーゴを投入する場合、または重力の井戸の最上部、つまり静止軌道、高軌道、ラグランジュ点、月の軌道などに投入する場合、デルタブイをさらに増やす必要がある。秒速3~6キロメートル以上の追加が必要だ。従来型のロケットをこの用途に使用すると、失われる質量の割合は5%から1%未満に削減される。多くの場合、軌道に投入される質量が、低コストの巨大ロケットの容量を大幅に下回ると、さらに高額な(輸送されるカーゴ1キログラムあたり)小規模および中規模の発射装置を使用する必要がある。

これにはマルチモーダル輸送が必要だ。その場合、カーゴを地球低軌道に投入する低コストの巨大ロケットと、カーゴを目標の軌道、より高い軌道、月、太陽系の他の惑星まで輸送するためのスペースタグなどを使用する。Momentus(モメンタス)が2020年12月に最初の商用ミッションをファルコン9のライドシェアで飛ばすのはそのためだ。モメンタスは私が2017年に設立した会社で、「ハブアンドスポーク」方式による宇宙へのマルチモーダル輸送で使用するスペースタグを開発している。

スペースタグでは、最初は地球から運ばれた推進剤を使用できる。だが、宇宙における輸送規模が拡大し、地球低軌道よりも大幅に遠くへカーゴを輸送する需要が生まれると、地球の表面からではなく、月や火星、小惑星(地球近傍小惑星を含む)から入手できる推進剤の使用が必要になる。幸い、太陽系の進化のプロセスがもたらした恵みがある。それは水だ。ロケットの燃料として考え得る選択肢の中で、水は太陽系内に最も広く分布している候補物質である。

水は月でも発見されており、極に近いクレーターには巨大な氷が存在する。火星の地中にも、水が凍った巨大な海がある。火星と木星の軌道の間には、広大な小惑星帯がある。太陽系形成の初期に、木星の重力の影響で1つの惑星が形成されず、その欠片が数十億の小惑星という形でばらばらになった。そのほとんどには水が含まれている。木星のその重力の力によって小惑星が定期的に内部太陽系に「投げ出され」、地球近傍小惑星のグループが形成された。数万の地球近傍小惑星が知られており、それらのうち1000個近くが直径1キロメートルを超えている。

天体力学の観点で、水は地球から運ぶよりも小惑星や月から運ぶ方がずっと簡単だ。地球には強力な重力場があるため、重力の井戸の最上部(静止軌道、ラグランジュ点、月の軌道)に運ばれるペイロードと初期質量の比率は1%未満である。一方、月の表面からは元の質量の70%、小惑星からは99%を運ぶことができる。

これが、モメンタスでスペースタグの推進剤として水を使う理由の1つだ。我々が開発した新型のプラズママイクロ波推進システムでは、太陽光発電を電源として、水を推進剤(単純に反応生成物として使用)として使用して、宇宙で乗り物を推進できる。水を使用することで、宇宙用の乗り物がさらにシンプルかつ費用対効果に優れたものになる。

大規模かつ再利用可能で低コストのロケットが急増し、宇宙での最終地点まで運べるようになったことで、旧型の輸送方法の価格帯では不可能だったチャンスが生まれる。地球低軌道から月低軌道までの、地球と月の間のほぼあらゆる地点にカーゴを運ぶ価格は、5~10年以内に1キログラムあたり1000ドル(約10万円)を大きく下回ると想定される。楽しみなのは、従来の通信、監視、ナビゲーション以外の、まったく新しい種類の宇宙応用技術を導入するチャンスが生まれることだ。それにより、宇宙の真の産業化が始まり、地球から宇宙への産業の移行プロセスが引き起こされるだろう。

ここで、宇宙の未来に思いをはせてみたい。そして、今後5~10年で宇宙版ゴールドラッシュを引き起こしそうなものを予測してみようと思う。低コストの宇宙輸送で実現できる、次のフロンティアとなる応用技術は何だろうか。1兆ドル(約100兆円)規模の宇宙産業ビジネスになりそうなものはいくつかある。

エネルギー生成

世界経済におけるエネルギーのシェアは約8.2%であるため、エネルギー生成は最初に挙げられる最大のゴールドラッシュ候補だ。宇宙での発電には複数の素晴らしいメリットがある。まず、継続的に発電できることだ。宇宙では、太陽が24時間年中無休の大きな核融合炉となる。夜間や天気の悪い日のために電気を蓄える必要がない。結果的に、同じ表面積で、24時間あたりで地上の10倍のエネルギーを集めることができる。

気づきにくいことだが、薄暮時や夜間がなく、雲、大気、堆積した塵がない宇宙では、独特の発電環境を作り出せるのだ。微少重力によって、宇宙発電所の構造は大幅に軽量化され、最終的には地上の発電所よりずっと低コストになる可能性がある。エネルギーはマイクロ波かレーザーを使用してビームで地上に送ることができる。ただし、宇宙発電所を建設する場合、解決すべき大きな課題が少なくとも2つある。1つ目は、宇宙への打ち上げコストと宇宙内での輸送コストだ。

巨大ロケットと再利用可能なスペースタグを組み合わせることで、地球から最適な軌道に物品を輸送するコストが、1キログラムあたり最大で数百ドル(約数万円)削減できる。これにより、輸送のシェアが1キロワット時あたり1セント未満になる。2つ目の問題は、太陽輻射圧によって押しのけられる巨大なパネルを安定させるために必要な推進剤の量である。発電能力1ギガワットあたり、年間で500~1000トンの推進剤が必要となる。そのため、米国と同じ発電能力(1200ギガワット)を持つには、年間で最大100万トンの推進剤が必要になる(1時間でファルコン9を8回、または1時間でスターシップを1回打ち上げる必要がある量)。

地球と月の間で、発電は最も多く推進剤を消費する要素であるが、地球から推進剤を運ぶのは経済的にあまりに非効率である。答えは月にある。月の北極近くには常に光が届かないクレーターが40か所あり、そこには推定6億トンの氷がある。それだけで、宇宙での電力を使ったオペレーションを数百年は十分に支えることができる。

データ処理

データの計算と処理を行うデータセンターは、地上においてエネルギー消費量が最大規模であり、使用量が急増している。この10年で効率性が改善されたが、大規模なクラウドベースのサーバーファームの需要が増加しただけだった。米国のデータセンターだけで、年間で約700億キロワット時の電力を消費している。データを処理および保存するシステムの運用に必要な電力以外に、それらのシステムを冷却するためのエネルギーと環境への影響に対応する巨額のコストがかかる。そして、そのコストは政府と民間企業が支払うことになる。

どんなに運用を効率化しても、データセンターが拡張し続け、電力需要が増加し続けることは、経済面でも環境面でも持続可能ではない。マイクロ波やレーザーを使用してエネルギーをビームで地上に送るのではなく、宇宙でのデータ処理にエネルギーを使用できる。テラバイト規模やペタバイト規模のデータを地上に向けてストリーミング送信する方が、電力を地上に送るよりもはるかに簡単だ。AIなど、電力を多く必要とするアプリケーションは、遅延に対する耐性があるため、簡単に宇宙に移行できる可能性がある。

宇宙鉱山

人類が宇宙で生きる場合、結局は小惑星と月が鉱物の主な採掘場所となる。新しい宇宙経済、宇宙の産業化、宇宙での居住場所を構築、実現するには、希少金属や貴金属、建設資材に加え、レゴリスも使用されるだろう。ただし、月や小惑星から最初に採掘する資源は水だ。水は将来、宇宙経済における「石油」となる。

水には、小惑星や他の天体に分布しているという事実に加え、分布場所からとても簡単に抽出できるという利点がある。熱して氷を溶かすか、水和物から水を抽出すればよい。水は低温システム(液体酸素や水素など)がなくても保存できる。さらに、高圧タンク(イオンエンジンの推進剤である貴ガスなど)も不要だ。

同時に、水は異なる推進技術で使用できる独自の推進剤だ。電熱式ロケットエンジン(モメンタスのマイクロ波電熱式エンジンなど)で水として使用したり、化学ロケットエンジンで水素と酸素に分離したりできる。

マニュファクチュアリング

宇宙での輸送コストに価格破壊が起こると、人類にとって宇宙は新しい工業地帯になる可能性がある。極小重力は、光ファイバーなどの地上で利用する新しい素材の作成に役立つ可能性がある。強力な重力場で作成する場合に必ず発生する微少な傷も、宇宙では発生しない。このような傷があると、信号損失が増え、送信された光が大幅に減退する原因となる。また、未来の宇宙経済では、微少重力を使用して発電用のメガストラクチャー、旅行者向けの宇宙ホテル、そして最終的には人間の居住場所を構築できる。宇宙では、地球上では実現不可能な真空を簡単に用意できる。この真空は、結晶、ウエハース、まったく新しい素材など、超高純度の素材を作るうえで極めて有用だ。原材料の主な産地が地球ではなく小惑星や月になり、製品が主に宇宙での産業で消費されるようになったら、すでに宇宙での製造が支配的になっていると言えるだろう。

宇宙輸送の価格破壊によって将来実現する市場がもたらすビジネスチャンスは巨大だ。宇宙旅行がなくても、10~15年で宇宙の居住市場はほぼ2兆ドル(約200兆円)の規模になる。今後数世代にわたる人類文明の発達を推進する宇宙版ゴールドラッシュにつながることは間違いない。

最後のフロンティア

ソビエト連邦の最後の数年間、私は高校で学んでいた。ソビエトの経済は崩壊しつつあった。家の中は不衛生で、電気が使えないことも多かった。そのような暗い夜に、私は石油ランプの光で物理学や数学の本を読んで勉強していた。地元にはよい図書館があり、ノボシビルスクやモスクワなどの大都市にある大きな図書館から書籍や雑誌を取り寄せることもできた。それは私にとって、世界を見るための窓だった。素晴らしい経験だったと思う。

私は、宇宙船ボイジャーの飛行や太陽系探索についての本を読み、自分の将来のことを考えていた。科学と数学が大好きで得意でもあることを自覚したのはその頃だ。そして宇宙工学エンジニアになることを決めた。1993年の地元紙のインタビューで、私は記者に次のように言った。「高度な推進技術を勉強したいと考えています。宇宙探査に参加して、火星へ飛ぶこともできるようになること、そんな未来を夢見ています」

その未来が今、すぐそこまで来ている。

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(翻訳:Dragonfly)

第2四半期の資金調達データから見る2020年後半の見通し

著者紹介:

Russ(ラス)氏は、DocSend(ドックセンド)の共同創立者兼CEOである。彼は彼自身のスタートアップ企業であるPursuit.comの買収を機にFacebook(フェイスブック)のプロダクトマネージャーに転身した経歴を持つ。Dropbox(ドロップボックス)、Greystripe(グレイストライプ)そしてTrulia(トゥルーリア)でもキャリアを積んでいる。ラス氏についての詳細は、@rheddlestonおよび@docsendからフォローいただける。

今年の資金調達市場の動向は誰も想定できなかったと言っても過言ではない。2019年の落ち着いた動きとは異なり、今年の初めは2018年同様に大好調なスタートとなる傾向が見られた。しかし、3月以降はVCや創設者のための明確なロードマップが無くなってしまった

我々は、2020DocSend Startup Indexの3つの主要データ指標を追跡し、資金調達市場の動向をリアルタイムで監視している。DocSendプラットフォームにおけるピッチデックでの何千ものやり取りから取得した集計データそして匿名データを使うことで、市場における需要と供給そしてピッチデックでのやり取りの品質を追跡できるのだ。

主な指標は、Pitch Deck InterestおよびFounder Links Createdの2つである。これらは、ピッチデックに関わる活動を測定するもので、資金調達市場の今後の動向を示す重要な指標となる。関心がピークに達すると、資金提供の量は数か月後に増加する傾向にある。Pitch Deck Interestは、プラットフォームで毎週実施される各創設者とのピッチデックのやり取りの平均数によって測定され、これは、需要に対する優れたプロキシである。

Founder Links Createdとは、毎週創設者がデックに作成している一意のリンク数である。DocSendで創設者がドキュメントを送信すると、その送信先の投資家に一意のリンクが付与されるため、創設者が1週間にデッキを共有している投資家の数を調べることにより、これを供給のプロキシとして使用できる。

我々が確認した第2四半期の傾向と今年後半への影響を以下にまとめた。

VCは投資先を求め品定め中である

VCの関心は、前四半期と比較して全面的に過去最高となっている。パンデミックが宣言され、自宅待機の指示が出されてから数週間の間に関心は元に戻った。しかし、関心がパンデミック前のレベルに戻った後、驚くべきことが起きた。上昇し続けたのである。実際、今年のVCの関心の上位10週間はすべて第2四半期が占めている。全体的に述べると、関心は前四半期比の21.6%そして、前年比の26%まで上昇している。これはつまり、VCが過去2年間のどの時期よりも多くのピッチデックを閲覧しているということを示している。

春の終わりから夏にかけてVCの関心が落ち、8月の最後の2週間で底を打つというのが従来の流れであるにもかかわらずである。春に来る初めのピークの後、VCの関心は通常10月まで回復しない。

しかし、現在VCが多くのデックとやり取りしている様子が見て取れるだけでなく、我々はこのようなやり取りの質を判断することもできる。VCがデックを読むのに費やす時間を測定するのである。以前の調査結果によると、ピッチデックでのやり取りの平均時間は、3分半以下であることが分かっている。しかし、第2四半期では、VCがデックを読むのに費やす時間は、着実に短くなっており、四半期の終わりに向かけては、2分を切った。 つまり、VCがデックの査読にあまり時間をかけていないことが分かる。要するに、VCは自分が何をしたいか知っていて時間を無駄にしたくないか、デックを詳しく読む時間を削減し、Zoomでの電話会議で創設者から話を聞くことを選んでいることになる。

創設者にとっては、簡潔なデックを用意するということが以前より重要になっているのである。スライドは20枚以下に留め、送信済みのデックに追加で補遺資料を送るのはやめるべきである。スライドは簡潔で十分考えられた内容にする(送信済みデックをまとめる方法を記したガイドをこちらでお読みいただきたい)。

ピークを迎えたショッピングシーズンに、依然としてVCとのミーティングに持ち込めない場合は、資金調達戦略を変更することを検討すべきである。

創設者のタイムラインに変化が

直近の四半期において、創設者が送信したリンクの数が明らかに急増している。第 1 四半期に比べ、第2四半期で創設者が送信したデックリンクは、11%上回っている。しかし、興味深いのは、3つの個別の状況において、作成されたリンク数が、2019年の数字を下回っていることだ。つまり、不安定な時期に創設者が急いでデックを送信していた一方で、彼らが送信を控えていた週も多くあったことになる。

この矛盾は、いくつかのことを物語っている。1つ目は、創設者が資金調達活動を短縮した可能性が高いことである。今年の初めに我々が行った調査によると、平均的なプレシードラウンドは完了までに3か月以上かかることが分かっている。パンデミックの最中に資金を調達する人々にとって、3か月は一生のように感じるられるだろう。これは、予定が詰まったVCとの会議を設定するプロセスが原因なだけでなく、潜在的な投資家からフィードバックをもらい、デックを作成し、新しいターゲットに送信するという繰り返しのプロセスが原因でもある。世界的に先行きが不透明な中、多くの創設者たちが、資金調達活動を数週間に留めることで、事業から離れる時間を短縮しようと判断する可能性は高い。

2つ目は、パンデミック初期に大幅なコストカットを行ったために、多くの創設者たちにとって予想よりランウェイが長くなったのである。最近行った調査によると、50 %近い創設者が資金調達活動を前倒し、または遅らせることでそのタイムラインを変更したことが分かっている。創設者は、自社の評価を維持するために、不安定な資金調達市場を避けるという判断をする余裕があったのである。

3月に生じるはずであった関心の代替以上のものがみられる見込み

3月に生じた混乱により、4月と5月始めの資金調達市場での動きが鈍化することは簡単に予測できた。しかし関心は持続しているため、特に季節性を考慮すると、これが依然として当てはまるとはいい難いだろう。第2四半期の最後の週では、2019年と比較して、37%、2018年と比較して18%関心の増加がみられた。資金調達における活動レベルでは、明らかにニューノーマル(新しい日常)の時代に入っている。

評価が変動する一方で、VCが投資先を求めて品定めをするのは明らかである。理由は、2008年の金融危機を調べれば一目瞭然である。危機から生まれた企業は、大規模かつ大胆な解決策を必要とする現実的で体系的な問題に取り組む傾向がある。またパンデミックにより、取り組む価値のある多くの社会的問題が表面化した。

現在の傾向から見る第3および第4四半期

VCが投資先を求めて品定めをすることが明白で、またこれが今年の初めの関心を代替するものではないことが明白である場合、これは将来的に何を意味するだろう?創設者は通常、夏の終わりごろ活動を活発化させ、秋ごろにVCの関心がピークに達する。創設者の活動は増減しているが、VCの関心は安定して上昇してきており、つまりこれは資本を展開するための累積需要が依然としてあることを示している。また数か月後には、資金調達を遅らせた多くの創設者が市場に参入していくのを目の当たりにするはずである。パンデミックの状況が悪化した場合は、資金調達活動を来年にしてタイムラインを繰り上げる創設者も見られるかもしれない。

現在のレベルの関心がVCのニューノーマルを表していると考えると、秋ごろに関心の増加がみられると予測される。また、初秋から晩秋にかけてさらに多くの創設者がオンラインでの活動を始めると、その累積需要は市場をより活発にするはずである。創設者の方々には、投資家の関心の上昇、そして少なくとも1回目のピッチ会議を持つための競争が沈静化している現在の状況を有効活用し、今すぐ資金調達を始めることをお勧めしたい。

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カテゴリー:VC / エンジェル

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(翻訳:Dragonfly)

自律走行車の開発を後押しするはずの公道試験「評価」、実は逆効果か

著者紹介:

Grace Strickland(グレース・ストリックランド)氏は、自律輸送業界をはじめとする最先端産業界のテック企業の顧問弁護士として6年以上の実績を持つ弁護士。

John McNelis(ジョン・マックネリス)氏は、Fenwick & West(フェンウィック・アンド・ウェスト)の自律輸送および共有モビリティ部門の主席弁護士。専門は知的財産。California Technology Council(カリフォルニア技術評議会)の自律輸送イニシアチブの議長も務める。

毎年、年末が近づくと、自律走行車の開発企業から不満の声が噴出し始める。毎年恒例となっているこの不満の原因は、California Department of Motor Vehicles(カリフォルニア州車両管理局(DMV))がすべての自律走行車(Autonomous Vehicle、以下「AV車」)開発企業に提出を義務づけている「Disengagement Report(自動運転解除レポート)」だ。AV車の試験を行うすべての開発企業は、試験走行中に「Disengagement」した回数、つまり自律走行モードから人間のドライバーによる手動運転に切り替えた回数を、毎年1月1日までに同レポートにまとめて提出しなければならない。

しかし、すべての自動運転解除レポートには1つの共通点がある。それは、「どの提出企業もレポートの有用性に疑問を呈している」という点だ。サンフランシスコのとある自動運転車企業の創業者兼CEOは公の場で、自動運転解除レポートは「AV車の商業展開が可能かどうかを判断するための意味ある判断根拠を提供する、という本来の目的をまったく果たせていない」と発言している。また、自動運転技術を扱う別のスタートアップ企業のCEOも、レポートの測定基準は「的外れ」だと言っている。Waymo(ウェイモ)は、レポートの測定基準は同社の自動運転技術を把握するのに「有効なインサイトを提供するものではなく、自動運転分野の競合他社と性能を比較するものとしては不十分である」とツイートした。

AV車開発企業がカリフォルニア州の自動運転解除レポートにこれほどまで強く異論を唱えるのはなぜなのだろうか。企業によって異なる試験方法を採用しているため、状況説明が十分に行えない同レポートの測定基準は誤った結論を引き出すことにつながる、というのが開発企業の意見だ。筆者の見解では、レポート内で自動運転解除の状況を説明するための表現とその定義について十分な指針が確立されていないことも、報告データから間違った結論が引き出されることにつながると思う。さらに、自動運転解除率という現在の測定基準では、各社が、数字を低く抑えるためにAV車をより無難な状況で試験走行させるようになったり、より多くのインサイトが得られるバーチャル試験よりも実地試験の方を好むようになったりする恐れがある。

自動運転解除レポートの測定基準を理解する

カリフォルニア州の公道でAV車の試験走行を行いたい企業は、AV Testing Permit(AV車走行試験許可)を取得しなければならない。2020年6月22日時点で、同州にはこの試験許可を受けた企業が66社あり、そのうちの36社は2019年にも同州でAV車の走行試験を行ったことを報告している。全66社のうち、乗客を輸送する許可を取得しているのは5社のみだ。

カリフォルニア州の公道でAV車を走らせる許可を取得した企業は、物損、人身被害、死亡に至った車両事故を、発生から10日以内に報告することが義務づけられている。

2020年度はこれまでに24件のAV車両事故が報告されている。ただし、大半が自律走行モード時に発生したとはいえ、ほとんどすべての事故は、AV車が後ろから衝突されて発生したものだ。カリフォルニア州では、追突事故の場合、大抵は後ろから衝突した方のドライバーに非があるとみなされる。

この車両事故データに有用性があることは明らかだ。消費者と規制当局が最も懸念しているのは、自律走行車が歩行者や乗客にとって安全か否か、という点である。もしAV車開発企業が、自律走行モードで車両大破や歩行者または乗客への深刻な人身被害に至った事故を1件でも報告すれば、その影響力は非常に大きく、事故を起こした車両の開発企業(ひいてはAV車業界全体)への風当たりは相当強くなる。

しかし、自動運転解除レポートで報告されるデータの有用性は、これよりはるかに疑わしい。カリフォルニア州車両管理局は、1月1日から始まる暦年中にカリフォルニア州内の公道でAV車の試験走行を行っている最中に自動運転を解除した回数と解除に至った状況の詳細を報告するよう各社に義務づけている。同局はこれを「AV車の試験走行中に自律走行モードが解除された回数(技術的な不具合、または試験走行ドライバー/オペレーターが安全のために手動走行へと切り替えざるを得ない状況が生じたことに起因する解除)」と定義している

AV車のオペレーターはまた、自律走行モードを解除した頻度と、その解除がソフトウェアの不具合、人為的ミス、車両オペレーターの裁量のいずれによるものなのかを追跡する必要もある。

AV開発企業は自社製品に関する測定可能なデータについては厳重に秘密を守っており、公開するのはせいぜい、制御された環境でのデモ走行を撮影した動画の一部とわずかなデータくらいである。不定期に「安全性に関する年次報告書」を発表する企業もあるが、どちらかと言えばAV車の性能をアピールする販促資料のような感じだ。さらに、公道での試験走行に関する報告を開発企業に義務づけている州は他にない。カリフォルニア州の自動運転解除レポートは例外的な存在なのだ。

このように、AV車に関して入手できる情報がほとんどない状況であるため、カリフォルニア州の自動運転解除レポートはしばしばAV車に関する唯一の情報源として扱われてきた。自動運転解除に関するこのデータは良く言っても「不完全」、悪く言えば「誤解を招く」ものだが、世間がAV車の開発の進み具合や相対的パフォーマンスを判断するにはこのデータに頼るしか方法がない、というのが現状だ。

自動運転解除レポートには状況説明が欠如している

自動運転解除レポートのデータには数字の根拠となる状況説明が欠如しているため、AV車業界の発展度合いを判断する尺度として使うには不十分である、というのが大半のAV車開発企業の意見だ。なぜなら、自動運転解除レポートのデータを読み解くには、試験走行を行った場所や走行の目的に関する情報が欠かせないためだ。

人口密度が低く、気候は乾燥していて、交差点もほとんどない地域で走行した距離と、サンフランシスコ、ピッツバーグ、アトランタのような都市部で走行した距離とでは、意味するものがまったく異なる、と言う業界関係者もいる。そのため、このような2つの異なる地理的環境下で走行した結果をまとめた自動運転解除レポートでは、競合企業を互いに比較することはできない。

また、自動運転解除レポートの提出義務が、試験走行の場所と手法に関する開発企業の決定を左右することを認識しておくことも重要だ。たとえ安全でも自動運転の解除が頻繁に必要になる試験走行は敬遠される可能性がある。自動運転解除率が高くなって、商業展開への準備が競合他社よりも遅れているように見えてしまうからだ。実際には、そのような試験走行こそ、商業展開に最適な車両の開発につながる可能性がある。商業展開への準備が進んでいるように見せるために、走行環境を無難なものにして自動運転解除レポートの報告基準を操作している、と競合他社を批判したAV車開発企業もある。

さらに、無難な走行環境と負担の少ない道路状況によって良好なデータを作り上げることができる一方で、AV車用ソフトウェアを改善するための戦略的な試験走行を行うと、非常に見栄えの悪いデータがはじき出される可能性がある。

一例として、米公共ラジオ局NPRのビジネス情報番組「Marketplace(マーケットプレイス)」のレポーターであるJack Stewart(ジャック・スチュワート)氏が紹介するケースについて考えてみよう

「例えば、まったく新しいソフトウェアを開発して本格展開しようとするある企業が、単に本社が近いからという理由で、カリフォルニア州で試験走行を行ったとする。試験の開始直後は特に多数のバグが見つかり、自動運転を何度も解除することになるだろう。しかし、同じ会社が、自動運転解除レポートの提出が不要な他の州、例えばアリゾナ州で試験走行を行えば、商業運転サービスを開始できるかもしれないのだ」とスチュワート氏は言う。

「そのサービスは非常にスムーズに運行するかもしれない。自動運転解除率という狭義の測定基準1つだけで、AV車開発企業が持つ能力の全体像を把握することなど到底できない。カリフォルニア州が数年前に追加情報の収集を開始したのはよいことだとは思うが、それでもまだ、本来の目的を果たすまでには至っていない」と同氏は続けた。

状況説明に使用する用語の定義が確立されていない

自動運転解除レポートが誤解を招く恐れがあるのは、自動運転解除の状況を説明する用語や表現に関する指針が確立されておらず一貫性が欠如しているためでもある。例えば、自動運転解除の理由を説明する際にさまざまな表現が用いられる中、最も多用されているのが「perception discrepancies(認知の不一致)」という言い回しだが、この表現が正確に何を意味するかは不明だ。

物体を正確に認識できなかったことを「認知の不一致」と表現しているオペレーターもいる。しかし、Valeo North America(北米ヴァレオ)は同様の誤作動を「物体の誤検知」と表現している。また、Toyota Research Institute(トヨタ・リサーチ・インスティテュート)は、ほぼすべての解除事例について「セーフティードライバーが予防的に解除した」という、どんな状況における解除にも当てはまる曖昧な表現を用いている。その一方で、Pony.ai(ポニー)は、自動運転解除の各事例について詳細に説明している。

他にも、自動運転解除の理由を「試験を目的とした計画的な解除」、あるいはほとんど意味がないほど抽象的な表現を用いて説明しているAV車開発企業は多い。

例えば、「計画的な解除」は、意図的に作り出した不具合をテストすることを意味していると考えることもできるが、単にソフトウェアが新しくてまだ荒削りであるために解除は想定内だったことを意味している可能性もある。同じように、「認知の不一致」という言い回しも、予防的な解除からソフトウェアの極めて危険な不具合による解除まで、あらゆる状況を意味し得る。解除理由の説明に「計画的な解除」や「認知の不一致」をはじめとする多数の曖昧な表現が使われていることが、競合企業間の比較をほとんど不可能にしている。

そのため、例えば、サンフランシスコを拠点とするAV車開発企業の自動運転解除がすべて予防的なものだったとしても、その理由を説明する表現に関する指針が存在せず、曖昧な表現が多用されているせいで、解除に関する説明が怪しく見えて疑問視されてしまうのが現状だ。

レポート提出義務がバーチャル試験走行の足かせになっている

現在、AV車開発の本質はソフトウェアにある。ハードウェア、ライダーやセンサーなど、AV車を構成する他の物理的な要素は、実質的に既製品で間に合う。本当に試験が必要なのはソフトウェアだ。ご存じのとおり、ソフトウェアのバグを発見するのに最適な方法は、とにかくそのソフトウェアを可能な限り頻繁に実行することである。路上の走行試験だけで、バグをすべて発見できるほど膨大な回数のソフトウェアテストを実行できるわけがない。そこで必要になるのがバーチャル走行試験だ。

しかし、自動運転解除レポートで報告する公道での試験走行距離が短いと、「路上走行の準備ができていない」と判断される可能性があるため、このレポートの提出義務自体が、バーチャル走行試験の足かせとなっている。

先ほども登場した米公共ラジオ局NPR「マーケットプレイス」のスチュワート氏も、同様の見解を述べている

「特に最近は、割りと既製品で間に合う部品もある。数社も回れば、必要なハードウェアが手に入るだろう。鍵はソフトウェアにある。そして、そのソフトウェアがバーチャル試験と実地の公道試験でどれだけの距離を無事故で動作したのか、ということが一番重要だ」とスチュワート氏は語る。

では、AV車開発の競合企業間の比較を行うのに必要な、本当に使えるデータはどこから入手できるのだろうか。ある企業は、3Dシミュレーション環境でエンドツーエンドの走行試験を毎日3万回以上行っている。別の企業は、社内のシミュレーションツールを使ってオフロード走行試験を1日に何百万回も行っており、その試験の中で、歩行者、車線合流、駐車車両などがある道路ではテストできないシナリオを含む運転モデルを動かしている。ウェイモはCarcraft(カークラフト)というシミュレーションシステムで1日あたり2000万マイル(約3200万キロメートル)の試験走行を実施している。同じ距離を実地の公道走行試験で走破するには100年以上かかる。

あるCEOは、バーチャル走行試験1マイル(約1.6キロメートル)から得られる成果は、公道走行試験1000マイル(約1600キロメートル)分に相当すると見積もる。

ウェイモのシミュレーション・自動化部門でプロダクトリードを務めるJonathan Karmel(ジョナサン・カルメル)氏も同様の見解を示し、カークラフトのバーチャル走行試験によって「最も興味深く有用な情報を得られる」と語っている。

今、何をすべきか

自動運転解除レポートに問題があることは明らかだ。同レポートのデータに依存することは危険であり、走行試験についてAV車開発企業に負のインセンティブを与える場合もある。しかし、これらの問題を乗り越えるために、AV車業界が自主的に取り組めることがある。

  1. バーチャル走行試験を重視して、そこに投資する。信頼性の高いバーチャル走行試験システムを開発・運用するには多額の資金がかかるかもしれないが、より複雑で危険度の高い運転シナリオを数多くテストできるようになれば、商業展開へぐっと近づくチャンスが開ける。
  2. バーチャル走行試験から収集できたデータを共有する。バーチャル走行試験の結果データを自主的に共有すれば、世間が自動運転解除レポートに依存する可能性が下がる。AV車開発企業が、開発の進み具合に関して信頼できるデータを一定期間にわたって一般に公表しない限り、商業展開への準備ができているかどうかを議論することは無意味だろう。
  3. 公道走行試験から最大限の成果を引き出す。AV車開発企業はカリフォルニア州での公道走行試験を続けるべきだが、バーチャル走行試験からは得られない成果を獲得することを目指して公道走行試験を行う必要がある。バーチャル走行試験よりも遅い速度で走行するからこそ発見できることがあるはずだ。レポートで報告する自動運転解除率が高くなるのは仕方がない。また、レポートでは、解除した理由や状況について具体的に説明する必要がある。

上記のような取り組みにより、AV車開発企業は、カリフォルニア州の自動運転解除レポートのデータがもたらす苦悩を和らげつつ、AV車が活躍する未来へと、より速く歩を進めることができる。

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カテゴリー:モビリティ

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(翻訳:Dragonfly)

買い手の視点でスタートアップを経営する

著者紹介:Tyler Griffin(タイラー・グリフィン)氏は、2012年に消費者向け決済ツールPrism Money(プリズム・マネー)を共同創業した。現在は、Financial Venture Studio(ファイナンシャル・ベンチャー・スタジオ)のマネージングパートナーとしてアーリーステージのフィンテック系スタートアップに投資している

「デュアル・トラック・プロセス(複線戦略)を決して取ってはならない」。

資金の調達と会社の売却という2つのプロセスを並行して実行することについて投資家に意見を聞くと、おそらくこのようなアドバイスが返ってくるだろう。そしてこれは、的確なアドバイスだ。2つのプロセスはまったく異なるうえに、どちらも大変な労力を必要とする。さらに、物事を進める際の優先順位が大きく異なるため、両方のプロセスを同時に首尾よく実行することは不可能に近い。ただし、売却プロセスを進めることと、会社を売りに出すことはまったく異なる。会社を売りに出すことは、会社の経営と資金調達に注力しながらでも簡単にできる。会社を売却する予定がない場合でも、買収側の立場で考えることは、ビジネスの改善につながる場合が多い。さらに、いつかは合併や買収(いずれもIPOよりはるかに一般的な方法)でイグジットすることになる場合でも、今から買い手の視点で考えておけば、イグジットを大幅に早めることができる。

KPIだけの問題ではない

投資家は手段よりも結果を重視する。ビジネスが成長していて好業績の場合、創業者が投資家から経営手法の詳細について尋ねられることはほとんどない。

そのため、売却交渉中に買収側がありとあらゆることについて質問を始めると、創業者は想定外の展開に驚くかもしれない。買収というのは、単に収益源を買うことだけを意味するのではない。チーム、テクノロジー、文化、さまざまな契約関係も買い取ることになる。買い手は、今までに創業者が築いてきたすべてのものを取得しようとしている。業績だけでなく、会社に関するすべてのことに強い関心を持つのも当然だろう。

そのせいで、創業者が腹立たしくなるほど不当な扱いを受ける場合もある。筆者が最初に創業したスタートアップPrism(プリズム)を売却した時も、.NET上に構築したことを厳しく非難する買い手が何人かいた。製品は問題なく動いていたし、収益も安定して伸びていた。技術スタックも効率的で信頼できるものだった。実のところ、こちらが開発したテクノロジーを称賛したかと思えば、その舌の根が乾かぬうちに、同テクノロジーの構築手法をあからさまに批判する買い手も多かった。確かにフェアではないかもしれない。しかし、買い手は、買収対象の会社が生み出している結果だけでなく、その会社のチームと製品を自社に統合する方法も考慮する必要があることを考えれば、まったく当然なことだ。文化、人事採用から、コアタイム、パートナーシップまで幅広い問題について、同じような話を創業者仲間から聞いたことがある。

確かに、常に第一に考えるべきなのは会社の成長だ。しかし、たとえ買い手が出現して質問し始めることがないとしても、自社のビジネスを客観的に見つめることには益がある。組織の中にいると視野が狭くなり、好調なKPIの下で悪化している問題を無視してしまいがちだ。自社を買収する企業の視点で考えることは、問題の早期発見に役立つ。そのような問題点の最も分かりやすい例はセキュリティと会計だが、他にも多くある。発見された問題について何らかの変更を行わない場合でも(例えば、プリズムの売却時に技術スタックを変更することはなかった)、何か異議が唱えられた場合に、正面から取り組むことができるようになる。攻撃はいつでも最大の防御だ。買い手と見解が相違しそうな部分を事前に解消しておけば、その分だけ有利な立場で交渉を進めることができる。

売却交渉の舞台裏

会社の売却は実際にはどのように行われ、事前に準備しておくことでどの程度有利になるのだろうか。売却プロセスには、従来型と「偶然の」出会い型の2つのパターンがある。従来型のプロセスでは、創業者が自社の売却を明示的に表明する。大規模な取引では、投資銀行を使ってプロセスを仕切ってもらうのが普通だ。小規模の取引であれば創業者が自分で取り仕切る傾向がある。いずれにしても、創業者と銀行は買収候補者リストを綿密にチェックして、事業内容をプレゼンテーションする。資金調達のプロセスと同じような感じだ。

出会い型のプロセスはもっと緩やかに進む。買収側が思いがけず興味を示す場合など、本当に「偶然」の出会いのようにプロセスが始まることがある。「偶然の」と角括弧が付いていることには重要な意味がある。創業者は、自社のビジネスの素晴らしさを周囲の人間に何気なく話すことによって、実は潜在的な買い手を探し始めている。中には、このようなアプローチが他より抜きんでて上手な創業者もいるが、ひとたび買い手が本当に関心を示したら、後は通常の売却プロセスと同じだ。売却交渉に競合相手がいないことが理にかなっている環境もあれば、「今は、あの大物と戦うことが前に進む最善の道だ」という言葉が妥当な環境もあるだろう。どちらの環境になってもおかしくない。ほとんどすべての場合において、まずは他の企業が自分の会社の買収に関心を持つようにすることが必要不可欠だ。たとえ最初の買い手に売るつもりであっても、それは変わらない。競り合いになれば売却値が上がり、ほぼすべての事項について交渉を売り手に有利に進めることができるので、たとえ事実でなくても、まるでそれを最初から計画していたかのようにプロセスを進めることが必要だ。

では、「関心」とは何を意味するのだろうか。あいまいな概念だが、通常は、誰か(経営幹部レベルの役職または企業のM&A部門)が代理人を通じて、あなたの会社の買収を検討したいと伝えてきた状態を指す。買い手はこの時、創業者を怖がらせないようにありとあらゆる遠回し表現を駆使する。「親密な関係を構築する」とか、「より体系的で一貫性のある方法で提携する」といった言葉のサラダが並べられる。相手がニューヨークの投資銀行にいたことがある人物なら、テーブルの表面を指でコツコツとつついて意欲をアピールしながら「早速、交渉をまとめましょう」と言うだろう。これらのフレーズはすべて同じこと、すなわち、その人物が代理人を務める企業があなたの会社を買収することを検討している、ということを意味している。

この時点では、企業の全体像を把握するための話し合いが行われる。通常、創業者はここで自社の優れた技術力についていきなり力説するようなことはせず、交渉を有利に進めるためのカード(優れたビジネスモデル、信頼性の高い製品、チームのメンバー間の強い絆、買い手のビジネスにぴったりの製品など)はこちらが持っていることをはっきりと示す。創業者であるあなたと共同創業者、数名の上級エンジニアが買収側企業のオフィスで時間を過ごし、管理部門や生産部門の人間と会って、さまざまな部門がどの程度互いにうまくやっているかを観察する。CEOは買収側のCEO(大企業の場合は部門長)と会って、従業員の福利厚生や買収側企業への移行契約について詳細に議論する。ここでプロからのアドバイスを一つ。「シナジー」とは社員の解雇を意味する。もし、社員の解雇は受け入れられない、という場合は事前のその意思表示を明確にしておくこと。チームの全メンバーを残したいという要望があったとしても、すべての従業員が買収側企業に移ることはめったにない。

最初の数回のミーティングがうまくいったら、次は、交渉プロセスを正式なものにする必要がある。売却のかじ取りをする社内の担当者(CEOの場合もあるが、経営企画部長、部門長、相談役が理想的)を任命すれば、売却取引が成功する確率はぐっと上がるだろう。キーパーソンを1人決めておくと、プロセスが効率的に進むため、創業者は、売却のどさくさのせいでビジネスがさまざまな混乱によってビジネスが破たんすることを防ぐことにのみ集中できる。

このプロセスの初期段階で、Initial Indication of Interest(IOI:初期関心確認書)を買収側に要求してみるとよいだろう。法的拘束力はないが、正直な人物であれば約束を守ってくれる。IOIには、提案された契約の条項、想定される時期、その他の主要契約事項が記載されている。実際はIOIの通りに物事が進まないことも多い。しかし、売却側と買収側で共通の開始点を文書化しておくことは重要だ。NDA(機密保持契約)もこの時期に締結されることが多いが、より正式な形で交渉プロセスを開始した場合にはすでにNDAが締結済みである場合もある。もし他にも買収に名乗りをあげている企業があるなら、この時点で、それらの企業に連絡して、現在「排他交渉中」なので、他の企業とは交渉できないことを伝える必要がある。そうすると、買い手候補企業の関心は一段と高まる場合が多い。それが人間の性だ。そこからは、新たな買い手候補企業とビジネスについて話すことは、ほぼ確実に禁止されるため、交渉が決裂しても、すでに交渉プロセスに入っている別企業に変更することしかできなくなる。

その後は、ゴールに向けて一気に進める。技術デューデリジェンス、法務デューデリジェンス、セキュリティレビュー、会計レビューなどを行う。これらの調査はすべて、当初の予定より長くかかり、いろいろと頭の痛い問題が出てくる。交渉が頓挫する可能性はいくらでもあるが、デューデリジェンスの結果は大抵、買収側企業の交渉の余地を広げるだけだ。高額で時間のかかる不動産査定のようなもので、今まできちんとメンテナンスを行ってきていれば、査定はスムーズに進む(前のセクションを参照)。

売り手の利害関係者も重要

売却側の投資家、従業員、顧客もすべて、売却交渉の結果に関心を持っている。買い手の立場で考えることも重要だが、売り手側のすべての利害関係者にも配慮する必要がある。個々の交渉によって状況は異なるので、どの状況にも当てはまる一般的なアドバイスをすることは難しい。十分なコミュニケーションを取ることが理想的だ。とりわけ、M&Aを最初に承認する必要があると思われる主要投資家への連絡は重要である。売却交渉が突然始まると、事態が絶望的に感じられ、投資家はまだ交渉の余地が残っている点がないかと必死で考えるだろう。そして、コミュニケーションが不十分なのは経営体制が貧弱なせいだと考えるようになる。それを不当な思い込みだと言うことはできない。

デューディリジェンスプロセスに入ったら、従業員をプロセスに参加させる必要がある。経営幹部をプロセスに参加させることは、適切な最初のステップとなる場合が多い。経営幹部たちに交渉に参加してもらう必要がある。交渉プロセス中および交渉結果について発言権が与えられれば、高い士気を持って売却取引に取り組んでくれる。残念ながら、顧客は売却が公式に発表されるまで待つ必要があるが、公式発表は透明性が高くごまかしのない内容にする必要がある。発表はCEOが行うべきだ。

最後に、ジャーナリスト、ブロガー、ポッドキャストホスト、アドバイザーなど、これまでに支援してくれた人たちにも、不意打ちを食らったと思われないように、事前に連絡を入れておく。買収によって自社製品が混乱に巻き込まれる可能性がある場合は、この連絡が特に重要だ。この売却で自分の評判が危険にさらされる人がいる場合は、その人が売却の話を朝のニュースで初めて知る、というようなことがないように、事前に知らせるよう最善を尽くすべきだ。

セールスリーダーのように考えよ

すべてのCEOはセールスの仕事をしている。投資家へのプレゼンテーション、顧客への販売、重要ポストの採用、買収企業へのアピールなど、すべてセールス活動である。自分の最も重要な資産である会社を売却する準備をするということは、まさにセールスのエキスパートのDNAそのものだ。創業者はセールスリーダーとして考えることを止めてはならない。

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カテゴリー:VC / エンジェル

タグ:コラム アントレプレナーシップ

触覚を再現するハプティクス技術はコロナ時代における希望となるか

著者紹介:

Devon Powers(デヴォン・パワーズ)氏はテンプル大学の広告学の准教授。著書に『On Trend: The Business of Forecasting the Future』がある。

David Parisi(デービッド・パリジ)氏はチャールストン大学の准教授。著書に『Archaeologies of Touch: Interfacing with Haptics from Electricity to Computing』がある。

ブルックリンに住むJeremy Cohen(ジェレミー・コーエン)はこの3月に、近所に住むTori Cignarella(トーリ・シニャレラ)というすてきな女の子とお近づきになりたいと綿密な作戦を練って実行したことで、インターネットでちょっとした有名人になった。

隣のビルの屋上にある通気口の横にいるトーリさんを初めて見かけたジェレミーは、ドローン、Venmo(ベンモ)、メッセージ、FaceTimeなど、ソーシャルディスタンスを守ったあらゆる手段を駆使してトーリさんと連絡を取り合った。そして、2回目のデートで彼の作戦は頂点をきわめる。巨大なビニール袋を買って風船のように膨らませ、自分がその中に入って、トーリを接触なしの散歩に誘ったのだ。ジェレミーはインスタグラムに、「ソーシャルディスタンスを守って人と物理的な距離を取る必要があるからといって、気持ちまで距離を置いてよそよそしくする必要はないんだ」と書いている。

ジェレミーの奇抜で手作り感満載のアプローチは、数日間、人気のあるクリックベイトになり、面白がってクリックする人が続出した。同時に、このエピソードは、新型コロナウイルス感染症の時代に急増している接触中心型の起業家精神に対するいくらか手厳しいメタファーでもある。新型コロナウイルスのせいで、デートから銀行の顧客対応、学校から小売り店舗に至るまで、日常生活の中で接触と近接をどう位置付けるべきか、誰もがいや応なしに考えさせられる状況になっている。企業は、いつ発令されるかわからない休業命令、部分的な営業再開、リモートワーク、感染の急拡大や消費者行動の変化などに悩まされ、その場の判断でさまざまな対応策を試さざるを得ない状況だ。

このような混乱の中、一般に定着してきた対応策もある。一方で、より広範な解決策はあきらめて手っ取り早い解決策を採用し、急いで通常の状態に戻ろうとする企業もあれば、パンデミックを口実にして技術的シフト(歓迎されないもの、実用的でないもの、またはその両方)を加速しようとする企業もある。あるいは、ガイドラインの一部にのみ従う、あるいはガイドラインをまったく無視して、ある程度「通常の対応」(つまり、ソーシャルディスタンスも規制もなし)をすると約束し、客を呼び戻そうとする店舗もある。

さて、ハプティクス技術(触覚技術)について説明しよう。接触技術への投資は新型コロナウイルスの拡大前から上向きだった。仮想現実によって触覚インターフェイスを備えた手袋や全身スーツへの新たな関心が高まり、ウェアラブルデバイスやスマートウォッチなどのモバイル機器の触覚技術によってこの分野に新しいリソースが注入された。ハプティクス業界の健全性と成長度を1つの数字で表すのは難しいが、ある推計では、世界のハプティクス市場は2020年現在で129億ドル(約1兆3663億円)、2027年までに409億ドル(約4兆3322億円)まで成長すると予測されている。

1993年に創業し、ゲーム、自動車、医療、モバイル、工業など、広範囲の接触アプリケーションに積極的に取り組んでいるImmersion Corporation(イマージョンコーポレーション)などの定評のある老舗企業に加えて、Sony(ソニー)、Apple(アップル)、Microsoft(マイクロソフト)、Disney(ディズニー)、Facebook(フェイスブック)の各社も専任チームを設置して新しいハプティクス製品の開発に取り組んでいる。また、多数のスタートアップも現在、新しいハードウェアやソフトウェアを使ったソリューションを市場に投入している。例えば、英国のブリストルに本社を置くUltraleap(ウルトラリープ、旧称Ultrahaptics)は、空中ハプティクス技術を開発する企業で、8500万ドル(約90億円)の資金を調達している。VRやリモート操作に使用する外骨格力フィードバックグローブを製造するHaptX(ハプトエックス)は、1900万ドル(約20億円)を調達した。また、手首に装着するBuzzというデバイスを使い皮膚を通して音をルーティングする技術に特化したNeosensory(ネオセンサリー)は1600万ドル(約17億円)を調達している。最近はマルチメディアコンテンツにハプティクスを簡単に埋め込めるようにすることを目指して業界全体で取り組みが始まっており、この分野の成長は今後さらに加速していくだろう。

こうしたトレンドにもかかわらず、接触技術関連のビジネスは明確に定義された1つの方向に向かっているわけではない。企業によって対応もさまざまであるため、消費者側でも混乱、落胆、不安、抵抗感などの気持ちが交錯している。とはいえ、新型コロナウイルス感染症は、単に不満を募らせる原因になっているというより、未来の社会は接触型と非接触型のどちらの方向に向かうのかという長年の議論に光を当てる格好になっている。接触技術をめぐる緊張感はすでに高まっているが、早急な変化や一時しのぎの解決策、短期的思考は問題を悪化させるだけだ。

今求められているのは、長期的な視野である。消費者であり、市民であり、人間である我々が、どのような状況で接触を求め必要としているのかという点について、真剣かつ体系的に考える必要がある。そのような思考に到達するには、単に良さそうに見えるテクノロジーだけでなく、未来においてつながりと安全に関する真のニーズに応えてくれるテクノロジーへの投資を増やす必要がある。

マスクの次はプレキシガラス

世界のどこにおいても今回のパンデミックで最も目につくシンボルはマスクだろう。しかし、コロナ禍における新しい日常には別のもっとクリアなシンボルがある。プレキシガラスだ。

プレキシガラスは、ウイルスから身を守れるように生活環境を作り直す方法を切り開いた素材だ。米国では、3月にプロキシガラスの需要が急激に伸びた。最初は、病院や、食料品店などの必需品販売店で大量に使われるようになった。それに比べると自動車など従来の分野の需要はずっと少ないが、それを補ってあまりあるほど、レストラン、小売り業、オフィス、空港、学校での需要が急激に伸びた。体験修行を行うお寺、ストリップクラブマッサージパーラーフィットネスクラブなどでも、仕切りとして使用されている。

プレキシガラスが接触に及ぼす目に見えない影響は、プレキシガラス自体がウイルス対策の素材として果たす役割と同じく、非常に大きい。プレキシガラスというと無菌状態やウイルスからの保護を思い浮かべるかもしれないが、実際には、汚れやすく、ウイルスも簡単に回り込める。何より、人の間に文字通り壁を作ってしまう。

使い捨てビニール、換気システム、手の除菌用ローション、紫外線などと同様、プレキシガラスの事例は、少なくとも初期段階では、ありふれた防御策が機能することをよく示している。食料品店では、客とレジ係の間に飛沫防止用のアクリル板を設置したほうが、非接触型ショッピングや(ネットで注文し店の専用駐車場で受け取る)カーブサイド・ピックアップなどの抜本的な対応策を講じるよりはるかに簡単だ。プレキシガラスなどの防御策は低コストで、ある程度の効果はあるし、客の側も行動を大きく変えずに済む。それに、コロナ後の生活様式が以前の行動に非常に近い形に戻った場合でも、簡単に元に戻せる。

プレキシガラスのように透明な樹脂素材を使った対策は、明らかに環境に悪いだけでなく、接触するという行為と人との関係や、触れ合うことで生まれるお互いの関係を損なう可能性もある。例えばブラジルでは、一部の介護施設で「ハグ・トンネル」を設置して、入居者が家族とビニールのフェンス越しに抱き合うことができるようにしている。「いつになったらもう一度愛する人をハグできるの」という胸が痛むような質問を最近よく耳にすることを考えると、ハグトンネルによって再会が可能になったというのは、感動的ではある。だが、本人が目の前にいては、じかに抱きしめ合いたいという気持ちが強くなるだけだろう。

ソーシャルディスタンスを守るためにエレベーターの床に描かれた円や、店の通路の案内標識についても同じことが言える。こうした対策は、最大限に理性を発揮し規則に従順であることを人に求めるものであるため、親密さという人間らしい気持ちとは相いれない。すばらしい新未来というより、嫌々ながら現状を受け入れているという感じが強い。こうした対策は重要だが一時的なものだというメッセージを正しく伝えないと、必ず失敗することになるだろう。

タッチテクノロジーは救世主となるか

肌の接触に対する飢えを満たす方法として、未来学者はハプティクスによるソリューションを勧めている。ハプティクスとは、接触によって生じる身体的感覚をシミュレーションによって再現するデジタル技術だ。ハプティクス技術の応用は多岐にわたる。簡単な通知ブザーの類いから、振動、電気、力などによるフィードバックを組み合わせて本当にモノに触れているかのような感覚を再現するものまで幅広い。しかし、仮想現実の人気再燃により最先端技術が短期間で進歩したものの、ハプティクス技術を搭載したデバイスで一般消費者向けに実用化されているものはほとんどない(例外として、15年以上に及ぶ開発期間を経て今年初めに発売されたCuteCircuit(キュートサーキット)のHug Shirtという製品がある)。

ハプティクスは通常、スマートフォン、ビデオゲームコントローラー、フィットネストラッカー、スマートウォッチといった他のデジタル機器の一部として組み込まれている。ハプティクス専用デバイスというのはまだ希少で、比較的高価だが、人気のメディアや技術関連雑誌では、専用デバイスの普及は目前に迫っていると広く報じられている。効果的なハプティックデバイス、とりわけ「撫でる」といった社交的かつ感情的な触れ合いを伝えるように設計されたものは、Zoom偏重のコミュニケーションに触感を組み込むのに非常に有効だろう。

こうしたアプリケーションは、フェイスブックマイクロソフトディズニーといったリソースの豊富な企業は大いに買っているものの、ホームオフィスやテレビ会議といった環境ですぐに利用されるということはないだろう。離れた場所にいながら握手できるようにするデスク据え置き型システムのような製品は実現できそうに思えるかもしれないが、そうしたデバイスを大量生産するには、触感を正確に合成する高価なモーターが必要になるため、コストがかなり高くなるだろう。かといって安価な部品を使うとハプティクスの精度が落ちる。現時点では、触感の再現精度について明確に定義された品質基準はまだ存在しない。例えば、音声の場合であれば、十分な試行を重ねた上で策定された圧縮標準があるが、そのハプティクス版はまだ策定されていないのである。イマージョンコーポレーションのYeshwant Muthusamy(ヤシュワント・ムシャーミー)氏は最近、ハプティクス技術が普及しないのは、標準の欠落という難しい問題があるからだと指摘している。

ハプティクス技術に特化した研究はすでに30年以上にわたって行われているが、今でも解明が難しい分野である。新型コロナウイルス感染症の影響で、すでに始動していたプロジェクトが加速したという証拠も見当たらない。仮想触覚という発明は相変わらず魅力的だが、精度、人間工学、コストの最適なバランスを実現するのは今後も課題となるだろう。これを解決するには市場での試行錯誤という時間のかかるプロセスを経るしかないと思われる。ハプティクスの潜在的価値は確かに高いが、物理的距離を保つことによる心理的ダメージを修復する特効薬にはならない。

興味深い例外として、手の動きのトラッキングと空中ハプティックホログラム(ボタンの代わりとなる)を組み合わせてタッチスクリーンを置き換える製品があり、期待できそうだ。これはブリストルに本社を置くウルトラリープの製品で、スピーカー群を使って、触れることができる超音波を空中に投影する。この超音波は押すと抵抗を感じられるため、ボタンをクリックするときの感覚を効果的に再現できる。

ウルトラリープは最近、映画広告会社CENと提携して、米国各地の映画館のロビーにある広告用ディスプレイに非接触ハプティクスを搭載する計画を発表した。画面に触れずに操作できるようにすることが目的だ。同社によると、これらのディスプレイを使えば「ウイルスの感染を抑え、コンテンツを安全かつ自然に操作できる」という。

ウルトラリープが実施した最近の調査によると、回答者の80%以上がタッチスクリーンの衛生状態に関して懸念を抱いていることが判明した。この結果から同社は「公共の場にタッチスクリーンを設置する時代の終焉」が近づいているのではと推測している。今回のパンデミックは、テクノロジーの変革をもたらすというよりも、既存のテクノロジーの実装を推し進める機会となった。タッチスクリーンはもはや自然で創造的な対話の場ではなくなり、接触による伝染を回避すべき場所となった。ウルトラリープの未来型ディスプレイにより、我々は、汚染されたガラスではなく空気にタッチするようになるだろう。

タッチの少ない世界

人との接触(タッチ)が危機にひんしているという概念は心理学では繰り返し登場してきたテーマだ。接触が不足すると、神経生理学的にマイナスの影響があることは、数多くの研究によって実証されている。乳児は接触が不足する、つまり人に触れてもらう機会が少ないと、ストレスホルモンであるコルチゾールの濃度が高くなり、発育にさまざまな悪影響が及ぶ。拘置所では、拘束や隔離によって接触が奪われることは、拷問にも等しい罰となる。テクノロジーが日常生活にますます深く入り込み、かつては近接や接触を必要とした対話がテクノロジーに仲介されるようになったため、接触ではなくテクノロジーによるコミュニケーションを行うとどのような結果になるのか、さまざまな臆測が飛び交っている

今回のパンデミックでは、物理的な接触を社会全体で控えるよう突然要求されたため、人との接触が奪われる危機がより増幅されている。コロナウイルスは容赦のない罠を仕掛けてくる。人は離れていると、余計に連帯感を欲しがるようになり、危険なリスクでも平気で犯すようになる。しかし、触れたいという欲求に屈すると、我々は自分自身と自分の愛する人たちを命に関わる危険にさらすことになるだけでなく、また元通り触れ合えるようになるまでにさらに長い時間がかかることになる。

今回のパンデミックは、接触、ハプティクス、そして人間らしさについて、すでに重要な教訓を示してくれている。第一に、環境はあっという間に変わり得るが、本当の意味での社会的および行動的な変化には時間がかかるということだ。多くのアメリカ人たちがパンデミックなど発生していないかのように振る舞っているため、接触が必要なくなる未来がもうすぐ実現すると思っていた人は、そう考えるのをやめてしまうかもしれない。加えて、惰性と規制疲れという問題がある。つまり、パンデミック時代の感染防御策の中には、後々ずっと残るものもあれば、時間の経過とともに消滅または緩和されるものもあるということだ。9.11のことを思い出してほしい。あれから約20年が過ぎた今、愛する人を入国ゲートで出迎えることが再びできるようにはまだなっていないが、ほとんどの空港では液体やジェルの厳しいチェックは行っていない。

同様に、現在のコロナ禍の名残として、除菌用ローションスタンドの容器が空のまま放置されている状況を想像できる。地下鉄の乗客の間にプレキシガラスの仕切りを設置することは受け入れられるだろうが、レストランやスポーツイベントでのそうした仕切りは嫌われるだろう。今後はスライド式の自動ドアや手の動きをトラッキングする機能をよく目にするようになるかもしれないが、普及がうまくいかなければ回転ドアや取っ手や押しボタンに戻るかもしれない。

第二に、これも1つ目と同様に重要な洞察だが、過去と現在は隣り合っているということだ。テクノロジーの開発は行動の変化よりもさらに長い時間を必要とするし、一時的な流行、コスト、技術的な限界などの問題がつきまとう。例えば、今現在も、店舗やレストランをラストワンマイル(物流の最後の区間)のフルフィルメントセンター(通信販売で注文を受けた商品の発送センターのこと)にするとか、ARとVRを活用するとか、接触なしのスペースを再考するなど、多くの対策の実現を求める圧力が存在する。これらのシナリオでは、モノに触れたり操作したりするのに、仮想的なショールームで高精度のデジタル触感テクノロジーを使うことになるだろう。しかし、こうしたシナリオの一部は、ハプティクス分野でもまだ実現されていない機能が今すぐ使えることを前提としている。例えば、携帯電話を使って衣類に触れることは理論的には可能だが、実際には難しいし、携帯電話の機能、サイズ、重量、速度などはトレードオフの関係にあるため、すべてを同時に解決することはできない。

タッチの多い世界

今回のパンデミックで接触が不足して物足りなさを感じることはなかったが、同時に、接触について何か問題が発生したこともなかった。我々が慣れている接触には非人間的な部分もある。例えば、満員の地下鉄の車両での強制的な接触や飛行機の窮屈な座席などだ。#MeTooやBlack Lives Matter などの社会運動によって、望まない接触が衝撃的な結果を招き力の不均衡を拡大させるという事実に注目が集まった。接触が持つ意味とそのメリット・デメリットは人によって異なる。我々はそのことを広い視野で考える必要があり、決して画一的な解決策に飛び付いてはならない。接触は基本的に生物学的な感覚だと思われるかもしれないが、その意味は、文化的な条件と新しいテクノロジーの変遷に応じて繰り返し再考されてきた。新型コロナウイルス感染症は世界中で、接触に関する習慣に対して、少なくとも1世代で経験するものとしては最も急激な大混乱をもたらしている。しかし、必ずやこの混乱に対処できるテクノロジーが開発され、コロナウイルスによってあきらめざるを得なかった接触の一部を(直接触れる形ではなくても)取り戻せるようになるだろう。

しかし、タッチテクノロジーは、「こんなことができるのか!」という好奇心をかき立てるばかりで、生活に根付いた日常的なニーズへの応用についてはおろそかにしがちだ。ハプティックテクノロジーの採用を検討する企業は、宣伝文句や誇大な想像は無視して、どのような状況でタッチが(あるいはタッチレスが)最適なのかについて長期的な計画を立てる必要がある。ハプティクス設計者は、接触や触感に関する複雑なエンジニアリングの問題を解決することだけに焦点を当てるのではなく、日常のコミュニケーション習慣に楽に取り込むことができるようなテクノロジーに注意を向ける必要がある。

今後に向けて有益な練習として、「2030年に別の型のコロナウイルスのパンデミックが発生することがわかっていたらハプティックの設計をどのように変更するだろうか」と自問してみるとよい。人間らしい接触のニーズを部分的にでも満たせる、どのようなタッチテクノロジーが生まれるだろうか。企業はハプティックソリューションに関して、どうすれば事後対応ではなく事前に予測して対応できるだろうか。ハプティクスの分野で仕事をしている人たちは人間のコミュニケーションにタッチを復活させようという崇高な使命感で動いているかもしれないが、この使命には切迫感が欠落していることが多い。新型コロナウイルス感染症によってソーシャルディスタンスを守ることが現実となった今、この物理的な隔たりをハプティクスによって、完全ではないにしてもある程度は埋める必要性がより明白になっており、求められるレベルも高くなっている。

顧客対応において「人間味」と「つながり」を顧客対応に復活させようとしている企業も、同じように感じている。皮肉なことだと感じるかもしれないが、今こそ、この危機を乗り越えるだけでなく、次の危機に備えるべきときだ。回復力、柔軟性、余剰能力を蓄えるのは今しかない。それには、いくつか厳しい質問と向き合う必要がある。高精度の感覚世界を再現するには、たとえコストが高くても、VRが必要だろうか。低コストで低精度のデバイスでも十分だろうか。人々はテクノロジーによって実現されたハグを本物に代わる有意義なものとして受け入れられるだろうか。タッチテクノロジーが生活に取り込まれても、やはり物理的な存在が一番なのだろうか。未来は接触が増える方向と減る方向のどちらに向かうのだろうか。

答えは簡単には見つからないかもしれない。しかし、新型コロナウイルス感染症がこれまでにもたらしてきた苦難、トラウマ、喪失感について考えると、これらの難題にできる限り真剣かつ注意深く取り組む必要があると感じる。我々は、今も、そしてこれからも、接触とテクノロジーが実現できることとできないことについて、計画的、現実的であり、希望を持ち続ける義務がある。

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カテゴリー:ハードウェア

タグ:コラム ハプティクス / 触覚技術

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(翻訳:Dragonfly)

社会的影響のあるスタートアップを立ち上げた創設者からの5つの教訓

編集部注:Shannon Farley(シャノン・ファーレイ)氏は、社会的影響のあるスタートアップのためのテックアクセラレーターであるFast Forward(ファストフォワード)の共同創設者兼エグゼクティブディレクターである。

ヘルスケアから教育、人権にいたるまで、テクノロジーは社会に大きな影響をもたらす可能性を秘めている。世界的なパンデミック、経済不安の増加、人種的不公平に対する暴動が入り組む現在、スケーラブルなソリューションの必要性がかつてないほどに高まっている。しかし、世の中の創設者らが苦労しながらも繰り返し多くの教訓を学んできたのを我々は目の当たりにしてきた。

大規模な影響をより迅速に実現するという精神のもと、世界を変えるためのアイデアをテクノロジー関連の非営利団体へと飛躍させたいと望む読者が心に留めておくべき教訓トップ5をまとめてみた。社会的影響をもたらすスタートアップ立ち上げのための無料ガイド、Tech Nonprofit Playbookから、業界を刷新したテクノロジー系非営利団体の教訓を集めた。

1. 問題を詳しく把握する

あなたには壮大なアイデアがある。どうしても解決したい社会問題があり、世界を変えるテクノロジー主導のソリューションを考えついたかもしれないと思っている。しかし、あなたが変化をもたらしたいと思っているコミュニティを深く理解せずには、その問題を解決することはできない。コミュニティを深く理解しなければ試みは失敗に終わってしまうだろう。コミュニティの状況を自分で完全に理解できていない場合は、理解ができている共同創設者と手を組む必要がある。次に、問題を直接体験した人々に会いに行くこと。ユーザーの立場からの視点を持って人々にインタビューを行い、彼らが抱える問題の本質を理解するための機会を得るべきなのである。

これを実際に実践したUpsolve(アップソルブ)の例を見てほしい。これはアメリカでの税金申告に利用されるTurboTax(ターボタックス)のようなソフトウェアパッケージで、連邦倒産法第7章に基づく倒産処理手続きのために使用されるサービスだ。債務を抱えた低所得のアメリカ人が深刻な危機から立ち直るのを支援するためのものである。ユーザー調査の段階で、共同創設者らは実際に法的援助組織に足を運んで支援を待つ人々が記載された待機リストを求め、また債務訴訟の支援を行う法的援助団体で支援を求めに来ていた人々に名刺を配った。この戦略によりUpsolveは幅広い視点のサンプルを検討し、ユーザーの視点から問題を深く理解できるようになったのだ。このプロセスを決して軽視してはいけない。ユーザー調査は最初に描いた製品アイデアにさらなるインスピレーションを与えてくれるものなのである。

2. ゼロから始めることなく優れた製品の技術を構築する

次は、実用最小限の製品(MVP)をパイロット運用することで製品のアイデアをテストする必要がある。MVPとはユーザーについての学びを、少ない努力で表面化させるための製品の初期バージョンである。MVPは完全に出来上がった製品である必要はない。Upsolveの場合、ユーザーが実際に破産申請するのを助ける物理的なスペースでパイロットが行われた。MVPの小規模なパイロット運用を実行して、仮説を確認、却下、または変更する。MVPを十分な期間試用して、それが実用的なソリューションであると確信できるようになったら、次はベータ版を作成する段階だ

ベータ版製品、またはほぼすぐにリリースできる製品を構築するためには、既存の技術ソリューションを活用して新しいユースケースに対応したい。ゼロから作り上げるべきではない。Upsolveの場合は、オンラインプラグアンドプレイのTypeformを使用している。ウェブサイトやコミュニケーションツールなどのあまり技術的ではない製品から、アプリ開発ツール、データベース、APIなどのより技術的な製品まで、既存の技術構成要素をつなぎ合わせることにより初期費用が削減され、最終的には製品のメンテナンスも容易になる。ソリューションを世界中に公開し、テスト、改良を繰り返し続けながらユーザーのフィードバックを製品に組み込み、ミッションの実現をより確実なものにしていくのだ。

3. 非営利柔道の極意を学ぶ

テクノロジー系非営利団体には、非営利団体ならではユニークなアドバンテージがある。これを我々は非営利柔道と呼ぶことにしている。非営利柔道において重要な戦術は、他の組織、資金提供者、企業との提携を築き、テクノロジー系非営利団体の持続可能性とユーザー獲得を促進するため、相互に有益な関係を構築することである。

十分なサービスを受けられていない何百万人もの若者に、キャリアアドバイスをクラウドソーシングで提供するCareerVillage.orgを見てほしい。創設チームは最初の数年間、ボランティアの募集と資金調達に多くの時間を要していた。しかし、フォーチュン500企業が従業員のための簡単でスケーラブルなボランティアプログラムを探していると知り、それが解決策となった。CareerVillage.orgは、企業従業員のボランティア活動を中心とした持続可能な「サービス提供により収入を得る」収益モデルを構築したのだ。

この非営利柔道は組織の急速な成長の主要な推進力になっている。Tech Nonprofit Playbookは、非営利団体が活用できるより戦略的な利点を掘り下げ、非営利柔道の実例を紹介している。困難な道のりを想定してテクノロジー系非営利の旅に出るのではなく、Tech Nonprofit Playbookが紹介している特殊なチャンスを利用してシナリオを好転させれば良いのだ。

4. パートナーや従業員が組織のあり方を左右する

使命を達成するためには、あなたの大義を信じ、あなたがそこへたどり着くのを助けることができる人々を見つける必要がある

最も重要なのは、技術的エキスパートまたは問題のエキスパートのどちらかで、自分を補完してくれる共同創設者を早い段階で見つけることである。共同創設者はお互いのギャップを埋め、作業を分散させ、チームの強力な基盤を構築してくれる存在である。

次に、事業の構築と拡大をサポートできる有能で使命を重視する人々(実際に存在する!)を採用することが重要だ。雇用のための資金を手に入れたとしても、出来る限り多くの人材を採用すれば良いというわけではない。これは学生向けの無料読書プラットフォーム、CommonLitが苦労して学んだ教訓である。400万ドル(約4億2000万円)の助成金を獲得した後、創設者のMichelle Brown(ミシェル・ブラウン)氏はたった40日間で15人を採用した。しかしブラウン氏はその後、個人を雇うのではなく、チームを雇わなければいけないことに気づく。組織に力を注ぐ個々の人々が、その後の組織のあり方を決定するのだ。賢く採用を行う必要がある。

5. どのように影響を測定するかついて目的意識を持つ

影響こそがテクノロジー系非営利団体の真の目標である。違いを生み出そうとする前に、「誰」「なぜ」、またはサービス提供上の倫理を理解する必要がある。Medic Mobile(メディックモバイル)の創設者Josh Nesbit(ジョッシュ・ネスビット)氏が共有するフレームワークであるサービス提供倫理は、誰を助けたいのか、そしてなぜ彼らが他の誰よりもあなたの助けを必要とするのかを決定することが倫理的な立ち位置を決定し、組織として行うすべてに影響を与えるという概念である。

ネスビット氏がMedic Mobileを設立した当時、同組織は現場の組織と協力して医療ツールを実装していた。その際に、彼はすでに人的および経済的資本を持っていたローカルパートナーにツールを提供していたのである。ネスビット氏はこのフレームワークが彼のモラルを反映したものではないということに気が付く。同氏は医療へのアクセスが最も少ない人々を助けたいと考えていたからだ。こう気付いたことで、同氏は組織に再び焦点を当て、最も必要としている人々にサービスを提供するために製品ビジョンを再定義することができたのだ。それ以来Medic Mobileは、コミュニティの医療従事者の分散型ネットワークによって誰一人取り残さないヘルスケアを効果的に提供できるようにするオープンソースツールを構築している。そして昨年、Medic Mobileは2万7477人の医療従事者のグローバルネットワークをサポートし、コミュニティに1100万件以上のサービスを提供することにより、大きな影響をもたらしたのだ。

組織の成長が進むにつれ、自らの与える影響をどのように測定するかについて目的意識を持つべきである。影響測定は、実際の作業と世界に向けて創造したい価値を連携させることにより組織の構造を決定付けるものだ。これは、提供するサービスがミッションを満たすものであるようにするだけでなく、資金やパートナーシップを通じて取り組みへのサポートを高めるのに役立つ重要な行為なのである。

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カテゴリー:パブリック / ダイバーシティ

タグ:コラム

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(翻訳:Dragonfly)

倫理的データ慣行の青写真を描くための4つのステップ

編集部注:本稿を執筆したJoel Shapiro, JD, Ph.D.(ジョエル・シャピロ、法務博士、医学博士)氏はケロッグ経営大学院でデータ分析研究を行う臨床准教授であり、ケロッグの分析コンサルティング研究室の運営にあたっている。

もう一人の執筆者であるReid Blackman, Ph.D.(レイド・ブラックマン、医学博士)氏は、 Virtue(バーチュー)の創設者兼CEOであり、 企業と協力し、新たなテクノロジー製品の開発、展開、調達と倫理的リスクの低減を統合させる取り組みを行っている。

2019年、UnitedHealthcare(ユナイテッドヘルスケア)のヘルスサービス事業部門、Optum(オプタム)は、50の医療機関に機械学習アルゴリズムを展開した。医師と看護師はこのソフトウェアを用いて糖尿病、心臓病、その他の慢性疾患を持つ患者をモニターし、また患者が処方箋を管理したり受診予約を入れたりするのを支援することができるようになった。しかし、研究の結果、このアルゴリズムがより症状の重い黒人患者よりも白人に注意を払うよう推奨していたことがわかり、Optumは現在調査を受けているところである。

今日、データや分析を主導する責任者は、データに基づき価値を生み出すことを任されている。彼らの技能や権限を考えると、彼らは社内で倫理的データ慣行を推進する責務を持つ特殊な立場にある。運用化可能で、かつ拡張性および持続性を備えたデータ倫理フレームワークが欠如していると、質の劣ったビジネス慣行、関係者からの信頼に対する裏切り、ブランドに対する評判の低下、規制当局による調査、訴訟などのリスクを招く。

以下に、データ責任者/サイエンティストおよび分析責任者(CDAO)が社内で倫理データ慣行およびビジネス慣行のフレームワークを構築する際に実践すべき4つの重要なポイントをまとめた。

組織内の既存の専門家グループを見出し、データリスクの処理にあたらせる

CDAOは分析の経済的機会を見出し実行する責任があるが、機会にはリスクが伴うものである。データが、顧客保持やサプライチェーンの効率を高めるなど、社内向けの取り組みに使用されることもあれば、顧客向け製品やサービスの開発のため使用されることもあるだろう。しかしどちらにせよ責任者はデータの使用に伴うリスクを特定し低減する必要がある。

倫理的データ慣行を打ち立てるにあたり最善の方法であるのが、データガバナンス委員会など、データ倫理フレームワーク構築のためにプライバシー、コンプライアンスやサイバーリスクの問題に既に取り組んでいる既存のグループに目を向けることである。倫理フレームワークを既存のインフラストラクチャーに組み合わせると、導入を効率良く進めることができ、成功の確率も高まる。あるいは、そのようなグループが存在しない場合は、組織内から関連知識を持つ専門家を募り新たなグループを立ち上げる必要がある。データ倫理を管轄するこういったグループが、データ倫理における原則を公式化し、開発中または既に展開されている製品やプロセスにこれらの原則を適用することに対しての責任を担うべきなのだ。

データ収集および分析における適切な透明性とプライバシーの保護を確保する

あらゆる分析やAIプロジェクトには、データ収集と分析戦略が必要である。倫理的にデータ収集を行うには、人々からデータを取る際十分な説明を行い同意を得たり、GDPRへの準拠など法的コンプライアンスを確保したり、個人を特定することが可能な情報を匿名化処理し、逆行的手法で個人が特定されないように対処してプライバシーを保護するなどの実践が必須である。

プライバシー保護などのこれらの基準の一部は、必ずしも厳格な要件を提示しているわけではない。CDAOは、倫理的な正しさと彼らの選択がビジネスに与える影響について、適切なバランスを見極める必要がある。その後、これらの基準は製品管理者の責務へと置き換えられ、今度は彼らが、現場でのデータ収集がこれらの基準に従って行われるよう責任を持って管理することになる。

またCDAOは、アルゴリズム上の倫理や透明性を重視する姿勢を取らなければならない。例えば、AI駆動形の検索機能または推奨システムの予測精度を最大限に高めるよう努め、ユーザーが知りたいと望んでいることに対し最善の予測を提供すべきだろうか?マイクロセグメンテーションを行って、結果や推奨を他の「類似の人々」が過去にクリックしたものに限定するのは倫理的と言えるだろうか?実際には予測的性質はないが、第三者にとって利益が最大化される結果や推奨を含めるのは倫理上問題がないだろうか?アルゴリズムの透明性はどれほどのレベルが適切なのか、そして、ユーザーはどの程度それを気にかけているのか?堅牢で倫理的な青写真を描くには、こうした決定を行うための訓練や経験を十分に経ていないデータサイエンティストや技術開発者個人に判断を押し付けるのではなく、こういった課題に体系的かつ細心の注意を払って取り組む必要があるのだ。

不公平な結果を予測し、回避する

部門責任者や製品責任者は、不公平で偏りのある結果を予測する方法についての指針が必要である。不公平や偏りは、単に収集時にデータのバランスが取れていないことが原因で発生することがある。例えば、10万人の男性の顔と5000人の女性の顔を使用して訓練された顔認識ツールでは、性別で効果に違いが出る可能性が高いだろう。CDAOはバランスの取れた代表的なデータセットを確保しなければならない。

もう一つの偏りは、それほど目立たないが、今述べた偏りと同様に重要である。2019年、 Apple Card(アップルカード)とGoldman Sachs(ゴールドマンサックス)はクレジットの貸付額増額の判断において、男性を女性より有利に扱っているとして非難を受けた。Goldman Sachsは、貸付金額の決定要因は性別ではなく、あくまでも信用度であると主張したが、女性が信用を構築する機会が男性に比べ少なかった歴史的事実は、アルゴリズムが男性に有利に働く可能性が高いことを意味した。

不公平を緩和するため、CDAOは技術開発者や製品責任者をサポートし、公平性についての認識を高める必要がある。コンピューターサイエンスの文献には公平性についての指標や定義が数え切れないほど提示されているが、データが最終的にどう使用されるのかを詳しく説明できる事業責任者や外部の専門家からの協力無しに、開発者が適切な指標を選ぶのは難しい。公平性についての基準が選択されたら、データ収集者が確実にこの基準を満たすよう、効果的に伝達される必要がある。

倫理的リスクの特定プロセスと組織構造を調整する

CDAOは多くの場合、次の2つのうちどちらか1つの方法を用いて分析機能を構築する。1つは、中核となる拠点を介し組織全体にサービスを提供する方法。もう1つは、データサイエンティストや分析のための投資がマーケティング、ファイナンス、運用など特定の部署に配置される、分散型モデルに基づいた方法である。組織構造を問わず、倫理的リスクの特定に向けたプロセスと規範が明確に伝達され、適切に奨励される必要がある。

重要なステップは以下の通りである。

  • データ倫理を扱う組織と部門やチーム間の結びつきを構築することにより、説明責任を明確に確立する。これは、各部門やチームが倫理問題に目を配る「倫理責任者」を各々指定することで実現可能だ。責任者はデータに対する懸念をデータ倫理組織に報告し、組織は既存のデータの増強、透明性の向上、新たな目的関数の作成など、緩和戦略について助言を行う。
  • データやAI倫理に関する教育とトレーニングを通し、一貫した定義とプロセスを各チーム内に浸透させる。
  • 社内チーム間の協力関係を促進し、他の分野の例や研究を共有することにより、倫理的問題の特定と修正に対するチームの視野を広げる。
  • 金銭的な報酬、または他の手段を用いてインセンティブを付与し、倫理的リスクを特定し緩和することに価値を置く社風を醸成する。

CDAOはデータを戦略的に使用し展開することで新製品の収益を促進し、社内における一貫性を高める責任を持つ。現在、あまりに多くの事業責任者やデータ責任者が倫理的問題が持ち上がった際、単純に決定の良い点と悪い点を比較することで「倫理的」であろうとしている。この近視眼的視点は不必要な評判低下のリスクや、金銭的および組織的リスクを生み出す。データへの戦略的アプローチがデータガバナンスプログラムを必要とするのと同様に、優れたデータガバナンスには、倫理プログラムが必要なのである。つまるところ、優れたデータガバナンスとは倫理的データガバナンスなのである。

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(翻訳:Dragonfly)

自社株を売れない創業者たちへ、分散化のすすめ

編集部注:本稿を執筆したPeyton Carr(ペイトン・カー)氏は、創業者や起業家およびその家族の財務アドバイザーとして、財務計画や投資に関するアドバイスを行っている。Keystone Global Partners(キーストーン・グローバル・パートナーズ)の代表取締役社長。

シリーズ前回の記事では、自社株集中型の投資を自分の投資計画全体の中でどのように位置づけるべきかを熟考する方法について考えた。今回は、自社株をなかなか売れない人がいるのはなぜなのか、その理由について詳しく見ていきたい。

初めて自社株集中型の投資をする人の多くが、「自社株に集中的に投資すれば、いずれ莫大な利益を手にできる」という神話のような思い込みをしている。本記事では、集中型投資の実情を紐解くとともに、ポートフォリオの分散化が堅実な選択肢である理由を説明する。

ポートフォリオ分散化にはどのようなメリットがあるのか、自社株をどの程度保有すると過剰集中になる得るのか、さらに、ポートフォリオを戦略的に分散させるためにどのような選択肢を検討できるのか、といった点について学べる記事になっているので、ぜひ最後までお読みいただきたい。

自社株集中型の危険性

自社株集中型のポジションを継続するか否かを検討する際に、いくつかの厳然たる事実を心に留めておく必要がある。

  1. 言うまでもなく、すべての株をアップルやアマゾンの株と同じように考えてはならない。Hendrik Bessembinder(ヘンドリック・ベッセンビンダー)氏が発表した研究によると、1926年以降の米株式市場全体の上昇のほとんどを、上場銘柄のうちパフォーマンス上位4%の企業が担っていたことが判明したという。残りの96%の銘柄の合計収益率は、米国短期国債の収益率とほぼ同じだ。1926年以降、上場全期間の利益率が米国1か月短期国債の利益率より低い銘柄は、米国株式市場の58%を占める。また、ラッセル3000指数(米国企業株のうち時価総額上位3000銘柄からなる株価指数)に登録されている全企業のうち40%の企業の時価総額が、1980年以降、各々の最高値から少なくとも70%は下落している。
  2. それでも、ブロードベースの銘柄では他の大半の資産クラスを上回る年間9%強のリターンを生み出しているのは、前述の上位4%企業の利益率が高いためだ。将来上位4%に入る企業を確実に言い当てることは誰にもできないが、分散化すれば上位4%の企業の株を必ず所有できる。
  3. 仮に、現在集中的に保有している特定の銘柄がアップルやアマゾンに匹敵する銘柄になるとしよう。しかし、どちらの株価もこれまでに90%を超える下落を経験しているという事実を忘れてはならない。それでも、大半の投資家はそのような下落が起こるという確信が持てず、同じ銘柄を保有し続ける。その銘柄がポートフォリオの運用益と純資産の大部分を占めている場合はなおさらだ。大暴落は、その企業自体とは関係のない業界または既存の脅威によって引き起こされることもあれば、その企業固有の事情によって引き起こされ、外部要因は一切無関係という場合もある。

新規IPOを達成した企業が上位4%に入る確率はルーレットで自分のラッキーナンバーに玉が入る確率よりもわずかに高い程度だ。あなたは、成功する投資ポートフォリオと、長期的な財政目標を達成する確率を、ルーレットを回すような方法で決めたいと思うだろうか。

分散化の利点

ボラティリティ(株価の変動率)が極度に高いと、運用益が低下することがある。以下の例は、ボラティリティの低い分散型ポートフォリオとボラティリティの高い集中型ポートフォリオを比較したものだ。単純平均利益率は同じであるにもかかわらず、低ボラティリティのポートフォリオの方が高ボラティリティのポートフォリオよりも実質的に高いリターンを生み出している。

Image Credits: Peyton Carr

単純に計算することはできないが、予期せぬ時にボラティリティが急上昇すると大幅な価格低下が起こることがある。価格が乱高下すると、投資家が感情的に反応して、賢明でない投資判断を下す可能性が高くなるためだ。このような「行動ファイナンス」の側面については記事の後半で説明する。ポートフォリオのボラティリティを低下させるのは簡単だ。ポートフォリオの分散化を進めるだけでよい。

米国の大手上場企業3000社で構成される株価指標であるラッセル3000指数は、95%強に属するどの単一銘柄よりもボラティリティが低い。では、ボラティリティを低く抑える代償としてあきらめるべき利益はどの程度のものなのだろうか。

Northern Trust Research(ノーザン・トラスト・リサーチ)によると、ラッセル3000株の利益率は年間平均5.96%で、中央値の利益率5.23%よりも0.73%高い。つまり、単一銘柄ではなくラッセル3000株を保有することで、壊滅的損失を被る可能性を排除できるということだ。ちなみに米国株式市場では、20%以上の銘柄が、20年間で年間平均10%を超える損失を出している。

この事実が過度の集中型ポートフォリオを避けることの重要性を証明しているとしたら、「過度の集中型」とは、特定銘柄をどの程度保有することを意味するのだろうか。また、そのような株はどの程度の価格で売るべきなのだろうか。

「自社株集中型」の定義とは

この記事では、保有している特定銘柄のポジションがポートフォリオの10%を超える場合に「集中型」のポジションとみなすことにする。厳密に定義する具体的な数字はない。集中度が適切なレベルかどうかは、必要な流動性の程度、全体的なポートフォリオ価値、リスク選好度、長期の資金管理計画など、いくつかの要因に左右される。ただし、10%を超えて、その単一ポジションのリターンとボラティリティがポートフォリオのパフォーマンスを左右し始めたら、ポートフォリオのボラティリティが高い状態と言ってよいだろう。

ポートフォリオを構成する自社株は、会社全体の財務リスクのわずかな部分にすぎない場合が多い。自社株以外のリスク源としては、制限付き株式、RSU(譲渡制限株式ユニット)、株式オプション、従業員株式購入制度、401k、その他の株式報奨制度、および会社の成功に応じた現在および将来の給与動向などが考えられる。大抵の場合、財務目標を達成するための賢明な方法は、ポートフォリオを適度に分散させることだ。

売りたくないと感じる理由

事実はどうあれ、より計画的なアプローチをとるよりも、自社株を集中的に持つことに魅力を感じるのは自然なことだ。現実を示す退屈な論拠よりも、ザッカーバーグやベゾスなどの数少ない成功例の方が輝かしく思えるし、実際、自分自身に賭けて莫大な利益を得る可能性がないわけではない。つまり、感情に負けてしまうわけだ。

しかし、ここで株に関する投資戦略と意思決定の根拠とすべきなのは、感情ではなく、自分の投資目標である。投資ポートフォリオとそれに含まれる自社株は、その目標を達成するためのツールとして使用するべきである。

そこでまず、意思決定に影響を与える行動心理学について詳しく見てみよう。

あらゆる証拠が「売り」を示しているにも関わらず、こんな心の声が聞こえることがある。

「この株は売りたくない」

こうした気持ちに抗いがたいのはなぜだろうか。これは人の自然な性である。筆者も同じ気持ちになることがある。人は、偏った見方を正当化し、そうした見方に影響を受けやすいことを信じまいとする、強い衝動を感じることがある。

自分が立ち上げた会社に執着するのは当然だ。何といっても、その株こそが今の自分に富を授けてくれたものであり、今後もそうしてくれる可能性があるのだ。確かに、集中的に保有している自社株を売って分散化するのはなかなか難しいものだが、大抵はその方が合理的な判断である場合が多い。

多くの研究によって、投資行動と心理学の間の相互関係について深い考察が行われてきた。データは自社株を集中的に保有すべきでないことを示しているのに、無意識のうちに発生している心理的障害と行動的バイアスに影響されて、集中的な保有を続けてしまうことがある。

このようなバイアスについて理解しておくと、株を売るかどうかを判断する際に役立つ。こうした行動的バイアスは気づくことさえ難しく、克服するのはなおさら困難だが、まずはその存在を認識することが克服への第一歩である。以下に、一般的な行動的バイアスをいくつか挙げてみる。自分に当てはまるかどうか、確認してみよう。

親密性バイアス:非常に多くの創業者たちが自社株を集中的に保有し続ける理由はおそらくこれだ。自分の知っているものは危険性が低いと考えるこのバイアスのゆえに、自社株は安全だと勘違いしてしまいがちだが、両者は別の問題だ。株式市場では、親密性と安全性は必ずしも連動しない。優良な(安全な)会社であっても株価が危険なレベルまで過大評価されることはあるし、ひどい会社でも株価が不当に過小評価されることもある。会社の質だけを見て、その会社の株が将来高い利益率を達成するかどうかを判断することはできない。重要なのは、その会社の質と株価との関係性である。

もう1つ、このバイアスが顕著に表れるのは、創業者が株式投資に疎く、所有している株は自社株のみ、というケースだ。このような創業者は、市場で取引するより自社株を自分で持っていた方が安全と考えるかもしれないが、実際は、自社株のみを保有するより市場で取引した方が安全であることが多い。

自信過剰:特定の個別銘柄を過度に集中的に保有する投資家は例外なく自信過剰になっていると言える。創業者たちは自分の会社を信じやすい。何といっても、IPOを達成するまでに成長してきた会社なのだから、自信を持つのも当然だ。しかし、この自信が株に関しては見当違いを生む。創業者は多くの場合、値が上がっている自社株を売るのを嫌がる。さらに上がると信じているからだ。自社株が売られている時でもやはり同じで、値が戻ると信じて疑わない。会社に対する強い愛着感が先に立って、客観的になるのが難しい創業者は多い。大抵の創業者は、自分は一般には知られていない独自の情報を持っており、自社株の「本当の」価値を知っている、と信じている。

アンカリング効果:一部の投資家は、過去に体験したことを固く信じ込む。集中的に保有している銘柄の株価が下がっても、その株には直近の高値が付くだけの価値があると信じて、売ろうとしない。しかし、この直近の高値というのは、本当の価値を示すものではない。本当の価値を示しているのは現在値である。買い手と売り手が現在入手可能なすべての情報を考慮した上で取引した結果として付いた値だからだ。

授かり効果:多くの投資家は、自分が所有している資産に対して、その資産を所有していない場合に付ける値よりも高い価値があると考える傾向がある。これが、売るのをさらに難しくする。授かり効果が発生しているかどうかをチェックするいい方法がある。「この株を今持っていなかったら、今日この価格で買うだろうか」と自問してみることだ。今日この価格では買わないとしたら、授かり効果が発生しているためにその株を保有し続けているだけ、という可能性が高い。

これを別の視点から見るには、IKEA効果の研究について調べてみると面白い。この研究では、自分が作ったものに対して、その価値を潜在的価値よりも高く評価することが証明されている。

このような背景を合わせて考えてみると、投資家は集中的に保有している銘柄を売るかどうかを判断する際に、かなり恣意的になる可能性があるということがわかる。こうしたバイアスはなかなか気づきにくいものだ。相談できる人、共同経営者、アドバイザーなどがいると有効なのはそのためだ。

大切なのは「流されない」こと

特定の銘柄を集中的に保有できている皆さんにはおめでとうと言いたい。簡単にできることではないし、将来大きな富につながる可能性があるからだ。ただ、集中型のポートフォリオを管理する方法にいわゆる「正解」はないと心得てほしい。人によって状況は異なるため、自分の状況に合った選択肢について専門家に相談することが絶対に必要だ。

まずは、達成したい具体的な投資目標を盛り込んだ財務計画を立てよう。何を達成したいのかを明確に理解できると、事実を新しい観点から見ることができるようになる。さらに、合理的な意思決定と投資行動がもたらすあらゆる影響と機会について考慮することにより、自社株を集中的に保有することの危険性とポートフォリオ分散化の利点に対する理解が深まるだろう。

戦略的に分散化するには

自分の株を普通の方法で単に売るだけなら誰にでもできる。しかし、分散化には他にもさまざまな戦略がある。最大限の節税に効果を発揮する戦略もあれば、望み通りのリスク・報酬バランスを達成するのに適した戦略もある。いつ売るのがベストかを知りたい人もいるだろう。シリーズ最終回となる次回の記事では、こうした点について説明する。

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(翻訳:Dragonfly)

UXをAIプロジェクトに導入する5つの方法

編集部注:本稿を執筆したDebbie Pope氏は、The Trevor Projectで開発部シニアマネージャーを務める人物。

AIや機械学習ツールが浸透し普及が進むにつれて、あらゆる組織の製品チームとエンジニアリングチームがAIを活用した革新的な製品や機能を開発するようになった。AIはデータを扱う組織なら避けては通れないパターン認識や予測、ユーザーエクスペリエンスのパーソナライゼーションなどに特に適している。

AIを適用する際に必要なのは、莫大な量のデータである。AIモデルのトレーニングには通常大規模なデータセットが必要となり、また大規模なデータセットを持つ組織はAIなら解決できるであろう課題にほぼ確実に直面している。言い換えると、データセットがまだ存在しない場合、データ収集はAI製品開発の「フェーズ1」とも言えるわけだ。

使用するデータセットが何であれ、データ収集やその他何らかの形でAI機能に人が関与しているはずだ。データ収集時やユーザーにデータを表示する際、UXデザインとデータの視覚化における指針は早期の段階で検討する必要があるだろう。

1. ユーザーエクスペリエンスを早期に検討する

ユーザーがどのようにAI製品を使用するのかをモデル開発の初期段階から理解しておくと、AIプロジェクトが明確になりチームが共有された最終目標に集中できるようになる。

例えば映画配信サービスにある「あなたにおすすめの映画」のセクションの場合、データ分析を開始する前にこの機能でユーザーに表示される内容を明確にしておくことで、チームは付加価値のあるモデル制作のみに集中できるようになる。おすすめセクションでは映画のタイトル、画像、俳優、長さがユーザーにとって重要な情報になるとユーザー調査で判明した場合、エンジニアリングチームはどのデータセットを用いてモデルをトレーニングするかを確定する際に重要なコンテキストを把握していることになる。俳優と映画の長さのデータが、おすすめのセクションの正確性の鍵となるようだ。

ユーザーエクスペリエンスは3つに分類することができる:

  • 前 – ユーザーは何を達成しようとしているのか?ユーザーはどのようにしてこのエクスペリエンスに到達できるのか?ユーザーはどこへ向かうのか?ユーザーは何を期待すべきか?
  • 途中 – ユーザーが判断するために何が表示されるべきか?次に何をすべきかが明確か?エラーが生じた際にどのようにして克服するか?
  • 後 – ユーザーは目的を達成したか?エクスペリエンスに明確な「終わり」があるのか?フォローアップとしてのステップは何か?

モデルと関わる前、途中、後にユーザーに何が表示されるべきかを知ることで、エンジニアリングチームは最初から正確なデータでAIモデルをトレーニングし、ユーザーにとって最も役立つ結果を提供することが可能になる。

2. データの使用方法について透明性を維持する

ユーザーから収集しているデータに何が起こっているのか、そしてなぜそれが必要なのかをユーザーは認識しているだろうか。ユーザーは利用規約を読む必要があるだろうか。こういった点を解決するため、製品に理論的根拠を追記することを検討すべきである。「このデータにより、より優れたコンテンツを推奨できるようになります」といった単純な一言により、ユーザーエクスペリエンスにおける摩擦が取り除かれ、エクスペリエンスに透明性がもたらされるのだ。

The Trevor Project(トレバー・プロジェクト)のユーザーがカウンセラーに支援を求める際、カウンセラーに繋げる前に私たちがユーザーから収集する情報は、より良いサポートを提供するためのものである、ということをユーザーに明確に説明している。

Image Credits: Trevor Project

モデルがユーザーにアウトプットを提示する場合は、さらに一歩進んでモデルがどのように結論を出したかを説明すべきである。グーグルの「この広告について」のオプションでは、表示される検索結果をもたらす要素について詳しく知ることができる。さらに広告のパーソナライゼーションを完全に無効にして、ユーザーが個人情報の使用をコントロールすることも可能だ。モデルの仕組みやその正確さのレベルを説明することにより、ユーザー層からの信頼が高まり、ユーザーはその結果を利用するかどうかを自分なりに決定できるようになる。結果が低精度であっても、ユーザーから追加のインサイトを収集してモデルを改善する促進剤として活用できるわけだ。

3. モデルのパフォーマンスに関するユーザーのインサイトを収集

ユーザーに対してエクスペリエンスに関するフィードバックを提供するよう促すことで、プロダクトチームはユーザーエクスペリエンスを継続的に改善することができるようになる。フィードバックの収集について検討する際、AIエンジニアリングチームが継続的なユーザーフィードバックからどのような利益を得ることができるかについて考えてみてほしい。人間はAIが検出できない明らかなエラーを発見できる場合があり、人間だけで構成されているユーザーベースは時として非常に効果的なものとなり得る。

実際のユーザーフィードバック収集の例として、グーグルがあるメールを危険であると識別した場合でもユーザー自身の見識を元にメールに「安全」のフラグを付けることができるというものが挙げられる。ユーザーによる継続的な手動での修正により、モデルは危険なメッセージがどのようなものなのかを時間の経過とともに学習することができる。

Image Credits: Google

AIが正しくない理由をユーザー層が説明できる場合、モデルは著しく改善されるだろう。AIが示す結果にユーザーが違和感を感じた場合に、ユーザーが簡単にそれを報告できる方法を考えてほしい。エンジニアリングチームに重要なインサイトを集め、モデルを改善するための有用なシグナルを提供するために、ユーザーにどのような質問をするべきだろうか。エンジニアリングチームとUXデザイナーが共にモデル開発の早い段階からフィードバック収集を計画すれば、継続的で段階的な改善のためにモデルを設定することができるだろう。

4. ユーザーデータを収集する際アクセシビリティを評価する

アクセシビリティの問題が原因でデータ収集に偏りが生じ、偏りのあるデータセットでトレーニングされたAIによってAIバイアスが生じることがある。例えば主に白人男性の顔で構成されるデータセットでトレーニングされた顔認識アルゴリズムは、白人でも男性でもない人ではうまく機能しない。LGBTQの若者を直接サポートするTheTrevor Projectのような組織では、性的指向性同一性への配慮が非常に重要だ。包括的なデータセットを外部から探し出すということは、提示したり収集したりする予定のデータが包括的であることを保証するのと同じくらい重要なのである。

ユーザーデータを収集する時、ユーザーがAIと関わる際に利用するプラットフォームとそれによりアクセスしやすくする方法を検討してみてほしい。プラットフォームの利用に支払いが必要な場合や、アクセシビリティ・ガイドラインを満たしていない場合、またはユーザーエクスペリエンスに問題がある場合、サブスクリプションを購入できない人、アクセスする際に特別な支援を必要とする人、またはテクノロジーに精通していない人からのシグナルが届きにくくなってしまう。

すべての製品リーダーやAIエンジニアは、社会から疎外され過小評価されているグループに属する人々が製品にアクセスできるようにする能力を持っている。データセットから無意識的に除外してしまっているグループを理解するということが、より包括的なAI製品を構築するための最初のステップと言えるだろう。

5. モデル開発の開始時に公平性を測定する方法を検討する

公平性と包括的なトレーニングデータの確保は密接に関連している。モデルの公平性を測定するには、そのモデルが特定の使用環境でどの程度公平性を低下させてしまうかを理解する必要がある。人のデータを使用するモデルの場合、さまざまな人口統計を用いてモデルがどのように機能するかを確認することから始めるのが良いだろう。ただし、データセットに人口統計情報が含まれていない場合、この種の公平性分析は不可能である。

モデルを設計する際、使用するデータによってアウトプットがどのように偏るか、または特定の人々が十分なサービスを受けられない可能性について考えるべきである。トレーニングに使用するデータセットやユーザーから収集するデータが公平性を測定できるほど充分なものであるかを確認し、また定期的なモデルメンテナンスの一環として、公平性を監視する方法を検討してみてほしい。公平性のしきい値を設定し、時間の経過とともにモデルの公平性が低下した場合はモデルを調整したり再トレーニングしたりするための計画を構築する必要がある。

新人でもベテランでも、AIを活用したツールを開発する技術者として、ツールがユーザーにどのように認識され、どう影響を与えるかを検討するのに早すぎることも遅すぎることも決してない。AIテクノロジーは何百万人ものユーザーにリーチすることができ、大変重要なものがかかっている使用事例に適用される可能性もある。AIのアウトプットが人々にどのように影響するかを含め、ユーザーエクスペリエンスを総合的に考えるということは、ベストプラクティスであるだけでなく倫理的にも必要不可欠なことなのである。

関連記事:「異分野融合」なくしてイノベーションは望めない

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(翻訳:Dragonfly)

「異分野融合」なくしてイノベーションは望めない

スタートアップの世界で起きていることを一通り見られることは、この仕事をしていてよかったと思う理由の1つだ。同時に、この仕事をしていて落胆する瞬間の1つは、世に出ているアイデアのうち本当の意味でオリジナルなものはそれほどないことを見るときである。

筆者のメール受信ボックスには毎週、新しいノーコード・スタートアップが設立されたことを知らせるメールが届く。他にも、決済・クレジットカード・パーソナルファイナンスなどのサービスを提供するフィンテック、リモートワーク、オンラインイベント、大麻、暗号通貨、職場の機能を分析するツール(清掃員の生産性分析をサービスとして提供する、なんていうものもある)などに関連したスタートアップが次々に誕生している。

正直言って、ときどき手詰まり感を覚えることがある。例えば、「ノートテイクアプリ自体は目新しくありません。でもこのノートテイクアプリはKubernetesで動くんです!」というように、従来のソフトウェアを大差なく作り直したものが理論上は「改良された」ということになっている。実際のところ、「また同じことを繰り返している」、「真のイノベーションは遅々として進んでいない」と感じているのは、筆者だけでも、読者のみなさんだけでもないようだ。そのことは科学者や研究者によってすでに証明されており、イノベーションの経済学という分野における重要課題として議論が続けられている。

もちろん、新たな展望が開けている分野は数多くある。合成生物学とオーダーメイド治療、衛星・宇宙開発テック、暗号通貨と金融、自律運転車と都市開発テック、半導体のオープンプラットフォームとシリコンの未来などがその例だ。実のところ、無限の可能性を秘めた展望がこれほど多くの分野で開けているのに、独創性を(最終的には)利益につなげる機が熟した新境地を自分のものにしようと起業家や投資家が先を争って走りだす事態になっていないことに、筆者は驚いている。

このジレンマに対する答えの端緒をつかむには、前述のような最先端分野に参入するための必要条件を理解しなければならない。

われわれはこれまで、高校や大学の中退者がPHPスクリプトからソーシャルネットワークをハッキングしたり、地元のパソコンマニア仲間から手に入れたパーツで自作コンピュータを組み立てたりしてスタートアップを立ち上げる世代を見てきた。一方で、電気工学や生物学、あるいはイノベーションの源泉となる他の科学・工学分野の博士号(PhD)を必要とするスタートアップが創業されるところも見てきた。

そして今、われわれの前には、「1つの分野のみならず、同時に2つ(場合によってはそれ以上の数)の分野を究めないと実現できないアイデア」という新たな障壁が迫りつつある。

合成生物学と医薬品開発の未来を例にとって考えてみよう。潤沢な資金をかけて研究された結果をまとめて高い評価を受けているある論文は、機械学習と生物学・医学を横断的に組み合わせて次世代の薬品治療法および臨床治療法を開発できるとしている。データセットが整っており、患者もその治療法を受け入れる用意ができている中で、従来の方法で治療法の新たな候補を探すのはまったく時代遅れに思える。最新のアルゴリズムによってより計画的かつ自動的なアプローチが可能になっているからだ。

このような場合に意義ある進歩をわずかでも遂げるには、それぞれが非常に奥深く、互いにまったく異なる2つの分野に関する膨大な知識が必要とされる。AIと生物学の領域は途方もなく複雑で、とてつもない速度で進歩する。さらに、研究者と創業者があっという間に知識の限界に到達する分野でもある。いくら想像力をたくましくしても、これらは「解決済み」の分野ではなく、ある問題について「誰も本当のところはわからない」という答えにすぐ達してしまうことも珍しくはない。

これこそ、昨今のスタートアップが直面する「デュアル博士号(異分野融合)」の問題だ。誤解のないように言うと、これは資格の問題でもなければ、大学院を卒業したかどうかの問題でもない。これは、その学位によって象徴される知識と、次世代のソリューションを創出するのに2つのまったく異なる分野についてそれだけ高レベルの知識が必要とされるのはなぜか、という問題である。

おっと、怒ってわめき出す前に、「チーム」について少し話そう。適切な専門知識を持つ人が集まってチームになればこれらの問題を解決できる、という言い分は筋が通っている。1人の創業者が生物学とAI、あるいは暗号学と経済学、またはコンピュータビジョンとモビリティハードウェアなど、同時に2つの分野の専門家である必要はない。イノベーションを実現したいなら適切な人材をチームに入れればよいだけの話だ。

確かにそれは真実である。そして、そのような分野に属する多くの企業が「チーム」を組むという方法でプロジェクトを進めていることも事実だ。

しかし今、まさしくそのことがイノベーションのさらなる推進を阻害しているようにも思える。昨今のスタートアップの社内では、生物学者がウェットラボについて話しているかと思えば、そのすぐ近くでAI専門家がGPT-3(大規模言語AI)について熱く語っていて、彼らの主張について暗号技術の専門家が証券弁護士と交渉を進めている、というような光景が見られる。そして、それぞれの分野についてお互いが理解するためには、かなり高度な翻訳が常時行われなければならない。その翻訳が、新たなスタートアップの設立に必要な異分野の融合を阻む(おそらく大きな)原因になっていると思われる。

複数の領域が同時に必要とされる事例として、新型コロナウイルス感染症への対策ほど大規模でわかりやすい例はないかもしれない。数多くの専門性が同時に必要とされるという意味でもっとも手ごわいのはおそらく疫学と公衆衛生の分野だろう。同感染症の病因を理解するには医学と人間生理学に精通していなければならず、人間が個人および集団としてどのように関わり合うかを理解するには社会科学の知識が必要とされ、さまざまな予防薬が経済および公共政策に及ぼす影響を理解して初めてどのような代償がともなうかを把握でき、最後に、データモデルの読み取りと理解およびその正確な構築には統計学の習得も必要である。

これらすべてが同時に必要とされるのである。必要とされるこれだけ多くのスキルをすべて持つ人は皆無に近いのだから、コンセンサスが醸成されないのも当然だ。

チーム型のアプローチがうまくいかないと考えられる理由は、チーム内の他の専門性が持つ制約を理解すると同時に、何が真の障壁となっているか、破っても問題ないルールがあるのかどうかを見きわめられるくらいチーム全体の機微を感じ取る能力が各人に必要とされるからだ。テック素人のプロジェクトマネジャーがAI製品のプロジェクトを取り仕切ることはできない(「それは単にTensorFlowを使えばいいだけの話じゃないの」などと言い出しかねない)。あるアイデアが腑に落ちない理由をお互いに語り続けるような相性が合わない専門家が協力して会社を興すことも、それと同じくらい無理な話なのである。

われわれはこの種の認知的挑戦に慣れていない。ソフトウェアが社会の隅々まで普及したせいで、その他のあらゆる分野においては人間の取り組みを始めることすら猛烈に難しいということをわれわれは忘れがちだ。何せ今は、中学生が(インターネットから誰でも簡単に入手できるリソースを使って学習した)数行のコードと、新規ユーザーでもすぐに習得して使えるよう設計された簡単なクラウドインフラストラクチャツールを使って、何百万人ものユーザーに対応する規模までスケール可能なウェブサービスを構築して展開できる時代である。

同じことを、ロケット工学、製薬分野、自律運転車、はたまた先駆者が来るのを待っている手付かずの他の未開分野でできるだろうか。

世界がさらに進歩していくには、より多くの分野を融合させ、多くの人々が必要な知識をより迅速かつ早期に学習できるようにすることが必要だ。25年間の学生生活の後、中年40歳で卒業してやっとそれらの分野を融合させる興味深いプロジェクトを始めるまでなど、待つことはできない。イノベーションがまだ実現していない欠落分野が発展できるようスリップストリームを作り出す必要がある。

そうしなければ、「参入障壁がまったくない中で〇〇アプリの第30世代を開発しました」なんていう現在と同じパターンを、今後もずっと目にし続けることになる。それでは進歩は望めない。

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タグ:コラム

窮地の留学生を支援するテックコミュニティ「CFGI」

本稿の著者であるソフィー・アルコーンは、シリコンバレーにあるAlcorn Immigration Lawの創立者であり、2019年Global Law Expertsアワードの「カリフォルニア州アントレプレナー移民サービス年間最優秀法律事務所」を受賞している。アルコーン氏は、人生を広げる企業やチャンスに出会えるよう人々を助ける活動を行っている。

筆者は、2020年の初め頃からExtra Crunchに毎週「Dear Sophie」というコラム記事を投稿するというすばらしい機会に恵まれている。このコラム記事のアイデアがひらめいたのは昨年12月、TechCrunch Disruptでの講演を終えてベイエリアに戻った日だった。髪をとかしていた時に、ふとこのアイデアが浮かんできたのを覚えている。具体的な形はまだはっきりしなかったのに、筆者はこのアイデアのイメージがすでに心の中で段々と膨らんでいくのを感じた。

この3年半は、移民たちと移民弁護士にとって地獄のような日々だった。思いやりの気持ちを持つ多くの移民審査官もおそらく同じように感じてきたに違いない。政府と移民はある種の虐待関係にある。つまり、政府からひどい扱いを受け続けている移民は、完全に無力で、投票権を持たないため発言権もない。多くの移民たちは、口を開いて何かを言ったら報復を受けて本国送還されるかもしれないという恐れの中で生きている。今こそ新しいパラダイムが必要だ。

米国では、領事館の閉鎖、H-1Bビザの停止に続き、先週、高度なスキルを持つ移民にさらなる追い打ちをかけるような動きがあった。新型コロナウイルス感染症の影響で高等教育機関において全課程がオンライン授業となる留学生数十万人について、本国送還になる可能性が高くなるとの発表があったのだ。

ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学、ジョンズホプキンス大学などがこの措置に対して訴えを起こしており、学生たちの在籍登録を維持できるように資格コースを提供するプログラムもいくつか開設されているが、時間は押し迫っている。そのため、筆者が経営する法律事務所には現在、国内外を問わず、米国内に合法的にとどまる方法を模索する留学生からの依頼が殺到している。

また、実習ビザのOPTやSTEM OPTでの就労許可によって米国にそのまま滞在できるよう就職先を必死で探している学生たちもいる。最近多くの大学院生が利用しているH-1Bなどの就労ビザも停止される予定だ。多くの学生はこれまで何年間も本国送還になることを恐れてきたが、それが今、現実の問題となっている。

どうして本国に帰るのがそれほど難しいのだろうか。考えてみてほしい。移民も人間だ。あなたの友人や隣人でもある。あなたと同じなのだ。一部の大学院留学生は、最先端の研究のために10年近く米国に滞在しており、この地に根を下ろしている。妊娠している場合や米国国籍の子どもがいる場合もあるだろう。言うまでもなく、これまで何十年も働いてきていて、これから高給の仕事に就ける可能性がある者もいる。

さらに、このパンデミックの最中、国際線で米国を離れれば、途中で新型コロナウイルスに感染する危険もある。その上、本国が帰国者をすぐに受け入れていない場合もある。また、帰国する学生たちは、途方もなく高額な航空券を買うために長い順番待ちをする羽目になるかもしれない。そのため、米国および世界中の多くの留学生、家族、大学関係者たちが戦々恐々としている。

多くの移民たちが最善を尽くしているが、それでも、現政権下では果てしなく無駄なことをしているように思えてくる。いくら頑張っても不利な状況がたたみかけてくるため、きりがないからだ。

筆者は先週ずっと、Zoomに殺到する問い合わせを処理していた。「今、地獄にいる気分だ」と話す優秀なユーザーエクスペリエンスデザイナー、「米国は博士号を取得しても採用してくれない唯一の国だよ」と嘆く博士号修了者、自分のためにではなく、自分が創業した会社の全従業員とその家族を失望させないために特殊能力ビザが必要だと訴える才能豊かな女性実業家などからの問い合わせだった。

しかし同時に、何度も希望の光を目にしたし、私のクライアントに自分で決定するチャンスが与えられた場面を見ることもできた。また私自身も、移民はさまざまな選択肢、手段、戦略、希望を持つことができることを重要人物に伝える数多くの機会を持つことができた。

最も感動的だったのは、留学生や大学院生がビザを取得できるようサポートするためにスポンサーになることを申し出る経営者たちが次々と現れたことだ。これが5年前であれば、ビザ取得のためのスポンサーは単なる日常業務として必要なことで、予測可能かつ安全で障害もなく、大量の申請業務をただこなせばいいだけの仕事だった。それが今、団結して共に問題に立ち向かうために留学生のスポンサーになろうと意欲に燃える米国企業の経営者がいることに、筆者はとても感動している。これはとても勇気ある行為だと思う。

先週、あまりにも感動して涙が出そうになった出来事があった。筆者はその日、小学生の子どもたちを寝かしつけた後の夜遅い時間に仕方なくメイクアップをしていた。YouTubeライブ配信を行うためだ。そして、目をしょぼつかせながらF-1ビザの停止について留学生向けに長々と40分も説明するYouTubeライブ配信を行った。実はLinkedInで「In Sophie We Trust(ソフィアだけが頼りだ)」と何度も言われて、このライブ配信を引き受けたのだった(ちなみにこのスローガンのことはあまり気にしないでくださいね!)。ライブ配信中、Pranos.ai(プラノス)の創業者であるDavid Valverde(デイビッド・バルベルデ)氏から次のようなコメントが届いた。「私も留学生でした。私が創業したスタートアップは今、急成長しています。このスタートアップで留学生向けの求人を検討することを約束します」。

その週、デイビッドとはずっとLinkedInで連絡を取り合い、求職中のテック系留学生が途方にくれて連絡してくるたびに、私はデイビッドを紹介していた。金曜日になってようやくオンラインで話せた私たちは、この週末は自主的に2日半の「社会貢献ハッカソン」をやったらどうか、なんて互いにけしかけ合ったりした。

さて、その週末にはたしてどんな成果をあげることができたのだろうか。私たちは、Community for Global Innovation(CFGI)を発表する運びとなった。これは、世界中の企業と個人が留学生たちを支援し、誰もが成功する機会を与えられる資格があるという信念を実践するための取り組みだ。

CFGIには、一流のスタートアップ企業、VC、プロフェッショナル、非営利団体、留学生、大学院生などが参加している。私たちはこの取り組みを通して、留学生を支援し、現状を社会で広く認知してもらい、変化を起こすことを心に固く決意している。

このプラットフォームでは、どの企業も「あなたが留学生でも何の問題もない。当社のチームでは、すべての人にチャンスがある」というCFGIの誓いを立てて留学生を支援することになっている。

CFGIは米国有数の非営利団体Welcoming America(ウェルカミング・アメリカ)とも連携して、移民およびすべての在住者が米国で平等な機会を得られるようにするための寄付を受け付けている。

また、ボランティア、企業からの寄付金、コミュニティメンバー(今こそ体験を語るべき時だと感じているスタートアップの移民創業者など)による支援も積極的に募集中だ。

移民弁護士の娘そして移民として育った筆者は、イノベーションは本当にどこからでも生まれることを知っている。イノベーションにはダイバーシティが不可欠だ。

私たちが毎日利用しているテクノロジーの中には、自国を離れて新しい人生を始める勇気を持った人たち、つまり移民によって発明、創造されものが数多くある。グローバルにつながった経済へと移行する中で、こうしたテクノロジーにより世界中で継続的に雇用が生み出されており、私たちすべてがそれから恩恵を受けている。

人生はゼロサム・ゲームではない。多くの人が協力して1人の人を支え成功に導くことで、すべての人に利益がもたらされる。

すべての人はチャンスを与えられるべきである。

CFGI設立がきっかけでデイビッドの活動を知って、筆者は本当に感動した。そして、他の人がデイビッドの事業に貢献するのを見てワクワクしている。デイビッドの会社プラノスは、あらゆる窓を透明なデジタルHDディスプレイに変えてしまう革新的なマスメディアプラットフォームを開発している。彼は言う。

「特にアーリーステージのテクノロジー企業の場合、新しく採用する人すべてが会社の運命に大きな影響を与える。創業初期の段階で高度なスキルを備えたトップレベルの人材を採用することは、ギグ・エコノミーが拡大する中、プラノスが数百万とは言わないまでも数十万の仕事を世界中に創出するのに欠かせない条件となる」。

プラノスは、CFGI の誓いを立てた最初の会社となった。同社はすべての候補者に門戸を開き、在留資格に関係なく、その人の実績に基づいて採用を検討する。デイビッドは多様性のあるチームを作り、留学生たちを支援することに誇りを持っている。

Image Credits: pranos.ai

ここで、筆者が移民や留学生にここまで肩入れする理由について話しておきたい。

社会の「アウトサイダー」になるのがどういうことなのか、筆者はよく知っている。筆者はロースクールを卒業してすぐ移民弁護士として開業したが、2人の子どもの世話をするために何年間も仕事から離れていた。

産後うつを経験し、メンターでもあり友人でもあった父を突然亡くしてからは、あらゆる厄介ごとが雪だるま式に膨らんで襲ってきて、結婚生活も破綻した。プロフェッショナルの人脈を持たないシングルマザーがシリコンバレーで生き残れる方法なんてあるのだろうか、と考えていた。

さらに、劣等感や自信のなさによって自分が核心から大きく揺らぐのを感じた。また、起業したいとは思ったが、「コーディングについて何も知らない」等、起業できない理由ばかりを考えていた。

そこでまず、他の人に役立つことを何かやってみることに決めた。自宅のキッチンで移民法律事務所を開業し、クライアントとは、マウンテンビューのダウンタウン、カストロ通り(今はアパートが立ち並んでいる)にあるカフェPeet’s(ピーツ)で会うことにした。

そして、性別による迫害や家庭内暴力を経験してきた移民で、本国送還に直面している人たちに無料の移民サービスを提供し始めた。「他の人たちを支援することならできるのではないか」と考えたのだ。

しかし、自分ではまったく気づいていなかったが、実際はクライアントのほうが私を支えてくれていたのだった。おかげで、自分を信じて新しい人生を創り上げることができた。筆者は、移民たちが持つ驚くべき勇気と、自分の夢を追いかける勇気を持つ人たちの気概と粘り強さからエネルギーをもらっている。

困難なことはいろいろあったが、これまで「Dear Sophie」を通じて、情報や知識を広く伝えることができたことを、うれしく思っている。

そして今、CFGIを開設できた。企業はCFGIの誓いを立てることにより、純粋に実績に基づいて採否を判断していることを示せる。そのため、世界中の優秀な人材を引きつけることができるだろう。

次に何が起こるのか、楽しみで仕方がない。

一丸となって自らの隣人を愛し支援している皆さんに、この場を借りて心からの感謝を伝えたいと思う。宇宙から見れば青く美しい小さな点である地球の上では、皆が隣人である。地図にはいわば「壁」のように人々を分かつ境界線が描かれている。しかしその壁は、人間の精神、愛、思考、そしてウイルスさえも遮ることはできないことを私たちは痛感している。

世界は多くの困難とチャンスであふれている。移民を支援するこの戦いは、社会全体から見ればささやかな試みであることはわかっているが、もう元に戻ることはできないし、そのつもりもない。

シリコンバレーで生きていける私たちは、自分たちがいかに恵まれているかを認識している。未来はここから創られる。ここにはアイデアをすぐに実現できる環境がある。ここでは、頭で考えたことがあっという間に形になり、現実となる。

ここでは、皆が互いを対等に扱う。困難をチャンスだと考えて探し求める。そして、1つのことに集中する1人の人には、そうでない人が百万人集まってもかなわないパワーがあることを知っている。イノベーションはどこからでも生まれ、たった1人が世界を変える場合があることもわかっている。

サンアンドレアス断層と荒波の太平洋にはさまれた「シリコンバレー」という最先端の開拓前線で、私たちは今、以下のことを宣言したい。

私たちは、誰もが成功するチャンスを与えられるべきであると信じている。まずは力を合わせて、移民留学生と大学院生を、CFGIを通じて支援することから始めよう。1人を救うことがすべての人を救うことにつながる。この活動が勢いを増せば、移民拘置所の子どもたち、亡命希望者、不法移民者の子どもたち、そしてチャンスを与えられる資格のあるすべての人たちを支援できるようになるだろう。

なぜなら、神のご加護がなければ、自分が彼らの立場にいたかもしれないのだから。

CFGIの活動をこうして発表できることをうれしく思う。繰り返すが、人生はゼロサム・ゲームではない。皆が一丸となって1人を支援できれば、その波が広がって、すべての人が恩恵を受けることになる。

CFGIを通じて移民留学生に支援の手を。

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カテゴリー:パブリック / ダイバーシティ

タグ:コラム 移民

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(翻訳:Dragonfly)

新たな学校

編集部注:本稿を執筆したJoe Apprendi(ジョー・アプレンディ)氏はRevel Partners(レベルパートナーズ)の創設者兼ジェネラル・パートナーである。

COVID-19により高等教育に変化が起きている。しかし、これはCOVID-19に対処するための大学による単なる「遠隔授業への移行」にとどまらない。今起こっている変化は全体的、かつ変革的で、長い間待たれていたことである。これらの変化は採用、訓練、そして最終的には雇用者が企業のための人材をどう見い出すかにも及ぶだろう。この変化は高等教育の性質そのものをも変容させると考えられる。

職を得ようとする場合、COVID-19以前には、伝統的な教育ルートを経るのが普通だった。高校から大学へ、そして時には大学院へと進む。これらのほとんどがキャンパス環境で行われ、そこで学生は自分が誰であるかだけでなく、何をしたいのか、誰としたいのかを模索した。このルートの存在により、企業は特定の技能や文化的適合性など、将来の従業員となるべき人物にどのように手をかけ訓練するかを決定する確立された教育モデルに対応する必要があり、すべてを適正な人材を判断する取り組みの中で行う必要があった。

このモデルは年月の経過とともに肥大化し、それを支える教育業界は、2030年までに世界で10兆ドル(約1070兆円)規模になると予測されているが、この10年間でテクノロジー主導の変化に対しますます脆弱になっている。この変化が古い体制の教育業界を小売から物流、不動産に至るまで全般的に混乱させているのだ。

ニューヨーク大学スターンビジネススクールでマーケティングの教授を務めるScott Galloway(スコット・ギャロウェイ)氏は5月下旬CNNに対し「大学は報いを受けています」と語った。「私たちは1400%の値上げをしてきましたが、イノベーションを見れば…今の教室に入ってみればおわかりいただけると思いますが、その見た目や雰囲気、印象は40年前と大きく変化していないのです」。

ギャロウェイ氏はさらに4月に投稿したブログ記事の中で、COVID-19により大学間で淘汰が起こると予測した。小売業界における撤退は2019年には9500件であったが、2020年には1万5000件以上と大幅に増加した。これと同様、コロナウイルスの影響から立ち直ることができない大学が、数百とはいかないまでも数十の規模で出る可能性が高い。彼はまた過去数十年で初めて四年制大学への願書数が減少し始めその傾向は続くだろうと予測した。

ライブビデオコースマーケットプレイスのJolt Inc.(ジョルト)の共同創設者兼CEOであるRoei Deutsch(ロエイ・ドイチュ)氏はポッドキャスト「Coffee Break」での講演中に「高等教育世界への打撃は必然的に起こりました」と語った。「学生が得るものと支払うコストが釣り合わない、高等教育バブルが起きています。コロナウイルス禍でこのバブルの崩壊が始まっているのです」。

ウイルスは高等教育に必要とされていた変革を早める可能性がある一方、従来の高等教育に代わる別の選択肢を生み出すスタートアップにもチャンスを生み出すだろう。ただし、多くの他の分野でそうであるように、主にグローバル企業内でCOVID-19は急進的な変化を引き起こす力としてよりも、舞台裏で既に起きていた動きを加速する形で作用している。

過去10年に渡り大企業に様々なテクノロジーが急速に普及するにつれ、企業の人材開発(L&D)の重要性が増してきている。グローバル企業のeラーニング市場は、2022年までに年間平均13%の成長率で300億ドル(約3兆2000億円)まで成長すると推定されている。この成長の大部分は、実際に必要な技能と労働者の能力とを一致させる重要性が増したことによるものである。

人材開発で企業に主に利用されている製品は、学習体験プラットフォーム(LXP)や学習管理システム (LMS)である。これらは、従業員の学習活動を監視、追跡、管理するのに使用され、通常は、デジタル化されたオンラインカタログの形でサービスが提供される。学習用ソフトウェアは主に、よりパーソナライズされた学習体験を提供し、様々なソースから学習内容を組み合わせることでユーザーが新しい学習機会を発見できるように設計されている。またAIを使ってデスクトップアプリ、モバイル学習アプリなど、複数のデジタルタッチポイントに学習コンテンツを推奨および配信している。

重要なのは、まさにこれらのオンライン教育ツールが、COVID-19への対処法を探す多くの大学に採用され始めていることである。この事実がこれらのアプリ、ツール、プラットフォームへの考え方を変革するのに役立つだろう。これらのツールを既に採用していた企業は今、その可能性を再考しているところである。この先どうなるかを見通すのに多くの想像力は必要ない。

組織内の新しい、あるいは拡大された役割にふさわしい人材を継続的に育てるために訓練学校やLMSシステムを構築する代わりに、企業は今、採用プロセス(ファネル)の初期段階、つまり高等教育が始まる時点にターゲットを絞っている。COVID-19により大学生活が変容したことで、企業がそのファネルへどのように参加するかを再評価する可能性が開かれたのだ。グローバル企業が大学に匹敵する体験を提供する可能性が突然現実的なものになっている。

これらの既存の教育およびトレーニングプラットフォームを活用して、企業に特化したカリキュラムを作成することを想像してみよう。大学の閉鎖で職を離れた教授たちが、ギグワーク的な形でオンラインで授業を行うことができるだろう。彼らは企業のニーズに特化したカリキュラムをデザインする。

これらの企業主導の新たなオンライン大学システムは人々を学業成績や文化的調和の観点から精査し、誰を教育するか、そして究極的には誰を採用するかを決定する。そして、そのすべてで学生を直接彼ら自身のシステムで受け入れる。現在もこうした大学システムは存在している。例えば米国のNaval Academy (海軍士官学校)のようなシステムである。このシステムでは授業料が無料であるかわりに、学生は卒業後一定期間海軍で勤務する義務を負う。大学とグローバル企業が融合した一種の営利型ハイブリッドモデルが現れるかもしれないと考える人もいる。

ギャロウェイ氏は提案する。「MITとGoogleが共同でSTEMの2年間の学位を提供するということもありえます。10万人の学生が授業料10万ドル(約1070万円)(特別価格である)でMIT/Googleのコースを取れば、年間50億ドル(約5300億円)(2年のプログラムである)がもたらされます… これはMITとGoogleに匹敵するマージンです。Bocconi/Apple、Carnegie Mellon/Amazon、UCLA/Netflix、Berkeley/Microsoftなど…いろいろな組み合わせが考えられます」。

抜本的変革への準備が整っているのは高等教育だけではない。新型コロナウイルスの大流行でその全体規模が21%低減すると予測されている米国の人材派遣およびリクルート市場は、 運営方法の面で変化する可能性がある。企業はこれまでのように大学で採用活動を行ったり、これらの旧式なシステムから新入社員を特定するために必要なツールやプラットフォーム、そしてリソースを使用する必要がなくなるだろう。こうして彼らは自社のニーズを完璧に満たすよう教育された社員へのダイレクトなファネルを持つことになるのだ。これにより企業は社内で新たな利益を生み出すことができるだけでなく、費用のかさむ非効率的な社員探しのプロセス(今日の採用モデルのほとんどがそうである)を回避することができる。費用の節減もわずかなものではない。

米国労働省によると、採用に失敗した場合にかかるコストは、その従業員の初年度の収入の最大30%に達する可能性がある。Undercover Recruiter(アンダーカバー・リクルーター)は採用に失敗した場合、企業は、採用、報酬、保持に関連した費用24万ドル(約2570万円)を支払うことになると見ている。CareerBuilder(キャリア・ビルダー)によると、ある調査で、不適切な人物を採用したと認めた企業の74%が個々の採用の失敗に対し平均1万4900ドル(約1600万円)の損失を出していることが明らかになった。

また学生側には付随的なメリットがある。高等教育にかかる費用はここ何十年にも渡って急騰しており、学生の負債は許容できないレベルに達しているにもかかわらず、学位をとったことで得られる収入は減少しているのだ。転換点は間近に迫っている:ある研究では、卒業生数が増えるにつれて、大学の学位の価値が下がっていることが示された。サハラ以南のアフリカ (ここでは学位は比較的希少である) では、学位を取ることで収入が20%増加する。スカンジナビア (成人の40%が学位を持つ) では、このパーセンテージは9%まで低下する。

これらの新たな企業固有の大学システムであれば、教育へ投じたすべての資金が実際に活かされ目に見えるROIが得られる。不安定な経済状況においては、卒業と同時によい収入が得られる特定の仕事が保証されていることは、極めて重要である。大学の授業料が法外なものになるに連れ、大学側はその額を正当化するのが難しくなるだろう。Google、Twitter、Microsoftへ直接人材を送り込むオンライン教育システムが併存する場合は特にである。そうしたオンライン教育が、多くの学生にとって魅力的であることが証明される可能性が高い。

COVID-19の高等教育に関連した二次的影響はまだはっきりしていないが、こうではないかと想定される状況が現れ始めている。誰を対象にいつどのように採用活動を行うのか、変革が必要な可能性がある。企業からのデジタル教育やデジタルトレーニングの要求が着実に増加する中、これらの要求をサポートしてきた急成長中の業界が、一夜にして変化を遂げ飛躍的に成長する可能性がある。学生は負債を半額に抑え、雇用に向けた明確な道筋を持てるようになる。最終的にどうなるにしても、待ち構えている変化は大学側にとって決して愉快なものではない。

「私は、大学は大変な危険にさらされており、COVID-19による打撃を受けると考えています」とギャロウェイ氏はCNNに対し語った。「10万ドル(約1070万円)を請求し90ポイント以上のマージンを取っている業界が他にあるか考えてみてください。希少な癌の治療薬を扱う製薬会社以外に、それほどのマージンが得られる製品が他にあるでしょうか?率直に言って、私たちはこれをやってきました」。

ある種の変化が起こるのは確実と思われるが、教育におけるパラダイムがシフトすることが良いことかどうかはそれほど確実ではない。ソフトウェアやテクノロジーによって破壊された業界の多くと同じく、テクノロジーによって市場効率が促進される中、莫大な価値が何百万という消費者に流れ込むだろう。消滅、あるいは変容する仕事がある一方、物事を進めていくための新しいやり方に適った仕事が新たに生み出されるだろう。より多くの富と力がFAANGの元に流れ込む状況で、主要なグローバル企業およびテクノロジー企業はこの変革から最大の利益を得る立場にある。

キャンパスベースの教養教育の特徴である知的発見、文化的評価、個人の成長といったものが、狭く定義された職業技能や企業効率の追求に置き換わるに連れ、高等教育における優先順位も再形成される。グローバル企業の高等教育への進出は、我々の人々に対する教育、採用、訓練の仕方を変えるだけでなく、高等教育についての根本的な捉え方や評価の仕方も変えることになるだろう。

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カテゴリー:EdTech

タグ:コラム 教育

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(翻訳:Dragonfly)

コロナ禍と社会動乱の同時発生によってはっきりしたAI規制の必要性

編集部注:Newman(ニューマン)氏は、Baker MacKenzie(ベーカーマッケンジー)の北米企業秘密部門を率いている弁護士です。本記事に掲載されている見解や意見はニューマン氏個人のものです。

筆者は、イノベーションを推進しつつ公衆の衛生と安全を保護するためのAI規制を長年にわたり提唱してきた者として、筆者が提案し現在は下院の討議用草案となっている「Section 102(b) of The Artificial Intelligence Data Protection Act(人工知能データ保護法第102(b)条)」法案を、米国連邦議会が超党派で成立させるのをこれ以上遅らせるべきではないと考えている。この第102(b)条で規定されるAIの倫理的使用に関する法令は、いわば防護柵として、個人の尊厳を守るためになくてはならないものだ。

人工知能データ保護法第102(b)条とはどのような法律なのだろうか。また、連邦政府がこの法案を早急に成立させる必要があるのはなぜなのだろうか。

これらの質問に答えるには、まず、我々の民主主義社会が2つの脅威に同時に直面するという歴史上まれな状況の中で人工知能(AI)がどのように使われているかを理解することが必要である。それを理解して初めて、AIが個人の尊厳に対してどのようにリスクとなるのかを認識し、米国市民が大切にしている自由を守り社会の基盤を支えるうえで前述の第102(b)条が非常に重要な措置の1つであることを理解できる。

米国では今、人種差別と警官による暴力行為を終わらせようと大規模な抗議活動が行われており、それと同時に、死をもたらす新型コロナウイルス感染症のパンデミックを鎮めようと苦戦する中で社会不安が高まっている。この二重の危機のいずれの場合においても―さらには生活のすべての側面において―我々がそれに気づいているかどうか、あるいは同意しているかどうかに関わらず、個人に関する重要な決定を下すために政府や民間組織によってAI技術が導入されている。多くの場合、AIは社会を補助する役割を担い、我々が新しい日常にできるだけ早く順応できるように助けるものとして利用されている。

しかし、これまで政策立案者たちは全体的に、AIの利用が公衆の衛生と安全に及ぼす深刻なリスクを見て見ぬふりをしてきた。今までAIといえば、そのアルゴリズムのトレーニングに使われるデータセットの公平性、偏見の有無、透明性が注目されることがほとんどだった。確かに、アルゴリズムに偏見が入り込んでいることには疑いの余地がない。雇用や融資の現場を見れば、女性や民族的少数派が不公平な方法で排除されているケースを目撃するのは簡単だ。

我々はまた、AIが想定外かつ、時には説明不能でさえある結論をデータから導き出すのを見てきた。一例として、裁判官が非暴力事件の被告に公明正大な判決を下すのをサポートする目的で導入された再犯予測アルゴリズムに関する最近の事例について考えてみよう。理由はまだ明らかにされていないが、そのアルゴリズムでは23歳より若い被告に対してより高いリスク点数が算出され、その結果、収監回数がより多い23歳以上の犯罪者よりも実刑期間が12%長くなり、収監期間も再犯予測率も軽減されなかった。

しかし、米国が直面している二重の危機は、往々にして見過ごされてきた別のもっと厄介な問題を浮き彫りにした。それは、AIアルゴリズムが正常に機能した場合でも、その結果に対して社会が倫理的な観点から不快に感じる場合にはどのように対処すべきなのか、という問題である。AIの主な目的は、正確な予測データを算出することにより、人間が決定を下す際の判断根拠を提供することである。政策立案者は今こそ、「AIで何ができるか」ではなく「AIがすべきではないこと」について措置を講じるべきだ。

政府や民間企業は、個人データを果てしなく集め続けている。現在、AIアルゴリズムは米国を含め世界中で、我々すべてに関するあらゆる種類のデータを正確に収集、分析するために利用されている。例えば、群衆の中から顔認識でデモ参加者を監視したり、一般市民が適切なソーシャルディスタンシングを守っているかどうかを判別したりするのにAIが使われている。また、接触者追跡のために携帯電話のデータが収集されており、特定の地域における新型コロナウイルスの感染状況や、抗議デモの場所、規模、暴徒化の有無を予測するために、公開されたソーシャルメディアのデータが収集されている。さらに、マスク着用や高熱の有無を分析するためのデータがドローンを使って集められていることや、入院している新型コロナウイルス感染症患者の重症化の可能性を予測するために個人の健康情報データが集められていることも忘れてはならない。

これだけの量の個人データをこれほど大規模に収集して分析するのは、AIを使わなければ不可能だ。

治安を維持し壊滅的なパンデミックを抑え込むためという大義名分の下でAIを使って携帯電話のデータ、社会的な行動、健康記録、移動パターン、ソーシャルメディアの投稿内容をはじめとする多数の個人データセットにアクセスして個人のプロフィールを把握できるということはすなわち、さまざまな政府系の機関や法人が我々にとって最もプライベートな個性、政治観、社交関係、社会的行動について恐ろしいほど正確に予測し得ること、また現実にそうなることを意味している。

このまま何の規制も課されなければ、AIがはじき出した分析結果のデータが、法執行機関、雇用者、家主、医師、保険会社をはじめ、その種のデータを収集あるいは購入し得るあらゆる個人、民間企業、政府機関によって個人に関する予測的な判断を下すために利用され、判断根拠になった予測が正確かどうかに関わりなく、その判断結果が個人の生活に影響を及ぼし、自由民主主義の根幹を揺るがすことになる。雇用の現場において面接、採用、昇進、解雇の対象者を選ぶ際にAIが果たす役割はかつてなく大きくなっており、拡大し続けている。刑事司法の分野では、収監対象者や判決内容を決めるためにAIが使われている。その他の場面でも、例えば自宅への訪問者に対する防犯チェックや、病院で特定の治療を制限すること、融資申請の却下、ソーシャルディスタンシング規制に違反した場合の罰則などにもAIが関わっている。

AIに関する規制に乗り気でない人々は、上記のような懸念を単なる仮説で大げさすぎる話として片付けてしまいがちだ。しかし、ほんの数週間前、ミシガン州に住む黒人男性のRobert Williams(ロバート・ウィリアムズ)氏が、AI顔認識のミスによって誤認逮捕されるという事件が起きた。報道や米国自由人権協会(ACLU)のプレスリリースによると、デトロイト警察はウィリアムズ氏の自宅の前庭、妻と恐怖に震える2歳と5歳の娘たちの目の前で、同氏に手錠をかけたという。警察は同氏を自宅から40分ほど離れた拘置所に連行し、一晩収容した。次の日の午後に行われた取り調べで警察官が「コンピュータの顔認識が間違っていた」と認め、同氏はやっと釈放された―この時、逮捕から約30時間が過ぎていた。

この事件はAIによる顔認識のミスが無実の市民の逮捕につながった最初の事例として広く知られることになったが、このような事件はこれからも起きるだろう。今回の事件では、法執行機関による逮捕という、国民に大きな影響を与える重大な決定を下す際にAIが主要な根拠として使われた。我々はここで、AIの顔認識が間違った人間を特定して、その人の自由を奪ったという事実だけに注目すべきではない。AIが特定の重大な決定を下す際の根拠として使われるべきでない状況を特定して、そのような状況ではたとえAIの分析結果が正しいとしてもAIの使用を禁止しなければならない。

民主主義社会に住む者として、我々は、考えたが実行しなかった犯罪のせいで逮捕されたり、最終的に必ず死に至ると分かっている病気の治療を拒否されたりすることについて、ウィリアムズ氏の誤認逮捕事件と同じくらい不快に感じることだろう。個人の自由を守るために、いわばAIの「飛行禁止区域」を設ける必要がある。ある種の重大な決定が人工知能のアルゴリズムによってはじき出された予測結果のみに依存して下されることを絶対に許してはならない。

もう少し明確に言うと、AIにインプットしたデータにも、それに基づいてアウトプットされた結果にもまったく偏見が含まれておらず、透明性と正確性にもまったく問題がないことに、関係するすべての専門家が同意している場合であっても、それをどんな形であれ予測的あるいは実質的決定に使うことを禁止する法令を設けなければならない、ということだ。確かにこれは、数学的な正確さを追求するこの世界にはそぐわないかもしれないが、それでも必要なのである。

人工知能データ保護法第102(b)条は、AIが正確な結果を算出した場合と不正確な結果を算出した場合のどちらのシナリオにおいても適切かつ合理的にデータを保護できる規制である。具体的には次の2つの方法でデータを保護する。

第一に、第102(b)条では、どのような決定においてAIを根拠の全体もしくは一部とすることが禁じられるのかが具体的に指定されている。例えば、対象組織が人工知能のみに依存して決定を下すことがAIの誤用として禁止される場合について列挙されている。それには、個人の新規採用、雇用、懲戒処分、医療行為の拒否または制限、医療行為の範囲について医療保険会社が決定を下す場合などが含まれる。社会で最近生じてきた出来事に照らして考えると、AIが人種差別や保護されたマイノリティに対するハラスメントを助長するツールとして使われるリスクをさらに抑えるために、AI使用禁止対象となる分野は今後拡大していくことだろう。

第二に、第102(b)条では、AIによる分析が全面的に禁止されるわけではないその他の分野については、意思決定のプロセスにおいて必ず人間を関与させることが義務付けられている。

第102(b)条を早急に成立させることによって、立法機関は個人の生活に影響を及ぼす重大な決定が人工知能アルゴリズムによって算出される予測データのみに基づいて下されることを防ぎ、個人の尊厳を守ることができるのである。

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(翻訳:Dragonfly)