水素製造の先駆者であるVerdagy(ベルダジー、Verdeは「緑」、agyは「エネルギー」を意味する)は、エネルギー分野の戦略的投資家たちから2500万ドル(約29億円)を調達した。この資金は、複雑で環境に優しいとはいえない水素製造プロセスを、空気中に有害物質を排出しない工業的に拡張可能なソリューションに置き換えるために使用される。
工業用水素を製造する最も一般的な方法(米国で製造される水素の90%以上)は、水蒸気メタン改質(SMR)だ。つまり、メタンガス(CH4)に高圧の水蒸気(H2O)を吹き付けると、化学の神様が働いて大量の水素(ナイス!)とCO2を作り出してくれる。気候変動に関する知識があれば、CO2の排出は避けるべきものであることはご存知だろう。Toyota Mirai(トヨタ・ミライ)、Honda Clarity(ホンダ・クラリティ)、Hyundai Nexo(ヒュンダイ・ネクソ)のようなしゃれたクルマを、テールパイプからCO2の代わりに水を滴らせながら夕日に向かって走らせれば、独善的な気分になるのも無理はない。しかし、問題はある。その水素がどこから来たのかを知らなければ、CO2はクルマのテールパイプから捨てられる代わりに、どこかの大きな工場で排出されていることに気づいていない可能性があるということだ。おっと、それは困った。もちろん、CO2を回収して再利用する方法もあるが、そもそもCO2を出さない方が望ましいはずだ。そう、やはりそう思うだろう。
もう1つの主な水素の製造方法は、水の分子を分解することだ。水、つまり、H2Oは2つの水素と1つの酸素からできている。もし、この2つの原子を説得して、酸素(高校の生物化学では、酸素は良いものと習っただろう)と水素に平和的に別れさせることができれば、すばらしいことではないだろうか?ひと言でいえば、それがベルダジーのやろうとしていることだ。大型の電解槽に太陽光や風力などの再生可能エネルギーを(理想的に)接続すれば、大量の水素を作り出すことができる。水素燃料電池車のドライバーが「ドヤ顔」をするという、前述の生物学的害悪を除けば、副産物は排出されない。よりクリーンな環境にするという名目のもとであれば、筆者はその危険性を許容してもいい。
同社のイノベーションの核心は、アルカリ水電解(AWE)とプロトン交換膜(PEM)の電気分解プロセスの長所を取り入れながら、それぞれの固有の短所を排除することにある。ベルダジーは、高電流密度と広いダイナミックレンジでの動作を可能とする非常に大きな有効面積のセルを活用した、膜ベースの新しいアプローチを生み出した。それは、セルが最大効率の動作レンジを持ち、もしも大量の電気が余った場合(例えば、ソーラーアレイの発電量が産業用途や電力網で吸収できる量を超えてしまった場合など)、電気分解セルに電気を流して大量の水素を生成し、それを使用したり貯蔵したりすることができるというものだ。
「アルカリ水電解(AWE)などでは隔膜を使用しており、使用できる電流密度には物理的な限界がある。当社が行っているセルと似たような素材や構造があるかもしれないが、その場合は隔膜によって高い電流密度での動作が制限される。(プロトン交換膜)PEMは、セルが使用できる有効領域が限られている」とベルダジーのCEOである(マーティ・ニーズ)氏は同社が特許出願している技術の概要を説明する。そして「当社のセルは非常に大きく、当社の技術を再現することは非常に困難だ。セルは単一要素構造をしており、陽極と陰極、そして中央に膜がある。セルの内部構造は、特許出願中の独自のものだ。セルが実際にどのように熱を放散し、気体や液体を循環させ、どのようにセル内の循環フローを管理するか、これが他社との違いだ」と同氏は語る。
支援の申し出が殺到し、2500万ドル(約29億円)を調達した今回のラウンドは、TDK Ventures(TDKベンチャー)主導のもと、多くの投資家が参加した。その中には、2021年ベルダジーがスピンアウトしたChemetry(ケメトリー)にも出資していたKhosla Ventures(コースラ・ベンチャー)も含まれる。その他の投資家としては、石油・ガス大手のShell Ventures(シェル・ベンチャー)、エネルギー・気候変動対策投資会社のDoral Energy-Tech Ventures(ドラルエナジー・テックベンチャー)、シンガポール政府系投資会社のTemasek(テマセク)、資材商品大手のBHP(ビー・エイチ・ピー)、石油・ガス・建設・農業大手のMexichem(メキシケム)の前身であるOrbia(オルビア)などがあり、さらに多くの投資家がいるが、そのうちの何社かはTechCrunchへの掲載を控えた。
ベルダジーがスピンアウトを発表してからわずか数カ月で、これほど豪華な戦略的投資家を集めて2500万ドル(約29億円)の資金を調達できたのは、同社が行っていることの重大さとチームの質の高さを物語っている。同社の新CEOであるマーティ・ニーズ氏は、Ballard Power Systems(バラード・パワー・システムズ、PEM燃料電池を製造)の取締役、および家庭用太陽光発電のパイオニアであるSunPower(サンパワー)のCOOを9年間務め、さらにアルミニウムとシリコンのリサイクル会社であるNuvosil(ヌボシル)の創業者であるなど、すばらしい経歴を誇る。
「TDK」は元々、東京電気化学工業株式会社(Tokyo Electric Chemical Industry Co., Ltd.)の日本名の頭文字をとったものだ。TDKベンチャーズの投資ディレクター、Anil Achyuta(アニル・アチュータ)氏は「(ベルダジーのような)電気化学系の企業に投資しないで、何に投資するのか」とジョークを交えて話す。「当社のビジョンは、TDK株式会社の将来の道筋を示す企業に投資することだ。そして、電気分解、特にグリーン水素のための電気分解は、社内で戦略的に推し進めている重要な分野の1つだ。TDKは世界中に110以上の工場を持っており、それぞれの工場を脱炭素化するだけでも、当社のカーボンフットプリントを減らすことができるため、非常にエキサイティングなことだ。これらの大きな石油化学工場施設や工業用化学施設の脱炭素化を考えるということは、世界の未来に投資するということだ」と同氏は語る。
水素燃料電池車に関する筆者のつまらないジョークはさておき、同社は主に、大規模な工業団地の一部として石油精製、肥料製造、食品加工、金属合金の製造など大規模な水素アプリケーションのために、水素を産業用に使用することを重点に置いているという。水素をオンプレミスで(少なくとも短いパイプラインで供給できる距離で)製造することは、これらすべての産業にとってメリットがある。そしてベルダジーは、現在のほとんどのソリューションよりも小さなカーボンフットプリントとはるかに環境に優しいテクノロジーで水素を製造することを約束している。
画像クレジット:Verdagy
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(文:Haje Jan Kamps、翻訳:Dragonfly)