未来が「乗り物の電動化」へと向かっていることは間違いないが、乗り物の電動化とは、単に化石燃料で動くモーターをバッテリー駆動モーターに置き換えれば実現できる、というものではない。航空機の分野では特にそうだ。H3Xは、既存のどの電動モーターよりも画期的で高性能な完全一体型電動モーターで、電動航空機の実現への道のりを加速させようとしているスタートアップである。
H3Xの創業者チームはCEOのJason Sylvestre(ジェイソン・シルベスター)氏、CTOのMax Liben(マックス・ライベン)氏、COOのEric Maciolek(エリック・マシオレック)氏の3人で構成されている。彼らが出会ったのは、大学で電動自動車を製作してレースで競うカリキュラムに参加したときだった。その後、それぞれTesla(テスラ)やSpaceX(スペースエックス)をはじめとするテック企業や自動車会社で働いた3人は、米エネルギー省が高出力密度の電動モーターの性能をさらに向上させる技術に対して報奨金制度を設けたのを知り、再びチームを組んだ。
「この課題はまさに自分たちの得意分野であり、熱心に取り組みたい分野でもあった。だから、ワクワクしたよ。さまざま輸送業界が化石燃料からの脱却を目指していることに僕たちも注目している。今後数十年の間にいろいろな乗り物が電動化されて地上での二酸化炭素排出量が減少していく一方で、航空業界が世界の排出量に占める割合は増加していく。それで僕たちは、思い切って一歩踏み出すことに決めて、Y Combinator(ワイ・コンビネーター)に申し込んだんだ」とライベン氏は語る。
電動航空機は、まだ初期段階で荒削りの分野だが、突飛な発想というわけではない。実際、ドローンのような軽量飛行装置であれば現在入手できるバッテリーやモーターでもかなりの性能で飛ばせるし、水上飛行機のような軽量の電動改造機も短距離のフライトが可能だ。しかし、今のところはこの程度が電動飛行機の限界だ。
最大の問題は、とにもかくにもパワーが足りないことだ。航空機のプロペラを回して推進力を得るために必要なエネルギーは、機体の大きさと質量に比例して指数関数的に増加する。ドローンであれば数kWhの電力で飛ばせるし、軽量飛行機であれば電動自動車レベルのバッテリー数個で飛ばせる。しかし、それよりも大きい機体を飛ばすエネルギーを得るにはサイズも重量も大きいバッテリーが必要になるため、フライトの実現は難しくなる。
画像クレジット:H3X
もちろん、この状況は変えられない、というわけではない。改善するには、一般的な方法が2つある。1つはバッテリーの性能を向上させること、もう1つはモーターの性能を向上させることだ。つまり、同じ質量に貯蓄できるエネルギーを増やすか、今あるエネルギーをいかに効率的に使うか、ということである。どちらの方法も、多くの企業がこぞって取り組んでいる課題だが、H3Xは、出力密度の点で、一夜にして新たな産業が生まれるほどの飛躍的な進歩を遂げたと主張している。キログラムあたりの出力が10%か20%向上する(例えば重量50ポンド(約23kg)のモーターの出力が100馬力から120馬力になる)だけでも特筆すべきことなのだが、H3Xのモーターは競合他社より約300%も高い出力を実現したという。
いったいどうやって実現したのだろうか。そのカギは「一体化」にある、とライベン氏は説明する。それぞれの部品を見ると既存のモーターや電力装置といくらか似ている点もあるが、H3Xは効率の最大化とサイズの最小化を目指して、設計を抜本的に見直した。
電動モーターは通常、モーター本体、電力伝導装置、ギアボックスという3つのコンポーネントで構成されており、それぞれが別個の筐体に収められている場合もあるし、それぞれを別々に調達し組み合わせて使う場合もある。この3つを1つの装置にまとめられない大きな理由は温度だ。例えば、ギアボックス用の冷却装置は、モーターや電力伝導装置が発生させる温度では作動しないし、その逆もまた然りだ。3つを一緒にすると、どこかが故障したり停止したりしかねない。当然のことながら、正しく機能するために必要とする条件はそれぞれ異なるためだ。
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H3Xはこの構造を、まったく新しい完全一体型の設計によって変えようとしている。「完全一体型」とはどのような意味なのか、ライベン氏は慎重に言葉を選んで次のように説明する。
「単にインバーターボックスをモーターの上部に取り付けて『完全一体型』と言っているわけではない。すべてのコンポーネントを同じ筐体とモーターに密接に統合させて、本当の意味で完全一体型のモーターを設計している。当社の電動モーターは、同水準の出力性能を持つモーターの中で、このような設計を採用した初めてのモーターの1つだ」。
「初めてのモーターの1つ」というのは「Airbus(エアバス)が一部のパワートレインにすでに導入している」というような意味ではない。研究プロジェクトの形で製作されたものはあっても、実用化を前提に製作されたものはH3Xのモーターが初めて、という意味だ。
すべてのコンポーネントを同じ筐体に収めて商用利用が可能なレベルまで実用化する点でH3Xほど前進できた企業はこれまでになかった、と言われると「本当にそうなのか」と疑いたくなる人もいるだろう。航空業界の既存プレイヤーが何年もかけて努力してきたことを、本当にH3Xの方が先に実現したのか、と思う人もいるかもしれない。しかし、ライベン氏によると、大企業はイノベーションの速度が非常に遅く、従来の方法に投資し過ぎている一方で、中小企業は、既存の設計の中で成功したものに改良を重ね、同程度の規模の同業他社と競い合うことによってリスクを回避できる場合が多いという。「当社が現在目指している性能レベルを実現しようとしている企業は他にはない」とライベン氏はいう。
画像クレジット:H3X
しかし、H3Xは、電動モーターの性能を3倍に引き上げるたった1つの秘策を偶然に発見した、というわけではない。
「当社は、いわゆる『メイン技術』1つに依存しているわけではない。特効薬のような技術があるわけではないんだ。最新の技術を大幅に上回る(例えば、性能を50%アップさせる)ための技術改良を数か所に施し、その他の多くの部分にも性能を10〜20%程度アップさせる改良を施した。これらを組み合わせた成果が、今のH3Xの性能だ。技術的リスクの側面から見ても、このようにリスクが分散されているのはいいことだと思う」とライベン氏は説明する。
ライベン氏は、それらの技術改良について、かなり詳細にわたって説明してくれたが、本記事の読者の中に彼のような技術屋はあまりいないだろうから、ライベン氏の説明をすべて書くと、ここまで読み進めてくれた読者でさえ、ページを閉じてしまうかもしれない。ライベン氏の説明を簡単にまとめると、材料、製造、電気部品の各分野で技術改良を行い、その成果を、各部分が互いの性能を高め合い、相乗効果を生み出すような方法で組み合わせた、ということだ。
例えば、H3Xが最近改良したパワースイッチ装置は、従来よりも高い温度と負荷に対応できるため、性能向上だけでなく、冷却システムを他のコンポーネントと共有することが可能だ。冷却システムを共有する仕組み自体も、純銅3Dプリントという新技術によって改良できるため、冷却性能を向上させて他のコンポーネントと同じ筐体に収めることが可能になる。また、3Dプリント技術を使うことによって部品内部の形態を自在に設計できるため、モーター、ギアボックス、電力伝導装置すべてを、既存の定位置に固定するのではなく、それぞれに最適な位置に搭載できる。
そのようにして出来上がったのが、完全一体型電動モーター「HPDM-250」だ。競合他社が出している多くのモーターよりも小型でありながら、はるかに高い出力性能を持つ。現時点で販売されている最高レベルの生産用モーターの連続出力性能は、1kgあたり3~4kWだが、H3Xのプロトタイプは同13kWだ。そして、これは偶然にも、中距離旅客機の飛行を可能にする出力密度の理論値をわずかに上回る数値なのだ。
画像クレジット:H3X
前述のような最先端の技術をいくつも組み合わせると、性能が向上するより前にコストが跳ね上がり過ぎてしまうリスクがある。ライベン氏によると、H3Xのモーターは確かにいくつかの面では既存製品よりも高いコストがかかるが、より小型で完全一体型の設計により、別の面でコスト、時間、材料を削減できるという。
ライベン氏は次のように説明する。「『銅の3Dプリントなんて、コストが高過ぎる』と思うかもしれないが、もし純銅3Dプリントを使わなければ、超高性能のモーター巻線が必要になる。そして、この2つは製造方法が異なる。巻線を作るには数多くの手作業と人手が必要とされる【略】3Dプリントを使った方がはるかにシンプルだ。慣れていないので心理的に抵抗を感じるかもしれない。私の手元にあるBOM(部品表)とコスト一覧には、確かに高性能で高価な材料が列挙されているが、別の製品と比較して3倍も小型化された製品を売ることを考えると、それほど割高だとは感じないはずだ。当社がこれまで集めてきた顧客の意見を考慮すると、当社の立ち位置は間違っていないと思う」。
完全一体型のモーターは、保守作業も既存の市販製品より複雑だが、H3Xは開発を始めた当初からメンテナンスのことを考慮していた、とライベン氏は述べる。確かに、通常の電動モーターよりも多少は手間がかかるかもしれないが、最も安定していて高い評価を得ているガソリン駆動モーターよりもはるかに簡単にメンテナンスできるという。
画像クレジット:H3X
大幅な性能向上を実現したとH3Xが主張しているとはいえ、旅客機市場に参入するのは、H3Xに限らず、どの企業にとっても簡単にできることではない。航空業界のように規制が厳しい業界では、組み立て時に使用される結合部品1つを変更するだけでも、決められた作業と技術評価を何年も積み重ねなければならない。推力生成システムを変えるとなれば、なおさらだ。
そのためH3Xは、大幅に性能が改善された電動モーターが役立ちそうで、航空業界ほど規制が厳しくなく規模も大きくない他の多くの業界をターゲットにしている。現時点では、貨物ドローン、電動ボート、電動エアタクシーを目にすることはめったにないが、モーターの出力や効率が大幅に向上すれば、これらの輸送手段がニッチな存在(あるいは構想・開発段階)から主流に躍り出る日が来るかもしれない。この3つはどれも、航続距離や最大積載量の向上から間違いなく大きな恩恵を受ける応用分野だ。
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徐々に旅客機レベルの性能へと近づけていくことも、実はそう遠くない未来に可能だとライベン氏は指摘する。「当社はすでにその方向に向かっている。実現できるまでに20年かかる、というような長い先の話ではない。ここ数年でタイムラインは劇的に短縮された。完全バッテリー駆動の電動輸送機は間もなく実用化されるだろう。ただし、もっと長距離のフライトになるとまだ難しい」。
H3Xのようなモーターは、ジェット燃料、バッテリー、場合によっては水素燃料電池を併用するハイブリッド航空機に応用することも可能だ。電気自動車へのシフトが一朝一夕には生じなかったように、航空機もすべて一斉に電動化されることはないし、電動モーターのメーカーとしてそれを目指す必要もない。「モーターはほとんどの分野に応用できる。それがモーターの強みだ」とライベン氏は語る。
H3Xは資金調達やパートナーの有無について公表しなかったが、ある程度の規模の出資やサポートをまったく受けずに同社がここまで来られたとは考えにくい。このような開発プロジェクトの場合、ガレージを改造したような作業場ではすぐに手狭になるからだ。しかし、明日(米国時間3月24日)に予定されているYコンビネーターのデモデイでのプレゼンが終われば、H3Xには向こう数週間、問い合わせの電話が殺到するだろう。そうなれば、シードラウンド調達の話がまとまることも十分あり得る。1億500万ドル(約116億円)の基本合意契約というのも悪くはないはずだ。
H3Xのプロトタイプが実環境でも開発環境と同じように驚異的な性能を発揮できたら、数多くの新しい電動輸送手段に採用されることは間違いないだろう。H3Xの動向が電動モビリティの未来にどのような影響を与えていくのか、今後も注目していきたい。
画像クレジット:H3x
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(文:Devin Coldewey、翻訳:Dragonfly)