英単語の高速暗記アプリ「mikan」を運営するmikanが、ビットコイン用ウォレット事業への参入を発表したのは、3月9日のこと。今日3月30日、リリースが予告されていたウォレットアプリ「Yenom(エノム)」のiOS版・Android版が日本語・英語の2言語で正式公開された。
エノムは、ビットコインキャッシュ(BCH)の受け取り・送金専用のウォレットアプリ。ビットコインキャッシュが利用できるECサイトや一部飲食店で決済に使えるほか、個人間でもビットコインキャッシュの送受信ができる。
mikan代表取締役社長の宇佐美峻氏は、機能や通貨の種類を絞ったことについて「とにかく簡単に使えるウォレットを作って、ビットコイン利用のハードルを下げたかった」と説明する。
※この記事では宇佐美氏の発言に沿って、通貨としてのビットコイン自体を表す場合には「ビットコイン(BTC)」、ビットコイン(BTC)とそこから派生した暗号通貨を総称する場合には「ビットコイン」と表記しています。
エノムと既存の暗号通貨(仮想通貨)のウォレットとの違いは、機能がシンプル、ということのほかにもある。既存のモバイルウォレットでは、インストール後のチュートリアル、バックアップの手順があって、なかなかすぐに送受金ができる、というわけにはいかない。
これにはもちろん理由があって、例えば「12個の復元フレーズを書き留める」といった形でバックアップを行うのは、スマホ自体をなくしたときでもフレーズさえ保管してあれば、ウォレットに移した暗号通貨を復元することができるようにするためだ。
暗号通貨がどういう仕組みでやり取りされるもので、どのように保護すべきかが分かっている人や、既に多額の暗号通貨を保有していて、取引所には置いておきたくない、ハッキングの心配が少なく保全性の高いウォレットに通貨を移したい、という人なら、こうしたウォレットを利用する意義もあり、積極的に使っていくべきだろう。
しかし「少額でいいからビットコインというものを使ってみたい」「友だちの持つビットコインを受け取ってみたい」という初心者にとっては、ウォレットを作ることのハードルが高く、そのことが「ウォレットにさわれない、あるいは場合によっては取引所に通貨を置いたままにしてしまう理由にもなっている」と宇佐美氏は言う。
英語版のYenom。左から受け取り、送金、取引履歴の各画面。
エノムはインストールすると、利用規約の確認・同意後すぐ、ビットコインキャッシュの受け取り画面が表示される。チュートリアルの説明を読み込む必要もないし、パスフレーズの入力も不要だ。宇佐美氏は「スマホをなくしたらエノムに入っていた通貨はなくなってしまう。資産としての暗号通貨を保持するには向いていない。これまでのウォレットが銀行口座のようなものを目指しているのに対して、エノムは常に持ち歩くお財布のような存在だ」と説明する。
「お財布に数百万円、数千万円を入れて歩く人はいない。エノムでは、簡便さと引き換えに“資産”の保全はやらない。少額の暗号通貨を触ってみたい、受け取ってみたいという人が、初めて使うためのウォレットアプリだ」(宇佐美氏)
ビットコインを通貨としてもっと使いたい、使わせたい
そもそも、英単語アプリの開発・運営を行うmikanがなぜ、ウォレットアプリを提供するのか。そのきっかけは、昨年5月末にリリースされた「VALU」にあると宇佐美氏は言う。
VALUは個人の価値を株式のように発行し、ビットコイン(BTC)で取引できるSNSサービス。このVALUを通じて、取引のためにビットコインを買ったり、自分でもビットコインをもらったりして、宇佐美氏はビットコインにはまったという。
その後、昨年8月のビットコイン(BTC)のハードフォークイベントの際、「(ハードフォークで誕生する)ビットコインキャッシュ(BCH)を持ちたい」と考えたことが、さらに宇佐美氏をビットコインにのめり込ませることになる。「自分でウォレットを作って、そこにビットコイン(BTC)を保有すれば、ビットコインキャッシュを受け取ることができる。そう考えてウォレットをつくり、自分でビットコインキャッシュを分離した」(宇佐美氏)
フォークイベントの後も「最初は土日の趣味として始めたものが、いつの間にか月曜もビットコインのことを調べていて、そのうち火曜も、水曜も……。ホビーのつもりが完全にはまってしまって」と話す宇佐美氏。「マイニングもトレードも一通りやって、調べていく中で知った暗号通貨の考え方や仕組み、歴史もすべてが面白かった」と言う宇佐美氏は、ついには「何かビットコインのためにできることはないか」と考え始めたという。
そうしているうちに宇佐美氏が気づいたのは「他の人にビットコインのことを説明するのが難しい」ということだった。「日本ではそもそも、株や通貨の取引も日常的にやっている人が少なくて、その比喩ではビットコインのトレードの面白さもあまり伝わらない。『じゃあ、とにかく一度少し送るから受け取ってみてよ』というのが(理解してもらうのに)早いかな、と思っても、ウォレットのインストールが面倒で『ああ、やっぱまた今度にするわ』となってしまう。実際に触っている人が少ないのがウォレットのせいなら、簡単に使えるウォレットを作ってみよう、と考えた」(宇佐美氏)
「取り扱う暗号通貨にビットコインキャッシュを選んだのは、通貨としての価値と決済のしやすさにある」と言う宇佐美氏は「暗号通貨普及のキラーアプリは“通貨”だと考えている。であれば、普通のお金と同じように誰もが簡単に使えないといけない」と話している。そして「暗号通貨の中には、投機などを中心にしていて通貨を目指しているものが少ない。その中で、世界的に普遍的な通貨として使えるのはビットコインだ」と言う。
「暗号通貨の通貨としての堅牢性や、データの整合性は、コンピューティングパワーの強さで担保される。ビットコインはネットワーク効果が非常に強い。ネットワーク効果が強ければ通貨として強いのはリアルな貨幣と同じで、現段階でビットコインが世界最大の暗号通貨と言っていい」(宇佐美氏)
一方で宇佐美氏は「ビットコイン(BTC)は通貨として決済に使われるのを目指していないのではないか」とも指摘する。「ビットコイン(BTC)の送金手数料は、高いときには数千円、今でも数百円かかり、少額決済向けではない。データベース改ざんなどに強く、高額決済ではリアルマネーより相対的に手数料が低いので、高額決済には良いけれども」(宇佐美氏)
宇佐美氏は「諸説あるが」と前置きした上で、ビットコインキャッシュはビットコイン系暗号通貨のひとつと捉えている、とし、その中でビットコインキャッシュを選択した理由について、こう述べている。「ビットコインキャッシュは、通貨として日常的に使われることを指向していて、手数料を安くしている。通貨は使われることが大事。鶏が先か卵が先か、みたいな話だが、使われることでマイニングへの参加も増えて、参加が増えれば増えるほど改ざんもされにくくなる」(宇佐美氏)
エノムのマネタイズについては「今は考えていない」と宇佐美氏は言う。「現在世界で最も使われているウォレット『Blockchain』のアカウントが2〜3万ぐらい。当面はそれを超える世界一のウォレットになること、そして世界中でビットコインが使われることを目標とする」(宇佐美氏)
宇佐美氏は「お金がある人が使うものなのだから、何らかの形でいずれ収益化は考えられる。それより今は、ビットコインをとにかく使いたいし、使わせたい。エノムを提供することで『これで使えますよ』というふうにしたい」と語り、「ビットコイン周りでやりたいことは、ほかにもいろいろあるけれど、まずはウォレットにフォーカスして、みんなが使うアプリにしていきたい」としている。日英に続き、中国語やほかの言語への対応も、近日予定しているとのことだ。
ちなみに英単語アプリのmikanの方も事業は順調で、昨年黒字化を果たしたとのこと。「今年は学校用プロダクトのリリースも予定していて、事業として軌道に乗り始めた。こちらも引き続き、運営を行っていく」と宇佐美氏は話していた。