炭素排出をなくし、地球に少し休ませる技術に投資するEIPの新ファンド

「Deep Decarbonization Frontier Fund(ディープ・ディカーボナイゼーション・フロンティア・ファンド)」というキャッチーな別名をもつ、Energy Impact Partners(EIP、エネルギー・インパクト・パートナーズ)は、3億5千万ドル(約401億円)のファンドに対して2億ドル(約229億円)分の出資枠を獲得し、世界を持続可能な未来に移行させるというコミットメントを倍増させた。このファンドは、温室効果ガス排出量ゼロへの移行を加速させるアーリーステージの技術を対象としている。

このFrontier Fundは、脱炭素社会の実現に向けた投資家の新たな関心と、ゼロカーボンエネルギー、製品、商品に対する需要の高まりという2つの原則のもとに設立された。

Frontier FundのパートナーであるShayle Kann(シェイエル・カン)氏は「私たちは、気候変動に関する技術で大きな問題に挑戦する大胆な起業家を求めています」と述べている。「この6年間で、私たちは大規模で成熟した、技術的に複雑な産業においてイノベーションを推進するためのエコシステムとプロセスを構築してきました。脱炭素化の推進以外でこのようなスキルが最も求められる場所は他にありません」。と述べる。

Frontier Fundは、発電から肥料生産までの脱炭素化に取り組むスタートアップ企業への投資を始め、すでに資金展開を開始している。数日分のエネルギー貯蔵を安価にするForm Energy(フォーム・エナジー)、再生可能エネルギーによる工業規模の水素製造を推進するElectric Hydrogen(エレクトリック・ハイドロジェン)、ゼロエミッションの窒素肥料を製造するNitricity(ニトリシティー)、ゼロカーボンセメントのSublime Systems(サブライム・システムズ)などがその例として挙げられている。

「EIPが2016年に設立されて以来、『クライメートテック』と呼ばれるようになる前から、クライメートテックに投資してきました。これは荒野の時代で、『ポスト・クリーン・テック』とか『プレ・クライメート・テック』とも言えました。私たちはそれをさまざまな呼び方で呼んでいたのです」とカン氏はいう。「今、市場に到来しているイノベーションの大波は、新しいテクノロジー、新しいサービス、新しいビジネスモデルに至るまで、脱炭素化が必要な経済のさまざまな分野を脱炭素化するための方法を軸にしたものばかりです。クライメートテクノロジーは、非常に圧倒的であると同時に、非常にエキサイティングなものです。セクターを超えた包括的な挑戦なのです。この命題における最初の核となる部分は、イノベーションの波が来ているということです。もう1つは、今世紀半ばあるいはそれ以前に温室効果ガスの排出を正味ゼロにする必要性が認識されつつあり、現在の状況からその最終目標まで長い道のりがあるという事実によって、これらのソリューションの市場への導入が加速されるということです。そのため、企業、消費者、投資家、支持者、その他すべての利害関係者から、あらゆる種類の新しいソリューションに対する需要が高まっています。この2つのことが、私たちを気候変動技術への道のりにおいて強気にさせてくれているのです」と語った。

画像クレジット:Shayle Kann

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(文:Haje Jan Kamps、翻訳:Akihito Mizukoshi)

EVの販売拡大を目指すGM、カリフォルニア州独自の排出ガス規制に同意

General Motors(ゼネラル・モーターズ)が政治的にも経済的にも有利と思われる立場を表明した。この自動車会社は米国時間1月9日、カリフォルニア州の規制当局が大気浄化法に基づき独自の自動車排出ガス基準を設定する権限を認めると発表したのだ。GMはこれまで、カリフォルニア州が同州で販売される新車に独自の規制を課すことを妨げるTrump(トランプ)政権の取り組みを支持していたが、Joe Biden(ジョー・バイデン)大統領の当選直後にその立場を撤回していた。

GMがカリフォルニア州の厳しい炭素排出基準を認めたということは、他の州も同様の規制を採用できるということであり、また、カリフォルニア州はフリート車両の購入に同社を検討することができるようになるということを意味する。このリストにはGMの他にも、BMW、Ford(フォード)、Honda(ホンダ)、Tesla(テスラ)、Volkswagen(フォルクスワーゲン)、Volvo(ボルボ)の社名が挙がっている。

カリフォルニア州は全米で最も人口の多い州であり、国内総生産の14.8%を占めている。排出ガス量の多い自動車の生産を続けたいという厄介な理由で、この州からブラックリストに載せられるのは、経済的な自殺行為になるだろう。TechCrunchは、GMがなぜ今このような手紙を送ることにしたのか、そしてそれがGMの幅広い戦略とどのように関連付けられるのかを知るためにGMに問い合わせたが、同社はすぐには回答しなかった。

GMのVP兼グローバルパブリックポリシー責任者であるOmar Vargas(オマー・ヴァーガス)氏は、カリフォルニア州のGavin Newsom(ギャビン・ニューサム)知事に宛てた手紙の中で、カリフォルニア州の排出ガス統治に忠誠を誓っていると、The Detroit News(デトロイト・ニュース)は9日に報じたが、これは同社の商用電気自動車部門であるBrightDrop(ブライトドロップ)が、今後数年間にわたる大規模な成長計画を発表した数日後のことだった。

BrightDropは米国時間1月5日、Walmart(ウォルマート)を新たな顧客として迎え、5000台の電気自動車の予約を受注したと、CESで発表した。また、既存の顧客であるFedEx(フェデックス)は、2021年発注した電動商用バンの台数を、当初の500台から2000台に増やすと発表。その多くがまずはロサンゼルスの路上に現れるという。

GMはまた、1月9日にカリフォルニア州大気資源委員会のLiane Randolph(リアン・ランドルフ)委員長に宛てた書簡の中で、ゼロエミッション車の展開を加速させることを約束した。GMは先週、Chevrole(シボレー)ブランドで2023年までに生産を開始する2車種の電動SUVを発表し、同時に2024年モデルとして発売される電動ピックアップトラック「Silverado(シルバラード)EV」(2種類の仕様が設定される)も公開した。さらに同社は、2021年末に「GMC Hummer EV(GMCハマーEV)」のピックアップトラックの納車を開始しており、2023年にはHummer EVのSUVも販売が始まる。電動ピックアップトラック「GMC Sierra EV(GMCシエラEV)」は、同じく2023年に市場に投入されるようだ。

また、GMのグローバルレギュラトリーアフェアーズ&トランスポーテーションテクノロジーポリシー担当VPのDavid Strickland(デビッド・ストリックランド)氏が署名したランドルフ氏への書簡では、低所得者層が同社のEVを購入できるように専心することも約束している。この取り組みには、プリペイド式充電カードの提供による充電インフラへのアクセス改善や、特に恵まれない地域でインフラを整備するためのパートナーシップ構築などが含まれる。

「GMは、カリフォルニア州が追求するゼロエミッションの未来に向けた取り組みの一環として、クリーンな空気と排出ガス削減のための戦いに参加することになりました」と、ニューサム知事室は1月9日にツイートした。「この合意は、カリフォルニア州が率先する気候変動問題への取り組みを加速させることになるでしょう。我々のクリーンカー革命にGMを喜んでお迎えしましょう!」。

GMは、2040年までに全世界に向けた製品および事業においてカーボンニュートラルを実現し、2035年までに新車の排出ガスをゼロにすることを約束している。

画像クレジット:Shabdro Photo / Getty Images

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(文:Rebecca Bellan、翻訳:Hirokazu Kusakabe)

フォルクスワーゲンがEV生産強化のために3社と新たな提携を締結

Volkswagen(フォルクスワーゲン)が、電気自動車のバッテリーに関わる3つの新しいパートナーシップを締結した。このドイツの自動車メーカーは、2040年までに乗用車、トラック、SUVの全車種をゼロエミッション(排ガスを一切出さない)車に移行させることを目指している。

現地時間12月8日に発表されたこの3つのパートナーシップの提携企業は、素材技術グループのUmicore(ユミコア)、バッテリースペシャリストの24M Technologies (24Mテクノロジーズ)、そしてドイツでリチウム採掘プロジェクトの開設を計画しているVulcan Energy Resources(バルカン・エナジー・リソーシズ)だ。

フォルクスワーゲンとユミコアは合弁会社を起ち上げ、フォルクスワーゲンがドイツのザルツギッターに設立するバッテリーセル工場に、リチウムイオン電池の重要な構成要素である正極材を供給する。この合弁会社の初期生産能力は20ギガワット時だが、2030年までに160ギガワット時にまで拡大することを目指している。

さらにフォルクスワーゲンは、半固体の電極を持つバッテリーを開発している24Mテクノロジーズに出資すると発表した。マサチューセッツ工科大学(MIT)からスピンアウトしたこのバッテリー技術スタートアップ企業によれば、同社の半固体電池は、従来のリチウムイオン電池よりも製造工程を簡素化でき、コストも削減できるという。フォルクスワーゲンは出資額を明らかにしていない。

そしてバルカン・エナジー・リソーシズとのパートナーシップには、両社が「カーボンニュートラル」と表現するドイツ産リチウムの供給に関する拘束力のある契約が含まれている。

両社によると、このカーボンニュートラルなリチウムが得られるのは、バルカン社の塩水(塩湖かん水)からリチウムを採取する技術が、従来の塩湖かん水を蒸発させてリチウムを抽出する方法よりも環境に優しく、再生可能エネルギーを利用した工場で処理されるからだという。

バルカンは、2026年から5年間、フォルクスワーゲンに水酸化リチウムを供給する。

これら3つの提携は、フォルクスワーゲンが電気自動車に300億ユーロ(約3兆9000億円)を投資する計画の一環だ。欧州だけでも、同社は2030年までに6つの巨大バッテリー工場の建設を予定しており、それらすべてを合計した生産能力は、240ギガワット時になる見込みだという。

バッテリーのサプライチェーンを確保するために迅速に動いている大手自動車メーカーは、フォルクスワーゲンだけではない。General Motors(ゼネラルモーターズ)は2021年12月初め、韓国のPOSCO Chemical(ポスコケミカル)と同じように合弁会社を設立し、2024年までにバッテリーの正極材を製造する新工場を北米に建設すると発表した。一方、Stellantis(ステランティス)は11月、バルカンと独自のリチウム供給契約を締結している。

これらの提携は、自動車メーカーの電動化計画が加速していることを示すだけでなく、世界的なバッテリーサプライチェーンを中国から離れたところで再構築することに貢献するという点でも注目される。

Benchmark Mineral Intelligence(ベンチマーク・ミネラル・インテリジェンス)の調べによると、現在はバッテリーの正極材と負極材の大部分が中国で製造されているという。また、現在計画されている200の大規模バッテリー工場のうち、約75%にあたる148の工場が中国に建設される予定であることもわかっている。

画像クレジット:Jens Schlueter / Getty Images

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(文:Aria Alamalhodaei、翻訳:Hirokazu Kusakabe)

北極圏にデータセンターを構えて実質無料で冷却、Neu.roはゼロエミッションの機械学習モデル構築ソリューションを発表

企業が機械学習を活用してビジネスをより効率的に運営しようとする動きはますます活発になっているが、機械学習モデルの構築、テスト、稼働には膨大なエネルギーを必要とすることも事実だ。アーリーステージのスタートアップ企業でフルスタックのMLOps(エムエルオプス、機械学習運用基盤)ソリューションを手がけるNeu.ro(ニューロ)は、より環境負荷の少ないグリーンなアプローチに取り組んでいる。

同社は米国時間11月22日、フィンランドのクラウドインフラストラクチャパートナーであるatNorth(アトノース)とともに、ゼロエミッションのAIクラウドソリューションを発表した。

同社によると、atNorthはティア3に適合するISO 27001認定のデータセンターを提供し、そこでNVIDIA(エヌビディア)A100を搭載したDGXおよびHGXシステムを稼働させるという。80MWの電力容量を持つこのデータセンターは、すべて地熱と水力エネルギーで稼働している。さらに、北極圏に位置しているため、実質的に無料で冷却することができ、Neu.roのソリューションを使用して機械学習モデルを構築する顧客に、エネルギー効率の高いソリューションを提供できる。

Neu.roの共同設立者であるMax Prasolov(マックス・プラソロフ)氏によると、この問題を調査した結果、コンピューティングとテレコミュニケーションが世界の総エネルギー消費量の約9%を占めており、この数字は今後10年間で倍増する可能性があることがわかったという。プラソロフ氏らは機械学習モデルの構築がその中でも重要な役割を果たすと考え、自社の二酸化炭素排出量を削減するために、atNorthと提携することを決めた。

「当社ではすべてのオペレーションとすべての実験を、ゼロエミッションのクラウドに移行することに決めました。目標は、クレジットを購入して使用量を埋め合わせることができるカーボンニュートラルではありません。問題は、どうやってゼロエミッションを達成するかです。私たちは、顧客のために機械学習モデルをトレーニングする際に、非常に多くのエネルギーとコンピューティングパワーを費やしていることに気づきました。それこそが、間違いなく、我々が排出している最大のカーボンフットプリントであることを理解したのです」と、プラソロフ氏は述べている。

その一方で、同社はソフトウェアソリューションを通じて、より効率的な方法でモデルを構築する方法を考え出した。これによって必要なエネルギー量を削減し、さらに持続可能なソリューションを提供することが可能になる。

製品自体については、同社は柔軟性のあるクラウドネイティブなサービスを提供しており、そこでツールの一部を提供するものの、企業が自分たちにとって最適と考える方法で補う余地を十分に残している。

「当社のアプローチは、データの取り込みから、モニタリング、説明可能性、パイプラインエンジンなど、構築が必要なツールをすべて1つずつ構築するのではなく、相互運用性を重視しています。まだ構築されていないものを構築し、すでに存在するKubernetes(クバネティス)によるツールのユニバースに接続します」と、同社の共同設立者である Arthur McCallum(アーサー・マッカラム)氏は説明する。

このスタートアップ企業は現在、商用のソリューションを提供しているが、オープンソース版のスタックにも取り組んでおり、まもなく、おそらく年内にはリリースされる見込みだ。同社の目標は、Amazon(アマゾン)、Microsoft(マイクロソフト)、Google(グーグル)というビッグ3以外の小規模なクラウドベンダーに、クラウドベースのAIソリューションを提供することである。これには世界各地の地域的なベンダーも含まれるだろう。

Neu.roは2019年に創業し、2020年にソリューションの最初のバージョンを公開した。これまでにシード資金として230万ドル(約2億6500万円)を調達しているという。

画像クレジット:a-image / Getty Images

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(文:Ron Miller、翻訳:Hirokazu Kusakabe)

カリフォルニア州は2030年までに自動運転車のゼロエミッション化達成を義務化

2030年から、カリフォルニア州で運用される小型車の自動運転車はゼロエミッションでなければならない。SB500はGavin Newsom(ギャビン・ニューサム)カリフォルニア州知事は、米国時間9月23日に署名した法律で、温室効果ガスの排出削減を目的に、内燃機関の新車販売を制限するための最新の取り組みとなる。ニューサム知事は2020年に、2035年までにガソリン車とディーゼル車の新車販売を事実上禁止する大統領令に署名した。同年、同州の大気資源局は、2045年までにカリフォルニア州で販売されるすべての新型トラックの排出量をゼロにすることを義務づけている。

Cruise(クルーズ)のグローバル・ガバメント・アフェアーズ部門の責任者であるPrashanthi Raman(プラシャンティ・ラマン)氏は、Engadgetに寄せた声明の中で、「これが業界標準となることを確実にするためのカリフォルニア州のリーダーシップに感謝します。AV業界は、都市における温室効果ガスの排出量削減をリードする素地があり、そのために私たちは当初から電気自動車やゼロエミッションの車両を運行してきました」という。Cruiseは、自律走行型配送サービスのスタートアップであるNuroを含むEmission Zero Coalitionへの参加を通じて、SB500を支援した。

環境保護庁によると、2019年以降、米国の温室効果ガスの唯一最大の排出源は運輸部門であり、その半分以上を小型車が占めている。しかし、現在、カリフォルニア州の道路を走る約1500万台の自動車のうち、自律走行車はごく一部に過ぎない。さらに、カリフォルニア州で完全自律走行型タクシーサービスをテストしている代表的な企業であるCruiseWaymoは、電気自動車ハイブリッド車だけで車両を運用している。今回のカリフォルニア州の動きは、自律走行車が将来的に大きな汚染源となることを防ぐためのものであり、特に完全自動運転のタクシーサービスが通勤者の間で人気になれば、その危惧は現実のものとなる。

編集部注:本稿の初出はEngadget。執筆者のIgor BonifacicはEngadgetの寄稿者。

画像クレジット:Screenshot/GM

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(文:Igor Bonifacic、翻訳:Hiroshi Iwatani)

水素燃料電池飛行機へのZeroAviaの野望は技術的な課題が残るが大志は今なお空のように高い

2020年9月、ZeroAvia(ゼロアビア)の6人乗り航空機が英国クランフィールド空港から離陸して8分間の飛行を終えた時、同社は、商用サイズの航空機で史上初の水素燃料電池飛行を行うという「非常に大きな偉業」を成し遂げたと断言した。

この航空機はPiper Malibu(パイパーマリブ)プロペラ機を改造して作られており、同社によると、水素を燃料とする航空機の中では世界最大のものである。「水素燃料電池を使用して飛行する実験的な航空機はいくつかあったが、この機体の大きさからすると、完全にゼロエミッションの航空機に有償旅客を乗せる時代が目前に迫っている」と、ゼロアビアのCEOであるVal Miftakhov(ヴァル・ミフタコフ)氏は付け加えた。

しかし、水素を燃料としているといっても、実際にはどのような状況なのだろうか。乗客の搭乗はどの程度現実味を帯びているのだろうか。

ミフタコフ氏は飛行直後の記者会見で「今回の構成では、動力をすべて水素から供給しているわけではなく、バッテリーと水素燃料電池を組み合わせている。しかし、水素だけで飛行することも可能な組み合わせ方だ」と述べた。

ミフタコフ氏のコメントはすべてを物語っているわけではない。TechCrunchの調査では、今回の画期的なフライトに必要な動力の大半がバッテリーから供給されたこと、そしてゼロアビアの長距離飛行や新しい航空機で今後もバッテリーが大きな役割を果たすことがわかった。また、マリブは技術的には辛うじて旅客機と言えるかもしれないが、大型の水素タンクやその他の機器を収容するために、5つの座席のうち4席を撤去しなければならなかったのも事実だ。

ゼロアビアは、ピックアップトラックでの航空機部品のテストから始めたが、4年も経たないうちに英国政府の支援を得るまでになり、Jeff Bezos(ジェフ・ベゾス)氏やBill Gates(ビル・ゲイツ)氏、そして先週にはBritish Airways(ブリティッシュエアウェイズ)などからも投資を呼び込んだ。現在の問題は、ゼロアビアが主張している軌道を進み続け、本当に航空業界を変革できるかどうかだ。

離陸

航空機が排出する炭素の量は、現在、人類の炭素排出量の2.5%を占めているが、2050年までには地球のカーボンバジェット(炭素予算)の4分の1にまで拡大する可能性がある。バイオ燃料は、その生産によって木や食用作物が消費し尽くされる可能性があり、バッテリーは重すぎるため短距離飛行にしか使用できない。それに対し、水素は太陽光や風力を使用して生成でき、大きな動力を生み出すことができる。

燃料電池は水素と空気中の酸素を効率的に反応させて結合させるもので、生成されるのは電気、熱、水だけである。ただし、既存の航空機に燃料電池をすぐに搭載できるかというと、話はそう単純ではない。燃料電池は重くて複雑であり、水素には大型の貯蔵庫が必要だ。このようにスタートアップが解決しなければならない技術的な課題は多い。

ロシア生まれのミフタコフ氏は、1997年に物理学博士号の取得を目指して勉強するために渡米した。いくつかの会社を設立して、Google(グーグル)で勤務した後、2012年に、BMW 3シリーズ用の電気変換キットを製造するeMotorWerks(EMW、eモーターワークス)を設立した。

しかし2013年、BMWは同社の商標を侵害しているとしてEMWを非難した。ミフタコフ氏はEMWのロゴとマーケティング資料を変更すること、そしてBMWとの提携を示唆しないことに同意した。ミフタコフ氏はまた、BMWオーナーからの需要が落ち込んでいることにも気づいていた。

EMWはその後、充電器とスマートエネルギー管理プラットフォームの提供にビジネスの軸を移した。この新しい方向性はうまくいき、2017年にはイタリアのエネルギー会社Enel(エネル)がEMWを推定1億5000万ドル(約162億円)で買収した。しかしミフタコフ氏はここでも法的問題に直面した。

EMWのVPであるGeorge Betak(ジョージ・ベタック)氏はミフタコフ氏に対して2件の民事訴訟を起こし、ミフタコフ氏が特許からベタック氏の名前を除外したり、報酬を渡さなかったり、さらにベタック氏が自分の知的財産権をEMWに譲渡したように見せかけるために文書を偽造したりした、などと主張した。後にベタック氏は請求を一部取り下げ、2020年夏にこの訴訟は穏便な和解に至った。

2017年にEMWを売却してから数週間後、ミフタコフ氏は「ゼロエミッション航空」という目標を掲げ、カリフォルニア州サンカルロスでゼロアビアを法人化した。ミフタコフ氏は、既存の航空機の電気化への関心がBMWのドライバーよりも高い航空業界に期待していた。

第1段階:バッテリー

ゼロアビアが初めて公の場に登場したのは、2018年10月、サンノゼの南西80キロメートルにあるホリスター空港だった。ミフタコフ氏は、1969年型エルカミーノの荷台にプロペラ、電気モーター、バッテリーを据え付け、電気を動力として75ノット(時速140キロメートル)まで加速させた。

12月にゼロアビアは6人乗りのプロペラ機であるPiper PA-46 Matrix(パイパーPA-64マトリックス)を購入した。このプロペラ機は後に英国で使用することになる航空機と非常によく似ている。ミフタコフ氏のチームは、モーターと約75キロワット時のリチウムイオンバッテリーをこれに搭載した。このバッテリーは、テスラのエントリーレベルのモデルYとほぼ同じ性能である。

2019年2月、FAAがゼロアビアに実験的耐空証明書を発行した2日後、電気だけを動力とするパイパーが初飛行に成功した。また、4月中旬には最高速度と最大出力で飛行していた。これで水素にアップグレードする準備は整った。

輸入記録によると、3月にゼロアビアは炭素繊維製水素タンクをドイツから取り寄せている。マトリックスの左翼にタンクを搭載した写真が1枚存在するが、ゼロアビアは飛行している動画を公開したことがない。何か不具合が起こっていたのだ。

ゼロアビアのR&Dディレクターが、パイパーオーナー向けのフォーラムに次のようなメッセージを投稿したのは7月のことだ。「大事に扱ってきたマトリックスの翼が破損しました。損傷が激しく、交換しなければなりません。すぐにでも部品取り用に販売される『適切な航空機』をご存知の方はいませんか」。

ミフタコフ氏は、今までこの損傷について明言してこなかったが、今回、ゼロアビアが航空機に手を加えている最中にこの損傷が発生したことを認めた。この損傷の後、その航空機は飛行しておらず、ゼロアビアはシリコンバレーにおけるスタートアップとしての活動を終えようとしていた。

英国に移る

ミフタコフ氏は、ゼロアビアの米国での飛行テストを中断し、英国に目を向けた。英国のBoris Johnson(ボリス・ジョンソン)首相が「新たなグリーン産業革命」に期待しているからだ。

2019年9月、英国政府が支援する企業であるAerospace Technology Institute(航空宇宙技術研究所)(ATI)は、ゼロアビアが主導するプロジェクト「HyFlyer(ハイフライヤー)」に268万ポンド(約4億100万円)を出資した。ミフタコフ氏は、水素燃料電池を搭載し、飛行可能距離が450キロメートルを超えるパイパーを1年以内に完成させると約束した。出資金は、燃料電池メーカーのIntelligent Energy(インテリジェントエナジー)および水素燃料供給技術を提供するEuropean Marine Energy Centre(EMEC、ヨーロッパ海洋エネルギーセンター)との間で分配されることになっていた。

当時EMECの水素マネージャーだったRichard Ainsworth(リチャード・エインズワース)氏は「ゼロアビアは、電動パワートレインを航空機に組み込むというコンセプトをすでに実現しており、電力はバッテリーではなく水素で供給したいと考えていた。それがハイフライヤープロジェクトの中核となる目的だった」と述べている。

ATIのCEOであるGary Elliott(ゲイリー・エリオット)氏はTechCrunchに対し、ATIにとって「本当に重要」だったのは、ゼロアビアがバッテリーシステムではなく燃料電池を採用していたことだと述べ「成功の可能性を最大限に高めるには、投資を広く印象づける必要がある」と語った。

ゼロアビアはクランフィールドを拠点とし、2020年2月に、損傷したマトリックスと似た6人乗りのPiper Malibu(パイパーマリブ)を購入した。同社は6月までにマリブにバッテリーを取り付けて飛行したが、政府は安心材料をさらに求めていた。TechCrunchが情報公開請求によって入手したメールに対し、ある政府関係者は「ATIの懸念を確認し、それに対して我々ができることを検討したいと考えている」と書いた。

インテリジェントエナジーのCTOであるChris Dudfield(クリス・ダッドフィールド)氏はTechCrunchに対し、ハイフライヤープログラムは順調に進んでいるが、同社の大型燃料電池が飛行機に搭載されるのは何年も先のことであり、同氏はゼロアビアの飛行機を見たことさえもないと語った。

ゼロアビアは、インテリジェントエナジーとの提携により、英国政府から資金を確保しやすくなったが、マリブの動力の確保は進まず、燃料電池の供給会社を早急に見つける必要があった。

第2段階:燃料電池

ゼロアビアは8月、政府関係者に「現在、水素燃料による初の飛行に向けて準備を進めている」と文書で伝え、国務長官を招待した。

ミフタコフ氏によると、ゼロアビアのデモ飛行では、航空機としては過去最大となる250キロワットの水素燃料電池パワートレインが使用された。これはパイパーが通常使用している内燃機関と匹敵する出力であり、飛行において出力を最も必要とする段階(離陸)においても十分な余力が残る数値である。

ゼロアビアは燃料電池の供給会社を明かしておらず、250キロワットのうちどの程度が燃料電池から供給されたのかも詳しく説明していない。

しかし、デモ飛行の翌日、PowerCell(パワーセル)というスウェーデンの企業が、プレスリリースで、同社のMS-100燃料電池が「パワートレインに不可欠な部品」だったことを発表した。

MS-100の最大出力はわずか100キロワットであり、残りの150キロワットの供給源は不明である。つまり、離陸に必要な電力の大部分は、パイパーのバッテリーから供給されたとしか考えられない。

ミフタコフ氏は、TechCrunchのインタビューにおいて、9月のフライトではパイパーが燃料電池だけで離陸できなかったことを認めた。同氏によると、飛行機のバッテリーはデモ飛行中ずっと使用されていた可能性が高く「航空機に予備的な余力」を供給した。

燃料電池車でも、バッテリーを使用して、出力変化を安定させたり一時的に出力を高めたりするものは多い。しかし、いくつかのメーカーは、動力源について高い透明性を持たせている。飛行機に関していうと、離陸時にバッテリーを利用する上での問題点の1つは、離陸時に使用したバッテリーを着陸まで積載し続けなければならないことだ。

Universal Hydrogen(ユニバーサルハイドロジェン)は、別の航空機向けに2000キロワットの燃料電池パワートレインを共同開発している企業である。同社のCEO、Paul Eremenko(ポール・エレメンコ)氏は「水素燃料電池航空機の基本的な課題は重量だ。バッテリーはフルスロットル時のみに使用されるものであり、これをいかに小さくするかが軽量化の鍵になる」と述べている。

2月、ゼロアビアのVPであるSergey Kiselev(セルゲイ・キセレフ)氏は、バッテリーを完全になくすことが同社の目標だと語った。また、Royal Aeronautical Society(王立航空協会)に対し「離陸時の余力を確保するためにバッテリーを利用することは可能だ。しかし、航空機に複数の種類の駆動力や動力貯蔵システムを使用するとなると、認証の取得が著しく困難になるだろう」と話した。

今回、ゼロアビアは、出力の大部分をバッテリーから供給することで、投資家や英国政府から注目を集めたデモ飛行を成功させることができた。しかし、これにより、有償顧客を乗せた初飛行が遅くなる可能性がある。

排熱の問題

熱を排出する装置がなければ、燃料電池は通常、過熱を防ぐために空冷または水冷の複雑なシステムが必要になる。

「これこそが鍵となる知的財産であり、単に燃料電池とモーターを購入して接続するだけではうまくいかない理由なのです」とエレメンコ氏はいう。

ケルンにあるGerman Aerospace Center(ドイツ航空宇宙センター)では、2012年から水素燃料電池航空機を飛ばしている。特注設計された現在の航空機HY4は、4人の乗客を載せて最大で720キロメートル飛行できる。65キロワットの燃料電池には、冷却用の通風を確保するために、空気力学的に最適化された大きな流路を利用した水冷システムが搭載されている(写真を参照)。

画像クレジット:DLR

100キロワットの同様のシステムでは、通常、HY4のものより長く、3割ほど大きい冷却用インテークが必要になるが、ゼロアビアのパイパーマリブには追加の冷却用インテークがまったくない。

「離陸時の対気速度や巡航速度に対して、開口部が小さすぎるように見えます」というのは、ゼロアビアと共通する取引企業があることを理由に匿名でコメントを述べた航空燃料電池エンジニアである。

「熱交換器の配置や設定を試す必要はありましたが、熱を処理するために航空機の形状を再設計する必要はありませんでした」とミフタコフ氏は反論した。また同氏は、飛行中に燃料電池は85〜100キロワットの出力を供給していたと主張した。

ゼロアビアは、TechCrunchのインタビューに答えた後、パイパーの燃料電池が地上試験中に最大70キロワットの出力を供給している様子を示すビデオを公開した。地上試験中の70キロワットは、飛行中であればさらに高出力になる。

もちろん長距離飛行での実証は必要だが、ゼロアビアは、他のエンジニアを何年も悩ませてきた排熱問題を解決したのかもしれない。

次の飛行機:規模と性能の拡大

9月には、Robert Courts(ロバート・コート)航空大臣がクランフィールドでデモ飛行を見学し、飛行後に「ここ数十年間の航空業界で最も歴史的な瞬間の1つであり、ゼロアビアの大きな成果だ」と語った。タイム誌は、2020年の最大の発明の1つとしてゼロアビアの技術を挙げた。

ハイフライヤーの長距離飛行はまだこれからだというのに、12月、英国政府はハイフライヤー2を発表した。これは1230万ポンド(約18億4000万円)のプロジェクトであり、ゼロアビアが大型の航空機に600キロワットの水素電気パワートレインを提供するというものだ。ゼロアビアは、19人乗りの飛行機を2023年に商業化することで合意している(現在は2024年に変更されている)。

同日、ゼロアビアは2130万ドル(約23億円)のシリーズAの投資家陣営を発表した。これには、Bill Gates(ビル・ゲイツ)氏のBreakthrough Ventures Fund(ブレイクスルーベンチャーズファンド)、Jeff Bezos(ジェフ・ベゾス)氏のAmazon Climate Pledge Fund(アマゾン気候誓約基金)、Ecosystem Integrity Fund(エコシステムインテグリティファンド)、Horizon Ventures(ホライゾンベンチャーズ)、Shell Ventures(シェルベンチャーズ)、Summa Equity(スマエクイティ)が参加している。3月下旬には、これらの投資家からさらに2340万ドル(約25億3000万円)の資金を調達することを発表した。これにはAmazonは参加していないが、英国航空が参加している。

ミフタコフ氏によると、マリブはこれまで約10回のテスト飛行を終えているが、新型コロナウイルス感染症のため、英国での長距離飛行は2021年後半に延期されたという。また、ハイフライヤー2については、当初はバッテリーと燃料電池を半分ずつ使用する予定だが「認定取得可能な最終飛行形態では、600キロワットすべてを燃料電池でまかなう」とのことだ。

19人乗りの航空機から始まり、2026年には50人乗り、2030年には100人乗りと、約束した航空機を完成させることが、ゼロアビアにとって厳しい挑戦となることは間違いない。

水素燃料電池トラックの公開デモを誇張し、株価の暴落やSECによる調査を招いたスタートアップであるNikola(ニコラ)のせいで、水素燃料電池にはいまだに胡散臭いイメージがある。ゼロアビアのような野心的なスタートアップにとって最良の選択肢は、投資家や、持続可能な空の旅の可能性に期待している人たちの期待を弱めることになっても、現在の技術と今後の課題について透明性を高めることだ。

ポール・エレメンコ氏は「ゼロアビアの成功を切に願っている。我々のビジネスモデルは非常に相補的であり、力を合わせれば、水素航空機を実現するためのバリューチェーンを築くことができると考えている」と述べている。

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(文:Mark Harris、翻訳:Dragonfly)