生活のあらゆる面をデジタル化したパンデミックの影響で、かつてないほどの盛り上がりを見せているクリエイターエコノミーは、今や1000億ドル(約11兆円)以上の市場になっているという試算もある。しかし、モデル、俳優、作家、デザイナーのプロとして生きていくためには、電子メール、手作業の契約手続き、膨大なPDFファイルなど、さまざまなものを処理する必要がある。トップレベルのタレントエージェンシー全体の評価額が200億ドル(約2兆2000億円)に達しているにもかかわらず、クリエイターたちは支払いの遅延や不透明な業界慣習に苦悩している。しかし、モデルとして活躍するタレントが、20~40%ものコミッション料を請求されることがある一方、ソーシャルメディアは、タレントの参入障壁を下げ、タレントにコンタクトしやすくすることで、従来のエージェンシーを徐々に排除してきた。それでもやはり、いうまでもなく、誰もがソーシャルメディアで自分のキャリアを高められるわけではない。
2020年末に登場したContact(コンタクト)は、当初、モデルの契約の代行や、仕事の一部を管理するといったサービスを提供していた。現在は、クリエイティブ業界のキーパーソンたちを巻き込んで新たな資金調達を行い、前述の広範な問題に対処しようとしている。
「Game of Thrones(ゲーム・オブ・スローンズ)」で名を馳せたMaisie Williams(メイジー・ウィリアムズ)氏は、クリエイティブ業界の環境改善を熱心に訴えるとともに、このスタートアップのクリエイティブストラテジスト兼アドバイザーに就いている。
コンタクトは今回、Founders Fund(ファウンダーズ・ファンド)が主導するシードラウンドで190万ドル(約2億1000万円)の資金を調達した。また、LAUNCH(ローンチ、投資家のJason Calacanis[ジェイソン・カラカニス]氏が率いるファンド)、Sweet Capital(スウィート・キャピタル、Pippa Lamb[ピッパ・ラム]氏主導)、Rogue VC(ローグVC、Alice Lloyd George[アリス・ロイド・ジョージ]氏主導)、エンジェル投資家のSimon Beckerman(サイモン・ベッカーマン氏、Depop[デポップ]の共同創業者)、Eric Wahlforss(エリック・ウォールフォース氏、SoundCloud[サウンドクラウド]の共同創業者で、現在はDance[ダンス]の創業者兼CEO)、Abe Burns(アイブ・バーンズ)氏、Joe White(ジョー・ホワイト)氏も参加している。
コンタクトの原型は、モデルの世界を対象としているが、その視線ははるかに大きなものを見据えている。コンタクトの共同設立者兼CEOのReuben Selby(ルーベン・セルビー)氏は、ファッションデザイナーであり、ウィリアムズ氏がキャリアをスタートさせた会社の設立チームに所属していたことや、Nike(ナイキ)、Thom Browne(トム・ブラウン)、JW Anderson(JWアンダーソン)などと仕事をしてきたこともある。同氏によると、このプラットフォームは、1042億ドル(約11兆4000億円)規模のクリエイターエコノミー全体のスケーラブルなバックエンドソリューションとなり、世界トップクラスのクリエイティブな才能へのアクセスを「民主化」することを目指しているという。
ルーベン・セルビー氏(画像クレジット:Reuben Selby)
近頃、自閉症の創業者であることを語ったセルビー氏は、自身のレーベルReuben Selby(ルーベン・セルビー)の創業者兼クリエイティブディレクターでもあり、クリエイティブエージェンシー兼コミュニティCortex(コルテックス)の共同創業者でもある。セルビーには、Deliveroo(デリバルー)、Daisie(デイジー)、Government Digital Service(ガバメント・デジタル・サービス)などを手がけたJosh McMillan(ジョシュ・マクミラン)氏がCTOとして加わっている。
大まかに言えば競合他社には、Patreon(パトレオン)、Creatively(クリエイティブリー)、The Dots(ザ・ドッツ)などが挙げられるが、これらのプラットフォームのさまざまな側面を1つの屋根の下に集めようとするコンタクトのビジョンは、意欲的であると同時に、魅力的であると言えるだろう。
エージェンシーに牛耳られているこの業界で、個人や企業がエージェンシーを介さずに直接クリエイターやクリエイティブなサービスを見つけ出し、契約できるというのは挑戦的な試みだ。
コンタクトはまず、2020年10月にファッションモデルの発掘や契約機能を備えたプラットフォームを立ち上げたが、資金調達後はフォトグラファー、スタイリスト、ビデオグラファーなど、他のクリエイティブ分野でのサービスも展開する予定だ。
画像クレジット:Contact
セルビー氏は、自身がモデル、フォトグラファー、クリエイティブディレクターとしてクリエイティブ業界に参入しようとした経験から、コンタクトのアイデアを思いついたという。同氏は、報酬を得るための安全で確実な方法がほとんどないこと、委託会社には基本的な技術的ツールが欠けていることを知り、さらに「中間業者」と「エージェンシー」がピンハネによって利益をむさぼる黒幕であり、多くの場合サービスのクオリティーも低いことに気づいた。
では、コンタクトはどのような仕組みになっているのだろうか。
クリエイターが登録すると、さまざまなクリエイティブサービスに渡って自身のポートフォリオを公開し、直接オファーを受けられるようになる。
企業は、フィルターを使って人材を閲覧して見つけ出し、クリエイティブな人材を絞り込み、仕事の詳細を伝え、クリエイターと直接契約することができる。クリエイターは、ウェブ上のプラットフォームや、間もなく公開予定のスマートフォンアプリを使って、仕事の受諾や拒否を行うことができる。仕事が終われば、クリエイターにはコンタクトを通じて報酬が支払われる。
モデル業界での限定公開以来、コンタクトは約600人のクリエーターと、デポップ、Farfetch(ファーフェッチ)、Nike(ナイキ)、Vivienne Westwood(ヴィヴィアン・ウエストウッド)、Vogue(ヴォーグ)など1400以上のクライアントを獲得したという。そして、このプラットフォームのユーザー数は、前年同期比で100%増加したとのことだ。
セルビー氏によると、コンタクトはバックグラウンドに徹し、タレントがさまざまな分野で独立してブランディングできるようにするつもりだという。重要なのは、コンタクトがクリエイターからは料金を取らず、委託会社からのみ取引に対して20%の手数料を徴収することだ。
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ファウンダーズ・ファンドのパートナーであるTrae Stephens(トレエ・スティーブンス)氏は「特定の会社を作るために生まれてきたような創業者を見つけると、いつも興奮する。ルーベン氏は、まさにそのような創業者の1人だろう。コンタクトが規模を拡大し、新たなクリエイティブ分野に進出していくのを見ることが楽しみだ」とコメントしている。
また、スウィート・キャピタルのパートナーであるピッパ・ラム氏は「コンタクトのチームは『クリエイターエコノミー』という言葉がバズワードになるずっと前から、クリエイターエコノミーのフロンティアを開拓してきた。コンタクトは、世界レベルの技術的才能と、今最も創造的な精神から生まれる真の革新性を併せ持つ稀有な存在だ。この次の展開に期待している」と述べている。
「ゲーム・オブ・スローンズ」のArya Stark(アーヤ・スターク)役で知られるウィリアムズ氏にとって、スタートアップで働くことは初めてではない。同氏は以前、デイジーのプラットフォームに貢献したことがある。そのプラットフォームは、クリエイター同士を結びつけてお互いのプロジェクトに取り組むことや、クリエイターが自分の作品のための協力者を見つけることを支援している。
しかし「中間業者」に支配されているクリエイティブ業界の構図を破壊したいという同氏の思いは、その経験ではまったく満たされなかった。
ウィリアムズ氏とセルビー氏は、筆者の独占インタビューに答えて、自分たちのビジョンを説明してくれた。
セルビー氏は、現在のモデル市場はほんの始まりに過ぎないとし「ビジョンは、常にクリエーターを中心に据え、クリエーターが自分の仕事に対して報酬を得られるようにすることだ。基本的に、モデル業界という1つの分野からスタートした。そして今、フォトグラファー、メイクアップアーティスト、スタイリストなど、新たな分野に展開しているところだ。しかし、それは全体的なビジョンの中では非常に小さな部分だ」と語る。
また同氏は現在「作品の配信、視聴者との関係構築、収益化の方法」に焦点を当てているという。そして「つまり、物理的な制約の解放だけでなく、創造性を収益化するためのツールキットを提供することであり、今はそれを模索しているところだ。マーケットプレイスはあるが、それはごく一部であって、もっと大きなものを考えている」と述べる。
マーケットプレイスモデルは、企業とクリエイターを直接結びつけることができるが、企業が大きな力を持っていることに変わりはないと、同氏はいう。そして「クリエイターたちは、誰かが何かを与えてくれるのをただ座って待っているだけだ。そのため、クリエイターが自分の作品を配信し、自分のやり方で収益化できる方法を模索している。バックエンドではすべてのロジスティックスが機能し、運用面では当社が構築したサービスを使って、支払いやライセンス、保険を処理している」と述べる。
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ハリウッドの大スターであるにもかかわらず、ウィリアムズ氏は、同氏がよく知るクリエイティブ業界やエンターテインメント業界は、テクノロジー業界が構築し使い慣れているプラットフォームではなく、電子メールやハイパーリンクといった旧態依然とした世界に留まっていると話してくれた。「タレント事務所に所属していたため、オンラインでのやり取りはすべてメールだ。デジタル化されている資産もなく、台本を保管する『オンライン金庫』も、オーディションテープをアップロードする場所もない。いつもメールの中にリンクがあるだけだ。業界標準というものがない。エージェンシーについていえば、彼らが行う仕事はどれもあまり効率的ではなく、方向性も定まっていない」と同氏は語る。
同氏は、それを変える必要があるとし「キャスティングのプロセスがあるが、今はまだ、キャスティングディレクターと俳優、脚本家などの間では、非常に時代遅れな方法が取られている。そのため、もっと効率的なプロセスを構築したいと考えている」と述べる。
コンタクトを支援するために集めた投資家について、セルビー氏は、チームがファウンダーズ・ファンドをリードインベスターとして選んだ理由は、同社のアプローチにあるという。「彼らが創業者と一緒に仕事をする方法は、個人に対して非常に裁量を持たせてくれるものだ。[彼らは]創造的に考えるために、多くの自由とスペースを与えてくれる。そのため、明快な連携を取ることができる」と述べる。
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今回のラウンドに参加した他のエンジェル投資家について、同氏は「エリック・ウォールフォース氏やサイモン・ベッカーマン氏のような人たちは、ファッションや音楽文化全体に渡って大きなコネクションを持っている」という。
一方でウィリアムズ氏は、エンターテインメント業界がコンタクトにどのような反応を示すかについて「俳優は、俳優業以外にもさまざまなことをしている。そのようなことすべてを収益化できるプラットフォームを持てるということは、特に俳優は仕事がない時間も長いため、とても重要なことだ」と述べる。しかし、現在のシステムは「エージェントが受けさせてくれるオーディションからしかチャンスが得られない」仕組みになっていると同氏はいう。そして「これでは意欲が湧かずやりがいもない。だから多くの俳優は、ストリーミングプラットフォームで自分の番組を配信したり、自身のドキュメンタリーを作ったり、他の方法で作品を売ったりしている」と続ける。
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同氏は、コンタクトがプラットフォームを通じてそういった場を作り、クリエーターがより自立できるようにしたいと述べ「映画業界や音楽業界には、さまざまな分野でマルチな才能を発揮する、信じられないほど優秀な人たちが溢れている。しかし、彼らはいまだに、強大な権力をもつエージェンシー、レコード会社、マネージャーらに支配され『萎縮』している。才能を発揮するために、他の多くの手段を提供することは、本当に重要なことだと思う」と語る。
セルビー氏、共同設立者、そしてウィリアムズ氏のビジョンが非常に大きなものであることは明らかだ。問題は、同氏らがそれを成し遂げられるかどうかということだ。
しかし、ハリウッドスターを含めたZ世代の影響力を持つ情熱的なチーム、本格的なテクノロジープラットフォーム、米国の有力な投資家、クリエイティブ業界から集められたエンジェル投資家らの組み合わせは、確かに成功の可能性を示しているといえるだろう。
画像クレジット:Getty Images
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(文:Mike Butcher、翻訳:Dragonfly)