【コラム】暗号資産の規制が米国でスーパーアプリが生まれるきっかけになるかもしれない

今や、中国社会の大部分が「スーパーアプリ」と呼ばれるものに依存するようになった。診察の予約からタクシーの配車、ローンの申し込みに至るまで、さまざまなタスクを1つのプラットフォームでこなすWeChat(ウィーチャット)などのアプリのことだ。

米国ではこのようなワンストップショップが勢いに乗ることはなかったが、ついに米国でもそのときが来たのかもしれない。フィンテック業界、とりわけ暗号資産を専門とするプラットフォームからスーパーアプリが誕生する可能性が高いのだ。

株価の高騰と金利の記録的な低下、近い将来に起きるインフレへの不安などが重なり、暗号資産は急速に人気を集めている。米国政府が暗号資産を全面的に規制することを決定した場合(現在、米国議会はこの議題を検討している)、暗号資産の正当性はさらに高まるかもしれない。

今後、暗号資産の発行体が規制当局と連携し、消費者を保護しながら金融および投資に関する新たなオポチュニティを生み出すための妥協案を見いだせた場合、Coinbase(コインベース)などの暗号資産専用プラットフォームの他、PayPal(ペイパル)、Venmo(ヴェンモ)、Stripe(ストライプ)など、最近になって暗号資産による決済機能を追加したサービスが米国版のスーパーアプリに進化する可能性がある。消費者が暗号資産を安全かつ正当なもの、そして使いやすいものとして見ることができれば、これがスーパーアプリの基盤となり得るだろう。

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これらの暗号資産アプリや決済アプリを拡大し、他のアプリやサービスと統合すれば、さまざまなタスクが便利になるはずだ。結局のところ、人は銀行に行くときにだけ資金管理のことを考えているわけではない。そもそも銀行口座を持っていない人も存在する。人は、買い物や旅行をするとき、診察料を払うときにも資金管理について考えており、こうしたアプリはそれぞれの人に必要な金融サービスを各個人に合わせて提供する助けとなるだろう。

暗号資産による決済を他のタスクと統合することは、金融業界を一般に広く行き渡るものに変えるという面でも大きなカギとなるだろう。暗号資産を普及させることで、十分なサービスを受けていないコミュニティの他、信用履歴がなくクレジットカードやローンの申し込みが困難な人に対し、より幅広い金融サービスを提供できるようになるからだ。

スーパーアプリの台頭

WeChatは2011年に中国国内のメッセージングアプリとしてサービスを開始したが、2013年には決済プラットフォームとしての機能を果たし、その後まもなく買い物や食料配達、タクシーの配車といったさまざまなサービスを展開するようになった。

今や、WeChatは何百万もの種類のサービスを提供しており、その大部分は、各企業がWeChat内で動作するミニアプリを開発し、そのミニアプリを通してサービスを提供する形となっている。10億人以上のユーザー数を誇るAliPay(アリペイ)の仕組みも同様だ。これら2つのアプリは、過去10年間で中国を現金主義経済からデジタル決済に大いに依存する経済へと変換したとして評価されている。デビットカードやクレジットカードが普及する中間段階を飛び越えた形での進化だ。

この仕組みはインドネシアをはじめ、同地域の他の国でも普及が進んでいる。ここでカギとなるのは、スーパーアプリのサービスの多くに、決済手段を含む金融サービスが搭載されているという点だ。

米国と欧州でも、こうしたアプリの使用は急増している。Apple(アップル)やFacebook(フェイスブック)、Google(グーグル)などの大手テック企業が決済サービスを追加し、VenmoやSquare(スクエア)といった複数の決済アプリがさらに普及するようになった一方で、スーパーアプリの出現はいまだに見られていない

その理由の1つは、データプライバシーに関する規制だ。米国、そして特に欧州におけるプライバシー規制によってアプリ間のデータ共有が制限されているため、アリペイなどのスーパーアプリにミニアプリを自動統合するようなエコシステムの構築が困難となっている。

また、以前から米国に充実したインターネットエコシステムがあることも理由の1つだ。フェイスブックなどの人気ソーシャルメディアやペイパルなどの決済サイトがスマートフォンの誕生以前から存在したため、1つのアプリが複数のサービスを提供する代わりに、これらのプラットフォームがそれぞれ別のアプリを展開する結果となっている。一方中国では、インターネットの大半がモバイルファーストで、スマートフォンの出現以降に進化している。米国市場は長きにわたり、各タスクについて別個のプラットフォームを使用する形態に慣れていたというわけだ。

しかし、アナリストの多くは、さまざまなアプリやテック企業がサービスの種類を拡大している点(例えばTikTok(ティックトック)はショッピング機能を追加し、Snapchat(スナップチャット)はゲーム用のミニアプリを統合し、Appleは決済業界に参入)を指摘し、米国でもいずれスーパーアプリが台頭するか、たとえそうでなくても今より多機能の大型アプリが出現するだろうと述べている。1つのアプリにサービスを追加し、ユーザーのリテンションを維持する方法を見いだすことができれば、あるアプリでのユーザーの挙動を別のアプリと共有せずに済むため、プライバシー規制を回避することにもなる。

米国では、アジア市場のように1つまたは2つのアプリが群を抜いて市場を支配することは考えにくいものの、アプリの巨大化、そして包括的なものへの変化が進んでいることは明らかだ。

DeFiの進化

一方、過去10年間で暗号資産が生み出したものは決済アプリとスーパーアプリだけではない。ビットコインという1つの製品から誕生した暗号資産は、今や総合的なピア・ツー・ピアの金融システム、いわゆるDeFi(ディーファイ、分散型金融)へと進化した。これには、Ethereum(イーサリアム)やDogecoin(ドージコイン)など複数の通貨が含まれ、システム上でユーザーによるお金の投資、売買、消費、貸し出しが可能となっている。

新型コロナウイルス感染症の拡大によって経済の先行きが不透明になり、また従来の金融機関のなかにも暗号資産関連のサービスを一部提供する機関が増えたことで暗号資産の人気がさらに上昇している反面、暗号資産はいまだに主要の金融システムや金融セクターから除外されており、高い危険性があることを多くの専門家から指摘されている。暗号資産の発行体もまた、分散型の金融製品を生み出すという目標から外れるとして、規制に長らく抵抗してきた。

しかし、この状況には変化が生じ始めており、一部の暗号資産プラットフォームが規制の遵守に関心を示すようになっている。

例えば、Coinbaseはユーザーがコインを他人に預け入れた場合に利子を獲得できるという製品の提供を計画していた。ところが、米国証券取引委員会によるガイダンスの提供がなかったにもかかわらず、同委員会から「Coinbaseが製品をリリースした場合は同社を提訴する」との警告が発せられ、この計画を断念するに至った。事実、暗号資産の発行体は、一部の規制に従うことで自社の製品の正当性が高まり、より多くの人に幅広い目的で使用してもらうことができると認め始めているのだ。この流れには、最近、Stablecoin(ステーブルコイン)をはじめとする新たな暗号資産製品が市場に現れたことで、従来の通貨の価値が議論されていることも関係している。

暗号資産の規制については、米国証券取引委員会の委員長Gary Gensler(ゲーリー・ゲンスラー)氏をはじめ、一部の議員や暗号資産業界の人物が賛成の立場を表明しており、規制の実現は近づいていると考えられる。

暗号資産が米国初のスーパーアプリを後押しする存在に

暗号資産の発行体が政府関係者と連携し、イノベーションを制限することなく消費者を保護するような規制を定めることができた場合、暗号資産は長年動きのなかった米国のスーパーアプリの開発を促す要素となる可能性が高い。

Coinbaseが米国証券取引委員会と連携し、互いに調整しながら質の高い規制を定めることができたならどうだろうか。法令をもとにCoinbaseが、ユーザーが暗号資産として信頼できる、存続可能かつ認定された金融手段であることを立証し、魅力的な収益創出のオポチュニティとなる新規の金融製品のみならず、日常シーンでも使用できるツールとして成長させることができる。規制によって通貨に安定性が生まれれば、隠れた価値を持つ資産としてだけでなく、買い物に便利なツールとして変化させることができるだろう。現時点では日常生活で暗号資産を使おうとした場合、トランザクション時間の長さや手数料の高さ通貨価値の変動の大きさなどがユーザーエクスペリエンスに摩擦を生むことになるが、こうした規制により、面倒な一部の手順を排除することも可能だ。

規制のフレームワークを作成することで暗号資産の需要は圧倒的に増加し、飲食業から小売業に至るまで、暗号資産を使った決済処理への対応を希望する企業が突如として増えるだろう。そうなれば、既存の暗号資産決済アプリへの統合が加速し、それらがスーパーアプリに進化していくと考えられる。従来の通貨を銀行に預金する代わりに、これらのアプリで暗号資産の預金をする人も増え、経済、そして金融のエコシステム全体が根元から覆るだろう。

銀行はいつでも大衆が望む製品を生み出してきたが、暗号資産および分散型金融の業界はまぎれもなく、人が必要とする製品とサービスを提供してきた。現に、規制や法的な環境がはっきりしない今でさえ、何百万もの人が暗号資産を使用しているのだ。

中国では、クレジットカードのサービスを十分に受けられない市場で現金の代替手段が必要となり、そのニーズを満たすべく、ユビキタスかつ統合型のデジタル決済が急速に進化した。同じように、暗号資産ベースのスーパーアプリは従来の決済手段に代わって、あるいはそれに加えて、暗号資産を安全かつ効率的に使用することを望む消費者や企業のニーズを満たすものとなるだろう。

暗号資産が無規制のグレーゾーンにとどまる限り、そのプラットフォームもスーパーアプリに進化することなく、業界外の経済や日常生活から除外されたままとなってしまう。そうなれば、米国はモバイルファーストかつデジタルファーストな、革新的で新しい金融エコシステムを構築するチャンスを逃すことになるのである。

編集部注:本稿の執筆者David Donovan(デビッド・ドノヴァン)氏は、デジタルコンサルタント会社Publicis Sapientの米大陸におけるグローバル金融サービスプラクティスを率いており、元Fidelity Investmentsの幹部。

画像クレジット:loveshiba / Getty Images

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(文:David Donovan、翻訳:Dragonfly)

テンセントが中国人留学生の授業料支払いに特化したクロスボーダー送金スタートアップに出資

Easy Transferのチーム(画像クレジット:Easy Transfer)

Tencent(テンセント)は、国外にいる何十万人もの中国人学生の学費支払いのストレスを軽減することを目的としているスタートアップEasy Transfer(イージートランスファー)に出資した。

Tencentはこの件についてのコメントを却下したが、Easy Transferの創業者でCEOのTony Gao(トニー・ガオ)氏はTechCrunchに、Tencentは現在Easy Transferの株式約5%を所有していると語った。この投資は2021年12月にクローズし、Easy Transferが現在行っているシリーズCラウンドの第1弾となった。IDGキャピタルとZhenFundがEasy Transferの初期投資家だ。

Easy Transferは取引を直接扱うのではなく、中国でのクロスボーダー決済ライセンスを持つ金融機関と連携している。ガオ氏は以前のインタビューで、同社の付加価値は、送金の手間を省くことだと語っている。従来のやり方では、親や学生は銀行を訪れ、たくさんの書類に記入し、送金先情報が正しいかどうかダブルチェックし、大学の口座に授業料が振り込まれるまで気を揉みながら待たなければならなかった。

Easy Transferでは、ユーザーはオンラインで簡単なフォームに記入するだけで、あとは同社が最大200元(約3600円)の手数料ですべてを処理する。

Tencentの戦略的投資により、Easy Transferはユーザー体験をさらに合理化するつもりだ。両社はWeChatベースの学費送金サービス「WeRemit」を共同開発した。WeChatのエコシステム内にある何百万ものサードパーティのライトアプリとは異なり、WeRemitはWeChatからの手厚いサポートを受け、WeChatが一部運営を行っている。

「マネーロンダリング防止、本人確認、情報のセキュリティなど、WeChatはクロスボーダー決済取引をより安全なものにします」とガオ氏はいう。「WeChatは膨大な量のユーザーデータを保有しているため、銀行でも対応できないような強固なリスク管理システムを構築することができるのです」。

お金を動かす前に、WeRemitはユーザーの顔をスキャンして本人確認を行い、WeChatにすでに保存されている個人情報を収集する。中国のインターネットプラットフォームは、モバイル決済やコンテンツ投稿などのコアな機能を有効にする前に、人々の真の身元を確認することが義務づけられている。

WeChatのAIを使った金融コンプライアンスシステムも活躍している。授業料の請求書、内定通知書、ビザ情報など、WeRemitに提出された書類を特定し、理解するために機械学習が使用されている。また、このシステムではリスクの高い取引にフラグを立ててマニュアルで確認したり、請求額と支払額の数字を比較して過払いを回避したりすることもできる。

WeRemitのサービスを支えているのは、Tencentのオンライン決済部門であり、WeChatのデジタルウォレットであるWeChat Payも運営しているTenpayだ。ユーザーから依頼を受けると、クロスボーダー取引ライセンスを持つTenpayが、Easy Transferを受け入れている大学2000校のいずれかに送金する。

中国で広く普及しているWeChatと提携することで、Easy Transferのリーチが大幅に拡大する可能性がある。ガオ氏によると、Easy Transferは2021年に学生12万人にサービスを提供し、20億ドル(約2280億円)以上の取引を処理したという。現在は、WeChatが「海外留学生」と呼ぶ50万人のユーザーをターゲットにしている。教育省によると、2019年には全体で約70万人の中国人学生が海外に留学していた。

Tencentにとって、Easy Transferとの提携は、海外に旅行する観光客をターゲットにしたクロスボーダーフィンテックサービスの幅を広げることにつながるかもしれない。ガオ氏は、Easy Transferのモデルをアジアの他の地域、特に南アジアや東南アジアで再現したいと考えている。インド、ネパール、ベトナムといった国々で増加している海外留学生を取り込む計画だ。これらの国々の家庭は、学費の送金に関して同じような悩みを抱えており、さらに手数料に敏感だと、ガオ氏はいう。

Tencentにとって海外展開は困難で、海外での影響力を拡大するために主に戦略的投資に頼ってきた。例えば、ビデオゲーム会社の膨大なポートフォリオがその例だ。Tencentは、Grab(グラブ)を含むアジア全域の複数のフィンテックサービスプロバイダーを支援してきた。Tencentは、海外送金に必要なライセンスを持つ適切な現地パートナーとEasy Transferを結びつけることができるとガオ氏は述べ、Easy Transferは現地チームの構築とWeRemitのような使いやすいプロダクトに注力するとしている。

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(文:Rita Liao、翻訳:Nariko Mizoguchi

Tencentのチップ開発進出はまったく驚くべきことではない

Tencentは今週初めて、チップ開発の進捗を公開し、その結果、同社の株価はわずかながら上昇している。ゲームやソーシャルネットワークで稼ぐ大企業であるTencentの主要分野からシリコンは遠い存在のように思えるが、観測筋によると、Tencentのこの動きは、半導体を自主開発するという中国の長期的目標に同社も一枚噛んでいることを示すものだ。しかもちょうど現在、ゲーム部門は規制当局から一連の攻撃を受けている。AlibabaやBaidu、Huaweiなどのテクノロジー大手も北京のシリコン推進に自社製チップで応えている。

その一方で、Tencentのようにデータの処理量が極めて多い企業は、もっと早く半導体の自社生産に取り組んでいてもおかしくなかった。

米国時間11月5日にTencentが発表した3つのチップはすべて自社製で、1つはAIの推論用、1つはビデオのコード変換用、そしてもう1つはネットワークインターフェース用だ。

巨大インターネット企業が自らの事業を強化するために専用のハードウェアを開発し始める例は、数え切れないほどある。2018年に、FacebookはAIチップの設計者を雇って、その途方もない量のユーザーデータを処理し、偽情報の問題を解決しようとしていた。

Tencentも、稼ぎ頭のアプリであるWeChatメッセンジャーの毎月のユーザー数は10億を超えており、処理すべきデジタルの足跡は大量だ。

しかしWeChatの管理者であるAllen Zhang(アレン・チャン)氏は、個人データを企業の私的目標に資することに消極的なことで有名だ。これまで、WeChatのユーザーフィードはただ時間順に並んでいるだけで、たまに自社広告が出るぐらいのものだ。

2020年のWeChatの年次大会でチャン氏は「ユーザーのチャットの履歴を分析すれば、巨額の広告収入が得られるだろう。しかし私たちはそれを行わず、WeChatはユーザーのプライバシーを非常に重視している」と述べている。彼が望んでいるのはWeChatが便利な使い捨てのツールであることであり、ユーザーの時間をアルゴリズムが生成する中毒性のあるリコメンデーション漬けにすることではない。

しかしチャン氏は、譲歩したようにも見える。最近のWeChatには、TikTokの最小限の機能を搭載したような短編動画もある。TikTokと同じくWeChatのビデオ機能も、ユーザーの好みを予測してコンテンツを提供している。

Tencentには、機械学習の高性能化が有利に働き、収益が増えそうな事業もたくさんある。たとえばニュースアグリゲーターのTencent Newsや、Netflixに似たTencent Videoなどだ。中国は検閲が厳しいため、コンテンツプロバイダーは、引っかかりそうなテキストやオーディオやビデオを事前に排除するためにより強力なコンピューターの力を必要としているだろう。

Tencentの上級副社長であるDowson Tong(ダウソン・トン)氏によると、同社のAI推論チップは主に、画像と動画の処理、自然言語処理、検索などに使われる。動画のコード変換用チップは、その名のとおりの仕事をしてTencentの膨大な量の動画処理に滑らかさと低レイテンシーを確保する。そしてスマートネットワークのインターフェースカード(SmartNIC)は、CPUサーバーのオフロードに利用される。

Tencentは、チップの開発だけに取り組んでいるのではない。トン氏によると、同社は今後、国内と海外のチップ企業が「深い戦略的なコラボレーション」を維持できるようなエコシステムを作っていく。たとえばTencentは4回の投資ラウンドで上海のEnflameを支援したが、同社はAIの訓練用チップを開発しており、Tencentもすでにそれを自らの事業に利用している

画像クレジット: Visual China Group / Getty Images

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(文:Rita Liao、翻訳:Hiroshi Iwatani)

中国で企業の個人情報の扱い定める「個人情報保護法」が可決、EUのGDPR相当・個人情報の国外持ち出しを規制

中国で企業の個人情報の扱い定める「個人情報保護法」が可決、EUのGDPR相当・個人情報の国外持ち出しを規制

AerialPerspective Works via Getty Images

中国が、ユーザーデータ保護法(PIPL)案を可決したと新華社が伝えています。PIPLは、企業がユーザーデータをどのように収集、処理、保護するかについての包括的なルールを定めるもので、欧州のGDPR(一般データ保護規則)に相当する法律です。

この法律では、データの最小化(データ収集を特定の目的に必要な情報のみに限定すること)が規定されています。また、個人情報の使用方法をユーザーがコントロールできるようにすることも義務付けられており、例えばユーザーにはターゲティング広告を拒否する選択肢などが得られるとのこと。Reutersによると、PIPLでは「企業は明確かつ合理的な目的のもとで個人情報を取り扱わなければならず、取得する情報は目的のために必要最小限な範囲に限定される」とのこと。

また、この法律には第三国へのデータ転送に関しても規定があり、GDPRに定められるデータ保護責任者 (DPO) 的ポストを設置して、プライバシー保護の堅牢性について定期的な監査が行われるとされます。

中国ではPIPLの他にもデータセキュリティ関連の法律(DSL)が可決され9月1日から施行されることになっており、これらは企業が持つ経済的価値と「国家安全保障との関連性」に応じてデータを管理するための明確な枠組みを定めようという動きで、この点においてPIPLは欧州市民の情報を扱うあらゆる企業に適用されるGDPRとは異なっているようです。

中国がこうした法律を用意するのは、巨大化してきた国内テクノロジー企業への規制を強めるためと考えられます。中国最大のEC企業アリババは今年4月に、その支配的立場を乱用した廉で、182億2,800万元(2916億4800万円:当時)の行政処罰を科せられました。またネット配車サービスのDiDiも7月、ニューヨーク証券取引所への新規株式公開(IPO)をおこなった直後に、中国サイバースペース管理局(CAC)がユーザーのプライバシーを侵害した疑いがあるとして調査に入ったことが伝えられ、その出足を大きくくじかれています。また8月7日にはWeChatの”Youth Mode”が児童保護法に違反しているとして、テンセントが提訴されています。

PIPLは2021年11月1日に発効するため、企業がこの法律に対応するための猶予は2か月ほどしか余裕がありません。

(Source:Xinhua。Via CNBCEngadget日本版より転載)

中国政府がテンセント「WeChat」を「未成年者保護の法律に違反」として提訴、ゲーム業界への締め付け強化か

中国政府がテンセント「WeChat」を「未成年者保護の法律に違反」として提訴、ゲーム業界への締め付け強化か

Nikolas Joao Kokovlis/SOPA Images/LightRocket via Getty Images

中国の検察当局が、現地の人気メッセージングアプリ「WeChat」の青少年モード(Youth Mode)が未成年者を保護する法律を遵守していないとして提訴したと報じられています。

米Reuters報道によると、この訴訟は北京市海淀区人民検察院が深圳市のテンセント・コンピュータ・システムズ社に対して起こしたもの。訴状にはWeChatの青少年モードがどのように中国の法律に抵触したかは書かれておらず、テンセント社もコメントを求められてもすぐに答えなかったとのことです。

この問題視された青少年モードは、オンにすると若いユーザーが決済したり、近くの友人を検索したり、特定のゲームをプレイできなくなるという機能です。つまり事実上、WeChatのようなスーパーアプリ(中国内で、日常生活のあらゆる場面で活用できる統合的なアプリ)につき、親が子供の使用を制限するペアレンタルコントロールというわけです。

こうした青少年モードは中国の規制当局による指導のもとで各社のアプリに導入された経緯があり、今回なぜ問題視されたのかは不明です。もっともReutersは今回の訴訟が、中国政府による広範な取締りの一環ではないかと推測しています。

つい先日、中国の国営メディアが多くの10代の若者らがオンラインゲーム中毒となっており、「精神的アヘンが数十億ドル規模の産業に成長した」と報じたばかりです。

この記事はすぐに削除されましたが、直後にテンセント・ホールディングス(上記テンセント・コンピュータ・システムズの親会社)は人気モバイルゲーム「王者栄耀(Honor of Kings)」につき、18才未満のプレイ時間を平日は1日1時間、週末は2時間までに短縮することを発表しています

今年4月、Reutersは中国政府がインターネット大手に対する独占禁止措置の一環として、テンセントに対して巨額の罰金を準備しているとの噂話を報じていました。また国営メディアの証券時報も、今月はじめにゲーム業界に対する税制上の優遇措置を撤廃すべきとの論説を掲載。国営メディアの主張は中国政府の意向に他ならないため、より締め付けは厳しくなることが予想されます。

中国のゲーム産業は巨大なプレイヤー人口や豊富な資金力、それに政府の発展促進政策といった恩恵により、急速な成長を遂げてきました。しかし2018年、習近平主席が子供の近視率が高いことを憂える談話を述べたあと、オンラインゲームの新作やゲーム全体の本数を規制し、子供がプレイする時間を制限するなど風向きが変わっています。

テンセントは任天堂が中国にてNintendo Switchを販売する窓口ともなっているだけに、日本のゲーム業界に対する影響も少なくないはず。今後の展開を見守りたいところです。

(Source:ReutersEngadget日本版より転載)

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カテゴリー:ゲーム / eSports
タグ:WeChat(製品・サービス)ゲーム(用語)Tencent / テンセント(企業)任天堂 / Nintendo(企業)Nintendo Switch / ニンテンドースイッチ(製品・サービス)中国(国・地域)

TencentのWeChatが「法律・規制違反」で新規ユーザー受け付けを一時停止

Tencent(テンセント)のWeChat(ウィーチャット)は7月27日、「関連する法律と規制」を遵守するために中国での新規ユーザー受け付けを一時停止していると明らかにした。同社は、世界最大のインターネットマーケットである中国で当局の調査に直面した最新の中国企業となる。

ソーシャルメディアへの投稿の中で、Tencentは関連する全ての法律と規制に沿うようセキュリティのテクノロジーを「アップグレードしている」と述べ、このプロセスを進める間、「Weixin(WeChatの中国アプリ)の個人と公式の新規アカウント登録は一時的に停止される」と明らかにした。

「登録サービスはアップグレード終了後に元に戻ります。8月上旬が見込まれています」とWeChatは説明した。WeChatの年初時点の月間アクティブユーザー数は12億人超だった。

WeChatが発表でどの法律を指しているのか、にわかには明らかではないが、今回の動きは中国の規制当局がテック企業を幅広く取り締まっている中でのものだ。取り締まりにより、ここ数週間で中国企業の何十億ドルという時価総額が吹き飛び、ソフトバンクなど多くの著名グローバル投資家が影響を受けている。

中国でスーパーアプリとして展開されているWeChatがこの種の措置を取らなければならなくなったのはここ10年ほどで初めてのことだ。メッセージサービスの提供に加えて、ユーザーはWeixinでオンライン決済をしたり、幅広い金融サービスにアクセスしたりできる。

(他のマーケットでは様子は異なる。ドナルド・トランプ氏は2020年に米国内でのTikTok、WeChatを使った決済を禁止する大統領令に署名した。ジョー・バイデン大統領は6月、そうした措置を取り消して置き換えた

一部のアナリストは、中国政府が国内におけるテック企業の増大しつつある影響力と市民のデータのプライバシーを懸念している、と考えている。

7月上旬、中国のサイバーセキュリティ当局は配車サービス大手アプリのDidiに新規ユーザーの受付停止を命じた。この措置は同社のニューヨーク証券取引所での44億ドル(約4838億円)の新規株式公開から数日後のことだった。当局はDidiが顧客の個人データを不正に収集していたと非難し、Didiアプリは中国のアプリストアから削除された。

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画像クレジット: Drew Angerer / Getty Images

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(文:Manish Singh、翻訳:Nariko Mizoguchi

バイデン大統領がトランプ氏時代のTikTok、WeChat禁止令を廃止

Joe Biden(ジョー・バイデン)大統領は、トランプ政権時代の遺産を撤回することで中国テック企業が米国で直面している不確実性を減らしている。ホワイトハウスが米国時間6月9日に発表した声明によると、バイデン大統領は前大統領のDonald Trump(ドナルド・トランプ)氏によるTikTokとWeChatをターゲットとした禁止令を廃止する大統領令に署名した。

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そしてバイデン大統領は、国家安全保障上のリスクをもたらす「敵対国の管轄」に結びついているアプリを商務省がレビューする新しい大統領令にも署名した。

米国でTikTokとWeChatを禁止しようとしたトランプ氏の大統領令は連邦裁判所によって阻止された。これとは別に、TikTokの米国事業の売却を強制する試みも棚上げされた

米商務長官が中国を含むと定義した「敵対国が抱えている人や敵対国にコントロールされている人、敵対国の管轄下にあったり指示を受けたりしている人によってデザイン、開発、製造、あるいは供給された特定のコネクテッドソフトウェアアプリケーションの米国での使用の増加」は「米国の安全保障や外交政策、経済を脅かし続けている」。

中国テック企業に対する厳しい調査は米国の当局にとって優先順位は高いままだが、ジョー・バイデン政権下では政策はより秩序だったものになる。米国マーケットを切望している中国企業はデータコンプライアンスの課題によく準備しなければならないだろう。

大統領令では国務長官や国防長官、司法長官、保健福祉長官、国土安全保障省長官、国家情報長官、その他の機関のトップと協議して「外国の敵」によって所有あるいはコントロールされているプラットフォーム上の米国人のデータを保護する行動を120日以内に考えるよう商務長官に指示している。

FacebookやGoogleのような米国のテック企業もかなりの量のユーザーデータを収集していることはよく知られているが、TikTokアプリのデータ収集の「範囲と規模」は中国のスパイが米国市民に関する「あらゆる種類の知的な質問」に簡単に答えられるようにしている、と米国家安全保障局のサイバーセキュリティ担当ディレクターAnne Neuberger(アン・ノイバーガー)氏はDisrupt 2020でTechCrunchに語った。そして「特に中国が自国外の人々から集めた情報をどのように使うのかについて大きな懸念」がある、と話した。

中国テック企業は米国でトップランキング入りした多くのアプリを制作してきた。米政府が使用を禁止しようと試みたことを受け、シンガポールを足がかりにしようと取り組んできたTikTokは、この記事執筆時点で米国App Storeの無料アプリ部門で第2位にランクインしている。TikTok同様にByteDanceが所有するビデオ編集アプリCapCutもこのところ米国でかなりダウンロードされている。Tencentや中小のスタジオが展開しているモバイルゲームも引き続き米国でかなりのユーザーを集めていて、ファストファッション買い物アプリのSheinは米国でAmazonをしのぐペースで成長している。

米商務省、Tencent、ByteDanceからすぐにはコメントを得られなかった。

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カテゴリー:ネットサービス
タグ:ジョー・バイデン中国TikTokWeChat、SNS、アメリカ

画像クレジット:Drew Angerer / Getty Images

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(文:Rita Liao、翻訳:Nariko Mizoguchi

WeChatのeコマースが急成長、年間取引額は約25.6兆円

WeChat(ウィーチャット)はソーシャルネットワーキングアプリとして10年が経とうとする中、ショッピングへの野望を高め続けている。この中国のメッセージアプリは年間取引額にして1兆6000億元(約25兆6200億円)を仲介した。スーパーアプリで実行されるサードパーティのサービス「ミニプログラム」を通じて、ユーザーは服を買ったり、食べ物を注文したり、タクシーを呼んだりできる。

これは2019年のミニプログラムの取引額の2倍だ。ネットワーキングの巨人である同社はこれをビジネスパートナーとエコシステム開発者のための年次会議で発表した。通常、WeChatはホームタウンである中国南部の広州で開催するが、2021年はパンデミックのためオンラインで行った。

Alibaba(アリババ)の最大の競争相手であるeコマースのスタートアップのPinduoduo(拼多多=ピンドゥオドゥオ)は、第3四半期に合計2147億ドル(約22兆円)の取引を記録した。

WeChatは2017年の初め、Apple(アップル)のApp Storeへの挑戦とも見られた動きでミニプログラムを導入し、時が経つにつれメッセージアプリを人々の生活を維持するオンラインインフラに仕立てていった。WeChatがホストするサードパーティのライトアプリがいくつあるのかは最近明らかにされていないが、2018年までにその数は100万に達し、当時のApp Storeの半分を占めた。

Tencent(テンセント)の戦略的観点から、ミニプログラムをベースとした取引の成長は、フィンテックビジネスを強化するという同社の目標をさらに促進するのに役立つ。同社のフィンテックビジネスにとってデジタル決済は重要な収入源だ。

WeChatのミニプログラムの大部分はゲームであり、女性と中年のユーザー、および中国のティア3の都市に住むプレイヤーの増加により、月間ユーザー数が5億人を超えたとWeChatは述べている。

このバーチャル会議では、2020年の月間アクティブユーザー数が12億人を超えた中国最大のメッセージアプリから、一連のマイルストーンも発表された。

毎月のユーザーのうち5億人がWeChat検索機能を利用した。中国のインターネットはTencent、Alibaba、Baiduなどの巨人が管理するいくつかの壁に囲まれた庭に分けられており、競合他社のサービスをブロックすることがよくある。ユーザーがWeChatで検索すると、実際にはオープンウェブではなく、メッセージアプリやSogou、Pinduoduo、ZhihuなどのTencentの同盟国で公開されている情報を取得する。

WeChatによると、2億4000万人が「決済スコア」を利用している。この機能が2019年にデビューしたとき、それはWeChatが消費者信用金融に参入し、政府の社会信用システムに参加したことを示しているとの憶測があった。WeChatは2021年のイベントで、WeChatスコアはどちらも行っていないと繰り返した。

Ant Group(アントグループ)のセサミスコアと同様、WeChatの評価システムは「販売者とユーザーの間の信頼を構築するように設計」されたロイヤルティプログラムのように機能する。たとえば特定のスコアに達した人は、WeChatで業者のサービスを使用するとき、デポジットを免除されたり、支払いを遅らせたりすることができる。WeChatによると、このスコアによりユーザーは年間300億ドル(約3兆1200億円)以上のデポジットを回避することができた。

WeChatの法人バージョンのアクティブユーザーは1億3000万人を超えた。最大のライバルであるAlibabaが運営するDingtalkは、2020年3月に1日のアクティブユーザーが1億5500万人に達している

終日行われたイベントは、WeChatを生み出したAllen Zhang(アレン・チャン)氏の待望の登場で締めくくられた。チャン氏は、Snap(スナップ)のストーリーにいくぶん似ているWeChatの初期のショートビデオ機能について非常に長い時間をかけて話した。同氏は「広報チームが許可していない」ため、ショートビデオのパフォーマンスについては明かさなかったが、「私たちが自分たちの目標を設定する場合、それは達成されなければならない」と述べた。

チャン氏はまた、WeChatチームがユーザー向けの入力ツールを検討していると発表した。Tencentの巨大な規模を考えると、これは小さなプロジェクトだが、このプロジェクトは「プライバシー保護」に対するチャン氏の信念を反映している。WeChatのユーザーデータの扱いについて一般の人々が懐疑的であるにもかかわらずだ。

「ユーザーのチャットの履歴を分析すれば、その会社に大きな広告収入をもたらすことができます。しかし、私たちはそういうことはしません。WeChatはユーザーのプライバシーを大切にします」とチャン氏は主張した。

「しかし、なぜWeChatで今。発言したことに関連する広告がいまだに表示されるのか。WeChatに限らず、情報を処理するチャネルは他にもたくさんあります。そこで私たちの技術チームは『自分たちで入力ツールを作成してみては』といったのです」。

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タグ:WeChat中国eコマース

画像クレジット:WeChat founder Allen Zhang

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(翻訳:Mizoguchi

TikTok、WeChatをめぐる騒動と、米中間で広がるデジタル格差

この10年で、中国と米国のテック企業のダイナミクスは大きく変わった。かつて中国は米国の有望な市場とみなされていたが、中国の技術革新と投資力が目に見えて高まるにつれ、その立場は逆転した。また、中国共産党のサイバーセキュリティ規制の対象が拡大されると、データプライバシー侵害を懸念する声が高まった。しかし、そんな中でも、両国が互いにアイデアを交換できていた期間は何年もあったように思う。ところが、関税戦争という政治的背景もあり、また最近、TikTokとWeChatに対してトランプ政権の大統領命令が発令されたせいで、そうした良い関係もすっかり損なわれてしまった。

米国商務省は先週、TikTokとWeChatの米国での利用停止を強制する予定だったが、両社に対する命令の執行は延期された。WeChatについては、米国地方裁判所裁判官は利用停止の一時的な保留を命じた。一方、TikTokの所有会社であるByteDance(バイトダンス)は、Oracle(オラクル)との複雑な交渉の最終段階を迎えている。

TikTokとWeChatをめぐる紛糾は、米国の中国テック企業に対する見方が大きく変化したことを明確に示している。TikTokは、中国企業による消費者向けアプリとして初めて米国で大きな地盤を築いただけではなく、米国の大衆文化にも大きな影響を与えた。ほんの10年前、いや5年前でさえ、このような事態になろうとは、ほとんど想像もできなかっただろう。

進出先としての中国

14億人の人口を抱える中国は長い間、中国政府による検閲が強化されていた時期でさえ、多くの海外テック企業から、もうかる市場とみなされてきた。2003年、中国公安部は、一般に「万里のファイアウオール」と呼ばれるGolden Shield Project(金盾)を開始した。目的は、中国のインターネットユーザーがアクセスできる海外のサイトやアプリを制限することだ。万里のファイアウオールは当初、主に反中国共産党コンテンツが掲載された中国語サイトに対するアクセスを制限していたが、やがて、より多くのサービスをブロックするようになった。

2006年1月26日、Google(グーグル)が中国本土進出を果たした翌日のノートパソコンの画面。グーグルは、北京当局によって禁止されているウエブサイトやコンテンツを検閲することに同意した後、新しいサービスを開始した。画像クレジット:AFP PHOTO / Frederic J. BROWN

中国共産党によるオンライン検閲は厳しくなる一方だったが、それでも多くの米国のインターネット企業は中国への進出を熱望していた。当時最も注目されていたのはGoogle(グーグル)だ。グーグルは2000年に、Google.comに中国語のサポートを追加した。

グーグル検索エンジンへは部分的にしかアクセスできず(ファイナンシャル・タイムズ紙の2010年版記事アーカイブによると、この原因は、中国の認可を受けたインターネットサービスプロバイダーによる「広範なフィルタリング」である可能性がある)、2002年には短期間ブロックされたこともあったが、それでもグーグルは、グーグルニュースの簡体字中国語版など、中国のユーザー向けに新しいサービスの提供を続けた。

2005年には、中国にR&D部門を設置する計画を発表した。そして翌年には、Google.cnを正式に立ち上げた。グーグルは、Google.cnを立ち上げるために、政治的にセンシティブなトピックの検索結果を排除することに同意し、物議を醸した。

このように中国政府に対して譲歩の姿勢を見せていたのにもかかわらず、グーグルと中国との関係は悪化し始めた。このことは、他の海外テック企業、とりわけオンラインサービスを提供する会社が中国市場への参入を試みるとどういう結果になるのかを暗示していた。YouTubeへのアクセスについては、ブロックと解除が繰り返されたが、Lhasa(ラサ)のデモに参加したチベット人を容赦なく殴打する場面を撮影したとみられる動画がアップロードされた後、2009年に完全にアクセス禁止となった。同じ年、フェイスブックとツイッターへのアクセスもブロックされた。

2010年1月、グーグルは中国でのネット検索の検閲を中止し、必要なら同国から撤退すると発表した。また、Google.cnでのすべての検索クエリをGoogle.com.hkにリダイレクトする措置も開始した。

ただし、中国でのR&D活動は継続し、セールス部門もそのまま残された(2018年のThe Interceptの調査で、グーグルは、Project Dragonflyというコードネームで中国での検索の検閲を再開したことがわかっている)。グーグル以外の米国テック企業も、たとえ自社のサービスが中国でブロックされても、中国市場への進出を諦めなかった。

フェイスブックのCEOマーク・ザッカーバーグ氏は2010年代の半ばに、数回に渡って中国を訪問した。2015年には、研究開発の最先端である清華大学を訪問している。ザッカーバーグ氏はその前年に同大学の理事会メンバーとなっており、標準中国語で何度か一般講演を行っている。フェイスブックが同社サービスの中国版をリリースするという憶測が飛び交ったが、中国本拠の企業は、当時もその後も、フェイスブックの最も重要な広告収益源であった

さらに、国内企業の競争力強化を目指して策定された中国政府のポリシーが成果を上げ始め、2015年までには、大半の米国テック企業は中国市場に参入するために中国国内のパートナーを見つける必要に迫られることになった。中国が米国の技術イノベーションを求めるという図式は、こうして逆転し始めたのである。

ダイナミクスの変化

Google Playが中国でブロックされると、サードパーティー製Androidアプリストア登場の道が開けた。その1つが、中国インターネット大手Tencent(テンセント)のMy Appだ。

しかし、テンセントで最も影響力のあるアプリは、2011年にリリースされたメッセージアプリWeChatである。WeChatリリースの2年後、テンセントは、TenPayとの統合化によりモバイル決済サービス分野にも進出する。5年も経たないうちに、WeChatは、数億人のユーザーの日常生活に欠かせないアプリとなった。WeChat Payと、その主な競合相手であるAlibaba(アリババ)のAlipayは、中国の決済市場に革命を起こした。シンクタンクCGAPの調査によると、今や、中国の消費者決済の3分の1はキャッシュレス化しているという。

北京発 – 2020年9月19日:中国人の顧客が地元の市場で、モバイル端末上で動作するWeChatのQRコードを使って決済している。画像クレジット:Kevin Frayer / Getty Images

2017年、Wechatは、「ミニプログラム」をリリースした。このミニプログラムにより、開発者はWeChat上で動作する「アプリ内アプリ」を作成できるようになった。Tencentによればミニプログラムはあっという間に軌道に乗り、2年にも満たない短期間で、その数は100万、1日あたりのユーザー数は200万人に達したという。グーグルでさえ、2018年に独自のミニプログラムを密かにリリースした

こうしてWeChatは中国国内では広く普及したが、その存在は世界的にはまだあまり知られていなかった。特に、別のメッセージアプリWhatsAppと比較するとその差は歴然としていた。WeChatの月間アクティブユーザー数は10億人を超えていたが、そのうち海外のユーザー数は推計で1~2億人程度だった。その多くは、WeChatを使って中国本土の家族や仲間と連絡を取る中国人移民たちだ。というのも、WhatsApp、Facebook Messanger、Lineといった他の人気のメッセージアプリはすべて中国ではブロックされているからだ。テンセントは、Tesla(テスラ)、Riot Games(ライアットゲームズ)、Snap(スナップ)など、多くの米国企業に大口の投資を行っており、スナップの創業者Evan Spiegel(エヴァン・シュピーゲル)氏を含むテック起業家たちの間ではインスピレーションの源だと言われていたが、世界的な大ヒットアプリはまだ生み出したことがなかった。

その間、別の企業が競争優位を獲得し、テンセントが成功できなかった分野で成功を収めていった。

2012年にマイクロソフトのベテラン社員Zhang Yiming(チャン・イーミン)氏によって創業されたByteDance(バイトダンス)もやはり、創業当初、中国政府とのゴタゴタに巻き込まれた。同社が最初にリリースしたアプリはNeihan Duanziと呼ばれるソーシャルメディアプラットフォームで、そのユーザー数は2017年に2億人に達したが、翌年、中国国家広播電影電視総局によって不適切なコンテンツがあるとの指摘を受けたあと、利用停止を命じられた。こうした初期の挫折はあったが、バイトダンスはToutiao(中国トップのニュースアグリゲータ)などのアプリをリリースし、成長を続けた。

そして2016年に、同社を最も世に知らしめたアプリをリリースする。このアプリは中国でDouyin(抖音またはドウイン)と呼ばれている。バイトダンスは、海外でショートビデオ共有アプリを広める計画を以前から練っていた。中国のテックニュースサイト36Krのインタビューでチャン氏は次のように答えている。「中国のインターネット人口は世界全体の5分の1にすぎない。世界に進出しなければ、我々は、中国以外の市場に目を付けている同業他社に敗北することになる」。これは、中国を重要な市場とみなしてきた米国のインターネット企業の見方とまったく同じだが、(立場が逆転したという意味で)正反対であるとも言える。

ドウインの国際バージョンであるTikTokは、2017年にリリースされた。その年、バイトダンスはティーンエージャーに人気のリップシンクアプリMusical.lyを買収する。買収金額は8億ドル~10億ドル(約840億円~1050億円)と言われている。バイトダンスはMusical.lyとTikTokを統合して、両アプリの視聴者を一元化した。

2019年に入る頃には、TikTokは米国の10代~20代前半の若者の間で人気アプリとなったが、多くの大人たちは一体どこが良いのか理解に苦しんでいた。しかし、TikTokが一躍、Z世代文化の中心に出てくると、米国政府による監視の対象になり始めた。2019年2月、連邦取引委員会は、子どものプライバシー保護法に違反したとしてTikTokに570万ドル(約6億円)の罰金を科した

その数か月後、米国政府は国の安全保障に関わる問題としてTikTokの調査を開始したと見られている。これが、その後8月に発表された同社に対する大統領命令、バイトダンスと「信頼できるテクノロジーパートナー」であるOracle(オラクル)との不可解な新合意をはじめとする一連の出来事へとつながっていった。

2017年のサイバーセキュリティ法の影響

TikTokが安全保障上の脅威とみなされている国は米国だけではない。インド政府は今年6月、「国家の防衛と安全保障」を脅かすとして、59の中国製モバイルアプリを使用禁止としたが、その中にTikTokも含まれていた。フランスのデータセキュリティ監視機関CNILも、ユーザーデータの処理方法に関してTikTokを調査している

TikTokのデータ収集方法は、ターゲット広告からの収益に依存している他のソーシャルメディアアプリとほぼ同じだと考えているサイバーセキュリティ専門家もいるが、問題の核心は2017年に施行された中国のサイバーセキュリティ法にある。同法では、企業が中国国内で保存したデータについては、中国政府の要求に従う必要があると規定されている。バイトダンスは、米国ユーザーのデータは米国とシンガポールで保存されたものであるとし、中国政府による米国ユーザーのデータへのアクセスを拒否する、と繰り返し主張してきた。

2019年10月に出した声明の中でTikTokは次のように述べている。「当社のデータセンターはすべての中国国外に存在しているため、当社のデータはすべて中国の法律の対象外である。さらに、当社は、堅牢なサイバーセキュリティポリシー、データプライバシー、セキュリティ対策に特化した専任の技術チームも設置している」

同社はまた、同じ声明の中で、香港の抗議デモウイグル人などのイスラム教徒グループに対する中国政府の弾圧に関する動画を含むコンテンツの検閲についても懸念を表明し、「中国政府からコンテンツ削除の要請を受けたことはないし、受けたとしても応じるつもりはまったくない」と断言した。

米国におけるWeChatとTikTokの不確かな未来

しかし、バイトダンスは中国の企業であるため、最終的には中国の法律の規制を受ける。今週始め、バイトダンスは、オラクルとウォルマートにTikTokの全株式の20%を売却した後、残りの80%を保有すると発表した。その後、オラクルの執行副社長Ken Glueck(ケン・グリュック)氏は、オラクルとウォルマートは、TikTok Globalという新しく創設される会社に対して投資すると発表し、さらに、バイトダンスはTikTok Globalに対する所有権をまったく持たない、と付け加えた。

この発言は新たな疑問を生むだけで、最も知りたいことに答えていない。この米国版TikTokはバイトダンスとどのような関係になるのだろうか、また、今後も、大きな懸念事項である中国のサイバーセキュリティ規制の対象になるのだろうか。

バイトダンスがオラクルとウォルマートとの交渉を発表したのと同じ頃、米国の地方裁判所裁判官は、U.S. WeChat Users Alliance(米国WeChatユーザー同盟、米国ユーザーのWeChatへのアクセス保護を求める弁護士グループによって創設された非営利団体)米国政府を相手取って起こした訴訟の一環として、WeChatの全国規模での使用禁止を一時的に延期する決定を下した。Laurel Beeler(ローレル・ビーラー)裁判官は自身の見解として次のように書いている。「政府は、中国の活動は米国の安全保障に対する重大な懸念を提起するものであると明言しているが、すべての米国ユーザーに対してWeChatの使用を事実上禁止することでそうした懸念が軽減されるという証拠はほとんどない」。

同じサイトで、米国WeChatユーザー同盟は、8月6日のWeChatに対する大統領命令は、「米国憲法および行政手続法の多くの条項に違反している」と確信している、と述べている。同ユーザー同盟は、WeChatの使用禁止は、WeChatを使用して家族、友人、仕事仲間とコミュニケーションを図っている「米国の数百万人のユーザーの生活と仕事に重大な支障をきたすものだ」と主張している。

WeChatは厳重に検閲されているものの、ユーザーは、中国政府が神経質になっているトピックに対する検閲をうまく回避する方法を見つけていることが多い。例えば、ユーザーたちは、絵文字やPDF、およびKlingonなどの架空の言語を使って、Ai Fen(アイ・フェン)氏のインタビューを共有している。アイ氏は武漢市中心病院救急科主任の医師で、中国政府が新型コロナウイルスに関する情報を隠ぺいしようとした最中にあって同ウイルスについて警鐘を鳴らし続けた最初の人物の一人だ。

広がる格差

TikTokとWeChatに対する米国政府の措置の背景には、緊迫の度を増す政治情勢がある。Huawei(ファーウェイ)とZTEは2012年、超党派の下院委員会の報告で、米国安全保障の潜在的脅威として最初に名指しで指摘されたが、世界最大の通信機器サプライヤであるファーウェイに対する法的措置は、トランプ政権のもとでエスカレートしていった。具体的には、司法省によるファーウェイの刑事告発や最高財務責任者Meng Wanzhou(モウ・バンシュウ)氏の逮捕および起訴などだ。

米国政府の措置は、国の安全保障という名目で行われたものの、その影響を受けるのは、中国政府や中国の大企業だけではない。中国人留学生の入国ビザ規制が非常に厳しくなるなど、個人にも大きな影響が及ぶ。

同時に、習近平体制の下で万里のファイアウォールによる制限が強化されており、中国のサイバーセキュリティ法がますます強権的になり、市民データに対する当局のより広範なアクセスを許可するようになっている。また、ウイグル人やその他の少数民族の監視に、より洗練された監視テクノロジーが使われるようになり、2017年に強化が始まったVPNサービスの取り締まりにより、中国在住の人たちが万里のファイアウオールを回避するのはますます困難になっている。

そうした社会問題と比較すれば、ビデオ共有アプリの将来など比較的小さな問題と思えるかもしれない。しかし、この問題が、過去10年間の米中関係で最も不安な展開を見せていることは間違いない。

2016年のワシントン・ポスト紙の「中国はイノベーションを起こせないと信じたい米国を愕然とさせるテック業界の真実」と題する記事は、この展開を予見していたかのようだ。この記事で執筆者のEmily Rauhala(エミリー・ラウハラ)氏は「中国のテック業界は中国というパラレルワールドで繁栄している」と書いている。TikTokが米国の文化に与えた大きな影響は、2つのパラレルワールドが結合すると何が起こるのかをうかがわせるものとなった。しかし、地政学的な緊張という背景の中、今回のTikTokとWeChatをめぐる騒ぎによって別のことが明らかになった。それは、ニ大大国の市民によるアイデアと情報の相互交換は、彼らが制御できない状況の中でますます制限されるようになっているという事実だ。

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(翻訳:Dragonfly)

中国は米国企業へのTikTok買収を認めず、合意に達しない状況を「ゆすり」と呼ぶ

9月20日とされていたTikTokの売却の期限はとっくに過ぎているが、関係者はまだ取引条件で合意に達していない。TikTokの親会社であるByteDanceと買い手であるOracleとWalmartは、アプリの将来的な所有権について相反するメッセージを出しており(未訳記事)、投資家とユーザーを混乱させている。一方、TikTokの売却に対する中国政府の不服は、日増しに明らかになっている。

OracleとWalmartが「いじめとゆすり」でTikTokを効果的に買収することを可能にする「汚い」「不公平」な取引を中国が承認する理由がないと、9月23日に中国共産党の公式英字新聞であるChina Dailyに掲載された社説は激しく非難している。

この社説では、2020年に10億ドル(約1050億円)の収益が見込まれているTikTokの成功に対して「明らかにワシントンが不安を感じている」と主張し、米国が「国のセキュリティを口実にしてこのショートビデオ共有アプリを禁止させたのだ」という。

この公的メッセージに対してByteDanceの受け取り方は複雑だろう。これまで同社は、中国政府と無縁であることを証明しようとしてきた。西側諸国で同社が自由に活動するための前提条件だ。

中国政府はすでに一連の輸出規則を修正して、TikTokの取引を複雑にしてきており、特定のAI技術を外国に売ることを制限している。ByteDanceも中国の国営メディアも、合意に技術移転は含まれない、と述べている。

トランプ政権は、納得できる条件に達しなければTikTokのダウンロードを禁ずるといっているが、現在すでに米国には1億のユーザーがいる。トランプ政権はTencentのWeChatの閉鎖も計画したが、しかしそれはサンフランシスコの地裁がブロックした

市場調査企業のSensor Towerによると、TikTokの米国におけるインストール数は、App StoreとGoogle Playを合わせて1億9800万、米国でのWeChatのインストールは2014年以来2200万近い。TikTokは米国に巨大なユーザーベースがあるが、WeChatを使っているのは主に中国に家族などがいる中国語を話すコミュニティの人びとだ。中国では欧米のチャットアプリが禁じられていることが多いため、WeChatが主流のメッセンジャーだ。

アプリ禁止の締め切りである9月20日の直前に中国の商務省は、TikTokとWeChatに対する「いじめをやめよ」と米国に呼びかけた(China Daily記事)。そして、止めなければ「中国企業の正統な権利と利益を保護するために対抗措置をとる」と通告している。

対抗策といえば、2019年に米国が通信機器大手のHuawei(ファーウェイ)に対する一連の不利益な措置を発表したとき中国は、「市場のルールに従わず」しかも「中国企業の正統な権利と利益を一血ル敷く損なう」外国企業と個人を対象とした「信頼できない企業リスト」を公表する(未訳記事)と明言したが、そのリストはまだ明らかになっていない(Reuters記事)。

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トランプ政権指示のWeChat配布禁止を米連邦地裁が拒否、現在もダウンロード・利用可能

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タグ:TikTok ByteDance WeChat ドナルド・トランプ 中国

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(翻訳:iwatani、a.k.a. hiwa

トランプ政権指示のWeChat配布禁止を米連邦地裁が拒否、現在もダウンロード・利用可能

数日前、米国商務省は8月にトランプ大統領が署名した執行命令を受けて、米国のユーザーによるTikTokとWeChatのダウンロードを中止することを目的とした、一連の規則を発表した。TikTokは米国時間8月19日、Oracle(オラクル)やWallmart(ウォルマート)との投資・クラウドサービス契約に署名したことで、ダウンロード禁止の実施を少なくとも1週間遅らせたことで、ギリギリのところで猶予を得た。しかし、WeChatは事実上、本日(米国時間8月20日)に、ダウンロードといくつかのサービスの禁止が実行されることになっていた。

いま、中国語圏のコミュニティで広く使われ、中国に拠点を置くTencent(テンセント)が所有するソーシャルアプリの将来をめぐる戦いに新たなしわ寄せが来ている。サンフランシスコの連邦地裁判事は、禁止が米市民の自由な言論権を損なっていると主張するWeChatユーザーの訴訟を受け、全国的な禁止を一時的に停止した。その裁判である「U.S. WeChat Users Alliance v. Trump」は進行を許可されることになる。

米国時間9月19日に発表された短い意見書の中で、米国のLaurel Beeler(ローレル・ビーラー)判事は、政府の訴えは修正第1条の根拠に弱点があること、政府が産業をコントロールするために既存の法律の中で行動する権限があること、禁止が米国の中国語圏コミュニティに与えるであろう損害と比較して全体的にあいまいであることを主張した。

ビーラー判事の見解は以下のとおり。

確かに政府の包括的な国家安全保障上の利益は重要である。しかし、この記録では、政府は中国の活動が国家安全保障上の重大な懸念を引き起こしていることを立証しているが、米国のすべてのユーザーに対するWeChatの効果的な禁止がこれらの懸念に対応しているという証拠はほとんど示されていない。また、原告が指摘しているように、オーストラリアが行ったように政府のデバイスからWeChatを禁止したり、データセキュリティに対処するために他の手段を講じたりするなど、完全な禁止に代わる明白な選択肢がある。

訴訟手続きの可能性と禁止が実施された場合の即時の損害を考慮して、裁判官は商務省のアプリ禁止命令の実施に対する全国的な差止命令を開始した。

商務省はこの展開に対応する機会を得ることになるが、命令を編集するか、裁判所を通じて他の手段を追求するか、あるいは命令を完全に取り消すことを選択するかどうかは、近日中に判明することになるでしょう。

画像クレジット:Drew Angerer / Getty Images

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(翻訳:TechCrunch Japan)

WeChatとTikTokのダウンロードが9月20日から不可に、米商務省が発表

米商務省は、TikTok(ティクトック)とWeChat(ウィチャット)の利用禁止に関する詳細を発表した(米商務省プレスリリース)。国家安全保障上の懸念によるこの措置については9月20日までに実施するとの方針を8月に示していた。今回の詳細では、9月20日と11月12日がカギとなる。両アプリ、そしてそのアップデートも9月20日から米国のアプリストアで利用できなくなる。しかしTikTokは11月12日までオペレーションを展開できる。これは11月3日の米大統領選挙以降も利用できるようにするだけでなく、サービス提供を中断することなくOracle(オラクル)やその他のパートナーがTikTokの米国事業を引き継ぐという複雑な交渉を完了させるのに時間を与えることにもなる。

そうしたタイミング、加えて商務省長官Wilbur Ross(ウィルバー・ロス)氏の声明は、この件に関する政治的な意図を如実に表している。

「今回の措置は、トランプ大統領が国家の安全を保障し、米国民を中国共産党の脅威から守るためにあらゆる手段を尽くすことを示している」とロス氏は声明で述べた。「大統領の指示のもと、我々の価値、民主的なルールに基づく規範、米国の法律や規則による積極的な取り締まりを推進する一方で、中国の悪意ある米国市民の個人情報データ収集と戦うために重要な行動を取った」

最初の行動として、Tencent(テンセント)が所有するWeChatと、ByteDance(バイトダンス)が所有するTikTokは9月20日からアプリの配布を停止しなければならない。言い換えると、同日から両アプリはダウンロード全面禁止で、アップデートも不可となる。また「米国内での資金の移動や決済処理を目的とするWeChatモバイルアプリを通じたサービスのいかなる提供」、つまり決済も禁止する。

9月20日以降、WeChatはまた「機能や最適化を可能にするインターネットで展開するサービスの提供」、コンテンツ配信やインターネットトランジット、ピアリングの提供、構成コード、ファンクション、アプリのサービスの提供も禁止され、つまり全面禁止となるようだ。

注意を引くのが、TikTokはオペレーション面で同じような禁止措置を受けないことだ。つまり9月20日までにダウンロードされたTikTokはまだ当分使える。

日付はいくつかの理由で重要だ。まず、大統領選後もしばらくTikTokを利用できる状態にしている。トランプ大統領はこの人気アプリを禁止すると多くの人が言っていた。しかしそうすることで若い有権者の票を失うことになるかもしれない。実際そうなるかはわからないが、再選へ向けた問題となっていたようだ。

2つめに、TikTokのオペレーションを引き継ぐために交渉しているOracleやWalmart(ウォルマート)、その他の企業によるコンソーシアムがサービス提供を中断することなく交渉を完了させられるよう、猶予を与えた。TikTokは米国にユーザー約1億人を抱え、欧州にも同規模のユーザーがいる。

交渉を巡るニュースは日々変化している。完全買収と報じられたかと思えば、OracleはTikTokのデータを管理するがソースコードは含まれないという話になり、はたまた中国と米国の承認を得るためにソースコードもライセンス提供するという話になったりしている。最新のニュースには、上場して新CEOにInstagram(インスタグラム)共同創業者Kevin Systrom(ケビン・シストロム)氏を据えるというアイデアもあった。

皮肉なことに、この最新の動きについて率直に意見を言うテック業界リーダーの1人が、現在のInstagramの責任者Adam Mosseri(アダム・モセリ)氏だ。同氏は他のテック企業にも影響を与える含意について自身の考えをツイートしていた。

アダム・モセリ:この見出しには注意してください、禁止はTikTokの「新規ダウンロード」だけです。

前にも言いましたが、米国のTikTok禁止は、Instagram、Facebook、そしてより広くインターネットにとってかなり悪いことになります。

(もちろん我々はこのところ、アプリと国境を越えて事業展開するための自由をめぐるしっぺ返し戦争の最中にいる。ファイアウォールを備えた多くの国は、国家安全を脅かしていると感じた場合に他国のアプリを禁止することはまったく誤ったことではないとしてきた)。

米商務省の決定はトランプ大統領が8月6日に署名した大統領令に沿ったものだ。大統領令では、国家安全に関する懸念を理由にTikTokとWeChatへのアクセスを阻止する政府の意向をByteDanceとTencentに通達した。

大統領令は、署名されるまでの数週間にわたってTikTok禁止を回避するために展開されていた交渉を促した。協議はまだ続いていて結論は出ていない。米国9月18日現在、Oracle、そしておそらくWalmartもホワイトハウス、財務省、そしてByteDanceと大統領に受け入れられる取引となるよう協議を続けている。中国にもまたTikTok売却を承認する部門がある。

ここ数週間、トランプ政権はアプリや米国のテクノロジーを支えるクラウドインフラにおける海外干渉を排除するための「クリーンネットワーク」という政策を推進してきた。この政策には、特定のアプリの排除、米国ユーザーデータ主権の米国への移管、「クリーン」な設備で構築されたモバイルネットワークインフラ、米国民にとって「クリーン」なコンピューティング環境を整備するためのその他の方策が含まれている。そうした政策は一般的に書かれているが、政権高官の発言からするに明らかに中国をターゲットとしている。

TikTokとWeChatだけが突然排除されることになったアプリではない。インドでは同国で最も人気の決済アプリの1つPaytm(ペイティーエム)が「度重なるポリシー違反」を理由にGoogle Play Storeから排除された。Paytmは何千万もの月間ユーザーを抱える。そして6月下旬にインドは、TikTokを含む中国企業が開発した59のアプリを禁止すると発表した。

テックがグローバル経済の大きな部分を占めるようになり、また国家利益の競合と相まって、テクノロジーの未来をめぐるそうした国家間の戦いは抜き差しならない状態になりつつある。

画像クレジット:Costfoto / Barcroft Media / Getty Images

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(翻訳:Mizoguchi